そういうのが苦手な人はごめん。
戦闘描写が難しいんじゃ~(汗)。
はぐれ悪魔。
それは、己の力に溺れて主を殺した悪魔の総称。
欲望のままに人間を襲うことから、どの陣営でも見つけたら即刻始末するよう命令されているほどの極めて危険な存在。
そんなはぐれ悪魔との戦いは、第二ラウンドへと入った。
はぐれ悪魔が腕の鎌を振るうのに合わせて、私も再び生み出した光槍を盾として使う。
ガッと火花が散らして正面から受け止める。けど、はぐれ悪魔は構わず押し込んできた。
重い。踏ん張るのは無理だ。
ならばと押される力を利用して、後ろへと跳ぶ。だが、すぐ後ろには閉ざされたシャッターがある。これ以上は下がれない。
いや、私の狙いがそれだ。
右足で着地し、左足は後ろに伸ばしてシャッターへと着ける。反動を殺し、直後に左足でシャッターを蹴って前へ出た。同時に光槍を投擲する。
「やぁっ・・・・・・!」
気合の声と共に放った光槍が、追撃をかけようとしていたはぐれ悪魔へと向かう。
しかし、再度振るわれた腕の鎌に弾かれた。けど、やつの動きも一瞬だけ止まった。
その隙にはぐれ悪魔の側面を駆け、背後へと回り込む。
「――
創造するは、短槍。長さは三十センチ。投擲特化型。数は二本。
私の手の中で光が形を作っていく。
その間にはぐれ悪魔がこちらに向き直る。早く、早く・・・・・・ッ。出来た!
「くらえっ・・・・・・!」
二本の短槍を両手で投げる。その際、一本目と二本目で僅かにタイミングにずらした。
一本目、また鎌に弾かれ霧散する。でも二本目がやった。
防御を掻い潜り、はぐれ悪魔の右眼を削った。直撃じゃないけど、これであいつは右目が見えない。
「ギィッ、ガガガガガガガッ!」
痛みと怒りの籠った呻き声が上がる。
横から来た大蛇の突進を躱しながら、私は思考する。考える。
次の動き方、カマキリの挙動、大蛇の挙動、大蜘蛛の挙動。観察して、理解して、次へと活かす。
一撃入れたからって調子に乗るな。まだ一撃、それも致命傷にもなってない。油断するな。勝った気になるな。それやっていつも失敗するんだから、常に相手は格上だと思って戦え。
そう自分に言い聞かせる。
私は弱い。それは自分がよく知ってる。
今の攻防にしても、他の低級堕天使でももっと上手くやっただろう。
本来光を生み出すのに詠唱なんて必要ないし、待ち時間もほとんどない。威力だって段違いだ。
だけど、私にはみんなと同じように出来ない。
わざわざ詠唱を唱えないと上手く光を形成出来ないし、時間も最短で三秒かかる。集まった光を更に凝縮させて密度を増し、武器を模って固定させる。これだけやっても、まだ平均には届かないのだ。
だから、見極める。いや見極めるなんて大層な事は到底出来ないけど。
それでも目で見て、耳で聴いて、肌で感じて、私の全てを使ってでも相手の仕草や反応からパターンを割り出す。そして常に更新させ続けて勝機を掴み取ってみせる。
例えば、そう、さっき私がはぐれ悪魔の横をすり抜けて背後に回った時、あの時自由に動けたはずの大蛇は私に攻撃をしてこなかった。
ううん、出来なかったんだ。たぶん、自分の攻撃が味方を巻き込むのを恐れて。
大きいし、今の所攻撃方法は突進と咬み付きだけだし。細かい動きが出来ない? ありえそう。なら後ろへ下がらず前へ出た方が安全かもしれない。
もし当たってたら、これは良い情報ね。まだ検証が済んでないけど、正解なら大蛇の攻撃をだいぶ抑えられる。
一つだ。一つずつ相手を暴く。
攻撃手段を分析して、癖を見つけて、その先ではぐれ悪魔を丸裸にして見せる。
そう意気込んで、私は再び詠唱する。
「――
今度は短剣だ。長さ三十センチ。数は二本。切れ味よりも強度を優先。
それを両手に握り締め、はぐれ悪魔の懐へと飛び込む。
さあ、勝負よ!
あなたを私に教えて。私に全部見せて。互いの命を賭けて、殺し合いを始めようかッ!!
「カカカカカカッ・・・・・・!」
はぐれ悪魔が笑う。獰猛な笑みだ。気持ち悪い。
間合いに入った私に対して、はぐれ悪魔は腕の鎌で襲い掛かってきた。
来る。まずは右上。真正面から受けないように鎌の側面を弾く。弾いた。上手く出来た。でも喜んでる暇はない。次、左から水平斬り。重心を落として、左の短剣で下から上へとぶつける。今度はまた右上。打ち返す。次左。・・・・・・うん、無理!
暴風のような連撃だ。防御だけで精一杯で、とても反撃なんて出来ない。
力も強い。防ぐ度に、腕の痺れが増していく。っていうか、なんでこんなのに真正面から挑んでるのよ。バカじゃないの!?
いけない、と思った。
私の意識が堕天使側に寄り過ぎてる。
命を懸けた死闘のせいで、私の魂に刻まれた堕天使の本能に意識が惹かれ過ぎている。
前世にはなかった本能だ。
人間ではなく堕天使だからこそ。目の前の悪魔という滅ぼすべき存在が、私の血を高揚させる。
だけど、このままじゃダメだ。
本能に任せて戦うのは、私の戦い方じゃない。
冷静に。揺らがず。鍛えてくれたお姉ちゃんの言葉を思い出す。
『いいかい、ミウナ。興奮しちゃダメ。熱くなり過ぎてもいけない。熱を持つのはいいけど、心は常に平穏にしておくこと。冷たく、静かに、些細な事で揺らさないで。――揺らがずに、殺そう』
そうお姉ちゃんに教わった。優しい声でとんでもない事を言ってるけど。
そんなの無理だよ。だって怖いもん。殺すのに冷静になんてなれない。お姉ちゃんと違って、私は小心者で臆病だから。
・・・・・・でも、うん、落ち着いた。ありがとう。
方針を変えよう。
左からの攻撃を受け流すと、次の攻撃が来る前に横に跳んだ。
はぐれ悪魔の右側。左の鎌が届かない位置を陣取る。ここなら上半身が体を捻っても左腕の鎌には威力が乗らない。注意は右腕の鎌だけでいい。
右腕の鎌を左手の短剣で弾いて、残った右手の短剣で相手の胴へと切り込む。
「ガガッ!?」
傷は浅い。だけど光での攻撃だ。効果は抜群!
振り払うように来た攻撃もいなし、更に二連撃。そこでようやくはぐれ悪魔が動いた。
ズズズッとはぐれ悪魔が回転する。下半身の大蜘蛛が器用に足を動かして旋回していた。私を正面に捉えるつもりなんだ。
だから、私も一緒に回る。常に傍に張り付いて、鎌の攻撃を防ぎ、時折来る大蛇の攻撃を躱し、反撃のチャンスがあったら迷わず短剣を振るった。
ぐるぐると回る。避ける。打ち返す。横へ。弾いて、斬る。避ける。その間も観察を続ける。少しづつわかってきた。
やっぱり大蛇の攻撃は目に見えて減った。攻撃を躊躇ってるようにも見える。
大蜘蛛も。上半身が攻撃する時、はぐれ悪魔の巨体が仇になってそのままでは私に鎌が届かないから、大蜘蛛が頭を下げて、上半身が身を乗り出すような形で攻撃している。
おかげで大蜘蛛の口が閉ざされ、溶解液が来ない。来るとしても一旦上半身がのけ反る動作が入るから、楽に避けられる。
これは嬉しい誤算だ。
ただ逆によくない事もわかった。
まずは上半身。右の複眼を潰したにも関わらず、攻撃が私を正確に捉えてる。もしかしたら、他の二体と視線が共有されてるのかもしれない。悪魔だし、ありそうだ。
それから大蜘蛛は、刃物が効き難いみたい。何度か機動力を奪おうと足の関節や付け根を斬り付けたが、傷一つ付かない。光も効果が薄いようだ。悪魔のくせに。
大蛇はもう放置する。だって構ってる余裕ないんだもん。来たら避ける、くらいしか出来ない。
最後に、どうも私の攻撃ははぐれ悪魔にとって致命傷へ至るほどの威力はないらしい。
これはまずい。というかやばい。これが今の私が持つ唯一の攻撃手段なのに。
光の武器もはぐれ悪魔の攻撃に曝される度に、削られ壊れていく。その度に作り直すしてるけど、当然私の光力も消費されるわけで、残量が不安だ。
体力もけっこうきつい。捌き切れなかった攻撃で血が流れた。このままだとジリ貧になる。
打開策を考えないと。どうする? どうしたらいい?
こういう時の為に、お姉ちゃんが鍛錬をつけてくれたんだ。この世界で弱いままじゃ、生き残れないって。何も出来ずに殺されるって。
だけど私は弱いままだ。悔しい。死にたくない。死ぬのはやだ。
勝負に出るしかない。
防御を繰り返しながら、機会を待つ。
足を動かし続け、攻防の速度を決して落とさず、はぐれ悪魔に来るべき反撃の時まで決して悟られぬように。
まだなの? 早く来て。まだ、まだ、来た。上段の大振り。今だ!
前に出る。
体を横にし、二本の短剣は前後で構える。
振り下ろされるはぐれ悪魔の鎌に合わせて、前の短剣で迎撃、しない。
あえて前へ、より近くへ踏み込んだ。狙いが外れた鎌は、すれ違った私の肩を浅く切り裂く。痛い、泣きそう。でも我慢だ。
床を蹴る。より強く、一息で跳躍する。
目指すははぐれ悪魔の上半身。
今までのリズムを崩して突然飛び掛かてきた私に、はぐれ悪魔が咄嗟に迎撃の為に鎌を振りかぶろうとしたが、――させないッ!
後ろの手に持ってた短剣を投げつける。
短剣は上半身の顔に当たり、はぐれ悪魔が「ギアッ!?」と呻いて怯む。
隙が出来た。ここで決める!
「破ァッ・・・・・・!」
勢いを乗せて、足を振り上げる。旋風一閃の上段蹴り。私の得意技だ。
私のブーツが、短剣がぶつけた場所へと寸分違わず炸裂した。今度は悲鳴も上がらない。
痛いよね。だってこれ鉄入りだもん。
でも手は緩めない。
はぐれ悪魔の背中に飛びつく。
後ろから手を回し、残った短剣をやつの顎の下、首の前へと通す。そして持ち手の反対側を逆手で握り締め、一気に後ろへと全体重を掛ける!
短剣が、はぐれ悪魔の首へ喰い込んだ。
「ギィ、ガガガガガガガガガァッ!!?」
「ああああああああああっ!!」
叫んだ。私も、はぐれ悪魔も。
はぐれ悪魔が狂ったように暴れる。私を振りほどこうと、上半身を振り回し、両腕の鎌で斬ることまで出来ないようだが、あちこち殴打してきた。
大蜘蛛も暴れ馬のように飛び跳ね、大蛇が何度も体当たりで私を吹き飛ばそうとする。
視界が回る。痛い、全身が痛い。今にも死んじゃいそう。でも、力は緩めない。両足をやつの背中に着けて、力の限り押し込む。死ぬ。死ね。死んじゃえ!
必死だ。私もはぐれ悪魔も、命を懸けてるんだから。
はぐれ悪魔の抵抗が苛烈さを増す。もう傷だらけだ。ボロボロで、死ぬかもしれない。だけど、この手だけは離さない。絶対に諦めない。
「こんな、ところでぇっ! 死ん、で、たまるかぁあああああああっ!!!!!」
意識を保つために叫んだ。その時だった。
いきなり力が抜けた。抵抗が消え、私の体が後ろへと吹っ飛ぶ。
受け身も取れずに床に落ちて、転がって、ようやく止まった。けど、何が起こったのかがわからない。呆然としそうになって、はたと気づく。
手を放しちゃった? それとも短剣が壊れた? どちらにしろ、最悪だ。せっかくのチャンスが、生き残る可能性が、指の間から零れていく錯覚がする。
って、こんなところで寝てる場合じゃない。はぐれ悪魔の追撃が来る!
手に力を込め、なんとか体を起こす。振り返って、私は見た。
はぐれ悪魔はその場から動いてなかった。
さっきまでの暴れっぷりが嘘のように静まり、今はぴくりとも動かない。何故か。たぶん、はぐれ悪魔の上半身の首から上が、無くなったから。
力尽きて動かない上半身を見て、遅まきながら状況が理解できた。
手を放したのでも、武器が破損したのでもない。
私の短剣が、先にやつの首を落としたのだ。
「・・・・・・は、ははっ」
笑い声が漏れた。
やった。
そう思った。瞬間。
目の前が真っ白になった。
・・・・・・・・・・・・え? 何?
そう考えられるようになるまで、結構かかった。
おかしい。目がぼやける。耳も。すごい耳鳴りがする。ていうか、なんで私、また床に寝転んでるの? 確か、はぐれ悪魔をやっつけたんだ。そこまで思い出して、痛みがきた。
「ぁっ・・・・・・ぐっ・・・・・・っ・・・・・・!?」
痛い。体中が痛い。声出せない。息も出来ない。なんで? 何が起こったの?
今度こそわからなかった。
わからず、でも、答えが聞こえてきた。
「カカカカカカカカッ」
「っ・・・・・・!?」
そんな。嘘だ。だってさっき。さっき私が殺した。首を斬って、殺したはずだ。
信じられない思いで顔を上げる。
いた。さっきの場所にいる。はぐれ悪魔の首は、やっぱりない。じゃあ、今のは? 幻聴? 違う。そうじゃない。あっちの方じゃなくて、こっちのやつ。私を見てるやつ。
大蛇が私を見てる。
目が合うと、にやりと笑った。
「カカカッ! 小鴉ノ分際でェ、ヨモヤ我ガ半身ヲ倒ストはァ。カカカカッ、ヤルなァ!」
喋った。耳障りな声で。まさか・・・・・・?
「・・・・・・そっちが、本体って、こと?」
「ソウだァ。カカカッ、少シハ楽シマセテ貰ッタぞォ、小鴉ゥ」
肯定の言葉に、私の感情が揺れ動いた。
そんなのって、ありなの? 頑張ったのに、全部無駄だったてこと?
恐いのを我慢したのに。痛くて泣きそうになるのを耐えたのに。したくもない戦いをしたのに。・・・・・・その結果がこれって。・・・・・・こんなの、すごく。
・・・・・・ムカつく。
ムカつくムカつくムカつく!こいつ、すごい腹立つ!!
「私、アンタのこと、大っ嫌い!」
「カカカッ! ソノ顔がァ、オ前ノ顔ガ屈辱ニ歪ムトコロガ見タカッたァ!」
嘲笑うはぐれ悪魔を睨み付ける。
こんなに怒ったのは初めてかもしれない。
だって悔しいじゃない。こっちは死にもの狂いで戦ってたのに、はぐれ悪魔は遊んでた。
失っても構わない分身を私に宛がって、あいつは遊んでたんだ。必死になる私を見て、バカにしてたんだ。
一人でも戦えるなんて、少しでも夢見た私がバカみたい・・・・・・っ!
決めた。一発でもいいから殴ろう。
そう決意した途端、体が動いた。もしかしたら、怒りで一時的に痛みを感じなくなってるのかもしれない。アドレナリンが溢れ出すぜ。
「カカカカッ! イクぞォ、小鴉ゥ!」
その言葉に、歯を食いしばって身構える。
攻撃が来る。突進か咬み付きか。来るなら来い。と、気づいた。
大蛇の目が、赤く光ってる?
それを見て、ぞわりと全身に寒気が走った。羽毛が逆立つ。
咄嗟に私は跳んだ。床を蹴り、羽を羽ばたかせてまでして、その場から少しでも距離を取るために。
ズゥン!
空間が爆ぜた。
「がっっ!?」
重い衝撃に背中が叩かれる。
脳が揺れ、肺の中の空気も強制的に押し出された。
再び無様に転がりながらも、私には何が起きたかを漠然とだが予想できた。
爆発だ。何もない空間が爆発した。
こんな現象を起こせるのは、一つしか知らない。
魔術。神秘の力。悪魔の術。
それを大蛇が使った。悪魔だから当然なんだけど、完全に予想外だった。
「カカカッ。ヨク避ケタなァ。・・・・・・モッとォユクぞォ!」
「~~~~~~~~っ!!!???」
はぐれ悪魔の声に戦慄する。
逃げろ。逃げなきゃ。今すぐ、逃げて!
考える前に手が動いた。足が駆けた。無我夢中で床を蹴り、前をまともに確認せずに走る。
死の匂いを嗅ぎつけた本能に、この時ばかりは縋るしかなかった。
そんな私の後ろで、爆音が響く。
一つじゃない。音が続く。振動が収まらない。
連続して起こる爆発が私の通った道を辿り、私を追いかけてくる。
「っあ!? ・・・・・・っ!? 」
炎が私の肌を焦がした。爆風で砕けた床の破片が私の体を傷つける。
それでも逃げるしかない。足を止めれば、終わらない爆発に飲み込まれる。殺される。それが嫌だったら、満身創痍になってでも走り続けるしかない。
でも、こんなの時間の問題だ。
打開策を考えないと、この魔術を破る方法を見つけないと、もう体がもたない。
爆撃に曝されながら、歯を食いしばって探す。
目だ。大蛇の目。
赤く光ってるところに、魔法陣がある。
たぶん視認した場所に魔術を発生させる、空間爆撃の魔術。
だから、あいつの目さえ潰せれば・・・・・・!!
「――
「サセルかァ!」
「・・・・・・ぐっ!?」
頭上から来た爆風が、私を襲った。
詠唱が中断され、バランスを崩した体が宙に浮く。
まずい。そう思った時には床に叩き付けられていた。足が止まる。爆発が追い付く。
両目を閉じた。
それしか出来なかった。
一秒、二秒、三秒。来ない。衝撃が、爆発が来ない。
目を開けて、何故自分がまだ生きてるのかがわからなかった。
「・・・・・・どういうつもり?」
「・・・・・・」
不自然な静寂に疑問をぶつけるが、応えない。
王手を掛けているはずのはぐれ悪魔は、不動のまま私を赤く光る眼で見つめるだけだ。
私を、殺さないの? なんで? いや、この際なんでもいい。相手が動かない内に――!
「――
「カカッ!」
「がぁ・・・・・・ッ!?」
避ける暇もなかった。
至近距離で起こった爆発の衝撃で吹き飛ばされる。
壁に激突し、悲鳴が漏れた。目がちかちかと瞬き、意識が点滅する。
わからない。わからない! 何がしたいの!?
そう喚きたかった。でも、喉が嗄れて声に出ない。
苦しい。痛い。痛みがぶり返してきた。体も思うように動かない。
動かないといけないのに。戦わないといけないのに。
どうにか立ち上がろうとして、やつの声が聞こえてきた。
「カカカッ、ソウかァ。ソウイウコトかァ・・・・・・」
「?」
その言葉は、先ほどまでの凶暴性がなりを潜め、どこか満足したように聞こえた。
はぐれ悪魔は私を見て、にたりと笑った。
「オ前ェ、ソレシナイとォ、光ガ出セナインダろォ?」
「・・・・・・っ!?」
その言葉に、私のは心臓が止まるかと思った。
バレた。私の弱点が。光を使うのに詠唱が必要だってことが。
何で? じゃない。そんなの決まってる。
私が戦いながらはぐれ悪魔の行動を観察していたように、はぐれ悪魔だって私を見てたんだ。
「ヤッパリなァ。初メ見タ時カラよォ、ズットオカシイト思ッタンだァ。ダッテよォ。小鴉ゥ、オ前ェハ俺ノ知ッテル鴉共ト違ウカラよォ」
「・・・・・・」
「アイツラ俺ヲ見ルトよォ、バンバン光ノ槍ヲ投ゲテクルンダケドよォ。オ前ェ、全然ナッチャイネェジャネエかァ」
そんなの、はぐれ悪魔に言われなくてもわかってる。
戦いの中での三秒はあまりに遅過ぎで、致命的だなんて。しかも、それが基本攻撃に必要な手順なんだからもっと悪い。
詠唱を止められない為の訓練はしてる。けど、それはあくまで相手が物理的に止めようとして来た時の対処法がメインだ。
単純な暴力なら、受け流せばいい。避ければいい。
だけど、このはぐれ悪魔が使うのは、空間を爆発させる魔術。どうやっても、防ぎようがない。私との相性が悪過ぎる。
「カカッ。ナンダよォ、急ニ黙ッチマッてェ。俺ハ小鴉ノコトをォ、褒メテルンダぜェ? 俺ガ戦ッテキタ鴉共ハよォ、小鴉ヨリ大キイ癖ニ逃ゲテバカリでェ、全然近寄ッテ来ネえェ。デもォ、オ前ハ立チ向カッテ来タなァ。小サイ癖にィ・・・・・・、カカカッ。愉快だァ」
違うよ、勘違いしないで。
他のみんなが正しいんだ。私だって、離れたまま攻撃出来る力があったら迷わずそうする。誰が好き好んでアンタみたいな化け物に近づきたいものか。
それとなに楽しんでるのさ。こっちは死にそうなのに。ムカつく。悪魔嫌い。
「ぐっ・・・・・・うっ・・・・・・ッ!」
「おォ、マダ立ツノかァ? カカカッ、ヤッパリ面白イゾ小鴉ゥ! ――――デモ飽キタぜェ」
ぴちゃり。
何かが私の右足に当たった。たぶん水のような―――、
「うあっ、ぁぁぁぁあああああああああああああああああああっっ!!!!????」
我慢すら出来ずに、私は絶叫を張り上げた。
熱い! 足が熱い! 灼熱の痛みに転げ回る。
足から紫色の煙が上がっていた。太ももから足首に肌が爛れ、尋常じゃない激痛が体中を駆け巡り、とても立っていられない。
――これは、溶解液!?
「カカカカカカカカッ!」
体を揺らしてはぐれ悪魔が笑ってる。でも、それだけじゃない。
さっきまで止まっていた大蜘蛛が動いてる。首を失ったはずの上半身まで!
そうか。本体は大蛇の方だから、そっちはいくら傷ついても大丈夫なんだ。
あはは、これじゃあ本当に私がバカじゃん。
泣いた。もう我慢出来なかった。
やだ。もうやだ。痛いよ、苦しいよ。家に帰りたいよ。何で私がこんな目に。誰か代わってよ。やりたくないよ。逃げたいよ・・・・・・っ!
今まで抑えていた人間側の私が、泣き喚いて訴えてくる。
カチカチと歯が鳴った。気力を根こそぎ奪われた。
恐い。すごく怖い。
やっぱり、私には無理だよ。
こんな怖くて危ない世界で生きていこうなんて、無理だったんだ。
「カカカッ、ドウシたぁ? モウ逃ゲナイノかァ?」
うん、逃げないよ。どうやったって、逃げれないよ。
だから、もういいの。私の負けだから。私じゃあなたに勝てないから。
諦めよう。なにもかもを。
それできっと、楽になれる。だから。
はぐれ悪魔はもう目と鼻の先にまで来ていた。
近い。それはもう大蛇の牙の付け根がしっかりと見えるくらい。
生暖かく獣臭い吐息が顔に当たる。最期がそこまでやって来てる。
本体である大蛇の顔を近づけても、余裕な態度だ。
もうこっちに戦う術がないと気づいてて、私をいたぶってる。生殺しにしている。
やめてよ、そういうの。
恐くて、震えが止まらないんだからさ。
早く私を――――――――、
「カカカッ、ナンダッタラよォ、ソノ『羽』ヲ使ッテモイインダぜェ? カカカカカッ、まァ、ソンナミットモナイ片翼デ飛ベルナラのォ、話ダケドなァ。カカカカカカカカカカッ!」
ドクリッと、心臓が奇妙な音を立てた。
目に火が走る。
・・・・・・今、なんて言った?
クスクス。
脳裏に笑い声が再生される。
私を見下ろす女の人。
それも複数。
笑ってる。
嘲笑してる。
誰かが。
あいつらの笑い声が。
はぐれ悪魔の声と交わって。
「黙れェェェェェッェェッッ!!」
頭が焼ける。
一瞬で塗り替えた憎悪が、恐怖を上回った。
手を突き出す。
光の奔流が、暴走する。
「ギャァガガガガガァァァァァァァッッ!!?」
大蛇が突然襲った猛毒の聖光に、悲鳴を上げた。
お互いが触れられる距離まで不用意に近寄ったせいで、超至近距離からの奇襲を受けたのだ。さすがの大蛇も苦悶の鳴き声を上げながら、のたうち回る。
光爆。
私の持つ全ての光力を
抽出量も固定化も考慮しない、故に詠唱も必要ないゼロ距離でのみ使える自爆技。
焼き爛れた自分の手を見て、思う。
(・・・・・・ようやく、一矢報いれた)
幻影は見えなくなった。
あいつらの笑い声も聞こえない。
ぺたんと腰が床に着く。途方もない脱力感に支配され、指一歩だって動かす力が残ってない。
「グッ、ギイッ・・・・・・! ヨクモヤッテクレタなァ、小鴉ゥッッ!!」
大蛇が吠える。
顔は鱗が剥がれ、赤黒い血で汚れているが、まだまだ元気そうだ。
怒りに満ちた目で私を睨み、双眸に赤い魔法陣を展開させた。
赤く、更に暴力的なほど赤く。
高まっていく魔力を感じ、この後なにが起きるのかを自ずと理解した。
来る。最大級の爆発魔術が。
きっと、私には耐えられない。
「殺すゥッ! 木ッ端微塵ニシテクレルわァッッ!」
迫る破滅の未来を視ながらも、私はただ壁に背中を預けてぼーとその光景を眺めているだけだった。
困ったことに、本当に何も出来ないのだ。
体力はとうの昔に限界を迎えている。
光も最後の一滴まで絞り出した。
羽だって満足に動かせない。
満身創痍になった体は悲鳴を上げる事を止めず、気を抜いた瞬間に意識を失ってしまいそうだ。
それでも。
(・・・・・・死にたく、ないな)
一度は諦めた生が、私に呼び掛ける。
絶望的な状況下の中で生まれた願いが、産声を上げた。
生きたい。
死にたくない。死にたくないよっ。
みっともなくてもいいから。弱いままでもいいからっ!
こんな場所で死ぬのは嫌だ。誰にも看取られずに死にたくない!
お姉ちゃんに会いたい!
ルビーともっと一緒にいたいっ!
辛くても苦しくてもいいからっ! 私はこの世界で生きていきたいッッ!!
そう願ってるのにっ! 体が動いてくれないっ!?
動けっ! 動けバカッ!
死にたくなかったら、最後まで足掻いてよっ!
地面を這ってでもいいから逃げてよっ!
なんで、私にはそんな事すら出来ないの!?
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・けて」
弱い自分が嫌になる。
最期まで震えてる事しか出来ない私が嫌いになる。
「・・・・・・・・・・・・誰か、助けて」
人に縋る事しか出来ない私が、嫌で、悔しくて、情けなくて、涙が溢れて止まらない。
それでも、私は生きていたいから。
だから、これは不可抗力だ。
走馬灯のように思い出が駆け巡り。
お姉ちゃんと過ごした、平穏で楽しい日々。
ルビーが連れてきた面倒事の数々。
そして。
泣いてる私に、手を差し伸ばしてくれたあの人。
(・・・・・・謝りたかったな)
私にある、未練の一つ。
忘れられない鮮烈な思い出。
それが最後に見た記憶だったから。
「助けてッ、イッセーェェェェッェェェェッッ!!」
無様で、身勝手で、そんな私の助けを呼ぶ声に――。
「ミウナァァァァッァァァァッッ!!」
主人公は応えた。
建物の窓を突き破って、兵藤一誠が舞台へと上がる。
そして。
「ぐえっ。~~~ッ、痛っ、ん? うわぁぁぁっ、化け物ォ!? これでもくらえェェェッ!!」
「ノォォォッ! 何故わたしを砲弾代わりにー!?」
「ナ、ナンだァ、貴様らァ!?」
「こうなったら! ミウナさんをいじめた罰です。ルビーサミング!!」
「グぎァァァッ、目がァァァッ!」
「おおっ、やった!」
「ふふん。ミウナさんをいじめていいのはわたしだけなんです!」
・・・・・・え? あれ?
見覚えのある少年と見覚えのある相棒が同時に現れたと思ったら、何やらどたばたしている間に、なんかあっという間に私のピンチが救われちゃったみたいなんですけど。
あれ? 私ってそこまでピンチじゃなかったの?
ちょっと前まで死を覚悟してたんですけど!?
一直線に飛び込んでくるルビーを見て、私は引き攣った笑みしか浮かべられない。
でも、嬉し涙は出た。
「ミウナさーん!」
「ルビーッ!」
動かなかったはずの手が動いた。
小さな私の相棒を、抱き締めて受け止める。
私の元に大切な仲間が戻った。
堕天使の少女と赤き龍を宿す少年の出会いの始まりは、最終局面に入る。
予想より長くなったけど、プロット通りです。
次回、出会い編終わり。