亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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死を視ること帰するが如し3

 不滅の誠(しんせんぐみ)が展開する弾幕が、シールダーを貫いていった。

 

 脇腹の傷は軽微でも、その意味するところは大きい。

 絶対防御が無効になったということは、自陣が攻撃を当てたということ。

 シールダーが攻撃できておらず、またランスロット卿を味方とは思っていない以上、マスターの藤丸立香が攻撃を行ったと考えるほかない。

 

 七つの特異点を巡り人理焼却を阻止したマスターを、シールダーは信頼している。

 既に宝具による守りについては説明している。無意味な攻撃ではないはずだ。攻撃しなければならない状況。ランスロットにチャンスを作り、トドメの一撃を加えるための援護か。それともランスロットのピンチを救い、トドメの一撃を避けるための援護か。どちらかだろうと考える。

 

 もしランスロット卿が劣勢なら、最大火力で一か八かの勝負に打って出るべきだ。牛若丸が戻ってきて土方歳三と手を組むことになれば、勝率は著しく低下する。いや、それどころかあの艦が落ちること自体、この特異点における敗北を意味する。ランスロットが負ける前に救援に行かなくてはいけない。

 逆にランスロット卿が優勢であれば、やるべきは徹底した防戦。なるべく消耗を抑えて耐え忍び、撃退はランスロットに任せたい。土方が常時展開する弾丸の雨に対しては全身鎧の守りが有効なはず。敵の宝具から展開される銃撃は、はっきりとした狙いのない流れ弾で、威力は高くない。走りざまに曲面で受ければほぼ無視できるだろう。

 

 土方歳三は決してステータス的には強くない相手だ。身体能力を技術で補うタイプの英雄。意識の外から飛んでくるような銃撃と刀のコンビネーション。壮絶な雄叫びを上げて突進する一方で、反撃に転じたい場面では静かに引いて後の先を取る構え。牽制と本命を絶妙に織り交ぜながらインレンジを維持し続ける戦法は、とてもバーサーカーとは思えない戦闘技術に支えられている。この相手を仕留めるためには、距離が開いているうちに範囲攻撃で押しつぶすか、もしくは相手のさらに上をいく戦闘技術で切り伏せるか。ランスロットに任せたい相手だった。

 

 白刃が煌く。内部思考に数秒、少し考えすぎた。

 

「ああああアアアアア――ッ! らっしゃぁッ!」

 

 銃剣では受けられない。騎兵銃から伸びる剣が根元から吹っ飛ばされる。

 シールダーが知る日本刀と、土方が振るうそれが一致しない。いくら信仰による強化が入ったとしても、刀とはこれほど強い武器ではないはずだ。

 取り回しの悪さ、独特の重みと引き換えに、限られた間合いにおいてのみ切れ味を発揮する一撃必殺型。用途は対人規模の戦いに限られ、鉄を断つ絶技など繰り返せばすぐに刀身が曲がるか折れるか。そんな常識を真っ向から切り払う未知の刀術。

 

 武器の新旧など関係ない。何を握ろうが狙いをつけた先しか攻撃できないんだから、狙われないように立ち回ればいいだけだ、とは相手が吼えた言葉だったか。それが本心からのものなのか、魔力を節約して旧型兵装を中心とする戦い方を誘導するものだったのかは未だに判別が付かない。

 

 もし互いの初動が少し違えば。相手取るサーヴァントが違っていれば、と無意味な仮定を考えることに思考を費やす意味はない。意識をカット。結論が出ている以上、リソースの全ては戦闘行動に捧げるべきだ。

 

「ただ一人で一軍を跳ね返す、比類なき技の極地。これが、英雄なんですね」

 

「たとえ一人だとしても、俺は一人じゃねえ……!」

 

 シールダーは、火力を集中させての決戦を選択した。

 

 乗り手の無いレシプロ機は現れた途端に落下してブレードで二人の間を切り裂いていく。それをまったく恐れずに、土方が飛び込んでくる。錐揉み回転する機体の主翼を踏みつけて、踏み出す土方の後ろでは弾幕に晒された機体が爆散している。その爆風さえ、追い風にして。意地でも距離を離させない。

 

 その下を自由落下していく空母の甲板を、シールダーが走り抜ける。重力に対して斜めの地面は、蹴るたびに足を取って走者を転ばせようと仕向けつつも確実に水平地面より早い疾走を生み出す。

 

 周囲の光景は、一瞬にして様変わりしていた。戦車が、戦艦が、戦闘機が落下していく。上も下も鉛色。鉄の機体が所狭しと空を埋め尽くす。空気抵抗の差か、微妙に落下スピードの違う2つがぶつかり合い、その衝突が次の接触を生む。隙間から見える僅かな青空さえ爆炎が覆っていく。

 

 そんな異常にも土方は何ら怯むことなく。彼我の距離は決して開いていない。むしろ詰まっていく。強烈な重力を受けながらも、しっかりと地面を踏みしめて土方は加速し続ける。骨が軋み、肺腑が潰れたまま呼吸さえ難しい。生前に体験していたはずもない。想像さえしたことのない戦場。だがそんなことは、関係ない。

 

「はっ。一歩、音超えってかァ!?」

 

 これくらいなら、まだ隊士の最速にすら届かない。ならば土方が止まる道理はない。全身に圧し掛かる重圧に逆らわず、ギリギリまで姿勢を低く。押し潰される直前まで耐えてから跳ね上がる。つがえた矢が飛び抜けるように。力が上に逃げない、水平な跳躍。奔る刃は限りなく光に近く。シールダーに向かって渾身の剣を振るう。

 

 この重力の中で足を止めて振り返れば、どうしたって姿勢を崩す。斜めの甲板に背中から倒れ込みながら、シールダーは手の中の刃を振るう。

 初期型の熱身剣(テルミットナード)。貴金属の還元が生む反応熱は、瞬間的に3000℃を超える熱量を放出し、蒸発した金属が青白い靄となって光の刀身を覆う。馬鹿みたいに分厚い装甲で這い回る無人機を壊すために持ち出された工具を起源とする光の刃は、本来対人戦に用いられるものではなし、人が持つものですらない。

 

 反動を、こらえない。したたかに甲板に打ち付けられる。その目の前、数cm先を駆ける土方の日本刀が、もはや光の帯のようにしか認識できなかった。

 けど、生きてる。

 

 たとえ一瞬でも光熱の刃と触れ合ったなら、日本刀など持つはずがない。所詮1200℃の炉で半溶解した鋼を叩いて成形した武装。製法も用法も古い。全盛期はとうに終わっている。

 

 なのに。その刀身は赤熱したまま形を保っている。

 

「どうして、壊れないんですか」

 

「まだ俺が残ってる。俺がいる限り、何も終わりはしねえ。何も壊れちゃいねえ」

 

 倒れたシールダーを踏みつけようとする足を、転がって避ける。その先に突き立てられた赤い刃が、シールダーの黒髪を切り裂いた。砂塵と共に飛来する鉛玉が数発身体に食い込む。重力にしたがって転がり落ちようとする身体を、顔の横の刃が阻む。赤熱した刀身に皮膚が焼け付く。

 

 お返しとばかりに展開した銃口の先には既に土方はいない。突き刺さった刀にぶら下がって一時停止。腕一本であの加速を受け止めて息一つ乱れないとは恐れ入る。

 

 でも。その刀が床を引き剥がしていく。

 先ほど転がりながら床を切りつけたのと、土方が切り込んだ跡とで出来たくの字の斬跡が、めくれあがって傷を広げた。刺さっていた刀が外れて土方が落ちる。

 その時ですら冷静に手元を操って、焼き付いた頬に傷を1つ増やしていく執念たるや。痛みは既に麻痺していても、その戦いぶりに恐怖する。

 

「は、あっ……っぁ」

 

 中空に浮かぶ、新選組の戦場。宝具が作り出す土方だけの足場を頼りにして戻ってくるまでに出来たのは、たった一呼吸だけだった。

 

 けれどその一呼吸の時間さえ、賭けに出なければ稼げなかった。

 

 すぐ頭上には艦船と飛空艇が迫っている。無数の兵器を使い捨てて、無限の空を制約する。自分が背を向けて逃げ出しても、藤丸立香の下へは行きづらい状況。そして同時に、敵の機動力が生かしづらい状況。

 

 めくれ上がった金属板を握りしめて重力に抗うシールダーの周りに、無数の重火器が立ち並ぶ。面に近い戦場に、飽和するほど銃口を並べる。

 避けられないくらい大量の火器を並べて撃つ。単純明快な攻略法を形にするためのわずか数秒さえ許されない超近接戦闘を越えて。

 

「ファイア」

 

 ニヤリと笑って炎と煙の渦へと自ら突っ込んでくる土方歳三。

 

 それが次の瞬間、シールダーの目の前に――いや、違う。

 硝煙の中の影は視認した途端にシルエットを変えていた。

 

「きゃははははッ! 撃ったね!?」

 

 目が合ったと同時に飛び退いては、空中にある見えない足場を掴んで飛び上がる。その際のたわむような動きが、見えない足場が糸状であることを予想させる。

 

 浅黒い肌に斑模様。獣の皮で出来た服に、鳥の羽根を束ねた飾り。

 知っている。この少女は、アヴェンジャーのサーヴァントだ。

 

 裂けた頬から滴る血を舐めとって、気味の悪い笑みを浮かべる。持ち上がった上唇、口の端を歪ませて、見下ろすような視線を浴びせてくる。

 

 

「これで今度は、アタシからも攻められる。きつくきつく縛り上げて内臓を吐き出すのがいい? それとも指の先から細かく切り刻んでいくのがいい? それとも喉から尻の穴まで通した糸を引っ張って自分の身体が裂けるところを見てみるのもいいかな。それとも、それともそれとも――」

 

 知っている。アヴェンジャーが戦うつもりなら、既にこの場には無数の糸が張り巡らされている。それは彼女の足場であり、いくつかは敵を切り裂く武器であり、またいくつかは敵を絡めとる罠だ。

 

「待てよ女。俺の戦を邪魔すんじゃねえ」

 

 そのアヴェンジャーの背後に、ゆらりと。

 バーサーカー、土方歳三が立つ。傷だらけの身体に銃弾を残したままで、変わらず堂々と立ち続ける。

 

「日本人は自分勝手ね。誰がカルデアのマスターを見つけてきてあげたか、覚えてないの?」

「関係ねえ。元々殺し合う相手なら、遅かれ早かれどうせ殺り合うだけだろうが」

「殺すしかない相手なら、アタシは一秒でも早く殺したいわ」

 

 アヴェンジャーがシールダーを睨む。

 爪が伸びて刃を成し、見えない細糸の上で小さく跳ねて、跳ねて、次は――。

 

「だから、殺すわ!」

 

 大きく跳ね上がる。床面と擦れ合った怪爪が軌跡を引いて火花を散らす。それに向かって一斉に銃口が火を噴いた瞬間、アヴェンジャーは消えていた。

 

 知っている。アヴェンジャーの混じり気のない殺意。信念でも狂気でもない、ただただ殺すという明瞭な意思。そして、その殺意をカモフラージュにして巧みに騙しに来るやり口も、知っていたのに。

 

 引き裂いていった床面の中、この船の内部に向かって土方のものだろう血痕が続いている。二人まとめて逃げられた。何のために?

 追跡するべきかを考える。闇はアヴェンジャーに利するもの。光の届かない構造物の中は危険だ。だが自分が取り出したものなら、内部の電源系を使うことはできる。日が落ちない空の下に比べれば暗闇は増えるが、構造を分かっている点は大きい。

 

 いや、既に相当量の魔力を消費している。連戦は避けたい。何よりこの戦場ではランスロットの艦とカルデアのマスターとが優先される。そもそもシールダーが打って出たのは、ランスロットが苦戦している可能性を考えたからなのだから。

 

 それに、本当に今アヴェンジャーを倒すべきなのかどうかすら分からない。最初に出会ったとき、彼女はシールダーに味方した。シールダーとの戦いに集中していた敵サーヴァントを不意打ちして消滅させたのだ。

 

「いいえ。私に味方なんているはずもありません」

 




◆対英雄:B
英雄を相手にした際、そのステータスをダウンさせる。
ランクBの場合、相手のステータスをすべて2ランク下のものに変換する。

一つの時代の区切り。彼女が守る世界に、もはや英雄は必要ない。



『不滅の誠(しんせんぐみ)』
自身に向けた凄絶な誓い、狂気の域に達して現実さえ捻じ曲げる信念。
不滅であることを願うのではない。不滅の誠は確かにここにある。
ゆえに、ただこの信義を背負い続けることを目指す。

発動時、周囲は銃声と砲火の乱れ舞う戦場となり対軍規模の攻撃が敵を襲う。
この中では自身が受けるステータス低下・状態異常などを無視して戦える代わりに
効果が途切れた時点で溜め込んだダメージが一気に噴き出すこととなる。



終天のアヴェンジャー
属性:混沌・悪
筋力:D 耐久:D 敏捷:B 魔力:B 幸運:E 宝具:B

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