亜種特異点0 終天の盾 作:焼き烏
>この艦はどこへ向かってるの?
「方位で言えば東方向、高度は1万メートル前後を保っています」
それは何を意味するのだろう。敵の本拠地だという空中要塞は東にあるのだろうか。それともランスロット以外にも味方がいて、会いにいくところだとか。
>今、何を目的として飛んでいるのかが知りたい。
「分かりかねます。進路を決めているのはランスロット卿ですが、彼とのコミュニケーションは不可能です」
そうでもないと思う。
ビスケットを上げたら遊び始めた。それも立派なコミュニケーションだ。言葉が無くても、何か考えていることがあるのは分かる。
まあ、確かに何を考えているのか推し量るのは至難の業ではあるけど。
「周囲に注意して、一早く変化を見極める。空戦はこれに尽きます。どこに向かっているか知るには、実際に目的地を目視する以外に無いかと。サーヴァントによっては魔力感覚を通して対象の特性や性質を予想することもできるのでしょうが、私はそういったことは不得手です。向かう先に魔力を感じる、というだけで距離や規模の予測は付きません」
言われた通り、進行方向の空を見てみることにする。
正面窓から見える空はいつになく明るかった。日の光が差し込んできているのだ。
>朝?
「……はい。太陽は東の空にありますから、午前中であることに疑いはないでしょう」
地上で見るよりも、大きくて明るい気がした。
無限の空を抜けていく光の筋。ガラス越しでも暖かさを感じる。
1つの戦いが終わった日。取り戻した未来に足をかけて、カルデアの外に出た時を思い出す。一面を雪に覆われた急峻な山々が、一時だけ吹雪くのをやめて見せてくれた景色。雪原に照り返す陽光が下からも照らしてきて、視界全てが輝いていた。
この空は、カルデアがある山よりもさらに高い。確か一万メートルと言っていたっけ。高いところにいくほど、日を強く感じるのだろうか。照り返しは無いけれど、突き抜けてくる光は優しくも荒々しい。
>……ん?
「どうしました?」
>何か、光ったような。
太陽の中にもう一つ小さな太陽を見た、とでも言えばいいのだろうか。思わず目を閉じてしまって、もう一度見てみるともうどこにあったか分からない。
「敵性勢力の可能性もあります。偵察機を出しましょう」
飛行機らしい飛行機から、角ばった板きれみたいなの、プロペラ付きの樽みたいなの。ばらばらの機体が飛び立っていくのを見送った。
◆
「全機撃墜されました。敵、スフィンクス3匹を確認」
窓から見える空には、太陽が2つあった。
まだ距離が遠いのと、強烈な光量で輪郭がぼやけているのとで、本来の形が分からないのだ。隣の太陽の子供のように見えるこの光点は、きっとオジマンディアスの宝具。
わずか二騎で挑める相手ではない。
「■■■■■」
ランスロットが唸り、速度が上がった。穏やかだった艦内は気流に叩かれて小刻みに揺れ出した。エンジン音が大きくなる。振動は早く細かくなっていって、無数の虫が羽音を立てているみたいな不気味な音が艦内に満ちていく。
「バーサーカークラスの説得は不可能です。私とマスターだけでも離脱したいところですが、この機体を墜とされるわけにはいきません。交戦します。マスター、指示を」
>オジマンディアスは味方だ。
彼はカルデアのサーヴァントだ。魔術王との決戦が終わった後になってから現れた英霊の一人。普段は他の英霊たちや職員と接することはまず無く、専用に作り変えた自室に引きこもっているが、今回は彼自ら望んで特異点探索に参加してきた。
この特異点について何か知っているようだったがダ・ヴィンチちゃんやマシュが問い詰めてもそれ以上語ることは無かった。
あまり仲良くなれていない部類。話したことも少ないし、何を考えてるのかも知らない。
でも、レイシフトの前に言ってくれた。
やるべきことがある。事のついでに、貴様の身を守る程度はしてやろう。と、そう言っていた。
「スフィンクス、目視範囲に入りました。火器展開、用意――」
シールダーはそう言うけれど、自分の目ではまだスフィンクスは見えてこない。サーヴァントの視力でなければ見えないのだろう。まだ距離は離れている。時間はある。
2つ、考えた。
シールダーの能力は、ランスロットと相性が良い。無限に近代兵器を取り出す能力と、手にした武器を宝具化して改造する能力。シールダーの兵器群はそれ自体すでに低ランクの宝具としての属性を持つが、ランスロットが扱えばきっともっと強くなるはず。この艦が修復される過程でいくつかの兵装からパーツを剥ぎ取って航空機の一部として作り直していったように、ランスロットの宝具は意外と融通が利くのだ。
ランスロットに武装を渡していくことで戦力を強化しつつ、彼の手綱を引く。これが一案。
そしてもう一つ。攻撃されたのは、こちらに藤丸立香がいることが伝わっていないからではないかという仮説。下手に戦闘行為を行わず、白旗を上げて近づいていけば案外あっさりといくのではないだろうか。
とはいえ、カルデアのサーヴァントに襲われた前例があるのも事実。裏切ったな、と言われた。それが何を意味しているのか分からないが、オジマンディアスも敵対してくる可能性はある。その場合、外に出て自分の存在をアピールするのは自殺行為になるだろう。
戦闘準備を進めれば和解は難しくなるだろうし、相手とコンタクトを取ろうとするなら武器を持って出るのは失礼だ。
少しだけ、考える。
>ちょっと外に出てみていいかな。
「はい。マイマスター」
◆
ランスロットによって限界速度を超えるまで力を引き出された艦は、ただ真っすぐ飛ぶだけで強烈な風圧を生む。一人で外に出ようとするのは無謀だった。これではスフィンクスと顔を合わせる前に吹き飛ばされてしまう。
機にしがみ付いて外装を掴む。何度も壊れては改修・改造されてきたこの機体は、飛行機らしからぬ凹凸が出来ていて掴みやすい。こんなとげとげしいデザインでどうして早く飛べるのか分からないが、ぶつかってくる風は激しさを増すばかりで寒いを通り越して痛い。
「怖くないのですか」
その藤丸の上に覆いかぶさるようにして、シールダーが支えてくれている。
怖くない、と伝える。一人なら怖かっただろうけど君がいてくれるから、と。
「私の守りはダメージや状態異常を無効化するだけです。この終天の空に向かって落ちていけばいずれ特異点から弾き出されます。その際に私との契約は途切れ、無限に近い加速度と共に放り出されたマスターは死亡するでしょう」
藤丸を押さえ付ける力が、強くなった気がした。
「私は、怖いです」
>怖くない
>怖い
どちらを口に出したのだったか。風の音は、自分が発した言葉をかき消していってしまう。両方とも本音には違いなく、きっとなんとかなるだろうと思っているけどやっぱり怖くもある。
「はい」
スフィンクスはもう、藤丸の目でも見える距離まで近づいていた。
互いが猛スピードで走っているからか、見えたと思った途端にぐんぐんと大きくなっていく。それと同じかそれ以上の速さで、恐怖が胸の中で膨らんでいく。
黄金の装飾と、金色の翼。星空を写し取ったような身体が躍動し、宙を掴んで前へ駆ける。星が瞬き、星々の間が広がっては元に戻る。宇宙が呼吸していた。
ならばその口から発せられるのは、星の光か。
スフィンクスが放つ光線が、藤丸のすぐ上を掠っていった。
「艦の損傷をチェック。無傷。反撃しますか?」
シールダーの方は、直撃を受けたはずだ。宝具の守りが無ければ一撃で死んでいてもおかしくない。当たっていなかった藤丸も息ができないくらいに濃密な魔力を感じた。
それを何でもなかった風に、シールダーは淡々と聞いてくる。
反撃すればこの防御は失われる。そうしたら次は、死ぬ。
戦いにはならないんじゃないかと期待していたのかもしれない。いや、今も何かの間違いではないかと思っている。
二撃目の光線に合わせて、艦が急降下。今度は遠い。光線は、頭上に星空の帯をかけて消えていく。
『熱砂の獅身獣(アブホル・スフィンクス)』
幻想種の頂点、神獣。駆けるだけで大地が裂け、その咆哮は嵐となる。
オジマンディアスが操るスフィンクスにはいくつか種類があるが、コスモスフィンクスは単独で世界を象徴する生きた小宇宙。黄金の装身具で自らに動きやすい姿としての枠をはめているだけなので、たとえ頭部を失っても問題なく活動を続ける。撃破するには一挙に貯蔵魔力を削り切るしか無いが、神殿からの魔力供給を受けている間は限りなく不死に近い。