恥ずかしい。
すごく恥ずかしい。
やばい、顔から火が出そう。
鏡がなくてもわかる。今の私は顔真っ赤だ。
場所は移って、ファミリーレストラン。全財産を失ってからまだ三十分くらいしか経ってない。
何故こんなところにいるのかというと、目の前に座る男の子に連れて来られたのだ。
今は帽子もサングラスも外している。
「えーと、何か飲む? それともご飯でも頼もうか?」
「・・・・・・あの」
「こういう時って、腹に何か入れた方が落ち着くって言うしさ。遠慮とかしなくても大丈夫だよ? 一応金あるし」
「・・・・・・うん」
まずいよー。まともに顔を合わせられないよー。
だって恥ずかしいんだもん。
泣き顔見られた。しかも、動けない私の手を引張ってもらった。
ぬあー! 恥ずかしぃー!!
叫んで転がり回りたい衝動を必死に抑えて、とりあえずカルピスを注文しておく。男の子はコーラを選んだ。
お金は・・・・・・貸してもらった。
あんまりお金のやりとりとかしたくなかったけど、無いから仕方がない。
あとでちゃんと返そうと心に決める。
程なくして注文したカルピスが来た。
口を付けると、口の中にカルピスの甘みが広がる。
美味しい。今までで一番美味しく感じたかもしれない。一気に飲み干してしまったが、おかげで気分も落ち着いてきた。
「おかわりはいるか?」
「・・・・・・だ、大丈夫」
声を掛けられて、ようやく男の子がこっちを見てるのに気づいた。
赤面が復活しそうになるのをなんとか堪えて、そう言っては見たものの、あんまり効果はなさそうだ。
男の子は苦笑しながら、口を開き、
「あのさ、やっぱり警察に行った方が良くないか?」
「・・・・・・うっ」
「バッグを盗られちゃったんだしさ、ここは警察に任せた方がいいと思うんだ」
「・・・・・・それは、ダメ」
提案としては悪くない。というか、普通ならそうする。
でも、ほら、私って今のところ住居不特定の放浪少女だし。ついでに人間でもないし。
警察のお世話になった日には、確実に厄介な面倒事が待っているのは目に見えている。
「ごめんね。警察は、とにかくダメなの。理由は言えないけど・・・・・・」
「そっか、なら仕方ないな」
「うん、本当にごめんね」
「謝らなくてもいいって。それなら、これからどうやってあいつを見つけてバッグを取り返すかを考えないとな。俺も協力するし、一緒に探せばたぶん見つかるだろ」
その言葉に、正直驚いた。
ただでさえ赤の他人でしかない私の事を気遣ってくれたのに、その上でまだ助けようとしてくれている。
良い子なのだろう。お人よしとも言える。
謎の変装セットを外した男の子の第一印象は活発そうで、素直な子ってところかな。正直言って好感が持てる。だからか、余計に申し訳なくなった。
「い、いいよ、別に。バッグの方はこっちでなんとかするから」
「え? なんで?」
「なんでって、その、これ以上お世話になるのは悪いっていうか、あんまり迷惑とか掛けたくないし・・・・・・」
不思議そうな顔をしないでほしい。
まるで助けるのが当たり前なんて顔されたら、どう答えを返したらいいのかわからなくなる。
素直に助けを求められたらいいんだけど、小心者の自分にはこれ以上の好意に甘えるのは無理だ。
上乗せされたところで、私だと恩とか返せてもたかが知れてるし。
そんな私の知ってか知らずか、男の子はただ笑って、
「気にしなくてもいいって。困った時はお互い様って言うだろ?」
「・・・・・・でも」
「つーか、ここで見捨てたらすごい後味とか悪そうだし。一度助けたんだ。こうなったら最後まで付き合うよ。それに俺の方が年上だから、うん? ・・・・・・年上なのか? 俺、十五歳で中三なんだけど?」
「あ、うん。私より年上・・・・・・かも」
「そっか。だったら尚更だろ。困ってる年下の女の子を放っておくなんて、男としてかっこ悪いからな!」
なんというか、すごい。
まるでラノベの主人公のような台詞を、本当に言う人がいるんだなんて。
そんな場違いな感想と共に、笑みがこぼれた。
易いものだけど、味方がいてくれるとわかっただけでこれほど安心できるなんてと、自分の単純さに笑ってしまう。
「うん、ありがとう」
「・・・・・・っ!」
「ん? どうしたの?」
「い、いや、その! な、なんでもないっ!」
急に挙動不審になった男の子の様子が気になったが、本人がなんでもないというなら追求しなくてもいいだろう。
とにかく心強い味方が出来たのだから、さっさと動くべきだ。
「よしっ、それじゃあ行きましょ。絶対に見つけないと!」
「おうっ、任せとけ。それで君・・・・・・えっと?」
「え? 何?」
「あ、いや、あはは。その・・・・・・名前なんだっけ?」
「名前って・・・・・・あっ、そっか。まだ言ってなかったけ」
今更ながら、まだお互いの名前を知らない事に気づく。
彼の気さくな雰囲気に流されてつい見逃してたが、ここはちゃんと名乗っておくべきだろう。
これから協力してくれる恩人の名前も知っておきたい。
手を差し出す。
「私はミウナ。衛宮・E・ミウナって言うの」
「衛宮・E・・・・・・E? って、あれ? 衛宮さんって外人だったの!?」
「んと、似たような者かも。あ、でも、日本暮らしだからちゃんと日本語は喋れるよ」
「あ、そうか。うん、確かに日本語だったな。ごめん、衛宮さんはてっきり日本人だとばかり・・・・・・」
「別に気にしてないから。あとミウナでいいよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし」
国どころか種族自体が違うんだけど、前世は純度100%の日本人だったわけだし。
それに今世の容姿も黒髪黒目だから、日本人と間違われてもしょうがない。
少し話は逸れたが、改まって自己紹介を再会する。
私の手が、男の子の手に触れる。
意外に大きくて、温かい手だ。
「それじゃあ、俺も――、」
男の子は一息入れて、笑顔で言う。
「俺は兵藤一誠。仲の良い奴はイッセーって呼ぶから、ミウナもそう呼んでくれよな!」
「うん、わかっ――え?」
何言われたのか、ちょっと理解出来なかった。
いきなりありえない単語が聞こえたんだけど、気のせいだったかな?
気のせいだったよね?
「あの、ごめんね。その・・・・・・名前なんだけど、ちょっと聞き取れなくて。・・・・・・あ、良ければもう一回教えて、くれないかな?」
「お、おう。いいけど・・・・・・?」
何でだろう、声が震える。
変な汗まで出始めて、すごく嫌な予感がする。
今まで人生最大の危険信号が本能を刺激しているが、どうしてか体が思うように動かない。
いや、だって、ありえないでしょ。
こんな偶然、あるはずがないよね。
そんな私の考えを嘲笑うかのように、目の前の男の子はは改めて名乗り上げた。
「俺は兵藤一誠って言うんだ。イッセーでいいぜ、よろしくなミウナ!」
「・・・・・・」
「ミウナ・・・・・・?」
イッセーっと言いましたか。
確かに今、兵藤一誠と目の前の男の子は名乗りましたよ。
私と目を合わせて、握手をしている男の子が。
名前を教えあった男の子が。
助けてくれた男の子が。
イッセーって、言った。
この小説の主人公の名前で名乗った。
ふと脳裏に思い浮かぶ。
『これってフラグじゃね?』
「ひ、ひ、ひ、・・・・・・」
「ひ? ど、どうしたんだよ、顔真っ青だぞ!? まさか、どこか具合がわ――」
「ひにゃァあああああああアアアアアアアアアアアアアアア嗚嗚嗚嗚ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!??????」
今世最大級の悲鳴が出た。
同時に私は全速力で逃亡を開始した。
―○●○―
何がいけなかったんだろう?
私はどこかで間違ったのだろうか?
そんな疑問が頭の中で渦巻き、しかし、答えの出ない不毛なループばかりが繰り返される。
息は荒く、少し過呼吸気味。
全身を襲う悪寒に耐えながら、どうにか深呼吸をして自分を落ち着かせようと懸命な努力を続けてみる。
どこをどう走ったかなんて覚えてない。
考えることすら放棄した状態で、ただ恐怖心だけを振り切りたくて走った結果、待っていたのは盛大な迷子だった。
当然といえば当然の事なのだが、それでも必要な事だったと確信できる。
時折座り込んだ自販機の陰から顔を出して、彼の姿も気配もない事を確認するたびに、一抹の不安と同時に安堵のため息が出た。
ありえない事が起こった。
今日初めて秋葉原を訪れた私に起きたトラブルに、偶然近くにいた彼がその一部始終を目撃し、どういう心境があったのか知らないけど彼は私を助ける事を選択した。
あの場で何万といた人の中で、ピンポイントで私の所へ来た。
それだけなら、ただのお人よしが助けてくれたで済んだ。
でも、彼は名乗った。
兵藤一誠。
この世界を舞台とする、物語の主人公の名前を。
私にとって何もかもを狂わす天敵と言っても差し支えのない、出会ってはいけない存在の名を。
この広い世界の中で、偶然にもだ。
「・・・・・・どんな確率なのよ、もう」
そんな彼と名前を交わし、あまつさえ手も握った。
思い出しただけで、吐き気がする。
どうしようもない恐怖に体が震える。
「最悪、本当に最悪だわ。・・・・・・お家帰りたい」
弱音が出るが、勘弁してほしい。
それだけ状況は切羽詰まっているのだ。
ありえない、と呟いて、ふと何故かこのタイミングでお姉ちゃんが前に言ってた言葉を思い出す。
ありえない事なんてありえない。
物事には起こるべき理由があり、ありえないと思った事が起こる時はありえない事が起きるための相応な理由がある。
――それじゃあ、兵藤一誠と私が遭遇した理由は?
「だ、ダメよ。これ以上考えたら、たぶん死ぬ」
主に精神的に。
嫌な方向へ動きそうになる思考を一転させ、これからの事を考える。
とりあえず、第一にこれ以上の兵藤一誠との接触は避けるべきだ。
まだ出会ってから私が逃げるまで一時間くらいしか経ってない。なんか致命的な事をやらかした気もするが、それ以上に気になる点があった。
「・・・・・・中学三年生って、言ってたよね」
ハイスクールD×Dの原作開始は、兵藤一誠が高校二年生の時だ。
つまりは、今現在は原作前であり、物語の開始までまだ約二年ほどの期間がある。
思いがけない収穫だ。
このタイミングで出会ったのは幸か不幸か(断然不幸だが)、彼の周りには自分と同じような人外の存在はまだなく、少なくともこの短い時間の出会いで私の存在が他の原作キャラに気取られることはないと考えていい。
だが、裏を返せば、本来ならこの時期に兵藤一誠が私のような人外との接触は皆無だったはずだ。
にも関わらず、堕天使である私と出会ってしまった。
これは、あれね。
このままいけば、確実に原作ブレイクの予感がするわ。
それはいけない!
少なくとも彼が駒王学園に入るまで、というかリアス・グレモリーの庇護下に入るまでは平和に過ごしてもらわなければいけないのだ。
もし今彼の存在が他の勢力に知られれば、確実に兵藤一誠の人生は終わる。
というか原作も終わる。
即ち三勢力の和平もなくなるというわけだ。
嫌だよそんなの! 何が悲しくてこんな危険な世界を危険なままにしなくちゃいけないのさ!
私は楽に暮らしたいの。平和にのんびりとがいいの!
そのためには和平は必要不可欠なのよ!?
むしろ私が必要ないからっ!
原作には関わらない。元々それが私の第一目標。
なら、この答えは間違っていないはず。
・・・・・・でも、
「・・・・・・いきなり逃げたのは、ちょっと悪かったかも」
いくらなんでも、悲鳴を上げて逃げたのには罪悪感が沸く。
事情が事情だけに謝る事は出来ないから、もうどうしようもない事なんだけど。
気にしても、しょうがないよね。
私に出来る事って言ったら、何もないし。
せめて彼の日常が長く続くように願って、ここで消えるべきだ。
「よし、逃げよう」
決めた。
今すぐこの街を離れよう。
このまま別れてしまえば、彼だって私の事は忘れてくれるはずだ。
秋葉原で変な女の子に会った出来事だって、いずれ時間が経てば記憶の片隅に運ばれ、やがて忘れる。
私が堕天使だって事も、自分が非日常に片足を踏み込みそうになってたって事も含めて、知らないままでいてくれるんだ。
今ならまだ全てが間に合う、はず!
そうと決まれば話は早い。
すぐにでも行動に移さないと。
さて、次はどこに行こうかな?
一応まだ貯金はあるし、お姉ちゃんが毎月適当に仕送りを送ってくれるから、節約して過ごせば問題ない。
あ、でも、京都には近づきたくないかな。
あそこって妖怪どもの巣窟みたいな場所って話だし。
そんなとりとめもない事を考えながら、歩き出し、
「――って、全財産無くしちゃったんじゃん!」
思い出した現実に躓いた。
そうだよ、忘れてたよルビーのこと。
これも全部兵藤一誠が悪いんだ!
まず盗まれた私の荷物を取り返さないことには、どこにもいけない。
お金も貯金通帳も着替えすらバッグの中なのだから、取り返さない限り私は一文無しだ。
「うぅ~、でもどこから探せばいいのよ・・・・・・?」
気が動転していたせいで、ここがどこなのかもわからない。
そもそも無事にあの盗まれた現場付近に戻れても、犯人の男がまだ近くをうろついてるとは思えないし、何より兵藤一誠との遭遇率が高くなる。
・・・・・・あれ? これ詰んでない?
いや、まだだ!
「と、とにかく探さないと! 為せば成る為さねば成らぬって名言があった気もするし、やる前から諦めてたら何もかもが終わりよ!」
諦めたら、そこで試合は終了なのだ、と安西先生も言ってた。
ならば動こう!
とはいえ、闇雲に探すつもりもない。
ここはあれね、あの力を使う時だわ。
私と、ルビーの絆の力を!
普段は全く信用ならない相手だが、あれでもルビーは私の神器だ。
まだルビーと契約してから一か月くらいしか経ってないけど、それでも一緒にいた時間に嘘はない。
ならば、打てる手は残っているはずだ。
顎に手を添え、自分の中にある記憶を漁る。
思い出すのは、家にあった古い資料の内容。
私が前に住んでいた家の宿主兼お姉ちゃんの研究は、主に各神話の体系や伝説といった内容が主流であり、その中には神器に関しての資料もそれなりに多く存在していた。
何度か手伝いを頼まれた事もあって、私自身もそれなりに興味があったから、神器の特性や種類などのデータはけっこう覚えている。
「前に見たお姉ちゃんの研究資料に、神器と宿主の間にあるパスについて書いてあったはずよ。確か、そう、神器は宿主の魂に寄生することで力を得るっていう・・・・・・」
ぶつぶつと声に出しながら、徐々に必要な項目を拾い集めていく。
「神器は宿主の感情や魂の高ぶりで力を得る。だから神器は宿主に対して力を得るためのラインを引き、そのラインを介する事で相互の能力を高めることが出来る。だから、空論上だけど神器の持つ力の上限はなかったはず・・・・・・って、違う違うこれ関係ない」
重要なのは、力とか上限がどうとかじゃない。
注目すべきは神器と宿主の間に結ばれるラインだ。
数多くある神器のほとんどは宿主自身に宿り、剣や槍といった武器や炎や雷といった異能を与える。
だけど、その中にも例外はある。
独立具現型。独自の意識を持って、宿主から離れて行動できる神器。
ルビーもこの種類に入る神器だ。
いや、あんな自由な神器と他の神器を一緒にしていいのか、甚だ疑問なんだけど。
あいつって私の言う事全然聞かないし、出会ってから一度も具現化を解いてないっていうか、何度か私の中に戻そうとしたけど全く出来る気配もなかったし!
・・・・・・ルビーって、本当に神器なんだよね。お姉ちゃん?
ま、まあ、それはともかく、独立具現型って言っても神器は神器なんだから、いくら自由に動けるからって宿主とのラインはちゃんと繋がってるはずで、ルビーだってその例外じゃない、はず。・・・・・・はずよね?
ここ疑問を持つとどうにもならないから、とりあえずは放置&無視。
あくまでルビーには私と繋がるためのラインがあると仮定しておく事にする。
そしてここからが重要だ。
「私の方から、ルビーのラインを辿れないかな?」
ラインは、辿れる。
ずっと昔に数十キロ離れた神器が宿主の元まで戻ってきたっていう、某犬映画みたいなすごい感動的な資料として残っていた。
他にも例があるし、お姉ちゃんは仮説として神器と宿主の間にあるラインには物理的距離は意味がないって言ってた。だから神器はラインを目印にして宿主の元まで帰る事が出来る。じゃあ、その逆は?
ラインは宿主と神器相互のためのものだ。
一方通行じゃない。
ここまでは記憶だ。それ以上のことをお姉ちゃんは言ってなかった。
だから、ここからはあくまで私の推測だ。
宿主側から神器を探すなんて例は、今のところ聞いた事がない。
神器は普通、宿主が死亡でもしない限り離れはしない。
逆に宿主が存命中に神器が無くなる時は、ほとんどの事例が無理矢理神器を抜き出されたということで、その場合は互いに繋がったままをのラインを強引に引き千切るような行為であり、結果として魂が破損して宿主は死ぬ。
なので、これは例外中の例外だ。
というか、神器を盗まれるとか前代未聞過ぎる。
やだ、私ってば超恥ずかしい。
・・・・・・やめよう、鬱になる。
「必要なのは強固なイメージでいいはずだよ。要は神器や魔術を使う時と一緒。何をしたいかをしっかりと思い描いて、それを現実に干渉させる力とする。それさえ出来れば、たぶんいけるはず・・・・・・!」
脳裏に思い浮かぶのは、いつも能天気で騒がしいルビーの姿。
すごく面倒くさい奴で、私の困ってる姿を見るのに全力を出すのを惜しまないおバカな相棒。
だけど、居なかったら居ないでちょっとだけ寂しい。
イメージは出来た。
大丈夫。いける。
あと必要なのは、意志有る者同士が結ぶ、何よりも強いラインの強度。
それ即ち、
「大切なのは、お互いの信頼と、大切に思う絆の強さ!!――ってないよ、そんなもん!?」
自分の言った事に虫唾が走り、たまらず叫ぶ。
「無理だよルビーだもん! だってルビーだもの! ルビーなんだから仕方ないよ!!」
お互いの信頼性? は? あの胡散臭さ丸出しで、私の不幸は蜜の味とかぬかしてる物体のどこに信用と信頼を置けと?
大切に思う絆(笑)とか、毎回態とトラブルを運んでくろどころか、率先して押し付けてくるアレとどうやって絆を育めと。
あー、ちょっと思い出すだけで殺意が沸くよ。
ルビーってば人をおちょくることに関しては天才的だからね。悪い意味で。
・・・・・・もう、いっそのこと置いていけたら、どんなにいいか。
でも、残念ながらあんなのでも私の生命線であり切り札なんだよね。
隙を見て他の人に押し付けたいけど、それがあの子が私の魂に寄生している以上、それは不可能なんだよね。
一応、友達でもあるし・・・・・・。
「・・・・・・地道に探そ」
もうそれでいいや。
あのルビーが一般人のチンピラ如きにどうにかされるとは思えないし、むしろ逆にチンピラの救助が必要になるかもだし。
例え全財産を無くしても、最悪ルビーだけは戻ってきてくれるでしょ。自力で。
そう思えば、なんだか体が軽くなった気がした。
どうにもならないって考えてるより、幾分か気分も和らいだ。
これならまだ歩ける。
前へと進める。
当てもない探索だけど、その内どうにかなるでしょ。
そんな事を考えながら歩き出す。
一歩一歩を踏みしめ、ようとして――、
突然すぐ前の路地から出てきた男とぶつかりそうになった。
慌ててブレーキをかけて、体をよじる。
男も私に気付いたのか、ぎょっと目を丸くして衝突を避けようとした。
辛くも、お互いに相手を避けようとしたおかげで、ぶつかる事は避けられた。だとすれば、もうやる事は一つ。
「こらぁっ、どこ見て歩いてやがん――んぁ!?」
「ひぃっ、ごめんなさ――にゅえ?」
怒られ謝り合戦スタートだぜ☆と覚悟した直後に、双方から奇妙なうめき声が発せられた。
一人は私で、もう一人は当然ぶつかりそうになった男。
その男は、刈上げの金髪に鼻ピアスと一度見たらなかなか忘れられそうにない風貌で、男はそんな強面を驚愕に歪めて、私に指を突き付けた。
「て、てめぇっ、さっきのガキじゃ――」
「ふんっ!!」
「――どわぁっ」
っち、外した!
相手の顔を確認した瞬間、反射的に繰り出した上段蹴りは惜しくものけ反った男の鼻面を掠って、延長にあったブロック塀を砕く程度に終わった。
チンピラの癖に、まあまあ良い反応するじゃない。
でも、次は外さない。
「な、なっ!? お、おまっ、いきなり何をッ!?」
「何をって、目の前にいるクソ野郎の脳天を蹴り砕こうとしただけですけど? まさか私の荷物にその薄汚い手で触れておいて、あまつさえ盗みまでおいて言い逃れが出来るとでも思ってるの――って、あれ?」
よく見ると、この人の手に持ってるのって私のバッグじゃない?
やだもう、こっちから探しに行く前に向こうから戻ってくるなんて嬉しいっ!
一見してまだ中身を空けられたとかはなさそうで、まさかの奇跡だ。半分以上諦めていただけに、その喜びは倍。ただ、気になる事がある。
・・・・・・なんで、持ってるバッグが増えてるの?
最初に逃がした時、持っていたのは私のバッグだけだったはずだ。
それなのに、今は種類も大きさもバラバラなバッグが他に三つもチンピラの腕の中にある。それも、どう考えても彼の物とは思えない女性物のバッグばかりだ。
考えられる事は一つ。
「へぇ・・・・・・、あなた。私のだけじゃ飽き足らず、他の人の物まで手を出してたんだ。――いい度胸じゃない、人間風情が!」
「ひっ!?」
予想以上に冷たい声が出た。
自分でも少し驚く。
しかし、声の温度とは反面、私の体の内側は今にも燃え上がりそうなくらいぐつぐつと煮え滾っていた。
それも、ほんの少し気を抜けば、爆発しそうな勢いで。
バッグを取られた時、ルビーが居なくなった時の絶望を今でも鮮明に思い出せる。
大切な物が奪われる悲しみは、痛いほどよくわかる。
それをこの男は繰り返していた。
私を振り切った後も、この短い時間の中で少なくとも三度も。
それも、おそらく自分よりも弱く抵抗できない女性をターゲットに絞って。
衝動的な盗みじゃない。
明らかに悪意を持って行った犯罪だ。
私は正義の味方なんかじゃない。
弱虫で弱者で臆病者で、身の程も弁えずについ「人間風情」なんて偉そうな言葉を使ってしまうような小者な堕天使だ。
だから、私が他の被害者の事で怒るのは間違ってるのかもしれない。
不甲斐無い自分に燃料を与えるためだけにやってる、最低な行為なのかもしれない。
でも、今だけは許してよ。
拳を握る。
足に力を籠める。
日常から非日常へ、人から堕天使へと意識を塗り替える。
決して殺しはしない。でも、
「あなたを警察に突き出す前に、一発ぶん殴ってあげる。だから、あなたはただ自分のやってきた事を後悔してなさい」
「ひっ、ひぃっ!?」
「楽に済まされるなんて思わないでよ? あなたの被害にあった人達の分も含めて、痛みも恐怖も存分に味わってもらうからね!」
自身が久々の本気モードに入った事を認識しながら、ミシッ!と軋むほど握り締めた拳を振りかぶり、直後、今まで固まっていたチンピラが奇行に走った。
「ひぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!?」
「ちょっ!?」
奇声を上げながらチンピラが持っていたバッグを一つ、私に向って放り投げたのだ。
普段なら、この程度の目くらましなんてさっさと叩き落してただろう。
しかし、一度被害者を言い訳にしたせいか、咄嗟に向ってくるまだ真新しそうなバッグを両手で受け止めてしまった。
束の間の一手だった。
だが、チンピラにとっては最善の、私にとっては足を止めざる負えない一手。
チンピラが、細い路地へと飛び込む。
「待ちなさいっ!」
怒鳴るが、既にチンピラは逃走を始めている。
その見事というまでの逃げっぷりに舌打ちしながら、続けて私も路地へと踏み込み――。
ガシャンッツ!
行く先から音がした。
目の前には、倒れる縦に積まれたコンテナ。中身はビール瓶。
それがバランスを崩して、私に向って倒れてくる。
避けるか、払い除けるか。
直後、私は駆け出そうと地面についた右足を更に深く曲げ、一気に弾く。
一息で跳躍した私の体は、二メートルほどの高さがあったコンテナを軽々と飛び越え、路地の先へと着地した。
派手な音を立てて崩れるコンテナを背に顔を上げると、このコンテナで私の足止めを狙っていたチンピラと目が合った。
あんぐりと大きく口を開けて呆けるチンピラの姿に、ちょっとだけ優越感を得ながら、再び追撃を仕掛ける。チンピラも慌てて逃走を再開した。
だが、チンピラは一度振り返って止まっていただけに、スタートダッシュが私よりも半歩遅れた。
元より、私は堕天使。相手はただの人間だ。
男女の差なんて、一切意味をなさない。
種族という大きな溝が、その差をぐんぐんと埋めていく。
「くそっ、がぁっ!?」
「・・・・・・っ!」
チンピラもこのままでは逃げ切れないと悟ったのだろう。
悪態を付きながらも、悪知恵を働かせた。
再び宙を舞う、赤いバッグ。
それを見た瞬間、チンピラの襟首を掴もうと伸ばした私の手が、重力に従って落ちるバッグへと進行方向を変え、地面すれすれで受け止める。
再び距離が開く。
「人の物はっ、大切に扱えって教わらなかったのっ!?」
「し、知るかァッ!」
今や涙目になって叫ぶチンピラに猛追をかけるが、なかなか粘る。
身体能力ではこちらが勝っているにも関わらず、その距離を縮めることが上手く進まない。
路地の曲がり角を何度も使い、行く先に置いてある物を私の足止めの障害物として使う事で、もう少しっ! という所で逃げ切ってくる。
――逃げ慣れてるっ!
幾度も空を切る手を見て、わかった。
チンピラにとって、この細い迷路のような路地は予め用意してあった逃走経路なのだ。
外見から喧嘩慣れしてそうな強面のくせに、かなり用心深いらしい。争う事よりも咄嗟に逃走を選択したのは、たぶん最も使い慣れた手段を反射的に選んだのだろう。
いったいどれだけ長い間、この手を使っていたのか。
少なくとも昨日今日なんて短い期間ではない事は、充分に理解できた。
ならば、打つ手を変えるべきだ。
この路地は永遠に続く物ではない。
いつか終わりが来る。その時が、あのチンピラの最後だ。
三度飛んだバッグを宙で受け止めながら、見失わない程度に一定の距離を保ってその時を待つ。
それにしても、あいつ。何で三つもバックを投げた癖に最後まで私のバッグは手元に残してるの?
何なの? 一番最初に手に入ったから愛着でも湧いてるの?
もう返してもらっても許す気はないけど、気持ち悪いからやめてよ。
そしてルビーはなんでまだそのままなの?
まさかバッグの中で寝てて気づいてないなんてないよね!?
更に走る事数分。
予想通り、程なくして逃走劇は終わりを迎えた。
チンピラから僅かに遅れて長かった路地から飛び出すと、視界に入ってきた光景に足を止めた。
それほど広くない場所だ。
背の高いビルに囲まれ、せいぜいバスケットコート二面くらいの面積しかない。
広場の奥には何かの工場と思われる建物が建っており、寂れて古くなった外装を見るに、おそらくもう使われていない捨てられた工場なのだろう。
都心から離れたせいか生活音が遠のき、余計に寂れた印象を受ける。
そんな工場の前にチンピラはいた。
逃げる時には必死だった表情を緩め、逆に薄気味悪い笑みを浮かべている。
「へっへへっ、ハァッ、よ、ようやくっ、おえっ、追い詰めたぜっ、ごほっごほっ!?」
「いやいや、それ私の台詞だし。それより大丈夫? 今にも死にそうだけど?」
「だ、誰のせいだとっ、ふぅ、思ってやがるっ・・・・・・!」
ここまで走って来るのにだいぶ体力を消費したのだろう。
息も絶え絶えで、顔色も悪い。ただ張り付いた笑みはそのままだ。
サバイバル生活やお姉ちゃんとの鍛錬で鍛えた私でも、結構疲れる距離を走ったのだ。チンピラの疲労度は倍以上のはずだ。
まあ、体力はある方なんだろうけど相手が悪かったね。
「さて、覚悟はいいかしら? もう逃げ場はなさそうだけど」
「覚悟だァ? ――くっ、ははっ。 ごほっ、このガキがっ。のこのこ一人で来たのが悪かったなぁ・・・・・・おいっ!! 客だぞ、お前らっ! へへっ、後悔するんのはテメェの方だ」
突然声を張り上げ、後ろの工場に向って吠える。
何となく予想はついていたけど、やっぱり仲間がいたようだ。
何人かわからないけど、一応撤退も視野に入れておいた方がいいかも。
身構えながら、この後の展開を思い浮かべる。
しかし、数秒後に異変に気付いた。
チンピラが大声で呼び掛けたにも関わらず、中から誰も顔を出さない所か、反応すら見せない。
それに気づいたチンピラも泡を食った様子で、再び大声を出して救援を求めるが工場の中から聞こえてくる音はない。
もしかして、見捨てられた?
可能性としては、このチンピラは見限られて、他の仲間はもうどこかに行ってしまっていたってところか。
それなら手っ取り早く私がこの男を殴り飛ばして、あとは警察に任せるだけなのだが――。
(・・・・・・なんだろう、嫌な予感がする)
背中の右肩甲骨の辺りがヒリヒリと疼く。
この疼きには覚えがある。嫌なことが起こる時、特にやばい事が起こる前兆として、よく右の肩甲骨辺りが警告を出すように疼く時があるのだ。
例えば森で熊に襲われそうになった時とか、例えば土砂崩れに巻き込まれそうになった時とか。例えば、他勢力の襲撃とか。
仕組みはわからないが、この疼きに何度か救われてきたのも事実だ。
本能的に危機が迫っている予感を感じ、周囲に視線を走らせた。
何か見落としてる?
人間を相手にしてるつもりで、何かとんでもない落とし穴があるんじゃないの?
そんな風に警戒を始めた私を余所に、痺れを切らしたチンピラが工場に向って走り出した。
注意を促すべきか迷っている時間で、チンピラの姿が工場の中へと消える。
一瞬の逡巡の後、その場に持っていたカバンを全て置き、私も後を追う事にした。
気のせいであってくれればいい。
たまたまチンピラの仲間が留守だったというだけなら、何も問題ない。
だけど、この世界はいつだって過酷だ。
シャッターの下を潜り、建物内へと入ってすぐ近くにチンピラはいた。
何故か棒立ちで動かないチンピラを訝しみながら、一歩踏み出そうとして、同時に異常に気付く。
錆びた鉄のような、不快な匂いが鼻を突く。匂いの元は、チンピラの背中が邪魔で見えない。
声をかけるべきか。
僅かに悩んだ末に口を開きかけた時、何かが擦れる異音が耳に入った。
瞬間、右肩甲骨に燃えるような熱が、最大の警鐘が鳴り響く。
考える暇もなく、チンピラに向って飛び掛かった。
有無言わせず突き飛ばして、自分もその場から飛び退く。
その直後だった。
今まで私達がいた場所が大きく抉られた。
意識が堕天使側に寄ってなかったら、確実に避け損なってチンピラ共々死んでいたでろう威力だ。
「ひっ、ひっ、ひっ・・・・・・!?」
「くっ・・・・・・!?」
転がったチンピラが引き攣れを起こしたように呻く中、私もチンピラの視線を辿って上を見る。
そいつは、今まで息を殺して獲物が来るのを待ち構えていたのだろう。
哀れな獲物が巣に訪れたのを見て、出てきたようだ。
「カカッ、カカカカカカカカッ!」
耳障りな笑い声が響く。
見上げた天井に、そいつはいた。
上半身は裸の男。ただし、その肌は炭のように黒く染まり、下半身に至っては自動車ほどありそうな巨大な蜘蛛の異形だ。
蜘蛛のお尻に当たる部分からは、成人男性の胴体くらいの太さがある巨大な大蛇が生えており、上半身と並んで獲物を吟味している。
隠そうともしない邪悪な気配に、冷や汗が止まらない。
こいつが何なのか、私にはわかる。
「カカカッ、美味ソウなァ、人間ト小鴉ジャナイかァ!」
「は、はぐれ悪魔・・・・・・っ!?」
絶句する私を見て、奴はニタリと笑った。
本当に今日は嫌な事ばかりが起こる。
幸薄系が好き。
弱小系が好き。
でも頑張るゾイ系はもっと好き。
以上の三要素が今作のオリ主を作った動機です。