IS-アンチテーゼ- 作:アンチテーゼ
この小説に原作キャラは一部を除きほとんど登場しません。ほぼ全てオリジナルキャラにより、「原作の裏で進んでいた外伝ストーリー」という形で話が進行していきます。あらかじめご了承ください。
本作品はセリフ、固有名詞等に多数のパロディやオマージュを含みます。
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第0話
◇
アンチテーゼ
Antithese
最初におかれた命題と逆の命題。
直接的に対称をなすもの。正反対。
◇
世界に存在するいくつかの施設は政治的、軍事的、その他
12年前、ただでさえ危うかった各国の軍事バランスはISという新たな力の台頭によりいともたやすく崩れさった。
時を経て表向きは落ち着いた世界もまだまだ崩壊寸前のジェンガを積み上げるがごとき危うさで成り立っている。
その均衡を保つため、大衆に知られてはならない場所がこの時代には無数に存在した。
太平洋沖某所レイビーク監獄島、別名セカンドアルカトラズもそんな地図に載ってはいけない場所のひとつであった。
セカンドアルカトラズ所長室、その扉の前でハンナ・ハドラーは小さく深呼吸をした。
ハンナには昔から緊張すると無意識に深呼吸をする癖がある。こわばった心を落ち着かせるためだ。
だが今、彼女はべつに緊張している訳では無かった。新しい所長が来るのは三度目だし、所長と言っても所詮はどこかの軍からの天下りで単なるお飾り。緊張する理由がそもそも無い。自分の倍以上生きているにも関わらずふんぞり返っていばり散らすしかできない無能ばかりなのだから。
とはいえ一応は自分の新しい上司。それなりに敬意と礼儀を
二回のノックの後すぐに中から「どうぞ」と返事があった。
おや? と彼女は首をかしげる。ずいぶんと声が若い。前任2人はどちらも齢50を過ぎた肥満体の男だったので今回もそんなもんだろうと思っていたのだが、少し意外だ。
「失礼します」
――さてどんな人物だろうか。飾りとしては優秀か……最初に見るべき印象はそこだな。
新しい置物を見定めようとハンナはドアを開けた。
所長の椅子に座っている男に対してハンナが最初に抱いた印象は「冷たい針金細工」だった。
細身、長身、学者タイプ。歳は30代前半か、やはり若い。身体の重心がズレている。机の右側に掛けた杖、おそらく右足に障害あり。
資料にはドイツ軍からとあったが、なるほどそんな顔つきだ。オールバックの銀髪に鋭い目元、真一文に結んだ口、ドイツ軍人と聞いて10人が10人想像する顔。
そしてなにより目立つのが、これ見よがしに付けられた左目の眼帯だ。
――しかしドイツ軍っていうのは眼帯の……
「あまりいい気分ではないですね。そうジロジロと『観察』されるのは」
その言葉に脱線しかけていたハンナの思考が一気に引き戻される。
――いけない。とりあえず、今は職務優先だ。
「失礼しました。看守長ハンナ・ハドラーです。業務引き継ぎの確認といくつか書類にサインをお願いします」
「わかりました。少し待っていてください」
ハンナと目も合わせずそう言うと、男は机の上のファイルを片付ける。
「お待たせしました。今日付でセカンドアルカトラズの所長に就任しました――」
男が座ったまま手を差し出した。
「スティング・フォン・ルーゲルです」
男と初めて目が合う。その瞬間、ハンナは正体不明の寒気を感じた。自分の何かを見透かされたような悪寒。
差し出された手を握り返す時、彼女は無意識のうちに深呼吸をしていた。
◇
軽い挨拶の後、会話は皆無であった。所長室には、スティングがパラパラと書類をめくる音しかしない。
なんとも重苦しい空気。確かに初対面で不躾な視線を投げたのは失敗だった。握手を
ハンナとしては別に仲良くしたい訳では無いのだが、それでもある程度優良な関係を築いておかねば後々の業務が面倒くさくなる。話のわかる部下を演じ、なるべく案件を上にあげない。無能にでしゃばられては困るのだ。先々代の所長で学び、先代の所長で実践したハンナ流仕事の効率化である。
会話の糸口を模索するハンナだったが、意外にも先に口を開いたのはスティングの方だった。
「やはり気になるものですか」
「は?」
「この左目です」
ハンナはギクリとした。左目のことだけでなく、自分が会話の糸口を探していたことすら見透かされたような気がしたのだ。
「そう、ですね……ただ眼帯をしていること自体が気になったわけでは」
「ほう。というと?」
スティングが書類から顔をあげる。
「自分は以前、あるドイツ軍部隊の演習を見たことがあるのですが、その隊の人間が……全員左目に眼帯をしていたもので」
「なるほど、私も関係者なのかと思い訝しげな顔で見ていたというわけですか」
「ええ、言い訳のようで見苦しいですが、どうにも気になりまして」
ふむ、と呟くとスティングはファイルを閉じ、両ひじを机にのせる。
「その部隊は
「は、失礼しました。いらぬ詮索でした。以後気をつけます」
言葉ではそういったものの、実のところハンナはすでにこの男に対する好奇心を抑えきれないでいた。
あきらかに今までの所長達とは違う人種。それどころか今まで出会ったことのない人種。言葉の端から理知が滲み、こちらの思考を容赦なく覗く。足や目を抜きにしたって有能な指揮官であるには十分だろう。なぜドイツ軍はスティングを手放した? なぜセカンドアルカトラズに来た?
様々な疑問を抱きつつ、ハンナはこうも感じていた。
――きっと私のこの好奇心もすでに見透かされているのだろう。
わずか数言会話をしただけ。それでもわかる。いわば確証無き確信が彼女にはあった。
「ひとつ、質問をしてもよろしいでしょうか」
「どうぞ。答えられるものであればお答えしますよ」
「所長は……なぜセカンドアルカトラズへ?」
気づかれているのなら正直に尋ねた方が得というものだ。答えが得られる可能性もゼロじゃない。
「察していらっしゃるとは思いますが、率直に申し上げてここの所長職はただの飾りのようなものです。ほとんどの業務は看守長の私と副看守長のメリーが主体で行われています。所長ほどの方でしたら、その、もう少しその才覚を発揮できる地位があるのでは」
「気をつけると言ったそばから随分といらぬ詮索をしますね」
「所長ならば……気づいておられるものと」
スティングはしばらくじっとハンナを見つめていた。少し長めの沈黙の後、スティングは軽いため息とともに口を開いた。
「『アンチテーゼ』を知っていますね?」
その問いに、いやその名前にハンナの表情がいっきにこわばる。
「もちろんです」
当然知っている。
「奴らはここにいるのですから……!」
◇
二年前、突如として活動を開始したテロ組織。反ISを掲げ、事もあろうに「ISによる全ISの破壊」を
だが半年前のラストリベリオンと呼ばれる大規模な戦闘によりアンチテーゼは壊滅。メンバーは一部死亡、他は逮捕され極秘裏にこの監獄に収容された。
「その極秘の監獄がまさにここセカンドアルカトラズ、ですね?」
「その通りですが……。では所長はアンチテーゼを追ってここに来られたという事ですか」
「ええ。回収されたアンチテーゼのISがドイツ軍で凍結保管されているのは知っていますね。その関係でアンチテーゼメンバーがここに収容されていると知りました」
意外だった。ハンナにはスティングがそこまで何かに執着する人間とは思えなかったからだ。
「どうしてそこまで奴らを?」
「実はそれが先ほど話した眼帯の理由でもありましてね」
「では、その眼は……」
「ご推察のとおり、この眼はラストリベリオンでの負傷です。その際、脳にも傷をうけましてね。ナノマシン治療で大事には至りませんでしたが、右脚に障害が残りました。つまり私をこのような体にしたのはアンチテーゼ事件なんですよ」
「それでアンチテーゼを憎んでおられるのですか……?」
その言葉にスティングはフッと微笑む。この男も笑うことがあるのか、とハンナは少し驚いた。
「勘違いしないで頂きたい。たしかにそれが元で前線を退くことにはなりましたが、恨んでいる訳ではありません。これは純粋に好奇心なんですよ」
「好奇心……?」
「世界そのものを敵に回して、
心なしかスティングは少し楽しそうに見える。だがなにかが歪んでいる。ハンナはスティングになにか異様なものを感じていた。
「私には……わかりたくもない事です。何を思っていようと、私にとって彼女らは世界の災厄たるただのテロリストでしかありません」
「まあ普通はそうでしょう。収容する人間の事情など知ったところでなんの益にもなりません。それどころか変に情が移れば業務に支障をきたす恐れすらある。ですが……」
スティングがふたたび笑う。
「それでも私は知りたいんですよ。知らなければならないのです。彼女らの終着点として、その生き様を知らねばならない。君もそうは思いませんか? ほんとうに知りたくはないですか?」
それは本当にただの好奇心なのだろうか? ハンナは考える。スティングの歪な微笑みの裏にどんな感情があるのだろう?
そしてハンナは答えを出した。わからないという答え。彼の中にあるのはきっと自分が理解などできないなにかなのだ。
『深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いている』というが、これはそんな生易しいモノではない。まるで覗く気のなかった深淵が唐突に口を開け迫ってきたような感覚。
だが、ハンナは気づいていた。自分はもう、その深淵を覗きたくてしょうがなくなっている。
――この男は私をどこに引きずり込む気なんだ……
「わかりました。私でよければ所長の好奇心にお付き合いいたします」
「ありがたいですね。ではさっそく復習といきましょうか。アンチテーゼ事件をはじめからなぞるとしましょう。ちょうど資料もここにありますから」
そう言うとスティングは机の引き出しから分厚いファイルを引っ張り出した。
ハンナは冷たい汗を浮かべながら心の中で苦笑する。用意がいいというよりは、はなからこの着地点が決まっていた、と言ったほうがいいのだろう。
「さて。アンチテーゼ事件は二年前、奇しくも我が祖国ドイツではじまりました。いや、本当は彼女らの物語はもっとずっと前から始まっていたのでしょうが」
アンチテーゼが明確に世界への反逆を宣言したのは二年前。ドイツで行われた第三次イグニッションプランの新型コンペティション、その最中であった。
次回「