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ベルベット達の拠点、タイタニア。いつもバンエルティア号が着ける北側の船着き場とは違う南側の船着き場の端で対魔士に追い詰められている三つの影があった
「貴方達・・・禁術を仕込まれてる?メルキオルの仕業ね・・・」
そこにはグリモアールとそれを守るようにオルとトロスが彼女の前に出て対魔士を威嚇している。聖隷を従えた二人の一等対魔士はそれに応える事はなくグリモアールを始末しようと構える、その時彼女達の背後から小さな光が現れそれが徐々に大きくなり辺りが光で満たされる
「あら、何かしら・・・」
背を向けていたグリモワール達は光の影響を受ける事はなかったが正面を向いていた対魔士はそれをモロ喰らって腕で目を庇う。光がバンエルティア号を形作り、それが治まったと同時に着水し波飛沫を立てる
「おおっと!!どうやら到着のようだ!」
ロクロウが船の衝撃に耐えながらも辺りを見回しここが拠点である事を確認する
「うわああっ!」
「ひ~船が折れるわい~~!!」
「これしきの事でバンエルティア号が壊れてたまるか!」
アイゼンが転びそうになるライフィセットを掴み縁起の悪い事を口走るマギルゥを怒鳴る。
「グリモアール!!」
「お帰りなさい、意外に早かったわね」
エレノアが叫ぶが当のグリモワールは平然とこちらを見る。ちょっとやそっとでは驚かいないようだ。ベルベットは甲板の手すりに足を掛け船から飛び出す。光に目が慣れた対魔士がそれぞれ剣ではなくオスカーが神依を使用するときと同じ、聖隷を取り込み彼が神依で使用していたのと似た装飾が施された武器を出す。巨大な籠手のような武器を持った対魔士がベルベットの刺突刃をそれで防ぐ
「予定より早い!災禍の顕主!」
青色の線が入った弓持った対魔士が剛腕の対魔士の背後から光る矢を放つ
「またそれ!?御大層な名前ね!!」
業魔手で籠手を弾き矢を回避すると同時に対魔士に蹴りを放つ
「ぐっ!名付けたのは貴様が傷付けた人々だ!己が罪の重さを知るがいい!!」
蹴りを喰らった対魔士が接近し剛腕を振り下ろす。ベルベットがバックステップで後ろに下がり代わりに地面を砕く
「いや・・・今までの罪を、その身に刻んでやる!!」
弓を引き絞り霊力が籠った矢が放たれる。対魔士の矢は普通のそれと違い速度が圧倒的に早い
「破!」
ロクロウが横から入り小太刀で矢を弾き返す
「刻まれるのはどちらかな!?」
ロクロウの右目を光らせ剛腕の対魔士に向かって走り出す
「止めてください!神依の危険性をわかっているのですか!?」
「愚問よ!これは命の喰らい合いだ!!」
ベルベットも吐き捨てるように叫びロクロウと同じ対魔士に斬りかかる
「エレノア、諦めろ。向こうはもうお前に耳を貸すことはない」
「アイゼン・・・!」
「気持ちはわからんでもない、だがな、相手が命を取りに来てる以上こちらも殺るしかない」
弓を持った対魔士がアイゼン達に向かって矢を放つ、それが途中で無数に分裂し飛来する
「躱せ!!」
アイゼンの声で剛腕の対魔士と戦っている二人を除いて左右へと別れる。その真ん中を通り過ぎた矢が急旋回し追跡してきた
「追ってくる!?」
「聖隷と一体化したのなら武器自体も体の一部!こんな芸当分けないということじゃ!!」
エレノアは槍を振るい迫りくる矢を弾きとばしマギルゥが水弾で相殺する
「クソ!あの対魔士をどうにかしないと埒が開かんぞ」
「でも矢がどんどん増えてきてる!!」
アイゼンはライフィセットを抱え上げながら聖隷術で迎撃しつつ回避行動を行う、だがライフィセットの言う通り対魔士が矢を番え放つ度に分裂する本数が徐々に増えてきている。矢を受け流していたケンがアイゼンに声を掛ける
「自分があの対魔士を肉薄にします!」
「何言ってやがる!串刺しにされるぞ!!」
「ですがこの状況を脱するにはこうするしかありません」
それを言うとケンは近くに置いてある樽や木箱をまとめて抱え上げ対魔士目掛けて投げる。弓の対魔士は蛮族めいた攻撃に一瞬驚いたがすぐ様矢を放ち飛んできたものを撃ち落とす。だがそれにほんの僅かに意識が向いたことでケンが走ってきているのに遅れる
「な!?」
「うおおっ!」
ケンが懐に潜り込み体当たりからの胴へ肘打ちを叩き込む
「がはっ!!」
「ふん!!」
追撃に前蹴りを打ち対魔士を蹴り飛ばすが向こうも反撃で今まで撃っていた物とは一回り大きな矢でケンのの腹を射抜こうとするが寸前で掴むが矢に押されて後方に飛ばされる
「どああっ!?」
対魔士と同様にケンも逆の方向に吹き飛ばされるも体勢を立て直し粗々しく着地し膝を着く。ロクロウとベルベットの方も剛腕の対魔士を追い詰めたようだ。ベルベットの蹴りが腹を打ち弓の対魔士の近くへと押し戻す。対魔士も苦し紛れに腕を振るい二人を後退させる
「ぐ・・ううう・・!」
二人の対魔士が辛そうに呻く前でベルベットが業魔手を出すがその表情はかなり苦しそうだ
「ころ・・・す・・殺さなきゃ・・・ううっ!!」
突然の頭痛で頭を抑えるベルベットに反応して対魔士が立ち上がり腕を振るいあげながらこちらに向かって走りだす。弓の対魔士も矢を番える
「ベルベット!!」
「・・・!!」
ライフィセットがベルベットに前に立ち庇う。自爆覚悟で向かってくる対魔士にエレノアが恐怖の表情を浮かべる、だが次の瞬間対魔士達は体勢を崩しその体が霧散していく
「ああ・・・ああああ」
「ここまで・・・か・・・」
消えていく様を見ながら各々構えを解く
「自滅したな」
「儂の予想通りじゃったの」
「聖寮は、全部わかってやっているのですね・・・」
ベルベットは対魔士の最後を見たあとグリモワールの方を向き、アジトの状態を確認する
「グリモワール、喰魔達は?」
「わからないわ・・・聖寮にここを攻め込まれて対処している内に散り散りになってしまったのよ・・・」
「解読はどうなった?」
アイゼンが次いでに古文書の解読の状況を聞く
「ほとんどできたけど、肝心の最後がまだなの」
「あんた達はバンエルティア号へ。喰魔達はあたしが捜す」
「できるかのう?神依の集団を搔い潜って」
「・・・いやなら来なくていい・・・痛っ・・!」
マギルゥの煽りにも聞こえる言葉と視線にベルベットは踵を返すが眩暈を起こしふらついてしまう。そのせいかベルベットの櫛を落とす。それにライフィセットが気づき拾おうとするのをベルベットが声を荒げ制する
「触らないでっ!!」
櫛を拾い上げるベルベット、だがその様子から見てもう精神が限界に近い事は誰の目から見ても明らかだった
「・・・ひとりで無理しないで。みんな一緒だし、僕も・・・僕がベルベットを守るから」
「守る・・・昔、ラフィも同じ事を言ってくれた・・・けど、そんな甘い事言ってると死ぬわよ」
ベルベットが冷たく言い放つ
「いくら誓ったって現実には通じない。ラフィも、あっさり死んだ・・・殺された!あたしも、あの子を守れなかったあんなにあたしを想ってくれたあの子を・・・たった一人の弟を・・・胸を刺されて・・・痛かっただろうに・・・」
「ベルベット・・・」
ライフィセットの目に映るベルベットは身も心も弱りはて、今にも崩れてしまいそうに見えた。その彼女が鋭い目つきでライフィセットの方を向く
「あんたは自分の心配だけしてればいい。これは命令よ」
「命・・・令・・・」
ライフィセットが言葉を復唱する。この命令はどちらととれるのか、だがベルベットはそれを言うことはない
「カノヌシを抑えてもらわなきゃならないのよ。アルトリウスを殺すために」
ベルベットは顔を伏せるライフィセットを尻目にアジト内部へと続く扉へ向かう。ライフィセットもエレノアに促され入口へ進んでいく、ケンがそれに続くがグリモワールが声を掛ける
「ちょっと待って」
「はい?」
「さっきのアレ、貴方でしょ。だいぶ無理してるんじゃない」
「いえ、そんなことは・・・」
的中されて少し焦ったケンにグリモワールが続ける
「そんなことはないって言っても無駄よ。辛いんでしょ、見ればわかるわ」
グリモワールの指摘した通り、ケンは少し肩で息をし顔から汗が滲んでいる
「・・・グリモワールさんの言う通りです。ですが、まだいけます」
「頑張るのは勝手だけど。倒れたら元も子もないわ、人生の先輩からの忠告」
「・・・はい」
ケンはそれに答えベルベット達に追いつくべく走っていった
~
「こんな時でフが、皆さんにお話がありまフ」
廊下を走っている最中ビエンフーが突然切り出す。全員一旦足を止めビエンフーに注目する、何人かはもう知っているが
「ごめんなさい!!ボクは、メルキオル様のスパイだったんでフ!」
「貴方が・・・聖寮に情報を流していたのですか?」
「そうでフ・・・ごめんなさい!!」
実際には強制されていたためビエンフー自身には責任がないのだがそれでも頭を下げる
「おお、すげぇとこに仕掛けたな、メルキオルは。まさかマギルゥの側にスパイなんて・・・いや・・・『木を隠すには森の中』怪しい奴は、怪しい奴の側にってことか」
「マギルゥの契約術の上から命令を強制する術をメルキオルがかけてたんだって」
「ちっ・・・やってくれたな」
ライフィセットがバンエルティア号での事を説明する。アイゼンが舌打ちをする、当然だ、自分のすぐ近くで情報を聞かれていたこと、それに気づけなかった自分に毒づく
「ビエ~~ン。許してくださいでフ~!」
「お前じゃない。メルキオルだ」
「えっ・・・?」
ビエンフーはアイゼンが舌打ちした原因が自分であると思い泣きついて許しを請うが、アイゼンがそれを否定したことに驚く
「自分の舵を自分で取れないようにするのは、アイゼンの流儀に反することだから。ビエンフーの意志じゃないってことはわかってるよ」
「でもボクが密告したせいで、皆さんが危機に陥ったのは事実でフ・・・」
「“血翅蝶”にだってバレてたんだぜ。お前抜きでも、聖寮は俺達の動きを掴んでたさ。で、他にはどんな情報を漏らしたんだ」
ロクロウに問いただしにビエンフーは洗いざらい告白する
「それは・・・ベルベットが意外といいお嫁さんになりそうなこととか。アイゼンの釣り竿への拘りや、マギルゥ姐さんの寝言の内容、それにダイルの尻尾の再生スピードも・・・」
「えっ、そこ・・・?」
ビエンフーの証言から考えると10の情報の内8ぐらいは全く役に立たないだろう、メルキオルはたぶんそれも覚悟でスパイをやらせたのだろうが、それともビエンフー自身が有利な情報を与えないためにしていたのか、それはわからない
「もういい、終わったことだ。だが、ケジメはつけねばならんな」
「ケジメ?」
アイゼンがそういうとエレノアの方を向く
「エレノア、疑ってたことを謝る。すまなかった」
「アイゼン・・・!?」
アイゼンがエレノアに謝罪する
「そうでフよね・・・ボクが、まずしなくちゃならないのはそれでフよね・・・ごめんなさい、エレノア様」
「・・・はい。二人の気持ち、確かに受け取りました」
エレノアは二人の謝罪にそう応えた
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アジトの地下へ着き広間へたどり着いた、その時前方横から影が勢いよく飛び出しそのまま壁にぶつかる
「ぎゃああ!!」
地面に落ちたのは対魔士、飛んできた方向を向くと腕を変化させたメディサが立っていた。その後ろにモアナとクロガネがいた
「無事の様ね」
「面目ない。逃げるのが精一杯だった」
「元々顔はないじゃろうが」
マギルゥがツッコミを入れる横でモアナがエレノアに抱き着く
「うわあぁ~ん!こわかったぁ・・・」
「・・・大丈夫、もう酷いことはさせませんよ」
「メディサが助けてくれたんだよ」
「ありがとう」
「・・・子供を巻き込むのが許せなかっただけです」
エレノアがメディサにお礼を言う。メディサは顔を背けながら応える
「クロガネ。モアナ達を守って裏の港へ行って、王子とグリフォンを見つけたら、バンエルティア号で脱出する」
「承知した。ロクロウ、これを持っていってくれ。お前がくれた金剛鉄で打った征嵐だ」
「刀にできたのか!」
クロガネが懐から一振りの太刀を取り出しロクロウに差し出す
「一切の欲望を捨て、無心で打ち上げた。この世に、これ以上硬い太刀はないはずだ」
「金剛鉄の征嵐か・・・」
ロクロウは鞘から太刀を抜き刃を見る。銀色に輝く金剛鉄の刃にロクロウは目を見張る
「使わせてもらうぜ、クロガネ」
クロガネ達を裏の港へと続く通路へと走っていくのを見送り、ベルベット達は奥へと進むと物陰に隠れいていたパーシバル王子を発見した
「捕まってなかったわね、王子」
「君たちこそ。よくアルトリウスの目を掻い潜れたね」
「アルトリウス様がここに!?」
「ああ、対魔士達が話しているのを聞いた」
聖寮のトップが乗り込んできているということは、完全にベルベット達を殺り来ているということだ
「アルトリウス・・・!」
ベルベットがその名を聞いて今にも飛び出していきそうになるがそこでアイゼンが口を挟む
「特攻には付き合わんぞ。喰魔たちの保護が先だ」
「古文書の解読も、あとちょっとでできるし・・・」
「・・・わかってるわよ。裏の港から脱出する。ついてきて」
喰魔を奪い返されないこと、カノヌシの対策を見つけるためのグリモワールの保護が最優先目標であることもベルベットはわかっている
「気をつけい、王子殿。グリフォンに遅れたら置いていかれるぞ」
「わ、わかった」
王子を連れてきた道を戻り、港へと続く広間にたどり着くとそこにベンウィックがいた。ベンウィックがこちらに気づくと慌てた様子で走ってくる
「やばいよ、副長!敵がバンエルティア号に気付いた!敵の船が何隻かこっちに回り込んで来てます!」
「直に出航だ!」
アイゼンは状況を素早く理解し指示を出す。皆はバンエルティア号の待つ港へ走り出すがベルベットはアルトリウスの事が気になるのだろう立ち止まり後ろを見る。それに気づいたライフィセットがベルベットに歩み寄る
「・・・よかったね。みんな助けられた」
「・・・」
複雑な表情を浮かべるベルベット、だがそこに通路の奥から対魔士達が2階の踊り場から現れ飛び降りる
「逃がさんぞ、災禍の顕主!!」
対魔士は躊躇することなく神依を纏う。魔王を倒せるなら自己の生命など平然と投げ捨てる覚悟の表れだ。ベルベットは一人前に出て構える
「ベンウィック!あたしに構わずバンエルティア号を出しなさい!」
「馬鹿言うな!あんたはどうするんだよ!?」
「こいつらを叩く!さもないと狙撃される!」
ベルベットの言う通り対魔士の中には弓を持った者もおり、仮に出航したとしても神依の力を持った矢はバンエルティア号に被害を与えるだろう
「ちっ・・・出航しろ!こっちはなんとかする!ケン、お前も行け。俺達が突破された時は船を護衛しろ。行け!ベンウィック!」
「わかりました。船が出たらそちらへ」
「りょ、了解!みんな死ぬなよ!」
「無茶言いよる」
「死ぬんじゃない・・・殺すのよ」
ベンウィックの無茶ぶりに愚痴を吐くマギルゥ、誰にも聞こえないように呟くベルベットはそのまま走り出した
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裏の港に到着しモアナ達を船に乗船させケンは船を留めている舫い綱を解き始める。指示を出していたベンウィックが甲板から乗り出しケンに向かって叫ぶ
「ケン!早く乗れ!」
「いえ、自分はベルベットさん達と合流します。きっと脱出するための手を考えているはずです!急いで出航を」
解いた綱を投げ渡し次の綱に取り掛かりながらそう促す。ベンウィックはじれったそうにしたが意を決したのか首を縦に振った、それを確認したケンが横に立っているパーシバルに乗船するよう促す
「殿下も急いでください。時間がありません」
「いや、私も残ろう」
殿下の言葉に少し驚くケン
「しかし」
「聖寮の狙いが喰魔だというのならば私はそのついで程度だろう。グリフォン」
腕に留まっているグリフォンに語り掛けそれにこたえるように船の方へ飛んでいく
「私も一応は国の王子、何かの役には立つだろう。さぁ行こう」
「・・・わかりました。ベンウィックさん」
「ああ!わかった!みんな行くぞ!!」
ベンウィックの号令で船が動き始めたのを確認しケンとパーシバルは入口の方へ向かう、戦闘の音がなくなったということは済んだとみて間違いないだろう
~
「これからどうするの?」
ベルベット達は対魔士達を退けライフィセットがベルベットに質問する
「表の港へ行く」
「聖寮の船を奪うんだな」
ロクロウはベルベットの考えを察する
「そこには聖寮が本陣を置いているはず。きっとアルトリウス様がいます」
「元々に狙いよ」
「でも、カノヌシへの対抗策はまだ・・・」
ライフィセットが言いかけた時アイゼンがベルベットに近づく腕を組む
「特攻には付き合わんと言ったはずだ」
「付き合ってくれなんて頼んでない」
ベルベットとアイゼンがにらみ合う、険悪な雰囲気が漂い始めるがそこにケンと一緒にパーシバルがやって来た
「私を利用してくれ」
「王子・・・!」
ベルベット達もまさかパーシバルが残っていたとは思わなかったようで驚いている
「安心してくれ。グリフォンは逃がしたよ。私を人質にすれば、船を奪うことくらいはできるだろう」
「・・・あんたには貸しがある。感謝なんてしないわよ」
「結構だ」
「この目に縋るしかなさそうじゃの」
「ちっ・・・」
マギルゥの言う通り現状最も有効な手はパーシバルを盾にしての脱出しか残っていない。アイゼンは舌打ちをするしかなかった
~
表の港へ向かうために移動中ライフィセットは前を歩くベルベットの後ろ姿を見ながら呟く
「・・・大丈夫なのかな・・・」
「人質策戦が・・・ではないの?」
「うん。それもだけど・・・ベルベット、全然普通じゃないよ」
「元々普通じゃないがのー」
「マギルゥ!」
ライフィセットはそれが侮辱に聞こえたのかマギルゥを咎める
「儂に怒っても、状況は変わらんぞ。今のあやつの殺気は、まるで氷じゃ。同時に手負いの獣のように余裕を失くしておる。はたしてあんな状態で、無事に脱出できるかどうか・・・」
「ベルベットは、ずっと切り抜けてきたよ・・・今度だって・・・」
大丈夫と言いたいのだろうがマギルゥが口を挟む
「・・・じゃといいがの。しかし、どんなものにも限界はある、絶対におれぬ刀がないように、絶対に壊れん心もない。“いざという時”にどうするか・・・今の内に算段しておいた方がいいぞよ」
「いざという時・・・」
いざという時はすぐそこに迫っていた
~
その頃バンエルティア号はタイタニアを離れ沖を航行していた
「ふぅ・・・追手は振り切れたようだな」
ダイルが後方を見ながら大きく息を吐く。あらゆる造船技術の結晶であるバンエルティア号に追いつける船はそうそういない
「バンエルティア号なら当然さ」
ベンウィック達の後ろで古文書解読の続きをしていたグリモワールは突然目を見開き声を上げる
「まさかそんな!なんてこと!」
何事かと思いダイルたちがそちらを向くとグリモワールがベンウィックとダイルに指示を飛ばす
「船を戻して!」
「はあ!?無理に決まってるだろ!」
ダイルの言う通り視界では見えなくとも聖寮の船が未だに追跡している可能性もあるし船を戻すのは危険がありすぎる
「古文書が最後まで解読できたのよ!事実なら、カノヌシは、もう――」
ベルベット達は表の港の出入り口である広間へとたどり着く。幸いそこには聖寮の姿はなくフリーの状態だった
「誰もいない!」
「しめた!このまま港へ抜けるぞ!」
「・・・」
この機に乗じて広間を駆け抜けようとした時背後から声が響いた
「逃げるのか?」
ベルベット達が振り返ると二回の踊り場奥、術の類で転移したのか姿を隠していたのかわからないが自分たちが通ってきたところからから現れた、少なくともベルベット達の行動は筒抜けだった可能性が高い
「アルトリウス様だけじゃなく・・・!」
エレノアが驚くのも無理はない、踊り場から飛び降りたのは同じ特等のシグレだったのだから。ロクロウは征嵐を抜き放つ
「シグレェッ!!」
ロクロウが走りだしベルベットもアルトリウスに向かおうとした時、それをライフィセットが手を握って止める
「ダメだよ!」
「そうだ。ここは彼らと交渉して逃走を・・・」
パーシバルも自分を使い脱出するという計画を勧めるがそれをアルトリウスが遮る
「殿下はお下がりを。その者の目的は、私を殺すことなのです」
「その通りよっ!!」
ベルベットはライフィセットの手を振り払い走り出す。ライフィセットが追いかけようとするがそれをアイゼンが止める
「退くぞ。これは罠だ!」
「放して、尚更助けなきゃ!」
「そうはいかん。俺にとっても、お前は切り札だ」
ライフィセットがアイゼンに手を乱暴に振り払う
「僕はモノじゃない!!」
アイゼンの腹部にパンチを叩き込む (^U^)
「邪魔するなら、アイゼンだって倒して行く!」
「・・・」
その覚悟にアイゼンは何も言えずエレノアは走っていくライフィセットに付いて行く。アイゼンは僅かに顔を顰めたが放っておく理由にもいかずエレノアに続く。それをマギルゥとケンが続く、征嵐と真打號嵐が鍔迫り合う横でベルベットが業魔手で護衛の対魔士を一撃で切り裂く
「・・・神依じゃ、あたしを止められないわよ」
「問題ない。切り札は別にある」
見下ろすアルトリウスが淡々と言い放つ。切り結んでいたロクロウとシグレは一旦距離を取る
「その太刀、“金剛鉄”か!?すげぇじゃねぇか!初めて見た!」
ズバリ的中させたシグレにロクロウは隠すことなく応える
「応!最硬の太刀だ!」
「素材はそうだな。だがよぉ・・・」
シグレが號嵐を振り上げ剣気を発する、そこから発せられる風圧でベルベット達の動きが止まる。だがロクロウはそれに屈することなく斬りかかる。しかしその傍で光が集まり徐々に人の形を形成し始める
「時間だ。下がれ、シグレ」
アルトリウスが斬り合うシグレに命令するがそれを拒否する
「野暮言うな。興が乗ってきたとこだ」
「巻き込まれれば、お前でもただでは済まんぞ。ベルベットの相手は、カノヌシがする」
アルトリウスの言葉に皆が驚愕する。シグレはつまらなそうにしていたがアルトリウスの指示に従い退く。ライフィセットはベルベットに前に立ち庇う様に両手を広げる。一度強烈な光が辺りを照らしそれが治まる、ベルベットは光の正体を目にしたとき、目を見開き言葉にならない声を上げる
「なっ!!?」
ベルベットの目の前には見間違うことがない、弟のライフィセットがいた。その姿は神々しくも冷たさと虚無感があった。ライフィセットが目を開く
「久しぶりだね、お姉ちゃん」
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第41話 終わり
5話と報告しましたが4話になります。申し訳ありません