本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP31 運命の歯車

 シスイはサテライト拠点を飛び出し、アラガミの群れに向かって走っていた。既に両腕の封印は解いており、黒い鱗状のオラクル細胞が見えている。ノヴァの因子を取り込んで以来、赤っぽい色も混じっているのだが、遠目にはやはり黒だ。

 

 

『第一部隊が出る! シスイは何処だ!?』

「コウタかい? 悪いけど僕は一人でやらせて貰うよ。だから第一部隊はコウタを中心にして頑張ってくれ」

『シスイ隊長!? でも合流した方が――』

『ちょっとエリナ黙って。分かったシスイ……本気を出すってことだよな?』

「そういうこと。だからエリナとエミールは頼んだよ」

『任せろ。絶対に死なせないからよ!』

「頼もしいね。もう、コウタが隊長でいいんじゃない?」

『止めろ!? これ以上仕事を増やさないでくれ!?』

 

 

 あまり軽口を叩く余裕はないのだが、これがいつもの第一部隊だ。それにシスイという隊長がいない以上、エリナやエミールは不安に感じるかもしれない。だからこそ、シスイはそんな発言をしたのだった。

 今回、シスイはアラガミの力を使うつもりである。

 まだエリナとエミールにはその力のことを言っていないので、単独行動に出たのだ。

 

 

「エリナ、エミールも一人前だ。隊長からの命令は一つだけ。死ぬなよ?」

『了解です!』

『騎士道にかけてエリナは守ってみせるぞおおおおおおおおお!』

『うるさいエミール! 私は自分の身ぐらい守れるわよ!』

 

 

 どうやら平常運転らしい。

 シスイは安心して通信をフリーに変えた。するとオペレーターのヒバリから多くの情報が寄せられる。

 

 

『ブラッド隊出撃しました。続いて防衛班も出撃します。現状、第三サテライト拠点のみ避難が完了。アラガミの群れは依然として進行中です!』

『こちらフライア、無人制御型神機兵を投入します。これで手の空いていない部分を埋めるとのことです』

 

 

 極東の各部隊に加え、フライアのオペレーターであるフランから神機兵の出陣も告げられた。これで各サテライト拠点に十分な戦力を送ることが出来るだろう。

 広範囲に感応波が出現したことによるアラガミの襲撃。これは恐らく感応種が関わっている。これだけの範囲でアラガミを操るとなると、大型の感応種が挙げられる。そして、中でもアラガミを操ることに長けたマルドゥークが最も可能性の高い候補だろう。

 もしもマルドゥークに遭遇してしまったら、シスイかブラッド隊しか戦えない。

 

 

「急がないとね」

 

 

 シスイは左手を高く掲げ、大量のオラクル弾を形成する。そして眼前にあるアラガミの大軍に向けて一斉掃射した。深紅の弾丸が無数に飛翔し、中型種以下を殲滅していく。流石に今のオラクル弾では大型種にまでダメージを与えることは出来なかったらしく、数十体ほど強敵が残る。

 

 

「ヴァジュラ、クアドリガ、ボルグ・カムラン、ハンニバル……まさかツクヨミもいるとはね」

 

 

 残った敵を確認したシスイは、右手に深紅の刃を持つヴァリアントサイズを形成する。そして足に力を込めて一気に前進し、強敵であるツクヨミに迫った。

 

 

「まずはコイツから!」

 

 

 そしてツクヨミを飛び越えつつ、頭の天輪を破壊する。綺麗に背後を取ったシスイは、そのままツクヨミの両足を切断して機動力を奪い、オラクル爪を伸ばした左手で胴を貫きつつコアを抜き取った。

 

 

「次」

 

 

 シスイはヴァリアントサイズの咬刃を伸ばして迫るヴァジュラを両断する。そしてハンニバルの放ってきた炎を回避しつつ、オラクルの槍を形成して飛ばした。オラクル槍が直撃したハンニバルは、内部から枝のように伸びて成長するオラクル槍の効果で即死する。

 更にシスイはオラクル弾を高密度に溜めて、ボルグ・カムランへと発射した。巨大な硬い盾を持つボルグ・カムランだが、爆砕攻撃には弱い。高密度オラクル弾の爆発を喰らって盾が結合崩壊する。その隙にシスイが接近し、ヴァリアントサイズでトドメを刺した。

 そしてすぐにその場を飛びのいた。

 次の瞬間にはクアドリガのミサイルが大量に爆発する。

 

 

「遠距離攻撃で火力が高いってのは面倒だね」

 

 

 そう言いつつ、シスイも火力の高いオラクル槍を飛ばしてクアドリガを仕留めた。まだまだ大型種は残っているので油断できない。

 ヴァジュラの電撃を躱し、両断する。

 ハンニバルの火炎を躱し、両断する。

 クアドリガの突進を躱し、両断する。

 ボルグ・カムランの尻尾攻撃を躱し、両断する。

 攻撃範囲の広いヴァリアントサイズを最大限に利用して無双の強さを見せつけていた。そして戦闘が始まってから十五分ほどで完全に殲滅を完了する。

 

 

「よし……ヒバリさん、こちらシスイです。増援ポイントは?」

『はい、第六サテライト拠点付近で第四部隊が苦戦中です。どうやらサリエル種とザイゴート種が群れを成しているようですね。ハルさんとカノンさんが頑張っていますが、やはり数が多いようです』

「……それって単純にカノンちゃんが暴走して、ハルさんが上手く動けないだけじゃなくて?」

『……………………数が多くて苦戦しているそうです』

「あ、はい」

 

 

 若干の間が気になるところだが、もはや聞かぬ方が良いのだろう。シスイはすぐに第六サテライト拠点へと向かって走り出した。全身の偏食因子を集めて身体を強化し、砂煙が立ち昇るほどの速度で駆け抜ける。このまま行くとハルオミとカノンにも両腕のことを知られるだろうが、あの二人ならば大丈夫だろうと判断してそのまま行くことにしたのだった。

 既に遠くですさまじい爆発音が響いていた。

 これはアラガミではなくカノンのせいだろう。心なしかハルオミの叫び声も聞こえる気がする。

 

 

「アハハハハ! 食べることしか能がない獣の分際で人間様に盾突く? 百万光年早いのよ! 大人しく粉砕されなさい!」

「うおおおおおおおおおおお! ストップ! ストップだカノンちゃん!?」

「ちっ……射線上に入るなって、言わなかったっけ?」

「言ってない言ってない!」

 

 

 今日も誤射姫は健在である。

 シスイはそれを見て回れ右をしようかとも考えたほどだ。オラクルリザーブという誤射姫伝説加速に責任の一端を持つシスイだが、まさかあれ程酷いとは知らなかった。これまで運よくカノンと任務を共にすることがなかったからである。

 この地雷原も真っ青な戦場に飛び込む?

 シスイはそんなアホではない。これでも天才と呼ばれる研究者なのだ。知識だけでなく知恵も豊富であり、戦況把握もお手の物である。

 つまり……

 

 

「ハルさーん。援軍に来ましたよ」

「助かったシスイ! そこの狂気誤射姫(クレイジープリンセス)を止めてくれ!」

「いえ、僕も爆撃するので頑張って避けてくださいねー!」

「この人でなし―っ!?」

 

 

 ハルオミの悲痛な声が戦場で響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ブラッドは担当する第九サテライト拠点のアラガミを殲滅し、死者なく守り切ることに成功した。流石に怪我人まで防ぐことは出来なかったが戦果としては上々である。

 しかし、ロミオは燃えるサテライト拠点を茫然と眺めながら呟く。

 

 

「ひどいね……」

 

 

 確かに酷い状況だ。

 流石にブラッド隊だけでは数が足りず、サテライト拠点の対アラガミ装甲壁も破られてしまった。シスイとアリサがこれからアップデートする予定だったので、まだ装甲壁が古いままだったのだ。それで内部にもアラガミが侵入し、多くの家屋が崩れて燃えてしまったのである。

 しかし、ロミオの言葉に首を振りながら答えたのはユノだった。彼女は元からこの第九サテライト拠点に訪問していたので、こうしてブラッド隊と合流したのである。

 

 

「いいえ、生きている限り、また何度でもやり直せます……今までだって、ずっとそうでしたから」

 

 

 それは女神の森(ネモス・ディアナ)で幼少を過ごしたユノだからこその言葉だった。何度もアラガミに襲われ、それでも生き残って足掻き続ける。そして何度でもやり直すのだ。

 それを知るユノだからこそ、言葉に重みがある。

 しかし、それを嘲笑うかのように次の危機が迫っていた。

 

 

――やがて、雨が降る。

 

 

 フライアの研究室にて端末を操作するラケル・クラウディウスは怪しい笑みを浮かべていた。画面に移される光学観測映像には赤乱雲が映されており、別画面のデータでは赤い雨の降水予測マップが記されている。そのマップでは、広域感応波が観測されている場所と重なっていた。

 つまり現在、アラガミと戦うゴッドイーターたちの所へ死の雨が降ろうとしていたのである。もうすぐ赤い雨が降るとなると、当然のようにゴッドイーターたちは気付く。

 それはブラッド隊のロミオも同じだった。

 

 

「あれ……赤い雲?」

「赤い雨だと!? 全員、シェルターに戻れ! 急げ!」

 

 

 ロミオの言葉で赤乱雲に気付いたジュリウスはすぐに撤退命令を出した。そして避難誘導を最優先に行い、まだ何体か残っている小型アラガミは神機兵に任せる。

 赤い雨という災害に慣れているお陰か、避難はすぐに完了した。

 そして避難民の名簿確認を副隊長ヒカルに任せ、ジュリウスが現場を走りつつ残った人がいないかを確認する。そして戻ってきた時には既に上空にまで赤乱雲が迫っていた。ギリギリである。

 

 

「ジュリウスで最後?」

「ああ、最後だ」

 

 

 このシェルターはジュリウスで最後になる。心配そうなロミオに対し、力強く頷いた。

 そしてジュリウスは次に通信を繋ぎ、シエルへと連絡を取る

 

 

「ブラッドβ、聞こえるか? 状況を報告しろ」

 

 

 ブラッドβはギルバート、シエル、ナナによって構成されたブラッド分隊であり、神機兵がカバーしきれないところでアラガミを駆除している。

 つまり、まだシェルターに戻っていなかった。

 ジュリウスの通信に出たシエルが簡単に報告をする。

 

 

『こちらブラッドβ。敵残数一体です』

「中央部シェルターまで撤退しろ! 赤い雨が来るぞ! 敵は神機兵に任せてしまえ!」

『了解、シェルターまで撤退します!』

 

 

 もう十五分もしない内に雨が降り始めるだろう。

 ブラッドβが撤退するには充分な時間である。どうにか間に合いそうだとジュリウスは安堵した。そしてすぐに無線をフリーに変えると、様々な通信が飛び交う。

 

 

『こちら第一部隊。すぐに撤退する!』

『第二部隊も殲滅完了。すぐに逃げるぞ』

『第四部隊はシスイと合流に成功。何とか生き残ったぜ。赤い雨から逃げるなんて楽勝さ、ハハッ』

『ハルさんしっかり!?』

 

 

 

―――雨は降りやまず……

 

 

 

『第六部隊は撤退完了! 住民の避難も完了した!』

『さぁこっちだ! シェルターに入れ!』

『ブラッドは誘導を行いつつ、警戒態勢をとれ! いいな?』

 

 

――時計仕掛けの傀儡は、来るべき時まで……

 

 

『やっとブラッドに繋がった! 混線し過ぎだろ畜生』

『コウタさん?』

『こちらコウタ。周辺住民の護送は終わりそうだ。あとは神機兵に任せて退却する』

 

 

 

―――眠り続ける。

 

 

 そしてラケルは一つのプログラムを画面に起こし、躊躇なく起動する。クジョウへと渡した無人制御プログラムに潜ませたラケルの罠。舞台装置となった神機兵に潜む見えないウイルス。

 それが解き放たれたのである。

 途端に、全ての活動中だった神機兵が一斉に停止した。

 最後の見回りをしていたロミオは茫然としながら呟く。

 

 

「神機兵が……止まった……?」

 

 

 しかもそれは一か所ではなかった。

 各地から神機兵が止まったという報告が飛び交い始める。

 

 

『こっちも動かなくなったぞ。どうなっている?』

『くそ、ダメだ』

『もういい! 放っておけ!』

『馬鹿言うな。まだアラガミが残っている』

『こっちは赤い雨が降り始めた。悪いが逃げさせてもらう』

 

 

 更にフライアからも情報がもたらされる。

 

 

『フライアから緊急連絡、全ての神機兵が停止していきます。現時点で原因は不明……』

 

 

 

――人も自然な循環の一部なら……

 

―――人の作為もまたその一部、そして……

 

 

『副隊長! まだ一般市民の避難が……』

『分かった。一般市民を連れて近くのシェルターに避難しろ!』

 

 

 まだ第一部隊の担当する第五サテライト拠点はまだ避難が完全ではなく、神機兵が停止してしまったことで混乱に陥っている。コウタ、エリナ、エミールが分かれて対応していても限界があった。

 コウタは仕方なく避難を優先にして、残っているアラガミは放置することに決める。このままではサテライト拠点の内部を食いつくされてしまう可能性も残っているが、赤い雨ではやりようがない。

 そして遂にブラッドの担当する第九サテライト拠点にも血のような雫が地面を濡らし始めた。外回りをしていたロミオもすぐにシェルターへと戻る。

 すると隊長のジュリウスが出迎えた。

 

 

「全員避難したか? ヒカルは名簿の照合を急げ!」

「もう九割以上終わっている。もう少し待ってくれ」

 

 

 ヒカルはブラッドの副隊長として住民を宥めつつ名簿称号を続けており、額からも冷や汗が流れている。名簿を見ているからこそ避難状況が理解できるので、ヒカルの表情からは焦燥も見えた。それを見たロミオはヒカルに声をかける。

 

 

「俺も手伝うぜ」

「頼むロミオ先輩」

 

 

 ロミオも加わり、更に照合の速度を加速させる。数分もすれば全ての照合が終わった。そしてロミオは十三人分の名前が足りないことに気付く。

 

 

「あれ……北の集落の人たち……爺ちゃんたちがいない?」

 

 

 少し前にロミオがアナグラを飛び出した時、北の集落に住む二人の老人に世話になった。その二人を含めた十三人分がまだ避難できていなかったのである。

 そのとき、追い打ちをかけるようにして通信が入った。

 

 

『誰か……聞こえるか……頼む…………』

 

 

 それを聞いてジュリウスがすぐに通信を取る。

 

 

「聞こえるぞ! どうした!」

『ああ、助けてくれ……ノースゲート付近に白いアラガミが……ぐあああっ!?』

「どうした!? くそっ!」

 

 

――ああ、やはり……貴方が『王のための贄』だったのね……

 

―――ロミオ……

 

 

 通信で聞こえて来た白いアラガミ。白色のアラガミと言えば幾つか思い浮かぶものがある。ハンニバル、デミウルゴス、そしてマルドゥーク……

 ロミオがふとヒカルの方を見ると、そちらは名簿に問題なかったのかギルバートに報告している。

 

 

「爺ちゃん……婆ちゃん……」

 

 

 ノースゲート付近ということは、北居住区の人たちが避難する際に通る門の近くだ。白いアラガミがどんな相手にしろ、一般人がアラガミに遭遇したらどうなるのかは目に見えている。

 そしてジュリウスが通信にあった白いアラガミに対応するゴッドイーターたちのことを極東支部に伝えていた。

 

 

「こちらは既に赤い雨が降り始めている。極東支部まで撤退させるか、無理せず適当な場所で雨宿りさせた方が……」

『わかりました。そのように誘導します! 白いアラガミについてはお任せください。対応できる人物に心当たりがありますので』

 

 

 この雨の中、白いアラガミを倒しに行こうとは言えない……

 ロミオは水を弾く特別製のレインコートを手に取り、赤い雨の中へと飛び出した。

 

 

「ジュリウス、ごめん……俺、ちょっと出てくる!」

「ロミオ!? ……何してんだ馬鹿!」

 

 

 ヒカルと話していたギルバートだが、ロミオの暴挙に気付いて飛び出そうとする。しかし、ジュリウスがそれを制止した。

 

 

「待て、俺が連れ戻す。ヒカルとギルはここでアラガミの侵入を食い止めてくれ」

 

 

 ジュリウスはレインコートを手に取ってロミオを追いかける。余程急いでいるのか、既にロミオは見えないほど遠くまで行ってしまっていた。

 

 

――ロミオ……貴方はこの世界に新しい秩序をもたらすための礎

 

 

 走るロミオの前に大型種ガルムが現れる。ヴァジュラにも劣らない俊敏さと大火力を誇るアラガミであり、簡単には倒せない。

 しかし、ロミオは勇敢に立ち向かう。

 

 

―――貴方のおかげで……

 

 

 やはりロミオ一人でではガルムに敵わない。

 回避直後で硬直したロミオへとガルムが突進を仕掛けた。赤い雨の降る中でそんな攻撃を喰らえば、間違いなく雨に濡れることになる。高確率で黒珠病を発症する赤い雨に濡れてしまえば、たとえガルムに勝利したとしても意味がないだろう。

 拙い……とロミオは冷や汗を流した。

 しかし、そこへジュリウスが飛び出し、ガルムのコアを的確に切り裂く。

 

 

―もう一つの歯車が回り始める

 

 

「ジュリウス!」

「気を抜くな! まだガルムが……そしてマルドゥークが残っている!」

 

 

 見れば、二十を超えるガルムを率いる白いアラガミ……マルドゥークがいた。感応種の中でもアラガミを統率することに長けたマルドゥークは大型種すらも従える。特に下位種であるガルムは相性が良く、二十体以上も同時に率いていた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 マルドゥークが大きく吼えて、ガルムがそれに続く。

 広範囲に感応波を発生させていたのも、このマルドゥークなのだろう。恐らく、感応波の範囲が異常に発達した種なのだ。

 しかし、そんなことを考察する余裕はない。

 ロミオとジュリウスは神機を構える。

 

 

―――ああ、ロミオ……

 

 

 だが、多勢の無勢。

 ロミオだけでなく、ジュリウスまでもマルドゥークとガルムに吹き飛ばされる。折角被っていたフードもとれて二人は赤い雨に濡れた地面に放り出されてしまった。

 

 

――貴方の犠牲は

 

―――世界を統べる王の名のもとに……

 

 

 そして倒れるジュリウスの元へとマルドゥークが飛びかかる。先の戦闘でジュリウスの方が手ごわいと判断したからだろう。学習する生き物、アラガミは先にジュリウスを倒すべきだと判断したのだ。

 ジュリウスが気付いて起き上がろうとするも、間に合わない。

 

 

―――きっと未来永劫

 

――語り継がれていくことでしょう。

 

 

 ジュリウスはマルドゥークの爪に吹き飛ばされ、気を失う。

 フライアで端末を操作するラケルは最後に一言だけ呟いた。

 

 

――おやすみ、ロミオ。『新しい秩序』の中で、また会いましょう……

 

 

 再びジュリウスへとマルドゥークが迫る。

 今度は本気でトドメを刺すのか、十三体のガルムも一緒だった。二人でかなり倒したつもりだったが、相手が多すぎる。

 肋骨が折れ、内臓も損傷して口から血を流すロミオは、気力のみで立ち上がり、気絶しているジュリウスの前に立った。そして残るすべての力を振り絞り、いつもより重く感じるバスターブレードを構える。

 

 

(守らないと……)

 

 

 ジュリウスが倒れているのは自分の責任だ。

 説明もなく勝手に飛び出し、ジュリウスを巻き込んでしまったのである。感応種マルドゥークに加えてガルムが十三体。赤い雨が降っている以上は救援なんて期待できるはずもない。頼れるものは自分と手に握る神機のみである。

 

 

(守る……ための力を!)

 

 

 だからロミオは願う。

 今だけでもいい。

 いや、全ては今のために。

 力を貸して欲しいと神機に願った!

 

 

「う……うおおおおおっ!」

 

 

 バスターブレードが紅く染まり、ブラッド特有の強力な感応波が神機と共鳴する。ロミオの願い……つまりは意思に応えた神機は、その力を解放してアラガミを倒す力を発揮した。

 高密度オラクルによる深紅の一撃が地面を走り、マルドゥークへと迫る。

 しかし、マルドゥークはその俊敏さによって回避し、後ろのガルムを代わりに倒した。

 

 

(ちく……しょう……)

 

 

 初めてのブラッドアーツ発動で、ロミオは大きく消耗している。マルドゥークの狙いをジュリウスからロミオに変えることは出来たようだが、ロミオ自身が回避できない。大質量を有するマルドゥークが、その俊敏さを生かした突進を仕掛けようとしていたにもかかわらず、装甲を展開することすら敵わない。

 ロミオはなす術もなく吹き飛ばされる―――

 

 

「頑張ったねロミオ」

「……え?」

 

 

 ―――ことはなかった。

 運命の歯車を狂わす最強の研究者がマルドゥークの突進を片手で受け止めていたのだ。ラケル・クラウディウスに運命を狂わされたシスイが、奇しくもラケル・クラウディウスの定めた運命を狂わせる。

 シスイは過剰にオラクル細胞を活性化させた左手一本でマルドゥークの頭を掴んでいた。突進で加えられた全ての運動エネルギーは腕に集約されたオラクルの噴出によって相殺されたのだ。

 

 

「さて……雑魚(ガルム)を従えた程度で調子に乗っている狗が――」

 

 

 シスイは左腕に力を込めてマルドゥークを浮かせる。そして同時に右手に持つヴァリアントサイズに含まれるノヴァの因子を活性化させた。

 

 

「――調子に乗らないでくれるかな?」

 

 

 そして無造作にヴァリアントサイズを振るう。マルドゥークは真っ二つに裂けると思われた。

 

 

「グガッ!」

 

 

 しかし、横槍にガルムが二体飛び込み、マルドゥークを吹き飛ばす。それによってガルム二体がヴァリアントサイズの餌食となった。

 

 

「小賢しいね。死ねよ」

 

 

 シスイは左手でオラクル狙撃弾を作り出し、発射する。避けきれないと悟ったマルドゥークはそれを右のガントレットで受けた。当然のようにガントレットは結合崩壊する。

 そしてマルドゥークは恐怖に突き動かされるようにして強力な感応波を放ち始めた。

 

 

「グ……グオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 残っている十体のガルムが一斉にシスイ、そして背後のロミオへと襲いかかる。だが、シスイは冷たい視線を向けながら左手を差し向けた。

 最も攻撃力の高いオラクル槍を発射し、三体のガルムが紅い結晶のような槍に貫かれる。そして内部から成長した結晶槍に喰い荒らされ、一瞬でコアごと破壊された。そして右手のヴァリアントサイズを咬刃を伸ばしながら地面と水平に振るい、ガルム五体を上下真っ二つに変える。

 それを見た残り二体は、急制動でシスイから離れた。

 

 

「スゲェ……」

 

 

 ロミオは赤い雨に濡れながら呟いた。

 感応種マルドゥークを難なく退け、大型種のガルムをあっという間に十体も討伐してしまったのだ。そんな言葉が漏れてしまっても仕方ない。

 ロミオは手に持った神機をさらに固く握った。

 しかし、マルドゥークはまだ諦めない。脅威となるシスイを始末するために、何よりロミオを殺すという地球の意思を体現するために逃げることなく感応波を増大させる。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 

 

 ガルム、ヴァジュラ、ボルグ・カムラン、サリエル、クアドリガ、ハンニバルの大型種を始め、コンゴウ、グボログボロ、ウコンバサラ、ヤクシャ、ヤクシャ・ラージャ、シユウといった中型種、更に小型種は数えきれないほど。

 これだけでなく、各種堕天種、ディアウス・ピター、プリティヴィ・マータ、テスカトリポカ、アイテール、スサノオ、ツクヨミ、カリギュラ、ハガンコンゴウ、セクメト、ラーヴァナといった接触禁忌種までも呼び寄せたのである。

 そのことはシスイが繋いでいた通信によってもたらされた。

 

 

『大変ですシスイさん! 接触禁忌種を含めた大量のアラガミが接近しています』

「数は?」

『数えきれません!』

「じゃあ、質問を変えます。百体は越えてますか」

『越えています。いえ、下手すれば五百体を越えているかもしれません』

「そうですか。となると、ロミオやジュリウスを守りながら戦うのは難しいね……」

『あはは……勝てないとは言わないところがシスイさんらしいですね』

 

 

 僅かに聞こえたその通信を聞いてロミオは頭が真っ白になる。

 自分たちがシスイの邪魔になっていることを悟ったからだ。ジュリウスを巻き込んだ上にこうして助けてもらい、更に邪魔にすらなっている。

 そのことはロミオ再び願いを燃え上がらせた。

 

 

(俺にも……力を!)

 

 

 そして願いは神機と共鳴し、先のブラッドアーツを思い起こさせる。

 既に力の解放は出来ているのだ。

 あとは思い出すだけである。

 

 

「俺に守る力を寄越せ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 途端に、ロミオから強力な感応波が放たれる。それもマルドゥークの感応波を塗りつぶすほどの圧倒的な出力で。

 以前にシスイが推測していた通り、元からロミオに秘められた力は膨大だった。その力を馴染ませるためにずっとロミオの中で眠っていた『血の力』は、今ロミオの意思を受けて芽吹いたのである。

 ヒカルの『喚起』と異なり、圧倒的な出力によって強制的にオラクル細胞へと干渉する力。その力を受けたシスイすらも両腕のオラクル細胞が沈静していくのを感じたほどである。

 

 

「ロミオ……?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 マルドゥークを含めた全てのアラガミはロミオの『圧殺』を身に受けて鎮静化される。そしてその干渉範囲から逃げるかのように、全てのアラガミが逃げ始めたのだ。

 そんなロミオの放つ魂の叫びを聞いたジュリウスも目を覚まし、凄まじい『血の力』を発するロミオを見て絶句する。これまでにない強烈な力を目の当たりにして目を覚ましても尚、立ち上がれずにいた。

 

 

「おおおおおおおおおおおぉぉ……ぉぉ……ごはっ……」

 

 

 そして無理をして力を出し切ったからだろう。

 元から内臓を損傷していたロミオは血を吐いて倒れた。

 

 

「ロミオ……ロミオ!」

「く……流石に応急セットしかもっていないぞ!」

 

 

 倒れるロミオをシスイは慌てて抱き留める。そして白衣を脱いで地面に敷き、そこに寝かせた。右腕の折れているジュリウスもどうにか立ち上がり、痛む体を無理やり動かしてロミオに近づく。

 

 

「とにかく傷を塞ぐよ。回復錠は飲めるかい?」

「……うっ……ごふっ」

「しっかりしろ……ロミオ!」

 

 

 再び血を吐いたロミオを見てジュリウスは慌てて側まで寄った。そしてロミオの左手を取って必死に声をかけ続ける。

 

 

「頼む、目を開けてくれ!」

「ジュリウス……ごめん」

「何を言っているんだ!」

「なぁ……ジュリウス……爺ちゃんたちは……?」

 

 

 これだけ傷ついても尚、ロミオは他者の心配をする。

 それを聞いたジュリウスは泣きそうになりながらシスイの方を見た。ずっと無線で状況を聞いていたシスイは頷きながらロミオに答える。

 

 

「無事にシェルターへと避難したよ。君のお陰だロミオ」

「へへっ……そっか……よかった……」

「くそ! 脈が低下している」

「どうにかならないかシスイさん!?」

「僕は医術の心得も多少しかないし、ここには設備もない。もう、ゴッドイーターとしての生命力にかけるしかない!」

 

 

 シスイは研究者であり、ある程度は人体についても詳しい。新型神機の研究でも、人体については一通りのことを修めた。しかし、それは医療に応用できる知識ではなく、更に施術できる設備も道具もない。

 今のシスイが持っているのは消毒薬、縫い針、痛み止め、そして包帯ぐらいなのだ。

 どう考えても重症者を治療する道具ではない。

 精々、痛み止めでロミオの苦しさを軽減させる程度が限界だろう。

 

 

「ジュリ……ウス………ごめんな」

「もういいんだロミオ! もう喋らなくていい!」

「勝手に飛び出して……みんなに迷惑をかけて……」

「いいんだ……! それ以上、喋らないでくれ……」

 

 

 ジュリウスが必死に手を握って呼び止めるも、ロミオの脈は低下していく。遂にシスイは自身のオラクル細胞を利用してロミオの内側にある偏食因子を活性化させ始めた。これは研究中の技術『リンクエイド』であり、使用するシスイすらも大きく消耗する。自らの偏食因子を変換しつつ与えることで相手の偏食因子を活性化させ、回復を促すのだが、自身の偏食因子を与えるということは自分の身を削ることに等しい。

 だからこそ未発表の欠陥技能なのだ。

 しかし、今はそうも言ってられない。研究中で危険性のある技術だったとしても、今のロミオに出来るのは『リンクエイド』しかなかった。

 

 

「く……ぐぅ……耐えてくれよロミオ……」

「はぁ……げほっ……」

「戻ってこいロミオ! お前は……まだ……」

「ごめんなジュリウス……俺、弱くてごめんな……」

「ダメだロミオ! 君は強い! あれほどのアラガミを追い払っただろう! まだ君には生きて貰わなければ困る」

「そうだロミオ……頼むから逝かないでくれ……」

 

 

 だが、無情にもロミオの体から力が抜けていく。

 リンクエイドを駆使しても、ロミオを回復させることは敵わなかった。身体へのダメージ、ブラッドアーツの発動、更には広範囲に及ぶ『血の力』の発動もあって、ロミオの体は転がり落ちるように死へと向かっていた。

 幾らシスイが偏食因子を活性化させても、元の出力が足りずに回復が望めない。

 そして遂にロミオは意識も消え始めた。

 

 

「ロミオ……」

「こんなところで終わらせないぞロミオ! 帰って来るんだ!」

「頼む……逝くな……目を開けてくれ」

「折角ブラッドアーツを使えたんだろう! 『血の力』も使えるようになったんだろう! ここでお前は死ぬような奴じゃないはずだ!」

 

 

 それでもロミオは力なく目を閉じていく。

 もうだめかともシスイは感じていた。だが、一方でそれでもこの運命を覆すだけの策を考える。自分の知識を総動員し、全ての知恵を働かせてロミオを助けるために考える。

 

 

(都合のいい薬なんてない……何が出来る? 僕が出来るのはリンクエイドだけだ。それもロミオの偏食因子が上手く回復方向にまとまらないと―――)

 

 

 そこまで考えてシスイはふと思いつく。

 偏食因子を効率的に操り、強制的に活性化させる手法を思い出したのだ。

 

 

「ジュリウス! ロミオに対して『統制』を使ってくれ!」

「何……?」

「早く! 時間がない」

「っ! 分かった!」

 

 

 ジュリウスはすぐにロミオへと手を翳し、『統制』を発動した。味方の偏食因子を効率的に操り、波長を合わせることで強制的に覚醒させる能力。これによってロミオの体内でバラバラになっていた未活性の偏食因子も『バースト化』によって強制活性させた。

 こうなればシスイのリンクエイドも効果を発揮する。

 ジュリウスが纏め上げ、シスイが回復方向に指向性を与える。次第にロミオの傷口が塞がり始めた。

 

 

「諦めるのは早いよロミオ!」

「俺たちブラッドは家族なんだ……一人でも欠けたら意味がないんだ……だからロミオ」

『帰ってこい!』

 

 

 シスイとジュリウスの声は重なり、その行使する力も重なる。

 ただ、ロミオを助けるために二人は全力で残る力を使い続けた。削り取られる偏食因子と体力で疲労するシスイ、そして傷つきながらも最後の力で『統制』を発動させる。

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ふふふ、貴方は私に逆らうのですね……シスイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ごめんなさいぃっ! 頑張り過ぎて一万字を越えてしまいました。


取りあえずこんな感じです。
ハルさんは……まぁ頑張れってことで

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