THE STRANGE FATE   作:諸行無常マン

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アポクリファだ。あれの存在を知ってしまったせいですべてが変わった。


母と兄と私と屑と

「■■■■■■」

「××××」

「■■■、■■」

 

 いつもの光景だ。戦場にて鬼神のごとく敵を切り裂く重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが、この部屋に入りあの御方の前に座ると、まるで借りてきた猫か犬のように大人しくなる。そこからは実用性もなければ効率も糞もない、何の意味もない話し合いを行うだけという、時間を無駄に浪費。あの胡散臭い魔術師に至っては、この場にきてすらいない。トリスタンは寝ているのか起きているのかも――いや、ベティヴィエールが殴ったということは寝ていたようだ。

 

――……時間の無駄だな。

 

 これ以上この場に拘束されるのはごめんこうむる。私には、この糞のような会議よりも重要なことがあるのだ。しかし、何も言わずに終わるのを待ってばかりでは、私も同じように時間を無駄にしているだけだ。仕方なく今の状況でできることを二、三個意見として出した後、早急に会議を終わらせるよう言い、私は足早に円卓の広間を離れた。

また敵が増える。だんだんと崩れて消えていく私の立場を考えると頭が痛くなる。だが、それも仕方がないことだと割り切り、急ぎ部屋に向かう。

 焦燥感のせいか無駄な時間を過ごしたイラつきからか、自然と足取りが早くなる。通り過ぎる兵士や給仕の者の怯えた顔から察するに、今の私はいつも以上に顔をしかめているらしい。いつもは私を見て怯えるその顔を見るだけでイライラするが、

 

「あの女は何を考えているのだ――ッ」

 

 ――モルガン――王の敵。円卓の敵。キャメロットの敵。そして、他ならぬ私の母であり、私の敵。その目的は円卓を崩壊させ、ブリテンを我が物にせんというものだ。そしてより円滑に、小野が手を汚さずに目的を達成するために、私を円卓へと送り込んだ。

 そんなイカれた女が昨晩、突然私の枕元に現れ「妹ができました。明日、詳細を話します」などととんでもないことを言い残し去っていったのだ。早くその真意を聞きたかったのだが、そういう日に限って緊急会議とは、本当に運がない。幸運値というものが仮にあったとしたら、私は間違いなくZだろう。

 このどこにも発散できない、やり場のない怒りを頭の中のモルガンにぶつけながら自室へ戻ると、そこにはすでに、こちらの心情を見透かしたかのような蠱惑的な笑みを浮かべた女がゆったりと椅子に腰を掛けていた。

 腰に下げる剣にゆるりと手をかける。この女のことだ、どうせ部屋中にアニカを仕込んでいるに違いない。なので、こうして警戒してしまうのも仕方はない。決して、決して他意はない。

 

「これは、昨日ぶりですな。母よ」

「そうですね、アグラヴェイン卿。昨日とまったく同じ仏頂面ですこと。しわと白髪が増えますよ」

 

 このまま切り殺してやろうか。

 剣の柄を握る手に、自然と力がこもる。この女は口を開けばこれだ、もうすこし、年相応の振る舞いはできないものだろうか。

 

「そう怒らないで、アグラヴェイン」

 

 本当に切って捨てようかと剣に手をかけたところで、脳が痺れるような声が響く。魔術でも使ったのか、私の中にあったあふれんばかりの殺意はきれいさっぱり消えていた。

やはり、この女は苦手だ。そもそもお前が私で遊ぼうとしなければ、こんなことにはならないというのに。

 

「……なんのことでしょうか、我が母よ。それより、本題に移っていただきたいのですが」

「ああ、そうでしたね。昨日も言ったことですが、あなたに妹ができました。未来のブリテン王の誕生です」

 

 冷静でいたというのに、そのくだらぬ言葉でまた沸々と怒りが込みあがってきた。わかっていてやっているのなら、本当にたちが悪い。

 

「それで?報告だけなら、わざわざこうやってくることも、そのような豪華絢爛な衣服でめかしこむ必要もないでしょう」

「………」

 

 何だ。なぜそこで黙り込む。いつもなら痛烈な皮肉が雨あられのように降り注いでくるのだが、何か心境の変化でもあったのか。…いや、この女に限ってそれはないな。それこそ死の瀬戸際に十数回立ってようやく改めるくらいだろう。

 いったいどうしたことかと考えを巡らせていると、モルガンは少し気まずそうに、それでいて恥じているかのようにこう切り出してきた。

 

「実は、転送魔術で子と共にここに飛ぼうとしたのだけど……失敗して、あの子をどこかに落としちゃったみたい」

 

 額から、血管が切れる音がした。

 

 

 どうも。今しがた、突如として原因不明の、これ以上はないといえるほどの母への怒りが沸いていたかわいそうな身寄りのない子供、モードレッドです。

あの後テクテク、テクテク、村を木の棒片手に駆けずり回り、あたかも「この村の子が元気よく遊んでいる」ように演じていた私ですが、私を見てありえないものを見たかのように驚くおじさんやお兄さんを見かけたのです。まるで、久しぶりに子供を見たかのような、そんな反応でしたね。

 確かにこの村を歩いていて、一度たりとも子供の姿を見ていない。でもそれって怪しいよね。そんな場所があるのか、あったとしてもあんな顔するだろうか。こちとら無邪気に遊んでただけなんだから、そんな妖精を見たかのような反応はおかしすぎる。

 なので、いつでも抵抗できるように石やら小さな虫やら木の枝やらを集めながら、とりあえずその場から離れようとしたのだが。

 

「おいおいおいおい、まだいるじゃねえかよ、ガキ」

「あの爺婆共、俺らに逆らってまだ子供を隠していやがったか」

「まっさか。あの婆共が、これ以上俺らに抵抗しようと思うか?あんだけこの村を蹂躙してやったってのによ」

 

 あっというまに囲まれ、とんでもなく物騒な会話を聞かされていた。

 聞いている限りだとこの村を蹂躙したのはこの男たちで、村に子供が見当たらないのはこいつらが攫ったかなにかしたからのようだ。だとすると、今の私の状況はなかなかハードだ。これが生前?に見ていた転生もの小説の主人公なら、チート能力や主人公補正でこの窮地を脱することができるのだろうが、私の場合そうはいかない。能力なんて異能もなければ、アーサー王物語の主人公、アーサーではないのだから、主人公補正もない。

 ならばどうする。おとなしく捕まり、売り飛ばされるなり侵されるなり殺されたりするか?それとも、抵抗し苦しんで死ぬか?否。どちらも否だ。楽に不幸な目にもあいたくないし、苦しみながら不幸な目にもあいたくはない。

 

「なあ、このガキ、なんか気色悪くねえか?さっきからピクリとも動かねえし、瞬きもしてねえぜ」

「ああ……それに、ずっとぶつぶつ言ってんだよな」

「どうするよ」

 

 ならば、ここはあの言葉に従うとしよう。三十六計――

 

「ぁ――?」

 

 ――逃げるに如かず。

 イメージする。短い時間の中、脳内で自分がどう動くべきかを何度も何度もシュミレートし、構築したイメージ図を体にインプットする。

 

――踵を軸に――

――体重を背中に回すイメージで――

――背後に体全体が向いたら――

――つま先を地面にめり込ませるイメージで――

――倒れるように走る――

 

 効果音は「ギャルッ」、もしくは「ドリュッ」。走り出す瞬間の効果音は「ダッ」ではなく「ドンッ」と地面が爆ぜるような音で。見えるのは後方へ流れていく景色、聞こえてくるのはぐんぐんとか細くなっていく私に向けての怒鳴り声。

 走れ。とにかく走れ。走って走って、走りまくれ。

 

「まッ、て、コラッ、餓鬼ィッ!!」

 

 が、すぐに距離を詰められる。自分のすぐ後ろから地面を荒らしく蹴る音が聞こえてくる。

 あたりまえだ。いかに早く走っているイメージを抱えながらできるだけ理想に近い形で走っているとはいえ、子供と大人とでは筋肉の量も体力も差がありすぎる。どれだけドーピングをしても、主人公だったとしても、逃げきれはしないのは自明の理だ。

 だが、だからこそ、やれることはたくさんある。子供の体をフル活用したすばしっこさと、先ほど拾っておいた様々なものを使わせていただこう。あの曲がり角を曲がってからが、これからの人生を大きく左右する人生の別れ道だ。

 あと十メートル。七、五、三、一、――………

 

 

 ――さあ、ショータイムだ。

 

 

 

「ったく、まだいたのかよ…」

 

 男は一人の少女を見ながら、心の中でいらだった言葉を漏らした。

 男の名前はミシェル・マージ。元々は名のある騎士家系の長男だったが、日々弱っていくブリテン衰退の波に飲まれ、今ではこうして人さらいなどという職に手を染めている。昔は王に仕える騎士になりたいという夢を抱いていた気もするが、今となってはどうでもいい話だと、彼は全てをあきらめていた。

 本来ならこの村での『仕事』はもう終わり、共に行動していた男たちと帰って『商品』を売って、酒を浴びるように飲んで夢の世界へと旅立っているはずだった。だが、とんでもないイレギュラーが目の前に現れた。さらりとした金糸のような髪をなびかせた、整った顔立ちの目つきの悪い少女が、まるで誘拐のことなど初めから知らなかったといわんばかりの笑顔で楽しそうに遊びまわっているではないか。

 事前の入念な準備で、この村にいる子供の数も、子を産んだ女の数も子を孕んでいる女の数もしっかりと把握していた。だというのに、どこをどう見落としたのか、『商売道具』である子供が一人残っている。

 大人の口はいくらでも黙らせることができる。しかし、子供の無邪気な口はそう簡単にはいかない。たとえ剣を首筋に当て「口外するな」と脅したところで、ここらを巡回している騎士に何か聞かれればポロリと我々が来たということを喋ってしまうかもしれない。傷をつけても殺しても、なにかを喋ってしまうだろうし、死体が見つかれば口封じとして殺されたことなどすぐにばれてしまうだろう。

 男は木の棒を振り回している少女を捕縛するべく、すぐに二人の仲間を呼び集め、少女を取り囲んだ。

 

(どうせビビッて動けなくなる。そしたらいつも通りふん縛って荷馬車に詰めて終わりだ)

 

 だが、目の前にいる少女は囲まれたとたんに様子がおかしくなった。うつろな目で自分たちの顔を眺め、ぶつぶつとか細い声でナニかをつぶやき始めたのだ。恐怖で壊れたのかとも思ったが、違う。この少女は普通ではない。つぶやいている言葉も聞いたことのない言語にときおり英語が混じっている不思議なものだ。こちらを見ている二つのくりくりとした目も、まるで見てはいけない穴を除いてしまったような――深い深い、真っ黒な色で染まっている。少女を観察し、考えれば考えるほど周りの気温が下がったかのような寒気に襲われた。

 この少女は危険だ。

 かかわってはいけない、そういう類の存在だ。

 だが、だからこそ、高く売れる。

 男は、それでも捕まえる道を選んだ。自分から異質に飛び込む道を選んだ。その結果、自分がどうなるかも知らずに、目先の欲に走ってしまった。

 そして、男が捕まえることを心に決めた。

だが、お前は心を読んでいたのか、そう思わせるほどのタイミングで、少女の姿が消えた。

ちょうど、「どうだっていい、捕まえよう」「捕まえるために腕を動かそう」そう頭に言い聞かせて、肩から指先まで、すべての筋肉が総動員して腕を上げようとした瞬間に、人間のものとは思えない急なターンで自分と横にいた男の間を縫うようにして、四足歩行の肉食獣を思わせる走りで少女は走り出したのだ。

 一瞬、本当に消えたかと思った。男はコンマ数秒だけ惚け、すぐさま「少女が逃げた」と認識し、少女が入っていった方向を見る前に体を動かした。

 

「まッ、て、コラッ、餓鬼ィッ!!」

 

 逃がさない。心の中にあるのは出し抜かれたことに対する怒りでも、いまだに動けないでいる後方の馬鹿どもへの呆れでも、未知の存在に対する恐怖でもない。

 知りたい。ただ単純に、あの一見ひ弱そうな少女の中にある黒くて巨大なナニカを知りたい。追いつくこと自体はできる、いくら早くても、それは「子供にしては」という限定的な速さだ。今はともかく、目の前の小さな子鬼に追いつく。

 

(あともう少しで――)

 

 手が届く――。

 伸ばして、伸ばして、指先が彼女のボロ服にかすった瞬間、また、目の前から消えた。

 

「ぐッ、おお、おぉ、おっ、おおおッッ!?!?」

 

 気付かぬうちに、自分の体勢はだいぶ前に傾いていたのだろう。獲物が消えたことと、自分でも驚くほど速く走っていたことで止まることができず、地面と数回キスをした後、坂を転がる石のように転がり続け、大きな音と骨まで響く衝撃と共に小さな納屋に突っ込み、そこでようやく体が止まった。

 

「い――ッ」

 

 声がうまく出ない。口いっぱいに血の味がする。

 しばらく動けずにいると、どたどたと騒がしく仲間の二人が走ってきた。

 

「おいおい、大丈夫かよ!?」

「急にあの餓鬼と一緒に消えるもんだかろ、一瞬どこに行ったのかって焦っちまったぜ」

 

 二人の男は暢気にも聞いてもいない言い訳をはなし始める。

 いつもならわかったわかったと聞いてやる余裕もあるのだが、今回に限って男に余裕はなった。苦痛に歪んでいた顔は見る見るうちに怒りに染まっていき、竜の咆哮とばかりに怒号を飛ばす。

 

「言い訳なら後でたっぷり聞いてやる!いいからさっさとあの餓鬼を追いかけろッ!!いいなッ!!!」

「「わ、わかった!」」

 

 捕まえなければ、なぜここまであの餓鬼に執着しているかなんて自分にもわからない。だが、今あの餓鬼を見失えば、自分は――いや、俺は変わらない。きっといまの稼業を続けてどこかでへまをして捕まって、首を落とされるだけの人生が待っている。

 そうじゃない、そうじゃないんだ。理屈もボロ靴もない、理論すら通っていない。だが、あの少女がいれば、一度でもはなせれば、何かが変わる。俺の中のナニカがそう言っている!!

 

「ぜってぇに逃がさねえぞ…!!」

 

 よろけながらも立ち上がり、おぼつかない足取りで外に出る。その眼は、今までの死んだ魚のような眼ではなく、希望をつかまんとする戦士の目に変わっていた。

 変われる。俺も、この肥溜めみたいな生活から抜け切れる。ここを出て、あの少女と話せれば――

 

『そうか。貴様が下手人だな』

「へ?」

 

 彼の決心と何かが変わるという確信は、無情にも、重々しい黒き甲冑をまとった騎士の持つ剣の一振りで、いともたやすく粉々に砕け散った。

 




お気に入りしてくださっている30数名の方、ほんとうにありごとうございます

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