こんなはずじゃなかった。
そう心の中で呟くのは、いったい何度目だろう。
私、衛宮・E・ミウナは転生者だ。
今になって思い返しても、前世はごく普通の女子高生であり、強いて言うなら兄の影響でオタク道へ足を踏み入れる事になったくらい。
成績も運動神経も容姿も、どれをとっても平凡という言葉から逸脱しない、どこにでもいそうな女の子で、そんな私が不幸にも交通事故で死んでしまい、気が付けば堕天使という種族に生まれ変わっていた。
何でそうなったのかは分からない。
神様に会った記憶もないし、死なせたお詫びに特典あげるなんてテンプレ系転生者になったわけでもない。むしろ、私の方が神話に出てきそうな種族になってるし!
ましてや、転生した先があのおっぱい小説こと『ハイスクールD×D』の世界だなんて!
もうワケがわからないよ!
きっかけは何年も前の事。泥酔した保護者兼同居人であるお姉ちゃんを介抱していた時の事だった。
酔ったお姉ちゃんに無理矢理聞かされた愚痴の中に『アザゼル』だの『神器』だの、妙に聞き覚えのある言葉が出て来て、なんとなく気になって話を聞いたら発覚した驚愕の事実。
それが分かった時の衝撃は、ちょっとの間正気を失う程だった。
うえぇぇっ、なんでぇえええええ―――――ッ!!?
そんな風にベッドの上でごろごろどたんばたんっと転げ回って、枕を涙で濡らしていた。
しかし、それも仕方のない事なのだ。
『ハイスクールD×D』は前世であったライトノベルの一つ。
オタクだった兄は『オパーイオパーイ』と乳龍の歌を口ずさむくらいお気に入りだったし、そんな兄を隣で冷ややかな目で見つつも読むくらい、私もあの小説は結構好きだった。
話は面白かったし、弱小主人公が強敵に勝つ展開は胸が熱くなったし、エロ要素は女の子としてはどうかと思ったけど、どちらかというとギャグっぽくてそれほど抵抗も無かった。
だから、それなりに好きだったんだ・・・・・・二次元のままでいてくれたら。
いくらなんでもそれが現実となれば話は別だ。
だって、『ハイスクールD×D』とは石を投げればチートに当たり、行く先々は死亡フラグ満載な話なんだもの。
そんな世界に放り込まれても、私何も出来ないよ?
私Tueeeeeeee!とか私Sugeeeeeeeee!!なんて出来ないよ?
むしろ速攻で潰されて、肉片残らず人生終了のお知らせだよ!?
泣いた。割と本気で。
ちょうどその時は自分がどれだけ非力な存在かをしっかりと確認した直後だっただけに、その過酷な真実の持つ割合ダメージはちょっと洒落にならないくらい大きかった。
具体的にはここ数年近く、家に引きこもっていたくらいに。
だが、まあ、いくら何でもそれくらい時間が経てば私の中である程度折り合いと、対処法なんてものは容易に出来た。
すごく簡単な事。
つまり、原作が怖いなら関わらなければいいじゃない作戦だ。
物語通りに行けば、主人公の周りにいると確実に危険な目に遭う。なら、逆説的に主人公に関わらなければ、危険な物語に巻き込まれることもない。
幸いにも、自分と主人公の共通点なんて日本で育ったというだけで、幼い頃に実は出会っていたなんて秘話もないのだから、近づきさえしなければ問題も起きない。
原作で起きる悲劇を止めないのはひどい?
せっかくの非日常、普通では味わえない日々を過ごさないのは勿体ない?
少なくとも、私は違うと思っている。
主人公達と過ごす日々は確かに楽しいかもしれない。愉快な仲間達と共に友情を育み、苦境を乗り越え、刺激的な毎日を過ごす。
言葉にしただけで、それはさぞ楽しそうに見える。
だけど、その裏では常に死の危険が付きまとっているのだ。
この世界は、平和だった前世の世界とは違うのだ。
ここは『ハイスクールD×D』という世界的強さの基準がゲシュタルト崩壊を起こしている世界で、チートな連中がごろごろといて、そんな奴らでさえあっという間に死んでいくような世界だ。
あの主人公達が生き残れたのは、彼らもまたそんなチートな力の持ち主で、この世界にとって特別な存在だったから。
そんな主人公達と比べて、私は自分の持つ力なんて微々たるものだって事を知っている。
堕天使が持つ光を操る能力は扱えるし、日々鍛えてもいるが、それでもほんの十年ちょっとしか生きてない“出来損ない”の小鴉如きが、神話を生き抜いて来た伝説の存在達の足先にでさえ届く道理はない。
そして、そんな弱者が『知ってるから』なんてだけで数々の悲劇を食い止められるほど、この世界は甘くない。
なにより、自分は死ぬことが怖いと人一倍感じてしまう。“また”死んでしまうことが、とても怖い。
それこそが原作に関わりたくないと思う、一番の理由。
自分という存在が徐々に消えていくあの薄ら寒い感覚も、大好きな家族や友人達に会えなくなるという悲しみと孤独も、もう二度と味わいたくはない。
痛いのも怖いのも、絶対にいや。
だから、私がこの結論に至るのは当然の帰結だった。
原作は主人公達に頑張ってもらって、自分は平和に関係の無い所で悠々自適に過ごそうって。
だからこそ、思うのよ。どうしてこうなったって。
「な、なんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そんな某刑事の熱き魂の叫びを連想させるような驚愕と困惑に彩られた絶叫に、私は回想という名の現実逃避から目が覚めた。
ああ、夢じゃないんだ。なんて思いながら諦めきれずに頬を引張っても、やっぱり痛い。でも現実を直視したくない。
だって、涙が出ちゃう。 目の前にいるのが何を隠そう主人公様なのだから。
それは私がこの世で最も出会いたくない人ランキングナンバーワンだった主人公の兵藤一誠その人で、自分の眼が腐ってなければ、彼の右手に真っ赤な籠手らしきものがあるように見えるのだから。
「いやー、大変な事になっちゃいましたねー」
なんて、愉快そうな呑気な声が隣から聞こえてくる。
声の主は、この状況を作り出してくれやがった元凶なのだが、何故か不思議と殺意も苛立ちも湧いてこない。
「見て下さいよー、ミウナさん。神滅具ですよ、『
「・・・・・・お願い、ルビー。私ちょっといろいろと限界だから、黙ってて」
隣でぷかぷか浮きながらはしゃぐ相棒を黙らせ、心の中で声を大にして叫ぶ。
(こ、こんなはずじゃ、なかったのにぃぃぃぃぃぃ!!?)
今頃私はあの平和な家でのんびり過ごしてたはずなのに・・・・・・。
傍迷惑で胡散臭い相棒に頭を悩ませる日々なんて過ごさなくてよかったのに・・・・・・。
主人公と会う機会なんて、一生訪れるはずなかったのに・・・・・・。
何が起こったか、簡潔に言おう。
原作前の主人公をトラブルに巻き込んでしまい、うっかり覚醒させてしまった。てへっ!
・・・・・・もう、お家に帰りたい。