「秋葉原、かぁ・・・・・・」
そんな感慨深い声が漏れたのは、いくつもの電車を乗り継ぎ、人の波に揉まれて、ようやく着いた駅のホームから一歩踏み出した時だった。
この世界に転生してから十と幾年。
初めて、そして久しぶりに訪れた我らが聖地。
背の高いビルがいくつも立ち並び、道路には信号待ちの車が渋滞を作っている。
一見ごく普通の都会の景色だが、その中に溶け込むようにアニメのポスターや看板があっちこっちにちらほらと見えて混じり、それがある種の独特な風景を生み出していた。
そんな秋葉の街に、胸が高鳴る。
・・・・・・変わらないなぁ。
既に大部分が擦れて不透明になってしまった思い出の中で、しかし、記憶との差異はあれど決して色褪せない特異な街の姿に、様々な想いが胸の内に溢れる。
「秋葉原、だぁ・・・・・・!」
喜びや懐かしさ。感動や切なさといった様々な想いを、止めることなく爆発させ――、
「私は、帰ってき――ぐあっ!?」
――ようとして、突如背中を押され、危うく転びそうになった。
さっきまで体を満たしていた高揚感が一気に吹き飛ぶ。色々と台無しにされて、ちょっと腹も立った。
誰よ、危ないじゃない!
そう文句を言うために振り返るが、犯人らしき人物の姿はない。
代わりに、けっこうな人数の人達と目が合った。
冷や汗が出る。
「(・・・・・・うわー)」
・・・・・・いや、うん。よくよく考えればここって昼間とはいえ都会の駅の出入り口だし。多くの人間が出入りするそこで立ち止まっていれば、普通に邪魔だよね。
こんな時どうすればいいんだっけ?
そんな事を考えている内に、どんどん注目が集まってくる。
「(・・・・・・うわー、うわー!)」
自分でも、情けないくらいにビビる。
でも、しょうがないよ。いきなり大人の人から注目を浴びるとか、すごく怖い。
高校受験でやった面接の時のことを思い出すよ。個人面接だったせいで、無表情の試験官達から質問攻めされたのは今でもトラウマです。
ついでにヒキコモリ生活をし過ぎたせいで、余計に苦手意識がついてしまって。
さっさと動けば良いだけなのに、それすら思いつかずに生きたかかしになりかけた。
そんな時だった。
『・・・・・・ん、んぅ? ミウナさんが困ってる気配がしますねー。何かありましたか?』
「ちょっ・・・・・・!?」
そんな声が聞こえたと思ったら、肩に掛けて持っていたバッグががさごそと動き出した!
い、今はまずいよっ!
慌ててバッグを両手で抱き寄せ、中の“アレ”を思いっきり抱きしめる。『むぎゅっ!?』と何か押し潰したような声が聞こえたけど、気にしない。
そんなことよりも、周りの反応だ。
半径一メートルくらいだろうか。つい今しがた起こった事象を見てた人達が不審そうにこちらを、正確には私とバッグを交互に見ているのを感じる。
きっと、今のやりとりを見られたのかもしれない。
こ、こういう時は・・・・・・、
「あ、あはは・・・・・・て、撤退!」
とりあえず、逃げるに限る。
脇目も振らず、とにかく前へ、前へ、たまに角を曲がって。
そんな感じで、私にとって今世の記念すべき初秋葉原は、逃げることから始まったのだった。
―○●○―
たくさん走って、逃げて、辿り着いたのはどこかの鉄橋の下。
周りに人がいないことを確認して、抱いたままだったバッグを地面に下ろすと、そのタイミングを見計らったようにチャックが勝手に開き、中から先ほどの声の主が飛び出してきた。
「んもぉー、いきなり何するんですか、ミウナさん。危うく窒息死するところでしたよ!」
出てくるなり、いきなり文句を言ってきたのは、私の相棒。名前はルビー。
その姿は五芒星を鳥の羽の生えたリングが飾った、プラスチックのおもちゃのような外見だ。
今も私の目の前をぷかぷかと浮いて怒っている様子は、彼女に明確な意思があることを証明している。
そんなルビーに、つい私も不満をぶつけた。
「いきなりって、それはこっちの台詞だよ! 人前で喋ったり動いたり姿見せないでってお願いしたよね!?」
「されましたとも! ですけど、普段から見知らぬ人と喋るのが苦手なミウナさんが、大勢の人から注目を浴びてテンパってる気配を感じたからこそ、このわたしが助けに入ろうとしたんじゃないですかー。なのに、あの仕打ちっ! 酷いですよ!」
「てっ、テンパってなんかないしっ! 一人でも大丈夫だったしっ!」
「いえ、これまでのパターンですと、あのままだとミウナさんは取り返しのつかないミスをやらかしてたと思いますけど?」
し、失礼! すごく失礼だよ、こいつ!?
確かに今まで失敗して逃げるってことがあったけど、そう何度も繰り返さないよ!
それにどう考えても、あそこでルビーが出てきた方が余計にややこしいことになってたはずだよ。経験上から言って!
「と、とにかくルビーは人前には出ちゃダメ。もし騒ぎになったり、噂になって他の奴らに嗅ぎ付けらえたりしたら、大変なことになるってことくらいルビーだって知ってるでしょ?」
「それは重々承知ですけど・・・・・・」
今のところハイスクールD×Dの設定にある三大勢力の三つ巴は、変わりなく健在している。
原作介入を早々に辞退した私には、今が原作で言うどの時期かを確認する事が出来ないけど、和平の噂もなく三つ巴がそのままなのだから、まだ四巻前なのは確実だろう。
つまり、三大勢力の悪魔に天使。この二種族は当然ながら今も私の敵。
もしどちらかと道端でばったり出会っただけで、即殺し合いが始まりかねない。
ついでに味方であるはずの同族の堕天使にだって、顔を合わせて和気藹々としていても、気を許した瞬間に後ろから刺されかねないのが現状だ。
主人公たちにはとても頑張って欲しいって思うよ。
こんな殺伐とした世界じゃ、目立つ杭は打たれるどころかうっかり圧し折られかねないので、私のような下級堕天使は細々とこっそり隠れて生きていくからさ。
そのことを更に念を押そうとした所で、何故かルビーにため息を吐かれた。
どこか呆れたような、そして楽観的な口調でルビーは言う。
「あのですねー、ミウナさん? もうミウナさんは昔のミウナさんとは違うんですよ。なんせ・・・・・・」
一呼吸して、
「このわたし、愛と正義のマジカルステッキ、マジカルルビーちゃんがミウナさんにはついています! そしてミウナさんは今や立派な魔法少女! どんな敵が来ても片手間で楽勝に倒せちゃいますよ!」
「やめて! 魔法少女とか、嫌なこと思い出させないでっ!」
耳を塞ぐ。
あの純粋で人を疑うことを知らなかった自分が、今はとても憎い。
でもでも、あの時は私も情緒不安定になってたんだから仕方なかったんだよー!
「何をおっしゃいますか! 魔法少女は全国少女の夢! そんな夢見る乙女たちの中から魔法少女に選ばれたミウナさんにはこれから(わたし的に面白おかしく)力を合わせて活躍していく日々が待ってるんですよ!」
「待ってないよ! それに魔法少女を夢見た覚えも無いよ!!?」
「またまたー、そんなこと言って知ってるんですよ。ミウナさんの部屋のベッドの下に隠された、あの『私が考えたカッコイイ必殺技ノート』のことを!」
「なっ!? な、ななななんでそれを―――っ!?」
聞き捨てなら無い発言に、私は思いっきり取り乱した。
お、おかしいよ。あのノートは厳重に封印処理して隠しておいたはずなのに!? 絶対見つからないようにカバーまで変えて隠蔽したのに!!
いや、でもだって、やるよね? 他のみんなだってちょっと特別な力とか手に入れたら絶対必殺技とか練習しちゃうよね!?
っていうか、私とルビーが出会ったのって、私があの家を出てからのはずだよね。なんでノートの存在を知ってるの!?
「あ、情報提供者はわたしの創造主さまです」
「お、お姉ちゃぁぁぁああああああああああんっっ!!??」
な、なんてことなの! 身内に密告者がいたなんて!?
しかもルビーが知ってるってことは、ほぼ確実にもう私の知り合い全員にノートを見られたと考えた方がいいということで。
もともと帰る気なんてなかったけど、余計に近づきたくなくなっちゃったじゃない! というか、本当に余計なことしてくれたなあの人はぁぁぁぁっ!?
ああっ、だめだ。考えただけで頭が痛くなってきた。
とりあえずこの話はやめよう。私の心の平穏のために。
「と、とにかく! なるべく面倒事はなしの方向で! 戦うとか、そういうのは特にだよ!!」
「ええー、どうしてそんなに嫌がるんですか?」
どうしてって、そんなの決まってる。
「だ、だって、怖いし、痛いのやだし・・・・・・」
「・・・・・・」
「そ、それに・・・・・・死んじゃうかもしれなんだよ?」
前世で死んだ時の、あの時の感覚は今でも思い出せる。
時々悪夢で見るのだから、よほど私にとってあれは怖い体験だったのだろう。
二度も同じ事になるなんて、絶対にやだ。
「ですが―――」
「い、い、か、ら! もうこの話はお終いっ! し、仕事のこともあるし、ルビーとの契約もあるから百歩譲って魔法少女はやってあげるけど、私は基本平和主義でいくんだからね!!」
争いとかない。絶対ない。
せっかく第二の人生で、待ち望んだ秋葉原まで来たんだもの。
そこまで考えて、ようやく我に返った。
そう、こんな所で言い争っている場合じゃなかった。
秋葉原よ。聖地アキバなのよ!
とら○あなに行きたい! アニメ○トでラノベに漫画を立ち読みして、メロンブッ○スで新刊チェックして、ついでにグッズやフィギュアを鑑賞した後は可愛いメイドさんたちに囲まれて萌えた後に、締めの乙女ロードを心行くまで練り歩きたい!!
やだ、たいへん。予定でいっぱいだわ! 私、忙しい!
少し考えるだけで、今まで溜めていた欲求が溢れ出てきた。
現金なことかもしれないが、途端に嫌な気分がワクワクとドキドキへと変わっていく。
「ほら、行くよルビー。髪に隠れてていいから、他の人に見つからないようにしてよね」
「やれやれ、仕方ない人ですねー」
そんな事をぼやきながら、ルビーが私の髪の中に潜むのを確認して鉄橋の下から出た。
―○●○―
何故アキバに来たかというと、実はこれといった理由は無い。
強いて言うなら、やることがなかったからだ。
もっと言うなら、アニメ成分を補給したかったからだ。
アニメ。
正式にはアニメーションと呼ばれるメディア文化が日本にはある。
深夜放送のマニア向けのものから、国民的なんて表現されるような有名になったものまで。
架空という存在でありながら、数々の物語を世に生み出し、多くの人に感動と夢と萌えを与え続けてきたアニメが及ぼす影響は計り知れない。
たった一つのアニメのグッズを集めるために大金を注ぎ込む人がいたり、アニメの展開次第で見知らぬ他人とネット上で討論となって炎上したり、世の中の社会現象にまでなったり。
近年では海外でも日本のアニメが大人気なんて報道があったくらいだ。
その勢いで、少し前まで犯罪者予備軍なんて蔑視されていたオタクが一般化してくるなど、徐々にアニメが世界に、私たちの生活に染み渡ってきている。
そう考えると、アニメとは偉大なのではないだろうか。
見ているだけで、心が癒されていく。
熱い展開に一喜一憂して、感情を大きく揺り動かされる。
非日常に憧れを抱いて、いつしか夢を見るようになる。
一冊の漫画から仲間の大切さを学んだ人もいると思う。
読んだ小説から人の心の繊細さを知った人もいるかもしれない。
もちろん、良い影響とばかりではないだろう。
行き過ぎた憧憬が、いつしか空想との区別がつかなくなっておかしな言動を取る人だっているし、熱し過ぎた情熱が悪行に走らせることだってある。
だけど、それを含めてアニメなのだ。
良い事も悪い事も、全てアニメが教えてくれる。
そう! アニメとは世界すら塗り替える、人の生み出した奇跡なのだ!!
by.お兄ちゃん(いつの日かの妄言より抜粋)
「・・・・・・でも、世界は超えられなかったんだよね」
「はい? 何か言いましたか、ミウナさん?」
「ううん、なんでもない」
立ち寄ったアニメショップで漫画を立ち読みしていたら、ふとそんな懐かしい戯言を思い出してしまった。
不思議そうにこちらを見てくるルビーの視線をかわして、再び手元の漫画に目を落とす。
漫画のタイトルには「ドラグ・ソボール」と表記されている。
店先に見覚えのある漫画が並べられたのを見て、好奇心で手に取ったみたけど、今は少し後悔し始めていた。
日は高く、もうすぐお昼の時間帯。
鉄橋から出て大通りに戻った私は、さっそく即席で立てた予定を消化しようと息巻いていたのだが、実はまだ半分も達成できていなかったりする。
その原因の一つが、街の変化だ。
より正確に言うなら、前世で培った私のアキバの知識や景色と今世のアキバとの違いだろうか。
町並みはほぼ同じでそれほど差異はないけど、よく見ると細部で違っている。
例えば、前世で表通りにあったはずのアニメショップが消えていたり。
例えば、街角にあった映画館が、大型電気店に変わっていたり。
考えてみれば当然なのだが、ここは前のいた世界とは違うのだ。
歩き始めて気づいたそのギャップに、実はかなり戸惑った。そして実感もさせられた。
ここは、私のいた世界じゃない。本当に別の世界なんだって。
そして、もう一つ。
それが私が持っている漫画本だった。
「・・・・・・はぁ」
「あれ、もう読み終わっちゃうんですか?」
ため息をついて漫画本を閉じると、髪の中に潜むルビーが声を掛けてきた。
咄嗟に周囲に視線を走らせるが、近くに人の姿は無い。
周りに人が少なくなるタイミングを見計らっていたのか。一応、私との『人目につかないようにする』という約束を守ってくれているようだ。
ただ、店先とだけあってすぐ後ろは歩道に面しているから、あまり身を乗り出さないでほしい。
「う~ん、なんというか・・・・・・ちょっと思ってたのと違ってて、がっくしみたいな?」
「そうですか? わたしはけっこう面白いと思いますけど」
「面白くないってことはないんだけど・・・・・・」
そう、面白くないわけじゃない。
問題があるとすれば、たぶん私の方だ。
手に持った漫画本の表紙には、オレンジ色の武道着を来たマッチョな青年が、やんちゃそうな笑みを浮かべながら、こちらに向かってピースしている。
とても、見覚えがある。
(・・・・・・これってどう見ても、アレが元だよね)
タイトル、絵柄、物語、キャラクター。
どれをとっても、ちらほらと前世のあのアニメと酷似してしまう。
いや、きっとこの世界ではこっちの「ドラグ・ソボール」の方が主流なんだろうけど、別の方というか、元ネタを知っているから、どうしてもパチモン臭く見えてしまうのだ。
そのせいで、素直に楽しんで読めない。
もっとも、中には某恋愛漫画のヒロインがサブヒロインだった少女に変わり、IFルートのような展開になって面白いものもあったけど。
正直、これは予想外だった。
続きとか気になってた漫画や小説がけっこうあったんだけど、これはもう諦めた方がいいのかもしれない。
ハガ○ンの最終回とかすごく気になってたのになぁ。なんでお兄ちゃんがお姉ちゃんになって、弟君が鎧からドラゴンになっちゃたんだろう。
なんで某忍者漫画の主人公は髪型をロン毛に変えちゃったんだろう。
なんで死神代行は主人公やめて脇役に転職しちゃったんだろう。そして、新主人公君、君ほんと誰?
もう、何これ!
こう中途半端に変わられると、ネタなのか別漫画として見ればいいのかわからないよ。
世界は超えられなかったけど、でも足の先はちょっと入ったよ! 的なアピールいらないから! 頑張った結果が残念なことになっちゃってるから!?
・・・・・・はぁ、なんだか今日はついてないな。朝から騒ぎ起こしちゃうし、行きつけのお店もなくなってたし、欲しかった漫画本もラノベも売ってないみたいだし。
「・・・・・・下調べって、大事だね」
「漫画本一つで悟りを開いたかのような顔をするのはいかがなものかと。それに、下調べですか? それならネットで調べれば充分な量の情報が手に入ったと思うのですが」
ネット? ・・・・・・ああ、インターネットのことね?
一瞬ルビーが何言ってるのか分からなかったわ。
「そっか。ルビーは知らなかったっけ。私の家はね・・・・・・、ネットに繋がってないんだよ」
「え? ええっ!? このネット社会と言われたご時世なのにですか!?」
「ついでに電波もないから、テレビは映らないし、ケータイも常に圏外だったけ。あ、でも固定電話ならあったよ、黒いやつ」
「どこの密林に住んでたんですか!? ついでにミウナさんのご実家の文化が昭和時代に遡ってますよ!!」
密林か。あれはどっちかっていうと樹海なんだけど、同じようなものだよね。
というか、ルビーが珍しく驚いてばかりなんだけど、やっぱり私の生活環境ってそのくらい低かったのかな。うん、山菜が主食扱いされてた時点で知ったけど。
「まさか、ミウナさんがここまで情報弱者だったとは・・・・・・オタクっ娘とは思えない有様ですねー」
「うぅ、言葉もでない・・・・・・」
「というか、ネットもテレビも繋がらなければアニメを見る事も出来ないじゃないですか。そこら辺はどうしてたんでしす?」
「それはほら、自作しょうせゲフンッゲフンッ! か、家事とかいろいろとやることがたくさんあったからね! それにアニメなら脳内再生できるし!」
あ、危なかった。
つい一月前まで住んでいた実家のことを思い出して、懐かしむついでに余計なことまで言ってしまうところだった。
でも、嘘ついてないよ。家主のお姉ちゃんは研究一筋だったから自炊すらできなくて、必然と私が家事全般を担当していたんだよね。
他にも食料調達のために山に出かけたりとか。おかげでサバイバルスキルと家事スキルはそれなりに高くなったと思う。
・・・・・・そういえば、今お姉ちゃんどうしてるかな。
別れてから、もう一ヶ月。研究に没頭し過ぎて、餓死してないといいんだけど。
と、思考が深みにはまりつつあった私だったが、
「脳内ですか・・・・・・? あっ。もしかして、ミウナさんの前世の話ですか? わたし気になります!」
ルビーの興奮した声に、現実に引き戻された。
同時に、己の失敗を悟る。「あ、しまった」と思った時にはもう遅かった。
「い、今のなし!」
「ええー、いいじゃないですか、前世の話くらい。わたし気になります!」
「よくないよ! っていうか、それ別のキャラの口癖だし!」
ルビーに私が転生者だってことを話したのは、やっぱり間違いだったかな。
これから長い付き合いになりそうだし、あんまり隠し事は良くないと思って、誰にも言わない約束で教えたんだけど、何でかルビーは私の前世にすごい興味を持ちゃったんだよね。
でも、私としてはあんまり話したくない。
昔の私ってこんなんだったよって自慢できるようなことなんてないし、何よりあんまり話すと前の両親とか親しかった友人とか、楽しかった思い出も悲しかった思い出も色々思い出して、なんかどうしようもなく堪らなくなるのだ。
それがどうしようもなく嫌。理由は自分でもよく分からないけど。
「むぅ。ミウナさんは頑固ですねー。わたしにくらい、その薄い胸の内側にある想いを我慢せずに打ち明けてもいいんですよ? パートナーじゃないですか」
「余分な一言無ければ良い台詞だと思ったのに・・・・・・!」
「貧乳はステータスです!」
「貧乳言わないでよ! そ、それに私のは平均より少し下くらいで、将来に期待なんだから!」
私の年齢で考えれば、今はたぶん中学一、二年くらい。
確かに他の娘と比べると少しすこーしだけ小さいかもしれないけど、まだまだ成長期の真っ只中だ。それにほら、私堕天使だからね。種族的に考えればエロい種族だし、大人になったら他のみんなのようにボンッキュッボンッになってもおかしくない!
だから希望はあるはずなんだよ(震え声)。
「おっと、話が逸れてしまいました。今はミウナさんの昔話です」
「いや、今も後もないから」
まったく。いったい何がここまでルビーを惹きつけるのやら。
迷惑とまでは思わないけど、その興味を別の方向に持っていってほしい。余計にややこしい事態になるかもしれないけど。
とにかく、ルビーの意識を別の所に持っていくしかない。どうしようかと考えた所で―――、
クイクイ、と服の端を引っ張られた。
視線を向けると、小さな手が私の服を掴んでいる。そのまま顔を上げると――、
「・・・・・・おねえちゃん、それ何?」
まだ小学校低学年くらいの幼い女の子がいた。その視線は、私とルビーを行ったり来たりしている。
「「あっ」」
しまったああああああっ!!?
ついルビーとの会話に夢中になってしまい、周囲への警戒を疎かにしてた。
ルビーも興奮し過ぎて、いつの間にか隠れていた髪の中から出てしまい、今は私の目の前を浮遊している。ぶっちゃけ、丸み見えにもほどがある。
「こっ、これは何でもないよ!?」
「むぎゅっ!?」
慌てて目の前のルビーをキャッチ。そのまま足元に置いていたバッグの中に押し込めんだ。
中の衣類やら財布などを押し退けて、なるべく深く押しやろうとする。しかし、さすがにきつかったのかルビーから抗議の声が上がった。
「(ちょっ、み、ミウナさん強引過ぎます! で、出来ればもっと優しくぅー)」
「(ごめん、緊急事態だから我慢して! あと私が良いって言うまで出てきちゃダメだからね!)」
「(そんなー! せっかくの幼女との触れ合うチャンスが!?)」
「(お願いだから黙っててね!?)」
どうにか大人しくさせたが、女の子にばっちり見られてしまった事には変わりない。
恐る恐る様子を覗うと、その愛らしい大きな瞳を丸くして不思議そうに私のことを見ていた。
・・・・・・こ、これは何と言い訳したものか。
どこから見られていたのか分からないが、少なくとも喋ったり飛んでた所は見られたはずだ。って、もうその時点でアウトなんだけど!
「・・・・・・ねえ、おねえちゃん」
「え、えっと、今のはね、その・・・・・・!!」
ダメだ。咄嗟に上手い言い訳が思いつかない。
ここで騒がれたら今すぐこの場を離れなくちゃいけなくなる! それはやだ! せっかく念願の秋葉原まで来たのに! まだ予定の半分も達成できてなのに!!?
そんな死刑が確定した被告人のような気分で、女の子の判決を待っていると――、
「今のおもちゃ、かわいい!」
女の子の無邪気な声に、私は目を点にした。
「・・・・・・・・・・・・へ?」
「そのおもちゃどこに売ってたの? わたしもほしい!」
お、おもちゃ?
あっ、もしかしてルビーのこと?
考えてみれば、ルビーの外見はプラスチックで出来たおもちゃのような姿だ。
もともとルビーの本来の姿は魔法のステッキだったし、子供から見れば生き物よりもおもちゃに見えるのかもしれない。
この子もきっとそう見えたんだろう。なんだか、どっと疲れた気分だ。
「よ、よかったぁ・・・・・・」
「どうしたの?」
「う、ううん、なんでもない。大丈夫だよ」
「?」
周囲を確認してみたが、どうやら見られたのはこの女の子一人らしい。
これなら心配する必要はなさそうだ。
でも、問題があるとするなら――、
「おねえちゃん、わたしもそれほしい!」
「え、えーと・・・・・・」
ど、どう答えたものか。
そもそもルビーは売り物じゃないから、どこを探しても同じ物なんてあるわけが無い。
かといってこんな小さな子に嘘をつくのもアレだし。かといって下手したら、見つかるまで探しかねない。
どうしようと悩んで視線をさ迷わせていると、アニメショップの隣にある雑貨屋。そこからたった今買い物を終えた様子の女性が出てくるのが見えた。
視線が合う。
私に、そして今も私の服を掴んで話さない女の子へと。
最初はきょとんとした顔から、女の子を見て驚きへと変わる女性の変化に、私はこの女性と女の子が近しい関係なのではと確信した。
なんとなく女の子に似てる気がするから、もしかしたらこの子の母親なのかな? という私の考えは当たっていた様で、女性はこちらに向かってくるなり、申し訳なさそうに頭を下げた。
「こ、こら、留美ちゃん。お姉ちゃんが困ってるでしょ」
「あ、ママ!」
「ごめんなさい、うちの子が迷惑をかけてしまって」
「い、いえ、全然大丈夫です」
年上の女性に話しかけられ、つい恐縮してしまう。
でも、これで助かったかも。
今や女の子、留美ちゃんの興味は私から自分の母親へと移ったようで、怒られてることに気づいてないのか、嬉しそうに母親を出迎えてる。
一時はどうなるかと思ったけど、これからは気をつけないと。
そう安心と反省をする私の横では、留美ちゃんが母親にさっそくおねだりを始めていた。
「あのね、おねえちゃんの持ってたおもちゃがほしいの!」
「え? おもちゃ?」
「うん。丸くてお星さまがついててね、それで――、」
留美ちゃんのいきなりの要求に、母親は目を丸くする。
そんな母親の様子などお構いもせず、留美ちゃんはルビーの姿を言葉と共に手振り身振りで伝えようと頑張っていた。
見ている分には微笑ましいが、内容を聞いているとハラハラさせられる。
特に「浮いてた」や「お喋りしてた」という言葉が出る度に、ドキリとさせられ思わず逃げたい衝動に駆られるが、ここは我慢だ。
いきなり逃げ出すなんて、あまり目立つような不審な行動は取りたくない。
幸いにも留美ちゃんの言葉から全体像が浮かばないのか、留美ちゃんママは始終頭に?マークを浮かべている。
このまま諦めてくれないかなと密かに願いつつ、二人の様子を見守っていたが、先に観念したのは留美ちゃんママのようだった。
ものすごく申し訳なさそうな顔でこちらを見てきた。すごく嫌な予感がする。
「あの、申し訳ないのですけど、この子の欲しがってるおもちゃってどこで売ってるのか、教えていただけませんか」
「えーと、その子の言ってるおもちゃは非売品で、その・・・・・・」
ま、まずい。
咄嗟に言い訳をしてしまったが、それなら今度はどこで手に入れたかを聞かれてしまう。
逃げのための答えは、いずれ行き止まりになる。
なら、何かこの二人を納得させるための言い訳を考えなくちゃいけない。
ルビーは売り物じゃなくて、手に入れるなんて出来るはずなくて、量産なんかされてなくて・・・・・・って、そうだ!
オタク知識と経験から出したひらめきに、私は飛びついた。
「そ、そのおもちゃは昔の雑誌についてた付録の限定品なんです! だから、もうどこにも売ってないんです!」
「まあ、そうなの?」
「は、はい。残念ですけど」
これは我ながらなかなか出来た言い訳じゃないかな。
限定品なら入手が難しく、尚且つ昔の雑誌の付録って強調したから、それがすぐに嘘だってばれることはないはず。
その考えは正しく、留美ちゃんママは私のもう手に入らないという言葉を信じてくれたようで、残念そうな顔をしながら留美ちゃんの説得を始めている。
これならもう大丈夫だよね。あとは留美ちゃんママに任せて、さっさと退散させてもらおうかな。
そう考えてから、一言声を掛けた方がいいかなと思った。
さすがに何も言わずに去るのは気が引ける。前世から染み付いた、日本人の性だ。
しかし、それがいけなかった。
留美ちゃんママの説得があまり上手くいってない。それどころか、留美ちゃんがぐずりだしてしまった。
「ほら、ママと帰りましょ? 今日の夕飯は留美ちゃんの好きな物にしてあげるから」
「うぅー、やだっ! わたし、おねえちゃんの持ってるおもちゃがほしい!」
「でも、お姉ちゃんも困ってるから、ね。良い子だから」
「えぅ、でも・・・・・・ぐすっ、ふえぇ」
あ、ああ~。ついに泣き出しちゃった。
私も前世で欲しかったグッズが手に入らなくて、泣きを見たことがあるんだよね。あの時はかなり悔しかったよ。
そんなにルビーが欲しいのかな? 本人が聞いたら大喜びしそうだけど、私が困る。
今も相当に困った状況だけど。
出来れば、この場を離れたい。でも、留美ちゃんの小さな手ががっしりと私の服を掴んで離してくれない。なんとなく、絶対に逃がさないという意思の強さが伝わってくる。
幼い子供に欲しいと思った物を諦めさせるのは、けっこう難しい。
元より、大人の理屈が通じるとは限らないのだから。
一応、その責任の一端が私にある以上、私も黙ってないで何とかしよう。
「え~と、ほら、泣かないで、ね?」
「ひっく、うぅ~・・・・・・やだぁ~、ほしいのぉ」
「でも、アレはあげられないから、その・・・・・・」
「うええええぇぇん」
ああっ、やっぱりダメだ!
こんな小さい子供なんて相手したことないから、泣き止ませる方法が思いつかない。
あと、ちょっとこの子の服を掴む力が徐々に強くなってきてるのですが。
今着てるのはワンピース系の服お姉ちゃんなんだけど、皺はともかく、けっこうスリットが深いんだからあまり引っ張らないで欲しい。
ぱ、パンツとか見えちゃいそうになるから、ね。
ちょっ、引っ張らないで! それ以上は、それ以上はダメだってば!
うわああ、今日は本当についてない日なのかもしれない。占いだったら絶対私の運勢最下位だよ!
そんなちょっとした攻防を繰り広げている内に、留美ちゃんママは次の手に打って出た。
「そうだ、家に帰ったらママとキュアキュア見ましょ?」
「ぐす、ふえ・・・・・・?」
「留美ちゃん、キュアキュア好きだよね」
「ひっく・・・・・・キュア、キュア、でもぉ」
お、おおっ!
僅かだけど、留美ちゃんの意識がルビーから別の対象に移った。
そうか、そういう手もあるのか。
ならば、私も! と留美ちゃんママに加勢するために近くの棚に積んであった漫画本の一冊を手に取る。
「そ、それなら、これとかどうかな! 『魔法少女マジカル☆ブシドームサシ』ッ! アニメ化もされてるらしくて、読んでみたけどけっこう面白かったよ!」
表紙には凛々しくもあり、可愛くもある二刀使いの魔法少女が描かれている。
これは私の世界にもなかった漫画だったし、絵も展開もなかなか私好みだったから、けっこう気に入った本の一つだ。
留美ちゃんは私が差し出した本を見て迷った様子だったけど、おずおずと手を伸ばして受け取ってくれた。
よし! ついでに服から手も離れた、これで勝つるッ!
「ママ、これ・・・・・・」
「あら、よかったわね」
「おもしろい?」
「それなら、ママと一緒に見てみましょっか?」
そんな母娘のやりとりを見て、ほっと一息をつく。
どうにか問題が解決できたみたい。あとはさっさとこのままフェードアウトしてしまおう。
そう思った矢先だった。
結論から言おう、私の厄日は間違いなく今日だった。
「ご迷惑をお掛けして、本当にごめんなさいね」
「いや、迷惑だなんて。私は全然大丈夫でしたし、えと、それじゃあ、私はこれで・・・・・・」
「おねえちゃんありがとう。ばいばーい」
「あ、うん。ばいばい」
そう挨拶を交わして、一歩後ろに下がろうとして、どんっ、と人にぶつかった。
目の前の母娘に気を取られていて、後ろに気を配っていなかった。
ま、まずい!
「っ!? ご、ごめんなさいっ!」
「っち!」
反射的に謝ると、返ってきたのは男の舌打ち。
思わず凍りつきそうになるのを堪えて、振り返るとそこには険しい顔をしてこちらを見る二十代くらいの男がいた。
刈り上げた髪を金髪に染め、耳と何故か鼻にもピアスがついている。
あきらかに不良と呼ばれそうな強面の男だ。ついでに私の一番苦手な人種でもある。
ど、どうしようっ。とにかく謝らないと!
「ご、ごめんなさいでした―――!!」
「くそっ!」
頭を下げると、男がダッシュした。
「・・・・・・え?」
私の表現は何も間違っていない、と思う。
悪いのはぶつかった私のはずなのに、逃げたのは男の方。
離れていく男の背中を見ながら考える。えーと、見逃してもらったってことなのかな?
よくわからない状況に首を傾げる。
今の出来事を間近で見ていたはずの留美ちゃんママを見ても、何が起こったのかわかってない様子だった。
「ねえ・・・・・・おねえちゃん」
「え、うん? どうしたの?」
「あのね・・・・・・」
この場にいた最後の一人、留美ちゃんだけは違った。
きょとんとした顔をしているけど、その視線は私ではなく、何故か私の足元に向いている。
何かを言おうとしている留美ちゃんの言葉を待つ。
しかし、それよりも先に別の方向から声が聞こえてきた。
「泥棒だああああああああああああああああああぁっ!!?」
驚愕。そして焦燥。
そんな感情を孕んだ突然の大声に、思わず肩が跳ね上がった。
平穏な日常、平和な街ではまず聞くことの無い悲鳴にも聞こえる叫び声。
なによりも、その物騒な内容に目を見開く。
周りにいた人達も、揃って足を止めて声がした方向へと振り返っていた。
ものすごく嫌な予感がする。
何故かわからないが、こっちに転生してからこういう非日常が起こる時、決まって私は巻き込まれる側にいるのだ。
その経験が、またですかと脳内で激しく警鐘を鳴らしている。
声は若い男のものだった。
けっこうはっきりと聞こえてたから、それほど遠くは離れてないだろう。
辺りを見渡す。こういう時に焦って判断を誤ると碌な事にならない。
案の定、道路を挟んだ歩道からこちらに向かって走ってくる男の姿が見えた。
街に溶け込む地味な服装を見るに、休日に秋葉原へ遊びに来たといった感じだろう。ただ何故か帽子を深く被り、サングラスとマスクで顔を隠している姿は非常に怪しい。
必死に駆けて来る様子は、おそらく窃盗の加害者か被害者のどちらかといったところか。いや、どう見ても前者だわ。
出来れば、関わり合いたくない。
というか、面倒くさそうだからこっち来ないで欲しい。
なのに、彼はこっちにやってくる。
なんとなくだけど、サングラス越しに私を見てる気がする。
・・・・・・いや、勘違い、だよね? だってまだ私やらかしてないし。そんなアニメや漫画じゃないんだから、秋葉原に来て早々に事件に巻き込まれる訳ないし、ね?
「ねえ、そこの君っ! そこの黒いチャイナ服の子っ!!」
「ひっ!?」
もうやだ、ここってば小説の世界だったじゃん!!
がっと肩を捕まれて、強引に振り向かされる。
来ると思ってたけど、途中から諦めてたけど、やっぱりやだ。
もういっその事、形振り構わず逃げちゃおうかななんて、本気で思ってると――、
「ば、バッグ。バッグ、盗られてるっ!!」
「ふぇ?」
息を切らしながら告げられた言葉に、理解が追いつかなくて変な声が出た。
しかし、そんな私に追い討ちをかけるように、留美ちゃんが簡潔に教えてくれた。
「おねえちゃん、バッグなくなっちゃったよ?」
「え?」
「あのね、男の人がおねえちゃんのバッグを持ってちゃった」
「・・・・・・え?」
足元を見る。
置いてあったはずのバックは、ない。
ふと視線を上げると、さっきぶつかった男が走って逃げていくのが見える。
私のバッグを持って。
「あ、あ・・・・・・、」
「は、早く追いかけ」
「わああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」
悲鳴が出た。
同時に走り出す。全力疾走だ。
あのバッグを盗られるのは、まずい。
バッグの中身は今の私の全財産だ。
財布も、ケータイも、貯金通帳も、着替えも、なによりルビーも。
って、なんでルビーは何もしないの? どうして絶賛誘拐され中なのに抵抗しないの? まさか、私が『いいよ』って言うまで出てくるなってお願いを律儀に守ってるの!?
普段はそんなことしないくせに、何でこの緊急事態にやってるのよぉぉぉぉっ!!?
ルビーのばかああああああああああああっ!!!!!
そんな叫びたい衝動を堪えて足を動かす。
これでもこの身は堕天使だ。
人よりも丈夫だし、運動能力も優れている。鍛錬だって怠ってない。例え成人男性が相手でも決して負けはしない。
ぐんぐんと迫る男の背中を見ながら、今だけはこの体に生まれた事を感謝した。
振り返った男がすぐそこまで迫る私に気づいて見てぎょっとする。逃げ足を早めたようだけど、もう遅い。
もうすぐ追いつく!
あともう少しだ。っという所で、不意に男が進路を変えて道を曲がった。
一瞬、男は建物の影に隠れたけど、この距離なら逃がさない。
絶対取り返して、おしおきしてやるんだから!
私も続いて道を曲がった。
そして、足を止めた。
止めざる終えなかった。
人だ。
人、人、人。
人間がたくさんいる。
数えるのが億劫になるほどの人の群れが道を歩いている。
『歩行者天国』なんて、単語が浮かんでくる。
・・・・・・まずい。
男の背中は既に人の波に呑まれて見えない。
目印だった金髪も、この人数ではちらほらとそこら中に見える。
まずいまずいまずいまずいまずいっ!!
「・・・・・・み、見失った?」
愕然とした声が漏れる。
湧き上がってくる焦燥と絶望に、膝が震える。
そんなことしてる場合じゃないのに、頭が回らない。
探さないと。でもどこを?
見つける? この人達の中からたった一人を?
・・・・・・無理だ。
「嘘・・・・・・」
全財産を失った。
身を守る術を盗られた。
唯一の話し相手が、パートナーがいなくなった。
どうしようもない絶望感が、私を侵食していく。
「まだ、まだだよ・・・・・・。ちゃんと探さないと、間に合わなくなっちゃう。と、とにかく知ってる場所から、手当たり次第探せばもしかしたら! ・・・・・・あ」
そこで、ようやく気付いた。
ダメだって。
知ってる場所なんてないって。
この知識も記憶も前世のものだ。この秋葉原は通い慣れたあの秋葉原じゃない。私の知らない秋葉原だ。知らない土地なんだ。
右も左もわからない。
私はそこで一人になってしまった。
急に膝から力が抜けた。
何かしないとと分かっているけど、何故か足が動いてくれない。
ダメ。考えがネガティブな方に持ってかれる。考えちゃダメだ。でも考えないと。
ルビーを探さないと。相棒を見つけないと。
また一人ぼっちになる。
視界が歪む。
泣くな。泣いてる場合じゃない。泣いたら終わりだ。泣いたらもう動けない。
なのに堪えれない。
やばい、泣く。もう泣く。
助けてルビー。助けてお姉ちゃん。
一人は嫌だよ。誰かそばにいてよ。
一人ぼっちは寂しいよ。誰でも良いから。
――誰か、助けて。
肩を叩かれた。
顔を上げると、誰かがそばにいる。
知らない人だ。でも、そのサングラスと帽子は見覚えがある気がする。どこでだっけ?
「えっと、大丈夫か?」
心配そうにこちらを見ながら、そう言ってくれる。
男の子だ。それも割りと年が近そう。そして怪しい。
聞いた事のある声。ついさっき私にバッグが盗まれた事を教えてくれた子だ。
お礼も言わずに置き去りにしてしまったのに、追いかけて来てくれたの?
あ、お礼言わないと。でも、なんか声が出ない。金魚みたいに口がぱくぱく動いただけだった。
そんな私を見て、男の子が笑いかけてくれる。
「怪我はない? よかった。それなら、あー、立てるか? とりあえずここから動かないと。っていうか、あいつどこ行った?」
代わりに涙が出た。