亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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意志あるところに道が開く5

 セイバー、鈴鹿御前は中~近距離型。長距離を航行する速度は遅いがインレンジではかなり小回りが利く。千里眼・高速思考スキルに近い効果の宝具を持ち、視野が広くて反応が早い。どちらかと言えば待ちの姿勢が強いサーヴァントだろうとシールダーは予想する。

 

 前回、シールダーの弾幕を正面突破してきた時点で、かなり落とし辛い相手だと感じた。近接を得意とする剣士のクラスでありながら、遠距離攻撃に持ち込んでも有利が取れない。決して薄くない弾幕の隙間を縫って悠々と正面突破できる身のこなしと瞬時の判断。単に弾速を上げるだけでは対応できない。本気の鈴鹿御前は、未来予測の域に手を掛ける演算能力を持つと藤丸が言っていた。なら、いくら弾丸が速かろうが、雷速に達する光学兵器だろうが、事前に見えているとあれば速さが意味を成さない。

 攻略するには、分かっていても避けられない状況を作る他無い。だがそれは、上下左右に無限の広さを持つこの特異点ではなおのこと難しい。空の戦場を包囲するには、面の攻撃を以てしてもまだ足りない。それこそ、土方歳三に対してやったように戦場自体を塗り替えるくらいの工夫が要る。

 

 未だシールダーの魔力は全快とは言えないし、鈴鹿御前の戦力の底も見えていない。ならここは、適度に引き付けつつライダーが彩雲の壁を破る時を待つべきか。

 

 そう結論付けるシールダーの横で、ライダーが静かに呟いた。

 

「さて、どう倒すか……まあ引けねえ状況なんだ。たまにはやりながら考えるか」

 

 聞き間違えではないか。ヘリコプターのローター音と重なったせいで音声認識を誤ったのかもしれないと直近のデータを再生し直す。

 ライダーは近代の英霊だ。手に持つ銃、宝具の列車から見て19世紀以降の英雄なのは間違いないはず。ステータスも決して高くないし、鈴鹿御前に対して相性が良いとも思えない。端的に言って、ライダー単騎での突出は無謀だ。

 

 だがライダーは、シールダーの返答さえ待たずにヘリから飛び降りていった。その先にレールが敷かれて道が伸びていく。ライダーは空中に浮かぶレールを走り、ふいに脇へと大きく跳んだ。その後ろからやってくる列車。ドア横の手摺を掴み、そこから飛び上がって列車の上に仁王立ち。

 巨大な動輪が回転し、導輪・従輪へと繋がれた連結棒が駆動する。

 

 こんな派手な突撃を仕掛ければ狙われるのは当然で、列車の行く先から剣の雨が襲い来る。

 空を埋め尽くす黄金色の輝きは、文殊菩薩の神なる剣。鬼をも屠る光の霊剣。近代の機械が耐えられる代物ではない。

 

 ライダーの列車は急なカーブで避けようとして脱線――いや、最後尾の車両の連結を解き、意図的に吹っ飛ばして盾にしている。金属が擦れ合う急激なブレーキ音と、そしてレールを外れる瞬間の重たい音。鉄の箱が飛び出して壁となる。

 それを、黄金の剣が食い破る。数秒の拮抗、魔力のぶつかり合いはあっさりと終わり、鉄板をぶち抜いて剣の雨は止まらない。

 だがその少しの間で十分。既に列車は射程外に逃れている。

 

 ――それが、シールダーが遠方から確認した様子。

 これが直接ぶつかり合った鈴鹿御前とライダーの間では、いささか認識が異なってくる。

 

   ◆

 

 空戦の第一義は速度にある。攻めも守りも、基本は速さ。無限の広さを持つ空において、戦いの大部分は有利な位置の取り合いになる。かわされない間合い。反撃されない角度。高度と速度を変換し続けて敵の死角へ潜り合う。

 その意味で、セイバー・鈴鹿御前はハンデを背負っている。浮遊する刀の上を駆ける移動方法は、この特異点においては遅い部類に入るからだ。

 

 だが正対正面攻撃(ヘッドオン・アタック)は、彼我の速度に関係の無い命中率を誇る。敵の正面に弾幕を張る動き。いわば進行方向に弾を置いて突っ込ませる仕掛け罠に近い攻撃。これはむしろ、速いほど避けづらいとすら言える。

 小通連による思考加速と、顕明連による世界観測を重ねた予測は、未来視の千里眼に限りなく近く。加えて大通連が持つ変化の力で、直前まで刀身を突風に作り変えておいてから至近にて姿を現す剣の雨。三宝具全てを解放した対空迎撃は、文字通りの必殺技だった。

 

 だから、互いに驚いた。

 五感ではまったく予期できない遠距離攻撃をライダーが脅威に感じるのと同じように、セイバーもまたライダーの気配感知能力の高さを脅威に感じた。

 

 (次は避けられるかどうか)

 (次は当てられるかどうか)

 

 距離は、知覚力に優れる方に味方する。

 時間制限付きの顕明連に頼る鈴鹿御前。曖昧な直観力に助けられるライダー。彼らは互いに、遠距離戦では相手に分があると判断した。

 

 結果、次の一瞬には一気に距離が詰まる。

 

 瞬きする間に近接戦へ。黄金の刀が煌く先で、ライダーが手を振るえば宙にレールが敷かれていく。空中の鉄道路線は、斬撃を受け止める鉄の盾。

 

「神化・水煉っ!」

 

 剣は再び姿を変え、水流となってレールを潜り抜ける。その先でライダーは、レールを掴んで飛び上がっている。ライダーが飛び上がったことで開いた空間から飛び込んでくるシールダーの長距離狙撃。一歩間違えばライダーに当たりかねないギリギリのタイミングで撃ち込まれた弾が鈴鹿御前を狙う。

 

「いいね。信頼ってものを分かってるじゃないか。なら、応えなきゃねぇ」

 

 シールダーの狙撃が浮遊する鞘に弾かれる。間髪入れずにライダーのリボルバーが火を噴く。片手で全体重を支えながらの不安定な姿勢から、寸分違わず確かな射撃。

 反動に身を任せて列車の上に着地。先の一撃が凌がれるのは織り込み済みで、空中に生み出したレールは旧型リボルバーのハンマーを引っかけて次弾の準備を整えると同時に鈴鹿御前の反撃を防ぐ壁になる。

 

「うざいっつーの!」

 

 それを、鈴鹿御前は力任せに叩き切る。飛び退くライダーの頬を刃先が掠めていく。鮮血が一筋。だが怯まずに銃撃をお返しする。

 

(チッ。あの坊や、見誤ったね?)

 

 藤丸から聞いていたより、一段階上の性能。

 神通力スキルは、サーヴァントとしての鈴鹿御前には使いこなせない。神通力の操作対象は自分の所有物に限られるとの話だったが、今確かに弾道をずらされた。レールの強度や、初撃での車両の防御力にも干渉されていた感覚がある。

 

 だからといって退く手はない。空戦では、撤退は時に撃退より困難だ。逃げる動きは背後からの一方的な攻撃を許して、返って命を縮めかねない。よほどの速度差が無ければ、撤退の先にあるのは死路だけ。

 

 なら、戦い方を変える。格上相手は望むところ。耐えるのも待つのも慣れている。

 銃撃は本質的にレールと変わりない。空中に置くことで敵の動きを制約する壁。全ては身を守る道具であり、敵の行動を狭めて予測するための道。

 集中しろ。敵が倍以上の早さで動くなら、倍以上に思考するまで。信念と覚悟は、鋼鉄に劣らぬ貧民の刃だ。

 

 頑なに車上に下りず、自身の剣やその鞘を足場とする警戒心は、同時に機動力を制限する枷でもある。隙はある。理屈でその五割を読み、感覚で三割を埋め、意志で二割をひっくり返す。

 鈴鹿御前に劣らぬ未来視染みた動きは、その実は分の悪い賭けの連続に過ぎない。だが相手が、動きを予想されていることを前提に動いてくれるなら、少しずつ行動の範囲は狭まり、予測の範囲で対応しやすくなる。

 

 足場の加速と減速。空間に置くレールと弾。毎度のようにライダーを紙一重で誤射しかねない感覚の支援射撃は、だからこそ気配感知に引っ掛かりやすくて良い。

 拳銃のリロードを行うと見せかけて銃を霊体化。代わりのライフルを取り出して撃つ。出し惜しみする余裕はない。全てを注いで目の前の一秒を稼ぎ続ける。

 

 自在に動く刀の三振りに、盾であり足場であり鈍器でもある鞘三つ、そして神通力の守りによる三重の戦術システム。現状、これを崩す手段はない。シールダーの対英雄スキルは通っているはずだが、それでもなお鈴鹿御前の方が一枚も二枚も上手。なら第三宝具の時間制限が来るまで耐える。

 

「うら若い乙女の肌に、容赦ねえこって」

「誰が乙女だってーの。くたばれババア!」

 

 刀傷は十を超え、火炎と雷撃とは水ぶくれでは済まない。だが動きがまったく鈍らない。平気な顔をして自ら炎に突っ込んで活路を見出す。それがライダーの防戦であり、生存術だ。

 

「いやいや、ここまで来たら意地でも天寿を全うするさ。どうしてもアタシを殺したいってんなら、曾孫でも連れて会いにきてくれや」

 

 鈴鹿の太刀を正面からは受けられないことは既に十分に学んでいる。足場になる鞘を払い、腕を振るうスペースをレールで奪う。先の先を読み合いながらの近接戦は、位置関係の取り合いという意味で航空格闘(ドッグファイト)に近いものになっていた。 

 

「冗談。もう、終わりっしょ!」 

 

 その拮抗は、長くは続かない。近距離では辛うじて持ちこたえられても、中距離での火力が違いすぎる。距離を離して剣の雨を構えられれば、ライダーには対応手段が無い。

 

 だから、支援に徹していたシールダーが動く。

 

「ええ。終わりです」

 

 巨大な鉄塊が車両を掠めて天を覆う。次いで重火器が弾幕を貼る。弾道を捻じ曲げて対応される。そこにライダーが突っ込んでくる。ライフルの銃床で殴りつけてくるのを避けて切り返せば、続けてシールダーが光剣を振るう。打ち合おうとした瞬間、空中を回る車輪が剣を絡めとる。捉えた。一瞬動きを止めた鈴鹿御前に向かって振りかぶられる熱量の科学剣。車輪の壁を焼き払ってその先の鈴鹿御前を狙う。交互に、同時に、攻撃を重ねて王手をかける。

 だが間一髪、鈴鹿御前が剣を手放して飛び退くが早い。

 

 その刹那、列車が急ブレーキを掛けた。

 

 大きく飛び退いた鈴鹿御前は、速度を落とした列車の前に飛び出すことになる。その先頭車両では――回り始めたドリルが牙を剥いていた。

 

「時間ですね、ライダー」

秘密結社・解放戦線(アンダーグラウンド・レイルロード)――!」

 

 超回転する穿孔重機。数日に渡って魔力を溜め続けた錐は、空間そのものさえも貫く。

 すぐ側で高熱が揺らめいているように、空が歪んで捩じ切れる。その穴に向かって列車が消えていく。まるで重力の穴(ブラックホール)。音さえもそこに吸い込まれていくのか、空はとても静かだった。

 

 宝具。秘密結社・解放戦線(アンダーグラウンド・レイルロード)は、あらゆる障害を越えて道を拓く鉄輪。その真名解放によって、速度を落としたはずの列車は即座に最高速を取り戻し、さらに数日分の魔力を上乗せして限界速さえ超えていく。

 

「っっ!」

 

 自分自身に突風をぶち当てての鈴鹿の緊急回避だけでは間に合わない。

 鈴鹿御前を救い出したもうひとつの風は、アーチャーが起こしたもの。それでも神風だけでは空間の収束に抗いきれず、烈風を纏った矢で鈴鹿を吹っ飛ばさなければならなかった。

 

 紙一重。それでも霊基をまとめてもっていかれた。

 

 鈴鹿の視線の先で、虹色の雲の柱が貫かれていく。膨大な魔力の結晶、女神の宝具が引き裂かれていく。

 散りゆく魔力は鮮やかに、霞みがかって空を彩る。輝く虹色に飾られた穴から覗く黒鉄の城壁は、神話の一幕のようだった。

 

 この身に満ちる神気が失われていく。神通力の精度が落ちる。拠点からの魔力供給が減れば、受けた傷も馬鹿にならない。

 けれど迷うことなく、鈴鹿御前はライダーが開けた穴へと向かう。

 




『秘密結社・解放戦線(アンダーグラウンド・レイルロード)』
ランク:C+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:300人

ライダーが導いた組織に対する信仰の具現。鉄道路線を自ら生成して走行する魔導機関を操る。アルカディア越えスキルと合わせて陸海空を行く縦横無尽の鉄輪。部分展開により、レールや車輪だけを実体化させることもできる。

国中に張り巡らされた連絡網、知られざる抜け道の数々を活かした逃亡劇は、追跡の手をするりと抜け出して足取りを掴ませない。まるで地中へ消える魔法でも使ったように。

未来に向けて魔力を積み上げ、計画通りの時刻・ルートで走ることで威力強化と気配遮断効果を発生させる。



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