亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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意志あるところに道が開く4

 雲の柱が渦を巻く。形は竜巻に似ていた。濁りの無い、真っ白な雲の竜巻。激しく荒れ狂うのではなく、泰然とうねりながらゆっくりと周囲の雲を集めては散らしていく。

 比較するものの無い空では距離感が掴めない。すぐ目の前にあるようにも、遥か彼方にあるようにも見えた。ただ途方もない躍動感がこの空を圧倒している。ガラス越しに、聞こえるはずもない音が聞こえる気がした。雲の柱を取り囲んで、風が静かに踊る音が。

 

「あれが敵の要塞です」

 

「いつ見ても偉そうだねぇ」

 

「■■■■――……」

 

 その雲柱から、薄っすらとしたヴェールのような雲が幾重にも垂れている。虹帯に彩られた美しいグラデーション。光の衣を重ね着した天の柱。

 

「彩雲です。雲の水分子を通して分光された光が波長に従って並ぶ。ありふれた現象です。しかし、あれはそういった大気光象ではないようですね」

 

「いったいどんな逸話引っ提げてきたらあんな宝具になるんだろうねぇ」

 

 >分からないけど、綺麗だ。

 

「敵に見惚れてんじゃないよ。側にこんな良い女はべらしといて失礼な奴だね」

 

 >シールダーとはそんな関係じゃない

 

「こいつがオンナって年かよ。ここで良い女なんて言ったら、アタシだけだろーが」

 

 >あっはい

 

「分かったら外を警戒してな。奴ら、たぶん気付いてるぜ」

「やはりアヴェンジャーから情報を流されているのでしょうか」

「さあね。アタシが突っ込むのも初めてじゃないし、対策くらいは取るだろうさ。結界とか、使い魔とか、魔法使いにはいろいろあるんだろ?」

 

 そのとき「がり」と金属が削れる音がした。スフィンクスくんが空の一点を睨んで壁に爪を立てている。威嚇音を上げて飛び上がり、今度はガラスをひっかいた。

 

「アタシはどっちでも構わねえぜ。アンタらはどっちをやりたい?」

 

 藤丸にはその先にあるものが見えない。けれどライダーとシールダーには見えているようだった。

 

「鈴鹿御前とアーチャーです。雲の壁を突破される前にこちらを墜とす目的と推定。ライダーは二手に分かれての交戦を提案しています。そうですね?」

「ああ。こっちは総力戦で仲良くやれる面子でもねえだろ?」

 

 藤丸立香は、そのアーチャーを知らない。敵を知らないままでは考えようがない。

 

 だがアーチャークラスなら、遠隔攻撃はお手の物だろう。空での共闘では、射程は大きな強みだ。どこまでの距離に精密射撃を行えるかが、そのまま共闘時における強さに直結してくるはず。

 遠近に満遍なく対応し、生身では破格の機動力を誇る鈴鹿御前。そこにアーチャーが狙撃を加えてくれば手ごわい相手になるだろう。

 

 そしてシールダーは、ランスロットとの共闘に何か不安を抱えている様子がある。

 

 >ライダーに遠距離攻撃の手段はある?

 

「アタシの銃じゃ精々100mってとこかね。あとは列車の体当たりだけだ」

 

 単純な速力ではシールダーに追いつけないことが分かっている鈴鹿御前が出てきたのだ。何か協力することでその点を補う作戦を持っているはず。敵の分断を考えるライダーの提案はおそらく正しい。

 

 >ライダー、シールダーで鈴鹿御前を引き付けよう。

 >スフィンクスくん、ランスロットを頼む。

 

「好きにやってくれて構わねえが、足引っ張るんじゃねえぜ?」

「あなたこそ、その旧式の銃で大丈夫ですか? 必要なら次世代モデルをお貸ししますが」

「いいんだよ。これで。急に慣れねえもん使っても上手くいきゃしねぇって」

 

「■■■■■■……」

 

「予定時間まであと10分ってとこか。正面ちょい右、高度はこの辺だ。場所もタイミングも気合で合わせな」

 

 開かれた扉から外気が急激に流れ込む。その先の空へ向かって、ライダーとシールダー、スフィンクスが飛び出して行った。

 

   ◆

 

 一番シンプルな形の紙飛行機を、そのまま大きく作ったもの。風に煽られてるだけですぐ折れて潰れそうなそれが、アーチャーの乗騎だった。紙の端を握りながら、体勢を低くして受ける風圧を減らす。紅白の巫女装束の上に東洋鎧を重ね着た射手。

 

 アーチャーは袖口から神祭具を取り出して掲げ、一礼して空に祝詞を奉る。

 

「祭天廻りて揺り戻し」

 

「晴れも常なら荒れるも我が世」

 

「朝凪契りを返します」

 

 唱え終えば、木の枝に紙垂を結び付けたその祭具を千切って捨てる。虚空に伸びる腕と、垂れ下がる袖の振り。宙へ投げ捨てられた祭具は発火して塵と消えていった。

 

 途端、強烈な風がアーチャーの背を押す。静かだった空が轟き、アーチャーには追い風を。そしてランスロットの機体には突然の向かい風が襲い掛かる。

 

 ランスロットの艦は、あたかも見えない壁にぶつかったようによろめいた。四基のエンジンの同調が乱れ、意に添わぬ旋回から高度を落とす。

 その先に、巨大なスフィンクスが飛び込んで空気の壁に向かって大口を開けた。向かい来る風を食い散らす。無貌の顔が覗かせる牙は宙の黒穴の如く。スフィンクスが駆ける後をランスロットが追随する。

 

「異邦の御先神(みさきがみ)がおいでとは。これは一筋縄では参りませんね」

 

 瘴気を帯びたミサイルがアーチャーを狙う。熱誘導も電波誘導も巫術で飛ぶ紙に対しては無力だが、宝具と化した空対空ミサイルはランスロットの意思を反映して敵をつけ狙う。蛇行する特徴的な軌道で、同時に発射されたミサイルがそれぞれ別の角度からアーチャーを狙う。

 風の後押しを受けるアーチャーの乗騎は、見た目に反して早い。接敵はすぐだった。爆風の中から飛び出してくるアーチャーに傷を負った様子は無い。次いで二発目が、アーチャーの後方で起爆する。彼女がまき散らした紙吹雪が疑似目標(チャフ)の役割を果たしてミサイルを引き付けたのだ。三発目も、見えない地面に向かって落ちていく紙屑を追っていく。

 

 爆風を受けて紙飛行機はふわりと浮き上がって速度を失い、強風の中に訪れた一瞬の凪にアーチャーが弓を引いた。

 

「日ごと秘め事露わに明かす。天覧山祇――!」

 

 角度を付けない水平の射でこの飛距離、この速度。互いに超音速で向かい合っての一矢が持つ相対速度は凄まじく、ランスロットの前を行くスフィンクスもまったく反応できなかった。

 

「っ。狙いは外してませんのに」

 

 気流と魔力の壁に弾かれた。矢は機体側面を滑って外れていく。

 だが矢が掠ったところから瘴気が剥がされている。機体が傾いた。魔力はすぐに機を覆うが、スフィンクスと離れた機体は再び嵐にも近い暴風に晒された。機首を下げて高度と引き換えに安定を取る。風を裂いて降下から再び跳ね上がるとする先で、スフィンクスとアーチャーが交錯する。

 

 踏みしめた宙空から広がる振動は、陽炎のように空間を歪ませる。今までよりひと際強く、速く。青白く光る矮星の爪を振り上げて飛び掛かる。

 それを、スフィンクスが巻き起こした風に煽られて流されるように。アーチャーは何の力も使うことなくするりと爪先を潜り抜けていく。

 

 間髪入れず、至近から発射されたミサイルを今度は矢で射抜いて迎撃。爆発。強風に煙が払われる頃には交錯の時はもう終わっている。

 

 目的が拠点強襲である以上、今アーチャーに構う必要はない。相手をするのはライダーが彩雲に穴を開けてからでいい。

 彩雲からもたらされる無尽蔵の魔力供給を最も有効に活用できるのは、アーチャーのような魔術戦スタイルを取る英霊なのだから。

 

「まだです」

 

 アーチャーが音速規模の飛翔に劣らない速度を出せたのは、この追い風のおかげのはずだ。位置関係が逆転し、ランスロットを追う上で向かい風に抵抗する必要が生まれたなら、もはや追いつけるわけもない。

 鈴鹿御前の援護に向かう素振りを見せれば背後から狙い打たれることになるだろうが、そんな形でランスロットでしか交戦を維持できないはず。

 と、藤丸は一瞬甘いことを考えた。

 

 その後ろから、煌ける魔力の帆を掲げてアーチャーが逆風に切り上がってくる。上下に揺れ動きながら風を捉え、大きな波を駆けあがって勢いよく滑り落ちる。

 これは、およそ空を駆けるやり方ではない。藤丸がオケアノスで見たもの。彼女はきっと、海の英霊だ。

 

「震奏、星神っ」

 

 後ろに向けて射った矢が轟音を響かせる。射るというより撃つ。砲撃のような重たい音。その反動でアーチャーは再び艦に肉薄していた。

 スフィンクスが爪を立てて急ブレーキ。宝玉に飾られた尾が鞭となって振るわれる。

 

「戴天する虹を繋ぐ。宙渡りの権能を弦に――! っ、ぐ!」

 

 アーチャーは乗騎を捨て、艦に向かって飛び掛かった。既に矢は番えられている。強烈な輝きに包まれて、元となった矢の輪郭が見えない。巨大な光の矢が、龍の嘶きにも似た叫びと共に飛翔する。

 その叫びに重なって、ランスロットの機体もまた吼えた。エンジン排気と共に吐き出された瘴気が一瞬にして炎上する。加圧・膨張された空気は高熱の中で爆ぜるようにして吐き出され、黒炎の筋を残して瞬間加速。光の矢を置き去りにする。

 

 その刹那、尾部機銃は操縦手無しに狙いを定め、アーチャーを迎撃する。初速マッハ2、絶え間なく吐き出される銃弾の音は重なり合い、独特の旋律を奏でる。

 重機関砲が狙いを定めてからではもう遅い。そして渾身の攻撃を放った瞬間の彼女に改めて魔力の盾を編む余裕などないはずだ。

 

「錨鏈!」

 

 矢を放ち終わった右手は、その先を見ることも無く空の一点に伸びていた。そこに、乗り捨てた大紙が戻ってくる。外套を翻すように、紙は元の正方形となって勢いよく風を切る。見た目も振る舞いも和紙でしかないのに、白い大紙が銃撃を完璧に防いでいた。1秒間に10発以上の暴力を受けてびくともしない。

 

 次の瞬間には、大紙は折り目の跡に沿って自ら形を変え、アーチャーと共に空を行く飛行機となっている。いや、そこから伸びる魔力の帆を踏まえれば、きっと彼女にとっては船なのだろう。

 

 次の矢を構えるアーチャーに、反転してきたスフィンクスが飛び掛かる。輝く帆が大きく風を受け、紙の船が機敏に旋回する。その先めがけて次は左前足のひっかき。それを波に打ち上げられるような動きで浮かび上がって回避。

 

 鮮やかに回避しながらも、美しい白の和紙はアーチャー自身が吐いた血で汚れていた。魔力の過剰使用。相当な無理をしている。

 彼女にとって魔力が水のイメージならば、今の感覚は窒息のそれに近い。綻びつつある回路は、意識せずとも魔力を飲む。身体が内から裂けるように、肺腑が内から灼けるように。

 

 けれど戦意は衰えることなく、自らの敵をしかと見つめて青い(うみ)(わた)る。

 




◆嵐の航海者:C
船と認識されるものを駆る才能を示すスキル。
船員・船団を対象とする集団のリーダーも表すため、軍略、カリスマを兼ね備える特殊スキル。

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