本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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バトル回


EP5 シスイの全力

 シスイがアナグラへと帰投すると、慌ただしく働いている職員が目に留まった。どうやら各地でアラガミが活性化しており、その対応で追われているらしい。アラートとアナウンスが次々と鳴っているので、シスイもすぐに状況把握が出来た。

 活性化したアラガミに対する全体指揮を執っていた雨宮ツバキは、帰投したシスイを見つけて呼び寄せる。

 

 

「神崎シスイ! こっちに来い!」

「はい!」

 

 

 駆け足でツバキの元へと近づき、次の言葉を待つ。恐らくは出撃要請だろうと予想していたが、まさにその通りだった。

 

 

「帰投直後で済まないが、貴様にも出撃して貰う。南居住区の対アラガミ装甲壁外周付近だ。あの辺りにアラガミが密集しているそうだが、防衛班の手は既に埋まっている。シックザール支部長からの推薦もあり、貴様の戦力を鑑みて、一人で対処して貰いたい」

「支部長の推薦ですか……それより質問宜しいですか?」

「手短に言え」

「リンドウさんは? 捜索はどうなっていますか?」

「依然、行方不明だ。だが捜索は後回しにする」

「第一部隊の皆は?」

「橘サクヤは動揺して戦場に立てる心理状態ではない。神薙ユウと藤木コウタは負傷しており、出撃は認められない状況だ。ソーマ・シックザールは既に出撃している。アリサ・イリーニチナ・アミエーラは錯乱状態にあり、現在は病室で鎮静剤が施されているところだ。質問は以上か?」

「はい。では僕も出ます」

「頼んだ」

 

 

 本当はもう少し聞きたいことがあった。

 しかし、ツバキの目を見れば『早く行け』と言っているのが分かる。なので諦めて出撃することにしたのだった。オペレーターのヒバリから正式に任務を受注し、シスイは出撃ゲートから飛び出していく。

 そして居住区へと出てから南に向かって全力で走り抜けた。

 爆発音から察するに、アラガミはまだ壁の向こう側らしい。急げば、被害を出さずに済む。

 

 

「間に合ってくれよ!」

 

 

 シスイは一段階ギアを上げて、突風のように走っていく。途中で不安な表情の住民と擦れ違ったが、あまり気にかけている余裕もない。ゴッドイーターの身体能力でも、対アラガミ装甲壁まで数分は走る必要があるのだ。今は一分一秒が惜しい。

 その努力と願いがあったからか、どうにか対アラガミ装甲壁が破られる前に、南の端まで辿り着いた。シスイは装甲壁に取り付けられた梯子を伝って昇って行き、あっという間に装甲壁の上に立つ。

 そこから外を眺めるとかなり悍ましい光景が広がっていた。

 

 

「これは……カオスだね」

 

 

 ヴァジュラが数十体、サリエルが数体、クアドリガ数体、ボルグ・カムランも数体。コンゴウとグボログボロは堕天種を含めて合計三桁近く確認でき、ヤクシャも同様の数だった。さらに、ヤクシャ上位種であるヤクシャ・ラージャの姿も数体ほど見える。小型アラガミに関しては数えるのも面倒だ。

 

 

「僕が一人だけで派遣されてよかったよ。流石にあの力を軽々しく見せたくはないからね」

 

 

 この数をヴァリアントサイズだけで対処するのは難しい。

 シスイは両腕の手袋と包帯を取り去り、本気で戦うことにした。まずは左手を天に突きあげ、空気中のオラクルを収束させていく。アラガミが多数確認できるので、かなりのオラクルを集めることが出来た。

 バレットエディットで言う充填弾と呼ばれるもので、長時間溜めるほど威力を発揮する。

 

 

「空中固定、分裂、下方向射出、ゼロコンマ五秒単位、順次解放」

 

 

 集めたオラクルに命令を与え、それを空中に放り投げる。直径数メートルはあるオラクルの塊が、シスイの手を離れて飛んでいき、アラガミ集団の中心付近上空で停止した。

 そしてオラクル塊は高速分裂を繰り返しながら、下方向へと放射状に射出される。無数のレーザーが雨のように降り注ぐという効果となって、アラガミに全体攻撃を与えた。これによって小型アラガミの殆どが消滅し、中型は結合崩壊を起こす。大型種に関しては少しばかり足止めできた程度だった。

 

 

「流石にもう充填するだけのオラクル濃度がなさそうだね。あとはアラガミバレット頼みかな?」

 

 

 小型を殲滅したことで、眼下のアラガミ集団に付け入る隙が出来た。シスイは装甲壁の上から飛び降りて、近場のクアドリガの上へと着地する。そして即座にミサイルポッドを左手で掴み、捕喰によって一気に抉り取った。

 それによって暴れ始めたクアドリガから飛び降りつつ、シスイは逆演算で抗体を生成し、アラガミバレットに込める。そのアラガミバレットを着地と同時にクアドリガへと放った。

 

 

「行け!」

「クオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 シスイの左手の前にミサイルの形をしたオラクルが収束され、それがクアドリガ頭部に着弾する。排熱器官が結合崩壊したことで、クアドリガが叫び声を上げていた。

 ここでヴァリアントサイズの咬刃を伸ばし、ラウンドファングによって薙ぎ払う。シスイの周囲に居たアラガミは全て吹き飛ばされ、スペースに余裕が出来た。

 

 

「最大負荷、射出」

 

 

 この余裕を有効活用して、シスイは左手に三つのオラクル弾を生成する。それを最大速度で飛ばし、レーザーのようにコンゴウ三体の頭部を穿った。そして流れるように次の三発も生成し、射出して別のアラガミを穿っていく。

 現在、シスイの能力生み出せる最大負荷のオラクル弾は同時に三発が限界だ。この最大負荷オラクル弾ならば、大抵のアラガミを一撃で結合崩壊させられるので、三発しか同時発動できなくとも十分に使える。

 

 

「数が多いね。こういう時はヴァリアントサイズで良かったと思うよ!」

 

 

 ヴァリアントサイズは攻撃範囲が広いことが強みであり、一対多の戦闘で真価を発揮する。咬刃を伸ばした状態で薙ぎ払えば、遠心力も合わさって周囲を一掃できる威力を発揮する。

 シスイはオラクル弾を生成発射しつつ、ヴァリアントサイズを振るって次々と中型種を仕留めていた。途中で捕喰することでバースト状態を維持することも忘れない。両腕がアラガミ化しているシスイの身体能力はかなり高いので、バースト状態では最早手が付けられなくなる。スタミナ回復速度が上昇しているお陰で、体力の消費が激しい開咬状態を長時間維持できるのだ。

 凄まじい力で振り回される死神の刃が、周囲のアラガミを叩き潰し、削り取り、真っ二つに引き裂く。

 アラガミから吹き出る赤い体液がシスイの白衣を染め上げ、かなり恐怖を煽る姿に変えていた。

 

 

「はぁ……く……」

 

 

 段々と口数が減っていき、それに反比例して思考速度は上がっていく。ヤクシャの放つ光線を神機で切り裂き、左手で捕喰してアラガミバレットとして返す。ヴァジュラから奪ったアラガミバレットで広範囲に電撃を浴びせたり、サリエルから奪ったアラガミバレットで強力な貫通性レーザーを放ったりと、多彩な攻撃で無双を繰り広げていた。

 更に、ボルグ・カムランを刺激して尾の回転攻撃を誘発し、アラガミに同士討ちさせるなど、戦術的な立ち回りも忘れない。

 

 

(そろそろオラクルが空気中に溜まってきたかな?)

 

 

 かなりの数を倒したことで、空気中のオラクル濃度が上昇していた。ここまで溜まれば、もう一度大技を使うことが出来る。

 充填する隙を作るために、シスイはスタングレネードを投げた。

 激しい閃光が周囲を包み込み、アラガミたちは一時的に行動不能となる。

 そしてその間にシスイは左手を天に突きあげ、オラクルを充填し始めた。溜まり切るまでの凡そ十秒は充填に集中しつつ、アラガミからの攻撃を避けるしかない。大抵の場合、アラガミがスタングレネードで停止しているのは五秒から八秒だ。残り数秒は隙を晒すことになる。

 

 

「キアアアアアアアアアッ!」

 

 

 ボルグ・カムランが奇声を上げながら迫ってくるのをジャンプで回避し、背中へと着地する。そこへボルグ・カムランを巻き込む電撃の嵐がヴァジュラより放たれた。仕方なくボルグ・カムランを盾にする方向へと逃げ、電撃を回避する。そこへコンゴウ堕天種が容赦なく転がり攻撃を仕掛けて来たのをステップで避けた。更に先のボルグ・カムランが尾の回転攻撃をしてきたので、タイミングを合わせて跳ぶ。

 

 

(溜まり切った)

 

 

 今度は充填オラクル弾を雨のように分裂させるのではなく、大型種を殲滅する破壊力優先で使用する。

 

 

(位置エネルギー変換、着弾と同時に起爆)

 

 

 バレットエディットでは抗重力弾とも呼ばれる特殊な性質を与え、最後に爆発の命令を組み込む。位置エネルギーを別エネルギーに変える抗重力充填破砕弾として、大型種が密集している方向に投げつけた。

 位置エネルギーが速度に変換され、更に速度はオラクルエネルギーに変換される。結果として充填弾は更に膨れながら速度一定で飛んでいき、クアドリガに着弾すると同時に大爆発を起こした。

 

 

「く……っ!」

 

 

 想定以上の爆風のせいで、シスイ本人も軽く吹き飛ばされる。ジャンプ中だったので、踏ん張ることが出来なかったのだ。

 だが、叩きだした結果は凄まじい。

 直撃したクアドリガは半分以上消し飛び、周囲に固まっていたヴァジュラ数匹も瀕死となった。少し離れた場所に居た中型種は軒並み結合崩壊を起こし、小型種に至っては範囲内では全て消滅している。

 安易に使うと自爆の危険すらある威力だ。

 

 

(改良が必要かな。神機使いの偏食因子を判別して、仲間や自分にだけ被害が及ばないように出来ないだろうか? まぁ、後で考えてみよう)

 

 

 シスイの研究分野は新型神機だけでなく、バレットに関するものもある。それゆえ、バレットエディットに造詣が深く、新しい性質のバレット開発にも明るかった。

 だが、ここは戦場である。

 余計なことは考えていられない。

 高速で迫る二体のヴァジュラに狙撃弾をぶつけ、牙を結合崩壊させる。怯んだすきに片方のヴァジュラへと迫り、背後に回り込んで尻尾を切断した。更に追撃を掛けようとするが、ここでヴァジュラが帯電していることに気付き、すぐに飛び下がる。

 そして放電しているヴァジュラは無視して、飛び下がった先に居たヤクシャ・ラージャの砲身を切り捨てつつ、飛び上がって両肩を攻撃し、最後に重力を乗せた振り下ろしを頭に叩き込んだ。合計して三か所を一瞬にして結合崩壊させられ、ヤクシャ・ラージャは呻く。その隙に捕喰形態にして背後からコアを抜き取り、倒すことに成功した。

 丁度ヤクシャ・ラージャを倒した時に、先ほど無視したヴァジュラの放電が終了する。ステップを交えて急接近し、バーティカルファングで二体とも地面に叩きつけた。そのままクリーブファングでヴァジュラのマントを削り取りつつコアを露出させる。そして捕喰によってコアを抜き取り、二体同時討伐を成功させた。

 

 

(次はグボログボロ堕天種!)

 

 

 恐らく煉獄の地下街から出て来たのだろう。

 マグマ適応型グボログボロがシスイに突進をしてきた。それを背面跳びで避けつつ背中に着地し、左手でマグマ適応型グボログボロを喰らう。背中のヒレを食い千切られたことでビクンと震えるマグマ適応型グボログボロから飛び去り、空中で左手を翳しつつアラガミバレットを放った。

 巨大な火球がマグマ適応型グボログボロに直撃して大爆発を引き起こし、全身がボロボロになる。属性的には効果薄めなはずだが、アラガミバレットには抗体が組み込まれている。それによって結合崩壊させやすくするため、これほどの大ダメージを与えることが出来たのである。

 満身創痍なマグマ適応型グボログボロに向かって、咬刃を伸ばしたヴァリアントサイズを振り下ろし、とどめを刺した。

 

 

「はぁ……はぁ……あと何体?」

 

 

 まだ動ける。

 だが一人では限界もある。

 派手に動き回ることで注目を集め、対アラガミ装甲壁に攻撃していたアラガミたちを引き付けることには成功した。だが、これだけ倒しても、まるで倒した気がしない。

 数百体もいたアラガミに一人で挑む時点で、こうなるのは当たり前だった。

 一応、減ってはいるのだが、多過ぎて減った気がしないのである。

 そう考えると一気に疲れが押し寄せた。肉体ではなく精神的な疲れである。神機の方も長時間稼働させ続けたせいで限界が近づきつつある。状況的には意外と拙かった。

 立ち止まるシスイをヴァジュラ、ボルグ・カムランが囲んでいき、上空にはサリエルが二体ほど滞空している。少し離れたところには遠距離攻撃が出来るクアドリガがこちらを狙っていた。コンゴウやグボログボロ、ヤクシャも徐々に集合しており、既にシスイは完全に包囲されている。

 

 

『シスイさん! シスイさん! 大丈夫ですか? 返事をして下さい』

「ヒバリさん? どうかしました?」

『良かった。ようやく繋がりました。先程から何度呼びかけても返事が無かったので』

 

 

 戦闘に集中するあまり、シスイはヒバリの呼びかけにも気付かなかったらしい。冷静になって考えてみると、自分が追い詰められていると分かった。

 白衣も真っ赤に染まっているし、顔にもベタベタした液体が付着している。

 やはり激戦だったということだ。

 

 

「すみません。戦いが激しすぎて連絡どころじゃなかったので」

『大丈夫ですか? 突然シスイさんの腕輪反応が消えたので、ビックリしましたよ。でも生きていてよかったです……』

「……腕輪?」

『はい。アラガミが多過ぎてレーダーで感知しきれないのでしょうか? 理由は不明ですが、こちらにはシスイさんの反応が表示されていないんですよ』

「……」

 

 

 まさかと思い、シスイは自分の右腕を見る。

 すると、ゴッドイーターっぽい信号を発するだけのダミー腕輪がなくなっていた。どうやら戦いの最中に壊れて落としてしまったらしい。

 

 

(あ…………)

 

 

 基本的に自分のアラガミ化は秘密にしている。極東支部で明かしているのは支部長とリンドウだけ――実はペイラー榊も知っているが――であるため、このままでは色々と拙い。

 どうしても隠したい訳ではないが、アラガミ化した人間など早々受け入れられないだろう。実際、フェンリル本部でもそうだったのだから。

 

 

(ダミー腕輪は僕の部屋に予備がある。早くそれを取りに行かないと……)

 

 

 腕輪はダミーであるため、本物に比べると実は壊れやすい。そのため、シスイはちゃんと予備を用意しているのだが、アラガミに囲まれている状況では取りに行くことも出来ない。無理に脱出したとして、ここに自分が居なくなれば、大量のアラガミが野放しとなる。

 このままでは色々と拙い。

 解決策としては、このアラガミ全てを速攻で倒し、自室に駆け込むことだろう。

 そんなことを考えていた時、ズズンと大地が揺れて周囲のアラガミすらよろめく。まるで巨体を引きずるような地響きは徐々に近づいており、シスイはその音の方向に目を向けて溜息を吐いた。

 

 

『あと三十分あれば援軍があると思います。それまで耐えてください!』

「……えーとヒバリさん?」

『はい、何ですか?』

「リッカさんに伝言をお願いできますか?」

『え……? 構いませんが』

「僕の神機、たぶん壊れます。ごめんなさいと伝えてください」

『それはどういう―――』

「ちょっとシャレにならない奴が来ているんですよね」

 

 

 シスイが視線を向けた先に居たのは、世界最大級と言われるのアラガミ。

 無数の触手と高出力のエネルギー砲を武器とするウロヴォロスだった。一般には平原の覇者とも呼ばれ、公式に討伐された記録は非常に少ない。個体数も少なく、生息地もある程度決まっているアラガミだ。

 つまり、普通はこんなところに出現する相手ではない。

 

 

『この反応は……まさかウロヴォロス!? なんでこんなっ!』

 

 

 アナグラのレーダーでも捕捉できたのだろう。ヒバリが悲痛な声を上げる。通信を通して、幾人ものフェンリル職員が騒いでいるのがシスイにも聞こえた。

 更にヒバリの通信は続く。

 

 

『レーダーの索敵範囲を拡大。各地でアラガミの大移動が確認されました。その内の数十体がフェンリル極東支部へと向かっています! 偏食場の照合……完了しました。接触禁忌種テスカトリポカ及び、同系統クアドリガまた堕天種の群れです。凡そ十五分後に極東支部の対アラガミ装甲壁東側エリアに侵入します。タツミさんたちは気を付けてください』

『はは、なら無事に帰投したらデートしてくれないかいヒバリちゃん』

『デートでも何でもしてあげます! どうかご無事で!』

『なら俺も頑張るしかねぇなっと!』

『北部エリア担当の神機使いは駆除が終わり次第、東側エリアへ援護。西部エリア担当の神機使いは駆除が終わり次第、南部エリアの援護に行ってください』

 

 

 状況はかなり悪い。

 特にウロヴォロスが出現した南エリアはシスイが一人で担当しており、クアドリガ系列アラガミの群れが向かっている東部エリアは防衛班が総員で対処に当たってもギリギリの状況だ。

 ちなみに西部エリアではソーマが単体で対処しており、北部には偵察班が駆り出されて対処している。

 まさにアナグラの総戦力が投入されている状況なのだ。

 そして南部エリアと東部エリアへの援護要請も当てにできない。西部エリア担当のソーマは一人戦っているので、どうしても駆除に時間がかかる。そして北部エリア担当の偵察班は、ゴッドイーターとしての戦力を期待できないと考えた方が良い。基本的に、彼らは討伐犯や防衛班よりも実力が一段下なのだ。

 そう考えれば、より戦力が整っている東部エリアにクアドリガ系列の群れが集まっているのは運が良かった方なのかもしれない。

 

 

「ともかく、僕もウロヴォロスをどうにかしないとね」

 

 

 ウロヴォロスの放つ大口径ビームが対アラガミ装甲壁に直撃でもしたら一溜まりもない。一撃ならば耐えきれるだろうが、ウロヴォロスのビームは必殺技ではなく常用技なのだ。何度も撃たれ続ければ、頑丈な対アラガミ装甲壁でも耐えきれない。

 アラガミでも上位に属するウロヴォロスが出現したせいか、周囲のアラガミは少し大人しい。下位のアラガミが上位のアラガミに獲物を譲るような行動を見せることがあるというのは、以前から偶に確認されている現象だ。今も、ウロヴォロスが出現したことでその現象が起こっていたのである。

 図らずとも、ウロヴォロスとの一騎打ちに近い状況となったのは幸運だった。

 

 

「神機のリミッター解除。暴走開始」

 

 

 シスイは自分のオラクル細胞を操ることで神機に施されているリミッターを外し、普段は抑えられている神機の捕喰本能を暴走させた。この状態になると神機が神機使いを侵食し始めるのだが、既に腕がアラガミ化しているシスイならば侵食を無効化できる。

 暴走することでオラクルが異常活性を始め、金色に輝きながら漏れ出し渦を巻く。だが、漏れ出すだけでなく、暴走した捕喰本能で周囲のオラクルを喰らい、回復もしていた。

 このようなオラクルの噴出と回復を高速で繰り返せば、神機はすぐに壊れてしまう。制限時間は長く見積もっても一分だろう。その後、神機は確実に壊れる。

 しかし、メリットもある。

 オラクル細胞が異常活性しているということは、神機の使用者に凄まじい身体能力を授けるということに等しい。更に捕喰性能がアップしているので、神機の攻撃力も急増している。

 つまり、一分限定で超強化が出来るということだった。

 

 

「一分以内にウロヴォロスと他のアラガミ全てを倒す!」

 

 

 シスイは黄金に輝くオラクルが纏わりついた神機を構え、一気に踏み込んだ。

 その瞬間、地面が陥没し、突風が吹く。

 通常の神機使いがバースト状態になっても遥かに及ばない圧倒的な身体能力で移動しているのだ。僅か数秒で遥か遠くにいたウロヴォロスの元へと辿り着き、慣性力を加えたバーティカルファングをお見舞いする。咬刃が通常の何倍も伸ばされたヴァリアントサイズを、ウロヴォロスの正面から振り下ろしたのだ。超強化されている攻撃力によって、ウロヴォロスの右肩から咬刃が食い込み、巨体の半分まで刃が通る。

 

 

「外れた」

 

 

 本当は頭部にバーティカルファングを叩き込むつもりだったが、身体能力に振り回されて外してしまった。しかし、止まっているわけにはいかない。このままヴァリアントサイズを力の限り引っ張り、クリーブファングによってウロヴォロスの体を削り取る。

 

 

「ヴォオォォォオオォオォッ!?」

「はああああああああああっ!」

 

 

 耳を塞ぎたくなるようなウロヴォロスの絶叫を無視して、シスイは引き戻したヴァリアントサイズをもう一度伸ばす。そして咬刃で横向きに薙ぎ払うラウンドファングを使い、ウロヴォロスの右側から攻撃を叩き込んだ。

 先の一撃でウロヴォロスの右肩から身体の中心部までは大きな切込みが入っており、そこに右側から横向きの切込みを追加されたらどうなるかは簡単に予想できる。

 縦、横向きからそれぞれ切り裂かれたことで、ウロヴォロスの右半分は綺麗に抉り取られた。

 大ダメージを負ってダウンするウロヴォロスの下敷きにならないように、シスイは今いる場所から離れつつ神機を捕喰形態に変える。そして一瞬でウロヴォロスの右側に回り込み、抉り取られた部分から捕喰形態を侵入させてコアを喰い千切ったのだった。

 十三秒でウロヴォロスの討伐完了である。

 

 

(まだ行ける!)

 

 

 神機の暴走は、引き起こせても止めることは出来ない。

 少なくとも、今のシスイには暴走神機を停止させる方法がない。つまり、このまま神機が壊れるまで戦い続けなければならないのだ。

 長くても残り四十七秒である。

 今の内に、大型種だけでも片付けておかなければならない。

 シスイは再び加速してアラガミの大軍へと飛び込んでいき、黄金のオラクルを放出しながら、次々と大型種をメインに屠り始めた。ラウンドファングの一振りでヴァジュラは上下真っ二つになり、左手から放つオラクル弾がクアドリガを吹き飛ばす。サリエルを左手で捕喰し、アラガミバレットとして放つ無数のレーザーが中型種を殲滅していた。

 そしてシスイは暴走するオラクル細胞に任せた圧倒的身体能力で全ての攻撃を置き去りにし、アラガミたちは反応すら出来ずに活動を停止する。

 

 

「ここ……までみたいだね」

 

 

 神機の暴走開始から四十八秒経って、遂にシスイのヴァリアントサイズが砕けた。それに伴って神機本体にも亀裂が走り、内部のオラクル細胞が変質してボコボコと黒い塊になる。

 神機の専門家であるシスイには分かる。

 既にこの神機は修復不可能なほどのダメージが入っていると。

 

 

「ぜぇ……ごふっ!」

 

 

 そして傷ついていたのは神機だけではない。あれ程の運動能力を発揮した以上、シスイ自身にもダメージが入ることになるのだ。血を吐き、片膝をついて蹲る。

 残っているアラガミは中型種が十六体。コンゴウ、グボログボロ、ヤクシャと各堕天種である。まだ倒れるには早すぎる。

 シスイはポーチから回復錠を取り出して口に含み無理やり回復させた。

 

 

「はぁ……全く。僕の本業は研究だっていうのに」

 

 

 部分的にアラガミ化しているお陰で、シスイの回復力は通常よりも高い。内臓にまで致命的なダメージが入っていたにもかかわらず、既に動ける程度までは回復していた。回復錠の効果があったからとは言え、かなり異常な事である。

 立ち上がったシスイは、両腕にオラクルの刃を出現させた。

 神機が無くなった以上、アラガミ化の力を使うしかない。この力を使うのも限界に近いのだが、生き残るためにシスイは無茶を通した。

 最後の力を振り絞って、シスイはオラクルの刃を振るう。三本の爪のような刃がシスイの腕に追随し、その腕が振るわれるたびにアラガミが切り裂かれた。また手から捕喰してアラガミバレットを作り出し、残る中型種を殲滅していく。

 危険な大型種が消え去った以上、この程度の中型種ではシスイを止めることなど出来なかった。

 こうして更に五分後。

 フェンリル極東支部、対アラガミ装甲壁南部エリアのアラガミは完全に掃討されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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