私の付き人はストーカー   作:眠たい兎

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勘違いが書きたくて書いた、後悔はしていない。
続くかどうかは未定だけど読んでくれる人がいる限りゆっくりでも続ける所存。

2019/7/14 手直しを入れました。


出会い編
一皿目、ボンゴレパスタ


 遠月学園高等部一年主席、薙切えりな。神の舌を持つ私が食戟の審査員を務めるなど極めて稀なことである。それも一年生同士の食戟でとなると過去に例がなく、ましてお爺様と堂島先輩が横に並んで審査が行われる等十傑同士の食戟レベルでしか起こりえない。

 

「お爺様、本当に此度の食戟にこれほどの価値がおありで?」

 

「あると思うておる」

 

 一瞬で答えが返ってくる。美作昴と犬神美咲、食戟での成績だけ見れば美作昴は中々のものだと思うが料理人としては犬の糞にも劣るし犬神に関しては公式戦が初である。

 

「薙切嬢はあの2人と同級だったな、どうなんだ?」

 

「片方は下劣極まる料理人モドキ、もう一方は名前を聞くも初めての今回が初の食戟ですね。普通に考えて此度の食戟に私達が出るのは時間の無駄かと⋯⋯」

 

 そうこうしている内に2人の調理が終わり品が出される、美作昴、相手の作る料理を完璧に予測し一歩上を行く調理スタイルで食戟での勝率はほぼ100%、先ずは一口。

 

「⋯⋯悪くないわね」

 

「うむ」

 

「勝負のスタイルとしては好きになれそうも無いが⋯⋯工夫はむしろ素晴らしい」

 

 評価としては上等、この場では美味い料理が全てでありその過程、人格などは一切考慮されない。自分であればこの程度の品を越す品を作るのは容易いが犬神と言う無名の女がこれを越すことは出来ないだろう。

 

「次は私ですね、どうぞ」

 

 見た目は至って普通の料理、香りだけならば確かに遠月でもトップクラスだが、しかし美作昴にややリードと言ったレベルだ。付け合せやその他味付けの工夫を考慮すれば勝ち目は皆無だろう。あ、このハート形のパパイアは可愛いわ。一応の一口。

 

「「「______!?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひょんな事から包丁と退学を掛けた食戟をする事になってしまいいざ当日審査員席を見てみれば学年トップの才女に伝説のOB、学園総帥の御三方が鎮座しているではないか。というか神の舌の味見って目玉が飛び出るくらいの上納金が必要なんじゃなかっただろうか。

 

「⋯⋯嘘だろおい」

 

 対戦相手もビビッている様子なので彼が手配したわけじゃないのは確かだろう、このままびびり通して貰えないものだろうか。調理ミスなんかしてくれれば非常に助かるのだが。

 

『調理開始!』

 

 進行の一言で食材を取り出し調理に入る、私の料理にこの学園名物である突飛なアレンジなんてものは無い。私は料理上手な方だと自負はしているが、十傑の様な才能には恵まれなかったらしく土壇場でコースを考えたり新種の調味料を作り出したりなんて事は出来やしない。ただ出来ることは基本に忠実に、高等部の先輩が食戟で作った料理を参考にして味付けをする程度である。

 

「なんでこんな勝負に参加する事になってしまったのさ」

 

 

 

 

 ・・・1週間前・・・

 

 

 

 私は高等部で行われた食戟は基本全て見に行っている、一部の例外は修羅場に4月の春な雰囲気にほだされ発展した修羅場が原因の食戟やちゃんこ鍋研究会と土手鍋研究会の鍋の模様口論事件の様なものだ。この日も美作昴と同級生の女の子が食戟を行うと言うので見に行ったのだ。結果としては美作昴の再現+α料理の前に女の子が敗北し、私はその料理の調理法とレシピをメモに書き込んで去ろうとしたのだ。会場を出て直ぐの事だった。

 

「ふはははは、大した才能も無い奴が友達の包丁を取り返そうなんて馬鹿なことを考えるからこうなるのさ!さぁ、お前の包丁も貰うぜぇ」

 

「くっ⋯⋯! いつかお前なんか、神の包丁が!」

 

「あぁ? 神の包丁だぁ? そんな奴がお前の為なんかに立ち上がるかよ」

 

 神の包丁、以前同級生の男の子が話していたのを聞いた事がある。何やら神がかった包丁技で十傑に負けず劣らずの調理を行う一年生らしい。あの時詳しく聞こうと思い近寄ったら凄い頭下げられて逃げられてしまったが、嫌われているのだろうか私は。そこでふと勝ち誇る男の子、美作昴の肩に海老の尻尾が付いているのを私は見つけてしまった。

 

「ぐぅ⋯⋯」

 

 勝ち誇っているのに肩に海老の尻尾は格好悪いだろう、幸いまだ人の姿は周りに無い。もし私がヒーローならば正義感を起こして二人の間に割って入りこの険悪な雰囲気を壊しに行くのだろうが、生憎と私は食戟で名を上げている人間に睨まれて生活するのは嫌だ。むしろゴマを擂りたいレベルだ。なので彼の肩に乗っている海老に手を伸ばす。

 

「ふん、おらてめぇの包丁を寄越し⋯⋯あぁ?」

 

 彼がいちいち動きながら話すので少し手元が狂ってしまった。これでは唐突のかたぽんでは無いか。普通にやんのかごらと絡まれても文句が言えない、ここは謝り本当の事を説明するべきだろう。その時だった。

 

「い、犬神さん!」

 

 女の子がやや高い声を大にして私を呼ぶ。いや、私貴女と自己紹介した事無いはずなんだけど⋯⋯そりゃ授業で同じになったことは無いとは言わないけどここでは一学年1000人近く居るのだ。普通憶えてなんかいない。その声に釣られてか会場から出てきた観客たちが集まり人集りを形成する。

 

「⋯⋯」

 

 驚きで声もでない。黙っているうちに人集りはどんどん大きくなっていき美作昴もやや怯んでいる様子だ。

 

「て、てめぇ⋯⋯いいだろう、一週間後だ。お題はそうだな、春の魚介なんかでどうだ」

 

 こいつは何を言っているのだろうか。あ、海老の尻尾落ちた。丁度彼の足元に落ちたのを見届けると顔を元に戻す。

 

「成立だな、こんだけ証人が居るんだ。手続きは俺がしておいてやる。要求はなんだ」

 

 なんの話だろうか、思考がフリーズした私は少女の方、次に野次馬を見る。

 

「分かったそれじゃ相応の物を掛けてもらうぜぇ、じゃぁな」

 

 彼はすたすたと去っていってしまう。何がなんだか分からないが何も無かったことにして引いてくれたのは有難い。私もこの居心地の悪い場を去ろうと踵を返すと後ろで崩れ落ちる音がした、反射的に振り返ると包丁ケースを抱いた少女が座り込んでいた。なかなかの修羅場感である。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい。ありがとう⋯⋯ございます」

 

 大丈夫らしいしこれだけの人が居るのだ、友達らしい女の子も駆け寄ってきているし他にも膝を付いている人が居るのが気になるが早く学園内に借りている借家に帰ることにする。

 

 翌日、ポストに入っていた遠スポに私が美作昴と98本の包丁と退学を掛けて勝負すると書いてあり目を疑ったのは記憶に新しい事である。

 

 

 

 

 

 

 ・・・現在・・・

 

「何はともあれ負けてられないか」

 

 過去に食戟を見て学んだレシピ、調理方法を基本に忠実に再現していく。作る品はボンゴレパスタ、第一席の先輩が以前作っていた麺を基本に忠実に再現しアサリの砂抜きと内臓処理を行う、処理と言っても撤去するのではなく不純物を丁寧に取り除くのだ。端から見ればアサリを眺め、時々上にかざす変な女の図だろう。

 

「まぁ知らない間に退学かかってるし、あっちもパクリの常習犯らしいしかまわないだろう」

 

 次に手を加えるのはスパイスだ、これは以前葉山だったか、褐色のイケメンがムール貝のピリ辛風を作った時のスパイスを少しマイルドにしたものだ。パスタを茹で貝に味を染み渡らせる。余談だがスーパーで年中見かけるがアサリの旬は春なのだ。茹で上がると青パパイアを薄くスライスしたものを数枚載せて完成である、完全に自分らしさなんて無いが勘弁して欲しい、こっちは一般生徒なのだパパイアのスライスはちょっと包丁細工したから許してくださいなんでもします。試食は美作昴先行であの審査員相手に中々の高評価に内心びびりながらも自分の番を待つ。

 

「次、犬神美咲! 皿を前へ」

 

「次は私ですね、どうぞ 」

 

 準備していた台詞を噛まずに言えた事に笑みを浮かべながら実食を待つ。薙切さん(孫)は匂いを嗅いで溜息を吐き、学園総帥はパスタを見つめ先輩は貝をフォークに載せてライトに当てている。なんともはや胃に悪い相手に思う、将来店を持ったらこの3人は出禁にしたい、権力的に無理だろうけど。そして一口。

 

「「「_____!?」」」

 

 時が止まったかの様な感覚、薙切さん(娘)はだらしなく口元を緩ませ口の端から涎を垂らしそうになっているし目が正気ではない、OBは上を向いて頭に手をあて黙っているし総帥に関しては上半身の高そうな着物を脱いでむきむきに鍛えられたその体を私に向けている。死を覚悟するレベルの反応である。総帥に殴り殺されるか先輩と薙切さんに社会的に抹殺されるか、私は何をやらかしたのか。

 

「決まったな」

 

 総帥は何処からとも無く身の丈ほどある筆を取り出すとこれまた巨大な紙に『犬神美咲』と書いて掲げる。アナウンスが流れる。

 

『只今を持ってこの食戟!犬神美咲の勝利とする!!!』

 

「え⋯⋯」

 

 客席から歓声が上がり緊張と覚悟の糸が解けた私はよろめきそうになるのを堪えるのが精一杯だ。

 

『只今を持って美作昴の獲得していた包丁の所有権は全て犬神美咲に渡るものとされます、今後の包丁は犬神美咲の好きにしてください』

 

 正直こんなに包丁を持っていても困るのでさっさと持ち主に返したい所だ、そんな私に堂島先輩が近寄りマイクを差し出す。

 

「見事な一皿であった。今代の十傑に君の様な子が居るとはね、これで皆に包丁をどうするか伝えるといい」

 

「あ、はい。包丁は元の持ち主に返したいと思います」

 

 すると包丁を取られた元持ち主たちを中心に会場が吼え包丁の下へ人が殺到する。マイクを返しながら堂島先輩に言う。

 

「ありがとうございました、それと私は十傑じゃないですよ」

 

 この人と話すだけで先程解れた緊張の糸がまた張るのが分かる。なにやら堂島先輩が目を見開いているが私なんかが十傑なわけがないだろう。

 

「あの料理を作ったのが十傑じゃない⋯⋯?まぁ兎も角だ、これからの君の活躍に期待する」

 

 そりゃレシピは十傑だったりその道のスペシャリストが食戟の場で使ってるものだから勘違いするのも頷ける、そしてこの勘違いは解かないほうがいいと私の本能が言っている。

 

「あ、ありがとうございます。あ、それと改善点があればお聞きしても⋯⋯?」

 

 その時だった。

 

「嘘だ! 犬神、お前の料理は確実に再現し改良したはずだ。俺の料理よりお前の料理が美味いわけが無い!」

 

 美作がその巨体を揺らしながら近付いてくる。堂島先輩がその美作に自分の皿を差し出して言う。

 

「ならば食べて見るといい。君の料理も十分に十傑が狙えるレベルだとは思うが.....彼女の料理は()()()()()

 

 美作が「そんなわけが」と言いながら口にする。私はへっぽこでもそれは十傑のレシピが原案なのだ。さっきは弱気になったが不味いわけが無い。

 

「う、うあ......」

 

 美作がその場で崩れ落ちる。つい反射的に手を伸ばしてしまう。

 

「完敗だ、ここまでの差があるなんてな。俺はもう料理をしな⋯⋯?」

 

 別に料理を今後しないなんて事は求めていないがそれは彼の勝手だろう。しかし私のせいで本来私より優秀な料理人が道を断たれたなんて言われるのはごめんこうむる所だ、どうするべきか考えていると再び堂島先輩が口を開く。

 

「ふむ、それが美咲くん、君の意思なのだな。美作昴、その手を取るがいい」

 

「いい、のか?」

 

 悪いが何の話か分からない、とりあえず少し頷いて対応する。すると伸ばしていた手を取られる。正直頭に警報が鳴り響いているが堂島先輩は笑顔で頷いているしここで振り払ったりするのは野暮なのだろう。というかこれは少年漫画の河原での喧嘩のあとの友情的なシーンなのではないだろうか。とっとと美作をひっぱり立たせると堂島先輩が声を掛けてきた。

 

「さて、先程君は改善点があれば教えろと言っていたな。強いて言うならばだが盛り付けはもう少し考えるといい、そうすれば三ツ星も狙えるだろう。では俺はここで失礼するよ、また会おう」

 

 そう言うと堂島先輩は私の頭を撫でてから去っていく、他のおっさんにされたら警察案件だが不思議と嫌でないのは堂島先輩の人柄の賜物だろうか。すると先程の男声からはかけ離れた声がかけられた。

 

「あの、犬神さん」

 

「包丁、良かったな」

 

 そこにいたのは件の女の子だった。涙を流しており大事そうに包丁を握り締めている。

 

「ありがとう、ございました」

 

 まともにお礼を言われたのはこの学校では初めてな気さえする。流石に涙で顔が酷いことになっていたのでハンカチで涙を拭いてやる。すると女の子は顔を真っ赤にして何度もお辞儀をしながら去っていった。

 

「おい、犬神⋯⋯さん?」

 

「いや、犬神でも美咲でもなんでもいいけど敬語は要らない」

 

 正直美作のこの巨体で敬語で縮こまられると怪獣にでもなった様な気がしてくる。薙切さんはよくこんなのに耐えられるなと改めて彼女に尊敬の念を抱く。

 生憎彼女と話したことなど無いが。

 

「なら美咲、お前それ天然でやってんだとしたらいつか修羅場を見ると思うぜ」

 

 何言ってんだこいつ。修羅場ってのは男女の関係から始まるんだ、生憎そんな関係になったことはないし碌に友達もいないのが私だ、修羅場なんか一生来るわけがない。

 

「そんな訳が無いだろう。さて、私は帰る」

 

 帰って宿題をするのだ。栄養学のレポート提出が明日であり、食戟なんかやらかした御蔭で手付かずなのである。クルリと背を向けると調理用に結んでいた髪を解いて出口へ向かう、その間色んな人に何度もお礼を言われたが「気にするな」の一言で流した。

 

 翌日、遠スポの大見出し記事に私と堂島先輩のやり取りと美作をひっぱり起こした時の写真が絶妙な角度で撮られていたらしい写真が載っており頭を抱えた。それともう一つだが神の包丁なんて言う痛々しい称号の持ち主が判明した。

 

___他ならぬ私であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬神美咲との食戟が終わり会場に残された俺は何をしていいのかが分らなくなっていた。俺は彼女に負け、今までしてきた事を考えるとこの場でリンチにされてもおかしくない俺を手を差し伸べることで救って見せた。恩があるのは分る、俺よりも上にいることも理解している、審査員できていたOBによると彼女の料理の腕は十傑にも及ぶらしい。

 

「俺はとんでもないのを相手にしてたんだな」

 

 しかし敗者は全てを失うのが食戟のルールだ。その上救ってもらった恩がある以上、相応の何かで返さねばならないだろう。そう思ったときふと目に付いた光景があった。

 新戸と薙切えりなである。

 一つ恩を返す方法を見つけたと思った。アレだけの腕を持ちながら派閥に属さず派閥を持たない、彼女は嫌がるかも知れない。拒絶されたら他の方法を探せばいい、けど受け入れてもらえたなら。  

 

「俺があいつの、美咲の派閥の一人目になろう」

 

 食戟でのし上がっていた猛者である美作昴は、たった一度の食戟経験しか持たない犬神美咲のたった一人の派閥の一人になる事を誓った。この後彼はバイクにサイドカーを付けてみたり彼女の借家の近くに拠点を移したりするのだがこの原因を犬神美咲が知ることは無かった。




どうかな...ちゃんと勘違いできてる...?
ご指摘ございましたらよろしくお願いします(土下座)

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