片翼堕天使魔法少女マジカルミウナの受難   作:ヤシロさん

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この物語は不定期更新です。
作者が仕事で暇になった時、イベントがない時、ふとやる気を起こした時に書いてるのですいません遅くなりました。


第七話 フィクションじゃないって、つらい・・・

 夢の中で、お姉ちゃんが言った。

 

「旅に出ようかと思う」

「・・・・・・は?」

 

 前触れもなく、思ったら吉日を地でいくのが私のお姉ちゃんだ。

 いつもの事だから、私もいつも通りに言葉で返す。

 

「そうなんだ、いってらっしゃい。帰りはいつ頃になりそう?」

「その事なんだが、もうこの家には帰らないつもりだ」

「そっか。もう帰らな・・・・・・えぇ?」

 

 だけど、あの日、一か月くらい前は本当にいきなりだった。

 いつも通りに朝起きたら朝食を作って、資料やら研究材料に埋もれたお姉ちゃんを掘り起こして、二人一緒にご飯を食べて。

 私にとって何の変哲もない当たり前の日常の始まり。・・・・・・のはずだったんだけど。

 

「そういうことだから、ミウナも支度して。もう荷物はまとめてあるから」

「どういうこと!? っていうか、いつの間に用意したの!?」

「さて、では出発だ!」

「待って! 一回でいいから本当に待ってよ!?」

 

 驚く私を無視して、場面は変わって森の中。

 年季の入った大樹の前で、私とお姉ちゃんは互いに向き合っている。

 見覚えのある光景だ。急に家を出る事になって混乱しつつも、お姉ちゃんの後についていった先にあった分かれ道に生えてた大樹。

 木漏れ日の零れる枝葉を見上げていたお姉ちゃんは、考えの読めない曖昧な表情で私に告げた。

 

「ここでお別れだ。いきなりですまないが、ここからは別行動にしようと思う。頑張って生きてくれ」

「うん、知ってた。お姉ちゃんって無責任だよね」

 

 一言一句、記憶通りの台詞に文句が出る。

 説明とか一切ないんだもん。そのくせ、本人はこれで全部伝えた気になっているから手に負えない。これだから残念美人って言われるんだよ!

 

「ミウナ、これを」

 

 そう言って差し出されたのは、ファンシーなラッピングのされた紙箱。

 

「私の代わりにきっとミウナの事を守ってくれるはずだ・・・・・・たぶん」

「今思ったんだけどさ、そのたぶんって八割がた信じてなかった的なたぶんだったよね?」

 

 だって今苦労してるし。

 絶対確信犯だと思う。なんなら旅に出る前に面倒な物の処分を押し付けただけなんじゃないかって疑っている。

 渡された当時は唐突な家族との別れで思考停止してて、箱の中身を確認しようと思うまで二日くらい掛ったんだけど、どうせ夢なんだし、今開けてもいいよね?

 

 ・・・・・・。

 

「えいっ」

 

 ミウナ は 紙箱 を 捨てた。

 野生 の ルビー が 現れた。

 

「なんで捨てるんですかァーッ!?」

「いや、だって・・・・・・面倒くさいんだもん」

「面倒とはなんですか!? 可愛くいっても誤魔化されませんよ! そしてミウナさん、唐突ですがあなたは魔法少女候補に選ばれました! さあ、わたしを手にとってください! 二人で一緒に力を合わせて、原作介入といきましょう!」

「嫌だよ!? どっちも拒否します!」

「ところがぎっちょん。もうミウナさんに拒否権はありません! 強制多元転身!」

「ああ!?」

 

 夢の中だけどまだルビーと契約してなかったのに! 理不尽すぎるよ!

 魔法少女になる運命を回避できなかった事に軽く絶望していると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、どこか見覚えのある少年が笑いかけてくる。

 

「俺の名前は兵藤一誠。ミウナ、突然で悪いんだけど強敵が現れたんだ! 手伝ってくれ!」

「本当に突然だね!? ・・・・・・って敵?」

 

 兵藤の指差す方へと視線を向けると――。

 

「・・・・・・誰?」

 

 赤い服を着た、黒髪をツインテールに結んでいる女性がそこにいた。

 顔は何故か被っている般若のお面のせいで見えないけど、らんらんと赤く光る双眸が極めて危険な人だと私に教えてくれる。

 そんな赤い般若が叫ぶ。

 

「DoooOooo――! Reeeee――!!」

「おのれ出ましたね年増ツインテール! 本編最後の出番だからと目立とうなんて百年早いです! ミウナさん、やっちゃってください!」

「待ってルビー! 私まだついていけてない!!」

「よっしゃァ! 俺も手を貸すぜ! いくぞドライグ!!」

『Boost!!』

 

 無視しないでよ! あと兵藤は神器出すなって言ったじゃん!!

 って、文句言っている間に赤い般若が迫ってきた! 

 

「もう! ちょっとでいいから、みんな待ってよォォォォッ!!?」

 

 そこで目が覚めた。

 割と最悪の目覚めでした。

 

―〇●〇―

 

 なんか、嫌な夢を見てた気がする。

 内容を思い出そうとするんだけど、全然思い出せない。

 強いて言うなら、夢で良かったという安堵と出番お疲れ様でしたという感想くらいだ。

 それよりも――、

 

「・・・・・・ここ、どこ?」

 

 狭くて薄暗い。うっすらと見える天井も私の身長で立てるかどうかという高さしかない。部屋というよりも箱の中と言った方がしっくりとくる。

 なんでこんな場所で寝てるんだっけ?

 寝起きのぼんやりとした頭で考えていると、部屋の外から声が聞こえた。

 

「――、―――。」

「―――。――――。」

 

 この声は、ルビー?

 視線を巡らすと、部屋の片隅から光が漏れている事に気づいた。

 ここが出口なのかなって、壁の隙間に指を差し込む。

 ゆっくりと横へ力を込めると、思いのほか簡単に壁が動いた。壁というか、スライド式のドアみたい。

 これで外に出られると、軽い気持ちで一歩踏み出す。

 その先には床がなかった。

 

「ふぁ? ――ひぃあぶっ!?」

 

 い、痛い! 顔から落ちたんだけど、なにこれトラップ!? 

 ぶつけた鼻を押さえて振り返れば、襖の開いた押し入れがあった。

 たぶん、今まで上の段で寝てたんだろうけど・・・・・・なんでだっけ?

 不思議に思って見渡せば、自分がいるのが見慣れぬ景色が飛び込んでくる。

 床に広がった雑誌にゲーム機。ベッドの上でくしゃくしゃになった掛布団。参考書よりも漫画が九割を占める本棚。散らかっている訳じゃないけど、適度に生活臭のある小汚い部屋から連想できるのは、前世の兄の部屋。つまりは、男の子の部屋だ。

 その部屋の中心に、兵藤とルビーがいた。

 

「ミ、ミウナ・・・・・・?」

「おやー、派手な登場ですね」

「・・・・・・あー」

 

 そこでようやく寝惚けていた頭が働きだしたのか、昨日の記憶が蘇る。

 

 ・・・・・・確か、兵藤の部屋に上がり込んだんだっけ。

 

 原作開始前に兵藤が、私のせいで殲滅具なんて物騒な神器を覚醒させてしまった。

 このまま兵藤を放置したら和平がピンチ! ということで、 原作が始まるまでの二年間を他の勢力から兵藤を隠し通す為に神器の封印をしたんだけど、その効果はたったの一日しかない。

 仕方なく、一日毎事に封印処置を行うために兵藤のそばにいる事にしたんだった。

 だけど、この話がまとまったのが昨日の夜。

 さすがにこんな遅い時間に兵藤家に堂々とお邪魔するのはどうかと思ったから、兵藤の手引きで彼の両親には内緒で部屋へと侵入させてもらったのだ。

 問題だったのは、私の寝る場所。

 兵藤はベッドを使ってもいいって言ってくれたんだけど、出会って間もない男の子が使ってるベッドに入るとか、ちょっと抵抗があったから遠慮させてもらった。

 かといって、空き部屋はあるけど物置になっているから今は使えないとのこと。

 なんなら床で寝ても良かったんだけど、それは兵藤が頑として許さなかった。

 

「やっぱりベッドで」

「いやいや」

 

 みたいな感じに話が平行線になってきたところで、私の疲労がピークに達した。

 前世を含めた初めての放浪生活に、兵藤との邂逅。はぐれ悪魔との戦闘にその後のやりとりと、肉体的にも精神的にも限界を超えていたらしく、眠気で思考が鈍ってきた所で目に付いたのが、この押し入れだ。

 幸いにも上の段にはあまり物が入ってなくて、ちょっと退ければ私の体がいい感じに収まるくらいの広さになるって事で、最終的に兵藤を押し切る形で押し入れで寝る事にしたんだっけ。

 うん、しっかり思い出した。

 

「えーと、おはようございます」

「はい、おはようございます。今日もいい天気ですよー」

「お、おお、おおおはよう・・・・・・っ!」

 

 お互いに挨拶を交わす。

 朝の挨拶は大事だよね。ついでに何事もなかったかのようにしたかったけど、さすがに無理があったみたい。

 ううぅ、いきなりかっこ悪いところ見られちゃった。

 寝惚けてたとはいえ、寝床から落ちて顔面強打とか間抜けすぎる。

 

「か、顔、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。私ってほら、頑丈だから」

「それならよかった! うん、よかったよかった! ・・・・・・うへぇへへ」

 

 なんだろう? 兵藤から邪な波動を感じる。

 さっきから視線が泳いでいるかと思えば、じっと私の事を見てるし。

 そういえば顔も少し赤い気がする。熱でもあるのだろうか?

 

「どうしたの? 顔が赤いけど、熱でも出た?」

「い、いいや! そういう訳jじゃないんだけど・・・・・・!」

「そう? でも、やっぱり赤いような・・・・・・あ! もしかして、昨日の薬の副作用が出たとか!?」

 

 慌てて兵藤に近づき彼の額に手を当てる。 

 続いて首筋へと手を這わせて脈を測る。

 う~ん、ちょっと熱っぽくて早い? ああダメだ。医療関係は専門じゃないから、はっきりしない。

 

「だ、大丈夫だ! 本当に大丈夫だか、らァッ!?」

「ちょっ、声が裏返ったよ!? どうしたの? 何かあるんだったら隠さずに教えてくれないと困るんだけど!」

「ちょっ、ほんとに何ともないから! す、少し離れでぶぅッ!?」

「きゃー!?」

 

 唐突に兵藤の鼻から、血が噴き出した。

 割と結構な量が出てるんだけど何が起こってるの? 本当に薬の副作用なんかじゃないよね!?

 こ、こういう時は後頭部を叩けばいいんだっけ? その前に鎮静剤を打てばいいの!?

 

「落ち着いてください、ミウナさん」

「ル、ルビーッ! な、なんか兵藤が鼻血出したんだけど、どうしたらいい!? やっぱり薬のせい!?」

「あの薬にそのような副作用はないですよ。イッセーさんの体調にも異常はありません。そうですねー、とりあえず一度、ご自分の姿を見下ろしてみてはいかがですか?」

「?」

 

 言われた通りに自分の姿を見る。

 薄着のキャミソールにピンクの刺繍が入ったパンツ。

 別になんてことない、普通の下着姿だ。・・・・・・下着、姿?

 

「・・・・・・あ」

 

 赤い顔。鼻血。邪な波動。

 なるほど。そういうことかー。

 

「やはり気が付いてませんでしたかー。昨日、寝る前に寝間着に着替えようとしてたようですが、途中で力尽きて寝てしまったんですよ」

「・・・・・・あ、・・・・・・ああ」

「おや、フリーズしてますね。ではイッセーさん、ラブコメ漫画のようなラッキースケベに遭遇した感想を一言でお願いします!」

「え!? えーと、その、あれだ・・・・・・」

 

 目が合う。

 

「俺、巨乳派だけど無くても全然イケるぜ!!」

「ホびゃああああああ――ッ!!!?」

「ひでぶっ!?」

「おや、見事な乙女のスクリーム☆ブロー」

 

 慌てて両手で体を隠す。

 もう手遅れだけど、それでも言いたい。

 

「バカァッ! バカバカ兵藤のエッチ!! なんで言ってくれないの!?」

「わ、悪い! つい見惚れててっじゃなくて! 言う機会がなかっただけで!」

「その割にはしっかりとミウナさんの体を舐め回すように見てましたね」

「そんな事してねぇっ!? ただ、ちょっと目に焼き付けてただけだ!」

「同じ意味だからねっ、それ! って、だからこっち見ないでってば――痛っ!?」

 

 なんか踏んだ! 角のあるやつ!

 ダメだ踏ん張れない。体が倒れる!

 

 ドシンッ!

 

「・・・・・・~~っ!!!??」

 

 あ、頭打ったぁ! しかも後頭部。めちゃくちゃ痛いよぉぉぉぉ!!

 

「だ、大丈夫かミウナ!? すげえ音がしたぞ!!」

「~~っ、い、いいから、こっち見ないでっ!?」

 

 最悪! 朝から最悪だよ!

 ゴロゴロと床を転げ回る私。おろおろする兵藤。

 混迷を極める私達に更なる追い打ちがかかる。

 

「イッセー! 何を朝から騒いでるの! ご近所迷惑でしょう!」

「げぇっ! 母さん!?」

 

 何か声が聞こえた気がするけど、頭の痛みと羞恥心でそれどころではない。 

 

「まあまあ、母さん。イッセーのやつ、きっと寝惚けて転んだだけだろう」

「お父さん、きっと違うわ。だって女の子の声まで聞こえたんですもの。またエッチなビデオを見てるに違いないわ。もう! イッセーはもう受験生なのよ! なのにまだ遊んでばかりなんて困るわ! ちょっと注意してくる!」

 

 と、とりあえず着替えたい。っていうか、さっきから知らない声が二人分聞こえる。

 下からだから、兵藤のご両親なのかな?

 階段から上がってくる足音が聞こえてくるけど、もしかしてこっちに来る?

 ちょっ、それはまずい! 今はまずいよ!

 私下着姿のままだし、挨拶もまだ考えてない!

 

「待ってくれ! 俺なら起きてるから! 今から下行くから!」

「もう! 今度という今度は許さないわよ! 言い訳は聞きません!」

 

 なんかすごく怒ってる!

 やばい! 今の状態を見せたら収拾がつかなくなる!

 兵藤も同じ考えなのか、顔を青くしてこちらに駆け寄ってきて。

 

「み、ミウナ! 隠れてくれ! とりあえず母さんに見つからないよう――痛っ!?」

 

 今度は兵藤が、床に落ちてた雑誌に足を滑らせた。

 バランスを崩して、勢いのままに私へ向かって倒れてくる!

 

「う、わ・・・・・・ッ!?」

「ちょ・・・・・・ッ!?」 

 

 ドシンッ!!

 

 ガチャ!

 

 潰される私。勢いよく開かれた部屋のドア。

 部屋の中へと踏み込んできた女性、たぶん兵藤のお母さんは怒り心頭といったご様子だ。

 正直、ちょっと怖い。

 兵藤のお母さんは部屋の中を見渡して、兵藤へと、そして私へと視線を移す。

 

 空気が、死んだ。

 

 自分の息子が、部屋の中で下着姿の少女を押し倒してるのを見るのってどんな気分なんだろう? なんて現実逃避してしまう。

 お互いに凍り付いたように動けない中で、ふと兵藤のお母さんと目が合った。

 

「お、おはようございます・・・・・・」

 

 咄嗟に挨拶だけ出た私を褒めてほしい。

 兵藤のお母さんの視線が私と兵藤を行ったり来たりする。

 

「・・・・・・アマリ、サワイジャ、ダメヨ」

 

 びっくりするくらい機械的な声でそう言うと、兵藤のお母さんが部屋のドアを閉めた。

一拍あけて、ドタバタと階段を駆け下りる音と共に、兵藤のお母さんの悲鳴が家中に響いた。

 

「お、お、お、お、おおおお! お父さんっ!」

「どうした母さん? やっぱりイッセーはエッチなビデオを見てたのか?」

「ロロロロロロロロ、ロリコンッッッ! イッセーがぁぁぁぁぁ! 小さな子をぉぉぉぉぉ!」

「か、母さん!? どうしたんだ母さん!?」

「児童ポルノォォォォォ! イッセーがぁぁぁぁぁ!!」

「母さん!? 落ち着いて母さん!? 母さぁぁぁぁぁん!!」

 

 両手で顔を隠すイッセーを見ながら思う。

 そういえば、原作にもこんな場面があったなって。

 

「朝から元気なご家族ですねー」

「や、やべぇ・・・・・・変な勘違いされてる」

 

 能天気なルビーとこれからの事を考えて真っ青な顔で戦慄する兵藤の声を聞きながら、痛む頭で一つの答えに辿り着く。

 一先ず分かるのは、これはもうどうにもならないかなって事くらいだ。

 

―〇●〇―

 

 どうにかなっちゃったよ・・・・・・。

 

 場所は兵藤家のリビング。

 私を含めた四人分の朝食が置かれたテーブルを囲んで、私の隣に兵藤。その対面に兵藤夫妻が座る陣形を取っている。

 

「さあさあ、たくさん食べてもいいのよ。これから一緒に住むのだから、遠慮はいらないわ」

「母さんの言う通りだ。ここを自分の家だと思っていいからね」

「あ、はい。 ・・・・・・いただきます」

 

 ニコニコと微笑む兵藤の両親に言われるままに、味噌汁をすする。

 少し塩味の効いた濃い味付けとほのかに漂うカツオの風味が、きっと兵藤家の味というやつなんだろう。

 ほかほかのご飯も美味しい。おかずの卵焼きも焼き加減が最高だ。

 長年お姉ちゃんの代わりに家事をしてきた事もあって、この朝食の良さというものが身に染みて分かる。

 

「いやー、こうしてるとなんだか本当に娘が出来たみたいだ。そう思わないか、母さん?」

「本当にね。嬉しくなっちゃうわ。どうかしらミウナちゃん。お口に合うかしら?」

「あ、はい。美味しいです」

 

 初対面の大人の人に向けられる親愛の感情が、今はひたすら痛い。胸に刺さる。

 妙な冷や汗をかきながら喉を通らないご飯を味噌汁で胃袋へと流し込む。

 兵藤もきっと、私と同じような状態だ。

 そんな私達を他所に兵藤の両親は仲睦まじい会話を続けていた。

 

「そう、良かった。急な話だったから、ちゃんとしたおもてなしも出来なくてごめんなさいね」

「ははは。母さんもドジだな。親戚の子を預かる日を忘れてたなんて」

「もう! それはお父さんもでしょう! まさか電車が遅れたせいで到着が夜中になるなんて・・・・・・。イッセーが起きててくれてよかったわ。ありがとうね、イッセー」

「お、おう・・・・・・」

 

 急に話を振られて、兵藤が戸惑いながらも首肯する。

 困るよね。身に覚えのない話をされても。

 私は兵藤家の親戚の子。訳あって今日から兵藤家に居候になります! ということになった。

 

「な、なあ、ミウナ。あれ、大丈夫なんだよな? 本当に二人とも無事なんだよな?」

「たぶん、大丈夫だと思う。・・・・・・たぶん」

 

 自信ない回答をしつつ、二人揃って兵藤夫妻を見る。

 

「? どうかしたかい、二人とも?」

「私達の顔に何かついてるのかしら?」

 

 はい、ついてます。

 正確には顔じゃなくて、頭になんですけど。

 あなた方二人の脳天に、極太注射器が刺さってます。なんて言えるはずない。

 

 これも全部ルビーが悪い。

 私の下着姿のままで兵藤に押し倒されるというあられもない通報ものの姿を見られ、急遽開催された兵藤家主催の家族会議。

 親に内緒で女の子を連れ込み、いかがわしい行為をしてたなどという罪状を突き付けられた兵藤は言い訳すら許してもらえず、私も初対面の大人を前にコミュ損を発動。

 時間経過と共に重くなっていく空気。すすり泣く兵藤母に、何かを諦めた表情を浮かべる兵藤父。

 あーもうこれ無理なんじゃないかなーと諦めかけたその時、やらかしてくれたのがルビーだった。

 きっと、本人は手っ取り早く状況打開をするために手を貸してくれたんだろうけど・・・・・・、極太注射器はないよ!

 しかも、目の前で二人の脳天に突き刺すものだから、トラウマものの酷い光景に兵藤と二人揃って絶叫をあげてしまった。

 ルビー曰く、ただの催眠剤だから問題ないって言ってたけどそういう問題じゃない。

 

「んも~、信用ないですねー。これからミウナさんがお世話になる方々を傷つけるような真似はしませんよ」

「いや、でもっ。どうみても注射器が頭に刺さってるんだけど!? 本当に大丈夫なのか!?」

「あの注射器はイッセーさんに使った物と同じ物です。ほら、イッセーさんだってお注射しましたけど痛みも跡もなかったでしょう?」

「そうだけど! 見た目がやばいっ!」

「ごめんね、兵藤。最悪、何かあっても私がなんとかするから・・・・・・。ちゃんと元通りにするから・・・・・・っ!」

 

 二人に催眠を施すのは予定通りのはずなのに、なんでルビーが関わるだけで混沌と化すのか。

 ルビーを見ても騒がないのは催眠がばっちり聞いている証拠なんだろうけど、もしこれで兵藤夫妻に何かあったらルビーを殺して私は逃げよう。

 そんな決意を胸に秘めていると、兵藤のお父さんが提案してきた。

 

「ああ、そうだ。午前中の内に空き部屋を掃除しておくから、その間にミウナさんは買い物にでも行って来たらどうかな?」

「買い物、ですか?」

「俺には分からないが、最近の若い女の子はいろいろと必要なものが多いんだろう? 引っ越してきたばかりで何もないんだ。後でお小遣いを上げるから、好きな物を買ってきなさい」

「い、いえ、お小遣いとか、大丈夫です! ちゃんとお金も持ってるんでお気遣いなく・・・・・・」

 

 今まで放浪生活だったから、拠点を構えようと思うと確かに足りない物が多い。

 だけど、ただでさえ迷惑をかけるのにお金まで受け取れないよ!

 何とか穏便に辞退しようと思ったが、兵藤のお父さんは頑なに譲らない。

 

「まあまあ、遠慮しないで。イッセー、どうせ暇だろう? ミウナさんに街を案内してあげなさい」

「女の子一人だと不安だものね、ちょうどいいわ。イッセー、ちゃんと荷物持ちをしてあげるのよ」

「まあ、暇っちゃ暇だし。よし、任せろ!」

 

 両親からの話に、快く了承する兵藤。

 あっという間に逃げ道を塞がれる連携は、家族の絆というものなのか。

 もはや拒否する雰囲気でもなくなってしまったから黙って頷いておく。お金はこの際仕方ないから受け取っておくとして、あとで全額返金できるようにレシートは取っておこうと心に刻む。

 小心者の私にはここら辺が妥協点だ。

 

「それじゃあ、お願いしてもいい?」

「ああ、任せとけ!」

 

 元気に返事と共に、今日一日の予定が決まる。

 何を買おうかなんてちょっとだけ楽しみになりながら、この後どうやってあの二人から注射器を回収しようかと頭を悩ませるのだった。

 

―〇●〇―

 

 兵藤に案内されて連れて来られたのは、駒王町の都市部にある大きなショッピングモール。

 日用品や食品から、ゲームや漫画などの娯楽品まで大抵の物がここで買えるらしい。

 まだ出来て間もないらしく、真新しい綺麗な店が立ち並ぶモール内には、連休中ともあって満員電車の如く、多くの人で賑わっていた。

 

 フロア事に分かれた案内板を難しい顔で眺めていた兵藤が、振り返って訪ねてくる。

 

「ミウナは何を買うつもりなんだ?」

「とりあえず食器かな? あとは手鏡とか裁縫道具とか。あったら欲しいかも」

「となると、まずは三階か」

 

 先導する兵藤からはぐれないように、気を付けないと。

 人だかりが多いから、見失わないようにするのが大変だ。

 

「は、はぐれないように手でも繋ぐか?」

「別に大丈夫だよ。お店の場所は調べたんだし、はぐれたら各自別行動でいいと思うけど?」

「いやいや、ダメだろ! それだと一緒に来た意味ないじゃん!」

 

 人の流れに沿って、エスカレーターに乗る。

 道幅が狭くなるから余計に人口密度が増したせいで、少し人酔いしそう。

 

「なら、お互いに気を付けないとね。もしはぐれたら迷子の呼び出ししてあげるから、安心していいよ」

「何も安心できねえな、それ。この年で迷子の呼び出しとか、勘弁だわ」

 

 三階にまで来れば、人混みもいくらか分散してきて一息つけた。

 目的の雑貨屋はフロアの端にあるから、そこまではウィンドウショッピングを楽しもう。

 前世にあった靴や服などのデザインの違いを見比べながら、一つずつお店の中を覗いていく。

 

「こっちのはけっこう可愛い服多いんだよね。やっぱりオタクジャンルだから、そっち側に影響が出てるのかな?」

「何の話だ・・・・・・って、高っ!? なんでこんな値段するんだよ。桁間違えてるだろ!」

「女の子の服って高いんだよ。上も下も一式揃えようと思ったらこのくらい普通だって」

「マジか・・・・・・。俺の服が五着くらい買えるぞ」

 

 ああ、ユニ〇ロね。

 私も前世ではお世話になったよ。

 外行き用の服とかでお金を使う分、部屋着は安く済ませたかったんだよね。

 おかげでアニメグッズか服かで、いつも頭を悩ませてた。

 

「よし、もういいかな。ごめんね、足止めて」

「え? 買っていかないのか?」

「今日は日用品を買いに来ただけだし。今後の事を考えると、お金はあんまり使いたくないんだ」

「父さんから軍資金貰ったから、大丈夫だぞ? たぶん母さんも服買うくらいなら許してくれるって」

「・・・・・・・・・・・・嬉しいけど、それに甘えると際限なくなりそうだから、やめときます」

「すげえ葛藤だったな」

 

 結局、兵藤夫妻には強引に資金を持たされてしまった。

 仕方ないから使うんだけど、あとで返すためにもなるべく安い物で済ませて、無駄遣いだけはしたくない。

 服とか上下揃えて買ったら万単位でお金が飛んで行っちゃうから、ここはぐっと堪えて自分の欲望を制御する。

 

「別に気にしなくてもいいんだぞ?」

「気にするとかいう事じゃなくて、こういうのはモラルの問題なの。・・・・・・ただでさえ洗脳なんて使って後ろめたいのに、これ以上やらかしたら私の胃に穴が開くよ」

「いや、でもさぁ、服は買っといた方がいいんじゃないか?」

「だ、大丈夫だよ。着替えとかはちゃんとあるし・・・・・・」

「その着る服が大丈夫じゃない件について」

「・・・・・・うぐぅ」

「似合ってるとは思ってるけど、ここで巫女服はさすがに悪目立ちしてると思うぞ?」

 

 鋭い指摘に言葉が詰まる。

 今の私が着ているのは汚れのない白衣に緋色の袴と、多くの人間が想像する通りの巫女装束。

 言っておくけど、別に私が着たくて着てるわけじゃないんだよ。

 兵藤の家にお世話になる事が正式に決まってから幾分か溜まっていた洗い物を洗濯に出したら、まともなのがこれしか残ってなかったのだ。

 うぅ・・・・・・一回でいいから、旅立つ前にバッグの中身を確認しとくべきだったよ。

 あの普段からズボラなお姉ちゃんが用意したって時点で、ちょっとは疑いを持つべきだったんだ。おかげで鞄の中にある私の着替えは個性的な服ばかり。悪く言えばオタク系のコスプレ服ばっかり。

 バニースーツとかナース服とかスク水とか、お姉ちゃんは趣味に走り過ぎだと思う。

 

「服は・・・・・・もうちょっと安い所があったらにしとく」

「まあ、ミウナがそれでいいならいいんだけどさ」

 

 ・・・・・・ユ〇クロとかあったらそこで調達しよう。

 そう心に決めて、未練を振り払いながら次のお店へ。

 何度も立ち止まったり歩いたりを繰り返し、一時間くらい経った頃にようやく雑貨屋へと辿り着いた。

 女の子と買い物をした経験がないという兵藤は、この時点で少し疲れ気味の様子だったが、目的地に着くなり気合を入れるように声を張り上げた。

 

「よっしゃ! まずは食器だったよな。あとは裁縫道具と手鏡!」

「それと絆創膏とティッシュと日焼け止めとシャンプーと目薬と胃腸薬と髪留めと・・・・・・」

「多くね!?」

 

 女の子には必要なものが多いんだよ。お父さんも言ってたでしょ?

 驚く兵藤から視線を外して、雑貨屋の端から順に物を手に取って観ていく。

 色とか柄も大事だし、なによりも値段! 必要以上に高いのは買わないって決めてるから、なるべく厳選していきたい。

 いくつか見繕って選びながらぬーんと頭を悩ませていると、さっそく飽きたのか、兵藤が呆れたように話しかけてきた。

 

「なあ、そんなに悩む事か? 絆創膏ってみんな一緒じゃないのか?」

「えー、全然違うよ。ほら、こっちはピンクのハート柄だし、こっちは肉球のマークがついてるでしょ?」

「・・・・・・どうせ張るんだから、変わらないだろ?」

「え? 使わないよ? こういう可愛い柄の絆創膏を持ってると、友達と交換できるし、話のネタにもなるんだ」

「友達?」

「ごめん。それ痛い所だから、これ以上話広げないで」

 

 おっと、心は硝子だよ。ぼっちにその話題はきつい。

 い、一応前世には友達がいたんだよ。これはその時の癖みたいなものだから! 本当だよ! 決してエア友達とか痛いことしてないからね!?

 ・・・・・・誰に言い訳してるんだろう、私。

 なんか無駄にダメージを負っちゃったし、早いとこ必要な物を揃えちゃおっと。

 あっ、この黒猫の絵が描いてマグカップとかいいかも。デフォルメされた黒猫が可愛いくていい感じだ。よし、コップはこれにしよう。

 そう考えて、手を伸ばし、

 

「「ん?」」

 

 二つの手が重なった。

 マグカップを持つ私の手の上に、小さな手が一つ。

 視線を横に向ければ、私と同じようにマグカップへと手を伸ばしている女の子と目が合った。

 初めに目に入ったのは銀色の髪。そして、人形のように整った顔立ち。私よりも一回り小柄で、小学生くらいに見える。

 美少女だ! という感想が浮かぶと同時に、息のかかりそうな近さにドキーンッと心臓が跳ね上がった。

 

「わっ、ご、ごめんなさい! って、あっ!?」

「っ!」

 

 驚いて手を滑らせてしまった。まずいと思うけど、時既に遅し。

 予想外の事に動揺して硬直してしまった私の前で、マグカップは重力に従って落ちていく、と思われた先で横から伸びた手が受け止めた。

 

「・・・・・・セーフ」

「お、おお! ナイスキャッチ!」

 

 素早い動きで見事にマグカップを救ってみせた女の子と一緒に胸を撫でおろす。

 あ、危なかった! また変なところでトラブルを起こしちゃうところだったよ!

 昨日に引き続いて今日までとかさすがに勘弁してほしい。いい加減ストレスで羽が抜け落ちそうって、そんなこと考える前にお礼しなきゃ。

 

「ありがとうございます。助かりました!」

「いえ、私にも原因があったので。・・・・・・それより、これ」

 

 そう言って女の子が私にマグカップを差し出してくるけど、さすがに気が引ける。だって、同じ物に手を伸ばしてたって事は、この子もこのマグカップを欲しがってたって事だよね。助けてもらった手前、このまま受け取るのも気が引ける。

 

「わ、私はいいよ。あなたが持ってって」

「・・・・・・、・・・・・・いえ、そっちが先でしたから」

「本当に大丈夫だから! えーと、私はえーと、あっ、これにするよ! この白猫の絵が描いてあるの。可愛い!」

「・・・・・・そうですか」

 

 誤魔化すために勢いに任せて選んだマグカップを見せると、女の子も納得してくれたようだ。よかったよかった。

 別に絵柄に拘っている訳じゃないし、白猫のマグカップが可愛いと思ったのも本当だ。ならこれ以上揉める必要もなし。

 お互いに良い買い物できたねなんて思っていると、女の子が不思議そうな目を私に向けていた。

 

「あの、神社の関係者の人ですか?」

「え?」

「・・・・・・その服」

「はっ!」

 

 あっ、そっか。気になるよね! 変だよね、デパートに巫女さんって!

 やっぱり普段着ぐらいは一着は持ってた方がいいのかな? ちょっと高くつくけど後々の事を考えたら必要かも。って、それよりも先に誤魔化さないと!

 

「この服は違うよ? ぜんぜん神社とは関係なくて・・・・・・!」

「・・・・・・そうなんですか?」

「あっ、だからって別に私が好き好んで着てるとかじゃなくて、むしろお姉ちゃんの趣味と言いますかこれ以外に着る服がなかったという悲しい状況だったんです!」

「・・・・・・なんか、ごめんなさい」

 

 謝られた! どちくしょう、絶対今日服買って帰るもん! お金の事は明日の私が考えるよきっと!

 

「うぅ・・・・・・もうお家変えるぅ」

「えっと、気を付けて」

 

 まさか買い物に来ただけで心身共にダメージを負うとは。ほとんど自爆だった気もするけど。

 がっくりと肩を落とし、女の子に背を向けてとぼとぼと歩き出す。

 

 そんな時だった。

 

「小猫ちゃん、買い物は終わったかしら?」

「はい、朱乃さん。待たせてしまいましたか?」

「うふふ。いいえ、私も買いたい物があったからちょうどいいくらいですよ」

 

 ほぼ真後ろから、割と聞き捨てならない会話が聞こえた気がした。

 うん。気のせいだよね。ここの所色々あったし、疲れてるんだよきっと。だって町について一日も経ってないのにエンカウントとかありえないもん。

 だから夢なんだよ。やだな私ったら、もう朝なんだから早く起きなくちゃ。

 

「これにします」

「まあ。可愛らしいマグカップですね。猫さんの絵柄も可愛くて、小猫ちゃんにぴったりですわ」

「あの子に譲ってもらったんです」

「あの子って・・・・・・あの巫女服の」

 

 唐突だけど急に走り込みがしたくなったから走ります。

 夢だから! これ夢だから店内で走っても怒られないから! 

 

「悪いミウナ。ちょっとトイレ行ってた。それで買いたい物は」

「帰るよ兵藤! 買い物は中止だよ!」

「は? え、ちょっ、どうしたんだよいきなり?」

「やんごとなき理由があるのこれ夢なの現実直視したら泣いちゃいそうなの! だから何も聞かずに一緒に走ってぇぇぇぇぇ!」

「ええっ!?」

 

 店の前にいた兵藤を引張って走り出す。

 後ろから私に向けられた懐疑的な視線を振り切るために。

 

―〇●〇―

 

「ぜぇ・・・・・・はぁ・・・・・・」

「ひぃ・・・・・・ひぃ・・・・・・」

「ぜぇ・・・・・・だ、大丈夫? 兵藤?」

「大丈夫、に・・・・・・ひぃ・・・・・・見えるか・・・・・・おぇ・・・・・・」

 

 ショッピングモールから飛び出してどれだけ走っただろうか?

 あの場から離れたい一心で走ってたけど、さすがに体力の限界が来た。

 堕天使である私は大丈夫だけど、人間でしかない兵藤には辛かっただろう。悪い事をした自覚はあるから近くにあった公園のベンチに兵藤を休ませて、ついでに自販機でジュースを奢ってあげる事にした。

 私も疲れた。色々と。

 

「なぁ、どうしたんだよいきなり」

「・・・・・・ごめん」

「いや謝ってほしいとかじゃなくてさ。なんかあったんだろ? もしよかった力になるぞ?」

「・・・・・・」 

「あー、俺の力なんて大したことないし、頼りないって言われたら反論できないんだけどさ。でも、ほら、話なら聞いてやるくらいは出来るからさ」

「・・・・・・」

「俺じゃあ、ダメか?」

 

 そんな風に不安そうな顔をしないでほしい。

 別にダメだなんて思ってないし、嫌でもないから。

 でも。

 

「・・・・・・ごめんね」

「・・・・・・そっか」

 

 言葉が途切れる。

 話せないよ。原作キャラが近くにいたから逃げ出したなんて。

 兵藤にしてみれば訳わからない事だろうし、あの時点で兵藤がオカルト研究部に関わる事で物語にどんな影響が出るかもわからない以上、私には逃げるという選択肢しかなかった。

 ううん、違うな。

 私は、私の目の前で物語が狂っていくのをみたくなかったんだ。

 全ては私の保身。私が悪くて、私が弱いせいだから。

 

 なのに。

 

「じゃあ、しょうがないかっ!」

「え?」

 

 全部吹っ飛ばす勢いで兵藤が立ち上がる。

 拒絶されたなんて忘れたように、能天気な笑顔を浮かべながら言う。

 

「しょうがないよな。誰だって言えない事くらいあるし」

「あのね兵藤、私・・・・・・」

「いいって無理に言わなくて。そういうのって無理に聞くものでもないし、たぶん俺が聞いても何も出来ないんだろうしな」

「あ、う」

 

 何も出来ない。何も言えない。

 確かにその通りだ。私が抱える秘密を兵藤に言ったところで何かを出来るとは思えないし、むしろ悪化するかもしれない。

 それを考えたら、私は口を閉じるしかないんだから。

 

「でもさ」

 

 それでも。

 

「どうしてもやばくなったら、誰かに頼るんだぞ。俺じゃなくてもいいからさ。ルビーでも、父さんや母さんでもいいからさ」

「・・・・・・うん」

「ほら。今日はもう帰ろうぜ。走りまくったせいでお腹すいちまった」

 

 差し出されたこの手を取るくらいには、甘えてもいいのかな?

 暖かな手。私よりも大きくて、頼りないくせにどこか安心する手。

 繋がれた手を見ながら、ふと思う。

 もし私に前世の記憶がなかったら。もし私がただの人間としてこの世界に生まれて兵藤と出会ったら、この繋いだ手の温もりを素直に喜べたのかなって。

 

 まあ。

 

 そんな日常が訪れる事はないのだが。

 

「痛っ!」

 

 公園から出ようとした時、突然兵藤が立ち止まった。

 

「どうしたの兵藤?」

「? あ、いや、なんかにぶつかって?」

「何かって?」

「さ、さあ。よくわかなんねぇけど、いきなりここらへんで何かにぶつかっ・・・・・・て・・・・・・!?」

「!?」

 

 兵藤が息を呑む声が聞こえる。

 同時に、私もそれを見た。

 

 世界が、灰色に染まっていく。

 

「なんだよ、これ!?」

 

 壁だ。見えない壁がそこにあった。

 何もないはずの空間にある、外の世界と私たちを阻む見えない壁。

 まるで世界から切り離されてしまったような光景に、私は声を上げた。

 

「ルビー!!」

「探知完了してますよミウナさん! いや、でも、これは・・・・・・!?」

 

 今まで私の髪に隠れていたルビーが、珍しく焦った声で告げる。

 

「隔離結界です! それもこのルビーちゃんが発動を感知できないレベルの超特上級ものです!」

「そんな・・・・・・!?」

 

 告げられた内容に絶句するしかない。

 ルビーは普段はアレだけど、その実グリゴリの技術を詰め寄せた最高傑作と言っていい人工神器だ。魔術礼装の中でも最高位に達するその性能は上級の堕天使でさえ圧倒する。そんなルビーが術式の発動さえ察知すらさせてもらえなかったとか。

 考えただけで恐ろしくなる。

 

「み、ミウナ、これはいったい」

「私から絶対に離れないで兵藤!」

 

 耳を澄ます。目を凝らす。第六感を全方位に向けて解き放つ。

 さっきまであった公園の木々が揺れる音も鳥の鳴き声も人の気配も、遠くにあった街の喧騒さえも消え去った世界で、私と兵藤の息遣いだけが嫌に大きく聞こえる。

 恐怖と緊張のあまり発狂しそうになる理性をどうにか押さえつけて、震えそうになる体を前に進めようとして。

 

 ジャリ。

 

 音がした。

 

 ジャリ。ジャリ。ジャリ。

 何かが動く音がする。重鈍な、何かの足音。

 その足音は公園の奥から徐々にこちらに近づいてくる。

 いつでも動けるように、どんな状況でも兵藤を庇えるように位置取りに気を付けながら、覚悟を決めて前を向く。

 

 そして、そいつはぬるりと現れた。

 

「・・・・・・なんだよ、アレ」

 

 それは影だった。

 人の形をしている。人のように歩いている。だけど、絶対に人じゃない。

 まるで絵具で塗り潰されたかのような真っ黒な何か。一歩足を踏み出す度に鳴る金属音。表情すら見えない黒い顔を覆う兜。全身を鎧で覆ったそれは、ゆっくりと刀身の光らない闇色の刀を抜きながら、殺意を、敵意を撒き散らしてこちらに向かってくる。

 その姿は、まるで。

 

「影の、武者・・・・・・!」

 

 振り被られる刀を見ながら、私は呆然と呟く。

 

 私は大きな勘違いしていた。

 隠していれば、何もしなければ物語は無事に進んでいくと何の根拠もなくそう思っていた。

 物語は、既に狂っているというのに!

 

 始まる、激動の一年間が。

 始まる、物語にない物語が。

 

 狂い始めた世界が、私に牙を剥いた。

 




さっさと原作に入ろうかと思ったけどやめた。
だって原作始めたら絶対ミウナの影が薄くなるから!
あと話の前後を書くのに辻褄が合わなくなりそうだから!

俺は オリ話を 作るぞ!!!!

という決心をするのに半年くらいかかった。
遅くてすまんな。

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