亜種特異点0 終天の盾 作:焼き烏
アヴェンジャーの空戦適性は低い。
海の波間を渡り、天の雲間を歩く妖術こそあれど、純粋な飛行能力となるとほとんど持ち合わせていない。空に立つことのみに集中すれば不可能ではないが、高速機動を要する
鉄塞城のキャスターが編む羽衣があれば、空を駆けることもできよう。城主のバーサーカーに頼めば、飛翔を可能とするような鎧兜一式を喜んで鍛えてくれることだろう。
それをアヴェンジャーは良しとしない。バーサーカーの持つ大剣を足場にして空へ。剣が振るわれ、足場が無くなってなお魔力を頼りにして自らの足で駆ける。
彼ら鉄塞城の英霊を信用していないから。というのは確かに理由の一つだ。
けれどそれだけじゃない。彼女の行動方針は、鉄塞城の目標と根本的に相容れないのだ。
「チッ。手間のかかるグズがッ! 死ねばいいのに!」
彩雲からアヴェンジャーが飛び出してきた時点で、既に戦闘は詰めの段階。
セイバー、鈴鹿御前の振るう黒剣がランスロットの艦を正面に捉えている。護衛のスフィンクスはアーチャーに出し抜かれて、助けに入れる状況ではない。さらに後背からアーチャーの弓が艦に狙いを定めて、今射った。
黒い剣が轟いている。黒い弓矢が嘶いている。それらは空を裂き、天を断つ一撃。今から走ったところで、アヴェンジャーがそれに触れられる道理はない。アヴェンジャー自身、ここから動き出しても間に合わないことを理解している。
だが、動き出しが今でなければ話は別だ。
「アタシは、アタシたちの恨みを、忘れない――!」
挟撃が目標に届く前に、アヴェンジャーが両手を掲げて握りしめる。その手から糸が伸びていた。
一瞬、空が輝く。数えきれない織糸が空を包み込む様を見せて、まばたきする間にまた空色に溶け込んでいく。アヴェンジャーが手を引くと、それらの糸が一斉に引き寄せられた。この細糸の1つ1つが、アヴェンジャーの不死性を宿した神代からの武器。いくら引き延ばしても決して切れることは無い。それこそ数km、数万kmに渡ってさえ、一度絡みついた糸は決して離れることなく静かに時を待ち続ける。
先の襲撃において現れたアヴェンジャーは、形勢が不利だから逃げたというわけではない。艦の近くまで気付かれないように近づくだけで十分だった。
先に数本を仕込んで位置を捕捉し、その情報で鉄塞城のサーヴァントを動かす。交戦中の隙をついて接近。戦力を分断されて外を意識する余裕のなくなった艦に糸を仕込んだ。
それが今、ランスロット機を守る竜鱗の如き装甲群の節々から姿を見せ、機体を強烈に引っ張っている。巨体が軋む。
ランスロットとて迫りくる脅威には気付いている。だが旋回が間に合わない。音を超えるほどの飛行速度から無理に身をよじれば、自らの作り出した風圧の壁が機体をばらばらにせんと襲い掛かる。それを力技で捻じ伏せられるのがこの機体なのだが、一瞬の遅れが命取りとなる今にあっては大気の抵抗が無視できない。
その一瞬を、アヴェンジャーが補っている。
「こっっっっっのッ! のろまァ!」
直進しようとする機を押しとどめ、機体を持ち上げてから解放する。ぎりぎりのところでの宙返り飛行。
それでも完全にはかわしきれない。斬撃は装甲に傷を残し、弓撃はエンジンの一つを穿つ。互いの余波がぶつかりあい、衝撃で装甲板のいくつかが剥がれ落ち、ガラス窓にヒビが入る。直近の雲がまき散らされて霞みが機体を覆う。
機首を上げてくるりと回ったところから、ランスロット機は振動しながら落下した。もちろん追撃が来る。襲い来る矢の雨は、雲居越しだというのにその全てが的確に機体の傷を狙ってきている。
しゅるり。すとん。引き上げた糸と引き換えに、機体の上にアヴェンジャーが立った。追撃の矢が蜘蛛の巣状の糸に引っかかり、それでも止まらない。構わない。ほんの少し軌道を逸らすだけで、ランスロットの魔力に満たされた装甲は矢を弾ける。
コントロールを失った機体は、ライダーが開けた彩雲の孔を通れない。雲の中に突っ込んでいく。
膨大な魔力摩擦。虹色の大気との間に迸る魔力は雷の如く。魔力に全身を焼かれながらも、アヴェンジャーは怯まない。
「またシャシャってきた! 二股とかマジムカつくんですけど! このっ、裏切り者!」
「なぁにそれ、自己嫌悪? 笑えるわ」
雲を切り裂いて現れる鈴鹿御前の剣を、アヴェンジャーの爪が弾き返す。すかさず浮遊する二本目が斬りかかるのを左手で対処。三本目を避けるために飛び退けば、合わせて鈴鹿が追いすがってくる。しっかりと踏み込み、体重を乗せてもう一太刀。今度は受けきれない。両の爪を合わせて防御態勢に入ったアヴェンジャーを、そのまま向こうへ吹っ飛ばす。
「げはっ……きひひっ!」
その最中、糸が機体に巻き付いた。ストッパー? いいや、止まらない。ひび割れたガラスが耐えきれずに砕け散る。火器管制室の球状ガラスが飛び散り、支えを失った糸が代わりに中にあったものに巻き付いた。それを見て、鈴鹿の動きが止まる。
「ちょっ!? なんのつもり!?」
機体をガリガリと爪が削っていき、空へ投げ出される直前でなんとかアヴェンジャーが止まる。糸を引く。アヴェンジャーの傍らに、全身ぐるぐる巻きにされて身動きの取れない藤丸立香が引き寄せられる。
「あんた、こいつが欲しいんでしょ? いいわ、あげる。焼き殺す? 斬り殺す? アンタはこいつをどう殺す?」
「こ、殺さなくても、話せばきっと分かってくれるし!」
「へぇ、やっぱり仲間の振りして騙し討ちなんだぁ~。飽きないのねぇ」
この言葉に鈴鹿御前が剣で応えようとした瞬間、アヴェンジャーは藤丸を突き落とした。両手を開いて糸端を握っていないことをアピールする。
「一度自分のものだと思うと、もう諦められない。日本人って、謙遜な振りして酷く強欲よね」
アヴェンジャーが飛び降りて逃げる。鈴鹿御前は、藤丸の方を追った。
今度こそ邪魔はない。鈴鹿御前が伸ばした手は、藤丸に届いた。
地に燃える太陽
超空の要塞
輝ける瑞兆の雲
0 天上の無辺際
失墜する法 罪深き守り手
どうか、世界が平和でありますように
祈りの鶴 黒き鬼神