はぐれ悪魔との死闘の末、本気で死を覚悟するまで追い詰められた時に現れた乱入者。
その片割れが私の相棒だとわかった時、すごく嬉しかった。
それこそ出会ってから今まで、そしてこれからあるであろうルビーの悪ふざけを無条件で許せてしまうくらい、本気の本気で感動してしまった。
だからこそ、つい嬉し涙が出たのは仕方ない。
そのままのいけば、抱き締めたルビーに心細かったことや怖かったことを危うく全部ぶちまけていただろう。
・・・・・・もう一人の乱入者の姿を見るまでは。
「ルビー、ルビーッ!」
「おやおやミウナさん。そんなにボロボロになってお可哀想に。でも、もう安心ですよー。わたしがきたからにはもう安――」
「何で、ここに、兵藤一誠が、いるのよォォォッ!?」
「ええっ! そっちですか!?」
そっち以外に何があるっていうの!?
助けに来てくれたことは嬉しかったけど、彼の姿を見た瞬間に心臓が止まるかと思ったよ!
っていうか、なんでここにいるのよ、理由はなんとなく察せるけども!
相変わらず、私が絶対にやってほしくない事をピンポイントでやってくれるなこいつはぁぁぁっ!!
とルビーに当たっている間に、問題の兵藤が近づいてきた。
表情を見るにまだ今の状況をよくわかってないのだろう。膨れ上がる私の怒りに気付く様子もなく、心配そうな表情でこちらに駆け寄ってきた。これがまたムカつく。
こっちがどれだけこの状況に頭を痛めてるのか、知りもしないで・・・・・・ッ!
「ミウナっ、酷い怪我じゃないかっ!? 大丈――」
「大丈夫じゃないわよっ!!」
「っ!?」
感情に任せて声を張り上げた私に、兵藤が驚く。
なんで、なんで――!
「なんで、来たの? なんでここにいるの!? どう考えても、兵藤一誠がここにいていいはずないじゃんっ! ホントの、ホントにダメだって、ダメなのに・・・・・・! なのに、どうして? おかしいよ、こんなの・・・・・・ここはあなたがいていい世界じゃないのにっ!!」
「それは――、」
「だから、逃げたのにっ! 危ないから、私と一緒にいたら危ない目に合わせちゃうかもしれないから・・・・・・そのまま会わないように、してたのに。なのに、どうして来ちゃうかなぁ、・・・・・・ここに! なんで、このタイミングで来ちゃうのよ。こんな危ない場所にまで、なんで、なんで・・・・・・ッ!?」
「ミウナが心配だったからだ」
「――ッ!?」
何の躊躇いもなく出た言葉に、思わず言葉を失う。
ふつふつと湧いていた憤怒に、冷や水を掛けられた気分だった。
一瞬で熱が冷め、ここがどこで、今がどういう状況下を冷静に判断できるようになる。そんな私を兵藤の瞳がまっすぐ見つめた。
「俺さ、ミウナのことがすげー心配だったんだよ。泣いてたし、別れがほら、あんなんだったし。やっぱ心配でまたどこかで泣いてるんじゃないかって思ってさ。どうしてもミウナのことが気になって、だから探してたんだ」
「――」
「そしたら偶然ミウナのバッグを盗んだ男を見つけて、なんとか取り戻したんだけど。あ、そこでルビーと会ったんだけど、あいつってなんなんだ? って、今はいいか。とにかくルビーがさ、ミウナが危ないって言いだして、それでいても立ってもいられなくなって、だから助けに来た」
「・・・・・・なんで?」
「やっぱ放って置けないじゃん、男として! 泣いてる美少女をそのままにとか、それこそ男が廃るって。それに確かに危ないって聞いて怖かったけどさ・・・・・・ミウナが酷い目に合ってるのを見たら、気づいたら飛び込んでた。でも、俺は後悔なんかしてないぜ」
「・・・・・・どうして?」
「ミウナを助ける事が出来たから」
その言葉に、泣きそうになった。
なんて、主人公っぽい台詞なんだろう。
バカだって思った。すごくバカだった、私は。
全部、私のせいなんだって。こうして兵藤一誠がここにいるのも、今ピンチなのも、全部中途半端にしてきた私のせいだった。
悪いのは私で、兵藤一誠に当たるのは間違いだ。
だから――、
「貴様らァァァアアアアアアアアッ!!」
「「!?」」
怨嗟と怒りを纏わせた叫びと共に、大蛇が、はぐれ悪魔が起き上がる。
ルビーの不意打ちで潰れた右目から血を流しつつも、開かれたもう片方の目には激情と共に高密度の魔法陣が赤く、爛々と禍々しく輝いていた。
「ヨクもォ、ヤッテクレタなァ・・・・・・ッ!」
痛みでのた打ち回っていたのは大蛇にとって、恥と感じたのだろう。
先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺意を、全身から放っている。
「み、ミウナ、下がってろっ!」
そう言って、兵藤が私と大蛇の間に立った。
今の兵藤には何の力もなくて、怖くて膝だけじゃなく体が震えて仕方ない癖に。
そんな蛮勇とも呼べる彼の背中を見て、私は決心した。
守ろう、って。
「ううん、下がるのは兵藤の方よ」
「な、何言ってるんだ!? そんなボロボロの体で、危ないって無理すんな!」
無理してるのはそっちじゃん。
なんだか、笑ってしまう。さっきまで感じてた絶望が嘘みたいで、今は心が軽い。
「ねえ、兵藤。助けに来てくれて、ありがとう」
「な、なんだよ急に?」
「別に、言いたかっただけ。本当にありがとうって、そう思ってるから。だから、後は任せて」
「でも、そんな体で――」
「大丈夫だから、任せてよ。ね?」
全然大丈夫じゃないけど。
体中が痛くて、少し動くのだって、正直辛い。
だけど、心は晴れやかだ。こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。
兵藤より一歩前に出て、大蛇と対峙する。
都合三度目、お互い最後の仕切り直し。
「気ニ入ラネエなァ、小鴉ゥ。何ヲ余裕カマシテルンダよォ、あァんッ!? サッキマでェ、メソメソ怯エテ泣イテタ雑魚ノ分際でェ、何デソンナ目ヲシテヤガルンだァ?」
「私は私の責任を取る」
「あァッ!?」
「もう誰も、アンタに傷つけさせない!」
大蛇に通告するために。後ろにいる守るべき人を安心させるために。自分に嘘をつかないために。
自身を持って、高らかに宣言した。
そんな私の言葉を大蛇は笑う。
「カカカカカカカカッ、調子ニ乗ルナよォ、小鴉ゥ! 不意打チデ俺ノ目ヲ潰シてェ、イイ気ニナッテルンナラよォ、勘違イダぜェ?」
「そんなの、知ってるよ」
「あァん?」
「私は弱い。弱くて、臆病で、私一人だけだったら、怖くて泣いちゃってる。もうとっくの昔に逃げ出してる。そんなの、私が一番わかってる」
そう、私が一番知ってるんだ。私の身の程を。私の弱さを。
そんな私がこんな怖い世界に立ち向かえるとするなら、理由はたった一つ。
「だけど、私達なら・・・・・・ルビーと一緒なら頑張れる! そうでしょう、ルビー!!」
「はいはい、もちろんですよー!」
呼ばれて、今まで珍しく大人しかったルビーがここぞとばかりに主張を上げる。
その姿は、既に戦闘形態。魔法のステッキだ。
「いやー、ミウナさんと一誠様が良い雰囲気でしたんで、もしかしたらこのままわたしの出番がないのかと心配してましたけどー・・・・・・そんなことなかったですね! カッコイイこと言っておきながら、やっぱり最後はこのルビーちゃんを頼ってしまうミウナさん可愛いです!」
「う、うるさいなー。もとはと言えばルビーがもっと早く手を貸してくれなかったのが悪いんでしょ!? ・・・・・・あとでおしおきだから」
「ちょっと!? 今最後にぼそりと何か言いませんでしたかー!?」
いつものやり取り。
バカっぽくて、深い意味なんてなくて、お互いの配慮なんてしないただの会話だけど、不思議と安心する。勇気が漲ってくる。
もう一度、戦うことが出来る。
「俺ヲ無視シテンジャネェぞォ、小鴉ゥ! テめェ、俺ガズタボロニシテヤッタ事ヲよォ、モウ忘レヤガッタノかァ!?」
「・・・・・・忘れるわけないじゃない。すごく痛かったし、めちゃくちゃ怖かったんだから」
「ハッ、ダッタらァ――」
「だから、倍返しにしてあげるね 」
そう宣言して、私はルビーを、私の
「ルビー、いくよ!」
「はいはいお任せください! さあさあ、皆様お待ちかねの転身のお時間ですよー! 本編初なので今回はこのルビーちゃんも全力全開で気合をいれてフルバージョンの
『――コンパクトフルオープン!!』
光が溢れる。
それは聖なる光。カレイドステッキから噴き出した全てを塗りつぶさんと広がる眩い光が拡散し、そして再び私を包み込むように収束を得て、高次元の存在へと導いていく。
聖なる光は、乙女を包む聖衣へと。
聖なる光は、魔の力へと。
『――鏡界回廊最大展開!!』
膨大な力の奔流が行う収束と形成を繰り返す
奇跡のような力の具現化。その全ては、私を無限の魔力と無限の可能性を秘めた存在――カレイドの魔法少女へと至らすために。
そして――、
「魔法少女プリズマ☆ミウナ、爆☆誕!!」
元気で希望に満ちた愛らしい声。
玄人をも唸らせる分かってるあざといポーズ。
身にまとった羽ばたく鳥を連想させる桃色の衣装。
その姿は、全体的に可愛らしさを強調しながらも、私の成長途中の未熟な体に色気を感じさせる魅惑的な、まさしく魔法少女を体現したそのもの!
色とりどりの光に祝福された魔法少女が、今この地に降臨した。
「ってなにコレーッ!!?」
たった今起こった現象に真っ先に反応したのは、私だった。
「どうしたんですか、ミウナさん? “いつもの”変身シーンですよ?」
「し、してない! こんな派手な演出の入った変身なんて、今までなかったよね!? っていうか何で“いつもの”なんて強調してるの!?」
「いやー、我ながら非常に可愛らしく出来ていると、自画自賛しちゃうレベルですねー」
「やっぱりルビーの仕業かァー!!」
「ふふふのふー、いいのですかミウナさん? せっかくの可愛いお姿を皆様が見ておいでですよー?」
「――ハッ!?」
あんまりな出来事に抗議の声を上げる私を無視するルビーに言われ、ようやく状況を思い出す。
前には固まったままの大蛇。
恐る恐る振り返れば、何でか私より少し距離を置いている兵藤。
もしかして、引かれてる?
「あ、あのね、兵藤。こ、これは、その・・・・・・」
「あー、うん。なんだ・・・・・・、か、可愛いと思うぞ?」
目を合わせてくれない。
あー、やっぱり引かれてるよねー。
「ち、違う。違うの! これ私の意志じゃないのぉぉぉぉぉっ!!?」
「お、落ち着けってミウナ! 俺、魔法少女は可愛いって思うし、全然大丈夫だから、だから揺らさないで苦しぃッ!?」
「大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない! やり直させて! もう一回やり直させてよぉぉぉぉぉっ!!」
「お、おお俺に言われても!? あ、ああ、ほらあの蛇待ってるポイって! 早く行ってあげないと!」
ううぅ、こ、こんなはずじゃなかったのに。
さっきまでの私、すごくかっこよかったのに。
傷つけさせない! って一度言ってみたかった台詞を言えて、ちょっと嬉しかったのにぃ。
ルビーのバカぁッ!!!
「・・・・・・お待たせしました」
「オ、オうゥ・・・・・・」
はぐれ悪魔にまで引かれてる・・・・・・。
ふ、フフ。もうほんとヤダー。
こんなの、あれもこれも全部――、
「アンタのせい! これもあれも全部アンタが悪いんだからぁ!!」
「何テ理不尽ッ!? フザケテイルノはァ、小鴉ゥノ方ダロウがァ!!」
そんな叫びから再開した戦いは――、
「コノ茶番もォ、終ワリだァ小鴉ゥッッッ!!!!」
大蛇の目が深紅に染まり、殺意そのものを乗せた魔力が集っていく。
空気が震えるほどの濃密な魔力は、間違いなく、先ほどまでとは比べ物にならない威力の爆発を生み出すのだろうと、容易に想像できるほどだ。
対して私は、心身ともに満身創痍。
ルビーと兵藤のおかげで精神的に多少は楽になったものの、それは変わることなく確実に私の体を蝕み、気を抜いてしまえば意識すら保てないかもしれない。
たった一撃でもダメージを負えば、それで終わり。そんな最悪のコンディションに加え、私の後ろには
そんな不利な状況なのに、どうしてかな。
「ルビー、いける? 私は全っ然、負ける気がしないんだけど!」
「もちろん、いつでもいけますよー! 何と言っても、ミウナさんをいじめてくれたあのはぐれ悪魔には、このルビーちゃんも珍しくお怒りなんですからねー。手加減なしでいかせていただきます!」
頼れる相棒の返事に、思わず笑みが出る。
私にも、もう戦い続けるだけの余力なんてない。だから、出来ることはただ一つ。
「死ねェェェェェェェッ!! 小鴉ゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!!!!!」
「ルビー、魔力障壁最大出力で展開ッ!!」
瞬間。凄まじい衝撃が魔力で固定されているはずの建物を揺らした。
大蛇にとって、先ほどまで貯め続けていた魔力に加え、雑魚と思っていた小鴉の反撃に、その後の訳の分からない展開のせいで最高潮にまで上り詰めた怒りを込めた、まさしく最強の一撃だったのだろう。
早々にこの狩りを終わらせてやる。
そんな憎しみがダイレクトに伝わるほどの破壊力を秘めていたに違いない。
「――なッ、ンダとォッ!?」
だからだろう。
その全てが無意味へと弾かれた事への衝撃は、いったいどれほどのものなのか。
あれだけの爆発を起こしながら、結果が私どころか後ろにいる兵藤すらも傷一つない事実を見て、大蛇は信じられないとばかりに声を荒げた。
「コレはァ、ドウイウコトだァ!?」
「んんー、なかなかの威力でしたねー。ランクにすればB+相当の魔術とお見受けします。けど残念! 今のミウナさんが纏う魔力障壁はAランク以上の魔術でなければ、かすり傷さえつけられないのです!」
「なァッ!?」
「ふっふっふっ、驚いて声も出ない様子ですねー。どうですか、先ほどまで雑魚と侮っていた相手に傷一つ付けられないこの状況は? ねえ今どんな気持ち? どんな気持ちですかー?」
「・・・・・・無駄に煽るのやめようよ」
楽しげなルビーの声に、ちょっと大蛇に同情心が沸く。
そう、同情だ。それが出来るだけの余裕が私の中で出来つつあった。
起死回生の逆転劇でも、奇跡的な力の覚醒が起きたわけでもない。
ただ、ルビーを手に取っただけ。
それだけで私と大蛇の間にある力の差が、絶望的に広がってしまったのを感覚と理性で感じ取ってしまっていたから。
(・・・・・・やっぱり、ルビーってチートだよね)
つい、もう何度目になるかわからない感想を抱いてしまう。
人工神器:
たった今語られたAランクの魔術障壁に加え、物理保護、治癒促進、身体強化能力などが常時かけられており、私を守り続けている。
これだけでも過保護なほどの防御システムなのだが、ルビーの本質は全くの別物。この恩恵の数々はあくまで副産物に過ぎないというのだから、もはや何も言えない。
こんな神器を一体何が目的でグリゴリは、お姉ちゃんは作ったのだろうか?
そして、何を思って私にルビーを預けたのか?
分からない事だらけだ。でも、今は感謝してる。
「フザケルなァッ!」
大蛇の目に、再び赤い光が宿る。
でも、もうそれが怖いとは感じない。
私に向って連続で放たれる爆破魔術は、全て私に纏う障壁に阻まれて届くことなく散っていく。
散々苦しめられた魔術がこうもあっさりと無力化された事に、どこか釈然としない気持ちを抱きながらも、私は一歩前へ踏み出して告げた。
「もう、終わりにしよう」
「ッッ!? マ、待てェ! ナンだァ、コレはァッ!? 何デコンナ事ニナッテイるッ・・・・・・!!?」
「待たないよ。ここであなたを逃がせば、あなたはまた必ず人を襲う。誰かを犠牲にする。だから、絶対に逃がさない。それに」
さらに一歩、前へ。
もはや力関係は逆転した。これ以上先延ばしにする理由はない。
「・・・・・・すごく、痛かったんだから」
「ぐゥッ、待てェ、小鴉ゥ!? ナンだァ、オ前ェ! イッタイ何ナンダよォ、ソノ魔力はァッ!?」
内から溢れる魔力をステッキの先端へと収束させていく。
その魔力の濃密さに、大蛇は盛大に顔を引きつらせながら喚くが、もはや何もかもが遅い。
「・・・・・・ものすっごく、怖かったんだからっ!」
「待てェ・・・・・・ッッ!?」
「おやおやー、さすがのミウナさんも今回ばかりはブチギレモードのようですねー。というわけで、これで終わりにいたしましょう!」
「待てェェェェェェェェェ―――ッッ!?!?」
「絶対に、許さないだからァァァァァァァァァッ!!!!」
創造するのは一撃必殺の刃。
威力は当然、手加減なしの全力全開ッ!!
大 ・ 斬 ・ 撃 !!!!!
振り被られたカレイドステッキから発した魔力の奔流は、その圧倒的な力を余すことなくはぐれ悪魔へと叩き付けた。
悲鳴を上げる事すらも叶わない。
はぐれ悪魔も建物も、この場にある全てを飲み込み、吹き飛ばしながら、天上へと消し飛ばしていく。
それで終わりだった。
戦略も戦術もない、ただの強すぎる暴力での決着。
散々苦しめられ続けた私とはぐれ悪魔との最終戦は、なんの盛り上がりもなく、あまりにも呆気なく幕を閉じたのだった。
―○●○―
青空が見えた。
建物の中にいた時間は三十分にも満たないはずなのに、すごく久しぶりに思える。
きっと命を懸けた戦いを切り抜けられたからだろう。
ようやく解放された事に、ほっと息を吐いた。
ただし、まだ問題は残ってる。
一応、魔力斬撃には上に行くように指向性を持たせたから、周囲の被害は消し飛んだ廃工場と周りのビルのガラスが余波でひび割れたくらい。
でも、さすがにあれだけの力を使っておいて、他の人外達に気付かれないなんて事はないだろう。
早急にここを離れて、痕跡を消さないといけない。
それと、もう一つ。
「え、ええっと、やったのか・・・・・・?」
「それ、フラグだから止めてほしいんだけど・・・・・・」
振り返ると、兵藤一誠がそこにいて。
彼もまだ状況についてこれてないんだろう。不安そうな顔できょろきょろと辺りを見回している。
どうしよう、と思う。
完全に巻き込んでしまった。もう言い訳も誤魔化しも出来ない。
「ねぇ、今までのが全部夢だったって言ったら、納得できる?」
「いや、さすがに無理だろ」
「だよねぇ・・・・・・」
あははっと乾いた笑いが出る。
とんでもない原作ブレイクだ。
原作開始前にも関わらず、兵藤一誠が非日常へと足を踏み入れてしまった。
「ルビー、どうにかして兵藤の記憶を消す事って出来ないかな?」
「んー、そうですねー。頭がパーになってしまいますが、ここ数日の記憶を消す薬なら今すぐにでも」
この際なのでダメもとで元凶のルビーに尋ねてみたら、案外いけるらしい。
でも、頭がパーになるって・・・・・・。
「まあ、いっか。じゃあ、それで・・・・・・」
「なんかめちゃくちゃやばい話してないか!? パーってなんだ? 絶対嫌だぞ!?」
身の危険を感じたのか、兵藤が私から距離を取る。
分かるけど、それでも何とかしないといけない。
そんな悲しい現実に同情の念を込める私を見て、ますます怯えた兵藤が騒ぎ出した。
「お、俺の記憶を消すとか、何でそうなるんだ!? 俺、なんかしたっけ!?」
「・・・・・・さっきも言ったと思うけど、こっちの世界は危ないんだよ」
兵藤から目を逸らし、言い聞かせるように語る。
「助けに来てくれて、感謝してる。それは本当だよ。でも、これ以上はダメなの。ここでお別れしないと、たぶん、お互いにとって辛い事になると思う」
「な、何で・・・・・・?」
「あなたは、弱いから・・・・・・」
「――っ」
視界の外で、兵藤が息を飲むのがわかった。
助けに来てくれて嬉しかったのも、それを心の底から感謝してるのも、全部私の本音。
でも、これとそれとは別なんだ。
ズキズキと傷とは別に痛む胸を押さえながら、それでも私は言わなければいけない。
「今の、見てたでしょ? あの戦いは、一歩間違えれば私は死んでた。兵藤だって、危なかったんだよ。こんなとこに来ちゃダメなんだよ」
「で、でも、俺はミウナの事が心配で・・・・・・!」
「うん、分かってる。それはちゃんと分かってるから」
兵藤一誠は優しい人だ。
それは物語の主人公だと知ってたからとかじゃなくて、ほんのちょっと過ごした中で、泣いていた私を慰めてくれて、手を差し伸ばしてくれて、笑いかけてくれた。
物語じゃない、実物の兵藤一誠にたくさん助けられて救われた。
だから、分かってる。彼の優しさを。
だからこそ、私達は共に関わるべきではないのだ。
「ありがとう、兵藤。あなたが来てくれて、すごく嬉しかった。それとごめんね。あの時逃げちゃって」
「本当にお別れしないといけないのか? せっかくまた会えたんだし、もう少し仲良くなれないかって、その・・・・・・」
寂しそうな顔をしないでほしい。
あなたにはこれから、ちょっと期間が空くけど、ちゃんと心の底から分かり合える仲間がたくさん出来るんだから。
私よりも、そっちの仲間の方が、絶対良いんだから。
「・・・・・・ごめんね」
「俺、ミウナともっと話したかった・・・・・・」
「私には、ないかなぁ・・・・・・」
あんまり兵藤の印象に残りたくない。
もう手遅れ感がハンパないけど、私にとって兵藤と親密になるメリットってないんだよね。
むしろデメリットの方がお互いにとって大きいから、さっさと別れた方が良いのに・・・・・・。
何でだろう。
押し黙ってしまった兵藤の次の言葉を待っている私がいる。
・・・・・・未練、なのかなぁ。
ふと出てきた答えに、疑問を抱く。
何故そんな事を考えてしまったのか、と。
しかし、その答えはルビーの言葉に遮られて見つけられなかった。
「むむっ? ミウナさん、ちょっといいですか?」
「・・・・・・どうしたの、ルビー?」
「さっきのはぐれ悪魔なんですけど、どうやらしぶとく生き残ったみたいですねー」
「・・・・・・え?」
いつもの声の調子を変えずに告げてくるルビーの言葉に、一瞬、何を言ってるのか分からなくなる。
同時に気付いた。
私の右肩甲骨がまだ疼くことに。まだ熱いことに!
だけど、世界の時間は止まってくれなくて。
不意に、異変が起こった。
地面が動いたのだ。それも兵藤の真下の地面が。
それがどう意味なのかを考える前に、私は飛び出していた。
「逃げて、兵藤ッ!?」
「えっ!?」
ようやくそこで、自分の周りで起こる異変に気付いたのだろう。
しかし、それはあまりにも遅すぎて。
地面が割れ、巨大な蛇の顎が姿を現す。
大きく開かれた口は、砕いた地面ごとその場に立つ人間をも巻き込んで飲み込もうとする。
「させないんだからぁぁぁぁッ!!」
「ミウナ!?」
その直前。
私の手が、届いた。
兵藤を突き飛ばす。ぎりぎり、蛇の口の外へ。
その代わりに、私は奴の口の中へと飛び込んだわけで。
目の前で呆然とこちらを見る兵藤の姿に安堵しながら、私の視界は真っ暗に閉じられた。
―○●○―
Said一誠
・・・・・・今、何が起きたんだ?
地面に転がりながら、俺はたった今目の前で起こった出来事を思い出す。
ついさっきまでだ。
ありがとうと言ったミウナが、笑っていたのは。
お別れを告げるミウナが、泣きそうになっていのは。
そんなミウナにどう言葉をかければいいのか。なんて言えば彼女が喜んでくれるのか、俺は出来の悪い頭を捻って考える。
お別れなんて、嘘だよなとでも言えばいいのか?
自分の我儘で、これ以上ミウナを困らせてもいいのか?
そうして纏まらない考えの中から言うべき言葉を探している内に、事態は急変した。
気づけば、ミウナに突き飛ばされていた。
必死にこちらに向って手を伸ばすミウナが見えて、手が届くと安心した表情をしたミウナがすぐそこに居て・・・・・・今は、どこにも姿がない。
・・・・・・なんで?
答えは、直ぐ上から降って来た。
「グゥくッ、カカカカカカカカッ!」
醜い、不快な笑い声が聞こえる。
さっきまで俺が立っていた場所に、地中から巨大な大蛇が現れていた。
肉は抉れ、鱗は剥がれ落ち、まさしく満身創痍と言ってもいいほどの怪我を負ったそいつは、全身からどす黒い血を流しつつも、愉快でたまらないといった厭らしい笑みを浮かべながら空に向って笑っていた。
その大蛇の体の一部。不自然に膨れていた場所が流動的に動く。
ゴクリッ
嫌な音が聞こえた。
何かを飲み込んだような、そんな音。
「あ・・・・・・あ・・・・・・ッ!」
まさか。
まさかっ!?
ようやく追いついてきた理解を、心が拒絶している。
それでも事実は覆らない。
「どうして・・・・・・っ!?」
何でこんなことしたんだ!?
そう叫びたかったけど、その答えに応えてくれるミウナはどこにもいない。
だって、ミウナは俺を庇ってあの大蛇に食べられたんだから。
「ザマミろォ、小鴉ゥ! テメェミタイなァ、弱イ奴ガよォ、俺ニ勝テルワケネェダロウがァ・・・・・・!!」
「お前っ!!」
彼女を嘲笑する笑い声に、一気に全身が沸騰したかのように熱くなった。
何も考えることが出来なくて、でも、勝手に体は動いていた。
「ミウナを返せェェェェッ!!」
喧嘩なんて、まともにやった事なんてない。
誰かを本気で殴った事もない。
だから、これが俺にとって初めて怒りに任せた暴力だった。
右の拳を握り締め、思いっきり大蛇を殴りつけた。
拳がぶつかった瞬間、悲鳴を上げたのは俺の方だった。
痛ェ! なんだよ、こいつの体は!?
固い鱗と分厚い皮膚に守られた大蛇は渾身の力で殴ってもびくともしなくて、まるで鉄でも殴ったかのような気分だ。
そこでようやく大蛇が俺に気付いた。
「あン?」
「ぐっ・・・・・・、このぉっ!」
獰猛な爬虫類の目がこちらを向いて、途端に膝が震えそうになった。すげぇ怖い。それでも何とか意地だけで一歩踏み出したところで、
「フんッ」
「がぁっっッ!?」
真横から来た尻尾に、俺は吹き飛ばされた。
体中を襲う衝撃に、意識が持っていかれそうになる。何度も地面に体を打ち付け、ようやく止まった時には、俺の体は酷いくらいにボロボロになっていた。
「ぐっ、ああっ!?」
痛い。痛い痛い痛いッッ!!?
全身を襲う痛みに、堪らず叫んだ。
たったの一撃だった。それも、たぶんあの大蛇にとっては虫を払い除ける程度の感覚で振るった一撃。
それだけで、こんなになっちまうのかよ。弱すぎだろ、俺。
「ナンだァ、オ前ェ? 俺ガセッカク気分ヨクシテルノニよォ、人間ノ分際デ邪魔シヨウトシタノかァ? あァんッ?」
「うっ!?」
睨まれて、怖いって思った。
思い出すのは、ミウナの一言。
『あなたは、弱いから・・・・・・』
ああ、そうだよ。そうだった。ミウナの言う通りだったんだ。
ミウナを取り返そうって、あの大蛇をぶっ飛ばしてやるって威勢よく殴りかかったのに全然ダメだった。
大蛇に睨み付けられただけで、体が竦み上がっちまった。
情けねぇ・・・・・・!
「テメェ等ミタイナ弱者ハよォ、隅ッコデ大人シクシテレバイインダよォ!」
ドスンッ。
俺のすぐ真横に大蛇の尻尾が叩き付けられて、その衝撃で俺の体が転がる。
「コノ世ハ弱肉強食ナンダカラよォ、弱イ奴がァ、デシャバルンジャねェ!」
ドスンッ。
今度は反対側に、尻尾を叩き付ける。
遊んでるのかよ、こいつ・・・・・・っ!
「ソウスりゃァ、モウチョットハ生キ残レタカモシレナイノニなァ、人間?」
わかってるさ。俺がバカだって事くらい。
ミウナを助けに来たはずが、ミウナに助けられて。
結局俺は何も出来ずに、ミウナの足手まといになっちまった!
「カカカカッ! アノ小鴉モよォ、今ノオ前ミタイにィ無様ニ転ガッテタンダぜェ。ミットモナク泣イてェ、愉快ダッたァんダよォ。ナノにィアノ小鴉ガ無駄ナ抵抗シヤガルカらァ、オカゲデよォ、俺ハボロボロにナッチマッたァ。クソがァ!」
・・・・・・そうか。
「ダカラよォ、俺ハオ前ヲ喰ウぞォ。恨ムナらァ、小鴉ヲ恨ミなァ」
「・・・・・・ああ、わかったよ」
「アん?」
怪訝そうにこちらを見る大蛇を無視して、両足に力を込める。
痛む体を無視して、震える足を抑えつけて、精一杯の虚勢を張って大蛇を睨み付ける。
「オいィ、ナンダソノ目はァ?」
「わかったんだよ、ミウナが言ってた事が。ようやくな」
「アあァ?」
あの時、なんでミウナが俺を拒絶するのか。今ならわかる。
「心配してくれてたんだ、ミウナは。俺の事を、俺の為に思って言ってくれてたんだ」
初めに言ってたじゃないか。危ないって。
それって、俺の身を案じてくれてたって事だよな?
あんなにボロボロになって、今にも死んじゃいそうだったのに。自分の事よりも先に俺の心配をしてくれて、危険から遠ざけようとしてくれてたんだ。
「なのに俺は、自分の事しか考えてなかった!」
ミウナと仲良くしたいって。
可愛い女の子とお近づきになりたいって。
そんな下心を持って、ミウナの想いに気付く事すら出来ないなんて!
「おりゃあっ!」
殴りかかる。でも、その拳は届く事ない。
「フん」
「ぐっっ!?」
吹き飛ばされた。
また転がって、全身を強く打つ。けど、立ち上がる。
今度は助走をつけて大蛇に飛び掛かった。
「・・・・・・」
「ぐあっ!!」
吹き飛ばされる。
痛みで、目がちかちかした。
けど、そんなの知るか。何度だって立ち上がってやるよ!
「まだだっ・・・・・・!」
「気ニ入ラねェ。雑魚ノ分際デよォ、ナニ盾突イテヤガるゥッ!」
「ぎっ・・・・・・!」
弱ぇな、俺。今まで何やって来たんだって思うくらい、手も足も出ねぇ。
守りたいって思った女の子すら守れず、逆にボコボコにされてる。
勝てる見込みなんて、万が一にもないってバカな頭でも分かってる。
「それでも、譲れねぇんだよォォォォォッ!」
「ナンナンだァ、テめェ。鬱陶しィ。何デソンナボロボロノ癖ニ動ケヤガるゥ? モウ死ニソウジャネエかァ」
「ははっ、何でだろうな? 俺にだって分からねぇよ」
強いて言うなら、男の意地ってやつか?
さっきから体中が熱いし、本当に死んじまうかもしれないかもな。
「でもさ、お前だってあんまし俺と変わらねぇだろ?」
「あァ?」
「お前だって、本当はもうやばいんだろ。そんだけボロボロになってるんだ。大丈夫なはずがねぇ。それミウナがやったんだよな? マジですげぇじゃん」
どうやってこんな化け物に傷をつけたんだよ。
さっき目の前で光ったすごい力か? いいや、こいつは俺達が来る前から傷ついていた。それって、ミウナが頑張ってこいつと戦っていたって事だよな?
すごいよ。心の底から思う。
「ハんッ。ナニ訳ノ分カラナイ事ヲ言ッテヤガるゥ?」
「じゃあ、何で俺がまだ生きてるんだよ?」
俺の質問に、ついに大蛇が口を閉ざした。
「俺、正直言って今にも倒れそうなんだよ。体を動かすのもマジで辛ぇ。でもさ、それって俺だけか? お前だって同じだろ。気づいてるか? さっきから殴られてるけど、どんどん痛くなくなってるぜ」
「ダカらァ、ナンダよォ。テめェガ俺に勝テネェ雑魚ダッテ事ニはァ、変ワラネェダろォ」
「・・・・・・ああ、分かってる。俺がどうしようもないくらい弱いって、充分分かってる。だけど、」
ミウナは言ってたんだ。私は弱いって。
ちゃんと覚えてる。
自分は弱くて、臆病で、一人だったら怖くて泣いちゃうって、そう言ってたんだ。
それでもミウナは頑張ってたんだ。最後まで。どうしようもなくなるまで。
だから、俺だって勝てないって分かってても、立ち上がらないわけにはいかないんだ。
ちゃんと覚えてる。ちゃんと聞こえてた。
あの子が叫んだ、俺を呼ぶ声を!
「ミウナが、『助けて』って言ったんだよ! 俺に、助けを求めてくれたんだっ! だから、譲れない! 絶対ぇに諦めてたまるかァァァァァッ!!!」
「あァ、ソウカよォ。ダッタラよォ、オ望ミ通リニ殺シテヤルよォッ!」
戦う。
譲れない想いと、ミウナを助けるために。
俺は今日、初めて命を懸ける。
「死ねェェェェッ!!」
「っ!」
ズドンッ!
太い尻尾が、上から振り下ろされる。
だけど、俺は避けた。やっぱり、動きが悪くなってる!もう目で追えるくらいだ!
拳を握る。
「人間ノ分際でェ、俺ニ逆ラウンジャねェッ!!」
「知るかっ、そんなもんッッ!!」
駆ける。足を動かす。
なんだよ、俺ってまだ動けるじゃん。
不思議なくらい体が軽い。
全身が燃えるように熱い! 特に左手が!
まるで力が集まっていくみたいに熱いっ!
もしかして、神様が力を貸してくれてるのか? だったら、こいつをぶん殴るまでお願いします!
前へ進む。
前へ前へ、拳が届くまで、足を止めない。
「終ワリだァ、人間ッッ!!」
再び振り下ろされた尻尾を避けると、大蛇の声が聞こえた。
なんだ? あいつの目が赤く光ってやがるッ!?
ドンッッッ!!
空間が爆発する。
なんでそうなるのかは、俺には分からない。
魔法なのか? それとも爆弾でもあったのか?
まあ、いい。考えたって分からないんだ。だけど、俺は。
「っっ、遅ェッ!!」
「何ィッ!?」
前に進むのを止めない!
その爆発って、さっきミウナにやったやつだろ? お前の目が光ったら爆発するところ、俺だってちゃんと見てたんだよ。残念だったなバァカッ!
すぐ後ろで起こった爆発の衝撃すら利用して、前へ。
ついに、大蛇の懐へ。
「くらえっ!クソ蛇ッ!」
全身の力を左手に込める。
俺の想いを全部乗せる。燃えるように熱いこの想いを全て!
だけど、やっぱりそれだけじゃ足りないんだろうな。
俺って弱いし。
だからさ、神様。見てるんだろ?
お願いだ。この瞬間だけでいい。ちょっとだけでいいから力を貸してください。
こいつをぶっ飛ばすだけの力を。
ミウナを助ける力を。
俺が生まれて初めて、守りたいって思った女の子を守る力をッ!!
魂が、震えた。
「コのォッ、人間風情がァァァァァァァ!」
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
あいつの鉄みたいに硬い鱗に当たって、俺の拳の方が壊れるかもしれないけど、そんなの知った事か!
固く握りしめた拳に全てを込めて、まっすぐに大蛇へと突き刺す。
ゴォッ!
拳が当たった。不思議と痛みを感じない。だから、そのまま力の限り押し込んでやる。
そして、俺でも予想外の事が起こった。
「がァッ!?」
大蛇がのけ反った! 嘘だろ、ダメージが入ったのか!?
いや、この際なんでもいいや。とにかくもう一回殴る。ぶっ飛ばす! それであいつがミウナを吐き出すまで殴りつつけて――、
「うッ!?」
突然、膝の力が抜けた。
どしゃっと、足を踏ん張る事も出来ずに転ぶ。
すぐに立ち上がろうとするけど、体がまったく言う事を聞いてくれない!
「くっそ。このっ・・・・・・!」
おい、待ってくれよ。ここまで来てそれはないだろ!?
もうちょっとなんだ。あと少しだけでいいから、力を貸してくれよ、神様っ!?
そう叫びたかったけど、声すらまともに出ない。
もうとっくに俺の体は限界を超えてたんだろうな。さっきあいつにも言ったけど、俺だって変わらないくらいボロボロにされてたんだ。
体中に駆け巡っていた熱が、どんどん抜けてくのを感じる。
マジでもう終わりなのか・・・・・・?
「ヨクモヤッテクレタなァ、人間ッ!」
あいつの声が聞こえた。
やっぱり一発殴っただけじゃダメみたいだ。まだまだ仕返ししてやりたいのに、今の俺には睨み返す事しか出来ない。
「アノ小鴉トイいィ、テメェトイいィ、俺ヲココマデコケニシタ奴ラは初メテだァ。覚悟ハ出来てェ・・・・・・アァん?」
「・・・・・・?」
「テめェ、ソレハ・・・・・・」
いったい何なんだ?
変な声を出したしたと思ったら、急にじろじろと俺を見始めたぞ?
「ソウかァ、テめェ、
「セ、セイ・・・・・・?」
今なんて言ったんだ?
俺を無視して、大蛇はおかしくてたまらまないといった様に笑う。
「俺はァ、運ガ良イぜェ。マサカ『龍』ヲ喰ウ事ガ出来ルナンテよォ。コレデマタ強クナレるゥ」
よく分からないけど、今喰うって言ったのか? 俺を食べるつもりなのかよ!?
「まだ・・・・・・っ!」
全身を奮起させて踏ん張るけど、まるでダメだ。
無様に四つん這いになって、それすらも維持するのがやっとで。
でも、なんでだろうな。
恐いって感じはしないんだ。
悔しいって思ってるのに、情けないって感じてるのに、恐怖だけはしていない。
それってたぶん、俺の心はまだ死んでないって事だよな?
まだやれるって、まだ戦いたいって俺の意志が折れてない証拠だよな?
だったら戦える。
例え体が動かせなくても、全身の骨が砕けても。
「まだだぁッッ!!」
魂が燃えてるなら、戦えるはずだ!
『Boost!!』
声が聞こえた、気がした。
誰の声なのか、どこから聞こえたのかもわからない。
だけど、その声がなんだか励ましてくれているように聞こえたから。
「お、おおっ・・・・・・!!」
また立ち上がる。
震える体に鞭を打って、僅かに宿った体の熱を力に変えて。
目の前の敵から、お姫様を救い出すために――!!
「カカカカッ! サラバだァ、人間!」
でも、悲しいくらいにそれが限界で。
睨み付けるのが精一杯で。
拳すら握れない弱さが嫌になって。
それでも。
「ミウナァァァァァァァッ!!」
この気持ちだけは、誰にも負けない!
死んだって、絶っ対に負けてやるもんか!!
迫る牙を避ける術はない。
確実な死から逃げる事は出来ない。
だけど――、
だけど、もしもご都合主義があるなら?
この状況を覆す事の出来る、奇跡が起こるとしたら?
それが出来るのは、この場でただ一人。
「グッがァ――ッ!!!???」
大蛇の声が裏返る。
眼前にまで迫った凶悪な牙は、なんでか俺には届いてない。
それどころか、苦痛に濡れた悲鳴を上げてのた打ち回り始めた。
「な、なんだ! 今度はなんだ!?」
突然起こった出来事に、頭が追い付いていかない。
だけど、しっかりと見た。
大蛇の、あいつのお腹がバカみたいに膨らんでいるのを。まるで誰かが腹の中で暴れているみたいに!
「・・・・・・ははっ」
自然と、笑い声が出た。
力の抜けそうになる足に最後の気力を振り絞って、その光景を目に焼き付ける。
「やっぱ、すげぇよ。弱くねぇじゃん、ミウナ」
大蛇の最後はすぐに訪れた。
「ギぎィ、おォ、俺がァ・・・・・・コンなァ、トコロでェ・・・・・・ガアアアアアアアアッ!!?」
断末魔が響く。
ついに限界に達した大蛇の体が、膨らませ過ぎた風船みたいに爆発四散して、ちょっとグロい事になっている。
そんな真っ只中で、一番聞きたい声が聞こえた。
「げっほげっほ。さ、流石に今日は死ぬかと思ったよ・・・・・・」
「いやー、今まで齧られる事はありましたけど、まさか丸のみとは貴重な初体験をしてしまいましたねー」
「一生味わいたくなかったよ。うっ、臭い。べとべとするぅ。お家帰ってシャワー浴びたい。ぐすっ」
能天気にもほどがあるだろ。
今までの死闘が嘘みたいに思えるほど、二人の声には緊張感がなくて。
それがこの事件がようやく終わった事を教えてくれている気がした。
「ミウナ、ルビー、無事だったんだな!?」
「全然無事じゃない・・・・・・って、兵藤!? 何その怪我、ボロボロじゃない!? それに・・・・・・え? それ、左、え?・・・・・・・・・・・・え?」
ボロボロって言うのはお互い様だと思うけど。
なんか恥ずかしいな。名誉の負傷って言い張れるけど、結局ミウナを助けようとして失敗しただけだし。
「おや、イッセー様も少し見ない間に随分と様変わりしましたねー。それに、うぷぷ。とっても面白い事に。えぇ、大変面白い事になりましたねー」
「何の事だ?」
ん? 何だ?
和気藹々なムードから急に空気が変わったぞ?
ルビーは愉快そうに体を震わせてるし、ミウナは今にも倒れそうなくらいに顔色がやばい事になってるぞ!?
「お、おい。大丈夫かよ、ミウナ。顔真っ青だぞ?」
「あ、えと、その・・・・・・それぇ」
心配して声を掛けたら、なんか泣きそうな顔で指差された。
俺の方に指が向けられているんだけど、指す場所はちょっとずれていて、たぶん、俺の左手か?
別に変じゃない、真っ赤になった左腕があるだけだけど?
「ん?」
真っ赤だった。俺の左腕が。
「・・・・・・え?」
血塗れとか、塗装とかそんな軟なものじゃない。
赤い、何かがそこにあった。
手の甲の部分に宝石みたいな物がはめ込まれていて、かなり凝った装飾の施された赤色の籠手。まるでアニメとかに出てきそうな物体。
俺の左腕は赤色の籠手らしき物で覆われていた。
「な、なんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
何これ! 何これ!?
いつ間にこんなの着けてたんだ? 全然覚えがないんだけど!?
「いやー、大変な事になっちゃいましたねー」
なんて、愉快そうな呑気な声が聞こえた。
「見て下さいよー、ミウナさん。
ろ、ロンギ・・・・・・?
何やらとても機嫌が良さそうにはしゃいでいるのは、不思議な魔法のステッキ、ルビー。
「・・・・・・お願い、ルビー。私ちょっといろいろと限界だから、黙ってて」
今にも泣きそうになって全力でこちらを見ないようにしているのは、黒い片翼を持った魔法少女、ミウナ。
俺はこの時、まだ何が起こったのか、まったく分からなかった。
今日、偶然から始まった出会いが何をもたらすのかも。
この先、この不思議な二人組と長い付き合いになることも。
そして。
これから始まる日常が、今までの俺の世界をぶっ壊してしまう程の、過酷で愉快で大変で、そんな波乱万丈の物語になっていくなんて、想像すら出来なかった
Said out
人物紹介
ミウナ・E・衛宮(女オリ主)
種族:堕天使
神器:
幸薄系片翼堕天使魔法少女という業を背負った少女。歳は兵藤一誠よりも一つ下。
本作の主人公で、多重コンプレックス持ちに加え、実は記憶喪失という地雷原を持つ面倒臭い娘。
すごく周りと状況に流され易い。
ぼっちの癖に割と簡単に人を好きになるチョロイン。
そんな性格のせいで、上司には逆らえず、他人の不幸を見て見ぬふりが出来ない。
ルビー
種族:人工神器
ミウナの相棒にして、全ての元凶。何か事件が起こるのはだいたいこいつのせい。
自分にとって愉快な事をするために手段を選ばない傍迷惑な性格で、ミウナの涙目で怒る表情が一番好きで、実は夜な夜な成長阻害魔法で合法ロリ計画を企むという極悪な事をしてたりする。
当初は創造主であるミウナの姉からの命令で一緒にいたが、ミウナの不幸体質とチョロインぶりに感性が引っかかってしまった。
原作よりも許容年齢はやや上に上がっている。
兵藤一誠
種族:人間
神器:
原作の主人公にして、今作のもう一人の主人公。現年齢は十四の中学三年生。
エロ魔人イッセーの名を近所に轟かせる少年で、その欲望を解放するために秋葉原に来たところ、ミウナと出会ってトラブルに巻き込まれた上に、原作よりも二年は早くに覚醒してしまう。
しかし、まだ人間であり自覚もないため、中途半端な覚醒であり、ミウナの虚言によって能力のほとんどが使えない。
ミウナの事は異性としての好意よりも、守りたい存在という認識が大きい。
が、今後ミウナに最も頭を悩ませる存在になる事を、まだ本人は知らない。
大蛇悪魔
種族:はぐれ悪魔
普段の戦闘の際にカマキリ怪人+大蜘蛛の半身を宛がうのだが、着脱可能な擬装用ともあって本体の大蛇にはノーダメージという悪辣仕様。
自身の視覚範囲を爆発させるという空間爆撃魔術が得意で、最大威力はBランク+。
なかなかの凶悪さだが、実は原作一巻に登場したはぐれ悪魔バイザーよりも弱かったりする。
強く見えたのはミウナが弱すぎるせい。
その割にあっさり倒されたのはルビーのチートのせい。
原作勢と底辺下級堕天使ミウナとの力の差を考えれば当たり前の事なのだが・・・。