IS-アンチテーゼ-   作:アンチテーゼ

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第二話 災禍の妖精(フェアリア・カタストロフィ) 前編

 ◇

 

 

 

「別に倒してしまってもかまわないんでしょう?」

 

 ロミルダ・ジンメルは不機嫌だった。

 理由は簡単である。プライドの高い彼女に与えられた仕事が、よりにもよって公開コンペティションのやられ役だったからだ。

 彼女は専用機持ちではないものの、自分も十分に優秀なIS操縦者であると自負していた。それだけに公式戦を行えると聞いた時は嬉しかったし、型落ちの第二世代で新型機の引き立て役をすると知った時は憤慨(ふんがい)したのである。

 そして吐き捨てたのが先ほどのセリフだった。もちろん担当官はそれとなく「負けろ」と言ってきたのだが、彼女はもう決めていた。

 

 ――絶対に勝ってやる。新型をもらって調子に乗っているヤツを地面に叩きつけて、どっちが格上か教えてやる!

 

 言うまでもなく逆恨みである。

 冷静に考えれば、彼女が恨むべきは彼女を選んだ人間であり、新型のテストパイロットに罪はない。

 だがロミルダは熱くなりやすく、少々荒っぽい性格であり、激昂(げっこう)すると冷静さを失ってしまうことが多々あった。人によっては泣きわめいて気持ちをリセットしたりもするだろうが、ロミルダはそういうタイプではない。

 結果、冷静さを失ったロミルダは、とりあえず目先の敵に不満をぶつけることしか考えていなかった。つまるところ、彼女のプライドはそれほどまでに傷ついていたのである。

 そして本番を30分後に控えた今、彼女はあらためてその思いを噛みしめていた。すでに機体の調整も終わり、控え室を兼ねた整備場で、ひとりイメージトレーニングを行っているところである。

 新型の性能や戦い方はある程度は把握している。あとは本番までに勝つまでのイメージを固め、実行するだけだ。

 

 その時、ロミルダは人の気配を感じ、立ち上がった。

 

「誰? 邪魔しないように言ったでしょう?」

 

 警戒しつつ気配のしたほうへと声を投げる。

 すると機材の陰から音もなくひとりの少女が姿を現した。

 セミロングの黒髪に白のワンピース。だが顔は影になってよく見えない。

 

「関係者じゃないわよね? 迷子にでもなったのかしら」

 

 そう話しかけつつも、ロミルダは確信していた。

 敵だ。

 

「それとも、私に用があるのかしら?」

 

 少女からは明確な敵意が感じられる。だが、なにか違和感があった。その鋭い敵意がロミルダに向いていないような。

 

「あなたに用はない」

 

 少女が口を開く。何の感情もこもっていない機械のような口調。

 

「用があるのはそれ」

 

 少女がロミルダの左手首に巻かれたチェーンを指さす。

 

「……なるほど、狙いは私のISってわけ。でもまさか、はいどうぞって答えるとは思ってないでしょうね?」

 

「そうしてくれるとありがたいけど」

 

「お断りよ! 力づくで奪ってみなさい!」

 

 その言葉にピクリと少女が反応する。

 

「わたしはISを奪いに来たんじゃない――壊しに来たの」

 

 突如、少女の首元が輝き、増大する殺気とともに周囲に光の輪が展開されていく。ふわりと(あお)られたワンピースがそのまま光に飲み込まれ、まばゆい粒子となって少女に収束し白いISを形作った。

 その白は装甲自体が輝いて見えるほどの圧倒的な純白。

 ISには珍しくすらりとした細身のシルエット。やや丸みを帯びた飾りっ気のない本体。その分、背面に浮かぶ四枚の細い菱形のカスタム・ウイングが目を引く。

 全身装甲(フルスキン)ではないが、顔は凹凸の無いマスクが目元だけでなく口まで覆っており、人間らしさのまったく感じられない表情のISだった。

 

「あなたのISはわたしが壊す」

 

 フルフェイスの仮面の下で少女が静かに言う。

 ロミルダは舌打ちをしながら自分のISを展開した。フレックターン迷彩の角張った装甲がその四肢を瞬時に覆う。

 第二世代汎用型IS『オブディシアン・クローネ』。第三世代の台頭で型落ちとはなったが、クセの強いドイツのISの中では扱いやすく、軍用練習機として今なお三機が現役である。

 そのうちの一機をロミルダは中遠距離型にカスタマイズして乗っていた。暗めのフレックターン迷彩に濃赤のアクセントという独特なカラーリングはロミルダの趣味である。

 

「上等よ! どこの誰だか知らないけど、肩慣らしに叩き潰してあげる!」

 

 言うが早いか、ロミルダは呼び出したシュヴァイツァー(サブマシンガン)を連射した。施設の被害などおかまいなし。敵がいるのだからあとでどうとでも言える。

 整備場は広く、ちょっとしたホール程度はあるのだが、それでも室内である。近距離からの弾幕をすべてかわすには狭すぎるはずなのだが、少女はロミルダの周りを器用に飛び回り弾をかわしていく。

 跳弾が当たったのか、天井の照明が割れ、室内が暗闇につつまれた。

 

「めんどくさい!」

 

 ロミルダは悪態をつく。感応調整(チューニング)によってハイパーセンサーは自動で暗闇に対応するが、旧型のハイパーセンサーはその調整に1秒ほどかかってしまうのだ。IS同士の高速戦闘で、失う1秒は大きい。

 明るくなった視界の中で見失った敵をすばやく補足し、再び照準を合わせるロミルダ。

 

「逃げ回ってるだけじゃ勝てないわよ!私のIS壊しに来たんでしょう!?」

 

「……」

 

 少女は答えない。挑発を無視し、攻撃をかわすことに集中している。

 ロミルダはいっこうに攻撃を仕掛けてこない敵にイラつきはじめていた。逃げに徹する相手を正確にとらえるのは難しい。相手が攻撃しようとした瞬間こそが最大の隙になるのだ。

 

「チッ、ちょこまかと……!」

 

 しびれを切らしたロミルダは、左手でシュヴァイツァーを撃ち続けながら、右手に別の武器を呼び出す。

 オブディシ・アンクローネ最強の武装、高出力レーザーライフル『TDGゾイガー』。

 第二世代でありながらその攻撃力は第三世代にも劣らず、近距離の『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』、遠距離の『ゾイガー』と賛される兵器である。

 

 ――シュヴァイツァーで牽制して、ゾイガーでとどめを刺す!

 

 弾をかわすための一瞬の減速を、ロミルダは見逃さなかった。

 

「そこだああっ!」

 

 怒号とともに標的に向け放たれる赤光。

 

 ――とった!

 

 だが直撃の瞬間――

 

 白いISが消えた。

 

 ゾイガーの光線はそのまま壁に当たり、鋼鉄の壁が白熱し溶解する。

 

 ――なっ、まさか……瞬時加速(イグニッションブースト)!?

 

 スラスターから放出されたエネルギーを再度取り込み、瞬間移動と見まごうほどの超加速を行う瞬時加速(イグニッションブースト)

 だがそれを行うには一瞬だがスラスターのチャージが必要だ。ためによりわずかなタイムラグが生じるそれを、ドンピシャのタイミングで使ったということは、相手はロミルダの攻撃のを完璧に読んでいたということだ。

 となれば次のアクションは当然、発射後の隙をついた反撃だろう。攻撃が来るのは右からか、左からか――

 

 ――違う! 上だっ!!

 

 とっさにロミルダが上を向くのとほぼ同時に、白いISが天井を蹴りつけるように再び瞬時加速(イグニッションブースト)を行った。その突撃を受け止めようと、ロミルダは身構えた。

 だが少女は攻撃をすることなく、その横をすり抜ける。

 

「!?」

 

 予想が外れたロミルダが振り返ろうとした、その時――

 

「んなああっっ!!?」

 

 突然、機体が凄まじい力で引っ張られた。そのままオブディシアン・クローネは壁に叩きつけられ、身体がバラバラになりそうな衝撃がロミルダを襲う。絶対防御によってダメージは緩和されたが、それでもあばらの1、2本はイッただろう。加えて肩は脱臼、右腕も骨折しているかもしれない。

 

「がっ……は、ぐ……」

 

 全身の痛みに耐えながら、ロミルダはどうにか身体を起こす。この時はじめてロミルダは機体に何かが巻き付いているのに気づいた。

 

 ――こ、硬質ワイヤー、いつの間に……?

 

 少女がゆっくりと近づいてくる。

 ぼろぼろのロミルダに比べ、歩を進める少女のISはいまいましいほどに白く美しい。

 その左手の袖のようなアーマーにワイヤーがシュルシュルと巻き取られる。

 

「い……いつ?」

 

 ロミルダがかすれた声でたずねる。

 

「いつ……ワイヤーを……仕掛けたの」

 

「最初の瞬時加速(イグニッションブースト)の時」

 

「ゾイガーを、か……わした時……? でも、そんなそぶり……」

 

「違う」

 

「……え?」

 

 噛み合わない答えにロミルダは困惑する。

 

()()()()

 

 ――もっと前? ゾイガーを撃つ前ってこと? ありえない……こいつが現れてから一度だって目は離さな……

 

 ロミルダはハッと思い出す。戦いの最中、1秒だけの暗闇があったことを。

 そしてそれに気づくのとほぼ同時に、少女が右手に持っているものが目に入った。

 

『K&Dクラウスラー』――IS専用小型オートマチック拳銃(ハンドガン)である。

 

 ――こいつっ、まさか

 

 ロミルダはすべてを理解した。

 照明を破壊したのは跳弾ではなく、このハンドガンの弾だったのだ。

 偶然ではなく必然として訪れた暗闇。それに対応するまでの1秒で、この少女は瞬時加速(イグニッションブースト)を行い、ワイヤーを張った。あらかじめワイヤーの一端を壁に固定しておき、気づかれないようたるませた状態で戦闘を続け、一発も攻撃を受けないことで、イラつくロミルダの意識を自分だけに向けさせた。

 円を描くような回避に合わせて、ワイヤーはオブディシアン・クローネに絡みついていく。

 そして固定してあったワイヤーの端を持ちなおし、()()()()()()()攻撃を誘ったのだ。

 攻撃をかわし視界から外れたら、余分なワイヤーを巻きとり再び瞬時加速(イグニッションブースト)を行う。

 そうすればワイヤーに引っ張られ、ロミルダは瞬時加速とほぼ同じ勢いで壁に叩きつけられる。速度は威力。その衝撃は並大抵ではない。

 

 ――人間業じゃないわね

 

 一本のワイヤーと小さなハンドガンだけで自分を圧倒した少女に、ロミルダが抱いていたのは恐怖ではなく、ある種、畏怖(いふ)の感情だった。

 

「……あんた、強いね」

 

「そうでもない。わたしは言われたとおりに戦っただけ」

 

 ――なるほど。私の性格まで計算して戦法を考えたやつがいるってことか。

 

 ロミルダの熱くなりやすい性格をうまく利用した作戦だった。

 シールドエネルギーの消費は大きいが、見せる手の内は最小限で済む。少女の後ろにいる指揮官はそうとうキレ者らしい。

 

 ――とはいっても、やれって言われてできることじゃないのよ。この子も十分バケモノだわ……。

 

 抵抗できないロミルダに少女が静かに言い放つ。

 

「ISは壊させてもらうね」

 

 少女はをクラウスラー(ハンドガン)を量子化させ、右手に別の武器を展開した。

 IS本体と同じくらい、2mをゆうに超える巨大な白銀色の剣だ。

 それが形を成した瞬間、ロミルダは気温が一気に下がるのを感じた。それを証明するように銀色の大剣の刃が瞬く間に透き通る氷に覆われていく。

 

「殺さないようにはするから……たぶん大丈夫」

 

 ロミルダは大きく息を吐きだす。後悔のように、諦めのように、安堵(あんど)のように、……。

 吐息は白く凍り付き、二人の間に消えた。

 今まで彼女の中でピリピリと張りつめていたなにかが、吐息とともに消えていく。

 

 ――もし……ほんとに死ななかったら田舎に帰ろう。ガットのプロポーズを受けてやるのもいいかもしれない。あいつはバカだけど、いいやつだし

 

 振り下ろされるガラスのような刃を見て、ロミルダは「きれいだな……」と思った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 エリスとロミルダが戦闘を始める10分ほど前

 

 ヴェストファーレン国立IS競技場のモニタールームで、クラリッサ・ハルフォーフはセキュリティの最終チェックを行っていた。

 

「まもなくデモンストレーションだ。遮断シールドはレベル3に設定。間違いないな?流れ弾が客に当たったなんてことになったらシャレにならんぞ。A斑、観客席の見張りを続けろ。B班はアシストに入れ。熱狂に紛れて要人を狙う(やから)が必ずいる。C班、D班はその場で警戒を維持。何があっても持ち場を動くな。E班、緊急時に備え……」

 

 無線で次々と飛ばされる指示に、モニタールームのスタッフ達はただただ圧倒されていた。

 IS関連のイベントでは必ずドイツ軍による警備が行われているのだが、さすがはかの「黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)」の副隊長、これまでのどんな指揮官よりも厳しくかつ的確である。これでまだ22だというから驚きだ。

 

黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)各位、持ち場についたな。以後、現場の細かい指揮は皆に任せる。期待しているぞ」

 

『『『了解です、副隊長(おねえさま)!』』』

 

 無線機から可愛らしい少女たちの声が聞こえる。黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)から選りすぐられたクラリッサ直属の班長達だ。十代の少女ばかりだが、全員どの警備スタッフよりも強い。

 ちなみに最年少の隊員は15歳。競技場の専属技術スタッフのチーフ(通称『おやっさん』)の孫娘と同い年だ。

 と、一通り指示を出し終わったクラリッサに、そのおやっさん――エーベルトが声をかけた。

 

「いや、さすがですな大尉殿。この競技場ができてからここまで見事な警戒態勢はお目にかかったことがねえですぜ」

 

「ありがとうございます、エーベルトチーフ。しかしながら我々はただやるべきことをしているだけですよ。褒めていただくようなことではありません」

 

「そう謙遜(けんそん)なさらないでくださいな。ただどうも()に落ちねえんですがね」

 

「……と言いますと?」

 

「おわかりでしょう。ちょいと厳重すぎやしませんかい?」

 

 何を隠してる、と言わんばかりのエーベルトの言葉に、二人の間のの雰囲気が変わる。モニタールームの空気がいっきに張りつめたものになった。

 

「なにか言いたそうですね」

 

「おっとそう怖い顔しねえでくださいよ。孫娘に怒鳴られたの思い出しちまうじゃあねえですか。近頃のベルナったらまともに話もできねえし、危なっかしいことばっかで心配に……いけねぇ話がそれちまった。とにかく、この厳重さにはなんか裏があるのかってことでさあ」

 

「警備が厳重なのは良いことだと認識しますが」

 

「程度によるでしょう。ふだんトラブルがあれば呼ばれる手はずの技術スタッフ(おれたち)にあらかじめ控えてろっていうし、警備の軍人も普段の倍近い。おまけに黒ウサギまで駆り出されたとあっちゃあ邪推(じゃすい)のひとつもしちまうってもんですぜ」

 

「……」

 

「極めつけはこの厳戒態勢ぜんぶが、昨日突然に通達されたっつうとこなんですがね」

 

 エーベルトの指摘はもっともだった。実際、これはある種の異常事態なのだ。

 もちろん、クラリッサはこの異常な警戒の理由を知っている。

 三日前、ドイツの極秘軍事施設が襲撃を受けた。襲撃というにはあまりにも静かに行われたそれにより、ドイツ軍は新造の特殊潜水空母オルトリンデをまんまと奪われてしまった。

 問題はその際、警備員が謎のISを目撃しているということである。ISを所持する敵であれば、当然この公開コンペティションも狙われる可能性が高い。そこで軍上層部は急遽警備レベルを大幅に引き上げ、対IS戦を想定して黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)を警備指揮に任命したのだ。

 だがこの事実を公表することはできない。

 当たり前だ。「ISはスポーツ」。この建前でかろうじて成立している今の世界。ISを悪用する者たちなんて出てきたらどうなるか。通常兵器では太刀打ちできない犯罪者を前に、世論は沸騰し、アラスカ条約など即座に破棄され、自衛にかこつけたISの軍事配備が行われるだろう。そうなればもう止まらない。世界はISを使った『一心不乱の大戦争』へと突入していく。

 もちろんあくまで可能性の問題である。人間はそこまで愚かではないかもしれない。だが世界の崩壊という事案に可能性などという言葉があってはならないのだ。

 だから隠さなければならない。民間人(おもて)に知られてはならない。

 ISを持つテロ組織も、軍用ISも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も。

 

「あなたに教えることはできません、とだけ答えておきます」

 

 クラリッサのそれは精一杯の譲歩だった。「機密である」という回答。

 だがエーベルトは退かなかった。

 

「ああそんなことはわかってるつもりだ。こんな異常事態の理由を技術屋のおっさんなんぞに話せないこたぁはなからわかってる!」

 

 声を荒げるエーベルトに他のスタッフ達が驚く。

 

「お、おやっさん、どうしたんです! 仕方ないじゃないですか、大尉殿が言えないってんだから」

 

「うるせえユリアン! いいかいお嬢さん、おれはこいつらのチーフだ。このユリアンも、そこのブルーノも、あんたらの命令であちこちに配備されてる他の奴らも! 全員おれの息子や孫みてえなもんだ! 家族が得体の知れねえ危険の中にいるってのになんにも言わずにいれるかってんだ! おれはなお嬢さん……家族のためなら、なんだってする男だぞ……!」

 

 エーベルトは言葉を切り、クラリッサをまっすぐ見つめた。興奮したせいだろう、ゼエぜエと荒い呼吸をするエーベルトを、モニタールームの全員が言葉を失くして見つめていた。

 

「わかっちゃくれねえか。あんたなら」

 

 クラリッサが口を開いた。彼女もまた、エーベルトをまっすぐ見つめ、偽りない言葉を返す。

 

「お気持ちは痛いほどわかります。私もまた、部下達を家族同然に思っていますから。機密を話すことはできません。しかし! 黒ウサギ隊(シュヴァルツェハーゼ)の名にかけて、かならずや我々があなたの部下を守り抜きましょう。お約束します」

 

 彼女は目の前の人物に対する敬意をもってそう約束をした。

 そして彼女は信じている。あの子たちならそれができると。

 

「そうかい。信じるぜ、大尉殿」

 

「はい。必ず」

 

 いちおうは納得したのか、エーベルトの表情から緊張が消える。

 

「……怒鳴っておいてなんだがな、あんたの部下にも無理だけはさせねえでくれや。身内が傷つくのはごめんだが、かわりに年端もいかねえ女が傷つくのも見たかあねえ」

 

「おやっさん考えが古いって。今は女のほうが強い時代なんだぜ」

 

「うるせえブルーノ! おれぁ古い人間なんだよ!」

 

 笑いあうエーベルトと部下を見て、クラリッサは決意を固くする。守り抜かなければならない。この人たちも、そして部下たちも。

 

「あの子たちは私が守ります。なにがあっても」

 

「ならいいでさあ。大尉殿に失礼な口をきいちまいましたね」

 

「いえ、あなたの思いは当然です。『任務は遂行する』『部下も守る』両方やらねばならないのが、我々のつらいところですね」

 

「おお、至言ですなあ」

 

「日本のマンガのセリフです」

 

「ハハハ、大尉殿は日本通でいらっしゃる」

 

 どうにか打ち解けた様子の二人をユリアンとブルーノはほっとした顔で見ていた。

 時計が13時を示し、デモンストレーションの開始を告げる音楽が会場に流れる。いよいよコンペティションがはじまるのだ。

 

「大尉殿、『覚悟』はいいですかい」

 

「ええ、私はできています」

 

 クラリッサとエーベルトがにやりと笑う。

 

 その時――

 

 けたたましいアラートが鳴り響き、モニタールームに異常事態を知らせた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 勇ましい音楽が鳴り響き、観客にデモンストレーションの開始を知らせた。

 

 待ちに待ったイベントの幕開けに沸き立つ観客たち。その歓声はIS用ゲートで出番を待っているテストパイロットであるフランツィスカ・リッターにも届いていた。

 

「ふう……いよいよか」

 

 ゆっくりと深呼吸をするフランツィスカ。呼吸にあわせてブロンドのポニーテールが揺れる。

 これから30分間のデモンストレーション、そしてその後、実戦だ。

 

 ――大丈夫だ。勝てる

 

 フランツィスカは緊張していた。

 試合の相手は専用機持ちではないものの、ベテランの操縦者だ。おまけにその性格から推測すると、何の遠慮もせずに叩き潰しにくるだろう。本当に勝てるだろうか。いや勝たなければならない。

 ベテランが乗るとはいえ、相手は量産機である。お披露目で新型機が量産機に負けるなんてことになったら笑い話にもならない。

 

 ――勝てる。勝たなければ

 

 フランツィスカは頭の中でなんども同じ言葉を繰り返す。

 アリーナのほうから聞こえる関係者の挨拶が進むにつれ、彼女は鼓動が早くなるのを感じていた。

 と、

 

『フラン~、聞こえますか? おねえちゃんですよ』

 

 突如、飛び込んできたプライベート・チャンネルのまのびした声に、フランツィスカの集中がぶっつりと切れる。ついでに堪忍袋の緒も切れそうになるのを、フランツィスカは超人的な精神力で我慢した。

 なぜ我慢したかといえば、通信の相手が自分よりはるかに階級が上の上官であり、なおかつ自分の所属する部隊の隊長でもあるからだ。

 

『フランのことだから勝つ勝つって緊張してたんでしょう? むしろ精神的にカツカツでしょう? だいじょうぶよ。リラックスして実力をだしきれば、ちゃあんと勝てるわ』

 

「中佐――」

 

『だーめ! おねえちゃんって呼んで』

 

 上官の命令(?)にフランツィスカはため息をついて従う。

 

「……おねえちゃん、集中しているので邪魔をしないで下さいとあれほど――」

 

『でもあたってたでしょう?』

 

「ぐっ……」

 

『ふふっ、でももうだいじょうぶね』

 

「……?」

 

『いつものフランにもどったわ。ね? リラックスリラックス』

 

 悔しいことにその通りだった。この人はいつもはぽやぽやしてるくせに、時々やたら鋭い行動をする。

 

「はあ、ええ、わかりました。リラックスしてやってみます」

 

『いいこ、いいこ。じゃあがんばってね』

 

 通信が切れ、かわりにアリーナから実況の声が聞こえてくる。

 

『それでは、お待たせいたしました! ご紹介いたしましょう!』

 

 フランツィスカはスラスターを点火し、体勢を整え――

 

『ドイツ軍、フランツィスカ・リッター少尉の駆る新型IS……』

 

 いっきに加速しアリーナへと飛び出す。

 

『シュヴァアアルツェアアアーーメエエエーヴェェェ!!』

 

 爆発のような大歓声。熱狂と興奮の渦。その中心に『シュヴァルツェア・メーヴェ』はいた。

 レーゲンシリーズ特有の漆黒のボディが太陽に輝く。だがそのいでたちはレーゲンともツヴァイクとも違う。

 騎士の甲冑のような重装甲のフォルム。それでいて、『かもめ(メーヴェ)』の由来であろう、大型のカスタムウイングが高機動型であることを物語っている。

 シュヴァルツェア・メーヴェは観客席の目前を一周すると、アリーナの中央にふわりと着地した。歓声はますます大きくなる。

 

 ――リラックスだ。だいじょうぶ、何の問題もない

 

 フランツィスカはゆっくりと息を吐く。マイペースな上官のおかげだろうか、フランツィスカはこれ以上ないほど落ち着いていた。

 と、その時――

 再びプライベート・チャンネルの回線が開いた。

 

「――??」

 

『あのね、フラン、さっきなんかとんでもない非常事態が発生したらしくて、ロミルダちゃんが襲われてその犯人のISがアリーナに向かってるみたいなの。でもフランならだいじょうぶよね。おねえちゃん信じてる。じゃあがんばって』

 

 ぶちり。

 

 通信が切れた。

 集中も切れた。

 そして同時に堪忍袋の緒も切れた。

 だが悲しいかな、その怒りの対象にフランツィスカの怒号はもう聞こえていない……。

 気が遠くなりかけたのを超人的な精神力で(こら)え、フランツィスカはハイパーセンサーの警告に意識を向ける。

 

 〔――高速で接近する熱源を感知。所属不明のISと断定〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「災禍の妖精(フェアリア・カタストロフィ) 後編」

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