亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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金鍵刺されば回るもの3

 

 黄金の道を進む。スフィンクスの先導に従い、角を曲がり大扉を抜け、時に隠し通路を進む。そうしてまた大部屋に出た先で、足音を聞いた。音量ではスフィンクスの足音の方が遥かに大きい。巨体がその体重を乗せるたびに黄金の床を伝わって振動が伝わってくる。

 なのに、その裏にあってなお強烈な存在感を誇示するもう一つの足音があった。

 

 規則正しくはない。今にも駆け出しそう。新しい遊び道具の箱を開けるのが待ちきれない子供を思わせる。それでいて、ただ歩いているだけで周囲がかしずく姿が目に浮かぶ。軽妙で重厚。単純で複雑。矛盾した形容がいくつも頭に浮かんでは消える。

 まだ、その相手を目にしてすらいないのに。

 

 >久しぶり。

 

「何を言うか。余の光輝は遍く天上にあり。余は貴様を見ていたぞ」

 

 量で言えば、そう金ぴかなわけでもない。白衣をはためかせて登場した瞬間は特にそうだ。褐色の肌と白い衣に対して、黄金の装飾は主張しすぎない。

 けれど第一印象は、黄金の輝きに尽きる。

 

 役目を終えて王の下に戻ったスフィンクスが頭を垂れる。その頭を杖でさすりながら、オジマンディアスが睨んできた。

 

「なにゆえにあの娘と共にある?」

 

 分かっていたことではある。オジマンディアスは、シールダーを敵視している。

 それでもこうまではっきりと敵意を形に表されるとショックだった。

 

「余は神王なりし無尽の光。地上にあって神威を体現する者。永遠なる熱。太陽王、オジマンディアスである。ゆえにアレとは相容れぬ。疾く手を切れ、藤丸立香。今は穏やかに見えようが、本質はいつ狂うとも知れぬ醜悪な澱みよ。如何に理想に身を捧げようとも、あの獣は必ず人の世を穢すぞ」

 

 オジマンディアスは、めったに人の名を呼ばない。それは地上全てを平等に尊ぶという信念のためでもあるし、単に面倒くさいだけでもあるのだと思う。自らに比肩し得ると認めた英傑でなければ、オジマンディアスはその名を呼ぶことは無い。

 

 ひょっとすると、カルデアに来てからというもの、藤丸の名を口にしたのはこれが初めてかもしれない。たまに口にすることがあっても、皮肉気に「マスター」と呼ぶだけだ。

 

「今一度赦そう。考え直せ、藤丸立香。余と、あの娘と、どちらと手を組むべきかなど知れたことであろう。アレとの契約を断ち切れ」

 

 あるいはそれは、決別の意味を含んでいるのかもしれない。

 シールダーと共にいるつもりなら、お前などもうマスターではないのだと。

 

 それでも。

 

 >それは、できない。

 

「は、そうであろうな。貴様はそういう男だ。は、ははははははっ!」

 

 心底楽しそうに笑い、オジマンディアスは杖を振り下ろす。

 瞬間、この部屋の至る所から灼熱の熱線(ウラエウス)が降り注いだ。太陽の表面温度さえ上回る、およそ地上に在り得べからざる光量。神のみに許される規模のエネルギーは、ただ存在するだけで空間を灼く。ましてそれが一点に収束されようものなら、人など塵も残らない。

 部屋の中にいたスフィンクスでさえ、その身体が魔力の靄となって消えつつあるくらいだ。

 

 だから、それだけの攻撃を無傷でやり過ごすシールダーの絶対防御は、なるほど人の域に無い力なのだろう。

 

「事のついでにマスターを守ると口にしたが、それだけの守りがあれば十分であろうよ。獅子王は既に去った。お前のサーヴァントを正面から打倒し得る英霊は、もはや余をおいて他にない。貴様は既に、最強の盾を手にしている」

 

 一瞬にして神殿内の酸素全てが焼失していた。空気は内外から襲い掛かる凶器だった。肌を焼き、肺を焼き、生きることを許さない。そんな灼熱地獄にあって、それでも藤丸は無傷だった。息ができない苦しさを抱えたまま、息苦しさを感じない。もはや脅威に変わった空気が身体をすり抜けていく。

 

 抗議の声は言葉にならない。音を生む息が足りないのか。音を伝える空気が足りないのか。

 

「場所を移すぞ。余が直々に招き入れたのだ。かような小部屋で帰しては恥というもの。付いてこい」

 

  ◆

 

 魔力の大部分を消耗して小さくなったスフィンクスを肩に乗せながら、オジマンディアスが神殿を行く。

 これはどの時代のもので、どういう経緯で出来たのか。どういう距離から見ると一番きれいか。一々立ち止まっては神殿の内装を解説してくれている。

 

 なんとなく画一的で個性が薄く感じるエジプト美術だが、こうしてガイドが付くとその物語性が分かって楽しい。

 

 でも、今はそんなことより。

 

 >教えて欲しい。

 

「何をだ? この神殿の成り立ちから顛末、何なら墓荒らしどもの涙ぐましい挑戦の記録まで委細残らず語ってやろう」

 

 >シールダーが、何者なのか

 

「それは余が語ることではない。貴様はあの娘を選んだのだろう? ならば直接聞くと良い。あれは随分とお前に入れ込んでいるようだからなあ、しつこく尋ねればいずれ答えるかもしれんぞ」

 

 >教えてくれない

 

「ならば考えろ。材料はそこら中に転がっている。この特異点であるゆえに、あんなものがシールダーとして召喚された。余の如き、自らの意志で現れたもの。そしてこの空に満ちる祈りに導かれたもの。魔神柱の訴えに応えるもののいずれとも違う。あの娘だけが正真正銘の抑止の徒。世界に召喚されたはぐれものだ。この空で正すべき歴史が何であるか知れば、おのずとアレの真名も検討が付くというもの」

 

 わざわざこんな回りくどい言い方をするからには、これ以上聞いても答えは教えてくれないだろう。

 しかし他に気になる部分があった。

 

 >この特異点にも、魔神柱がいるの?

 

「当然だろう? これほど手の込んだ特異点は他にない。貴様のために用意された特製舞台だ。であれば、魔神柱が関わっていないはずがない」

 

 これまで通り抜けてきた中でも、一番大きな扉。

 それこそ、オジマンディアスが自ら扉を開けるまで、壁にしか見えない大きさだった。視界の続く限り全てが扉の一部。それが開いて向こう側から光が差し込んでくる様子は、筆舌に尽くしがたい。

 

「この特異点が崩壊すれば、その余波で藤丸立香の存在は消滅するのだからな」

 

 無数のスフィンクスたちが整列し、王に跪く。

 地の果てまで続きそうな黄金の回廊。その道半ばでオジマンディアスは振り返り、さも楽しげに語った。

 

「どうした? やはり余と共に歩めばよかったと後悔しているか?」

 

 この特異点が、自分の存在を消滅させる。

 そんなことがあるのか。今まで特異点で多くの犠牲が出たが、それが未来を変えることなんて無かった。

 

「否、貴様にとっては命懸けの戦などさした問題ではあるまいよ。これまでと何ら変わりない。むしろ今回は、貴様が失敗しようとも人理には何ら影響は出ない。全ての矛盾は貴様に収束するようにできている」

 

 理解が追い付かずに口を開けたまま固まっていた藤丸に、小さくなったスフィンクスがすり寄ってきた。服の上を駆けあがり、肩の上に乗る。不思議と重みは感じなかった。

 

「貴様が万事上手くやりおおせたなら、残党狩りには手を貸そう。この責任の一端は余にもあるのだからな」

 

 その言葉を聞き終える前に、地面がなくなった。黄金の床の一画、藤丸の足元だけが無くなって底なしの空に落ちていく。

 あっという間に黄金の神殿の外へ吐き出され、見る間にその輝きが遠くなっていく。

 

 遠目に仰ぐ神殿は、太陽に似ていた。

 




◆ネガ・ヘリオス
特定のクラスで顕現した場合にのみ付与される特殊スキル。

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