亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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意志あるところに道が開く2

 ライダーとの共闘のためにランスロットの艦を離れるかどうか。その判断を下す期限を、シールダーはおよそ今日1日までに定めた。今日中にライダーと合流できればよし。できなければ、まだ見ぬライダーかランスロットか、どちらと共に行くか決めなくてはならない。

 とはいえ、それまでに自分にできることというのも特に思いつかない。この話はランスロットにも聞こえているだろうし、あとはランスロットがどう飛ぶかに任せるしかない。

 

 だからシールダーと話をしよう。彼女も、話をしてほしいと言っていた。

 手始めに、初めて会った英霊たちに聞いてみるお決まりの質問を彼女にもしてみる。

 

「聖杯ですか。人の願いを叶える道具。私も、そうありたいものです」

「好きなものはありません。私は本来、特定の個人を優遇してはいけないのです」

「主従関係。それは、社会を効率運用するための知恵です。人と人とは平等ですが、意思決定機能を集積しようとする心は理解できます」

 

 前から薄々と感じていたけど、シールダーは人間ではないのかもしれない。

 人、という言葉に自分を含めていないことが伝わってくる解答だった。

 

 そういう英霊にも会ったことがある。本来なら呼ばれるはずのない神々。自らを人の上に置く王。人の手によって作られた命。最初は驚いたし、その価値観に戸惑いもしたけれど、今はもう人以外の相手も受け入れることができていると思う。

 

 そう、感じたままを伝える。

 

「マスターは、それらの在り方を認めているのですか」

 

 直立不動で気をつけの姿勢。話す相手の真正面に立って、じっと目を合わせている。

 シールダーは表情が乏しいのであって、表情が無いわけじゃない。ときどき出てくる極端な振る舞いだけじゃない。今だって何かを訴えている。それが何かはまだ分からないけど、いつか分かるようになりたい。

 

「私には分かりません。古い神に従う生き方は古いと思います。人は神になるべきではないとも思います。神や王と言った機構は、現代では不合理になりつつあるでしょう」

 

 一度言葉は途切れたけど、口が閉じていない。藤丸の瞳の中に答えを探すように、力を込めて見つめている。

 

「私は現生人類の在り方を是とします。人の歩みは大域的に正しいもので、明日は昨日よりも良いものであって欲しい。だから、過ぎ去ったものの価値を低く見ているのかもしれません。英霊の特徴を修正することは困難です。もし私が偏向的な思考をしているようであれば、その都度マスターの指示で補正していただきたいです」

 

 >終わってない。

 

「……? 文脈が分かりません。どの言葉に対する反応でしょうか」

 

 今の人類が価値あるものなら、ここまで続く何千年もの積み重ねだって同じように尊いものだ。人は過去を使い捨てていくのではなく、未来へ進んでいくもの。何も終わってなんていない。長い長い人類史は、きっと今に生きている。

 たとえ誰も覚えていなくても。たとえこの世界から消滅したとしても。それが無意味になるなんてことはない。

 

 分かりません。と、いつものトーンでシールダーは返答する。

 

 でも、シールダーは今を生きる人を是とすると言った。なら。

 

 >自分だって現生人類だ。

 だから、自分が認めるものを認めて欲しい。何も聖人たちのように神を信じろとか、古代の王に従えと言っているわけじゃない。ただ、そういう在り方もあるのだと思ってほしい。

 

 どうしようもなく無力で平凡な藤丸立香を、優しいと称える視点があった。こんな自分を強いと言う。こんな自分を残酷だと言う。こんな自分を尊いものだと言ってくれる。そんないろんな見方があるように。

 きっとシールダーを指す言葉だって、見方次第でたくさんあると思うから。

 

「はい。あなたは今を生きる人です」

 

「そんなマスターをこの空に呼び込んでしまって、申し訳ありません」

 

   ◆

 

 日が傾くことのない空では、時間感覚が希薄になる。外はいつだって明るくて、内は変わらず暗くて赤い。

 あと一時間ほどで決断してほしいと言われた時には、もうそんなに時間が経っていたのかと驚いた。とはいえ悩むことは無い。ランスロットは単騎でも十分に強いし、何ならスフィンクスくんを護衛に置いていっても良い。スフィンクスくんはランスロットの頭の上がお気に入りみたいだし、仲良くやってくれるだろう。共闘するかはともかく、藤丸は一度そのライダーと会ってみようと思っている。

 

 マスターの思考を邪魔しないよう心掛けているのか、部屋の隅で微動だにしないシールダーに何か声をかけようと思った時。

 

「■■■■■――!」

 

 ランスロットが叫ぶのと、艦が大きく傾くのとは同時だった。

 金属が擦れ合う音がする。何かがこの艦に体当たりしてきたのを、間一髪で避けたのだ。もし反応が遅れていれば、火花が散る程度では済まなかっただろう。

 

 急な旋回で壁に向かってふっ飛ばされることになったが、シールダーの宝具があるので藤丸に怪我はない。立ち上がって窓を見る。

 

 外には、列車が走っていた。黒を基調としたレトロなデザイン。無数の車輪が連動して回転している。その下にだけ線路があって、走っていく先から線路が現れては消えていく。

 

 その先頭車両にはシールダーが言った通り凶悪なドリルが付いている。けれどまず目についたのはドリルよりも先頭車両の上に仁王立ちするサーヴァントの方だった。

 

「そうカリカリするんじゃないよ。ちょっとした挨拶だろぉ? 現になんてこと無かったんだから、気にすることないね。怒ると老けるぜ?」

 

「■■■■! ■■■■■■■!」

 

 赤糸で刺繍が施された黒コートに、金バッチの制帽。列車の上にいることもあって、いかにも車掌といった出で立ち。だが服装は着崩されていて、ネクタイとコートが風に煽られて激しくはためいている。まだ遠くて顔は分からない。

 

 >あれが、終天のライダー。

 

「はい。サーヴァント、ライダー。戦闘データはありません。戦力は未知数です。こちらの所在を分かっていて接近してきたのなら、何らかの情報収集スキルが予想されます」

 

「おっと、アタシは地獄耳なんだ。今、アタシのことを召使い(サーヴァント)呼ばわりしただろう。二度とアタシをそう呼ぶんじゃないよ。次はぶち殺すぞご主人様(クソヤロウ)

 

 手の中のものをこちらに向けてくる。この距離と速度では、それが何なのかよく分からない。ランスロットは速度を上げ、それに合わせて列車も加速している。

 

「スミス&ウェッソンのシングルアクションリボルバーです。十九世紀後期に流通したモデルですね。英霊の中では坂本龍馬が所持していたとされるものに近いかと」

 

 >あのサーヴァントが坂本龍馬とは思えない。

 

「はい。私が知る限り、坂本龍馬に列車やドリルに関する逸話は存在しません。南北戦争期を中心に広く取り扱われた銃器ですので、その時代の英雄であれば他の所持者も多いかと」

 

 一度離れた距離が、じりじりと狭まっていく。列車が少しずつこの機体に近づいてくる。

 

「ん。アンタは誰にも気を許してない。警戒心に満ちてるね。良い車掌になれそうだけど、人としちゃあ気に入らないタイプだ。ま、おかげで見つけやすかったからトントンとするかい」

 

 列車の走行音と飛行機のエンジン音の中でも、不思議と突き抜けてくる声。返事を必要としない朗々たる宣言。ただの直感でしかないが、藤丸はこのライダーのことを人の上に立って導いた英雄だと思った。

 

「さ、こっちの準備は万端だ。いい加減、あの生意気な城をぶっ壊すとしようぜ。てめぇらだってムカつくだろ? あんなでんと構えて、俺らが正義だって? んなこと知るかって話さね。正義だのルールだのは、戦に持ち出した時点で拳銃(チャカ)と変わりゃしねぇのよ」

 

 ライダーの駆る列車より、シールダーの兵器を取り込んで改造されたランスロットの飛行機の方が最高速が早いのか。一度近づいた距離はまた離れ始めている。

 

 ダメ元でランスロットに速度を緩めるよう言ってみるが効果が無い。ならばとシールダーに声を掛ける。

 

「いえ、追加スラスターや変換機の取り外しは必要なさそうです」

 

 シールダーはそういってスフィンクスを指さした。

 黄金の装飾具は巨大化し、それに伴って星空の現身たる身体も巨大化を始めている。重量を上げることで速度を落としてくれるのだろうか。賢い。

 

「さて、もう少し近くで話すかいね。そっちがアタシの方に来るのと、アタシがそっちに行くのと……アタシが行く方が手っ取り早そうだ。ドリルで穴開けられんのが嫌なら扉を開けな。今から飛び移るよ」

 




◆気配感知:C+
経験と直感から敵対者の気配を感じ取る。物理的な接近よりも、情報面から追い込まれることに関して敏感。追手の狙いを先読みし、裏をかいた進路を取る逃亡者の知恵。

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