IS-アンチテーゼ-   作:アンチテーゼ

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第四話 黒と白の激闘(モノクロームファイト)

 ◇

 

 

 

 二つの刃がぶつかり合う度、鋭い衝撃音が大気を裂く。剣戟(けんげき)によって砕けた氷の結晶が宙を舞い、光を乱反射してキラキラと輝く。

 シュヴァルツェア・メーヴェとフェアリア・カタストロフィ、二機のISは会話ができるほどの至近距離で、ともに2mを超える大剣を振り回しながら戦っていた。

 似たような武器でありながらも両者の戦い方は見事に対照的だ。

 フェアリア・カタストロフィはその剣の大きさや重さを忘れさせるほどの軽やかさで、舞うように攻撃を繰り返す。身体をひねり方向を変え、フェイントを織り交ぜテンポを乱す。快晴の日差しにきらめくフェアリア・カタストロフィは、まさに光の中を飛び回る妖精のようだった。

 一方、シュヴァルツェア・メーヴェはほとんど動いていなかった。その場にとどまり、四方八方から飛んでくる銀色の刃をひとつひとつ確実に防いでいく。驚異的な集中力で次の攻撃を予測し、黒色の大剣シュルトケスナーを振るい、それを受け止めていく。

 だが経験の差か、防戦ゆえのプレッシャーか、それとも覚悟の違いなのか、徐々にフランツィスカが押され始めた。防ぎきれない攻撃が増え、シュヴァルツェア・メーヴェのシールドエネルギーを削っていく。

 

 ――たった一撃でいい! まともに入ればそれで終わるっ!

 

 フェアリア・カタストロフィの華奢(きゃしゃ)な装甲ならば、一撃だけでも十分なダメージになるだろう。

 だがこうも防戦一方ではそのチャンスも無い。ならば――

 

「出し惜しみをしている場合ではない!」

 

 フランツィスカは右からの斬撃を防ぐと、左腕に六角形の黒い盾を展開する。そして再度迫る大剣に対し、その盾を構えた。しかし振りぬかれようとする剣に対し、その盾はあまりに脆弱(ぜいじゃく)に見えた。戦いを見守る誰もが剣閃に砕け散る装甲を想像する。

 だが――

 銀色の大剣は()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 わずかだが、はじめてフェアリーが動揺を見せる。

 まるで見えない腕につかまれているかのように、剣はピクリとも動かない。

 

「やっと人間らしい反応が見られたな!」

 

 これこそがフランツィスカの切り札だった。

 

 シュヴァルツェア・メーヴェの第三世代武装、対物理AICシールド『タンホイザー』。

 慣性中和機構(PIC)の応用技術によって実現されたAICは、意識の集中によって物体に力学的な干渉を行う。そのAICをレーゲンは拘束に、ツヴァイクは攻撃に利用していた。

それに対し、タンホイザーはAICを防御一徹(いってつ)に特化させている。物理干渉を行う範囲を盾を中心とする一定の距離に限定し、範囲内に入った物体を()()()()()()()()()()()静止させる。発動をフルオートにしたことで本来必要だった意識の集中は必要なくなり、さらに複数の物体への同時干渉が可能となっている。

 およそ全ての物理攻撃を無効化する不破不可侵の黒盾、理に背くモノ(タンホイザー)。開発者いわく、たとえ万物を貫く矛があろうとこの盾には触れられない。ゆえに矛盾は存在しない。

 

「今度は私の番だっ!」

 

 怒号とともにフランツィスカがシュルトケスナーを振り下ろす。大剣が固定されている今、真上からの攻撃をとっさにかわすなら剣を捨てるしかない。そう踏んでの大上段からの一閃。

 だがフェアリーは剣を手放さなかった。逆に握った(つか)に力を込め、固定された剣を軸に利用してくるりと縦に回転する。そしてそのままスラスターの加速を乗せ、振り下ろされるシュルトケスナーの剣身に強烈な蹴りを放った。

 想定外の反撃を受けた剣はフランツィスカの手から弾き飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

「あなたの番はもう終わり?」

 

「いいや、まだだ!」

 

 フランツィスカが吠える。彼女にとって、()()()()()()()()()()()()()()()

 宙を舞ったシュルトケスナーが地面に突き刺さるのと同時に、フランツィスカはショルダーアーマーから2本のワイヤーブレードを射出する。

 

「剣を手放さなかったのは失敗だったな!」

 

 ワイヤーブレードが剣を握るフェアリーの両腕に絡みつく。そしてその先端はタンホイザーの停止領域によって固定され、フェアリーは両腕の自由を完全に奪われた。

 

「両腕は封じた。あとは――」

 

 瞬間、フランツィスカの言葉をさえぎり、フェアリーのひねりこむような蹴りが飛ぶ。先ほどと同様にスラスターの推進力を利用した、さながら砲撃のごとき強蹴(きょうしゅう)

 だがフランツィスカは右腕を振り、わかっていたと言わんばかりの余裕でそれを防いだ。鈍い衝撃音とともに右腕の装甲が吹き飛んだが、シュヴァルツェア・メーヴェにダメージはほとんどない。

 

「あとは蹴りが来ると思っていた!」

 

 フランツィスカは即座にリアアーマーからもワイヤーブレードを射出し、その蹴り脚に巻き付ける。

 

「っ……」

 

 両腕と左脚の自由を奪われ、完全に攻撃手段を失ったフェアリー。だがフランツィスカは攻撃を緩めなかった。ワイヤーブレードをきつく締めあげると、右手にロートケールヒェンK9(自動式散弾銃)を呼び出し超至近距離からの5連射をみまう。

 特殊合金の球が装甲をえぐる鈍音が連続して響き渡る。

 ほとんど零距離から撃ち込まれた散弾はシールドバリアを貫通し、純白の装甲に無数の弾痕を刻む。散弾のいくつかは仮面にも命中し、凹凸がなかった仮面にいくつものヒビを入れる。

 

「ぐっ……う……」

 

 全身を襲う(しび)れるような衝撃にフェアリーがうめき声をあげる。

 傷だらけのフェアリア・カタストロフィを見つめながらフランツィスカは静かに告げた。

 

「勝負はついた。おとなしく投降しろ」

 

「……」

 

 誰の目にもそう映った。

 フェアリア・カタストロフィは全身をワイヤーで拘束され、白く輝いていた装甲は今にも砕けそうだ。加えて今の攻撃でシールドエネルギーを半分は失っただろう。

 事実、限りなくフランツィスカの勝利に近い状態だった。だが――

 

「……眠りを……」

 

「なに?」

 

 フェアリア・カタストロフィがゆっくりと首をもたげる。

 

「静かな眠りを……『グラスコフィン』」

 

 ひび割れた仮面の一部が砕け、その奥の瞳があらわになる。暗い藍色の瞳は心まで飲み込んでしまいそうなほど深く、深く……。その底にあるのはただ純粋で、あまりにも無機質な――

 

 憎悪。

 

「っっ……!!」

 

 全身に走った悪寒にフランツィスカは総毛だつ。

 

 ――こいつ、なんてイヤな殺気を……

 

 その時だった。

 突如、先ほどまでの精神的な寒気ではない、凍えるような冷たさがフランツィスカの左腕を襲った。切りつけられるような鋭い冷痛。

 

「な!?」

 

 けして忘れていたわけではない。

 だが思い込んでいた。()()はもう脅威たりえない、と。

 

 フェアリーがかたくなに手放そうとしなかった白銀の大剣。それが巨大な氷柱をまとってフランツィスカの左腕を呑み込んでいた。瞬く間に左腕が完全に氷に覆われる。だが水晶のような氷塊は成長を止めず、早回しの映像のようにバキバキと音をたてながら肥大化していく。

 

 極低温バスターソード『グラスコフィン』。

 それが白銀の大剣の名だった。その刃は薄氷に覆われ透き通り、触れるもの全てを静かに凍てつかせる。白い静寂と永遠の眠りをもたらす美しき剣『硝子の棺(グラスコフィン)』。

 それが今、シュヴァルツェア・メーヴェを蝕んでいく。

 

「はなからっ、これが狙いでっ……!」

 

 〔警告。シールドエネルギー残量 58。まもなく戦闘限界値。〕

 

 継続的な極低温のダメージによってシュヴァルツェア・メーヴェのシールドエネルギーがみるみる減っていく。絶対防御が発動していなければ、左腕はとうに凍りついているだろう。

 すでに氷は肩まで迫っていた。もはや選択の余地はない。

 

「くっ!」

 

 フランツィスカはロートケールヒェンを自分の左腕に向け引き金を引いた。

 破砕音と結晶の破片をまき散らし氷が砕ける。すぐさまフランツィスカは振り払うように左腕を大剣から引き()がした。だがそれは同時に、フェアリア・カタストロフィもタンホイザーの拘束から解放されるということだ。

 待っていたとばかりにフェアリーは体をねじり、自由になった剣でワイヤーを切断する。そして勢いをそのままに剣を振り、フランツィスカの持つロートケールヒェンを()()()。『切った』のではなく『砕いた』のだ。ほんの一瞬の接触でたやすく金属を凍てつかせるほどの冷気。それはフランツィスカの横顔に浮かんだ冷や汗すら、流れることなく氷結させる。

 

 ――まずいっ!

 

 フランツィスカはウイングを前方に向け、後ろ向きの瞬時加速(イグニッションブースト)を行った。この柔軟なスラスターウイングの稼働もメーヴェの特徴である。

 瞬時に距離をとったフランツィスカ。そしてそこにはもうひとつ目的があった。

 蹴り飛ばされた後、アリーナに突き刺さっていたシュルトケスナーだ。その場所をあらかじめ確認しておいたフランツィスカは、ドンピシャでそこにたどり着き黒剣を引き抜く。

 先だっての状況でもっともまずかったのは()()()()()()()()()ということだった。シュヴァルツェア・メーヴェの拡張領域(バススロット)はタンホイザーが大部分を占めており、多くの武器を持てないのが欠点のひとつなのだ。ゆえに距離をとらざるをえなかった。

 フランツィスカは地上で剣を構えフェアリア・カタストロフィを見上げた。

 

「不覚だった……そんな隠し玉があったとは」

 

「惜しかった…ね」

 

 フェアリア・カタストロフィは逆に剣を下ろし、上空からシュヴァルツェア・メーヴェを見下ろしている。

 

 ――どうしたものか。剣と盾だけでどうにかなるか?

 

 必死に頭を働かせるフランツィスカだったが、敵は考える時間を与えてはくれなかった。上空から無造作になにかがバラバラと投げつけられる。それは対人用の倍ほどの大きさの手榴弾。

 

「こんどこそ、わたしの番だよね?」

 

「っ!」

 

 慌ててその場を離れるフランツィスカ。だが十分な距離をとる前に手榴弾が爆裂する。

 飛び散るナイフのような破片はタンホイザーで防ぐことができたものの、爆風はどうしようもない。シュヴァルツェア・メーヴェはアリーナの壁に吹き飛ばされる。激突の瞬間、フランツィスカはタンホイザーを壁に向け、AICを発動させることでなんとか激突を防いだ。

 しかしフェアリーの攻撃は続く。体勢を崩したシュヴァルツェア・メーヴェに向けられたものは――

 

「TDG……ゾイガー!?」

 

 しかもその独特なカラーリングは間違いなくオブディシアン・クローネの、ロミルダ・ジンメル中尉のものだ。

 

 ――こいつ、中尉の装備をっ! いやそんなことはどうでもいい! まずいのはっ……!

 

「それがAICなら、レーザーは防げない。でしょ?」

 

 シュヴァルツェア・メーヴェめがけて緋色の光が放たれる。射撃武器では第二世代最強と言われるレーザー兵器、まともに食らえば残り少ないシールドエネルギーは確実に消し飛ぶ。

 

 ――回避は間に合わないっ

 

 いちかばちか、フランツィスカはシュルトケスナーを盾代わりにレーザーを受け止めた。だが黒色の剣はあっという間に白熱し、その剣身がゆっくりとえぐれていく。

 

 ――ここまでか……

 

 フランツィスカがあきらめかけたその時――

 

「っ!?」

 

 空気を裂くような鋭い音が鳴り、次の瞬間フェアリア・カタストロフィの持つゾイガーが砕け散った。

 

 ――これは……大尉の(ツヴァイク)

 

 突然の乱入者に激しい殺気を放つフェアリー。その視線の先には――

 

「遅くなってすまない、隔壁の突破に時間がかかってしまった。……待たせたな少尉」

 

 太陽を背にシュヴァルツェア・ツヴァイクをまとう、クラリッサの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「守ろうとした者(フェアレーター)

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