遠月学園高等部進級試験、正直に然程難易度の高い試験ではない。落第するのが難しいこの試験は、遠月の競争教育が始まる高等部における、一種の格付けを行うための試験であるが故に。
「ふむ⋯⋯」
この試験において学園総帥である自分の仕事はただ一つだ。上位陣の発表、掲載。不動の一位に孫娘がいる事を確認しながら、活躍を幾度と耳にしてきた名前が連なっている。しかしその中に紛れるようにして一名、名前を聞き及んだ事のない者がいた。
「西園、犬神美咲についての資料を」
それだけ伝えると続きの名前を記入し、期待出来そうな生徒が多い事に満足する。少しして戻ってきた西園から生徒情報の纏めてあるファイルを受け取ると『犬神美咲』を探す、五十音順に纏められている為、然程時間を掛けずに見つけることが出来た。
92期 犬神美咲
生年月日 11月8日
身長170cm 体重56kg B87W54H84 (4月13日測定)
血液型 B型
講師評価
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食戟戦績 無し
特記事項 無し
至って普通の評価、各講師の評価は殆どがAなので優秀なのは間違いないのだろう。ただ食戟戦績が無く、また優秀な評価を収めているのに特記事項も無い。至って普通に優秀な生徒という評価、さして興味を持つ程の人物にも思えない。しかし⋯⋯
『確実に玉の集っている学年において、果たしてただ優秀なだけの生徒が上位陣に食い込めるのか』
確かに順位では【神の舌】を越えてはいない、だがその舌にピタリと付いているのだ。肉の専門家、香りの専門家、イタリア料理の専門家、それらを抑えての上位。座学の成績も考慮されている為一概に誰が料理上手かとは言えないが異常と言う他無い。
疑問をこのまま放置しておく気にはならず、過去の食戟の記録を持ってこさせようとして気付く。食戟戦績無しと言う記載事項に、それ即ち彼女の料理を記録した映像が無いと言うこと。
「西園、彼女は何処に住んでいる」
「いえ、学園の近くに安アパートを借りている様です」
「⋯⋯調理の腕を披露する事を条件に学園内の貸家を一軒与え、その際調理風景は記録せよ」
一見するとたかが生徒一人の実力の確認には大袈裟に思える指示、されど凡百の一人と判断すれば叩き出し、玉と判断すれば囲い込めばよい。どちらにせよ損は無く、むしろ無能ならば排除、玉ならば更に磨ける利しか無い計画だ。
「畏まりました。お任せください」
西園は一礼すると去って行く、玉である事を期待しつつその他上位陣の資料に目を通す。
一週間後、見事審査員を納得させた彼女は遠月の敷地内に居を構える事となる。そしてその時の映像を見た学園総帥は後日、彼女の調理風景を見に行き、周囲の耳を気にせず、多くの生徒、講師の前で呟くのである。
「天晴、犬神美咲。【神の包丁】よ」
学園総帥の言葉はその場にいた無名の生徒、また一部講師の間から尾鰭が付いて広まる事となる。後にこの言葉が原因で騒動が引き起こされる事を、この時まだ誰も知らない。