亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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 心など要らないと、心から思う。

 戦いなど要らないと、戦い続ける。

 尊い祈りを穢しながら。

 どうか人の世が平和でありますようにと。



祈り、あるいは夢1

 >年代と場所が特定できない……?

 それはおかしい。

 歴史の歪みを観測し、その年代・場所を特定して直接修復に当たるのがレイシフトだ。年代・場所が分からない状態ではレイシフトは基本的に行えない。そしてレイシフトの目途が立つまで、自分にマスターとしての召集がかかることはないはずだ。

 

「この大型時空震――いずれ特異点に発展すると見られる歪みについて、現時点での情報はありません。カルデアからでは特異点化の証明すら取れていない状態です。しかし、レイシフトの準備は終わっています。万全な情報がありますから、こと座標誘導に関しては安定しています」

 

 マシュの矛盾した説明を、ダ・ヴィンチちゃんが引き継いで続ける。

 

「うんうん、疑問に思うのは当然だ。行く先が分からないのに道だけある、なんて時間旅行では自殺行為に近いからね。いつまでも話を引っ張るのも可哀そうだから結論から言うと――この座標から、カルデアに直接救援要請が送られてきたんだ」

 

 救援要請。それなら確かに話は通る。前にも、そんなことがあったような気がする。

 しかしそれは、こう、悪い予感しかしない。

 

「連絡があったってことは、向こうからこちらまで回線が通ってるってこと。だから少なくとも、レイシフト後のサポート体制については安心できるんじゃないかな。新宿みたいなことにはならないと思うよ」

 

「しかし不安要素も大です。送られてきたデータには、その特異点の状況説明が明確に欠けています。それも観測できないのではなく、意図的に情報を省いた風に感じられるものでした」

 

「うん。あれだけ詳細に人理に対する被害予測を計算しておきながら、その根拠となる情報の出所が何1つ無い。陽動にしてはちょっと露骨すぎるくらいに怪しいSOSだったってわけさ。気を付けておくに越したことはない。特異点の中では想定外の事件が続くくらいが普通だって君もよく知っているだろう」

 

 >待って欲しい。それは、まるで最初からレイシフトが決定しているように聞こえる。

 確か人理修復に伴って発生した歪みは、小規模なものなら放っておいても自動的に修復されるケースもあるはずだ。調査がまったく足りていないという話だし、それならもう少しレイシフト先を調べてみてからミッションを決めるべきではないだろうか。

 

「いえ、先輩。調査は既に終わっているんです。現時点のカルデアではこの特異点を観測できない。情報が足りない、というのが調査の結果分かったことになります」

 

 そんな。神代のウルクですら時間をかければ座標が掴めたのに、いったいその特異点は何が起きているというのか。

 

「いくつか仮説は立てられるんだけどね。たとえば、既に歴史を離れた個別の世界として確立しているとか。あるいは、いつ自動修復されてもおかしくない小規模で一過性の歪みの中だとか。なんなら、正史において既に観測を困難にする要因が発生していた時期、なんて可能性も0じゃない」

 

 >その例のうち、最初の2つは介入しなくても良いケースなのでは?

 

「まあ人理修復の観点から言えばそうなる。でも君、いいのかい? たとえいかなる理由だとしても、そこにはカルデアに助けを求める誰かがいるわけだけど」

 

「……その言い方は、先輩に対して卑怯だと思います」

 

「意図的に情報を隠すというのも、なかなかに卑怯者だと思うけどね、私は。……ああ。それなら例の救援要請こそが一番の卑怯者というわけだ。いったい何を隠しているのやら。楽しみだね」

 

 >ダ・ヴィンチちゃんがそんなに性格悪いとは思わなかった。

 

「失敬な。こんなに性格の良いパーフェクト美人は二次元にだってそうそういないぞ」

 

「ともかく、こんなあからさまに怪しい誘いに先輩を差し出すなんて賛成できません」

 

「向こうで待ってるそいつは悪人じゃないと思うけどね。だって私がさっき言った通り、特異点を観測できない理由なんていくらでもでっちあげられるんだ。観測できない以上は向こうの言い分を信じるしかない。本当にカルデアに来て欲しいのならこんな半端なやり方をしなくても、他にいくらでもやりようがある。だってのに、怪しさ満点のこの救援要請だろう?」

 

 >卑怯だけど、悪人じゃない。それは確かに、会ってみないといけない気がする。

 

「そう言うと思ってね。君をサポートするサーヴァントの選定を含めて、既に準備は終わってるんだ」

 

  ◆

 

            亜種特異点0 人理定礎値:A

 

            A.D.■■■■

 

            ■■■■心地 ■■■■■ゼロ

            ――罪深き守り手

 

  ◆

 

 落ちていた。

 

 藤丸立香を守ってくれるはずのサーヴァントの姿は、一騎たりとも見えない。

 いや、それ以前に何も見えないのだ。

 

 視界の果てまで続く青空。降り注ぐ陽の光はいつもより少し苛烈。内臓がせり上がってくる感覚は、こうも長く続くと気持ち悪さだけを残して恐怖が麻痺してくる。

 

 落ちているはずだ。身体感覚は間違いなく落下のそれ。

 

 しかし終わる気配が無い。それは単に感覚の話ではなくて、文字通りに終わりが見えない。地面が無いのだ。ここには無限に続く空だけがあって、四方八方のどこを見渡しても空と雲だけが映る。

 

 自由落下は一定速度を越えて安定速に入ったのか。それとも加速度を感じる感覚がおかしくなったのか。唾を飲み込むと耳が詰まったような独特の感覚は終わり、それでも無限に下へ下へ。

 

「おっ、カルデアのマスターじゃん。チョー珍しい! 何しに来たの!? 今日は一人? お茶してかない?」

 

 その落ち行く藤丸に向かって、何か――サーヴァントが走り寄ってきた。空中に浮かぶ刀を足場にして駆け抜けていき、真下に立ってキャッチの構え。

 

 サーヴァント・セイバー、鈴鹿御前。彼女は確か、カルデアから選ばれた味方英霊ではなかったはず。信頼できる相手だが、状況次第では敵対もありうる。アライメント中立・悪。

 なんて情報を思い返していたが、結局藤丸をキャッチしたのは鈴鹿御前ではなかった。

 

「オーライ! オーライ! はいたーっ――ギャッ!?」

 

 別のサーヴァントが鉄の塊で鈴鹿を殴りつけ、代わりに藤丸をさらっていったのだ。

 

「初めまして、カルデアのマスター。私はこの終天の空のサーヴァント、盾の英霊シールダー。あなたにパーソナライズされたパフォーマンスと最適な機能を展開できるよう、あなたの情報や履歴、音声入力・認識と各種行動パターン、ご使用の武装とその運用に関する情報を収集し、サポートします」

 

 長い落下が終わったことで、衝撃が身を襲う。全身の骨が砕け散るんじゃないかという重力エネルギーはもはやそれ自体痛みと区別が付かない。許容量を越えた衝撃に、五感がまとめてショートする。視界と意識が回復する前に、藤丸を抱えた誰か――シールダーが駆け出す。

 

 脚部を覆う銀の具足。膝を隔てて二分割。その間を繋ぐ絶縁ケーブル。小型のジェットエンジンと思しき推力は、装着者に負担を負わせることなく高速で空を走っている。

 

 自分を支えるその腕は、冷たくて、柔らかくて、思ったより細かった。

 声から察するに、女の子のようだ。

 

「簡単に言えば、私があなたのサーヴァント。カルデアに連絡を取った英霊です」

 

 なら、聞きたいことが山ほどある。が。

 

「説明は後ほど。今は、私と戦ってくれますか?」

 

 フード付きのロングコートは前が開いていて、下着と遜色ない露出度の際どい服装が晒されている。病的なまでに白い肌。触れれば折れてしまいそうなほっそりした四肢は恥ずかしげもなく見せつける癖に、少女の顔は俯いてよく見えない。

 

 自称シールダーに抱かれたまま、その顔が見たい、と手を伸ばし。

 

「それは、何をチェックしているのですか?」

 

 拒絶するでもなく、青い瞳でこちらを覗き込んでくる。感情表現に薄い、透き通った瞳だった。

 でもちゃんと、自分を見ている。その目が相棒(シールダー)と初めて会ったときを思い出させたから。

 

 藤丸立香は、このサーヴァント――もう一人のシールダーを、信じることにした。

 

「感謝します。決断が早いのですね、あなたは」

 

 いや、決断が早いのは自分ではなく。

 真後ろで剣の雨を準備する鈴鹿御前の方だ。

 

 今の藤丸には鈴鹿御前が敵なのかどうかさえ分からないが、ともあれ彼女は藤丸を奪取するために実力行使も厭わないようだ。

 

「覚悟しやがれ泥棒猫ーっ! 恋愛発破――ッ!」

 

「いいえ、マスター。彼女は敵です。この終天の空を守る、人理に仇なすサーヴァント。対処します」

 

 シールダーが振り返るとそこには無数の剣が浮かび、そのいずれもがシールダーに剣先を向けている。そしてそれら五百本の日本刀全てが、鈴鹿御前の号令一つで飛び掛かる。

 

「天鬼雨!!!!」

「迎撃します」

 

 対するシールダーの周囲にも無数の武器が浮かんでいた。

 国も時代も種類も違う、数えきれない重火器類。骨董品染みた先込め式銃の横で、見たこともない光学兵器が光の線(レーザー)を描く。銃と大砲が、散弾と榴弾が。てんでばらばらな砲口が、けれど同時に吠え猛る。

 

 輝く神秘の刀身を、鉄と煙が迎え撃つ。撃つと同時、後背の硝煙の霧に向かって突っ込んでいったから、衝突の結果は確認できない。けれど、弾幕に弾幕をぶつけて攻撃を止めきることは不可能だ。いくら厚い弾幕だろうと、どうしたって抜けて来る刀がある。

 

 それを、どこからともなく取り出した鉄の塊で薙ぎ払う。

 

「華の無い動きだしぃ! 隙っ! だら! けっと!」

 

 後ろから追いかけてくる影が1つ。

 

 剣の弾幕を目くらましに移動していた? いや、違う。この方向、この速攻は。

 打ち出した剣の雨を足場にして、銃撃の雨を自ら掻い潜ってきたのだと、藤丸は理解する。

 

 シールダーは鉄塊を振り回して剣雨を弾き返したところ。その振り終わったところに、鈴鹿御前の刀が迫る。硝煙の中から飛び出してきた鈴鹿御前は、既に間合いに入っている。

 

 脚部のブースターで避け切れるか。

 

 いや、間に合わない。藤丸はそう直感し、警告する。

 

「了解です。マスター。衝撃準備、ファイア」

 

 鉄塊が火を噴いた。そもそもただの鉄塊ではなかった。

 その巨大な鉄の柱。使い手の少女より一回りも二回りも大きな鉄は、砲塔なのだ。

 出来上がる炎の柱は、それを吐き出す鉄柱よりさらに大きく。反動だけで、シールダーは一気に吹っ飛ばされる。

 

 もちろん振り終わった鉄柱の向かう先に鈴鹿はいない。炎の柱は的を外す。それで構わない。

 

 反動で距離を取れればそれでいい。

 

「戦闘行動を終了、離脱」

 

 爆炎を吐き出すロケットエンジン。四対の回転翼を操る飛翔ユニット。複数の装備が追加される。

 

 空では単純な速力がモノを言う。障害物もカーブも無いサーキットでは、一度距離を離されれば追いつく手段は相手より早く飛ぶ以外に存在しない。駆け引きも技術も無く、速い方が速い。

 

 シールダー側に戦闘に付き合う意思が無い以上、このまま飛び続ければ鈴鹿御前との距離は開き続ける。

 

「まずはランスロット卿と合流します。構いませんね?」

 




終天のシールダー
属性:秩序・中庸
筋力:A++ 耐久:C 敏捷:B 魔力:E 幸運:E 宝具:EX

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