私の付き人はストーカー   作:眠たい兎

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沢山のコメントと評価、お気に入りをありがとうございました。
知らぬ間にランキングに載っていたらしく驚きを隠せなかった作者です。
(お気に入り100人超したとか思ったら1000人でびっくりしたりもしました。)



1~3話にご指摘いただいた部分の修正を行いました、物語に影響は与えない部分ではございますが作者の無知とずぼらな部分を晒した事をお詫びいたします。

またあまり改善されてねぇじゃん!とお思いになられるかと思いますがこれがこの眠たい兎クオリティです、味だと思ってください。


四皿目 フリッタータ

 宿泊研修二日目、昨夜の私はどうやらメモを読みながら寝落ちてしまったらしく顔の上にメモが載った状態で目が覚めた。昨夜私は何時に寝落ちたのだろうか⋯⋯一応一冊分を読みきった記憶はあるのだがその後の記憶が曖昧だ。

 

「なぁ、私は何時に寝たんだろうな」

 

「個室な以上それは美咲さんにしか分かんねぇだろ」

 

 隣で美作が力無い声で応える、昨日の50食作りの時にも確認はしていたがこいつも無事に生き残っていて一安心だ。まぁこいつが落ちる様な試験だと私を含めた生徒の9割は退学だろうが。

 

「美作は昨日どの先輩の組に当たったんだ? 是非とも何をしたか聞きたいんだが」

 

「あー⋯⋯堂島先輩だ。やった事は筋トレか⋯⋯? 」

 

 筋トレってなんだよ⋯⋯確かにあの堂島先輩が卒業試験の点で最高記録を持っているらしい事を踏まえて考えると筋肉=料理の腕なんて暴論もまかり通る気もする。関守先輩も堂島先輩と一緒に上腕大学ボディービル部の方々と親交を深めていたし。

 

「具体的には何をしたんだ? 」

 

「勿論普通に料理もしたんだが一番の脱落理由は移動が走りだった事と準備されていた調理器具が殆ど重量級だったんだよ。一人程何の苦もなくこなしてた女がいたがな 」

 

 気力も体力も不足している方では無いと思うが毎週食戟をしてきたらしい美作がこれだけ疲れを見せる課題となると是非遠慮したい。特に最終日にそんなものに当たったら気が済むまで堂島先輩にくさやを送りつける日々がスタートしてもおかしくない。

 まだ見ぬ堂島先輩の課題に戦々恐々としていると噂をしたので影がさしたのか単に時間になったからなのか堂島先輩がステージに上がる。

 

「皆一日目の課題達成おめでとう、既に150名近くが強制送還のち退学処分になったが君達は未だここにいる。このまま残りの4日も無事切り抜けられる事を祈っているぞ。さて、二日目の課題だがグループ分けしたリストを部屋の四隅に掲載しているのでそれを確認するように、それでは移動開始! 」

 

 もう150人もいないらしい、とは言えうち40名近くを関守先輩が落としたのを見ているのでそう大した驚きは無い、ある種それだけ落とした課題を既に終えた事に安堵したと言ってもいいだろう。

 

「さて、俺が見てくるからここで待っててくれ 」

 

 そう言うと美作はのっそのっそと歩いていく、あの巨体だからそうそう人混みに流される事も無いだろうし体格的にもやしっ子が多い遠月の生徒で彼を押しのけられる者もそういないだろう。と言うかむしろ彼の後ろに流れが出来ている。

 ふと視線を自分の手に向けると恐らく昨日冷やしすぎたのが理由だろう、過去の練習で出来た傷の内新しいモノが浮き上がる様に腫れていた。やはりアレをすると自分のサイズ以外は余り女性的と言えない手が存在を主張するので少し辛い。

 

「美咲さん、見てきたぞ 」

 

「おかえり美作、どうだった 」

 

「美咲さんは水原先輩だな、グループは昨日に引き続きBだ。バス移動だからロビーに一旦集合らしいぞ 」

 

 確か水原先輩はイタリア料理の専門だった筈だ、別段得意な訳ではないが最低限パスタとチーズは人並み以上に研鑽を積んできたと自負しているので何とかなると信じている。そうであって欲しい。

 

「それで美作は誰が担当なんだ? 」

 

「俺か? 俺は関守先輩だな。」

 

 昨日笑顔で大人数を斬り捨てた光景が思い出される、美作なら大丈夫だと思うが万一その実力が元で慢心し失敗なんて事が無いとは言い切れない。しかしここで変にプレッシャーをかけるのもそれはそれで足を引っ張る事に繋がりそうだ。

 

「気を引き締めて臨めよ 」

 

「お、おう。まぁここで慢心できる程余裕はねぇよ 」

 

「ならいい、頑張れな 」

 

 結果口から出た言葉はなんとも微妙なものであった。プロの野球監督がやや生意気な新米選手を激励する場面の様なやり取りになってしまい美作がなんとも言えない顔をしているが、私にはこの雰囲気を何とかする話術を持っていないので手を振ってロビーに向かう。

 その時に微妙な会話が聞こえたからなのか美作だけでなく複数人の視線を感じたが全面的に私の自業自得なので振り返る事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊研修での講師陣の目的は優秀な生徒に目をつけコンタクトを取っておくことにある。当然優秀とされる生徒を自分の担当するクラスに回して貰えるように希望もするし二日目以降の組分けでは講師陣での生徒の取り合いも毎年恒例である。

 今年は神の舌以外にも期待できる者が多く喜ばしい限りだ。壇上での挨拶と今後の指示を終えた俺の視線はその中でも特に期待している者、初日に関守の試験を難なく突破した【神の包丁】犬神美咲へと向けられた。彼女は食戟の対戦相手を付き人にしたと聞いている。今現在彼女の近くに彼は居ないが大方組分けの確認にでも行っているのだろう。

 

「ほぉ 」

 

 彼女の動作に思わず声が漏れる。あの動きから推察するにもう既に関守から何かを掴んだのだろう、しかしまだ足りないといった所か。食戟の対戦相手であった男、美作昴が彼女に近付くと何かを話し、彼女は手を上げて退室していく。

 

「堂島さん、彼女ですね? 」

 

「あぁ、欲しいと思うか? 」

 

 乾の真面目な声が聞こえた、恐らくは手を見ての言葉だろう。彼女の手は実に料理人らしい手をしており、傷だらけの彼女の手は見る者が見れば一目瞭然である。幾度と無く包丁を振るってきただろう彼女があの食戟まで身を潜めていた理由は気になるがそれ以上に行く先が気になる。

 

「当然です、間違っても四宮先輩なんかに彼女は渡しませんよ 」

 

 いつもの声色にもどった乾は四宮には渡さないという。現状の四宮の組に彼女を回す気は無いがその辺りは今後の奴次第だろう。それに⋯⋯

 

「だよな 」

 

 

 

______俺も是非欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理台の上には卵と眼鏡が並んでいる。眼鏡は私の物ではない、隣で二日目にして死にそうな顔をしている男子生徒のものだ。

 

「大丈夫か? 」

 

 返事は無い、きっと彼は初日にハードな講師を引いた組の生き残りなのだろう。もう既に眼鏡がずり落ちるほど痩せ、掛け直す気力も無いらしい彼は今回戦力として当てにはできなさそうだ。

 

「ぼ⋯⋯くの⋯⋯眼鏡を 」

 

 掠れるような声で眼鏡を求める彼の顔に眼鏡をかける、痩せた彼の顔からは早速眼鏡がずり落ちようとしているが枯れ枝の様な腕で何とか支えている。

 何時倒れるかと心配しながら見ていると前の扉から水原先輩が入ってくる。やや遅れた理由の説明と課題の説明を済ませると早速調理に入るように言う。課題の内容は『この部屋の食材と配布済みの鶏卵で美味いフリッタータを作れ』だ。

 

「さて、何を入れようか」

 

 フリッタータは端的に言うと具沢山なオムレツであり、元々はイタリアで卵料理全般を指す言葉であったのだが近代では卵液の状態で食材を入れ、じっくりと焼き上げたものであるとは中等部時代の教師の雑談だ。

 

「食材は僕が運ぶよ⋯⋯調理と味の調整は任せていいかい? 」

 

 彼が擦れた声で答える。正直任せても大丈夫か迷う所だが彼に調理を任せるわけにはいかないとは思うしペアの課題である以上全て私がやるわけにもいかない。それに普通のチョイスでは水原先輩は納得しないだろう、ならば食材選び等は彼に任せて私は調理に専念するのが最善か。

 

「分かった、が。食材は持てるのか? 」

 

 なんとかするといいながらヨロヨロと歩いていく彼は今にも倒れそうなので慌てて着いて行く。挙句には粉類の小袋を持ち上げてはぷるぷると震える手で持ち帰ろうとするので途中からは彼の擦れた声を聞きとり食材を運搬するのが私の仕事になっていた。

 

「さて、先ずは調味料の計量から済ますぞ」

 

 現十傑第2席の食戟で使われていたオリジナルの再現故に未だ感覚での再現には自信の無い。非常に卵料理との親和性が高いので使う頻度は高いのだが恐らくこれが十傑とそうでない者の差なのであろう。これをふとした拍子に考え付いたなどそんな非常識な話があって堪るか。

 

「そして卵を割って調味料とトマト、椎茸、パプリカ、ベーコン、チーズ⋯⋯」

 

 態々声に出したのは彼の言葉からの聞き漏れを防止するためだ。恐らくは彼独自の合宿で練り上げてきたレシピであろうと推察できるので少しのズレも容認出来ない。

 

「さて、後は焼くだけだな」

 

 火を入れて直ぐに滲み出る芳香が第二席に鎮座する彼女の才能を感じさせる。強烈な香りの暴風に意識を奪われそうになるのは毎度の事ながら調理中は鼻栓が必要と思わざる得ない。10分程火が通ったと思ったのでひっくり返すと驚いた顔をされたがその顔はミイラの様で驚いていると言うより次の瞬間呪われていそうな顔付きだった。

 更に5分程経ったらフライパンごとひっくり返してまな板の上で少しの間放置する、これは形を整えるためのモノでフライパンの上で突きまわして整えるとどうしても見栄えが悪くなるため行うものだ。原案は二つ上の先輩方による食戟で、たしか割れた窓ガラスの責任をどっちが取るかだった筈だ。

 フライパンを除けると70°くらいの角度に切り分けて皿に盛る、男子生徒の方へ視線を向けると彼は見栄えの為にミツバを置くと眼鏡位置を調整する。

 

「それではいこうか」

 

 皿を持ち声を掛けると水原先輩の元へと運ぶ、その間の移動速度は彼に合わせた為とても遅く、年寄りと一緒に歩く気分だった。本当に誰の課題に当たったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿泊研修の二日目、堂島さんがえらく気に入っている生徒である犬神美咲を担当クラスに手に入れた。今日の課題は彼女の実力が気になったために当初予定していたレシピを配っての課題から自由度の高い課題へと変更した。

 

「さぁ、はじめて」

 

 スタートの指示を出すと大半の生徒が慌しく動く中、犬神美咲と丸井善二のペアだけはのんびりと何かを話している。犬神美咲が話している言葉は聞き取れるのだが丸井善二は何を言っているのか、そもそも話してるのかすら分からない。

 暫くすると丸井善二がふらふらと動き始めその横を犬神美咲が付き添う様に歩く、どこからどう見ても介護の現場であり犬神美咲の足を引っ張らない人間を選んだつもりだったが失敗だった様だ。とりあえず彼を優秀な生徒だと推してきたドナートには一言文句を言う事を決意した。

 

「水原シェフ、審査お願いします」

 

 そう言って最初に品を持って来た生徒は鉤鼻が特徴的な男子生徒とやや顔色の悪い女子生徒のペアだ。作業速度は早く焼き加減、材料こそ一般的なものだが丁寧に下ごしらえは済ませてある。一口食べて結果を伝える。

 

「合格、調理台を片付けたらバスで待機」

 

 些か早すぎるがイタリア料理は軽快さが持ち味の一つでもある、堂島さんや四之宮に指摘されたらそう返そう。少し目を離したが彼女を見ると丸井善二、ひょろい眼鏡を放置して食材の運搬を一人でこなしている。殆ど迷っている様子が見えないのでもう作るものは頭の中で決まっているのだろう。

 

「水原シェフ」

 

 次の組が持って来たが食べるまでも無い。

 

「作り直し、下拵えが不十分」

 

 今回の課題は机の上の卵が残機となる、卵がなくなれば当然退学だ。もとの課題を手前の都合で変えた事から若干課題の難易度は下がっているが少しでも焦がしたり食材の火の通りが悪ければ当然アウトだ。

 再び彼女に視線を戻すと既に下拵えとして素材の準備は出来ており、アレだけの食材を捌く速度はうちの厨房スタッフと比較しても上位であると評価を上げる。

 

「水原シェフ」

 

「作り直し、火加減にむらがある」

 

 課題をフリッタータにしたのは実は失敗だったかもしれない、余りに素直にフリッタータを作る生徒が多く工夫を凝らしたペアの数が余りに少ないのだ。また審査をしてもらいに来る間隔が短く彼女を見ていられるのが断片的になってしまう。

 卵を熱し始める音が聞こえ彼女に視線を戻そうとした顔が意識より早く移動する。余りに強烈な香りに意識より反射で振り向いたのだ、何をしたのか見ていなかったのが悔やまれる。火に掛け始めた彼女は微動だにしない、恐らくは食材に火が通る音を聞いているのだ。実に10分、彼女は身動ぎ一つしなかった。

 10分後にひっくり返すとその手際に驚いたのか眼鏡が凄い顔、例えるなら真夜中のアイアイの様な顔をしていた。また暫く火を通すと今度はまな板の上にフライパンごとひっくり返しそのまま十秒ほど放置してからフライパンを持ち上げる。素早く切り分け皿に載せると一歩。

 

「____!」

 

 たった一歩、それだけの感じ取れる匂いが強烈なモノへと変わる。調理中の者もそちらに意識を奪われ中には焦がしてしまっているペアも存在するが、それすらしょうがないとすら思えてしまう程の強烈に食欲を刺激する香りだ。

 また一歩。

 眼鏡のペースに合わせてくる事が腹立たしく思える程に刺激された食欲が私の足を前に出そうとする。

 

「っ!」

 

 オーナーシェフとしての矜持か、元十傑の第二席として積み上げてきた天才としての自覚がそうさせたのか半歩踏み出させた所で足を止める事に成功する。しかしそれでも半歩、たかが学生、それも1年生の作った料理の匂いだけでだ。歯を食いしばって平然を装う。

 

「水原先輩、審査お願いします」

 

 淡々と言う彼女の声は機械のそれを感じさせる程に感情が抑制されている、しかしそんな事はどうでもいい。フォークを用いて先端を数センチ削ぐ。溢れ出す香りに食欲揺さぶられながらもあくまでゆっくりと、口に運ぶ。最初の一口。

 

「_______!?!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと試験は合格であった、調理台を手早く片付けると眼鏡の男子生徒___丸井君を連れてバスに乗り込む。丸井君は彼女の作った調味料の香りに当てられたからなのか、そもそも体力の限界が来ていたのかは知らないが、バスに乗り込むや否や人の肩を枕代わりに寝息を立て始めてしまった。起こすのも悪いので放置しているのだが私より身長の低い男子を見ると自分の身長に溜息が漏れる。助かる事も多いが160くらいで止まって欲しかった。また落ちている彼の眼鏡を拾う。

 

「なかなかユニークな眼鏡だな」

 

 今日の課題では過労のせいか水原先輩が眩暈を起こして倒れると言う事件があったが丸井君の選んだトマトやパパイアが心に染みたのか涙ぐみながら合格を出してくれた。料理人、それもオーナーシェフともあれば仕事も忙しいのだろうがいつぞやのうちの親の様にならない程度に休息は取るべきだろう。手に取った眼鏡をかけてみる。

 

「⋯⋯あり、なのだろうか」

 

 いままで服飾品とは無縁であったし最低限眉を顰められない程度にしか見た目に気を使って来なかったが、里帰りをしてまた母に愚痴られる前に少しは知識を持っておくのもいいかもしれない。まぁ何度もそう思いつつも今まで料理しかしてこなかったのだから今回もきっとそうだろう。

 

「う、うぅ。筋肉が⋯⋯」

 

 悪夢にうなされているらしい、彼の頭に手を当てて何度か撫でてやると動かなくなった。また深い眠りに入ったのだろう。今日は水原先輩に料理を出す等、非常に緊張する場面が多くいつも以上に身体が強張っているので是非ともじっくり風呂に入りたいと思う。

 暫くして最後の組と水原先輩が乗り込み、バスが発進する。まだ日が出ているうちに課題を終えた私達Bグループの生き残りの大半は早めに風呂を済ませ明日の為に休息を取った。生憎と諸事情により私は他のグループが来るまで風呂に行くことは叶わなかったが。

 




丸井氏も顔が忘れられないです、何かに似てるのだろうか?

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