まさか1日でココまで見てくださる方が居るとは思いませんでした。
もう一皿勢いに任せて投稿します。
2019/7/14 修正済み
新緑の春、中等部の三年間は大体この時期は先輩方の食戟を観戦しに行くかだだっ広い校内をうろついては人気の無い木陰で一人ぼーっとしているのが常だった。勿論天才でも何でもない、努力しないと退学の危険が危ないので料理の練習はするがこれも誰もいない厨房で一人だ。我ながら寂しい人間だとは思う。自分以外は敵と思え、それがこの学園のモットーだがそれでも普通友人の1人や2人はいるし人によっては彼氏彼女と連れ立っていたりするものだ。しかし例年通りになると思っていた日常は高等部に進学してからと言うもの、若干変化していた。何故なら今現在進行形で私は私以外の人間の敷物にお邪魔しているのだから。
「こうなるならお弁当でももってくれば良かったな」
「何、確かに美咲さんの弁当には興味があるが唐突に付いて来たのは俺だからな」
誰であろう、美作昴である。食戟の翌日、2コマ目の授業で偶々同じクラスになった時に気持ちわ⋯⋯不自然な程の笑顔で近寄ってきたのだ。
その際彼が言うには『俺を付き人にしてくれないか』と。
何のことを言っているか分からなかったが授業の直後で、まだ多くの人が残っていたこともあり彼の一言に再び一週間前の様な人集りが出来てしまった。しかも新たに人集りに参加した者に『あの神の包丁が美作昴を付き人にするらしい。流石だ』だの『包丁九十八本を何の見返りも無しに取り戻したお方だ、きっと器の大きさを見せ付けてくれる』だのと説明する有様だ。当然そんな大人数に期待の眼差しを向けられ断ることなど私に出来るわけもない。『何も学べることは無いと思うぞ』や『そもそも付き人って何をするつもりだ?』と渋っては見たものの美作昴の『見返り何か求めない、何でも命令してくれて構わない』の一言で返され付き人になる事を承認する流れになってしまったのだ。まぁ御蔭様で脱ぼっちを達成したのだが。
「しかし食戟の後にも言ったが態々私相手にさん付けで話さなくてもいいんだぞ?」
「いや、俺はお前の付き人だからな。これでも全敬語は嫌がられそうだから止めたんだぞ」
それはありがたい気遣いである。この巨体が全敬語で関わって来たら逃げる所だ、勿論全速力で。そして授業が終わった後もいつものぼーっとするスポットに立ち寄るや否や美作が敷物を敷いてお茶を淹れはじめたのでこうピクニックの様な事をしているのである。まぁなかなかに楽しいし時々広報部の腕章を付けた人がカメラを向けてきたり通りすがりの生徒が驚いた表情で見てくるのは彼が言葉通り食戟で伸し上がった猛者たる所以だろう。
「む、そうか。そういえばだが美作、お前は今まで普段何をしていたんだ?」
「食戟の準備をしているのが殆どだったな。大体週一で食戟をしていたからどうしても準備に時間を食われる」
何この食戟狂い。確かに昔からこいつの食戟は何度も見てきたし、注目されない食戟はほぼ毎日行われているので数の印象は薄くなる。だが毎週行っていたとするとよっぽどだろう。よくよく思い返せばこいつの食戟を二十は見てきた気がする。
「それは⋯⋯なんとまぁ大変そうだな。料理の練習なんかはその中でしているのか?」
「そうとも言えるが毎回毎回相手の技術をそっくりそのまま俺のものにしてきたからな。これといって練習はしたことが無いかもしれん。あ、いやもうしねぇよ。付き人が人の技術ぱくってまわるなんて不名誉この上ないしな」
こいつ天才型だ、異常な程の料理センスと吸収力を持つ変態だ。ちょっと引く。そんな様子に焦ったのかやや外れたフォローをしてくる。というかぱくってばっかりな私の心に何かが刺さった気がする。
「いや、度が過ぎるのは問題だが人の技術を学ぶのは大事だろう」
「っ! そうか、そうだな」
私の自己弁護とも取れる言葉に乗っかってくれて非常に助かる。自己弁護を切り上げて今日あのシャペル先生にべた褒めされたと言う噂と食戟の噂を聞いた彼の話を振って見ることにする。この話題はひっぱると私の心が痛むのだ。
「そういえば話は変わるが美作は幸平創真と言う編入生を知っているか?」
「アレを知らない生徒がいるなら見て見たいぞ。で、どうしたんだ?」
申し訳ないが私は噂程度しか聞いた事が無い。
「あぁ、どうやら彼が明日食戟をするらしくてな。どんぶり研究会の代表だそうだ」
「へぇ⋯⋯となると薙切えりなの狩りの対象ってわけだ。編入生には気の毒だが勝負にならんだろうな。」
「それは見てみないと何とも言えないが彼の料理を見に行こうと思う。お前明日暇か? 」
「美咲さんが行くなら付いていくぞ。たしかに薙切の手駒には俺も興味があるしな」
「お、おう。それじゃあ明日の午前十時、会場はF会場らしい。そろそろ肌寒くなって来たし私はそろそろ帰ることにするよ。お茶をありがとう」
そう言うと私はすっと立ち上がり折れたスカートを直す。この遠月のスカートの短さには未だ抵抗を覚えるのだが、座学を受けるときは制服必須なので授業があるときには着ていかねばならないのだ。そんな私に美作が声をかける。
「あぁ、送ってこう。バイクにサイドカーあるし」
「うぇ、お前何時の間に免許取ったんだ? 高等部に上がってから余り時間は経っていないはずだが」
「あくまでまだ仮免だけど遠月の学生って言ったらこの辺だと融通きくのさ」
言いながら敷物を畳んだ美作はひょこひょこと学生用駐車場に歩いていく。この学校学生用の駐車場あるんだよなぁ⋯⋯などと考えていたら黒いバイクに乗った美作がバイクを寄せてきたのでヘルメットを受け取りサイドカーに乗る、場所を説明しようと思ったがこいつ勝負の度に相手をストーキングする奴だったなと思い身震いする。そんな奴が付き人ってこれって公式ストーカーって感じなのではなかろうか。
バイクで10分ほどで帰宅、美作に礼を言って見送ろうと思ったのだが彼の背中は向かい側の安アパートの駐車場へと消えてゆく。⋯⋯え、あいつご近所さんだったの?
家に入ると誰も居ないだだっ広い空間が広がっている。家具も最低限、厨房だけは遠月の施設だけあって立派なものだが、他は特に使う事も無いので本棚に自作の食戟レポートが所狭しと並んでいる。強いて言うなら私らしさだろうか。
今日も今日とて夜の練習の準備をする事にする。今日は中華の先輩が作っていた
彼女は意外とあっさり俺が付き人になる事を承認してくれた。もっと迷惑がられるか不審がられると思っていたのだがそんなことは無かったらしく、人集りの中心でもマイペースに断りを入れた上で許可してくれたのだ。遠月では珍しい他人に気を使うタイプと言う事だろう。風呂で今日の動きを振り返る。
「ふぅ、にしても俺の技能をそれも大事と言って貰えるとはな」
完璧な再現をしそこに改良を加える俺の料理は実の父親にすら認めてもらえなかった物だ。元は父親に認めて欲しかっただけだと言うのに。しかし彼女はその技術すら大事なものと言ってくれた。アレだけの皿を作る才能があるが故の余裕かも知れない。だが認めて貰えたのは初めてなのだ。
「本当に鉄面皮に似合わない優しい女だな」
許される限り一緒に居たいと思う。一人が好きなのかと思いきやそういうわけでも無さそうな彼女は一緒に居る事を拒んだりはしないだろうが、ならば何処が引き際なのだろうか? 頭を振って風呂から上がる。
安アパートの風呂なので小さい風呂桶から俺が立ち上がると、その水かさは膝ほどもない。体を拭いて時計を確認する。
「2時半か⋯⋯」
明日も予定がある、早く寝よう。そう思いふと向かいの家にまだ明かりが灯っているのが見えた。彼女はまだ起きているのだろうか。あの場所は厨房だった筈だ、まさかこの時間まで料理の練習をしているのだろうか。いや、アレだけの才能の持ち主だ、単なる消し忘れだろう。さっさと布団を引いてタオルを枕の上に乗せると横になる。
・・・翌日(8:50)・・・
何ヶ月かぶりにインターホンが鳴った。
美作が迎えに来たのだろう。まだ時間には早いが準備は終わっているので鍵を開けると中に入れる。夜通し作り続けた中華ダレの匂いが未だ漂っているのは気になるが、ここの生徒なら皆こんなものだろうと思い余り気にしない事にする。タレは完成したのか? まだに決まっているだろう、美味いには美味いが死ぬほど美味いかと言われればそんな事はないレベルだ。
「朝飯は食べたか?」
「いや、起きたのがついさっきでな。この匂いは四川料理のかけダレか?」
「そうだが⋯⋯少し食べていくか」
美作昴、随分鼻が利くらしい。いや、私の鼻が余りにも匂いに慣れて麻痺しているだけであのタレは本来匂いが強烈なのか。
「いいのか?」
「感想を教えてくれると助かる、一晩味見を続けていたから鼻と舌がひりひりしてるんだ」
やや驚いた顔をされたが一晩タレにかけるのは毎週食戟をするより遥かに楽だろう。厨房に向かうと石釜型炊飯器からご飯をよそい最後に出来たタレをかけて持っていく。タレのベースは中華ダレらしく大豆と唐辛子である。
「これなんだがどうだろうか」
美作にタレぶっ掛けご飯をだすともの凄く驚いた顔をされた。たしかに料理人なのに料理なんてほぼせず出したのだから多少面食らうだろうが現状寝不足の私にそんなものを期待されても困る。最初の一口。
「________!?」
一瞬止まった後凄い勢いで掻っ込む。微妙な味だと思ったが、あえて指摘するのも躊躇われたので何も言わずに完食する人の様な優しさを感じた。食べきるのを待って声をかける。
「どうだろうか」
「美咲さんはこれでも足りないのか⋯⋯。俺にわかった事は殆ど無いがソラマメが入っているな?」
「あぁ、むしろよく気がついたなそこに」
「このタレをアレンジするなら俺はそのソラマメをもう少し年食った奴に変える。すまねぇがこのくらいだ」
凄く疑問なのだが何故ソラマメが入っていると分かったのだろうか、完全につぶして原型を留めていないし殆どソラマメらしさなど無いと思うのだが。
「分かった、次はそうして見よう。さてと、少し早いが会場入りするとしようか」
「あ、あぁ」
戸締りをして表に止まっていた美作のバイクのサイドカーに乗る。今日は授業も何も無いのでジーパンにTシャツと言うラフな格好だ。中華服や褌など割と奇抜な格好で出歩くものが多いこの学校では無難すぎるが、私には恥ずかしすぎてあんな格好は出来ない。(と言うかあの中華服は絶対モドキだ)
美作がバイクを走らせみるみる会場が近付いていく。いつもは徒歩だったので時間は早すぎるくらいだ。着くとバイクを降りて話しかける。
「美作、今回の食戟でどっちが勝つと思う?」
「水戸なんじゃねぇのか?」
即答である。私はどちらも詳しく知らないのだが彼女はそんなに有名なのだろうか。なにやら肉の卸業で有名な水戸グループの関係者らしいがまさか本家の人間じゃないよな?
「なら水戸さんの料理の工夫をしっかりと見てろ。再現しようと思えば再現できるくらいに」
「ん、あぁ。元よりそのつもりだがどうしたんだ?」
「薙切さんのとこの子なら何か参考に出来るかなと」
と言うか可能な限りそのまま使うつもりである。そして彼に水戸さんを見ていて貰うのは彼の才能があれば本物に近い再現が即興で出来るのではないかと言う淡い期待が混じっている。
「しかし改めて俺に言わなくても美咲さんが見ればそれで済むんじゃねぇのか?」
そんな訳が無い。何を勘違いしているのか知らないが私にそんな才能は無いので、水戸さんとやらの料理の再現なんか十傑の再現に比べれば楽だろうが一般人の料理に比べたら専門性が高過ぎて一朝一夕には行かないだろう事間違いない。が、私の実力を300%増で見ているこの男の期待をその場でへし折るのも憚られた。そんな私の取った選択肢はこうだ。
「私は編入生の料理を見ておこうと思う。欲をかくとどちらの重要な部分も見逃したなんて事にもなりかねないからな」
「確かに⋯⋯なるほどな」
納得した様で何よりだ。美作がバイクにチェーンをかけ終わるのを待っていると後ろから声をかけられた。
「あら、犬神さんじゃない」
誰であろう、【
「薙切さん?」
「えぇ、先日は素晴らしい料理をありがとう。久しぶりにあそこまでの品を口にしたわ、流石は神の包丁ね」
「お、お粗末さまでした。薙切さんはどうしてここに?」
水戸さんが彼女の派閥の人間なのは知っているがこれは会話に慣れていない私からしたら定型分から文章を引っ張り出せただけ快挙である。
「今日の食戟にうちの子が出ますからね。それと編入生が自身の退学を賭けたと聞いたので彼の勇姿を見ておこうかと。貴女も見学なら一緒に如何?」
「今日は連れがいますので」
偉い人と見学等となるとメモが取りにくい事もあり、ここに来た理由が薄れてしまう。なのでここは断っておくことにする。それに私とて将来料理人になるのが夢でありこんな所で彼女の不興を買って料理人生命終了なんて事になるのはごめんである。なにより嘘は言っていない。
「そう、それは残念ね。ではまた会いましょう」
本当に残念そうな顔をしながら去っていく、一瞬般若の様な顔をした付き人に睨まれたがアレは何なのだろうか。
「っと待たせちまったな。あれは薙切えりなか、流石だな」
何故此方を向いて流石だと言ったのか分からない、流石なのは彼女であって私ではないと思うのだが。美作を連れて会場に入る、適度に見やすい席に陣取っていつものメモ帳を片手に座って待つ。段々と人が集まって来て開始時刻には殆どの席が埋まっていたが私たちの半径1mは空席である。何かしただろうか。まぁメモを取っても隣の席の人に肘が当たる事が無いのはいい事である。準備が出来たらしい調理姿の二人を見た。
『食戟開始!!!!!』
勝負は忌々しい編入生、幸平創真の勝ちであった。低俗な丼勝負であり彼の土俵でもあったと言う事だったと言えなくもないが、彼に負けた者を傍に置いておくつもりは無い。緋沙子に彼女を調理場から立ち退かせるように告げた。しかし今回の食戟、誰もが水戸さんの勝ちだと思っていた筈だ、なのに彼女、犬神美咲は何故始めから彼の料理のみを注視していたのだろうか。
「ねぇ緋沙子、貴女はこの結果が万に一つでもあると予想できていたかしら」
「いいえ。えりな様」
当然だ、そもそも編入試験を何故かクリアした事になってはいたが誰も彼の勝ちなど予想していなかったはずだ。もしかしたら期待からそう思い込んだ者も居たかも知れないが、その者も彼の持ち込んだ食材を見て勝ちの目は無いと判断しただろう。
「でしょうね。でも彼女、犬神美咲は分かっていた様子よ」
「まさか⋯⋯」
「でも彼女は試合が始まる前から彼の方を見ていたし食材を出した時から何かメモを取っていたわ」
おそらく元々注目していた彼が食材を出したときに彼の勝ちを確信していたのだろう。何故かは分からない、しかしこれだけは言える筈だ、彼女は確実に
お爺様が注目していたのも頷ける。先日のパスタでの貝柱の断面一つ取ってもずば抜けた料理センスの持ち主なのだから。
「しかしえりな様、彼女は先日の食戟までは無名もいいところ。どうやら下の学生たちには期待されていた様ですが十傑の集会で名前も上がった事が無いのでしょう?」
「能ある鳶は爪を隠すというわ。高等部に上がり十傑の座を狙い始めた。そうは考えられないかしら」
「っ! 引き入れますか?」
「いえ、彼女は飼いならせる様な相手じゃない。対等な存在と見るべきよ。それに⋯⋯ちょっとだけ、仲良くして見たいのよ。どうすればいいかしら」
「わかりました、それとですがえりな様。鳶でなく鷹です」
「え⋯⋯知ってたわよ!!!」
恥ずかしくて顔を逸らしてしまった。緋沙子がおろおろとしているのは気の毒に思わなくも無かったが暫くは顔を合わせなかった。
美作付き人デビュー+えりな様の評価回でした。
次には料理まともに料理させられるといいなと思います。
(一応秋の選抜かスタジエールまでは書きたいと思ってます、ネタが切れたらどうなるか分からないけど)