亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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落花情あれ

 缶詰の上部にくっついたネジ巻きを、缶横の穴に突っ込んで回す。缶詰の側面から一部を帯状に巻き取っていく。一周すると上下に開いて中身が取り出せるようになる。

 巻き取り式缶詰というらしい。藤丸の時代でもスパム缶の類は大体巻き取り式のはずだとシールダーは言っていたけど、見るのは初めてだ。

 

 今日の食事。見た目はハンバーグのようだったけど、中には豆ときのこが大量に入っていてその隙間に挽肉が詰まっている。いっそ清々しいまでの薬品臭は専らこの挽肉から発せられていて、とりあえず腐ってはいないんだろうなと安心できる。一方、他に食べられるものがあれば極力そちらを優先したいとも感じる。

 

 ちょうどみかん箱くらいの大きさの木箱に保存食がぎっしりと詰まっていて、そのうちの1つがこれだった。この箱が現状ある食料の全てだと言う。一週間くらいは余裕をもっていられるが、どう切り詰めても一か月は持たない、という程度。

 この特異点にどれだけの日数留まることになるか分からないので、少し心もとない気もする。

 

 続いてプラスチック包装から乾パンを取り出す。いや、乾パンではないかもしれない。

 見た目からこれは堅いぞと覚悟して噛みついたそれは、思ったほど固くなかった。パサついたビスケットという印象。メインの肉で期待度が下がっていたのもあってか、こちらは悪くない気がする。口の中にいれてから優しく甘みが染み出てくる。食事が限られていると、バターと砂糖に敏感になる気がする。シンプルな味が美味しい。

 

「マスターは、怒らないのですか」

 

 >何を?

 

 カルデアの食事が最近妙に充実しているのもあって、ちょっと落差があるのは事実だ。限られた食料で一年間をやり過ごしたスタッフたちは、外部からの食糧供給を取り戻してからというものタガが外れたみたいに豪華な食事を作っていた時期がある。一度の食事で出てくる品目数が落ち着いてきたら、今度は質に対する飽くなき追及が始まりつつある今日この頃。

 

 でもそれはシールダーが気にすることではないと思う。

 レイシフト先で同じ食事ができないのなんて当たり前だ。わざわざマスターの食糧を確保していてくれるだけで十分ありがたい。

 

「食事をそれほど気にしているとは思いませんでした。やはり戦闘糧食(レーション)の味は悪いのですね」

 

 悪いところだけでもない、と思っていたところなのだけど。

 

「私が言っているのは、先ほどの戦闘のことです。私の判断は正しくありませんでした。ランスロット卿の力量を低く見積もり、単独での突破に出たことで大量の魔力を消費しています。今後数日は、全力での戦闘は難しくなります」

 

 >そうだね。

 

「消耗に見合った戦果はありません。ランスロット卿は敵を打ち倒していますが、私は敵に逃げられました」

 

 >そうだね。

 

「信賞必罰は集団の常です。私は、罰せられるべきだと思うのです」

 

 >だから、傷をそのままにしているの?

 

 焼け爛れた肌、銃創を覆い隠す包帯代わりの布。半ばで断ち切られた髪をそのままにしているのは、見ている方も辛い。英霊は一度実体化し直せば、霊基の決まった形に修復されるはず。失った魔力はすぐには戻らなくても、外見は簡単に直せるはずだ。

 できれば、治してほしいと思う。

 

「そんなつもりはありません。自らを罰して、自らを赦すような真似はしません。これは魔力の節約です。私の戦闘は宝具特性に頼り切ったもので、身体的なパフォーマンスはあまり関係しませんから、身体を治すより魔力の補充に努めるべきかと判断したのです」

 

 そこまでを少し早口に言いきってから、一度間を置いて。

 

「これも、間違っていますか?」

 

 そう、上目遣いに聞いてくる。青い瞳がまっすぐ覗き込んでくるけれど、それはきっと信頼してくれているからではない。目線を外す失礼を恐れて、次に何をすればいいのか分からないまま止まっているよう。

 

 だから。

 

「ん、もきゅ……?」

 

 彼女の口に、ビスケットを押し込んでみた。

 この乾パンみたいな見た目のビスケットは悪くないと思うのだ。シンプルイズザベスト。変に余分なものが入ってなさそうな安心感。数百年規模の歴史の力を感じる洗練されたレシピ。いや、ビスケットがどの時代に成立したものか、藤丸はまるで知らないけれど。

 

 シールダーは律儀に食べ終わってから話し出す。

 

「資源の無駄です。英霊に食事は必要ないことくらい、分かっているはず。この空では兵站の補給は困難を極めるということも、分かっているはずです」

 

 >無駄じゃない。

 

 無駄になるとしたら、それはシールダーの反応次第だと思う。

 この保存食のこと、自分では食べたことはなさそうだった。味は悪いらしい、と知識で知っているだけ。だから、一度くらいは食べてみてもいいと思ったのだ。

 初めて経験することは、大抵楽しい。目玉の化け物を食べるイベントだって、一回だけなら笑って過ごせる。

 

 味はどうだったかと感想を聞いてみると、また下からじっと見つめてくる体勢で固まってしまう。

 

「私にそんな機能を求められても、困ります。比較対象が無いので、分析できません。栄養的には優れています。そうシンプルなレシピでもないものと思います」

 

 そんな彼女に、もう一枚ビスケットを渡す。

 

 >ランスロットにも餌付けしてみよう

 

「何を言っているのですか。この食事が尽きたら、マスターは」

 

 その言葉を遮って反論する。食レポは自分の機能じゃない。それはいい。でも仲間との関係を深めるのはどんな英霊にとっても欠かせないものだ。

 たとえ生前に一人で戦っていたのだとしても、カルデアで戦うのなら他の英霊を信じて欲しい。ジャンヌさんの言葉を借りれば「相容れぬ敵同士だとしても、今は互いに背中を預けよ」と。

 

「バーサーカークラスは、コミュニケーションを必要としないことが強みです」

 

 >そんなことない。ランスロットだって何か考えてる。

 

 今はずっと窓を見つめてるけど、何か考えてはいるはず。

 戦いで壊れた正面窓をシールダーが取り出した部品で修繕し、新しいパーツがランスロットの魔力に蝕まれてうにょうにょと周りに馴染んでいく最中。ランスロットはその変化の様子をじーっと見つめながらときどき叫んでいる。

 この飛行機の進路とか操縦とか、もしかすると模様替えとかも考えているかもしれない。

 

「……」

 

 >言いたいことがあるなら、口に出してほしい。

 

「反論したい気持ちはあります。しかし、それを口に出して自分の真名に近づかれることを厭う気持ちの方が大きいと判断しました。『仲間との関係を深めるのはどんな英霊にとっても欠かせないもの』という言葉についてです」

 

 それは、もはや口に出すのと同じくらい語っているのでは。

 自分は真っ当な英霊ではない、という主張は予想が付く。それに対する反論も思い浮かぶ。今のカルデアは、結構フリーダムなメンバーがいるのだ。

 

「いずれにしても、今考えていることは感情面の問題ですのでマスターの方針が優先されるべきだと結論します。ランスロット卿を餌付けします」

 

   ◆

 

 結果から言うと、食べてもらえなかった。

 

 どういう基準で考えているのかはさっぱり分からないが、軍食は武器の範疇に入るらしい。魔力が浸透したビスケットは、思い切り素振りされている。

 

「■■■■――ッ!」

 

 指の間に挟んで横薙ぎから逆袈裟。回転を付けて投げたビスケットは高速で乱回転し球状を成す。それを仮想敵の間で壁にしながら一歩退いて蹴りと共に切り返す。回し蹴りの動作が終わるとビスケットは鎧の隙間に挟まっていて、跳躍の反動で振り落とされるビスケットは不思議と加速がついて縦回転。鋭利な刃となった端面が床に突き刺さる。その刺さったビスケットの上に着地することでごくわずかに早く地上に戻って次の動作を取れることが、英霊同士の高速戦闘では重要になるのかもしれない。

 

「■■■■■■」

 

 >励ましてるのかも。

 

「どういうことですか? 自己鍛錬に励んでいるようにしか見えません」

 

 >大道芸みたい。

 

「芸ですか? それは、武道家がときに路上で套路を打つといった話でしょうか」

 

 >見ていて面白くない?

 

「参考になります」

 

「■■■■■――! ■■■――ッ!」

 

「食べ物で遊ぶのは如何なものかと思います」

 

 気に入ってしまったのか。それから小一時間にわたり、ランスロットはビスケット道を探求し続けた。

 

 




魔力逆流:A
自身の魔力を外へ放出するのではなく、外部の魔力を内へ引き寄せるスキル。
本来は魔力を消費して起動する宝具類から、内包する魔力を逆流させることで自身のステータスを一時的に引き上げる。また、怒涛の魔力流そのものが自らを守る盾であり、剣となる。


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