私の付き人はストーカー   作:眠たい兎

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長い!長いよ!
本日(昨日?)初めてツイッターでアカウントを作ってみたんですがやはり慣れないことはするもんじゃ無いですね...

誤字脱字報告、感想、評価、お気に入りを下さった方ありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしくお付き合いください。

早速誤字報告ありがとうございます

2019/10/11 修正


五皿目 炙りダルマのカルパッチョ

「本当にありがとうございました、犬神さん」

 

 私に丁寧に頭を下げているのは丸井君と同じ寮らしい榊さんだ。また、つい先程まで彼女の隣には小柄な女の子が居たのだが、前髪を目が隠れるまで伸ばした男子生徒が何かをぼそぼそと伝えると飛ぶように走り去ってしまった。

 

「気にしなくていい。私が勝手にやったことだしな」

 

「それでもよ。折角早々に課題が終わったのに随分とお世話になったみたいだし」

 

 彼女はもう一度深々と頭を下げるとちらりとベッドへと目を向ける。再び視線をこちらに向けると落ち着いた声色で話し掛けてきた。

 

「しかし噂通りの人柄なんですね」

 

「噂とは? 」

 

 私に関する噂は存外に多い事が最近分かってきた、その内容は多岐に渡り、事実無根のものから尾鰭背鰭がついたもの、はたまたやけに神格化されているものまであるのだ。彼女の言う噂がどれなのかは知らないが事実無根のものであればやんわりと否定しておくに越した事はないだろう。

 

「美作昴との食戟の話よ、アレは遠スポでも大々的に取り上げられていましたから、でも他人の包丁の為に退学を賭けるのはやり過ぎですよ」

 

 既に学園で知らぬものはいない対美作戦であるが、結果としては正しいのだが私の主観で見るとここには多大な誤解が含まれている。私は別に食戟をするつもりは無かったし、自主的に退学を賭けて美作に食戟を受けさせたなんて事もしていないのだ。

 

「あぁ⋯⋯次は無い」

 

 主に食戟をする事が。私としてはこの噂は非常に居心地が悪い、しかしだからと言ってここでそんな人間じゃないと言える程私の心臓はけむくじゃらではない。

 

「そうだと良いのですが⋯⋯犬神さんはお優しい方の様ですから」

 

「そんな事はない、ただの成り行きだ。さて、私はこの辺でおいとまさせて貰おう、彼によろしく」

 

 そう言うと手を軽く振りつつ自分の部屋に向かう、時計を確認するともう夕刻だ。昼一番に終わって(この学園の)宿泊研修では信じられない自由時間を獲得した筈が、そんなものは無かったと言わんばかりに消え去ったわけだ。

 

「どうしてこうなったかな」

 

 原因は数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

・・・4時間前・・・

 

 課題が終わった私達Bグループは、早々にバスに乗って帰ることが出来ていた。その中で丸眼鏡をかけた男子生徒、もとい眼鏡を掛けていた丸井君が私に凭れ掛かりながら寝てしまったのだ。

 ここで女性らしい反応としては彼に変態扱いを行うのと、全てを許しつつも起きて貰う選択肢が存在したと4時間後になり落ち着いて事態を振り返った私は思うのだ。しかし当時の私にはその様な選択肢は存在していなかった。

 

「⋯⋯起きないか」

 

 バスが着いて他の生徒が彼を見ながら施設内に戻っていく中、彼は依然として目を覚まさなかった。何度か揺さぶって見ても起きる気配はないし、困った私は水原先輩を頼るべく彼女の方を見たのだが、過労で貧血症を起こす程疲労が溜まった彼女もまたちょっとやそっとの揺れでは起きない程に爆睡していたのだ。

 

「水原先輩も⋯⋯運転手さん」

 

 運転手の豪快そうな立派な体躯をしたおじさんも、声を掛けても起きない水原先輩に困りきっている様子だ。

 

「あぁ、お嬢さん。引率の先生なんだが⋯⋯」

 

「えぇ、あの此方の彼なんですが⋯⋯」

 

「「はぁ」」

 

 おじさんの話によると時々どうやっても起きないのにバスの中で眠ってしまう方はいるらしいのだが、彼も男性なのでどれ程幼児体型(比較乾先輩)でもやはり眠っている女性に触れるのは少々問題とのこと。

 

「分かりました、彼女は私が運びますので彼をロビーまで運んで頂けないでしょうか」

 

「助かるよ、でも大丈夫かい?」

 

 これでも遠月で3年以上のキャリアを積んできた私には中華鍋を振り回す程度の筋力は備わっている。小柄な水原先輩なら二人抱えても余裕である。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そう言うとおじさんに寝ている丸井君を預け自分の荷物と丸井君の荷物を肩に掛け、水原先輩のリュックを背負うと彼女を抱きかかえる。バスを降りてロビーに向かうと先行していたおじさんには驚かれた。

 

「お嬢さん、案外パワフルなんだな」

 

 傷付くので是非止めて欲しいが彼に悪気は無いだろうし、また幾ら私が筋肉質だろうと三人分の荷物と一人の人間を持ち続けるのは疲れるので、肩を竦めつつ彼女を抱いたままロビーにあるソファに座る。構図的には倒れ付す丸井君の横に私が水原先輩を膝枕する形で落ち着いた。

 

「さて、俺はこの後学園まで生徒を連れてかにゃならんから悪いが後はよろしく頼むぞ」

 

 そう言うとのっしのっしと歩き去っていく。残された私は荷物の中からメモを取り出すとなるべく揺らさない様に気を付けながら今日のフリッタータ、丸井君の選んだ食材について書き記す。後は過去のメモに補足を書き加えたり、また確認しながら過ごした。

 2時間と少しが経った頃、3時を少し過ぎた頃。本日二組目の課題が終わったグループが帰ってきた、引率の講師は乾先輩だ。話した事は無いが霧の女帝の二つ名に似合わず温厚そうな人なので安心しつつ呼び止める事にする。

 

「乾先ぱ⋯⋯」

 

「丸井!? 」

 

 呼び止めるより先に丸井君の知り合いが見つけてくれたらしく、背の低い元気そうな女の子が走ってくる。その姿を見て気が付いたのか、乾先輩も満面の笑みを浮かべながら近寄ってくる。呼び止めておいて失礼かもしれないが、彼女の此方を見る目には少々寒気が走った。何故かは分からないが。

 

「もしかして丸井君の友人だろうか」

 

「い、犬神さん!? え、嘘本物なの」

 

「偽者の私がいるなら教えて欲しいがそれより彼の友人、または知人だろうか」

 

 私の偽者がいるとすればきっと噂は彼女のものなのだろう。彼女はコクコクと頷くと丸井君の頬をペシペシと容赦なく叩き上げ、「こりゃ駄目だ」等と言いながら彼の荷物を漁り始める。いいのだろうか。

 

「まぁまぁ水原先輩ったら」

 

 声の方を見ると乾先輩が此方にスマホを向けて写真を取っている所だった。

 

「あの、乾先輩。何を? 」

 

「あぁ、出来れば貴女、水原先輩の頬に指を当てて覗き込んで下さいますか? 」

 

 何も疑う事もせずに彼女の言う通りにするともう一度シャッター音が響く、気が済むまで水原先輩の寝顔を撮ったらしい彼女は此方に視線を向けると頭を下げる。

 

「申し訳ありませんでした。水原先輩には写真付きでよく言って聞かせますので犬神さんはゆっくり休んでください」

 

「名前を言いましたか? 」

 

「あ⋯⋯堂島先輩から聞いたんです。そういえばこれは忠告ですが陰険そうな眼鏡と堂島先輩からの誘いは全て断るのがぁぁぁぁぁぁぁ! 」

 

 唐突に後ろから何者かが彼女の頭部を掴んで持ち上げる。少し頭をずらすとそこにいたのは四宮先輩だった、初日に課題が始まる前に一人の生徒に退学を言い渡した事は記憶に新しく、先程の女子生徒も物音立てず無になっているし、私の背筋にも冷たいものが這うのを感じる。

 

「だぁれが陰険そうな眼鏡だって日向子ぉ、って水原じゃねぇか」

 

 彼は水原先輩の存在に気が付くと乾先輩を投げ捨てて写真を撮る。ここの卒業生は仲が良いのだろうか。

 

「あの⋯⋯できれば引き取って頂きたいのですが」

 

 控えめに主張すると彼は溜息を吐いて水原先輩の襟首を掴んで持ち上げる、その時に一瞬凄い目をしていたが空いている手を振ると振り返りもせずに歩きだす。その後を乾先輩が文句を言いながら付いていくのだが聞く気はさらさら無いらしく、そのまま従業員用のエレベーターに乗り込んで去っていった。

 

「よく四宮先輩に話しかけられたね犬神さん⋯⋯」

 

「いやまぁ、あのままの訳にもいかないし」

 

 いつの間にか丸井君を起こす人に赤い髪の女子生徒が増えているが、彼女も知人なのだろう。

 

「それに丸井君が随分と迷惑を掛けたみたいで⋯⋯」

 

 そういって頭を下げる赤い髪の女子生徒は頭を上げると丸井君を背負おうとする。しかしやや大きめの彼女でも男子生徒を一人持ち上げるのは大変らしく四苦八苦している。このまま放置して帰るのもどうかと思うので、丸井君を横から抱き抱えて言う。

 

「どこまで運べばいい? 」

 

「え、うわぁ。悪いけど2201までお願いします」

 

 なにやら「う、うわぁ!呂布だぁ!」みたいな反応をされて若干凹むが気を取り直して歩き始める。余談になるが私は無双ゲームが好きだ。逆に頭を使う謎解きゲームが苦手だったりする。

 部屋に着くと彼をベッドに安置し、お礼を言われ自己紹介と少しの雑談をした。

 

 

 

 

 

 

・・・そして現在・・・

 

 まぁ最初の段階で色々と選択肢を間違えたが故の結果なのが、遠月では珍しい良い人に会えた気がする。エリート校故にか他人を下に見るか上に見るかしかしない生徒が多い遠月では得難い人物だ、多少勘違いをしているが彼女達とは関係を持っておきたいと思う。

 

「さて、風呂に行って美作誘ってから賄いを作るか⋯⋯」

 

 自分の部屋から浴衣と下着、タオルを小袋に詰めると大浴場へと向かう。大浴場に着くと、早々に入った人は既に上がり、賄いの後組の人達にはまだ早い事もあり数人がまったりと寛いでいるのみとなっていた。正直このやけに筋肉質な身体を人に見せるのは心苦しいので大助かりである。

 

「昨日程ではないがゆっくりは出来そうだ」

 

 身体を洗い、音を立てない様に湯船に浸かると一息吐く。今日一日で何度も人を運んだ事もあり、身体が随分と疲れていたらしい、ゆっくりと身体を解して上がろうと思ったその時だった。周りで寛いでいた生徒が一斉に立ち上がり脱衣所へ向かい始め、それと入れ違う形で整ったプロポーションをした女性が二名、湯船に入ってくる。

 

「足元に気を付けて下さいね、えりな様」

 

「緋沙子は私の事を何だと思っているのよ⋯⋯あら、一人だけ先客が居る様、っえ!?」

 

 どうやら薙切さんだったらしい。彼女が入って来たのを確認した生徒は万一不興を買う事を恐れ逃げ出したのか⋯⋯

そんな彼女達を臆病者と罵るつもりは毛頭無い。私だって分かっていればほぼ確実に逃げ出したのだから。

 

「薙切さんでしたか、こんばんは」

 

「あ、貴女は犬神さん!」

 

「そうですけど⋯⋯」

 

 流石にどう返せばいいのか分からない、唐突に何度か話した人間に「あなたは〇〇さんですね?」と言われても返事に困るだろう。付き人の方は一歩下がった立ち位置で此方を睨みつけている。

 

「え、えぇっと⋯⋯そうよ。彼女は私の付き人の緋沙子よ」

 

「よろしくおねがいします」

 

「はい、よろしくおねがいします」

 

「「「⋯⋯」」」

 

 なんと言うか気不味い、私には薙切さんにフランクに話しかける程に肝は据わっていないし、緋沙子さんに関しては何かしてしまったのか親の仇を見る目で見られている。

 

「い、犬神さんも残っている様で何よりです。尤も貴女には簡単すぎる課題なのでしょうけど」

 

「ありがとうございます。薙切さん達は⋯⋯まぁ楽勝も楽勝ですよね。緋沙子さんも非常に優秀そうですし」

 

 話の主題を2人へと移す。まさか黒木場君と丸井君に食材選びを丸投げして基本の調理しかしていませんとは言えないのだ。

 

「犬神さんは夕食はまだなのかしら?それとももう?」

 

「まだですよ、先に入浴を済ませてしまおうと思いまして」

 

「ではご一緒しませんか? あなたの付き人も居てもらっても構いませんから」

 

 断る理由を完全に断たれた私には頷く以外の選択肢は存在しない、以前一度食べて貰っているとは言え、今回は課題の残り食材を使った賄いだ。当然味も落ちるので正直な所彼女の舌を満足させるだけの自信が無い、当時も無かったが。

 

「わかりました、それでは私は彼を呼んでおきますのでゆっくり温まってから来てくださいね」

 

 しかし一時的とはいえ退席する理由を得た私は即座に行動を開始する。偉い人の考える事は分からないが分からないが故に何所に地雷があるのか分からないのだ、よって彼女の地雷を踏む前に逃げ出せた私は運がよかったのだろう。脱衣所ですぐさま浴衣を着ると美作にメッセージを送信し、長い髪を乾かすためにドライヤーのスイッチをONにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の鼻歌を聞かれていた事が、少々私の冷静さを欠いていたのだろう。変な声の掛け方に始まり、持たない会話、恐らく気を使わせてしまったことだろう。そんな事を考え自己嫌悪をしていたのだが、立ち上がった彼女の身体を見るとそんな考えはどこかへ消えていった。

 

「緋沙子、彼女を見たかしら」

 

「はい⋯⋯」

 

 緋沙子の返事からはいつものきびきびとした張りが感じられない、恐らくは同じ事を考えているのだろう。

 

「頑張り屋の貴女だから言うのだけど、彼女に追いつこうなんて思わなくてもいいわ。それは即ち私を抜く事なのだから」

 

「⋯⋯ッ!」

 

 悔しそうだが当然の事だ、あの手を見て勝てると言うものがいればそれは余程の実力者か三流に他ならない。神の舌と言われ、数々の味見役やアドバイザーをしてきた私でも彼女には勝てないだろう。彼女のセンスは一流、そうでなければあの食戟の香り、風味、計算されつくした余韻の説明がつかない。

 ただそれだけでは無いのだ、私は神の舌に頼って来た、緋沙子は薬膳の技術に、しかし彼女の料理は一つのものに頼ってのモノではない。手の傷からだけでも柳刃包丁から始まり中華包丁、麺切り包丁、間違いでなければフグ切り包丁の傷まであった。当然火傷跡も様々だ、【神の包丁】と最初に言った者は余程見る目があったのだろう、恐らく彼女は⋯⋯

 

「緋沙子、上がるわよ」

 

「は、はい」

 

 彼女に負けてはいられない、楽勝と思えた宿泊研修だが唯突破するだけでは足りない。確実に成長しなくてはならないだろう、彼女に追いつかれるからでは無い、彼女に追い着くためにも。

 そう、彼女の包丁は______

 

 

 

 

 

「やっぱり朝の牛乳だけじゃ効果ないのかなぁ」

 

 緋沙子の呟きはよく聞き取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 髪を適当に乾かすと脱衣所の外に出る、そこには美作がいつもの闇に紛れるストーカー装備(通常形態)で立っており、誰がどっからどう見ても不審者だ。ここに居る理由を知っている私ですらそう思ったのだから間違いない。

 

「あー待たせたか?」

 

「いや、そうでもねぇが⋯⋯薙切えりなと食卓を囲むってのは、マジで言ってるのか?」

 

 彼女が冗談で言ってなければマジだろう、生憎とあの目はマジだったと思っているしトーンも冗談のものでは無かった。黙って頷く。

 

「そうか⋯⋯美咲さん、頑張ってくれ」

 

「どういうことだ? 」

 

「俺にはまだ美咲さんの料理の横に料理を並べるには至ってない、ましてや神の舌相手にとなるとな」

 

「そうか?」

 

 すまないが美作、私にも神の舌に食わせる次元になんて至っていないし万に一つ、百万に一つの可能性で至っていたとしたら私は今遠月で無い場所で料理をしているか十傑にいる。彼女を満足させる料理なんて極一握りの一流店、その中でも特に腕のいい料理人の料理くらいなものだ。

 

「あぁ、しかしやっぱり美咲さんはすげぇぜ」

 

 これはやばい状況に嵌ってしまったのでは無いだろうか。私一人だと不安な事もあり呼んだ人間が立派に一つの不安要素になりつつある。

 こんなはずでは⋯⋯と内心で頭を抱えていると後ろから足音が聞こえて来た。ほかほかと頭から湯気を発しながら出てきた彼女達の浴衣姿は非常に美しい。女の端くれである私から見てもそうなのだから美作なんかは⋯⋯と思い彼の方を見るが大して反応を示していない。

 

「お待たせしました、犬神さん」

 

 ぺこりと頭を下げる薙切さんと緋沙子さんだが、先程緋沙子さんから感じた雰囲気は今全く感じない。気のせいだったのだろうか。

 

「いえ、それでは行きましょうか」

 

 ポジション的には薙切さんと私が先頭で、付き人コンビが各々の斜め後ろに陣取っている。話の中心となるのは何故かトランプの話で、淑女然とした普段の彼女からは想像も出来ない押しの強さで今晩トランプに付き合う約束をされてしまった。

 薙切さんの向かう先は昨日自分で賄いを作った場所とは別の厨房だった、その先にある食材は基本の目利きしか碌に出来ない私が見ても良品だと分かるものばかりで、彼女の為に残された食材らしい。十傑の優遇ってこんな所でも発揮されるのかと思うと、是非自分も十傑になってみたいものだと思う。まぁなりたくてなれるならもうなっているのだけど。

 

「さて、そうね。各自一品ずつ大皿に作って食べ合うってのはどうかしら。一番評価が得られなかった人が今晩のシャッフル係りって事にしましょう」

 

 美作は微妙な顔をしていたが、この場で最も発言権が無いのは誰が見ても明らかなので、諦めて作る事にしたらしい。例え二番目に発言権が有ってもTOPの決定は覆せないのだけど。

 

「それではスタートよ」

 

 にこやかに言う薙切さんは少し楽しそうだが余裕が無い様にも見える。それ以上に鬼気迫る顔をしているのは付き人2人なのだが。

 食材を一望すると頭の中で手帳を繰る、食材が豊富なのとここ数日で何度も繰った事もありスラスラと思い出せるが、ここで誰かと被ると直接勝ち負けが決まる様で嫌なので3人の様子を伺う事にする。ぱっと見た感じだと美作は中華料理、薙切さんは材料から推察するにソースと肉を使った何か、緋沙子さんは炊き込み系だろう。

 

「⋯⋯見事に散らばったな」

 

「どうした? 」

 

「いやなんでもない」

 

 ならばやはり魚だろうか、ダルマを数匹持ってくるとまな板に置く。一息深呼吸、円の動きを意識しつつ一閃。

 

「「はぁ!?」」

 

「!?」

 

 唐突に上がった声に反応して後ろを見ると、匙を取り落としそうな緋沙子さんと目を見張った薙切さんが慌てた様に自分の調理に戻って行った。此れは元十傑の黒髪の男性の映っていたビデオテープを元に練習した技で、未だお世辞にも完全とは言えない出来だがやるとやらぬのでは味に大きな差ができるのだ。

 所謂魅せ技にカテゴライズされる技法だが魚に触れる時間と面積を大幅に軽減出来る為、遠月で生食を行う時は必ずと言っていいほど使用している。とは言え映像の方なら兎も角、私は奇抜な形をした魚、具体的には平目やベラなんかには使えない。

 

「ふぅ⋯⋯」

 

 中骨を取り除き、薄く切ると皿に載せ、そばつゆを塗り砕いたオールスパイスを塗す。既に言うまでも無いが今から行う事は先駆者の残してくれたレシピに沿っており私の発想が介在する事はない。後は野菜が置いてある場所からラディッシュ、青菜をスライス、刻み3人の完成を待つ。

 

「準備完了」

 

「俺もいいぜ」

 

「私もですね」

 

「構いません」

 

 全員の品が並ぶとバーナーで炙り、先程切ったラディッシュと青菜を載せる。加熱される事によりオールスパイスが急激に存在を主張し、美作の作り出した中華の匂いを上書きする。私が作ったのは炙りカルパッチョで、美作が麻婆豆腐、薙切さんが鴨肉のソテー、緋沙子さんが山菜の炊き込みご飯だ。

 

「さぁ、それでは頂きましょうか」

 

「「「「いただきます」」」」

 

 優れた料理人は食材への感謝を忘れない、食材の事を日夜考える者が優れた料理人になれるのだから。食材への儀礼を済ますと5人、各々が思うままに手を伸ばす。

 

「「「「「_____!?」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事が終わり、全員が私の部屋に集まるとフロントから借りてきたトランプを美作君がシャッフルし始める。先程の料理勝負では突如香りに釣られ乱入したシャペル先生の公正な審査の下、美作君の負けが決まったのだ。これが食戟ならば緋沙子が負けることも有り得ただろうが、突如勃発した企画の為準備の周到さが発揮されなかったのが敗因だろう。しかし食戟の時より彼は確実に腕を上げている、やはり【神の包丁】と呼ばれる彼女といるからだろうか。

 今回の結果は引き分けと言う事になっている。理由としてはシャペル先生が美作君を指定すると先生に呼び出しが掛かってしまい、各自食べた結果で判断と言う事になったのだが、緋沙子と美作君が各々の主人に一票を入れ、その主人同士が相手に票を送ったが故だ。私としては味は互角だったと思っているが香りでは大敗したと認識しているので事実上の負けと思う事にした。是非ともリベンジをと考えている。

 

「やっぱり俺が負けか⋯⋯」

 

「いや、正直舐めていたぞ美作昴。想像を遥かに超す美味さだった」

 

「そうだぞ、確実に腕は上がっている」

 

 両者共に考えは同じだったらしい、緋沙子が私以外を認める事は非常に少ない事である事を考えると、美作君はこれからも予想以上に化けるだろう。しかしこの巨体で褒められてやや嬉しそうになっている彼は見た感じの違和感が凄い。

 

「で、何をやるんですか?」

 

「その前に一つ、今日この時間に限っては敬語を禁止とします」

 

 堅苦しく遊ぶのはつまらないだろう、特に犬神さんは敬語を使う時と使わない時の差が凄いので堅苦しさが増すのだ。やや反対の意見も出たが当然押し通した。

 

「えー⋯⋯何をするんだ?」

 

「そうね、折角4人いるのだから緋沙子、何かない?」

 

「そうで⋯⋯ね。ナポレオンとかはどうで⋯⋯だろう」

 

 笑いが込み上げてくるが彼女は大真面目にやっているのだから笑うのは駄目だろう。しかし聞き覚えの無いゲームなのでルールを説明して欲しい所だ。

 

「それは何だ?」

 

「「「え?」」」

 

 私が聞こうとした所で犬神さん⋯⋯美咲が質問をした。どうやら彼女も知らなかったらしく、緋沙子の懇切丁寧な説明が始まる。意外な様で彼女が誰かとトランプをしている姿は想像出来ないのも確かだ。

 説明が終わり札が配られる、就寝時間まではまだまだ時間があるので何としてでも勝ち越したい所だ。

 

「さぁ、はじめましょう」

 

 非常に意外な事に彼女はとても弱かった。




勘違いはどこかって?次の次くらいには帰ってくる予定です。
もしかしたら次かも。

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