亜種特異点0 終天の盾 作:焼き烏
「■■■■■――!!」
その叫び声で目が覚めた。
どす黒い魔力が渦を巻き、壁から壁へと血管のように流れていく。
天井も壁も床も、赤い紋様が発光している。そのくせ、空気は霞みがかっていて視界は暗い。赤紫色に毒々しく輝くコードがのたうち回り、濃密な魔力に侵された廃液が床に滴り落ちる。
これが地獄というものかと思った。
「目が覚めましたか、マスター」
シールダーがいた。
その横に、バーサーカーのランスロットがいた。
「■■■■■■■――ッ!」
「疑問に思うことが多すぎて考えがまとまらない、と推測します。こちらの判断で優先順位を付け、説明します」
それは助かる。
「では、まず状況確認から。あなたと共にレイシフトしたサーヴァントはこの終天の空に適応できず、無限落下を続けて特異点から弾き飛ばされたものと予想されます。単独での滞空能力を持つサーヴァントは、私が知る限りでは今回はオジマンディアス王だけかと。カルデアとの通信は何らかの妨害によって途絶し、追加の人員は期待できません」
今回は通信は安定するはずだって言っていたのに。ダ・ヴィンチちゃんの嘘吐き。
「それから直近の交戦について。あれら使い魔については情報が足りなかったため、ひとまず全滅を最優先する方向で行動しました。目測の範囲では目標を達成、全機撃墜できたものと思われます」
>そう。自分は、シールダーにあの巨大な砲を向けられて撃たれたはずだ。
「はい。マスターを囮にして使い魔を集めた形になります。マスター自身は私の宝具により、ダメージを受けないことが分かっていました」
シールダーの宝具。近代兵器を操るもの以外に、もう一つあるのだろうか。
いや、言われてみれば当然ではある。
>盾の英霊である以上、防御宝具を持っているはずだ。
だからこそシールダーなのだし。
「それは、どうでしょう。私が扱える武装に、純粋な防壁は含まれません。少なくともスパイクシールドのような、武器としての側面を持つ盾になります」
>シールダーなのに、防御が苦手……?
「それは違います。私自身が盾なのです。私の第二宝具は、私自身の特性を表すもの。自陣を守る絶対防御の権利です。私の側から敵意を持って相手を傷つけるまで、私とマスターは決して傷つけられることがない」
>なるほど、それは頼もしい。
「いえ、ランスロット卿とこの艦を守ることができないので、今回のような状況ではあまり有用ではないかと。初撃での自爆は、そう何度も通用する手ではありません」
「続けて、この特異点の状況について。この空は無限に循環する果ての無い世界ですが、一点だけ明確な意味を持つ空域が存在します。その地点を敵が占拠していることが、この空の最大の歪み。特異点を修復するために必要なことは、作戦空域に陣取る敵を撃破し、空中要塞を破壊することです」
空中要塞。
これはまたSFチックな単語が。この空は未来英雄のるつぼなのだろうか。
「目標地点には敵サーヴァントが作成した空中要塞が存在します。城主のバーサーカー、使い魔を作るアーチャー、そして糸使いのアヴェンジャー、最後に無数の剣を操るセイバー。計四騎が敵として確認されています」
>無数の剣を操る。それは、最初に戦った鈴鹿御前のことでは。
「鈴鹿御前ですか? カルデアの特異点における記録では、確認できていないサーヴァントです」
>そうだった。月の聖杯戦争は、記録に残っていない。
「記録に残っていない。そんな特異点が、ここ以外にもあるのですね」
>ここも、記録に残らない特異点?
「はい。この空は時が止まっていますから。どれだけ時間が経っても陽が傾くことはなく、どれだけ雲が流れても天候が変わることはありません。この時、この場所は晴天の朝であると定められているのです」
>時間が止まっている。それがこの特異点を観測できなかった理由だろうか。
「いいえ、それは違います。時が止まっていても、確かに点としてこの事象は存在する。この場所がカルデアにとって観測不能であるのは、正しい歴史の時点で既に観測困難な大事件が発生しているからです。原初の地が魔術では捉えがたいように、終端もまた魔術では観測が難しい」
>終端。そういえばシールダーは最初に「終天の空のサーヴァント」と名乗った。
>どういう意味なのだろう。終天。あまり聞き慣れない言葉だ。
「物事の終わり、世界の端です。この空は、人類がその一線を越える場所。ソロモン王でさえ手を出さなかった、人類史の要地」
>手を出さなかった? 世界の端? それはまるで、未来のことを話しているように聞こえる。
「……これ以上は、話したくありません。話せば、きっとあなたは迷ってしまう」
◆
「マスター、眠れないのですか?」
>それは、まあ。
こんな狂気じみた環境ですやすや眠れるほど自分はバーサークしていない。内から爆ぜた電線が青白い火花を散らし、赤い紋様が明滅する。どんよりとした空気は肺に入れても重く感じるし、カルデア礼装も水にぬれたみたいに重い。おまけに時々ランスロットの叫び声がこだまするときた。ランスロットによって宝具化されたらしきこの空間は、人が休めるスペースではない。
「別の航空機を持ち出して移ることは可能です。しかし、若干敵に見つかりやすくなるため、あまり推奨できません。これでは、ダメでしょうか」
そう言って、シールダーが両手で藤丸の目を覆う。
魔力で火照った床の上、シールダーの冷たい手が心地いい。
>そういえば、シールダーは自分に何を聞きたかったのか。
>そろそろ言葉は見つかっただろうか。
「分かりません」
分からない、と言いながらもシールダーは話し続ける。
「マスターは、一人の人間としては過分にすぎるほどの責を負いました。七つの特異点を越え、多くの奇跡に助けられて、その果てに世界を救いました。それは……何のために」
何のためかと言われれば、それはもう、世界を救うためだと返すしかないのだけど。
そう答えたまま、会話が途切れる。しばらく経ってから、今のは次の言葉を考える意味の逆説ではない、と付け足す。
「けれど、魔術王は星を滅ぼそうとしたわけではありません。現生人類の歴史が失われるだけです。人は多くの過ちを犯し、その上に代償を未来に押し付けて死んでいくもの。それをやり直そうとする試みは、それほど間違っているのでしょうか」
>そういう話なら簡単だ。
>この問答は既に終わっている。
だってほら、人は間違える生き物だから。間違えなくなるまで作り変えたなら、それはもう彼が救おうとしたものではなくなってしまう。
それに人類が受け継いできたのは負債だけじゃないと、各時代を巡った自分は自信を持って言える。
「そうですか。よかった。本当に、よかった――」
まだまだ続けて言える言葉があったけど、これだけで十分だと言うように。シールダーは何度も繰り返した。よかった、と。
そのままもたれかかって、崩れてきて、白い肌が押し付けられる。払いのけようとする手を胸で押しつぶして、仰向けに寝ている藤丸の上に乗っかってきた。
「冷たくて心地良いと、言ってくれました」
それは、まあ、言った、かもしれない。
>でもこの体勢はちょっといけない気がします、シールダーさん。
「嫌ですか?」
嫌ではないけれど。
青い瞳が心配げにこっちを見てくる。黒髪が垂れ下がって頬にかかった。
まるで重さを感じなくて、けれど柔らかな肌の先に骨を感じて、何かの拍子に壊れてしまいそうな脆さに不安になる。
>というか、まだ一つしか答えていないけれど、いいのだろうか。
>シールダーは、聞きたいことがたくさんあると言っていたはずだ。
「だから、分かりません。マスターの言う通り、聞きたいことは無数にあったはずなのに、他に何を聞けばいいのか、分かりません」
「でも」
「あなたは、人の錯誤を受け入れてくれるから――」
不気味に光る機体の中。指の間から見えるシールダーの瞳が、青く妖しく輝いていた。
『■■■■■■■■■■』
ランク:EX 種別:結界(対国・対文明)宝具 レンジ:無制限 最大捕捉:無制限
自陣から攻撃して戦端を開かない限り、シールダー側に対する全ての攻撃・状態異常等を完全に無効化する宝具。この特性から、戦闘を行う際には必ず先制攻撃が可能となる。また、傷つけた相手からしか傷つけられない、という効果により地形デメリットの類は半ば無視できる。
终天
1.永遠に続くこと。天が終わるまでの間。
2.取り返しの付かない心残り。特に死別に対して。终天之恨。
3.一日中。朝から晩までのこと。