亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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頂にて覇を称え

 現実感の無い巨大構造物(アーキテクチャ)が浮いている。

 幾層にも渡って重なり合う円環が塔を成す。その周囲を幾何学的に囲う無数の浮島。

 細い曲線を束ねて渦を巻く。直方体を連ねた段差。絶えず動き続ける立方体の群があり、柱状節理の断崖があり、無数の鉄管に覆われて飛び出たドームがある。

 

 区画ごとにそれぞれ別の理に支配された、混沌の坩堝。それでいてこの戦闘要塞は、全体に統一感を持って美しい。金属光沢の内に周囲の彩雲が映り込んで虹の輝きを見せている。

 黒を基調とする鋼の空中楼閣。かつてこの空で戦っていた円卓の騎士たちは、これを鉄塞城と呼んだ。

 

 その呼び名に倣って、城主は自らを鉄塞城のバーサーカーと称する。

 城の屋上に立つサーヴァント。並の人間の倍以上ある巨体に、漆黒の全身鎧を纏った戦士。

 

「――そろそろか」

 

 城の最上層から伸びる特徴的なシルエットは、決して飾りではない。

 小さいものでも数m。大きいものなら数kmにも及ぶ超大な剣が、城の屋上に無数に突き刺さっている。これらは全てバーサーカーの武器だ。

 そのうちの一つ、特に巨大な片刃剣を蹴りつける。

 

 長い亀裂を残して剣が跳ね上がる。黒く輝く刀身は空へ。天上に掲げられた十字架のようだった柄は、回転して地に降りた。それをバーサーカーが掴み取る。

 

 身の丈4mを超える巨躯も、キロメートル単位の大剣と比べれば子供のように小さく見える。だが、この剣を自在に操る主は間違いなくこのバーサーカーだった。

 重力を存分に乗せた振り下ろしは、際限なく加速していく。刃の先に作られる空気の波は、初め波紋を描いて流れ去り、やがて流れることさえ間に合わずに剣によって叩き潰される。音速の衝撃を越えてなお剣筋は乱れず、造波抵抗を引き裂きながら加速し続ける。それでいて、床に触れる直前でぴたりと剣が止まるのだ。

 爆発にも似た轟音は、振り下ろし終わってから聞こえてくる。数km先で生まれた風が届くのはさらにその後。自らが作った嵐の中で、大剣は再び持ち上がる。

 

 その途中で、背後から声がかかった。

 

「っとストップ。そのままで角度でいてくれない?」

 

 サーヴァント、アヴェンジャー。その姿を認めて、バーサーカーは手を止めた。ただ持ち上げるだけでも人外の膂力を必要とする大剣が、空中に留められる。

 

「おう、おめえも出るのか。我慢できずにオレが出てきたとなったら、おめえは聖杯を盗りに行くと思ってたんだがな」

「こっちもそのつもりだったんだけど、新入りが先回りしててね。今はやめとくことにしたわ」

 

 いつの間にかバーサーカーの首に糸が巻き付けられている。それが一挙に締め上げられる。バーサーカーは抵抗しないし、別段苦しんでいる様子もない。鎧甲冑の隙間から首を締め付ける糸を引っ張って、アヴェンジャーが跳び上がり、バーサーカーの肩へと飛び乗る。そのままバーサーカーの持つ大剣に飛び移る。

 

 バーサーカーは動かない。ただ筋肉に力を入れ、歯を食いしばるだけで首元の糸は自然と引き千切れていった。

 

「待てよアヴェンジャー。せっかくだ、何か話そうぜ」

 

 そう言われて、面倒そうに振り返る。目を細めてじろりとバーサーカーを睨んだ。

 

「何かって?」

「何かって言ったら、何かだよ。何かあんだろ」

「……そうね。じゃあ、どうして手元に聖杯を確保しておかないのか聞いておこうかしら」

 

 目の下の黒は、隈ではなくペイントによるもの。見下ろす分には気怠げに、こうして見上げる時には悪意ある笑みに映る。手足にも土色のすじが描かれて、植物の蔦を連想させる紋様が現れている。このエスニックな出で立ちのアヴェンジャーがどこの英霊であるか、バーサーカーはまだ知らない。

 

「おう、それはな。聖杯を持ったオレがお前らと仲良くやるのと、オレが聖杯を持ったお前らと仲良くやるのと、大差ねえだろうと思ったからだ。どうだ、賢いだろう」

 

 知らないくせに、バーサーカーはさも得意げにこんなことをのたまう。

 

「私と他の奴らをいっしょにしないでくれる? 殺すわよ」

「いいぜ。いつでも来いよ。本気で殺り合えば、分かり合えるってもんだ」

 

 あるいは彼とならば分かり合えるかもしれないと、そうアヴェンジャーが思ったこともあった。

 だがダメだ。逸話に語られるイメージと、今ここに存在するバーサーカーは違いすぎる。

 

「残念ね。私はいつだって本気なのに」

 

 こうしてバーサーカーの大剣の上に居座って初太刀を邪魔するのも戦略なら、牛若丸をそそのかして早々に脱落させたのも計画のうち。それに比べて、このバーサーカーは一体何を考えているのか。アヴェンジャーからすれば、狂っているとしか思えない。名高い反英雄が「ここの英霊たちと仲良くなるぞ」などと。そんなことを言っているうちは、少なくともアヴェンジャーとは仲良くできない。

 

 踵を返して駆け上る。律儀にも一定の角度で止まったままの剣を足場にして走っていく。

 その走りが刀身の端に至る前に。

 

「おっと、来たな」

 

 城塞を囲う虹色の雲が裂けた。

 

 すぐさま剣を裂け目へ投げる。

 狙撃用ライフルの射程が長めに見積もっておよそ2km。鉄塞城のアーチャーに空中戦をさせて5kmほど。それに対して、バーサーカーの攻撃範囲は遥かに長く対空ミサイルに匹敵する長射程を誇る。

 ただ剣を振るうだけで単純に数km。投げれば軽くその十倍。衝撃波だけでも並のサーヴァント相手なら落とし得ることを考えれば、さらに倍。

 

 だが反応が遅れたようだ。虹の囲いを突き破ったそれはもはや視認することもできないが、剣の方を見ていれば的を外したことくらいは分かる。

 すぐさま次の剣を手に取って、感覚を研ぎ澄ます。

 

「オレは黒鉄。オレは剣。オレは力――。そこだ」

 

 城塞に穴が開いた瞬間、間髪入れずに大剣が振り下ろされた。

 最上階に立つバーサーカーが、城塞の中ほどを貫く列車を斬るなどどう考えても無理がある話だが、しかしバーサーカーは手応えを感じているし、事実その剣は当たっていた。

 

 自らの城塞に深い傷跡を残しながら、城ごと見えない敵を断つ。

 半端な宝具なら跳ね返せるだけの強度を誇る城を軽々と切り捨て、その先の空間に潜航する敵を力技で叩き潰す。バーサーカーにはそれだけの神秘と筋力、反応速度がある。

 

「チッ。切れ味が良すぎたか」

 

 だがバーサーカーはその結果に満足していないようだった。

 丸ごとぶった切るのではなく、中ほどまで切って残りの車両を引っ張り出す算段だったが、生憎と切りすぎた。後方に数車両を残して、敵の宝具はそのまま城塞を突き破っていく。

 

 さて、これで満足して相手が逃れていくなら、バーサーカーはここに留まるべきだ。城塞の外に出るタイミングと、彩雲を突き破る時の二回、改めて大剣を振るうチャンスがある。

 だが敵が城塞内で暴れるようなら、バーサーカーも城塞内に戻るべきだろう。

 

 どちらを選ぶべきかと考えて、バーサーカーは内部に戻ることを選んだ。

 城の中には、新入りのバーサーカー――土方歳三を始めとした仲間たちが残っている。

 敵を討つことと、味方を守ることとなら、後者を優先しようとそう決めてあるのだ。

 

 結果、その判断は裏目に出ることになるのだが、バーサーカーは後悔しない。

 欲を出さず、城を突き破って出ていく敵のしたたかさに感心するだけだ。

 

「けど、これで終わりじゃねえだろ? なぁ……?」

 

 彩雲の壁が破られて無限の魔力供給が滞っている今、敵が攻勢をかけてこないわけがない。城内を狙わないのであれば、おそらく外。迎撃に出たセイバー・アーチャーが狙われる。

 それを相手が、大人数で孤立した2騎を叩く戦闘だと思っているのなら結果が楽しみだ。セイバーとアーチャーには、キャスターの羽衣があり、バーサーカーの武具がある。そこにアヴェンジャーが加勢してくれるのであれば、決して数では負けていないのだから。

 




狂化:EX
■としての在り方を損なっている。
ステータスと引き換えに身体感覚や直感力、思考速度を引き上げる。

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