IS-アンチテーゼ-   作:アンチテーゼ

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お待たせしました。
今回、また長めです。


第十話 殺気(サイン)

 ◇

 

 

 

 灰と緑の入り混じった山々が遠くで流れていく。

 街へと向かう車の中で、美煌(メイファン)は静かに窓の外を眺めていた。

 

「どうしました。行きと違ってずいぶんとおとなしいですね」

 

 ハンドルを握る(ヤン)が声をかける。

 

「……ちょっと、考え事をしてたのであります」

 

 そう答える美煌(メイファン)には、やはりいつもの無邪気な元気さは感じられない。

 

 ――もう少しゆっくりさせてあげた方がよかったでしょうか

 

 バックミラー越しに美煌(メイファン)の顔を見ながら、(ヤン)は考える。

 美煌(メイファン)の里帰りもつかの間、技術局から「新装備の調整に至急もどってほしい」との連絡を受けた(ヤン)。アンチテーゼの脅威も考慮すれば研究施設の方が安全だとふんだ彼女は、美煌(メイファン)を連れて施設にもどることにした。

 結局、普段なら一週間ほど道場に泊まっていくところ、今回美煌(メイファン)は一泊しただけでとんぼ返りとなったのである。

 同い年の子と比べても美煌(メイファン)はまだまだ子供っぽい。実父のようにしたっている(リュウ)と、もっと一緒にいたかったのだろう。

 

 ――いえ、だからと言って甘やかすわけにはいきません。いつ襲撃があるかもわからない状況で、まともな防衛設備のない道場にとどまるのはリスクが高すぎます。

 

 (ヤン)は軽くため息をつく。

 無意識のうちに吐き出されたそれは、もしかしたら、あまりに事務的に候補生たちに接する自身へ向けられたものなのかもしれなかった。

 再びバックミラーで後部座席をうかがう(ヤン)

 すると外を眺めていた美煌(メイファン)がこちらに視線を向けてきた。

 

(ヤン)さん」

 

「なんですか、(シォン)候補生」

 

「……昨日、師父となにを話していたのでありますか?」

 

 (ヤン)はドキリとした。

 (リュウ)と二人で会話をしたのはあの時だけだ。

 

「なぜそんなことを?」

 

 動揺を押し殺し、いつもの事務的な口調で返す。

 今、自分たちが隠していることを美煌(メイファン)に悟られるわけにはいかなかった。

 

「自分が出ていった後、しばらくして、師父の……師父の殺気を感じたであります」

 

 目を伏せ、不安げに言う美煌(メイファン)

 

「師父があんな冷たい殺気を出すとは思えなかったであります。師父はとってもやさしくて、あったかくって。でもあれは間違いなく師父の気で……」

 

「……」

 

「だから、なにがあったのか知りたいのであります……」

 

「……なんでもありませんよ。私が不用意な発言をして怒らせてしまった。それだけのことです。あなたが気にすることではありません」

 

 (ヤン)はあいまいにごまかすだけだった。

 これで美煌(メイファン)が納得するとは思えない。だが、心優しい彼女はこれ以上の追及で(ヤン)を困らせることはしないだろう。

 

「……そうでありますか」

 

 案の定、美煌(メイファン)はそれ以上なにも言わなかった。

 優しさにつけこむようなずるい逃げ方。だが(ヤン)にはそうすることしかできなかった。

 言えるはずもない。美煌(メイファン)の生まれた過程、そしてその理由。それは本人が知れば最悪の事態になりかねない情報なのだ。

 だから隠し通さなければならない。たとえそれがどんな罪になるとしても。

 

 と、その時。

 

「!?」

 

 前方に見えた障害物に(ヤン)は慌ててブレーキを踏んだ。

 急停止した車の前方約5m、大きな木が倒れて道をふさいでいた。

 

「なぜ木が……」

 

 もちろん、行きにはこんなものは無かった。昨日はとくに風が強かったわけでもない。天気も良かったし、雷が落ちたなんてこともないはずだった。

 (ヤン)は車から降りると大きくため息をつく。走っていたのは森の中の一本道なので、迂回できる道もなさそうだ。

 美煌(メイファン)も車から降りて楊《ヤン》の横に並ぶ。

 

金虎(ジンフー)でどかした方がいいでありますかね?」

 

「いえ」

 

 (ヤン)が首を横に振る。

 もちろん、ISを使えばこの程度の倒木は簡単に動かすことができるだろう。だが、緊急時以外でISの展開を許可できる権限を、(ヤン)は持っていなかった。

 

 ――なんにせよ、上に連絡しなければ

 

 もうひとつ大きなため息をついて携帯電話を取り出した時――

 

(ヤン)さん! 伏せるであります!!」

 

「っ!?」

 

 突然、美煌(メイファン)が叫んだ。

 (ヤン)は反射的に身をかがめ、周囲を警戒する。そして気づいた。

 茂みに隠れて今まで見えなかったのだ。倒れている木の根元、その()()()()()()()()が。

 

 ――これはっ、人為的な妨害……!

 

 だとすれば考えられることはひとつ。

 

 ――敵襲!

 

 車の陰に飛び込む(ヤン)

 美煌(メイファン)はそれを横目で確認し、瞬時に金虎(ジンフー)を展開する。

 一本の長い三つ編みにまとめられた髪の先、黄金色の髪飾りが輝いた。そして0.5秒にも満たない発光の後、美煌(メイファン)をつつむように淡い金色のISが現れた。

 

 ほぼ同時に、目の前の倒木が砲撃によって砕け散った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「よーしよし、ここまでは順調だ」

 

 美煌(メイファン)達のいる場所から約1.2km地点。キッチンカーの中で、モニターをのぞきながら砕次郎がほくそ笑む。

 

「とりあえずISを展開してもらわないと、始まらないからなぁ」

 

 奇襲をかけつつも相手にISを展開させなければならない。これが今回の作戦のもっとも面倒なところであった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 さかのぼること12時間前、北京市内のホテルの一室。

 

「まず言っておくけど、おそらく僕らが中国に来てることはもうバレてる」

 

「……なんで?」

 

 こともなげに言う砕次郎に、エリスは怪訝(けげん)な目を向けた。金虎(ジンフー)襲撃の具体的な計画を説明するはずが、いきなりそんなモチベーションの下がることを言われたのだから、当然と言えば当然だ。

 だが、砕次郎はそんな視線をとくに気にすることもなく話を続ける。

 

「ティターニアのシステム内に、勝手に信号を送るプログラムが潜り込ませてあった。オフの時はまず見つからないような深部だから気づかなかったよ。他国領海内への侵入がトリガーになってドイツに信号を送る仕掛けだった」

 

「それで?」

 

「すぐに処理はしたけど、後の祭りってやつ。すでにドイツへの発信が3回。中国へも警告が来てると考えて間違いないだろうね」

 

 理解不能だった。襲撃がバレているにも関わらず、なぜ砕次郎が中国にとどまり、変わらず金虎(ジンフー)を狙っているのか、エリスにはまったくわからない。

 そんなエリスの様子を、砕次郎はおもしろがるように笑う。

 

「だけどそれはそれで都合がいいのさ」

 

 砕次郎らしい、回りくどい言い方だ。だがすでにエリスは考えることをやめていた。

 どうせ考えてもわからない。ならば考えない。自分にとって重要なのは、どうすればISを破壊できるのか、それだけだ。

 砕次郎もそれを察したのか、からかうような表情をやめて具体的な説明を始める。

 

「昼に話したように基本は『シンデレラグレイ』での奇襲だ。だけど生身でいるところに砲弾を撃ち込んだって意味がない。所有者が爆散するだけで、十中八九、ISは無傷だろう」

 

 エリスはこくり、とうなずく。

 ISが待機状態ならば所有者に絶対防御ははたらかない。部分展開でもしていれば話は別だが、そうでないのなら生身と同じだ。鉛玉一発で命を落とすのである。

 それに対して、ISそのものには常に絶対防御と自己修復がはたらいている。これを通常兵器で打ち破るのは極めて難しい。

 

「いまさら言わなくてもわかってるだろうけど、フェアリア・カタストロフィがコアを壊すには『二つの条件』を満たさないといけない。一つは『対象のシールドエネルギーが0であること』。もうひとつは――」

 

「『ISが展開状態であること』」

 

「そう! だから面倒くさいんだ。奇襲をかけたいのに相手が臨戦態勢になるのを待たなくちゃいけない」

 

「でも砕次郎は解決策を考えついてるんでしょ?」

 

 エリスの言葉に砕次郎の口元がニイッとゆがむ。

 

「もちろん。めちゃくちゃ簡単な作戦だよ。まず足止めと同時にあらかじめ設置しておいた遠隔砲台(リモートカノン)威嚇(いかく)射撃を行う。その後、金虎(ジンフー)が展開されたのを確認してもう一発。注意がそっちにいった瞬間、逆方向から『シンデレラグレイ』で本命の一撃。おわり!」

 

 要するに(デコイ)ということだった。

 ISのハイパーセンサーは優秀である。飛来する砲弾があれば最優先で警告を出すだろうが、当然、背後からの攻撃を感知できないわけではない。

 だが使用するのはあくまで人間なのだ。こちらを狙う脅威を認識すれば、いやがおうにも意識はそちらに引っ張られる。

 ましてや相手はISに関しては素人。相応の訓練を積んでいるとは言え、ハイパーセンサーの全方位視野をフルに活用できるわけがないのだ。それができるのは世界でもほんの一握り、世界最強(ブリュンヒルデ)クラスの人間だけなのだから。

 

「この作戦は相手が警戒しているほど有効だ。襲撃を予測していれば、それだけ攻撃に注意を向けざるをえない」

 

 なるほど、とエリスがうなずく。

 先ほどの「都合がいい」発言にも納得のいく解説だ。

 

「ただ、世の中そう都合よくことが運ぶのも(まれ)だろう。本命の攻撃で仕留めきれない可能性もある。その時はすぐさま『スノウホワイト』で追撃だ。相手が手負いなら十分戦える」

 

 砕次郎は再びうなずくエリスを見て満足そうに微笑むと、「あ、あとひとつ」と付け足す。

 

「ターゲットは車で移動してるから運転手がいるはずだ。攻撃の時、できるだけ巻き込まないようにしてやってくれ」

 

「わかった。……でも保証はできない」

 

「もちろん、できるだけでいい。不殺の覚悟なんて貫いてたらテロリストなんてやってらんないよ。ただ――」

 

 砕次郎がエリスの頭にポンと手を置く。

 

「それでも残していたい良心ってもんがあるのさ」

 

 エリスが見上げた砕次郎の表情は、普段よりも少し優しく見えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「とりあえずISを展開してもらわないと、始まらないからな」

 

 金虎(ジンフー)の展開を確認。作戦は(とどこお)りなく進行中だ。

 

「今だ」

 

 砕次郎がキーを叩く。信号が遠隔砲台(リモートカノン)に伝わり、砲口が再び火を噴いた。

 計画通りのはずだった。だが――

 

 金虎(ジンフー)は砲弾を見ていなかった。たしかに二発目は発射されている。まちがいなくハイパーセンサーが警告を出しているはずだ。

 にもかかわらず、金虎(ジンフー)は迫る砲弾とは逆方向を向いている。

 すなわち、()()()()()()()()

 

「ウソだろ、気づかれたっ!? エリス!!」

 

『どうする砕次郎』

 

「どうするもなにも撤退だ! すぐに『スノウホワイト』で離脱しろ!」

 

 エリスに指示を出すのとほぼ同時に、モニター内の金虎(ジンフー)の姿がかき消える。一拍おいて砲弾が命中するも、そこにはすでに誰もおらず、道にクレーターができただけだった。

 瞬間移動と見まごう加速。間違いない、瞬時加速(イグニッションブースト)だ。

 

 ――まずい!

 

 慌てて車を飛び出し、エリスのいるあたりに双眼鏡を向ける砕次郎。

 次の瞬間、轟音とともに木々がはじけ飛び、山の中から二機のISが空へと飛び出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 砕次郎の指示を受け、すぐさま離脱しようと体勢を整えるエリス。

 だが、そこに驚異的な速度で金虎(ジンフー)が迫る。さえぎる木々を最小限の動きでかわしつつ、まったく加速をゆるめずに突っ込んでくる金虎(ジンフー)は、さながら黄金に輝く雷のように見えた。

 

()アアア!!」

 

 雄叫びとともに拳を構え、突進してくる金虎(ジンフー)

 後退しようにも、フェアリア・カタストロフィの加速ではおそらく間に合わない。迎撃も虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)で弾かれるだろう。

 

「……チッ」

 

 エリスは舌打ちをすると、用意していた高性能爆薬のかたまりを数個、目の前に放り投げた。そしてすかさず右手に呼び出したK&Dクラウスラー(ハンドガン)の引き金を引く。

 装填した弾は炸裂弾(エクスプローダー)だ。発射された弾頭が、宙を舞う爆薬にめり込み、内部で小規模な爆発を起こした。

 その結果――

 

 ミサイルが直撃したかのような大爆発が起こった。

 周辺の木々は吹き飛ばされ、地面が大きくえぐれる。舞い上がる土砂と木片に紛れて、エリスはなんとか空へと逃げた。

 太陽の光を反射して、純白のボディが煌めく。

 だが、やはり装甲のあちこちに小さな亀裂が入っている。爆発の衝撃を利用して瞬時加速(イグニッションブースト)を行ったが、当然、機体にダメージは受けていた。

 しかし、金虎(ジンフー)の一撃をまともに食らうよりかははるかにマシだろう。骨を断たれないために自ら肉を断つ、捨て身の回避。

 

 ――向こうのダメージは……?

 

 ふと頭に浮かんだ疑問だったが、エリス自身うすうすわかっていた。

 フェアリア・カタストロフィと金虎(ジンフー)の装甲防御は同レベル。そして爆発は自分の近くで起きた。

 ならば当然、金虎(ジンフー)もまだまだ戦闘可能状態(コンバットレディ)のはずである。

 

 その結論を裏付けるように、土煙の中から金虎(ジンフー)が飛び出す。

 

「逃がさないでありますよ! いったい何者でありますか!?」

 

「……」

 

 金虎(ジンフー)からの通信をエリスは無視した。悠長に会話をしている場合ではないのだ。

 

「……なるほど、良いでありましょう。ISを叩き潰してからゆっくり聞くであります!!」

 

 目の前の金虎(ジンフー)が消えた。

 瞬時加速(イグニッションブースト)。攻撃が来る。

 

「っ!」

 

 ――どこから……!?

 

 エリスの脳裏に練習試合の映像がよぎった。とっさに真上に向け『TDGシルドラン(対実体弾シールド)』を展開する。

 次の瞬間――

 

塞呀(セイヤ)アア!!」

 

 頭上から先の爆発など比にならないレベルの衝撃がフェアリア・カタストロフィを襲った。構えていたシルドランが一瞬で砕け散り、衝撃波でフェアリア・カタストロフィは真下に吹き飛ばされる。

 予想通り、右脚での踏み下ろしだった。

 

「ぐっ……う……」

 

 エリスは落下しながら、右腕に『クルィークⅣ(二連装無反動砲)』を呼び出し金虎(ジンフー)に向けて発射する。だが二発の徹甲弾は左脚の回し蹴りによってたやすく弾かれた。

 

「無駄であります!」

 

「……チッ」

 

 ある程度距離が離れたところで無理矢理に体勢を整える。

 左腕にびりびりと残っている痛みに、エリスは改めて目の前のISの脅威を実感した。

 金虎(ジンフー)を見すえたまま、左腕のシルドランの残骸を分離(パージ)する。「対戦車砲の直撃でもびくともしない」が売りのシールドだったが、ものの見事に粉々だ。

 

「とっさに震脚を防ぐとは、なかなかやるでありますな」

 

 金虎(ジンフー)が上から見下ろすように位置どる。だが、追撃はしてこない。どうやら真上からの奇襲を防がれたことで、少し慎重になっているようだった。

 もちろんそう長くは休ませてはくれないだろう。向こうも金虎(ジンフー)の稼働時間の短さは十二分にわかっているはずだ。

 

「……なんで隠れてた場所がわかったの?」

 

「へ?」

 

 少しでも時間を稼げるならば、とエリスが口を開いた。

 このままでは金虎(ジンフー)のスピードから逃げ切るのは不可能だろう。望みがあるとするならば、とにかく時間を稼ぐこと。

 そうすれば、きっと……

 

「見間違いじゃなかったら、あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ふむ、あれで隠れているつもりだったとは驚きであります」

 

「……どういうこと?」

 

「『殺気』であります。あんな風に殺気だだ漏れでこちらを狙っていては、少しばかり修練を積んだ人間にはバレバレでありますよ」

 

「……」

 

 エリスは昨日の料理屋で店主に言われたことを思い出した。

 同時に、この国の人間は人の気を読み取るのが普通なのか、という疑問が頭に浮かんだが、とりあえず今考えることじゃないと結論を出した。

 と、エリスが考え込んでいると、なぜか金虎(ジンフー)のパイロットが焦った様子で声をかけてきた。

 

「あ、あの、えっと! 落ち込む必要はないでありますよ!」

 

「…………?」

 

「自分も言い方が悪かったであります! けしてバカにして言ったわけではなく、ただ、アドバイスというか……」

 

 どうやら黙り込んでいるエリスを見て、自分の言葉で傷つけてしまったものと勘違いしてしまったらしい。

 もちろん、仮にそうだったとしても、いきなり砲弾を撃ち込んでくるような相手に気を使う時点でそうとう変な話ではあるが。

 

「自分の気をコントロールするのは難しいでありますからな。自分も師父によく注意されるであります。あ、まずは瞑想からはじめるといいでありますよ! 自分も最初は……」

 

「……」

 

 ――時間稼ぎはできてるから……いい?

 

 聞いてもいないアドバイスをしてくる相手に、エリスは困惑していた。

 いや、もしかすると相手も何かを待っていて時間を稼いでいるのか、とも考える。しかし目の前の少女を見るに、どうもそんな計算高い様子でもないのだ。

 

 ――今なら逃げられる?

 

 そんな考えすら浮かんだ、その時だった。

 

(シォン)候補生っっ!!』

 

 突然、耳をつんざく怒鳴り声が通信に割り込んできた。

 

「や、(ヤン)さん!」

 

 金虎(ジンフー)のパイロットがうろたえる。

 なにがなにやらよくわからないが、とりあえずエリスはいつでも逃げられるように準備して、様子を見ることにした。

 

(ヤン)さん、ではありません。なぜあなたは敵と対峙しながら、悠長にアドバイスを送っているのですか……!?』

 

 すでに怒鳴り声ではなかったが、明らかに怒っている。

 他人の感情に(うと)いエリスにさえ、相手がこめかみに血管を浮かべながら話しているだろうと容易に想像できた。

 

「あの、じ、自分、『何があっても他人をはずかしめるようなことがあってはならない』、と師父から教えられていたのでありますが、その、先ほどこの方に恥をかかせるような発言をしてしまいまして――」

 

『今はそんなことを気にしている場合ですか? 緊急時、しかも相手はテロリストなのですが……?』

 

「え、あ、そ、そうでありますね。師父にも『その時々で自分のやるべきことを常に考えなさい』、と――」

 

『わかっているのなら早く戦いなさいっ……!!』

 

「ハ、好的(ハイ)ッ!!」

 

 割り込んでいた人物の通信がブツリと切れた。

 そろそろ本気で逃げようと思っていたエリスだったが、相手が再び集中し始めたのを見て、自身も臨戦態勢をとる。

 再度おとずれる緊迫した空気。

 

「ひとつ提案でありますが、降伏してはもらえないでありますか?」

 

「……まだふざけてる?」

 

「とんでもない。自分はいつでも大真面目であります。これは善意からの警告でありますよ。自分が本気で戦えば、大怪我ではすまないと思うでありますから」

 

「降伏はしない……絶対に」

 

「そうでありますか。でしたら、もはや言葉は不要でありますな」

 

 金虎(ジンフー)のスラスターが一斉に広がった。まるで静かに猛る虎が、その獣毛を逆立てるように。

 

「先に言っておくでありますが! 自分、踏込みができない空中戦はあまり得意ではないであります。ですがそれでも、せんえつながらこの金虎(ジンフー)――」

 

 美煌(メイファン)が構えをとる。身体を半身に構え、両足をひらいて腰を落としつつ、左拳を大きく前に、右拳を腰元に。

 

「近接戦闘では最強であると自負しているであります」

 

 (おご)りではなく、確かな真実。相対(あいたい)する少女の目を見てエリスは確信する。

 接近戦ではまだ勝てない。おそらく自分は負ける。だが、それでも――

 

「あなたのISはわたしが壊す」

 

 エリスは静かにそうつぶやき、右手に『グラスコフィン』を展開した。

 冷たい殺気がそのまま形をなしたような、透き通る氷に覆われた白銀の大剣が煌めく。

 

「いくであります!」

 

「……どこからでも」

 

 互いの言葉を引き金にして、二機のISがぶつかり合う。

 グラスコフィンの剣閃と虎光瞬脚(フーグァンシュンジャオ)の剛拳が交差した、その瞬間――

 

『やめなさい(シォン)候補生!』

 

「!?」

 

 その声に反応して金虎(ジンフー)の拳がピタリと止まった。直撃の一歩手前、エリスの胸部にあと数cmという位置だ。

 対してフェアリア・カタストロフィの剣は紙一重でかわされていた。振りぬかれたグラスコフィンは金虎(ジンフー)の肩アーマーをかすめ、装甲に霜をつけただけで終わっている。

 

「くっ……!」

 

 エリスは一瞬動きが止まった金虎(ジンフー)から即座に距離をとった。

 その横顔を冷や汗がつたう。あのまま拳が止まっていなかったら、間違いなくやられていた。

 

「戦えと言ったりやめろと言ったり、どっちでありますか(ヤン)さん!」

 

 金虎(ジンフー)のパイロットが通信相手に噛みつく。

 

『上層部から指示がありました。アンチテーゼに撤退の意思がある場合、こちらから手出しはするな、との通達です』

 

「な、なんででありますか!?」

 

『あなたが知る必要はないことです。……聞こえていますね、そちらの方。現在、あなたの目的は交戦ですか? 撤退ですか?』

 

 投げられた質問にエリスは思い出した。

 砕次郎からの指示、それはすみやかな退却だ。

 

「……撤退する。とりあえず、今は」

 

『わかりました。ではこちらも退くことにします。(シォン)候補生、こちらに戻ってきてください』

 

「ほ、ほんとに逃がしていいのでありますか?」

 

『戻りなさい。これは命令です』

 

「う……了解であります」

 

 通信を終えた金虎(ジンフー)がこちらに向き直った。広がっていた背後のスラスターはそろって下を向いており、ISまでしゅんとしているようにも見えた。

 

「ま、まあ、よかったであります。自分、やはり人を傷つけるのは嫌いでありますから」

 

 はにかみながらそう言う少女に、エリスは静かに背を向けた。そして振り返ることなく問いかける。

 

「……なら、どうしてあなたはISを使っているの。それは人を傷つけるものなのに」

 

「え……」

 

 エリスは答えを聞こうともせず、通信を切断して飛び去った。

 

「……」

 

 残された金虎(ジンフー)とそのパイロットは、小さくなるフェアリア・カタストロフィの姿をただ見つめていることしかできなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

『なんとか逃げられたな。ひやひやしたね、まったく』

 

 プライベート・チャンネルで砕次郎から通信が入る。

 

「ごめん、砕次郎。また命令を無視して戦おうとしてた」

 

『いや、あの場合はしょうがないさ。もとより今回は甘い作戦を立てた僕に非がある。もっと怒ってると思ったよ。危うくやられるとこだったから』

 

「うん。あれと格闘戦をやるのは、まだちょっと無理」

 

『すまないエリス』

 

「だいじょうぶ。砕次郎なら、きっと助けてくれると思ってた」

 

 エリスの言葉に通信の向こうで砕次郎がフッと笑った。

 

『なんとかギリギリで間に合ってよかったよ。次はもっとうまくやろう。標的は変えなくても大丈夫かい?』

 

「うん。このままでいい」

 

『わかった。エリスは先にホテルに帰っててくれ。4時間もすれば僕も帰りつくよ』

 

「了解。……砕次郎」

 

「ん? どうした?」

 

「……ううん。なにかおみやげ買ってきて」

 

『ああ、わかったよ』

 

 通信が切れる。

 

 ――そうだ。次はもっとうまくやろう。わたしと砕次郎ならだいじょうぶ。きっと、あのISもちゃんと壊せる

 

 エリスは顔を覆うフルフェイスの仮面を解除した。この高度なら誰かに見られることもないだろう。

 仮面をつけていても、ハイパーセンサーと直結した内部スクリーンで視界の確保はできている。だから仮面を着けようが外そうが見える景色は変わらない。

 だが、エリスはそれでも自分の目で見渡す広い世界が好きだった。

 音速に近い速度の中、頬を風が優しくなでた気がした。

 エリスは自分でも気づかないうちに、ほんの少しだけ、微笑んでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「だまされてた、でありますか!?」

 

 (ヤン)のところに戻った美煌(メイファン)は、その場でへたりこむように脱力していた。

 

「はい。(シォン)代表候補生が受けた二回目の通信、あれは私ではありません」

 

「じゃ、じゃあいったい誰なんでありますか?」

 

「決まっています。敵の、アンチテーゼの誰かです。おそらく最初の通信で私の音声データを手に入れたのでしょう」

 

「ならなんでそう言ってくれなかったんでありますか!」

 

「さっき説明したはずです。遠隔で通信コードを乗っ取られ、回線から締め出されていたと」

 

「うぅ……」

 

 つまり美煌(メイファン)はまんまと敵に騙され、テロリストを取り逃がしたのである。

 

「とにかく、今は施設に帰って急ぎ報告をしなければなりません」

 

 (ヤン)は眼鏡をクイと押し上げると、すたすたと車の方へ歩き出した。

 美煌(メイファン)もあわててそれについていく。

 

 ――またお説教でありましょうか……?

 

 おそるおそる(ヤン)の顔をうかがう美煌(メイファン)。しかし(ヤン)が怒っているのかがわからない。なにせいつも怒っているような顔をしているのだ。

 おまけにまとっている雰囲気まで常に不機嫌なものだから、気を読める美煌(メイファン)にとっても、本当に不機嫌なのかそうでないのかを見分けるのは至難であった。

 

「なにをしているのですか。はやく車に乗ってください」

 

「は、はい」

 

 美煌(メイファン)はとりあえず、(ヤン)の言うことを素直に聞くことにした。

 後部座席に美煌(メイファン)を乗せると、(ヤン)は運転席のドアを開ける。そして石と木片でボコボコになった車体をジロリといちべつすると、車に乗り込んでやや乱暴にドアを閉めた。

 2回のエンストの後、ボロボロのロールスロイスは道路に開いたクレーターを大きく迂回して、再び走り出した。その運転は心なしか、荒っぽくなったように見えた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 車の中で、美煌(メイファン)は白いISのパイロットの言葉を思い出していた。

 

『……なら、どうしてあなたはISを使っているの。それは人を傷つけるものなのに』

 

 なぜISに乗るのか。自分の力はなんのためにあるのか。

 施設に到着しても、結局その答えはでなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回「自分の生まれた日(バースデイ)

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