亜種特異点0 終天の盾 作:焼き烏
知らない乗り物だった。ホバーバイクと言うらしい。
扇風機の羽根をむき出しにしたような部位が、前に1つ、後ろに2つ。そのちょうど真ん中に座席と操縦桿。ガラス張りのコクピットの中はシンプルな作りだが、サイドモニターに映る大量のグラフと計器が何を表しているかはさっぱり分からない。
本来は一人乗りだそうだが、今は藤丸の膝の上に乗ったシールダーが操縦桿を握っている。
もちろん藤丸は、こんな乗り物はさっぱり知らない。近頃はドローンが発達しているとは聞くが、有人機など聞いたことも無い。これはなんだ、と聞くと「トライローターホバーバイクです」とだけ返ってきた。もう一度聞くと、トルクキャンセル不要だの二重同調だのFleapilotだの意味不明の専門用語が付け足された。
それからしばらく経ってから。
「宝具です。これら兵器群を操る能力が、私の主武装になります」
>それは、まあ、なんとなく予想がついていることではあるけど。
「『けど』……。逆説の接続詞で言葉が途切れると、少し困ります。それは余韻を意識した感情表現なのか、次の言葉を考えるディレイタイムなのか、私には判断できません」
それを聞いて、少し笑ってしまった。
「……? 私は、何かおかしなことを言いましたか?」
>人間味の無い言葉で、とても人間らしいことを言っていたというか。
鈴鹿御前と話したら大変だろうな、と思った。「~だし」「~みたいな」「~ですけど」と聞くたびに、シールダーはその言葉の意味に悩むのだろうか。
「……それは、私をからかっているのでしょうか?」
>何が?
「『というか』と。また曖昧な表現で言葉を区切りました。私には、話題転換の意味で使われた言葉なのか、それとも言い換え・弱めの意味で使われた言葉なのか、分かりかねます」
ごめん、と素直に謝る。決してからかっていたわけではない。
「いいえ。悪意が無いのでしたら謝るのは私の方です。機能不足でマスターに制限を課すことになり、ご迷惑をおかけします。性能改善のためにご協力をお願いします」
自分にできることなら、協力したいと思っている。そのために此処に来たのだから。
だから。
>何をすればいいのかそろそろ教えて欲しい。
「では別の言葉で言い換えます。協力……というか、お話をして頂きたい。私はもっと、人間を知りたいと思っています」
なんだかはぐらかされたような気がする。他にもっと大きな話があるような。
でも、この言葉だって嘘ではないと思うから。
>よろしく、もう一人のシールダー。
「はい、よろしくお願いします」
◆
>あれは鳥だろうか。
「いいえ、使い魔です」と否定される。直後、銃声。連続した発射音が数秒続く。
その時になって初めて、藤丸はこのホバーバイクに機銃がくっついていることを知った。
撃ち落されていく何かが使い魔なのか鳥なのか、肉眼では判別が付かない。
「この高度に鳥類はいません。さらに言えば、サーヴァント以外は存在しないと予想されます。視界に入る他者は敵と思って行動します」
待って欲しい。サーヴァント以外いないことと、全員敵だと考えることは結び付かないと思う。
>話し合えば分かり合える相手だっている。
少なくとも、これまでの特異点ではそうだった。
そこまで言ってから、そういえばまだ自己紹介をしていなかったと思い出す。
>自分は藤丸立香。カルデアのマスターで、成り行きで7つの特異点を巡ることになって……。
「不要です。あなたの戦歴は把握しています。マスター、藤丸立香。あなたには特異点に立つ適性があり、人類を守る意思がある。それだけで十分です」
膝の上で、シールダーが動いた。預けられていた小さな背中が離れて、お尻がずれる。
言葉にならない、小さな呻きのような声をあげて。
「ん……申し訳ありません。今、私は発言を間違えました。十分ではありません。私はあなたに、聞きたいことがある。とても多くの参照要求、確認したい情報があります」
>それは、どんな?
「それは……」
それは。
いつまで待っても続きが無いので、膝上の彼女の顔を覗き込んでみる。
何かを言いかけて口を開けたまま、固まっていた。呼びかけると「はい」と返すが、そのまま次の言葉が無い。
余韻を示す感情表現、ではなさそうだ。エラーを起こして固まった機械を思わせる。
「申し訳ありません。何と言ったらいいのか分からなくなりました。記録は取りましたので、後程解析します。今後も、機能改善のため私と話していただければ幸いです」
そのまま、離れていった背中は戻ることなく。ほんの少し軽くなったように感じる少女はたぶん無理に前のめりになって、こちらに預ける重みを減らしている。
まるで熱を感じさせない、その冷たい肌がマスターに接することを恥じるように。
◆
あれが鳥でなかったことを確認する機会は、すぐに訪れた。
最初は雲に見えた。白い塊。それは瞬く間にこちらに近寄ってきて、ガラス越しに確認できた姿は「折り鶴」だった。自ら羽ばたいて飛んでいるが、子供のころ作った鶴の折り紙そのものに見える。すぐに正面ガラスを埋め尽くしてしまい、一面白の中に見える直線的な起伏は、なんだか昆虫の群れが蠢いているようで気味が悪い。本当に折り鶴だったのか段々と自信が無くなってきた。折り鶴はクチバシでガラスにヒビを入れたりしないものだったはず。
前方から飛んできて風防にぶつかった折り鶴だけでなく、改めて後方へ回ってガラスの無い背面からやってきた鶴がカルデア礼装の上に止まり始める。直接こちらをつついては来ないが、これはまずい気がする。
「マスター、この魔術に関して知っていることは」
>分からない。
魔術に関しては素人同然だ。しいて言えば、使い魔というよりは式神という感じがする。
「了解です。古い兵装が忘れられていくことは、良いことだと思います」
そう言ってシールダーが取り出した武器は知っている。パイナップルにも似た楕円体。ピンを外してカウント。手榴弾に違いない。アメリカでも見た覚えがある。いや、アメリカで見たのは形が全然違ったけど。
ともあれ、手榴弾は空中戦で持ち出すものではないし、ましては閉所で持ち出すものでもないはずだ。自分の足元に落とすのはもっと間違っている。
>すとっぷ! すとっぷ!
「はい。一般的な使用法と異なることは理解しています。また、私の手榴弾を制止するならピンを抜く前に止める必要があることをご理解願います」
言うが早いか、立ち上がったシールダーが藤丸の腕を掴み、ガラスに向かって投げつける。
既にヒビでいっぱいになっていたガラスをぶち破り、空中へ放り出された藤丸を追って折り鶴の群れが離れていった。
落ちていく藤丸の上で、ホバーバイクが爆ぜる音がする。空中を伝わって届く熱と光。
その爆風の中からシールダーが飛び出し、焦げ付いた鶴が落ちていく。
シールダーは藤丸の呼びかけには答えず、代わりに例の超大な砲身を取り出して藤丸に向けた。
「ファイア」
自分に対して真正面に構えられた砲が爆ぜる様は、炎の花が咲いたみたいに見えた。弾の方は見えず、気づいた時には意識が飛んでいた。それとも、視界が真っ黒になったように感じた時、自分はまだ目の前に迫る砲弾を見ていたのだろうか。どちらでも関係ない。
衝撃はあまり強すぎると、それ自体痛みと区別が付かないのだと、一日にして二度学んだ。
ああ……これは死ぬ。
けど、どうして。
◆単独顕現:-
ルーラー・シールダーとして召喚された場合、このスキルは機能しない。