亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

20 / 20
夢裡に身はこれ客なるを1

 城の各区画は、そこを守るサーヴァントに合わせて作られている。

 

 この区画は茨木童子と酒呑童子のもの。小柄な二人に合わせた戦場。二騎のためにデザインされた空間は、広い通路内に不規則に遮蔽物が立ち並ぶもの。無数の隠し通路は身を隠して撤退に使うだけでなく、炎を吹き込めば思わぬ方向からの火柱が飛び出すようになっている。

 水の魔力放出と龍神の血統をもって雲を扱う酒呑童子のために、ところどころの壁や天井が欠けて青空を覗かせるが、たくみに配置された遮蔽物は外からの直接攻撃を許さない。

 

 外からは一本に見える道が、内側ではくねくねと右左に揺れては枝分かれと合流を繰り返す。それが大枠では螺旋を描いて鉄塞城の周囲を取り囲んでいる。壁や天井から突き出したブロックの数々が遠近感を狂わせ、戦闘中であればふとした気の緩みで進行方向を誤認させることだろう。

 外縁部を守る枝城としては理にかなった設計だ。外に面した位置取り、ところどころに開いた穴からの侵入は容易いが、ここから入ってしまえば中心部に至るまでに時間がかかる。それでいて、ここから他区画へ援護に向かうなら直接外に出てもいいし、ひっそりと隠れ潜むいくつかの連絡通路を使ってもいい。

 

 茨木と酒呑の意見を尊重し、その要望に沿って作られたこの空間を彼女は気に入っている。

 

 でも、あの通路だけは不要だと茨木は思う。

 別に、酒呑がいなくなってから彼女の案にケチをつけているわけではない。発案は城主の方だし、最初からおかしいと思っていた。

 

 この城の外縁を守る第一防衛線。枝城網の要たる螺旋通路。

 そこから、城の中心部への直通ラインなど作るべきではないと思う。

 

 ましてその先に聖杯が無防備に置かれているなんて、まったくもってどうかしている。万一これを奪われることがあれば、大惨事になりかねない。

 酒呑はこの酔狂をいたく気に入っていたようだが、彼女はもういない。後には不満だけが残る。

 

「むう……」

 

 通路に開けた穴から空を見る。城を取り囲む虹色の雲は、昨日の戦いで受けた傷を修復し終わってまた鮮やかに輝いている。戦果は上々。こちらの死者は無いままに、カルデアのマスターを捕えた。

 それで文句などないはずなのに、自分はこの空の向こうに何を求めているのだろう。

 

 空に身を投げ出しては、風を切って落ちる落ちる。そこから突き出した壁を蹴って反転、壁蹴りを数度繰り返して下層の穴から再度区画に入る。鉄の格子が連なってにょきにょきと生える鋼の密林(ジャングルジム)

 鉄棒の1つに力を込めて折り曲げる。それから壁の一部を押し込むと開く通路は、城の中心部へと続くそれだ。

 

「くくっ、鬼とは宝を奪うものぞ?」

 

 などと言ったところで、今更茨木の言葉に反応する者はいない。通路に虚しく声が響く。

 

 かつてはこうではなかった。

 まだ酒呑が生き残っていた頃。円卓の騎士たちと戦っていた頃は、この城にももっと多くの英霊がいた。

 彼らは互いを信用し合ってなんかいなかった。隙を見せれば私欲で聖杯を使って当然だった。

 

 この場所ではいつも誰かが聖杯を狙っていて、それを阻止しようと見張る誰かがいた。苦労性の将軍さまなどは二十四時間体制で警戒に当たり、いつも聖杯をめぐる喧嘩を仲裁していた。火縄使いの魔王や狐耳の呪術師がふざけて聖杯を手に取ろうとするのを、その都度必死になって止めていたっけ。

 

 今はもう、みんないない。聖杯に興味を示すサーヴァントは、誰も生き残っていない。

 

 曰く。

 

――「俺様には必要ねえ。お前らがいればそれでいい」

――「今はちょっと、恋バナできる空気じゃないし?」

――「この地を守り抜くまで、私に謝罪を請う資格はないと思うのです」

――「私には過ぎたものだ。切れ過ぎる刀はいずれ使い手を殺すよ」

――「そんなふざけたもん知るか。俺が信じるのはこの旗印だけだ」

 

 つまらない連中だと思う。酒呑がいたら、きっと奪い取って何か楽しいことを始めるだろうに。

 

「いいのか? 盗ってしまうぞ? 吾は名に聞こえし盗賊の大親分なるぞ?」

 

 返事は無い。

 

 茨木童子だって聖杯に懸ける願いの無いサーヴァントなのだと、みんな分かっているのだ。

 

 それが無性にやるせない。欲が無いなんて鬼として致命的に間違っていると思う。思うのに、いざ目の前に輝く杯に手を伸ばしてみても、ちょうどいい願い事が思いつかない。

 

 随分と楽しげに消えていった酒呑を今更呼び戻すのは何か違う気がする。そんなことをしたら怒られてしまいそうだ。そもそも一度消えたサーヴァントを呼び戻したところで記憶は無くなっているはずで、それはなんだか悲しい。いっしょになって考えたこの秘密基地のことも忘れているし、何よりあの城主のことも忘れてしまっているのだ。きまぐれな酒呑が次もあの奇妙な城主を認めるかどうか分からない。二人が殺し合うようなことになると吾はとても悲しい。

 

 かといって他の願いというと、ろくなことが思いつかない。

 第一に思いつくのは食べ物だが、これはもうすでに十分貰っている。キャスターが作ってくれるという綿菓子はとても美味である。これまで食べた中で一番美味しいような気がする。お菓子を食べ過ぎて夕ご飯を食べなくてもいい気分だったりすると、城主が悲しそうな声を出す。

 なら金銀財宝か。しかし調度品や装飾品については城主が手作りでプレゼントしてくれる。それはもう、なんだかすごい頑張って綺麗だったり可愛かったりするものを作ってくれる。ねこねこオブジェが可愛いのである。簪作りの腕がメキメキ上がっていくのである。あの巨体で、吾に合わせたサイズの首飾りとか作ってくれるのである。それをさしおいて財宝が欲しいなどと流石に言い出しづらい。

 

 なら、いい加減「名乗るほどのものでは……」なんて言ってないでアーチャーにも真名を名乗って欲しい、とか。あまり鬼らしくない。却下。

 

 そんなことを考えている間に、自然と思考は行きつくところにいく。

 そもそも自分は、いったい何のためにこの城にいるのだろうか、と。

 

 この城が落ちることで何十万の被害が出ようが、そんなことは知ったことではない。ようは酒呑と――みんなと楽しく遊べればよかっただけなのだ。酒呑がいなくなった今、この城に留まる理由なんて無いのではないか。だって、だって今自分は、あんまり楽しくない。

 

 人が減った今、この城の広さが無性に寂しい。特に理由が無くても聖杯の周りに集まっていた頃の騒がしさはもう無い。

 城主の仲間意識は空回りするばかりに映る。まったく見るに堪えない。

 

 鈴鹿御前は妖怪変化を切り捨ててきた生前ゆえ、吾や城主との関係を避けている。アーチャーは誰とも関係を持とうとしないし、人の身で鬼の副長を称する男は会話しているようで会話できてないような気がする。お姫様はどこかに引きこもったまま全然顔を見せないし、死にかけの将軍さまもずっと臥せったままだ。

 あの城主は吾以外の誰とも分かり合えていない。あるいは、吾とも。

 

「はぁ……」

 

 聖杯は静かに輝き、城を取り囲む虹色の雲を通じて増幅された魔力を平等に振り分け続ける。

 

 戦えば満足か。この力を存分に振るえば、気持ちも晴れるのだろうか。いいや、そんなことはない。自分には戦う意味さえよくわからない。顔も名も知らぬ民草のためになど戦えない。奪う欲もないまま剣を振るうのは不誠実に思える。

 

 ああ、強くなりたい。酒呑がいなくても迷わない心の強さが欲しい。目の前の一事を単純に割り切って、万事をやりたいようにやり通す強い生き方がしたい。いつか一人の武士(もののふ)を前に、何もかも忘れて剣戟に興じたように、瞬間の中でこの身を燃やし尽くしてしまいたい。

 求めるものは杯の中には無く、そんなことを願う時点で自分はどうしようもなく鬼道を外れているのではないか……。

 

 ふと、気配を感じる。

 聖杯の安置された間から伸びる各階層への連絡通路。その一つに人影があった。

 

「茨木さまに宛てて、言伝を一つ承りました。カルデアのマスターが、是非あなたにお会いしたいと」

 

 アーチャーの声。静かな足運びで近づいて来て、目が合って、そのまますれ違っていく。

 しばらくして「あの、聞こえましたか? 聞こえていたら返事をしてください」と振り返る彼女に、「うむ」と一応の返事をする。

 

「ええと、場所は分かりますか? 虜囚を捉えている部屋は……」

「うるさい。分かっている」

 

 アーチャーの素性が気になるなら、案内を頼んで道中で話しかけた方がよかっただろうか。

 でも自分は酒呑と違って、知っていることを知らないなどとは言えないのだった。




黒鉄(くろがね)の匠:A
それまでその地に存在した如何なる金属よりも靭い、漆黒の鉄を生み出す業。
比類なき力は国の在り方を瞬く間に塗り替えていき、バーサーカーの統治を否応なく認めさせた。
道具作成、文明侵蝕、火力支援などを含む複合スキル。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。