IS-アンチテーゼ-   作:アンチテーゼ

16 / 18
前回からほぼ1ヶ月……大変お待たせしてしまいまして、申し訳ありませんです。ハイ。


第十四話 師として、父として(ディア・マイ・リトル)

 ◇

 

 

 

 その男はかつて『睚眦(ヤアズ)』と呼ばれていた。争いと殺戮(さつりく)を常とし、視線だけで人を死に至らしめるという獰猛(どうもう)な獣『睚眦(ヤアズ)』。それが男の名だった。

 男は政府に雇われ、時に用心棒として、時に暗殺者として、長い間その拳をふるい続けていた。

 だがある時、男は後ろを振り返り絶望した。求められるがままに歩いてきた修羅の道。そこに守りたいものは何もなかった。男の後ろにあったのは血塗られたどす黒い足跡だけだった。

 男は後悔し、誓った。もう二度と誰かの血を流すことはしない、と。人を傷つける拳を封印し、人里離れた道場で師の後を継いだ。そして力を求めて門を叩く者たちに教え続けた。『傷つけるための力』ではなく『道を見失わないための強さ』を。それが自らの贖罪(しょくざい)だと信じて。

 

 十数年の月日が流れたある日、男の前にひとりの少女があらわれた。

 男は悟った。この子の歩む先には、きっと過酷な運命が待っている。その小さな手を握った時、男はもうひとつの誓いをたてた。

 守らなければならない。自分と同じ悲しみを味わうことが無いように、自分と同じ後悔をすることがないように。

 

 それなのに――

 そう誓ったはずなのに――

 

 雨の中でこちらを見つめる少女の目は、睚眦(ヤアズ)と呼ばれたあの頃の自分と同じ色をしていた。

 

 許してくれなどとは言わない。

 戻ってきてくれなどとは言わない。

 ただ、願うことだけでも許されるなら。

 

 ――だれか……だれでもいい……あの子を救ってくれ……

 

「師父」

 

 どこからか、うつむく自分を呼ぶ誰かの声がした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「師父?」

 

 その声に(リュウ)はハッと我に返った。

 一晩座りっぱなしだった椅子からなんとか立ち上がり、声のした方に振り返る。扉の前で師範代のひとりが心配そうにこちらを見ていた。

 

「師父、眠られていないのですか? 顔色が優れないように見えますが……」

 

「いえ、大丈夫です。少し考え事をしていただけですので」

 

 きっとひどい顔をしていたにちがいない。寝ていたのか起きていたのかもわからなくなるほど、(リュウ)憔悴(しょうすい)していた。

 弟子たちはまだ美煌(メイファン)のことは知らない。どう説明していいのかも、(リュウ)にはわからなかった。

 

「それで、どうかしたのですか?」

 

「師父を訪ねて、客人がお見えに」

 

「客……政府の、研究所の方ですか」

 

 美煌(メイファン)になにがあったにせよ、このタイミングで会いにくるのは研究所の人間だろう。だが師範代は首を横に振った。

 

「身分を名乗りませんでしたので、政府関連の方ではないようです。もし体調が優れないようでしたら、また後日にとお伝えしますが」

 

 正直、今は客と話をする気分ではない。だがなぜだろうか。自分はその客に会わないといけない。そう感じた。

 

「……いえ、大丈夫です。談話室にお通してください。私もすぐに向かいます」

 

「わかりました」

 

 ピシリとお辞儀をして部屋から出ていく師範代。

 再びひとりになった部屋で、(リュウ)はふと机の上に目をやる。そこにあったのは泥だらけの歪んだブローチだった。

 

「……」

 

 そのブローチにそっと触れ、(リュウ)は静かに目を閉じた。

 

 

 

 談話室で待っていたのは見覚えのない若い男だった。

 軽く挨拶をする(リュウ)に、男は立ち上がり微笑んだ。

 

「少し外に出ませんか。実は、あなたに会いたいという人が、すぐ近くで待っていましてね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 道場裏の山道を歩きながら(リュウ)は男を観察する。

 着ているシャツはよれよれで、束ねた長髪はクセ毛でハネ散らかっているが、不思議とだらしなくは見えない。整った顔立ちと、知性的な細縁の眼鏡のせいだろうか。常に薄い笑顔の浮かんだその顔からは、男の感情を読み取ることは難しい。

 

「いやぁ、ハハッ、さすがですね、(リュウ)師範。とても、ハァ、50近いお年とは思えない」

 

 汗ひとつかいていない(リュウ)とは対照的に、男はヒイヒイと息を乱しながら山道を登っている。どう考えてもなにかの訓練を積んでいるようには見えない。

 だが、(リュウ)は男から、なにか常人とは違う空気を感じていた。それはかつて出会ってきた修羅の道を歩く者たちの気配。そして、それでいてなぜか危険を感じさせない不思議な柔らかさも。

 

「そろそろ教えていただけませんか。あなたは何者なんです? 私に会いたいというのは、もしかして――」

 

「少し休憩しましょうか」

 

 (リュウ)の言葉をさえぎり足を止める男。振り返った男の微笑からは、やはりどんな感情も読み取れない。それが(リュウ)の心をますます乱す。

 

「教えてください! 私を待っているのは美煌(メイファン)なのですか!?」

 

 思わず語気を強め、男に詰め寄る。本当はこの男が何者でもよかった。(リュウ)が知りたかったのは、ただ、美煌(メイファン)のことだけだった。彼女がまだ悲しみの中にいるのか、それだけを。

 そんな(リュウ)を横目で見ながら、男は道端の石に腰かける。そしておもむろに口を開いた。

 

「まったく、美煌(メイファン)美煌(メイファン)美煌(メイファン)。アンタ少々、過保護すぎやしないかい?」

 

「……どういう意味です」

 

「そのままの意味だよ。アンタあの子を特別視しすぎてる」

 

「当然でしょう! あの子は――」

 

「他の子と違うって?」

 

「っ……」

 

「言いたいことはわかるさ。でもアンタが()()見ちゃダメなんだ。誰がどんな目で美煌(メイファン)を見たとしても、アンタだけはあの子を『特別』だなんて思っちゃいけない」

 

 男の言葉が突き刺さる。

 そうだ。自分はなにを勘違いしていたのだろう。どんな力をもっていようと、あの子は普通と何も変わらないただの明るい少女なのに。

 あの子を勝手に昔の自分と重ねてしまっていた。ひとりで勝手に守っていた気になって、そして勝手に、守れなかったと後悔して。

 体から一気に力が抜け、崩れるようにしゃがみこむ。そんな(リュウ)を、男は座ったまま見下ろしていた。

 

「あの子が言っていたよ。自分は師匠を信じられなくなっていたって。でもそれはアンタも一緒だ」

 

 あの子は他とは違うから。だから自分には美煌(メイファン)を助けられないと、そう決めつけて絶望していた。あの子と築いてきたものを、自分自身が信じられなくなっていた。

 

「アンタが美煌(メイファン)に教えてきたのはそういう『強さ』じゃなかったのかい。いつか来る、真実を知ってしまう日のために。道を見失わないために。そのために、自分を信じる強さを教えててきたんだろう。それをアンタ自身が信じるべきじゃなかったのかい」

 

 男の目が優しくなる。

 

「安心しなよ。あの子はちゃんと思い出した。絶望に呑まれることなく、自分で選べた。アンタが伝えたかったことは、ちゃんとあの子の中にある。美煌(メイファン)を救ったのは他の誰でもない、劉 瑛樵(リュウ エイショウ)、アンタだ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、男の顔が突然ぼやけて見えなくなった。地面についた手に落ちる雫の感触でようやく、(リュウ)は自分が泣いているのだと気づいた。

 絶望の中では涙を浮かべることすらできなかったというのに。安堵(あんど)なのか喜びなのか、それすらわからずごちゃまぜになった感情の中で、今は涙が止まらない。

 

「あ……ああ……」

 

 地面に突っ伏したまま両手で顔を覆い、嗚咽(おえつ)とともに(リュウ)は泣き続けた。

 それを男は何も言わず優しく見つめていた。

 

 どれくらい時が経っただろう。土で汚れたそでで顔をぬぐい、(リュウ)が立ち上がる。

 

美煌(メイファン)のところへ連れて行ってください。私は、あの子に伝えなければならないことがあります」

 

 まっすぐに男を見すえる力強い視線。それを見て、男も腰かけていた石から立ち上がった。

 

「じゃ、行きましょうか。やれやれ、ようやく父親らしい表情になったじゃないですか」

 

 にやりと笑うその顔が、感情の読めなかった男の素顔のように、(リュウ)には思えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 山道を抜けると視界が急に明るくなった。思わず目を細めた(リュウ)のそばを風が吹き抜け、木々を揺らした。目の前に広がる灰と緑の山々。それを見渡すひらけた草原。そこに少女は立っていた。

 さわやかな風に長い髪をなびかせながら、少女がふりかえる。

 

 ――ああ……彼らと共に行くのですね、美煌(メイファン)

 

 その目を見た瞬間にそう思った。

 静かにこちらを見つめる美煌(メイファン)は、たった一夜でずいぶんと大きくなったように感じる。きっともう、自分がいなくても大丈夫だ。それがうれしく、誇らしく、そして少しさびしい。

 その思いを噛みしめながら、(リュウ)美煌(メイファン)のもとへ、ゆっくりと歩いていく。一歩、また一歩と、足を踏み出すごとに美煌(メイファン)とすごした日々が胸の中を巡る。

 

 花壇(かだん)の花が咲いたのを見て笑いあったこと。

 転んでも泣かなかったと頭をなでたこと。

 寒い朝に雪まみれで布団にもぐりこんできたこと。

 一緒につまみ食いをして師範代にしかられたこと。

 

 (リュウ)は静かに足を止めた。それは、もう戻れないと思っていた、家族の距離だった。

 

「師父……」

 

美煌(メイファン)、自分の道を決めたのですね」

 

「はい、師父。自分はこの人たちと行くであります。世界を見て、I Sを知って、自分が持つ力の意味を知りたいんであります。自分みたいな人間がどうして生まれたのかは、それはたぶん、この人たちみたいに世界を裏側から見ないとわからないことでありますから」

 

「とても、辛い道を行くことになりますね」

 

「はい。それでも、これは知らなくちゃいけないことでありますから。もう二度と、同じ間違いをしないために」

 

 と、まっすぐに(リュウ)を見つめていた美煌(メイファン)が、ふっとうつむいた。

 

「自分は師父に謝らないと……! あの時、師父にひどいことを――」

 

 口を開いた美煌(メイファン)をさえぎるように、(リュウ)はその小さな体を抱きしめた。

 

「何も言わないでください。私たちはお互いに過ちを犯した。けれどその過ちを越えて、私は再びこうやってあなたを抱きしめることができたんです。だからまた、私たちは通じ合えた。偽りなく互いを信じあえた分、きっと、以前よりも強く……」

 

「師父……はい……はい……! 師父の気持ち、ちゃんと伝わってるでありますよ……」

 

 美煌(メイファン)の声は涙で震えていた。(リュウ)の目からも、ひとすじの涙がこぼれた。

 

「私もです。あなたの気持ちも、決意も、伝わっています。離れていてもきっと伝わります。だから美煌(メイファン)、安心してお行きなさい。あなたが決めた、あなただけの道を」

 

「はい……!」

 

 暗い土砂降りの空へではなく、信じた明日に向かって飛びたとうとする少女を、(リュウ)は目を閉じ強く抱きしめた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 感動的な光景だった。悲しいすれ違いを越え、再び互いを信じあうことができた二人。絆を取り戻し、きつく抱き合う二人。これ以上ないほどに感動的な光景だった。

 だがそれゆえに、少し離れて二人をながめる砕次郎は悩んでいた。

 

 ――えっと……これは水を差しちゃダメなやつだよね……

 

 さすがにこの雰囲気を壊してはいけないのはわかっている。だが、砕次郎には手遅れにならないうちに、ひとつだけ伝えなければならないことがあるのだ。

 

 ――これたぶん本人も忘れてるんだよなあ……マズいよなあ……

 

 やはり放っておくのは危険、と判断した砕次郎はもう空気を読むのをやめた。抱き合う二人のもとへ、つかつかと歩いていき申し訳なさそうに声をかける。

 

「あーー、あの、水をさすようで悪いんですけどね、(リュウ)師範。そろそろ美煌(メイファン)をはなしてあげたほうがいいと思うんです。あんまりきつく抱きしめちゃうとですね。その、いろいろあってちょっと、いやちょっとじゃないな。けっこうなケガを、しちゃってるもんで。……っていうか痛くないのかい美煌(メイファン)?」

 

「……へ? ……あ」

 

 言われて美煌(メイファン)が、まのぬけた声を出す。

 それを聞いた(リュウ)は、青ざめた顔で美煌(メイファン)から体を離した。そしてその右腕が包帯でぐるぐる巻きになっているのに気づくと、その顔はさらに青くなる。

 

「め、美煌(メイファン)、なんで言わないんですかぁ!」

 

「忘れてたんでありますぅ!」

 

「あー、やっぱり自分でも忘れてたか……」

 

「ああああ……これ気づいちゃったらぁ、すっごい痛いでありますよぉぉ……!」

 

 再びぼろぼろと涙を流し始めた美煌(メイファン)を見て、砕次郎は「どうかその痛みの涙がさっきの感動の涙より多く流れたりしませんように」と頭の中で手を合わせて祈る。

 

「そりゃまあ、骨折ってレベルじゃないからねえ。骨とか筋とか、ボロボロだろうし……」

 

 あきれ顔の砕次郎の言葉を聞き、(リュウ)がうろたえる。

 

「あ、あの、そんなにひどいのですか? 完治は? まさか、日常生活に支障が出たり……」

 

「いや大丈夫じゃないかと思うんですけどね。もちろん、専門家じゃないんで断言はできませんけど。かろうじて絶対防御も発動したみたいですし、今はPICを限定稼働して腕を固定させてますしね。まあ、とは言ってもISの保護がなかったら、確実に右腕は再起不能のレベルだから……美煌(メイファン)

 

「は、はいぃ」

 

 涙目でこちらを見る美煌(メイファン)に、砕次郎はビシッと指を突き出す。

 

「キミは今から病院だ。どうしてもっていうから連れてきたけど、ほんとなら即、手術が必要なケガなんだからね。こっからは言うこと聞いてもらうよ」

 

「で、でも……」

 

 いまいち歯切れの悪い返事をする美煌(メイファン)。もう(リュウ)とは会えないのではないかと不安なのだろう。

 そんな美煌(メイファン)(リュウ)がたしなめる。

 

美煌(メイファン)、私も別れは寂しいですが、またいつか必ず会える時が来ます。今は彼の言う通り腕の治療が先決です」

 

「師父……」

 

「教えたはずです。その時々で自分のやるべきことを常に考えなさい。今あなたがやるべきは、別れを惜しむことではありません」

 

「は、はい……」

 

 師の言葉を受け、美煌(メイファン)はうなだれれた。いちおう納得はしたのだろうが、やはりその目は、どことなくもの悲しそうだ。

 

 ――ああ、もしかして、そういうことか

 

 ふと、砕次郎の頭にひとつの考えが浮かんだ。

 

 ――しょうがない。もうひとつくらい、わがままを聞いてあげようか

 

 砕次郎は、くくっ、とイタズラっぽく笑って声をかける。

 

「そんな顔するなよ美煌(メイファン)。もちろん、あまりのんびりしてるヒマはないけど、ケガのことを考えたら、すぐに旅立つってわけにもいかないだろう。まあ、少なくとも()()()()()()()()中国(ここ)にいないとね」

 

「ほ、本当でありますか!?」

 

 思った通りの食いつきを見せる美煌(メイファン)

 砕次郎は知っていた。そう、明日は美煌(メイファン)(リュウ)の特別な日なのだ。本当の誕生日ではないかもしれない。それでもきっと、美煌(メイファン)にとっては――

 

「大切な記念日なんだろう?」

 

「はい!!」

 

「そういうわけなんで(リュウ)師範。もう一日つきあっていいただいてもかまいませんかね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

 微笑みながらうなずく(リュウ)を見て、美煌(メイファン)の表情がわかりやすく明るくなった。砕次郎は、やれやれ、と肩をすくめる。

 

「それじゃあ、キミはふもとの車で待機だ。僕もすぐに行く。ああ、エリスが後ろで寝てると思うけど、無理に起こしたら機嫌悪くなるからそのままにしといてくれ」

 

「了解であります!」

 

 砕次郎にうながされ、美煌(メイファン)金虎(ジンフー)を展開した。そして(リュウ)に深く頭を下げ、元気に飛び立った。

 

「師父、また明日であります!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あなたには本当に感謝しています」

 

 美煌(メイファン)を見送ると、(リュウ)は静かに口を開いた。

 

「あなたはあの子を救ったのは私だと言ってくれましたが、あなたがいなければ美煌(メイファン)も、そして私も、きっと救われないままだった」

 

 (リュウ)が砕次郎に向き直り、頭を下げた。

 

美煌(メイファン)の師として、心からお願いをしたい。どうか、あの子のことをよろしくお願いします」

 

「そんなに簡単に僕らを信用してもいいんですか? どうとりつくろっても、僕らは世界のおたずね者、道理を外れたテロリストなんですけどね」

 

 砕次郎は遠くの山肌を眺めながら自嘲するように微笑む。

 

「もしかしたら、僕は自分たちの理想のためにあの子の力を利用しようとしているだけかもしれない。そうは考えないんですか?」

 

「おや、そうなのですか?」

 

 (リュウ)がからかうような視線を砕次郎に向けた。しかしすぐにその目は優しいものに変わり、再び砕次郎と同じように遠くを見つめはじめる。

 

「信じることにしましたから。美煌(メイファン)を。そして美煌(メイファン)が信じた、あなたという人間を」

 

「なるほど。そう言われちゃあ、あまり道外れたことはできませんねえ」

 

 ポリポリと頭をかく砕次郎を見て、(リュウ)はフフッ、と笑みをこぼした。

 

「それに、あの子はああ見えて、意外と頑固(がんこ)なところがあります。本人がやりたくない、やるべきでないと思ったなら、テコでも動かないでしょうからね。今のあの子なら、その辺の判断ももう大丈夫でしょう」

 

「ああ! それなんですよね、まったく!」

 

「え?」

 

 突然、大きな声を出した砕次郎に(リュウ)が目を丸くする。砕次郎はバツが悪そうに(リュウ)の方に向き直ると、苦笑いしながら、スミマセン、と謝った。

 

「いや最初は僕もね、そりゃちょっとは金虎(ジンフー)をアテにしてたというか、まあ平たく言や下心ももちろんあったんですよ。手持ちのI Sが増えればそれだけやりやすくなりますしね。あわよくばこちらの戦力増強に、と思ってたんですが……」

 

「首を縦には振りませんでしたか?」

 

「ええ。自分の戦う意味がちゃんと見つかるまでは、I Sで戦うのはやめるそうです。どうにか言いくるめようとも思いましたが、あんまり澄んだ目で見てくるもんだから。なんだか、こちらも毒気を抜かれちゃいましてね」

 

 (リュウ)は、そうですか、とつぶやき、笑みを浮かべたまま静かに目を閉じた。胸の中でまたひとつ、美煌(メイファン)の成長を感じているのだろうか。

 わずかな沈黙の後、(リュウ)はまた口を開いた。

 

「やはり、あなたは信用に値する人間のようだ。それを素直に打ち明け、断られてなお美煌(メイファン)と共にいてくれるというんですからね」

 

 砕次郎は首を振りその言葉を否定する。

 

「買いかぶりすぎですよ。また敵に回す可能性を残すよりは、手元に置いていた方がいいと考えただけ。あくまで理にのっとった、打算的な選択をしたまでです」

 

「ではそういうことにしておきましょう」

 

 おかしそうにクスクスと笑う(リュウ)。それを横目に砕次郎は不満げにつぶやく。

 

「そういうこともなにも、それだけなんですけどねえ」

 

「フフッ。あなた、本心を隠すのは得意みたいだが、嘘で自分を偽るのは苦手なようだ」

 

「心外だな。僕はどっちに関してもエキスパートだと自負してたんですが」

 

「おや、それは失礼」

 

 互いの軽口に微笑み合う(リュウ)と砕次郎。二人の間を風が吹き抜け、山々へと消えていく。

 再び、(リュウ)が深々と頭を下げた。

 

「あらためて、美煌(メイファン)のことをよろしく頼みます」

 

「師としてのお願いなら、すでにしっかりと引き受けてますよ。(リュウ)師範」

 

「いえ」

 

 顔を上げた(リュウ)はゆっくりと首を横に振り、右手を差し出した。

 

「これは美煌(メイファン)の、あの子の父としての頼みですよ」

 

 砕次郎はその力強い視線に応えるように笑顔を向けると、差し出された手をしっかりと握り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「(アコンプリス)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。