亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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意志あるところに道が開く1

 この空を落ちるのは、三度目だ。

 

 肩の上に乗っていた子スフィンクスが藤丸の身体を伝って駆け下り、宙に身を投げ出す。後ろ足が藤丸の服を離れた途端、その身体が巨大化して元のサイズを取り戻していく。まず金の装飾が元の大きさになり、次いで星空模様の体躯が膨張する。

 その巨大化で、一度離れたスフィンクスと藤丸との距離が再び詰まった。スフィンクスの背に抱えられる形で着地。スフィンクスの身体はひんやりとしていて、けれど内側に生命の熱を感じるものだった。弾力があって、クッションのようで心地いい。

 

 一度目はレイシフトのとき。二度目は折り鶴が群がってきたとき。これほど短時間に続けて空に投げ出されるのは、スカイダイビングのインストラクターでもやらない限りありえないと思う。

 三度目ともなると慣れてくるのか。あまり怖くはなかった。まさかオジマンディアスがこんな形で藤丸の旅を終わらせることなんて無いだろうという信頼もある。スフィンクスの背に抱えられた時は驚いたけど、素直に安心していた。

 

 だから聞き取れたのだろう。

 

「――ぱい――せん……ぱ――」

 

 オジマンディアスの神殿から放り出されて落ちる合間に一瞬だけ、大切な相棒の声がした。無機質なノイズに飲み込まれて消えていったその遠い声は、決して幻聴などではない。確かに一瞬だけ繋がっていた。

 

 スフィンクスにもう少しこの辺りに留まるよう頼んでみる。何らかの理由でこのあたりは通信が通りやすいのかもしれない。オジマンディアスの神殿があるせいで敵もこの空域に手出しできずにいる、なんて我ながら納得のいく仮説だ。

 

 ちゃんと言葉が伝わっているようで、スフィンクスは滞空を続けてくれた。みゅう、と小さな声を上げてその場に箱座り。前足を組んだ上に胸を置いて、ぐだーっと身体を前に倒す。

 

 スフィンクスの上で、どんな小さな声も逃すまいと耳を澄ませる。

 

 思えばこんなにマシュと離れたのは久しぶりだ。いっしょに特異点へ行くことができない時でも、マシュはずっと通信越しに寄り添ってくれていた。

 彼女が横にいてくれたなら。彼女の声が聞けたなら、さっきだってあんなに悩まなかったかもしれない。ただ自分らしくあればいいのだと、これまでの藤丸立香はもっと気軽に決断していた気がする。

 

 君を信じてもいいかと良いかと聞いた。シールダーは頷いてはくれなかった。

 そのことに揺れてしまった。

 

 これまで出会った英霊たちのほとんどは、藤丸を導く側だった。何かを問いかけるにしても、決断を委ねるにしても、その前に自分の答えは持っていた。

 シールダーは違う。藤丸の出した答えこそが正しい答えで、それを覚えようと必死に待っているような――それは出会ったばかりの頃のマシュに似ていた。

 

 そんなことを考えていたからか。シールダーの声を聞いて振り返ったとき、思わず別の名前を呼びそうになっていた。

 

 >マ――

 

「マスター、怪我はありませんか」

 

 誰かに誰かの面影を重ねるのが悪いことだとは思わない。英霊たちはよく、自分たちの伝承に登場する誰かの名を挙げて藤丸に似ていると言う。それはとても光栄なことで、とても嬉しいことだ。

 でも、誰かを誰かの代わりのように扱うのは違う。このシールダーは、マシュじゃない。似ているところを探してしまっているだけだ。

 

 凍てつく空気をゆっくりと吸い込んで、吐き出す。

 自分はもっと、シールダーのことを知るべきだ。

 

「こちらは問題ありません。19分前にスフィンクスの攻撃が止みました。機体、ランスロット卿共に損傷はありません」

 

 そう言ってシールダーがぺこりと頭を下げる。その後ろにランスロットの機体。

 そういえば、こうして外からあの機体を見るのは初めてだった。いくつものパーツをツギハギにして修復が繰り返された艦。その歪なシルエットもさることながら、何より目を引くのは両翼から前に突き出たプロペラ。主翼がその部分だけ丸く膨らんで、ぼこりと前に飛び出している。両翼に2つずつ、計4つのエンジンがさも後から付け足されたみたいな場所にある。

 

 >変わった形だね

 話のきっかけにと、飛行機の翼を指さしてみる。

 

「ランスロット卿の修繕作業は、ときに私の予想と異なった素材利用を行いますから。……違う、あの主翼エンジンですか? 後の時代の航空工学からすれば無駄の多いデザインですが、製造工程の面では一定の合理性があります」

 

 >戦闘機っぽくない

 

「当然です。1気圧付近まで与圧調整された戦闘機など僅かですし、戦闘機にあれほどのサイズは求められません。あれは爆撃機です」

 

 シールダーは続けて畳みかける。

 

「交戦を避けるための最高速度と攻撃時の低速飛行という矛盾する技術命題。それを解決するための2段2速加圧のターボチャージャーと四発エンジンによる安定性。これまでの敵の航行速度からして、真正面から襲撃されない限りは戦略的退避を選択肢に入れられます。また夜間航行用の優れた計器類は雲中飛行を可能とします。敵の要塞は雲の中にありますから、爆撃用の機体は私たちの目的にかなったものかと」

 

 言っている内容は半分ほどしか分からない。ランスロットははたして計器を見るのだろうか。

 ただ、それを淡々と口にするシールダーが妙に得意げで、覚えたての知識を披露したくて仕方ない子供のようだったから。

 

 >なでなで。

 

「それは愛情表現の一種だと認識していましたが、それ以外の意味があるのですか?」

 

 >嬉しそうだったから。

 

「はい。お伝えできない、と返答することが多かったので、こうして詳細にお話しできることは、嬉しい……と思います。この動作は、好感情を分かち合うものなのですね」

 

 スフィンクスがきゅうぅ、と小さく声を上げた。なんとなく、ジャガーマンがもっと撫でれ~と要求するときの音程に似ている。

 しかしこう大きいとスフィンクスの頭を撫でるというのは簡単なことではない。

 まず優しく、それからぎゅっと星空の身体を握りしめる。スポンジやスライムのように、手の中で形を変えるような感覚。首元へ移動し、そこから頭へ手を伸ばすとスフィンクスが頭を下げてきた。

 肩のあたりは黄金の装身具がしっかりとした足場になっていて安心感があるが、そこから頭の上に乗るとなると黄金の曲面がいかにも滑りそうで怖い。というかこの黄金の飾り越しに触ってはたして気持ちいいものなのか。

 

 もし落ちてもシールダーもいるし、と意を決して黄金の装身具の上に登る。

 

 そんな藤丸を、じーっと興味深げにシールダーが見守っていた。

 

「航空戦力についてより詳細な解説も可能ですが、いかがでしょうか」

 

 彼女は無口な方だと思っていたけど、もしかすると違うのかもしれない。藤丸の方からもっといろいろなことを話しかけてくれる時を、待っていたのかもしれない。

 

   ◆

 

 スフィンクスはまた小さくなって、いっしょにランスロットの艦の中にいる。神獣ともなるとランスロットの狂化や身にまとう瘴気も怖くないのか、スフィンクスはランスロットの頭の上に鎮座していた。

 帰る気配はまったく無い。とすると、これはオジマンディアスなりの協力なのか。オジマンディアス自身は手を貸してはくれないようだったが、代わりにスフィンクスが助けてくれるのかもしれない。

 

「状況は分かりました。協力は無いようですが、今後は積極的な敵対も無いと見て大丈夫そうですね」

 

 >さて、これからどうしようか。

 

 行き先がランスロット任せというのはいささか不安だ。せめて狂化していなければ、と思わずにはいられない。敵の本拠地ははっきりしているとのことだが、ランスロットははたしてそこへ向かってくれるのだろうか。

 

「ライダーが要塞攻撃を予定したタイミングが近づいています。ランスロット卿が要塞へ向かわないようなら、私たちは別行動を取ってライダーの要塞攻撃に参加しようと思うのですが、如何でしょうか」

 

 >聞いていない。

 敵対するサーヴァントが最低4騎、加えて土方さんで5騎いることは話してもらったが、味方になるサーヴァントがいるとは初耳だ。ライダークラスとなると、この空を自在に駆け回れる乗騎を持っていて頼もしそうだ。

 

「彼女のスタンスは不明瞭です。空中要塞の陣営とは敵対していますが、私たちの味方とは言い切れません。共通の敵が存在するだけの関係です。確かにご推察の通り空中を移動できる宝具を持っていますが、あれだけ特徴的にも関わらず私にはあの宝具に心当たりがありません」

 

 >それは、どんな宝具?

 

「はい。この終天の空を駆ける老女、ライダーの駆る宝具を一言で説明するならドリルの付いた機関車です」

 

 なんだろう、それ。とっても男の子な感じがする。日曜朝のテレビに出てきそうだ。

 




◆アルカディア越え:C
幸運判定に成功することで、フィールドの障害物を無視して移動することができる。
宝具である列車に騎乗して予約運行を行う際は、判定に大幅な修正を得る。

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