片翼堕天使魔法少女マジカルミウナの受難   作:ヤシロさん

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第八話 最初の一歩

目の前に現れた武者に私も兵藤も動けずにいた。

 まるで影のように黒く染まった体。戦国時代を連想させる武者鎧。こちらに向けられた重圧すら感じさせる程の敵意に、咄嗟に私は兵藤を後ろに押しやって前に出た。

 

「止まって! 止まらないと攻撃するよ!」

「・・・・・・」

 

 返答は抜刀だった。

 体と同じく闇色の刀身が露わになるのと同時に、私の意識は日常から非日常へと切り替わる。

 

「ルビー!!」

「開幕いきなりですが多元転身!!」

 

――コンパクトフルオープン!!

――鏡界回廊最大展開!!

 

 私の掛け声にルビーの姿が魔法のステッキへと変わる。

 光が、魔力が全身へと行き渡り、カレイドの礼装をこの身に顕現させる。

 やる事はわかっている。

 だから、やった。

 

「ルビー、最大出力!」

「よっしゃー! さすがミウナさん、容赦なく開幕ぶっぱとはそこに痺れる憧れますー!」

 

 身の内から溢れ出る魔力を杖先に集中させる。

 瞬時に収束した膨大な魔力によって大気が震え、空間さえもが揺らいでいく。そんな最大にして最強の一撃を撃つのに躊躇いはなかった。

 

「ファイアー!!」

 

 思考は既に人間としての私から、堕天使のミウナへと変わっている。

 殺すつもりだった。手加減なんかしてなかった。

 だから、その結果を見てた時に、思わず絶句してしまった。

 

 特大の魔力弾が、真っ二つに切り裂かれたその光景に。

 

「「なっ!?」」

 

 こちらの出せる最大の攻撃を闇纏う刀身が切り抜けた。

 上級の人外にさえ匹敵する一撃を防がれた事に一瞬だけ思考に空白が生まれ、その間隙をついて影の武者が重厚な鎧を身に纏っているとは思えない速度で一気に距離を詰めてきた。

 

「ミウナさん、来ます!」

「っ!? ルビー、ブレード!!」

 

 咄嗟に物理強化される剣型を選択。

 杖の先端に圧縮された魔力刃を生成させ、私の体に迫る黒刀に滑り込ませた。

 ガキィンッ!!

 

「ぐぅっ、ぅぅっ!?」

 

 あまりの衝撃に膝が折れかけた。

 強い! 強いよこいつ!! 力が強い、動きが速い、何よりも一度のぶつかり合いで魔力刃にひびが入った!!

 

「ま、だぁッ!!」

 

 魔力刃から魔力を真上に向けて噴出させて黒刀を押し返す。

 ついでに空中で魔力弾を生成。撃ち込んでやれば、狙い通りに影の武者は大きく跳躍して距離を取った。

 この隙に。

 

「ミ、ミウナ!」

「兵藤下がってて! こいつ、兵藤を庇いながら戦える相手じゃない!」

「っ!?」

 

 兵藤を近くに置いていたのは失敗だった。

 どこかに逃がすなり、隠すなりするべきだった。

 反省する事はたくさんあるけど、今は兵藤をこの場から離れさせるのが先決だっ、てもう来た!!

 凄まじい速度で迫る影の武者に、今度は私も迎撃のために攻めに入る。

 

「ルビー、魔力配分、身体強化6、物理保護4!」

「近距離戦闘モード、展開!」

 

 溢れる膨大な魔力にルビーを通して指向性をもたせる。

 身体機能の強化を優先に、影武者の攻撃に耐えうる程度の防御力を。

 ルビーと出会って、実はまだ三ヶ月も経っていない。だけど、その僅かな期間にでどうにかして二人で編み出した近距離特化の戦法だ。

 魔力刃を煌めかせ、再び正面から打ち合う。

 

「ぐっ、りゃあ!」

「!」

 

 上段から迫る黒刀を受け止め、かち上げ、返す刀で斬りかかる。

 反撃が意外だったのだろう。驚いた気配を見せる影の武者だったが、その態度とは裏腹に私の繰り出した一撃を僅か半歩後退しただけで避けてみせた。

 続けて、再び攻守が入れ替わる。

 

 ガキィンッ!

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 

「うっ、うっ、ぐぅぅっ、こいつ・・・・・・ッ!?」

「ミウナさん、気を付けてください! 戦法を変えてきました!」

 

 幾重にも縦横無尽に走る剣戟。

 一撃一撃は先ほどの力任せの一撃に比べて軽いが、その代わりに手数と速度を合わせた連撃剣に防戦に徹するしかない。

 幸いにも刀の軌跡は強化した視力で追えている。点ではなく面で、俯瞰した相手の挙動の中で起こる初動さえ見えれば、黒刀の一撃をいなす事は出来ない訳じゃない。でも。

 

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ! ガキィンッ!

 

 反撃、出来ない!!

 剣線は見える。対応は間に合っている。だけど、攻撃に移れないなら勝てない!

 先ほど見たく魔術弾の生成したいけど、一秒間に訪れる無数の連撃がその隙を与えない。

 黒刀と魔力刃がぶつかる度に、魔力刃が削れていく。その都度ルビーが再生と強化を施してくれているけど、相手の刀が傷んだ様子は一切ない。

 身体強化を優先させているおかげで影の武者に食らいついていけるけど、私の体力も集中力も無限じゃない。そう遠くない内に尽きる。

 まずい。まずいまずいまずい!

 私、詰んでる!?

 

「ミウナぁぁぁぁぁっ!!」

 

「「!」」

 

 叫び声と同時に、影の武者の背後に兵藤が飛び出した。

 あのバカ! 逃げろって言ったのに!?

 文句を言いたかったがその前に兵藤が影の武者に向かって何かを投げた。真っ直ぐ、一直線に向かうそれは、しかし、当たり前のように影の武者へとたどり着く前に空中で切り裂かれた。

 

 瞬間。

 

 飛来物が、爆散した。

 

 刃が切り裂いた隙間から、内包されていた圧力と共に外に押し出されその液体は、飛沫を上げながら迎撃した影の武者へと降り注ぐ。

 その時になってようやく飛来物の正体が見えた。

 あれは、コーラの缶!?

 兵藤が何を考えて何をしたのかを理解するよりも先に体が動く。

 

「ルビー!!!!!」

「全力全開ですねいきますよー!!!!!」

 

 バカみたいな手札だ。

 思いついてもやろうとは思わない一撃だ。

 だけど、兵藤の一撃は確かに影の武者の剣戟を鈍らせた。

 

 この一撃だけは、絶対に決めてみせる!!

 

「はあああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」

 

 全力で振り抜いた魔力刃を影の武者は受けてみせた。

 だけど、そこまで。ここからが、本番、なんだから!!

 体内から爆発の如く魔力が吹き出す。前へ前へと、相手を圧し潰すために突き進む。

 やっている事は単純だ。魔力放出による威力の増大。だけど、単純だからこそ、膨大な魔力を用いたこの一撃は強い。

 ロケットの噴射にも劣らぬ促進力を加え、ついに魔力刃は黒刀を押し退けて影の武者の鎧へと喰い込んだ。

 

「シュートォォォォォォォォ!!!!!」

 

 地面から足を離した影の武者が、切り離された魔力刃に押されて吹っ飛んでいく。

 後ろにいた兵藤を飛び越え、背後の噴水すらも打ち砕いてその身を激突させた。

 轟音が聞こえる。と同時に駆ける。

 さらなる一撃を。止めの一撃を与える為に。

 

「――魔力、解放(トレース・オン)

 

――消費魔力、全力抽出

 

 詠唱を合図に、魔力が吹き出す。

 

――基本形状、構成

 

 思い描くは巨大な斧。人の身では扱えない埒外の武器。

 

――魔力密度、補強

 

 杖から大戦斧へと、姿を変えたルビーを手に空中へと飛び上がる。

 

――基本形状、固定

 

 一撃必殺の名を冠する武具を、大きく振りかぶって!

 

――全行程、完了(トレース・オフ)

 

 

「受けてみて。これが私の、とっておき・・・・・・なんだから!!!!!!」

 

 空に轟音。地に激震。

 眼前の敵を打ち倒すために作り上げた、今の私が放てる最強の技。

 その一撃の前に、影の武者はゆっくりと黒刀を鞘に納め、カチリと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鯉口を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「    る、   びぃ       」

 

 世界が回る。

 くるくると。

 何が起こったんだろう?

 なんでこうなったんだろう?

 なんで、私が斬られてるんだろう?

 

 全身を叩く衝撃に、ようやく私は自分が地面に叩きつけられたのだと認識した。

 最高の一撃だったのに。

 これ以上ないチャンスだったのにな。

 ダメだな、私。やっぱり、弱いや。

 

「・・・・・・こふっ」

 

 口から血を吐く。

 密かに気に入っていた可愛いカレイドの魔法少女衣装が赤い染みで汚れていく。

 

「ミウナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

 兵藤の叫び声を聞きながら、私の意識は暗闇へと落ちていく。

 

 私たちを襲った激動の一歩目。

 最初の激戦は、私の敗北から始まったんだ。

 


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