本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP29 災いの種子

「へ? ナナが『血の力』に覚醒した?」

「そうなんっすよシスイさーん!」

「珍しくロミオが話しかけて来たと思ったら……」

 

 

 シスイは接触禁忌種討伐のために単独で長期任務へと出ていたのだが、その間にブラッドの香月ナナが『血の力』に覚醒したらしい。『誘引』というアラガミを引き付ける能力であり、タフさが売りのナナにピッタリと言える能力だった。

 ブラッドアーツも威力優先で、攻撃力にも磨きがかかっている。

 これでブラッド隊の中ではロミオだけが覚醒していないことになった。

 

 

「ラケル……博士には相談したの? あの人が専門でしょうよ」

「いや、その……『貴方には貴方の時があるのです。慌てず、待ちなさい』って言われて……」

 

 

 シスイもブラッドに関する研究資料は貰っている上に、ある程度の解析もしている。しかし、『血の力』を覚醒させるというのは無理な話だ。そういうのは『喚起』の力を持つ神威ヒカルに言うべき相談である。

 

 

「ヒカルに言った?」

「言える訳ないじゃないですか! 『血の力』に目覚めないのは俺が悪いんだ! ヒカルの責任じゃない」

「それもそうか。確かに、ヒカルの能力はあくまでも覚醒を促すものだからね。結局は本人にかかっているといっても過言じゃない」

 

 

 そう言いつつも、シスイは手持ちのタブレット端末からデータベースを広げて、ブラッド隊に関する資料を開く。そしてそこから解析した結果や、ヒカルの持つ『喚起』について軽く説明を始めた。

 

 

「いいかい? ブラッドの偏食因子は、通常よりも強力なんだ。正確には人間の意思を受け付けやすく、増幅しやすくなっている。だからこそ、人の意思を受けてオラクルが反応し、感応現象を通して特殊な力を発することが出来るってわけ。ここまではいい?」

「お、おう。ジュリウスより分かりやすいぜ」

「そうかい? まぁ、それはいいとして、このブラッドの力は覚醒しなければ発動しない。そして覚醒とは偏食因子が神機使いの意思に馴染んだ状態を意味する。これは何度も神機を握り、戦場に出ていれば自然と馴染むだろうね。普通の覚醒はこういう過程を踏むから、時間がかかる。才能のあるジュリウスでも一年以上かかったらしいよ」

「マジかよ……」

「で、それを解決するのが『喚起』ってわけ。ヒカルの『喚起』は覚醒に至るまでの壁を一気に飛び越えるだけの力を持っている。馴染み切るまでの過程をすっ飛ばして一気に覚醒するんだ。ただし、『喚起』はあくまでも覚醒を助けるものだからね。何と言うかな……そう、感情が爆発するような、そんな強い意志が起爆剤となって初めて発動する」

「感情の爆発……かぁ」

 

 

 ロミオはそう言って溜息を吐く。

 シエル、ギルバート、ナナのように、ロミオ自身が過去に何か抱えているなんてことはない。マグノリア・コンパス出身の孤児ではあるが、持ち前の明るさで常に前を見て来た。

 今のブラッドも幸せだし、ブラッドのために役立ちたいとさえ思う。

 だからこそ、自分だけが『血の力』に目覚めないのは心が痛かった。後輩であるヒカルやナナにまで置いていかれては面目すらない。ロミオは焦っているのだ。

 

 

「俺にそんなことが出来るかな……」

「他にも要因は考えられるよ。もしかしたらロミオだけが原因じゃない可能性もある」

「……それは?」

「単純に、秘めている力が強力だって可能性だよ」

 

 

 シスイはそう言ってブラッド各員のデータをタブレットに映した。そして偏食因子と感応波のグラフを並べて見せながら説明を続ける。

 

 

「まず、ヒカルの『喚起』は自分自身にも働く。どうやら潜在的にそういう可能性を秘めていたから、彼は早期に覚醒したらしいね。それで、彼の感応現象としての力はそれほど強い訳じゃない。何故なら、『喚起』は感応現象の相互作用によって力を増幅する能力だからね。対象の力を存分に利用するから、ヒカル自身の感応波の強度はそれほど高い訳じゃない」

「マジかよ……」

「逆にナナの感応波は強力すぎだね。アラガミを広範囲に引き付ける能力……『誘引』は強制力のある力なんだよ。だから、強い感応波で相手を操る必要がある。だから出力は高いね。こういったタイプは覚醒までの壁が高いから、『喚起』がなければ数年以上も覚醒しないままだったかもしれない。彼女の場合はゴッドイーターチルドレンだし、適応力が高いからもう少し短くなるとは思うけどね」

「そうか……つまり俺もナナみたいに覚醒しにくい『血の力』を秘めているってことか!」

「ま、その可能性は高いだろうね」

 

 

 今は覚醒していないが、覚醒さえすれば大きな戦力となる。それを聞いてロミオはニヤケ顔を隠せなかった。

 事実、ロミオはこれでも一年以上もゴッドイーターをしている。そろそろ感応波に影響が出始めてもおかしくないレベルだ。それで何も変化なしということは、やはり相応の力を秘めているからだろう。

 少し気が晴れたロミオはスッと立ち上がり、一礼した。

 

 

「シスイさん相談に乗ってくれてありがとう! 俺、頑張るよ!」

「うん、まぁ、死なないようにね」

「はは、勿論だぜ!」

 

 

 ありきたりだが、ゴッドイーターも死んではどうにもならない。力を求め、強さを求めるのは道理。しかし死んでしまっては意味がないのである。

 かつては常に死線と共にあったシスイとしては、絶対に伝えておきたいアドバイスだった。

 ロミオは笑顔で頷き、どこかへと去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ロミオから相談を受けた一週間後。

 シスイは久しぶりに暇を持て余してミッションへと出かけた。いつもは忙しく研究しているのだが、現在は大方のテーマが片付き、かなり余裕が出来たのである。

 メインでやっていたリンクサポートデバイス、またブラッドバレットに関しては目途がつき、特にリンクサポートデバイスはリッカが論文をまとめたので後は結果待ちという状態である。ブラッドバレットはブラッドの研究に対しても一役買うことになり、かなり良いデータが集まった。取りあえずは完成なので、これ以上は特にすることもない。

 残っている大きなテーマとして、かねてから開発していたレイジバーストシステムがある。神機の力を瞬間的に開放することで、本来は制限している分まで引き出す。およそ十倍にもなる強化を得られるという破格のブースト機能だ。

 解放はまだしも、再封印に問題があったので研究していたのだが、これも目途が立ち始めている。

 神威ヒカルの『喚起』だ。

 感応現象によって神機と使用者の間に契約を創り出す。それを誓約として制限解放の時間を決めるのだ。例えば誓約一つに付き十秒の解放……のように定めておくと、時間経過によって自動的に再封印がされる。

 問題はこの契約なのだが、それは『喚起』の力によって神機との繋がりを強化し、感応現象を楔として作用させれば理論上は可能である。

 ブラッドのお陰で止まっていた研究もかなり進んだ。

 まさにブラッド様様である。

 

 

「さてと、これでテスカトリポカも討伐完了か……」

 

 

 感応種はブラッドが討伐してくれているので、シスイは接触禁忌種を狩ることが多い。偶に中型感応種を相手にすることもあるが、それはブラッドが別任務で出ている時だけだ。

 そろそろ大型感応種の研究資材も減ってきたので、今度にでもブラッドと一緒に狩りに出かけようかと画策する。

 シスイは倒れたテスカトリポカの上に座りながらそんなことを考えていた。

 するとそこへ、ヒバリから通信が入る。

 

 

『シスイさん。今大丈夫ですか?』

「どうしました? アラガミが乱入してきた感じですかね?」

『いえ、ロミオさんがアナグラを飛び出してしまって……それでシスイさんに探して欲しいんです。実は赤い雨が降りそうなので、こちらからは人が出せず……』

「了解。腕輪反応は?」

『北の地区ですね。詳細はシスイさんの端末に送ります』

「すぐに向かいますね」

『ホントにすみません。ブラッドの方々もそう言っています』

「気にしなくてもいいと伝えておいてください」

 

 

 そう言ってシスイは通信を切る。

 少し上を見上げると、遠くに赤い雲が見えた。一時間もしない内に赤い雨が降り出すだろう。あの赤乱雲は移動速度が速く、遠くに見えたからと言って油断してはいけない。だからこそ、ゴッドイーターは赤乱雲の発見と同時に撤退が許されるのだ。

 シスイは赤い雨の中でも動けることが知られているので、その辺りは適応されない。いや、撤退しても良いことにはなっているが、撤退することはない。

 今回もその体質を利用してロミオを迎えに行くという話だった。

 

 

「まったく……ロミオもなにやってんだか」

 

 

 シスイはロミオがアナグラから飛び出した経緯を知らないので、どうしてこうなったのかと首を傾げる。心当たりがあるとすれば、『血の力』が目覚めないことでグレたという線だろう。この前も相談に来たぐらいなので、結構気にしているはずだ。

 テスカトリポカの上から飛び降りたシスイはタブレットを開き、ロミオの座標を確認する。ここからだとシスイが走っても三十分は掛かるだろう。距離にすれば十キロぐらいか。

 車やヘリで移動する程でもないのでそのまま動くことにした。

 

 

 

「それにしても、この辺りは意外とアラガミが少ない」

 

 

 最近はアラガミにも分布があると分かってきたので、こういったこともシスイは気になる。あのラケル・クラウディウスの研究結果という点だけは素直に喜べないものの、役に立つことは確かだった。

 この付近は対アラガミ装甲壁の外部に住む人たちが集まっている。サテライト拠点も現状では不足しているので、あぶれてしまう人がいるのは仕方ない。しかし、こういった場所で不安になりながら過ごすのは気持ちの良いものではないだろう。

 クレイドルの活動が一刻も早く届くことを願うばかりである。

 そうして偶に見かけるアラガミを瞬殺しながら移動すること四十分。余計な寄り道をしたので想定よりも時間がかかってしまったが、ようやくロミオを見つけることが出来た。

 

 

(ロミオと……一般人かな?)

 

 

 遠くから見ると、ロミオは一般の老人と話しているらしい。そして空を見上げながら少し会話した後、二人はすぐそこにある古い建物へと入っていった。

 赤乱雲が見えるので、建物内部に避難したのだろう。

 避難させて貰えて何よりである。外壁の外に住む者たちは、内部に住む者たちを良く思っていないことが多い。中にはゴッドイーターをフェンリルの狗といって蔑む人々だっているのだ。逆恨みで赤い雨の中に放り出す者がいても不思議ではない。

 勿論、殺すつもりで放り出す者はいないだろう。だが、『自分じゃなくても誰かがやってくれる。家にゴッドイーターをいれるなんてまっぴらだ』という考えで拒否する者は必ずいるのだ。そういう者たちばかりしかいないと、結果的に誰の家にも入れて貰えなくなる。

 ロミオは運が良かった。

 尤も、その場合はシスイが助けに入ったが。

 

 

「まぁ、何にしてもロミオにも事情があるんだろうね。神機も持たずに飛び出すぐらいだし。頭を冷やすためにも僕は顔を見せないでおこうか」

 

 

 偏食因子の投与期限も迫っているらしいが、明日までならば安全圏だ。雨が止まなかった場合はシスイが走って往復しようと決意する。

 ロミオが安全であることを確認したシスイはそのまま極東支部に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 クジョウ博士は無人神機兵の開発責任者である。彼は気が弱く、コミュニケーション能力が低い。そのため他の科学者との連携が下手であり、どうにも出世できない人物だった。何を開発するにしても自分一人の力でやってしまおうとするのだ。それだけの地力があるのは確かだが、やはり科学者としては限界が訪れる。

 

 

――やはり上手くいかない。

 

 

 以前に無人神機兵のテストをした際、無人制御が上手く働かずにテスト機が故障してしまった。その時はブラッド隊のフォローがあったので助かったが、次も同じようでは無人神機兵への予算も降りなくなる。

 ただでさえ、有人神機兵の研究に一歩先を行かれているのだ。さらに人脈の広いレア・クラウディウスが開発責任者と来た。これでは置いていかれる一方である。

 そんな時、クジョウはメールで呼び出しを受けた。

 それがラケル・クラウディウスである。一応は対立しているレア・クラウディウスの妹であり、多くの研究成果を残す有名な博士だ。そんな彼女が自分を呼び出した理由を考えてクジョウは首を傾げた。

 しかし、無人制御のアイデアが纏まらないのも事実。

 気分転換も兼ねて呼び出しに応じようと決意した。

 ただ、彼の決意はラケル・クラウディウスの研究室の前で折れようとしていた。

 

 

(わ、私のような者が入ってよいのだろうか……)

 

 

 実はあのメールは間違いだったのでは……

 そう思い直してタブレット端末から自分のメールボックスを開く。やはり自分宛にと名前が入っているのでアドレスを間違えたわけではないだろう。

 しかし不安だ。

 だが、ラケルの部屋の前でウロウロしているのも怪しい。ただでさえ、自分の挙動が不審者っぽいことは自覚しているのだ。

 

 

(ええい! ここは度胸!)

 

 

 心の内で一括入れてからノックする。

 すると、中から声もなく鍵が開いた音がした。これは入れということだと判断して、クジョウは扉を開ける。するとラケルは薄い笑顔で迎えた。

 

 

「あら、わざわざお呼び立てして申し訳ありませんね……クジョウさん?」

 

 

 良かった。

 間違いではなかった。

 そんな思いでクジョウは部屋の中を進んでいく。

 

 

「いえ、あの……恐縮です! むしろ私なんぞに、何か用事が……?」

 

 

 問題はそこである。

 呼び出された理由はさっぱりわからない。通常、研究についての話がある時は、話がある方から部屋に赴くのが礼儀だ。ただ、ラケルは脚が悪く、さらに研究者としての立場もクジョウより上である。

 一方的な呼び出しは多少失礼ではあるが、許される範囲だ。

 ただ、緊張しているクジョウはそんなことを考える余裕などなかったが。

 頭を掻きながら不安げに言葉を漏らすクジョウに対し、ラケルはクスリと笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「ご謙遜を……クジョウさんはフェンリルでも指折りの神機兵開発者じゃないですか。むしろ、姉や私がご迷惑をかけていないか……」

「いえいえ! 滅相もございません!」

 

 

 クジョウは慌てて否定する。

 そして必死になって身振り手振りを加えながら言葉を続けた。

 

 

「貴女がたとは良き……そのライバルで……いや! その、そんな烏滸がましいものでもなく……」

 

 

 どうにも緊張しすぎているのか、しどろもどろになっている。考えがまとまらず、額からは幾つもの汗が浮かんでいた。焦って意味もなく眼鏡を直したりと、挙動不審過ぎである。

 しかしラケルはそんな彼を見なかったことにしたようだ。

 不敵な笑みで本題へと入る。

 

 

「ふふ……光栄ですわ。今日はお見せしたいモノがあるので、出来ればこちらの方にいらしてください」

「え? は、はぁ……」

 

 

 ラケルは操作している端末の画面を見せたいらしい。

 クジョウは素直に応じて、ラケルの側に寄り、画面の内容を見た。それは専門的なグラフやプログラム群に加え、理解不能な設計図……普通なら意味不明だが、クジョウはそれが何かすぐに理解できた。

 

 

「これは……! まさか神機兵の生体制御装置!?」

「さすがはクジョウさんですわ! 貴方が進めている自律制御技術のお役に立てればと思いまして……これも……」

「まさに私が追い求めていた答えそのもの! これは、ブラッドに偏食因子に関係が……!?」

「ええ、感応現象による教導効果と、極東で得た研究成果の二つを組み合わせた結果、辿り着いたものです。細かい点は後でドキュメントを見て頂きますが―――」

 

 

 これはクジョウの固定観念を引っ繰り返す成果だった。

 初めから完璧なAIを作ったりする必要はないのである。学習するプログラムを作り上げ、感応現象による共鳴で全ての神機兵をリンクさせる。すると神機兵は加速度的に強化されるという仕組みだ。

 さらに、このシステムには更なる利点がある。

 それはブラッドの戦闘術をそのままインプットできるという点である。神機兵もオラクルの制御装置を使っているので、感応現象の影響を受ける。ブラッドの持つ強力な感応波を受信し、その戦闘術をコピーしてアルゴリズムに取り入れるのだ。

 計算上、最短で一か月もかからずにブラッドを越えることになる。

 クジョウは思わず画面を見入ってしまった。

 そんなとき、不意打ちでラケルはクジョウの手に触れる。

 

 

「クジョウさん。これらの研究を引き継いでくださいませんか?」

 

 

 まさに渡りに船。

 喉から手が出るほど欲しいデータだ。

 

 

「引き継ぐも何も……こちらとしては願ったり叶ったりで……いや、しかし……」

 

 

 そう、しかしクジョウには同時に疑問でもあった。

 一応、ラケルの姉は有人制御の神機兵開発に力を入れており、クジョウとは対立する立場である。その妹であるラケルがクジョウに加担してよいのか……

 そんな思いが心に渦巻く。

 しかし、そう問いかけると、ラケルは視線を落として儚げに口を開いた。

 

 

「そんな野暮を……答えなくてはならないのですか……?」

 

 

 思わせぶりな発言にクジョウはドキリとする。もはや心の内はオーバーヒート寸前であり、殆ど思考が回らなくなっていた。もはや口から出る言葉は意味のない単語の羅列であり、クジョウ自身ですら何を言っているのか、何を言いたいのかも分からない。

 そんなクジョウに追い打ちをかけるようにしてラケルは続ける。

 

 

「……ならば一つだけ条件があります。私ではなく、貴方が開発したということにして下さい。優れた技術は必ず世に出るべきです。でも……姉はたった一人残された肉親。出来ることなら嫌われたくありません」

 

 

 俯きながらそんなことを述べるラケルに、クジョウも動揺してしまう。その条件は科学者として致命的な不正だが、相手が良いと言っているなら……そんな欲望すら沸き上がる。

 だが、ラケルがレアのことを出した時点でクジョウは心を決めた。

 

 

「俗物的で申し訳ありませんが―――」

「いえ、よくわかりました! あなたの研究に対する真摯な態度、お姉様に対する愛情、どちらも感服いたしました!」

「クジョウさん……ありがとうございます。データはここで出力してお渡しいたしますね!」

 

 

 表情を明るくしたラケルは、早速とばかりにデータを記録デバイスへと移していく。笑顔を浮かべたラケルを見て、クジョウは良い選択をしたと自己満足していた。

 それと同時に、すこし別の欲望も沸き上がる。

 

 

「お約束は必ず守ります……ラケル博士、それでですね、あの……もしよろしければ、これを機にお近づきになれればと……」

 

 

 クジョウはその笑顔に惚れてしまった。

 分不相応なのは理解しているが、それはどうしようもない感情だった。故に自分を抑えきれず、いつもの淀んだ空気を踏み越えてみたのだ。

 だが、ラケルはクジョウの言葉を無視して端末を操作し続ける。

 全く反応がなかったので、クジョウは改めて声をかけた。

 

 

「あの、ラケル博士?」

「……はい? 何かおっしゃいましたか?」

 

 

 ラケルはさも聞こえなかったかのように振る舞う。そして何事もなかったかのように、データをコピーした記録デバイスを差し出した。

 酷い悪女である。

 しかし、気の弱いクジョウはこれで一気にフェードアウトしてしまった。

 

 

「いえ……あの……なんでも……」

 

 

 クジョウは記録デバイスを受け取り、そのまま研究室へと戻っていったのだった。

 そして残念そうにクジョウが部屋を出ていった後、ラケルは怪しい笑みを浮かべながら呟く。

 

 

「さぁ、種は蒔きました……あとは芽吹きを待つだけです。王に奉げられる贄の舞台まで……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ナナのストーリーは全飛ばしです。原作知識ない人はごめんなさい。シスイと絡ませるのが難しかったんです……


そして安定のラケル博士。
クジョウ博士を掌コロコロします。

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