亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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死を視ること帰するが如し2

「主殿、お覚悟!」

 

 飛び移ってきた、と思った瞬間にはもう牛若丸は距離を詰め終わっている。

 首を刈り取る蹴りの一撃。それが、藤丸立香を通り過ぎていく。霊体化でもしているように、互いに干渉し合わない。触れた感覚と衝撃はあるのに、ダメージだけが無い。

 

「っ!?」

「■■■■!!」

 

 牛若丸の一撃目が失敗した瞬間を捉えて、ランスロットの手の電気ケーブルが襲い掛かる。ランスロットに魔力に侵されたそれは、電流を迸らせる鞭として新生している。

 

 何故蹴りが当たらない、という驚き。同時にやはり、という直感染みた納得。既に身体は次の行動を始めている。電撃鞭に対して、牛若丸は藤丸を掴んで盾にしようとして。

 

「くっ! また……!」

 

 再度、すり抜けていく。咄嗟に飛び退くが一手遅い。鞭が牛若丸の足元に絡みつく。電撃がその身を襲うのと同時に鞭を断ち切るが、それでも足に絡みついたまま離れない。鞭の切断面が鎌首をもたげ、肌に食いついて電流と共に震えている。

 

 牛若丸の技量なら、足元に食いつくケーブルを細切れにして取り除くくらいは一瞬だろう。けれど、その一瞬を与えない。ランスロットが突進する。

 振り抜かれる鉄の籠手を見切り、脇を抜けて反転。袖内から折り鶴の式を取り出して辺りに散らす。

 

 >牛若丸、何があったのか教えて欲しい。

 

 その声に答える余裕さえもない。呼吸は全て肉体を動かすために使わなければならない。気を抜けば死ぬ。目前の黒騎士こそは死の化身。全身全霊を懸けて挑むべき猛者であり、この地を破壊する大敵だ。

 

 勢いづいた突進は決して無駄などではなく。艦壁にぶつかった際にボルトが外れた配管が振り子のように落ちてきて牛若丸とランスロットの間を塞ぐ。握りしめるまでもなく、魔力に侵されたそれは既にランスロットの武器であり宝具。振りかぶった刀を受けて、刹那の抵抗を示す程度の強度がある。

 考える暇は無い。認識したときには既に障害物を切り伏せている。その向こうにランスロットの姿は既になく。地に這うように伏せたランスロットが、切断された鉄パイプを握って下段から打ち上げてくる。

 

「■■■■■■――ッ!」

 

「壇ノ浦・八艘跳!」

 

 滞空する折り鶴の群れを足場にして跳び退く。距離を取って、まずは足に絡みつく蛇の如き鞭を切り払いたい。だが敵がそれを許すはずもない。ランスロットが追撃してくる。

 だが牛若丸は艦内を三次元的に移動できる。滞空する式神、折り鶴の一羽一羽が足場であり武器である。最初の跳躍にはランスロットがぴったりとついてくるが、二歩目は空中での方向転換。ランスロットが付いてこられるはずもない。ようやく断続的な電流から解放される、と足元に向けようとした刀をすんでのところで止める。

 

「■■■■! ■■■■■■――ッ!」

 

 咆哮と同時に、世界が傾いた。いや、この艦そのものが急激に揺れたのだ。天井に叩き付けられる直前で、改めて式神を足場にして跳躍。その後を、天井を蹴って跳んできたランスロットが付け狙う。揺れは収まることなく、次は壁、床、逆方向の壁。無秩序な重力が牛若丸を襲う。

 ランスロットの武器は、その手にある鉄パイプや牛若丸に絡みついたケーブルだけではない。この艦そのものが既にランスロットの宝具として変性を果たしている。歪み、膨張した艦の全てがランスロットの武器。ならば当然、この艦そのものが牛若丸に牙を剥く。

 千切れ飛んだ電線が、吹き飛んできたどこかの螺子が、牛若丸の死角を狙う。

 

 同時遠隔攻撃で出来る隙を狙い、間合いの調整に集中するランスロット。

 それはむしろ好都合だと、牛若丸は手の内の刀に指を這わせる。

 

「吼丸・蜘蛛殺」

 

 それは魔を断つ逸話の具現。かつて源頼光が大蜘蛛を切ったという伝説の名刀。

 牛若丸の指が刀身をなぞれば、歌うような旋律を響かせてその力を解放する。すなわち、魔を払う刀印祓え。鳴弦の儀に共鳴する守り刀のごとく、その音は魔力を打ち払う。周囲から飛び掛かってくるランスロットの宝具群が、雷に打たれたように弾かれて落ちていく。

 

 ずっと足に巻き付いていた鞭も、力を失って落ちていく。きつく締めあげられた痕が残っているが、動きに支障はない。痺れもじきに消えていくはず。

 

 初手の失敗をようやく取り戻してイーブン。ここからが本番。ランスロットの打ち付けてくる鉄パイプを弾きながら、今度は牛若丸の方から距離を詰める。

 

 >牛若丸、答えてほしい

 

 それでもまだ、余裕はない。地の利は敵にあり、技の冴えは侮れず、気を抜けば首を取られることに変わりはない。集中を失えばすなわち命を失う。

 

「■■■■!」

「っ! やあっ!」

 

 まっこうから打ち合えば名刀・薄緑とて折れかねない。慎重に冷静に、力の先を読んで逸らしながら退き、退きながら次の踏み込みに向けて姿勢を作る。肌を掠める鉄は冷たくて、けれど速度が熱くもある。鎧に当たって鉄パイプが弾かれた。瞬間、握りを解かれた刀が慣性に従って飛び、ランスロットの首を狙う。少し首を動かされるだけで、刀身は黒兜に弾かれた。柄頭に結ばれた飾り糸を指先で掴んで、愛刀を引き戻す。

 

 手数が足りない。八艘跳で関節を狙おうにも、広さの制限された艦内ではトップスピードに至れず、ギリギリで届かない。天刃縮歩の一撃で兜ごと叩き割るには、最高の間合いと呼吸を正面からぶつけられる隙を見出す必要がある。氷柱削りで魔力を削りとって鎧や武器を少しずつ剥いでいくのが最善か。十分二十分の仕合では勝機が見いだせない。半日規模の防戦を想定して、その間を完璧に凌ぎ切る見込みが本当にあるのか。

 

 目の前にある首級が異様に遠い。

 魔力の靄に満たされた全身鎧には隙が無い。こちらは機動力を活かすために極限まで面積を削った鎧で肌と命を晒しているのに引き換え、敵はその素顔さえ晒すことなく鉄の鎧に守られている。

 不満は無いはずだ。自らに合った戦い方、自らに合った得物を手に戦場を駆ける。そこにあるのは喜びだ。少々好みではない戦場ではあるが、必要とあらば鵯越とて再演しよう。勝つこと、首を奪うことのために手段は選ばない。

 

 ――ならば、何故こんなにも心が騒ぐのか。

 

 >ランスロット、止まって! 話せば分かるはずだ。

 

「っ!? あなたという方は……!」

 

 集中を欠けば、すなわち命を失う。この一瞬は命取りだと、牛若丸は分かっていたはずなのに。

 

 ランスロットが蹴り飛ばしてきた艦内部品は、酷く歪んで元が何だったのか分からない。鉄片は既に牛若丸の目前に迫り、視界を塞いでいる。けれど、その身に迫る風圧と殺気から牛若丸は状況が読み取れている。やられた。一瞬の気の緩みが、詰みを作ってしまった。

 

 一繊一沙の時を待たず、ランスロット卿の次の一撃がこちらに届く。全力で避ければ、まだ致命傷にならない。ならないが、傷を負った状態で戦い続けてもランスロット卿の隙を突けるとは思えない。既に借り受けた折り鶴の三割を失い、いずれもランスロットの鎧の中へ侵入するどころか鎧に触れることさえできずにいる。ここまでの戦いは、均衡ではなく一方的な消耗戦だった。

 

 ならば。決断する意思は、光速に肉薄する互いの剣先よりもなお早く。

 

 防御を捨てる。

 

 目は閉じない。この目を切り裂いていく歪んだ鉄片を直前まで睨み続けて、その光沢の中に映り込む僅かな情報を取る。

 薄緑の閃きは、今まさに腹を圧し潰し内臓をかき乱し心臓を止めようとする鉄の一撃には間に合わない。だが覚悟していれば耐えられる。霊基を失い、手足が実体を失っていく最中でも出せる奥義がある。

 

 命と引き換えにしてでも、この艦だけは墜とす。

 

「五景外伝、今劒(いまのつるぎ)・決――」

 

 死に物狂いの一撃が、けれど半ばで動きを止める。

 

 知っている。これは、主殿の魔術。令呪装填の要領で蓄積された魔力を打ち出すガンド撃ちは、神代ウルクの魔獣とて止める。今際の際にて、それに抗う術などあるはずもなく。

 

 壁に打ち付けられて、喉は反射的に血を吐いた。手足の感覚が遠いのは、既に肉体が実体を失っているからか。それともガンド撃ちの効果はまだ残っているのか。

 

「初手を誤ったのが痛手でした」

 

 >違う。牛若丸の敗因はそこじゃない。

 

 自分の喉が、まだ言葉を発せられることに驚いた。

 それから、返事が返ってきたことになおもって驚いた。

 

 >手加減してくれていた。

 

 そんなことはない。私の全ては、この艦を墜とすことに費やされていた。

 大恩ある主に何一つ説明することなく、その首に刃を向けた。

 

 >それでも、手加減してくれていた。

 

 既に言葉は声にならず、掠れた息が洩れるだけだ。

 何か伝え残したいとは思う。ここまで自分を育ててくれたマスターに、何も言わずに死ぬのは我ながら非道が過ぎる。

 

 私が自ら志願してレイシフトに参加した理由。この空を満たす想いと願い。私を呼ぶ声。

 そして、この艦がいったい何であって、この特異点が何を示す人理定礎なのか。

 

 こんなことなら、初手の過ちを悔いることなんかに最後の一息を使うなんて馬鹿なことをするんじゃなかった。

 

 残る魔力を振り絞り、片腕を捨て臓腑を捨て、心ノ臓が次に打とうとする必死の鼓動さえも捨てて、冷徹にこの身を刃に変える。少しでも余力が残っているのなら、全て集めて最後の一瞬まで、ランスロット卿の首を狙うべきだったと、私は心から反省している。

 

 だから。

 

「■■■■■――ッッ!」

 

 >待って、ランスロット! ダメだ!

 

 私にトドメを刺すランスロット卿を、叱らないであげてほしい。

 その判断は、正しいものなのだから。

 

 霊基が完全に失われるその瞬間まで、空に満ちる祈りは絶えず私に訴え続ける。

 申し訳ない。私は主を敵に回し、カルデアを裏切り、それでも何も果たせなかった。

 

 >牛若丸!

 

 そういえば、生前追い詰められて最期に自刃したときも、兄上を斬るに至らなかったことをこんな風に安堵していたかもしれない。この未熟で半端者の牛若丸はともかくとして。源義経は、もし直接相対すれば敬愛する兄さえも斬り殺すかもしれないと、本気でそう思ったこともあったのだ。

 

 義経の記憶は、今の私にとっては他人事のように希薄だけど。

 その想いは、確かにこの牛若丸の延長線上にあったのだと――。

 

 思考は止まり、身体とともに心も散っていく。魔力の残光は、虹色の輝きを散らして宙に溶けていった。サーヴァント、ライダー。牛若丸、消滅。

 




『壇ノ浦・八艘跳』
どれだけ小さく不安定なものだったとしても、足を乗せる場所があれば跳躍できる。八連続の高速機動。跳び回りながらの縦横無尽の太刀。

『吠丸・蜘蛛殺』
音によって周囲の魔を打ち払い、遠ざける。刀印・布津祓えの儀。薄緑が持つ退魔の力を解放・拡散させる。

『自在天眼・六韜看破』
フィールド上の全ユニットを強制的に再配置する。鬼一法眼との修練で得た戦略、太公望が書き記したという奥義書の神髄。

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