感想ありがとうございます。お待たせしました。
第六話
運の悪い時はとことん悪いのが、私の前世だった。
ガチャ爆死は当たり前で、大事にしていたキーホルダーを無くすわ、いつも使っていた通学路が工事中で学校に遅刻するわ、飛んできたサッカーボールに直撃して気絶するわ。
そんな不幸が一日に何度も起こる、いわゆる厄日が私には年に何回もあった。
私が交通事故で死んでしまったのも、そんな日だったと思う。
何が言いたいというのかというと、その不幸体質って今世にも引き継がれてるみたいなんだ。
実家の裏庭で山菜採りしてたら、野生のクマの群れに襲われたし。
突然家を放逐されたその日にルビーとブラック契約を結んじゃうし。
憧れの秋葉原へ来たら全財産を奪われ、はぐれ悪魔に殺されかけ、挙句の果てには、一番忌避してた物語の主人公と出会って巻き込んでしまい、結果として二年後であったはずの神器覚醒なんて厄介事を起こしてしまった。
・・・・・・君呪われてるよとか言われても信じるよ。
幸運のツボを買う人の心理を今なら理解できる自信まである。
というか神様ちょっと私の今世が厳しすぎじゃないかなぁ。
私は平穏な日常さえ過ごせればいいから。
別に宝くじで三億を当てたいとか、逆ハーレムを作りたいなんて壮大な夢を願わないから、もう少しだけ不幸の難易度を落としてほしい。神様が実在してる世界なんだから、このくらいお願いしても罰は当たらないはずだ。
・・・・・・はずだよね。
・・・・・・、・・・・・・あ。
そういえば、この世界の神様って死んじゃってる設定だったっけ?
それなら私のお願いが届かないのも仕方がないよね。
むしろ、よく考えてたら私って今は神様の元から反逆した存在なんだから、お願いしに行ったら神様から罰どころか助走付きの飛び蹴りをかまされてもおかしくないレベル。そして私は死ぬ。
「・・・・・・フフ、救いなんてないんだよ」
「おや、どうしたんですかミウナさん? 突然今にも絶望の果てに魔女になりかねない声色で呟かれて?」
「ううん、何でもないよ。ただいい天気だなって思っただけ。きっと私の心象世界もこんな感じの夜空と同じなんだろうなー」
「ちなみに今は曇っていて、わたしのお天気レーダーによればこの後雨も降り出す予定なのですが?」
「ぴったりじゃない」
「あっ、ダメですね。これは」
呆れた声を出すルビーを無視して、本日何度目になるかも忘れた自問自答を繰り返す。
なんでこんなことになった、と。
今私がいるのは、とある一軒家の屋根の上。
奇抜さも高級さも特にない、周りに立ち並んだ家と遜色なく、一般的な住宅地の風景に埋もれてしまいそうな、何てことのない平凡な家だ。窓から漏れる明かりと聞こえてくる団欒の声は不思議と荒んだ心を温めてくれてる気がした。
まあ、中に入るとか絶対したくないんだけど。
だってここ、兵藤一誠の家だし。
むしろ、なんでここに私がいるし。
ぺたんと冷たい瓦にお尻をつけて、嫌な事実に痛む頭と胃を抑える。
「うぅ~っ、全部夢だったらなぁ・・・・・・」
「もー、ミウナさんってばまだうじうじと悩んでいるんですかー? もういっその事全部諦めてしまえば楽になれますよ?」
「嫌よ、絶対いやっ! それやって後で後悔するの絶対私だもん!」
「もう遅いような気がしますけどねー」
「そうだけど!!」
いろいろと手遅れのような気もするけど!
グリゴリで働いてた時みたいに被害担当はあなたねとか、絶対言われたくない!
「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・・・・?」
止められえない自問自答を繰り返す。
真っ暗な空。星の光すら見えない未来を視ながら、数時間前までの出来事を思い出す。
―○●○―
はぐれ悪魔との戦闘を終えた私と兵藤は、一息つく間もなくその場からの移動を余儀なくされた。
大魔力の斬砲撃に、
度重なるイレギュラーに他の勢力の者達が気づかないはずがなく、しかもはぐれ悪魔の結界を破った余波で周りのビルの窓ガラスが割れるわ、その後の兵藤とはぐれ悪魔との戦闘音で俄かに騒がしくなった表通りに二人で顔を青くしながら、痛む体を無理やり動かして逃げることにしたのだ。
で、辿り着いたのが、兵藤と自己紹介を交わした後に逃げ出したあのファミリーレストラン。
道中で私はルビーの自己治癒能力で、兵藤は私の治癒魔術で何とか体の傷を治したものの、破れてたり血濡れになった服まではどうしようもなった。
まるで爆弾テロにあった直後みたいな服装の二人を入店させてくれた店員さんには頭が上がらない。ドン引きしながらも笑顔で警察も呼ばずにメニュー表とお水を渡してくれた時はプロって凄いと感心した。
逃げてる途中でルビーと一緒に隠蔽工作もしてきたし、ルビー曰く、あの場で私がブッパした大量の残留魔力が兵藤の気配も塗り潰して誤魔化せるかもしれないとのことだから、当面の問題はいいとして。
差し当たって今すぐ解決しないといけないのは・・・・・・。
「えっと、こっちのハンバーグランチと、飲み物はコーラとカルピスで。あとえーと・・・・・・あ、ミウナはなんかいるか?」
「・・・・・・う、ううん。私はいいや」
「そっか。俺はちょっと腹減っちまったし、がっつりいきたい気分なんだ」
目の前で呑気にメニュー表を見ながら注文してる、
本人は料理を選ぶのに夢中で気づいてないようだけど、隣に立つ店員さんの笑顔がめっちゃ引き攣ってる。気持ちはわかるよ。出来れば今すぐにでも私も他人の不利して立ち去りたい。
私は兵藤が荷物を取り返してくれたからトイレで着替えることが出来たけど、兵藤の恰好は世紀末じみたズタボロの服のままだ。
責任は一応私にもあるから、私が替えの服を用意してあげるべきなのかもしれないけど、今手元にある服はサイズ的にも性別的にも常識的にも兵藤には似合わないんだよね。
もうそういうコスプレです、って事で通らないかなぁ? アキバだしなんだかいけそうな気がする。
注文を取り終えた店員さんがそそくさと離れていくのを確認してから話しかけた。
「その様子なら、体の方は大丈夫そうだね」
「ああ、ミウナに治してもらったからな。まだちょっとヒリヒリするけど、このくらいなら問題ないぞ。っていうか、俺よりもミウナの方が怪我が酷かっただろ? そっちこそ大丈夫なのか?」
「うん、私にはルビーがいるから。もう治ってるよ」
「はぁー、魔法って凄いんだな」
感嘆したように呟く兵藤から目を逸らして、彼の左手を盗み見る。
そこにあるのはどこからどう見ても肌色の健康的な男の子の左手なんだけど、僅かに目を細めて注視してみれば嫌でも分かる。
・・・・・・うぅ、やっぱり感じるよぅ。
人ではあり得ない、圧倒的な存在感。
彼の左手から僅かに漏れている気配だけでも、その強大さが伝わってくる。
三大勢力が総力を挙げなければ倒せなかった、最強クラスのドラゴン。
神器『赤龍帝の籠手』に封印されし、『二天龍』の片割れ、「
それが目覚めかけている。
「・・・・・・はぁ」
一息ついて視線を外す。
これ以上は視ているのが辛い。格があまりに違い過ぎて、長く気配を感じているだけで精神的にも肉体的にも息苦しくなってくるのだ。
だからと言って、ここで放置して逃げ出していい問題じゃない。
気配探知はあまり優れた方じゃない私でも、近づくだけで神器の気配を感じられるほど力が垂れ流しになっている。
このままだと感覚の鋭い輩なら、すぐにでも兵藤を見つけ出してしまうだろう。
そうなったら今の兵藤では太刀打ち出来ない。原作終了待ったなしだ。
今のところ兵藤一誠の活躍なくして、三大勢力の和平への道は他に見当たらない。となると、兵藤の身に何かあった場合、私が望む平穏な日常の夢は潰えてしまう事になる。それだけはどうにかして防ぎたい。
だけど、少なくとも物語通りに和平へと話を持っていくには、最低限の目標として兵藤がリアス・グレモリーの眷属になる事が前提であり、その為にはあと二年の歳月が必要だ。
二年間は、あまりに長過ぎる。
「・・・・・・な、なあ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど質問していいか?」
思考に没頭していたところに話しかけられ、顔を上げると、おぞおずと何とも言えない表情で兵藤がこちらを見ていた。
彼の言葉を噛み締めて、まあ、そうなるよねと自分を納得させて頷いた。
「うん、いいよ」
「お、おう。それじゃあ、えーと、いきなりで悪いんだけど、・・・・・・、・・・・・・ミウナって何なんだ?」
ちょっと物言いが失礼だけど、兵藤なりに言葉を選んだのだろう。
聞かれるかもと分かってたし、この後の展開を考えると無知のままでじゃ困るから、ここは素直に答えてあげよう。
「私は、聖書の神様の元から堕ちた天使たちが集う場所から来た、『
「・・・・・・堕天使って、マジ?」
「マジ」
肯定してあげると、兵藤は子供のように瞳を輝かせ始めた。
「な、なら、あの化け物は何なんだ? あと神様って本当にいんの? それとルビーもやっぱ妖精とかそんな感じなのか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。声大きいから」
「悪い・・・・・・」
興奮したように身を乗り出して、矢継ぎ早に質問してくる兵藤を何とか落ち着かせる。
気持ちはわかるし、仕方のない事かもしれないけど、やっぱりこうなったかと落胆は隠せない。
「まず、あの蛇なんだけど、あれは悪魔だよ。私の敵。あと神様は実在するし、他にもドラゴンとか精霊とか、そういった漫画とかアニメに出てきそうな生き物は大体いるって思ってもいいかも」
「マジ?」
「マジ」
「じゃあ、ルビーも? てか、あいつどこ行ったんだ?」
「さあ? その辺を散歩でもしてるんじゃない?」
「え」
いつの間にかルビーがいなくなっている事に気づいた兵藤に、適当な事を言って誤魔化す。正直言ってルビーって何って質問が一番困るんだよね。
分類上は神器のはずなんだけど、実は悪質な妖怪とか邪神の類じゃないかと疑ってもいる。
「こほん。ルビーは
「せ、セイク・・・・・・?」
「セイクリッド・ギア。神様が作った不思議な力を持つ道具で、所有者に何らかの異能を与える能力があるの。兵藤の左手に現れた赤い籠手も神器の一種だよ」
「俺のって、あの赤いやつ!?」
目を開いて、自分の左手を見つめる。
まるで今もそこに赤い籠手があるかのように視線を落とす兵藤の表情は、驚愕よりも喜色と優越が混ざったような、まるで欲しかった玩具を手に入れた子供のような無邪気なものに見えた。
それが酷く胸をざわつかせる。
彼は自分の中に異常が混ざっているという意味を理解しているだろうか?
自分がどれだけ危険な場所に立っているか、気付けるだろうか?
ここからだ。そう自分に言い聞かせる。
今の兵藤は現実離れし過ぎた話の連続で、浮足立っているのだと思う。
文字通り地に足がついてない。現実が見えていない。
だったら、まずは兵藤には現実という冷たい地面に叩き付けさせてもらおう。
「な、なあ、あの赤い籠手も神器って事はやっぱり能力とかあるんだよな?」
「もちろんあるよ。一応だけど、もう兵藤の神器の名前と能力の検討はついてるからね」
「おお!」
考えた。
兵藤を生き残らせる方法を。
原作へと辿れる、唯一の道を。
「兵藤の神器は――」
それは――、
「『
嘘をつくこと。
真実を隠して、偽りだけで彼と周囲を騙し続ける道を私は選んだ。
「おおっ! それが俺の力!! 能力が倍って、なんか凄そうだな! 要するに強くなるってことだろ?」
「単純に言えばそういう事だね」
「そういえば、あの蛇野郎をぶん殴ってやった時もすげー力が湧いてきたけど、あれって神器のおかげだったのか!」
顔を見ただけでわかる。
自分に隠されていた未知の力。異能の力。
そんなキーワードに男の子として中二心をくすぐられない訳がないし、誰だって少なからず興奮してしまっても仕方ないと思う。私もそうだったから。
転生なんてあり得ない体験をして、堕天使なんて神話の生命体に生まれ変わって、戦う力を手に入れた時、私も自分が誰にも負けないくらい強くなって、ヒーローみたいに活躍出来るんじゃないかって、そんな夢想を抱いたことがある。
それ故に、私が今の兵藤の態度を批判するつもりはないし、頭ごなしに叱るつもりもない。
「あの力さえあれば、もう蛇野郎なんかに負けねぇ。今度は俺がミウナを守ってやれる!」
「それは無理なんじゃないかなぁ」
「え?」
それでも、兵藤には知ってもらわなければならない。
この世界の理不尽さを。自分の矮小さを。
「兵藤はさ、自分の力が倍に、つまり二人がかりだったらあのはぐれ悪魔に勝てるって本当に思ってる?」
「え、いや、それは・・・・・・、」
「兵藤の力を倍にしたら、鉄を砕けるだけの力になる? 足の速さを倍にしたところで、車よりも早く走れるってそう思ってるの?」
「・・・・・・」
兵藤一誠はただの人間である。
いくら未来において物語の主人公に成りえる人物であったとしても、いくらその身に伝説の武具を宿しているといっても、彼が一般的なひ弱で平凡な子供でしかない事には変わりはない。
「言っておくけど、あのはぐれ悪魔は兵藤が戦った時には私が瀕死の重傷を負わせた状態だったんだよ」
「・・・・・・」
忘れてはならない。
兵藤一誠という人間の最期を。
覚悟も力もなく、そんなただの人間であったからこそ、兵藤一誠は物語の冒頭で殺されてしまったのだ。
何故殺されたかも分からず、何も出来ず。
突然訪れた不幸にも為す術もなく、あっけなく死んだ。それが兵藤一誠の人生だった。
「もう一回聞くけど、兵藤は本当に自分が凄い人になれるってそう考えてるの?」
喜びから一転して、目に見えて勢いを落としていく様には罪悪感を覚える。
強くて凄いヒーローをしてる妄想の自分と、今の話を聞いて改めて考えた現実の自分の差異に、どれだけ貶めることが出来ただろうか。
自分の左手をじっと見つめていた兵藤が、ぽつりと呟く。
「・・・・・・もしかして、俺の神器ってあんまり凄くない?」
「能力だけみれば、使えない事もないけど・・・・・・ただの人間が使ったところで、せいぜい大会でいい記録が残せればいい方だと思うよ」
「・・・・・・そう、なのか」
「うん。『龍の手』もあんまり珍しくない、ありふれた神器だしね」
そこまで言って、言葉を切る。
私の嘘を鵜呑みにして、すっかり落ち込んでしまった様子を見ていると、胸が痛くなってくるけど、まだ兵藤には落ちてもらわなければいけない。
「それで、これから兵藤はどうするの?」
「え? こ、これから?」
いきなり話題を変えると、兵藤は目を白黒させながらも、少し悩んだ末に答える。
「・・・・・・あー、とりあえず家に帰ろうかなって思ってる。服もこんなんだし、もう今日は買い物したい気分じゃないしな」
「んーと、そうじゃなくて、これから兵藤はどうやって生きてくのかって意味なんだけど」
「え? 生きてくかって・・・・・・?」
「普通、一般的な神器保有者は何らかの破滅を迎える結末が多いんだよ」
「破滅!?」
「そう。力に溺れて暴走した挙句に死ぬか、周りから危険視されて始末されるか、それとも実験動物のように扱われて生涯を終えるかって感じかな」
もちろん嘘である。
全て嘘というわけではないが、兵藤の持つ神器が『赤龍帝の籠手』である以上、どこの勢力下に保護してもらえれば無下にはされないし、危険視はされるかもしれないがいきなり殺されるなんてこともない。
グリゴリに限ってなら、アザゼル様の耳に入ればおそらく手元に置きたがるはずだ。
会ったことないけど、原作通りの人となりならばきっと兵藤とは気が合うはずだし、ひとまず兵藤の命に関しては保証されるだろう。
しかし、残念ながらここにいる兵藤くんの神器は『龍の手』なのだ。決して神滅具なんて物騒なものじゃない。いやー残念だったね、という事にした。
そうしないと原作通りには絶対ならないからね。仕方ないね。
絶句する兵藤を尻目に、内心で自分を納得させつつ口を開く。
「それで、どうする?」
「ま、待ってくれ。いきなりそんなこと言われても・・・・・・っ! だいたい、なんで神器を持ってるってだけでそんな事になるんだよ!?」
「危険だから。手に入れたいから。理由はいろいろあるけど、少なくとも今まで通りの生活は送れないって思った方がいいよ。下手な事すれば、兵藤の大事な人にまで犠牲が出るかもしれないから」
「・・・・・・っ」
突然の宣告に絶句する兵藤を無視して続ける。
「警察とか国に頼ろうとするのも悪手だよ。私達の中には個人でこの国の軍隊を全滅させる事も出来る力を持った人だっているし、そもそもこんな話をしたところで信じてもらえないのがオチだろうしね」
というか、この方法が一番まずい。
関係ない人を大勢巻き込みかねないし、話が大きくなり過ぎれば、いくら兵藤が神滅具の宿主でも証拠隠滅の為に処分されてしまうかもしれない。
「な、ならどうすれば・・・・・・ってそうだ! 俺の神器がやばいなら、さっさと捨てちまえば・・・・・・っ!」
「あー、それ無理」
「なんでさ!?」
「神器は人の魂に宿るの。通常の神器は人の感情の高ぶりや魂の震えに呼応して力を発揮するから、その分魂とは密接な関係にあって、宿主が死なない限りずっとそばに居続けるんだよ。つまり、兵藤が神器を手放すには死ぬしかないって事になるかな」
「ダメじゃん! 意味ねぇ!」
うわあ! と頭を抱える兵藤を見て、ここだと思った。
ここで一気に話を結論にまで持っていく。
「そんな絶望まっしぐらな兵藤に一つだけおすすめできるプランがあるんだけど、どうする?」
「それって・・・・・・今までの生活に戻れるってことか!?」
「うん。私ならたぶん、今の兵藤の問題を誰にも迷惑かけることなく解決できると思う」
「!!」
地獄の中で天に続くか細いクモの糸を見つけたように、兵藤は目を見開く。
「やる事自体は簡単だよ。ただ、兵藤にはいくつか約束してほしい事があるの。その条件を守れるなら、今すぐにでも実行できる」
「約束って?」
「難しいことじゃないから、安心して。私がして欲しい約束は『今日の事を誰にも言わない事』と『神器の力を使わない事』の二つだけ。それさえ守ってくれればいいから」
今日の事を忘れろなんて言っても、たぶん無理だろう。
なら、誰にも口外されないようにするしかない。どのみちこんな非日常の話なんて中二病乙の一言で信じてもらえないかもしれないが、釘を刺す事は大事だ。
神器に関しても、兵藤がその気にならなければどうとでもなる。
というか、ここまで脅しておいたのだから、安易に神器を使おうとするのがどれだけ危険かが意識の底に根付いたはずだ。
「そんなことでいいのか? それなら、うん、約束する」
「絶対だよ。破ったら兵藤は死んじゃうからね?」
「わ、わかった。絶対誰にも言わないし、神器も使わないようにする。それで、その方法ってなんなんだ?」
こくこくと大げさに頷く兵藤を見て、ひとまず満足しておく。
現状からいって兵藤は私の話をまるっと信じているようだし、話の主導権をこちらが握っている以上、このまま兵藤を説得するのは容易い。
それならば真っ先に考えなければいけないのは、『赤龍帝の籠手』をどうするかだ。
放置はあり得ない。かといって、兵藤に神器を覚醒させて制御させる兵藤強化計画なんて、一番現実的じゃないだろう。
神器保有者を育成、強化なんて出来る自信はないし、方法もよくわかってない。成長しきる前に、他の勢力に一切気付かれないなんて都合のいいこともないだろう。いくらルビーがいるといっても、私の実力では兵藤とその周囲の人間を守り切れない。
それ以前に、そんな事をすれば恐らく原作から大きく外れてしまうかもしれないし、あまり長い間、私と兵藤が一緒にいるなんていろんな意味で良くない。
主に私の精神的ストレス的な面で。
・・・・・・となると、やはりやる事は一つだ。
「兵藤の神器を封印する。そうすれば、もう誰も兵藤が神器を持っている事には気づかないし、兵藤は元の生活に戻れるようになる。争いもなくて、ご両親とか友達と過ごせるそんな平和な生活に」
「封印って、ことは・・・・・・」
「うん。もう神器は二度と使えない。無理矢理使おうとすれば、もしかしたらだけど。でも、さっきした約束は覚えてるよね?」
「・・・・・・覚えてるよ。神器はもう使わないって」
神器を封印しようと思えば、方法なんていくらでもあるのかもしれない。
しかし、それがどんな方法であっても、ただの神器ならともかく殲滅具が相手なら不安が残る。
何しろたった一つで世界の勢力図を変えてしまいかねないほどの、神にすら届く伝説の名に相応しい力を持っているのだ。
だから、さっきの約束がここで効いてくる。
いくら力が備わっていたとしても、そこに使おうとする意志がなければ無いのと同じだ。
「約束、ちゃんと守れる?」
「ああ、絶対守るよ。約束する。ここまで面倒見てもらったんだ。ミウナを裏切るわけにはいかないだろ」
「絶対の、絶対だよ?」
「絶対の絶対の絶対だ」
しっかりと約束を交わした兵藤を見て、私は心底安堵した。
これで少なからず、当面の問題は解決したと思う。二年後の事、細かい事はまだ不確定要素は多数残っているけど、私に出来る事は限りなくやったはずだ。
――あとは。
「うん、よし。なら、ちゃっちゃと済ませてお別れしよう」
「――――え?」
私の言葉に、兵藤はこちらが逆にびっくりするくらい動揺した。
ぱくぱくと口を開閉させて言葉が出なくなってる様は、もしかしたら、兵藤に神器を持つリスクを説明した時以上かもしれない。
「いなく、なっちまうのか?」
「はい?」
「ミウナは、その、どこかに行っちゃうのかって・・・・・・」
それ以上言葉にしたくないかのように、言葉を切って兵藤は俯く。
「うん。兵藤の神器を封印したら、私もすぐにここを離れてどこか遠くに行くつもりだよ」
「ど、どこかって?」
「まだ決めてないけど、とりあえずここじゃない何処かかな。騒ぎ起こしちゃったし、しばらくは兵藤も秋葉原には近づかないでね」
思い返してみれば今まで兵藤の話ばかりで、これから私がどうするかを話してなかったかもしれない。
まあ、かといって話す必要があるかといえばあまりないし、言ったところで意味もないから、話そうという考えすら思い浮かばなかった。
「・・・・・・ま、待った」
「え?」
兵藤が顔を青くして言う。
「ご、ごめん。約束したばかりなのに、本当にごめん。だけど今の話、ちょっとだけ待ってくれ。ちょっとだけでいいから、考えさせてくれ」
「えっ! なんで!?」
急に態度を変えてきた兵藤に、今度は私が動揺した。
どうして急に? 私、何か変なこと言っちゃった? 説明に不審な所があったとか、嘘ついてたのがバレたとか? ここで神器を封印出来ないのはすごく不味いんだけど!?
焦る心を必死に隠しながら兵藤を見るが、目を合わせてくれない。
「・・・・・・ごめん」
「・・・・・・ううん、そうだよね。いきなり答えを出せって言う方が無理だよね」
こ、声震えてないよね?
今まですんなりと話が進んでいたから、不安でしょうがない。でも、ここまで来たらもう押し通すしかない!
「でも、ご飯を食べ終えるまでには決めてね?」
「ああ・・・・・・わかった」
絶対に隠し通す。
そう決めたんだから。
―○●○―
フラフラと覚束ない足取りの兵藤がトイレへと消えたのを見届けてから、ようやく肩の力を抜く。
時間にして十分も経ってないのに、随分と話し込んでた気がするくらい疲れた。
溜息を一つ。
それから私は今まで隣の席に置いてあったバッグを手に取り、中からあるものを取り出す。
「むー!」
「はいはい、今解いてあげるからあんまり騒がないでね、ルビー」
手には縄でグルグル巻きにされたルビー。
トイレで着替えてる時に兵藤との話し合いを邪魔されないように、ついでにお仕置きも兼ねて封印(物理)をしておいたのだ。
「うわーん、ひどいですよミウナさん! 私をのけ者したばかりか、お二人だけで楽しそうな話をするなんてズルいです!」
「別に楽しんでないよ。あと声大きいから黙っててくれない?」
「おっと辛辣ですねー。ははーん、さてはまだイッセー様を巻き込んだ事を怒っていますね? やってしまった事は仕方がないのですから、大事なのはこれからですよ?」
このっ、誰のせいでこんなに困った事態に陥っていると思ってるの!?
そう叫びたかったけど、人目があるし、何よりもこれから兵藤の神器を封印するにあたり、ルビーの協力は必要不可欠なのだ。
だから、我慢だ私。大人になれ。円滑に物事を進ませるためにまずは私から和解してあげないと。
「まだ怒ってます?」
「怒ってないよ」
「えいえい、怒ってます?」
「怒った。今日こそ解体してやるんだからっ!!」
ミウナ は 正拳突き で 攻撃した。
しかし 避けられた。
くぅ、素早い! なんかぺしぺし頭を叩かれたから、ついイラっとして攻撃してしまった。後悔はない。むしろ、避けられて余計に腹が立った。
技を避けて調子に乗ったのか、目の前でひらひらと浮かぶルビー目掛けて拳を繰り出す。
ワン、ツー、ジャブ、たまにフェイントを交えながらも連続で殴る。殴る。殴る。
「このっ、このっ、このっ」
「ふっふーん、おやおやどうしたんですかミウナさん。いつもよりもキレがありませんねー」
そりゃあ、疲れてるからね!
なんでこんな時にこんな無駄に体力を使う事してるのかって、頭の中にいる冷静な私が呆れてるんだけど、八つ当たりくらいは許してほしい。だいたいルビーが悪い!
「むぅぅぅぅぅっ!」
「おっとスピードが増しましたね。 しかし、残念! わたしには届きま「せいっ」ごぱぁっ!?」
ハッハッハッ、甘いねルビー。
拳は全て囮。本命は机の上に置いてあったお冷なんだよ。
指に引っ掛けた空のコップを弄びながら、びしょ濡れになったルビーを見て優越に浸る。
さて、この後どう料理してやろうかと笑みを浮かべていると、不意に肩を叩かれた。
振り返ると、店員さんがそこにいた。
にっこり笑顔なのに、一切目が笑ってない。
「お客様、何を騒いでいらっしゃるのでしょうか?」
「え、え、えーと・・・・・・」
ちらりと目をやれば、いつの間にかルビーがいなくなってる。
濡れた机、手にはコップ。現行犯は私だ。
「む、虫が、その・・・・・・」
「虫ですか?」
「は、はははい、悪い虫が! それもものすごく質の悪い虫がいたのでつい!」
「そうですか。ですが、他のお客様の迷惑になりますので、もう少し静かにお願いしますね。それと、これを」
差し出されるおしぼり。
真っ白で汚れのない生地を見た時、私は全てを理解した。
「あっ、はい。すぐに拭きます。ごめんなさい」
受け取ったおしぼりで、いそいそとテーブルを拭いていく。
最期の一滴までしっかり拭き取るのを確認した店員さんが去っていくのを見送ってから、私はテーブルに突っ伏した。
「こ、殺されるかと思ったぁ・・・・・・」
「いやー、すごい眼力の持ち主でしたねー」
どこに行ったのかと思ったら、テーブルの下に隠れていたらしい。
ひょっこり顔を出したルビーの陽気な声にまた苛立ったけど、もはや怒る気にもなれない。
でも、いいや。ちょうど頭も冷えたし、話を進めよう。
「ねえ、ルビー。ちゃんと兵藤の神器を封印出来るんだよね?」
「おやー? もしかして疑っているのですか?」
「疑ってるっていうか、少し不安なだけ」
今までの所業を考えれば疑心暗鬼になってもおかしくないんだけど、今はもうルビーに頼るしかないし、そもそも困っていた私に助け舟を出したのはルビーだ。
兵藤に封印の話を持ち掛けてしまった手前、今更出来ませんでしたでは困るどころではない。
「その点についてはご安心ください。この封印方法を確立したのはわたしの創造主様ですから」
「お姉ちゃんが?」
「ええ。確かなデータと試行回数に基づいて、わたしの創造主様が神器の抑制という観点から、限定的ですが確実に封印可能と結論されたものですから。効能に関しては保証されているとみてもいいと思いますよ」
「むぅ。お姉ちゃんがそう言うなら、大丈夫なの、かなぁ?」
私のお姉ちゃんは天才だ。
その頭脳と無駄な行動力を生かして、人間でありながらグリゴリの技術顧問にまで上り詰めた程の人物だ。腕は確か。お姉ちゃんが出来ると言った事は大抵の事が出来ると思っていいだろう。
ただお姉ちゃんって、良くも悪くもあの゛グリゴリの科学者″なんだよね。
サイコマッドとか改造人間製造機とかの頭脳系変態軍団。もしくはグリゴリで最もアレな関わっちゃダメな人達。
いろんな呼び名があるけど、ルビーを作った人達って言えば察してもらえると思うんだ。
その中の一人が私のお姉ちゃんって言うのが、少し、いやかなり認めたくない。あっ、でも普段は優しいお姉ちゃんなんだよ。研究、っていう言葉に触れさえしなければだけど。
まあ、そんなお姉ちゃんが作ったものだから、効果は抜群だと思うけど落とし穴が一つか二つくらいありそうで怖い。
「ちなみにその封印する方法ってなんなの? 準備とか必要なら早めにやっちゃいたいんだけど」
「いえいえ、ミウナさんの負担になるような手間はありませんよ。この封印方法のテーマは『お手軽にぶすっと一発』だそうですから」
「えーと、とりあえず簡単そうだってのは伝わった。ところでぶすっとって何?」
「それはたぶん、“コレ”の事ですね」
そう言ってルビーから封印方法が手渡された。
ゴトリと、手にそれなりの重さがかかる。
「え? あの、コレって・・・・・・」
「ええ、コレとはつまりアレですね」
しきりに感心と称賛の声を上げるルビーを他所に、手に持った封印方法という名の物を見て、思わず私は言葉を失った。
先端には鋭い、凶悪な金属の針。
私の腕くらいありそうなガラス製の太い円筒形の筒の中には、毒々しい色の謎の液体が納められている。
その姿は、どう見ても、
「ごっ、極太注射器――ッ!!?」
「さすが創造主様。まさにテーマ通りです」
「テーマ通り過ぎるよ! っていうかなんで注射器なの? なんでこんなに大きいの!?」
「いやー、神器一つを封印するにはそれだけの量が必要でして。それを体内に打ち込もうとすれば、最も適した形だと思いますが」
「だとしても、この見た目はアウトだよ! 精神的にも逆にやり辛いよ!!」
さすがお姉ちゃんだ! やっぱりオチがあった!
これを兵藤に打ち込むのは、いくら仕方ないとはいえ抵抗がある。というか、本当に大丈夫なのだろうか、これは?
針の大きさとか軽く凶器の域だし、何より中身の謎の液体がアウト過ぎる。見る角度によって色が変化(全て毒々しい色合い)するんだけど、原材料を想像すらさせないとか、もはや見てるだけで恐怖心が湧き上がってくる。
「あの、ルビー。これ以外は・・・・・・」
「今の手持ちですと、この方法以外はありません。もし必要とあれば、一度グリゴリに帰る必要があります」
「うっ・・・・・・」
グリゴリへの帰還は、あんまり考えたくない。
ここ数年立ち寄ってすらいないから顔を出しづらいし、会いたくない人も多いし、なにより神器の封印が終わるまでに兵藤の事を隠し切れるかが微妙だからだ。
出来るなら、グリゴリに頼るのは最後の手段にしたい。・・・・・・したいんだけど。
「・・・・・・や、やり辛いっ!」
「しかし、他に方法はありませんよ? あまり時間をかけていられないのはミウナさんも分かっている事だと思いますが」
「それは、その通りなんだけど。さすがにちょっとかわいそうな気が・・・・・・」
「何がかわいそうなんだ?」
「!?」
と、タイムアップのようだ。
さっきより幾分か顔色がマシになった気がする兵藤が戻ってきてしまった。
ルビーへの抗議も中断するしかなく、後ろめたさから咄嗟に注射器を背中に隠す。
「も、もういいの? 早かったね!」
「ん? ああ、もう大丈夫だ。我儘言ってごめんな。それと、ルビーも戻ってきたんだな。二人で何話してたんだ?」
「どうも先ほどぶりですね、イッセーさん。今しがたイッセーさんの封印方法をミウナさんに教えていたところなんですよー」
ちょっ、まだあの方法で良いって言ってないよ・・・・・・!?
私の言葉を遮るようにして喋るルビーはどう考えても確信犯だ。確実に私を逃げられないように追い込んでるとしか思えない。
そうとは知らない兵藤は、ルビーの話を聞いて複雑そうな、だけど覚悟を決めたそんな顔でこちらを見る。
「ミウナ、俺決めたよ。俺の神器を封印してくれ」
「え、あ、いいの?」
「ああ。ちゃんと考えたんだ。いろいろ、たくさん。俺がこの神器を持ってるだけで、どれだけの人に迷惑をかけのかって。俺がこの神器を使って何が出来るのかって。んで、考えたら、何も出来ないなって分かっちまったんだ」
そう言って、彼は悔しそうに笑う。
「俺みたいな奴の力を倍にしたって、高が知れてる。ミウナが教えてくれたデメリットを打ち消せる訳じゃないし、父さんや母さん、それに友達にまで危ない目に合わせてまで拘っていい理由なんてどこにもない。もしかしたら蛇野郎をぶん殴れるかもって、ミウナが困った時に力になれるかもって考えたけど、それって結局俺が満足するだけの独りよがりなんだよな」
「・・・・・・」
驚いた。
ここまでちゃんと私の話を真面目に聞いて、自分なりに考えてくれるとは思ってなかったから。
「もうこれ以上、ミウナにも迷惑を掛けたくない。だから、俺の方からお願いしたい。頼む、俺の神器を封印してくれ!」
躊躇いなく左手を差し出す兵藤に、迷いの色はない。
どこまでも真っ直ぐに私を見つめる瞳を見返していると、自然と背筋が伸びてくる。くるんだけど・・・・・・。
ええぇ、この空気の中でこの極太注射器を取り出すの?
はい、それじゃあお注射しますね って、どんな顔をして言えばいいんだろう。少なくとも、兵藤の顔から笑顔は消えると思うよ。
なんか後ろ手で隠した注射器が秒毎に重さが増していくような錯覚を覚えながら、思考を巡らせた末に、私は苦肉の策を編み出した。
「兵藤の覚悟はわかった。それはじゃあ、今から封印しちゃうから目をつぶっててくれないかな?」
「え? ここで封印するのか? それに目をつぶれって?」
「えーと、その、あんまり見ててほしくないというか、気が散るというか・・・・・・。とにかく目をつぶっててほしいの。ダメ?」
「ダメじゃないけど・・・・・・。よし、わかった。なんか怖いけどミウナを信じるぞ」
そう言って目を閉じる兵藤を見て、とりあえず作戦が上手くいった事に胸を撫で下ろす。
こうなったらさっさと済ませてしまおう。
手に極太注射器を構えて、兵藤へと寄っていく。
「ちょっと失礼しまーす」
「み、ミウナ? なんか近くないか?」
お互いの体温が感じられるくらい近づいた事で兵藤が上ずった声を上げるが、こちらはそれどころではない。
自分を含めて誰かに注射を打つなんて経験、前世を含めて一度もない上に、注射器が大き過ぎて狙いが付けにくいのだ。
やっぱりこれ不良品だと思う。
「ごめん、あんまり動かないで。私もやるのは初めてだから、ちゃんと上手く出来るか分からないの。出来れば一度で終わらせたいし、兵藤も協力して」
「わ、分かった。んだけど、や、やっぱり近くないか? なっなあ、封印方法ってなんなんだ?」
「他の人に見られたくないから、ちょっと黙ってて。大丈夫、痛くしないように努力するからね」
もうほぼ抱き合っていると言ってもいいくらい密着してるけど、仕方がない。
こうしないと兵藤の左腕の血管に狙いを付けられないし、極太注射器なんて危険な物を人に打とうとしている姿なんて見せるわけにはいかない。
狙いを定めて、ちゃんと目を閉じているかを確認して、もはや息が掛かりそうなくらいの距離に兵藤の顔がある事に驚いた。
思わず心臓が跳ねて顔が熱くなるのを自覚しながら、心の中で明鏡止水を唱えて集中する。
出来れば、一発で終わってほしい。
「こ、こんなに密着しないと出来ない封印って、ま、まさか、キ」
「それじゃあ、いくよ・・・・・・!」
「ま、まま待ってくれ、ミウナ! 俺、実はファーストキスもまだで・・・・・・えっ?」
「あ」
「おっと惜しい」
急に暴れだした兵藤のせいで、狙いが逸れて針がスカった。
目が合う。
私から極太注射器へと兵藤の視線が流れていくの見ながら、改めて仕切り直し。
「はい、それじゃあお注射しますね(ニッコリ」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇッ!!?」
「あー、はいはい。すぐ終わるからうご、動かな、動かないでよ! ちゃんと狙いが付けれないじゃない!!」
「ぐおおっ! 力入れてるのに手が動かねぇ! っていうか、待って! ほんとに待ってくれ!? 甘酸っぱいのを想像してたらとんでもない事されそうになってるんだけど、どこで選択肢を間違えたッ!!?」
残酷な現実を目視した兵藤が逃げようとするけど、関節を決めてるから左手を動かせない。
あとは刺すだけなのにと歯噛みしていると、ルビーがアドバイスをくれた。
「言い忘れてたのですけど、この封印は別に血液を循環させる必要がないですよ?」
「つまり?」
「ぶっちゃけどこに刺しても効果は変わりませんね」
「もう、それを先に言ってよ。それじゃあ、ぶすっと一発っと」
「ちょっ、待っ、やめっ、ア――――――――――ッ!!!」
「何をしているのですか、お客様?」
唐突に聞こえたドスの効いた声に、私も兵藤も動きを止める。
恐る恐る振り返ると、さっきの店員さんが額に血管を浮かべながらそこに立っていた。
「私、先ほども言いましたよね? 店内ではお静かにお願いします、と」
「え、あの、その・・・・・・」
「これ、その、違っ・・・・・・」
「にも関わらず、舌の音も乾かぬ内に大声で騒ぎだす。あまつさえ人前で抱き合ってイチャコラするとは、もうすぐ30なのに未だに彼氏の出来ない私への当てつけですか良い度胸ですねぇ」
「え? てことはお姉さんって、まだ処女?」
「あ、バカ!?」
余計な事を口走った兵藤の口を押さえるも、時すでに遅し。
真っ二つに折れるお盆。般若の如く豹変する笑顔。
「店内では静かにしろっつっただろうが、糞ガキ共ォっ!!」
「「ひぃぃぃぃぃっ、ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいッ!?」」
二人揃って、頭を下げる。
本能的に、実は今日一番のピンチだったんじゃないかって思った。
―○●○―
ファミレスを出ると、街は夕暮れに染まっていた。
それでも減らない人の多さと変わらない日常の風景が、今日一日の出来事が夢だったのではないかという気分にさせられる。
そうじゃないのは、私の後ろで自分の二の腕を擦っている兵藤が証明してくれるけど。
「なあ、本当にあの注射って大丈夫だったのか? なんか体にすげぇ悪そうに見えたんだけど」
「もちろん、大丈夫だよ。・・・・・・たぶん」
「おい」
どうしても確信を持てない部分を突かれ、逃げるようにルビーへと視線を向ける。
「えっと、ルビー?」
「そこは信じてもらうしかないですねー。安心してください。人体に有毒な物は入っていません。その証拠に封印は成功していますし、イッセーさんの体にも違和感はないはずですよ」
「言われてみれば・・・・・・あ、でも、飯は味しなかったぞ?」
「・・・・・・それは私もだよ」
「ああ、うん。そうだな。あれは別だよな」
封印自体は上手くいった。
問題は店員さんに怒られた後の気まずい雰囲気の中で、運ばれてきた食事を食べなきゃいけない事くらいだろう。
肩身が狭過ぎて、とてもご飯を楽しめる余裕はなかった。
心なしか早食いしていた兵藤もきっと同じ気分だったはずだ。
「さて、ここまでだね」
秋葉原駅が見えてきたのをきっかけに、そう切り出す。
お互い特に会話らしい会話もなく、ぽつりぽつりと言葉を交わしている内にいつの間にかスタート地点へと戻ってきた。
朝来た時はいろいろ張り切っていたけど、蓋を開けてみれば収穫はなし。
徒労どころか、余計な負債まで抱えてしまったようでどっと疲れが増した気がしたけど、なんとか隠して兵藤へと振り返る。
「そっか、ここでお別れなのか」
「うん。今度こそお別れだね」
言いたい事もある。心配事も、かなりある。
だけど、私達はそれを言葉にしない。
色々と絡み合った思いを乗せて、別れの言葉を告げる。
「それじゃあ、さよなら兵藤。ちゃんと約束守ってね」
「ああ、またなミウナ。それにルビーも。約束はちゃんと守るよ」
「縁があればまたお会い出来るでしょう。その時が楽しみです」
それだけ言って、背を向けて歩き出す。
兵藤は日常へと。私は非日常へと。
私は放浪生活へと。兵藤は家へと。
良くない事がたくさんあった日だった。時間が経った後に思い出しても、今日が厄日であったという認識は絶対に変わらない。
だけど、その中で唯一の良かった事探しをするならば。
――そういえば、お姉ちゃん以外の人でこんなに話しをしたの、兵藤が初めてかも。
「おや、ミウナさん。少し機嫌が直りましたか?」
「・・・・・・別に、初めから機嫌悪くないし」
「そうですか。ところで、この後の予定はないのですか?」
予定、か。
本当はまだこの街で行ってみたい場所がたくさんあるんだけど、それはもう出来ない。
向かうならなるべく離れた場所にしたい。秋葉原へはある程度ほとぼりが冷めた頃に来るとして、次に行ってみたい場所は、
「うーん。とりあえず、大阪辺りにでも行こうかなって。食い倒れとかしてみたかったんだぁ」
「それはいいですねー」
前世でやってみたかった事一覧を脳内で思い浮かべながら、歩き始める。
貯蓄とか考えなきゃいけないから派手には使えないけど、まあ、そこら辺は未来の私が何とかしてくれるはず。
楽観的な私に、ルビーが訪ねる。
「ところで、もうイッセーさんの事はよろしいのですか?」
「よろしいって?」
「いえ、せっかく物語の主人公と面識が出来たのですから、これを期にミウナさんの言う原作へと関わるのも面白いと思うのですが」
何を言っているのだろうか、この人工神器は。
ついさっき別れを済ませたばかりなのに、もう面白さ優先で行動しろというのか。
「ダメだよ、ルビー。これ以上私達が関わるのは、兵藤にとっても良くない事だからね」
「はあ、しかしですねー」
「しかしもかかしもないの。まったく、反省したかなって思ったのに、やっぱりルビーはルビーだよね。今日の事で私は疲れたから、しばらくはトラブルを持ってこないで」
「でもですねー」
「むぅ。いい加減に諦めてよぅ」
今日だけでどれだけ死ぬかと思ったことか。やっぱり原作には関わるべきじゃないよ。
「本当によろしいので?」
「もう、さっきからなんなの? 言いたい事があるならはっきり言って!」
普段から原作入りを希望するルビーの事だ。どうせ今回も面白おかしく物事を進めたいって考えてるに違いない。
だから、ここではっきりと言わないと。
私は原作に関わる気は一ミリも、一ミクロンも、一切合切無いんだってこ――、
「あの封印は一日しか持ちませんけど放って置いてもよろしいんですか?」
――・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
「・・・・・・どゆこと?」
「やはりお話をちゃんと聞いてませんでしたか」
呆れたように溜息をつかれる。
その態度が腹立たしいんだけど、そんな事に構っている場合じゃない。
「だ、だって、封印は成功したって!?」
「ええ、はい。ちゃんと成功しました。それは間違ってないです」
「ならもう大丈夫なんじゃないの!?」
「いやですねー、ミウナさん。私はちゃんと言ったはずですよ。あの封印方法は限定的なものであると。なんの魔術の要素もなく補給も受けずに出来る恒久的な封印なんてあるわけないじゃないですかー」
「~~・・・・・・ッ!」
もはや言葉もない。
魔術を習ってるんだからちょっと考えれば分かるだろって?
あんな精神的にいっぱいいっぱいの状態で気づけるわけないじゃん!!
「おっと、もうそろそろ電車が発車する時刻ですね。おそらくイッセーさんも真っ直ぐ帰宅されると思うのですけど――」
「うぅうぅぅうぅう・・・・・・ッ!」
ルビーはちらりと私を見て、
「イッセーさんのご自宅の住所、知ってます?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!! ルビの、バカぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
―○●○―
「――ナさん、ミウナさん。こんなところで寝てはダメですよ」
「んあ?」
体を揺すられる感覚に、目が覚める。
どうやら回想している間に眠ってしまっていたらしい。
「・・・・・・私、寝てた?」
「はい、五分ほど。お疲れのようですし、寝るなら下に降りる事をお勧めします」
「それって兵藤の家にお邪魔しろって事? いやいや、ないから」
「今更ですねー。ここまで来てまだ粘るんですか? 再封印の際に顔を合わせる事になるのですから、いい加減に諦めた方が楽になりますよ」
ルビーの言う事は最もだ。
再びあの極太注射器を使うなら、どうあっても兵藤に接触しなければならない。だけど、それはもうルビーの思惑通り過ぎて抵抗感が湧き上がってくる。
私自身9割近く諦めてるけど、最後の可能性くらいは残しておきたい。
「あっ、兵藤を気絶させた後にぶすっとやるのはどうかな? 私だってバレないように後ろから行く感じで」
「発想が暗殺者みたいになってますよ! それを毎日やるつもりですか?」
「・・・・・・ですよねー」
言ってみただけで、現実感ないなーと思った。
ほら、顔を合わせにくいじゃん。ついさっきもう会うこともないよねってお別れしたばかりなのに、その数時間後に再会するのはちょっとどうかと思う。
しかも理由が封印に欠陥があったからではなく、そもそも一日しか効果のない封印を知らずに使ったって事だからね。
いくらなんでも恥ずかしい。
悶々と悩んでいると、視界の端に二本の鉄の棒のようなものが見えた。
程なくして、ひょっこりと少年が姿を現した。
「「あ」」
少年、兵藤一誠は本当にいた! なんて驚いた表情で。
対して私は見つかった! ってつい顔を逸らす。
「な、なんで二人がここにいるんだ・・・・・・?」
「えーと、その・・・・・・」
「ミウナさんに代わってこのルビーちゃんが説明しましょう。実はイッセーさんの封印はまるまるしかじかで」
「かくかくうまうまと・・・・・・って、えっ!? それってどうなるんだ!?」
驚いた顔でこちらを見る兵藤に、ようやく諦めのついた私は観念して頭を下げた。
「つまり、これからよろしくって事で」
「お、おう」
どうしようもなく締まらないやり取りで、これからの私の未来は決まる。
空を見上げても、やはり星の光は見えなかった。
今回で序章は終了です。
次回から原作前編へとなります。
せっかくプリズマ要素を入れたので、今後はクラスカードなんかも絡めて原作開始前までの物語を書いていく予定です。
つまり、原作はまだ先だよ( ;∀;)
頑張ります。