感応種をブラッド隊に任せるようになってから、シスイは余計な労働をしなくても良くなった。これまではシスイしか感応種を相手に出来なかったので、急に呼び出されて出撃命令が下ることも珍しくなかったのである。
今日も、エイジス島でクアドリガ二体を討伐すれば仕事が終わる予定だった。
「エリナ、エミール!」
「はい!」
「うおおおおおおお! 騎士道おおおおおおお!」
シスイが作った隙を突いて、新人のエリナとエミールが攻撃を加える。コウタは遠距離からクアドリガのミサイルを撃ち落とすことに専念しており、二人は安全に戦うことが出来ていた。
エリナとエミールがクアドリガを一体ずつ相手にしている一方、隊長シスイと副隊長コウタは一人で二体を相手に立ちまわっている。それもエリナとエミールの邪魔になることなく、ベストのタイミングで追撃できるように配慮していた。
これが経験の差、というやつである。
戦闘が始まってから十五分で、クアドリガ二体は討伐寸前となっていた。
「もう少しだよ!」
それぞれ一撃を与えたエリナとエミールが下がり、代わりにシスイが前に出る。そして攻撃モーションに移っていたクアドリガの前面装甲を切り裂き、ダウンさせた。二体は全身からオラクルを噴き出して倒れる。かなり弱っている証だった。
第一部隊も前線部隊として様になってきた。
こうして大型種を複数体同時に相手取っても余裕が生まれるようになったし、エリナとエミールも個人で大型種を倒せるようになりつつある。もう少し実力をつけたら接触禁忌種を討伐する任務に連れていくことも出来るだろう。現在はシスイが一人で討伐しているので、これで仕事に余裕が出来る。
本業である研究も捗るというものだ。
「とどめ!」
「エミールスペシャルウルトラああああ!」
これで終わり。
シスイとコウタもそう思った。
しかし次の瞬間、遥か上空から深紅の流星が落ち、大きな音を立ててクアドリガ二体を粉砕する。その衝撃でエリナとエミールはおろか、シスイとコウタまでも吹き飛ばされた。
「くっ……皆は大丈夫!?」
シスイがすぐに確認すると、エリナが神機を杖のようにして立ち上がりながら頷いているのが見えた。別の場所では気絶したエミールをコウタが助けている。
「エリナはコウタとエミールの所に行って護衛を。その間に僕が前に出る」
「わかりました隊長!」
回復錠を噛み砕いたエリナは、駆け足でコウタとエミールのもとに向かう。どうやらエミールは本格的に気を失っているらしく、コウタに肩を貸されている状態だった。このままではコウタもエミールも戦闘には参加できないだろう。
そしてシスイは赤い水晶のような刃を持つヴァリアントサイズを構え、クアドリガ二体を粉砕した流星の正体へと目を向ける。
その姿には心当たりがあった。
「ルフス・カリギュラ……」
以前に第四部隊長、真壁ハルオミが言っていた復讐相手。
深紅の体表を持つ変異種のカリギュラだった。背中にはロングブレードの神機が突き刺さっており、所々に傷も見える。正確には、修復した傷跡と言った方が正しい。恐らくは回復のためにアラガミを喰らい、今回はクアドリガ二体を捕食するために現れたのだろう。
現に、今も第一部隊を無視してクアドリガだった残骸を貪っている。
(ハルさんにも知らせた方がいいよね……僕だけでも倒せると思うけど、約束もあるし)
ルフス・カリギュラに遭遇したらハルオミに知らせるという約束をしている。こちらも命が掛かっているので必ず守れるとは思っていなかったが、可能な限りは守るべき約束だ。
それに、現在はエミールも気絶しているので、撤退が作戦として正しい。
ここは引き下がり、ついでにハルオミにも情報を伝えるべきだろう。
シスイはヒバリに通信を入れた。
「こちらシスイ。想定外のアラガミに遭遇しました。僕の記憶が正しければこいつはルフス・カリギュラという変異個体です。第一部隊はエミールが気を失い、エリナも負傷しています。撤退するので、コイツを追撃するための援軍を出してください」
『わかりました。ヘリを使ってすぐに帰投してください。援軍にはブラッド隊を―――』
「いや、ハルさんに頼めますか?」
『―――分かりました』
一瞬、ヒバリが息を飲んだことが通信機越しでも分かった。先程は動揺してブラッド隊に援軍を任せようとしていたが、ヒバリもハルオミからの頼みごとを思い出したのである。
ハルオミは隊長格やオペレーターにはルフス・カリギュラを見かけたら教えるようにと頼んでいた。だからこそ、ヒバリもシスイの提案をすぐに飲み込んだのである。
「僕が押さえておきます。その間にハルさんと……プラスして二人か三人ほど呼んでください」
『分かりました。決して無茶はしないでくださいね』
「勿論」
折角見つけたルフス・カリギュラを逃すことはない。
背中のブースターで高い機動力を持つカリギュラは、目を離した隙に何処かへと消えてしまう可能性すらあるのだ。ここで足止めする人員も必要となる。
コウタたちは撤退させるので、必然的に残るのはシスイだ。
「コウタ! 二人を連れてアナグラに戻ってくれ!」
「分かった。絶対に死ぬなよ!」
エリナは何か言いたそうだったが、コウタはシスイの実力を熟知しているので問題ないと結論付けた。そして有無を言わさず、エミールを抱えて走り出す。ルフス・カリギュラがクアドリガを捕食している今が逃げるチャンスである。
(絶対に死ぬんじゃねぇぞ!)
コウタは内心でそう思いながら撤退するのだった。
◆◆◆
「なんだと!?」
ヒバリから連絡を受けた任務中のハルオミは思わずその場で叫んだ。
しかし、ここはアラガミと命を奪い合う戦場である。そんな隙をアラガミが逃したりはしない。
「グオオオオオオ!」
「ちっ!」
ラーヴァナというアラガミが炎を吐き出した。ハルオミはギリギリで反応して避けるも、その熱で少しばかり顔を顰める。本当ならこのまま反撃に移りたいところだが、ルフス・カリギュラが現れたという事実から行動できずにいた。
代わりに唯一の隊員である台場カノンがラーヴァナを爆破する。
「あははははは! 死んじゃえ!」
相変わらずのバーサーカーっぷりだが、今のハルオミにはどうでも良かった。思考が冴えわたり、今するべきことが自然と溢れ出る。そしてそれは一瞬のうちに行動として現れた。
「すぐに帰るぜカノンちゃん」
そう言ったハルオミは神機を水平に構えて、その場から消えた。一切の無駄をなくし、遊びの要素を取り除いたハルオミの本気。ベテランの彼だからこそ出来る熟練の狩り技だ。
一瞬にしてラーヴァナの首が飛び、コアがむき出しとなる。ハルオミはそれを
「急ぐぞカノンちゃん!」
「はわわわ!? 待って下さいハルさ~ん!」
バーサーカーモードの切れたカノンは、珍しく真剣な眼差しのハルオミを慌てて追いかけた。一方のハルオミは無言で帰投用ヘリに乗り込み、カノンが搭乗するのを待ってパイロットに急かす。
「急いで戻ってくれ! 大至急に!」
「あ、ああ。任せな」
パイロットもハルオミの剣幕に驚いたが、それでも淀みなく操縦してヘリは浮かび上がる。そして三十分と経たずにアナグラへと帰投したのだった。その間に機嫌の悪くなるハルオミは徐々に空気を重くしていったので、一緒に乗っていたカノンは顔を青しくていたのだった。
そしてようやく帰投したハルオミは急いでエントランスへと向かい、ヒバリからミッションを受注しようとする。如何に復讐とはいえ、ここは職場なのだ。勝手にルフス・カリギュラの元へと向かうことは出来ない。支部長命令によって任務中に更新があれば別だが、残念なことに今回はそれがなかった。
(一秒でも惜しい……アイツをこの手で始末する絶好のチャンスなんだ!)
そんな感情を抱きながらハルオミは疾走していた。
しかし、エントランスに到着すると、そこには言い争う神威ヒカルとギルバート・マクレインがいた。ハルオミとギルバートは以前にグラスゴー支部で一緒だった時期があり、ルフス・カリギュラは二人にとっての仇である。
ギルバートの尊敬する上司、そしてハルオミの妻だったケイト・ロウリーを死に至らしめたアラガミこそがルフス・カリギュラなのである。情報を得て動き出すのはハルオミだけではなかったのだ。
「これは俺の問題だ。副隊長は手を出すな」
「けど……」
ああ、お節介な野郎だ。
ハルオミはギルバートと共にルフス・カリギュラ討伐へと向かおうとしているヒカルにそんな思いを抱く。以前に酒のツマミとしてギルバートの過去についてヒカルに語ったことがあった。
フラッギング・ギル。
上官殺しとしての異名を持っていたギルバートだが、真相としてはルフス・カリギュラの攻撃によって腕輪機能を壊されたケイトをアラガミ化から守るために介錯しただけである。
しかし、それは本来ギルバートがすることではなかった。
アラガミ化したゴッドイーターへの対処は、そのゴッドイーターに思い入れのない特殊部隊の者がすることである。もしくは部隊の隊長の仕事だ。ギルバートは断っても良かった。
だが、上司ケイトの尊厳を守るために、完全なアラガミ化を待たずして始末をつけたのである。
その時から、ギルバートの心はその場所に縫いつけられていた。
ルフス・カリギュラを倒すまでは決して進めない。
それが今のギルバートだった。
「止めても無駄だ。俺は行くぜ」
そんなギルバートを見たハルオミは逆に冷静になれた。燃え上がるような感情も鎮まり、いつもの自分に戻る。そして二人の間に割って入った。
「お前一人で行かせるつもりはねぇぜ?」
「……ハルさん」
「言っておくが、俺だって当事者だ。文句は言わせねぇよ。そしてコイツは俺たちの手伝いをしたいと言ってるんだろ? 別に邪魔しようって訳じゃねぇ。どちらにせよ、放っておいてもついてくる。コイツはそんな奴さ」
それを聞いてギルバートも冷静になれたのだろう。
ギルバートにとってハルオミも尊敬する先輩にあたるので、その言葉には素直に従った。
「……分かった。頼む副隊長」
「勿論だ。それがブラッドだからな」
「ふん。違いない」
ヒカル、ギルバート、ハルオミの三人が追撃部隊として送られることになったのだった。
◆◆◆
ひたすらルフス・カリギュラを相手に時間を稼いでいたシスイは、体中に多くの傷を負っていた。大きな怪我こそないが、小さな切り傷は数えきれないほどになっている。
そこまでシスイを追い詰めている理由は、ルフス・カリギュラの速さにあった。
変異種であるルフス・カリギュラは、通常のカリギュラと比べて二倍速い。攻撃力も二倍はあるので、直接攻撃を喰らわなくても、余波でダメージを受けるほどだった。ブースターの出力も凄まじいので、これまでのカリギュラと同じ意識では一瞬で殺される。
正直、手加減しながら相手にするアラガミではなかった。
「まだですかねヒバリさん?」
『もう少しだけ持ちこたえてください。あと五分で援軍が到着します!』
倒すだけなら、シスイが本気を出せば足りる。しかし、ハルオミのために時間を稼ぐだけで、出来るだけ殺さないように相手していた。結果として傷が増えたのである。
「グオオオオオオオオオオ!」
「おっと……また来るね」
ブースターで大きく跳び上がったルフス・カリギュラは、急降下によってシスイへと迫る。両腕のブレードが閃き、空間を引き裂くような斬撃が地面を抉った。
ギリギリで避けたシスイはカウンターとしてルフス・カリギュラの右ブレードにヴァリアントサイズを叩き付ける。急降下中だったルフス・カリギュラはそれによって体勢を崩し、着地に失敗して地面を転がった。
本来ならここで追撃するべきだが、シスイは敢えて下がる。
目的はあくまでも時間稼ぎだ。
追い詰めて逃げられては本末転倒だし、間違って倒してしまったらハルオミに申し訳ない。だからこそ、シスイは進んで愚かな行動をとっていたのだ。
「ガアアアアアア!」
ルフス・カリギュラは深紅の炎を吐き出し、シスイを焼き尽くそうとする。素早い分、予備動作も小さいので範囲攻撃は回避が難しい。しかし、シスイは問題なく回避して見せた。
そして炎によってルフス・カリギュラの視界が潰れたことを利用し、死角から近寄ってヴァリアントサイズを叩き付けた。
「はぁっ!」
「ゴアッ!?」
そしてシスイはルフス・カリギュラへと再び接近し、背中に乗って突き刺さっている神機を手に取る。腕がアラガミ化しているお陰で、どんな神機でも扱うことが出来るのだ。普通ならば侵食が始まるのだが、シスイは問題なく神機を引き抜こうとした。
しかし、それよりも先にルフス・カリギュラが復帰する。
背中に刺さっている神機に触れられたことで、ダメージを感じたのだ。ルフス・カリギュラはシスイを振り落とそうとして大きく暴れる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「おわっ……く……」
「グルアアアアアアアアアアアアア!」
シスイは更に右手のヴァリアントサイズも突き刺して振り落とされないようにした。すると痺れを切らしたルフス・カリギュラは、ブースターを全開にして一気に空中まで飛び上がる。
これにはシスイも驚いた。
「うわ……マジ?」
眼下にはエイジスの全貌が見えるほど、空高く舞い上がっている。落とされでもしたら大怪我では済まないかもしれない。
そう思ったシスイはケイトの神機と自分の神機をより深く突き刺し、落とされないようにした。
だが、それで怒ったルフス・カリギュラはブースターから大量のオラクルを噴射して高速移動する。そして風を切り、海を越えて、最高速度のまま愚者の空母と呼ばれる区域に突っ込んだのだった。
流石にその衝撃でシスイは神機から手を離してしまい、地面に転がる。
そして瓦礫の山に激突してようやく止まったのだった。
「ぐはっ!?」
内臓がかき回されるような衝撃を感じて、胃から何かが込み上がってくる。そして吐き出した液体がシスイの白衣を赤く染めた。
「くっ……内臓をやられたね。油断し過ぎた」
震える手でポーチから回復錠を取り出し、急いで口に入れた。これで応急処置は完了である。自然回復によって徐々に傷も治っていくだろうが、しばらくは痛みに耐えながら戦う必要があるだろう。
そして、残念なことに神機はルフス・カリギュラの背に突き刺さったままだ。
「ま、いいか」
しかしシスイは特に動揺もしなかった。
そもそも、神機はシスイが自分のオラクルを操って創り出しているので、新しく作れば問題ない。かなりオラクル不足になるだろうが、動けないほどでもないからだ。それにいざとなれば、オラクルの爪を使って戦ったり、オラクル弾、オラクル槍という戦法も残っている。
そして何より、丁度援軍が到着したので、無理をする必要もなかった。
「援軍に来たぜシスイさん」
「アイツ……間違いねぇ。奴がケイトさんを……」
「ははっ! 随分と威勢のいい仇だ。やるぜヒカル、ギル!」
やってきたのはヒカル、ギルバート、そしてハルオミ。
新たに現れた援軍を見たルフス・カリギュラは大きく吼えた。
「グルオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
しかし、ギルバートとハルオミは怯むことなくルフス・カリギュラへと挑む。
「はああああああああ!」
「うおおおおおおおお!」
ギルバートのスピアがルフス・カリギュラの片足を抉り、ハルオミのバスターが巨体を吹き飛ばした。通常種の倍速を誇るルフス・カリギュラはすぐに持ち直し、怒って突進攻撃を仕掛ける。ブースターによる加速もあって、攻撃直後のギルバートとハルオミは装甲展開すらギリギリだった。
しかし、それをヒカルが援護する。
「シエル直伝! ブラッドバレット!」
開発したてのブラッドバレットが火を噴き、ギルバートとハルオミすらも巻き込んだ大爆発を引き起こす。しかし味方を識別する効果によって、それほどの爆発でもギルバートとハルオミにはダメージがない。ルフス・カリギュラだけが吹き飛ばされたのだった。
そこへシスイが近寄り、背後から神機を抜き取る。
「返してもらうよ?」
「グオッ!?」
神機を抜かれたときの痛みでルフス・カリギュラは悶える。そしてシスイは背中を蹴り、大きく跳んでヒカル達の近くで着地した。
「足止め助かったぜシスイ!」
「いえいえ。約束ですからねハルさん」
「まだいけるか?」
「問題なく」
ハルオミは簡単にシスイの状態を確認すると、すぐに戦力として組み込む。ルフス・カリギュラはディアウス・ピターよりも速いのだ。こちらは人数で対抗しなければならない。
復讐の相手であっても、自分が死んでは意味がないのだ。
「俺とギルが出る。シスイは援護、ヒカルは遊撃だ」
だが、そう言って神機を構えたハルオミに対してシスイはストップをかけた。
「待って下さい。僕が出るので、ハルさんとギルは追撃を。長くルフス・カリギュラと戦っているので大体の動きは把握していますし」
そして返事を待つことなく、シスイは前に飛び出た。止める前にシスイが行動に移ったことで、ハルオミとギルバートは慌てながら追いかける。
「おい! ちっ、行くぞギル」
「分かりました!」
「ヒカルは上手いこと奴の気を逸らせ!」
「ああ」
吼えたルフス・カリギュラはブレードを展開し、凄まじい速度で薙ぎ払う。それをシスイは背面跳びで回避し、勢いを殺さずに懐まで潜り込んだ。そしてヴァリアントサイズを振り上げ、ルフス・カリギュラの腹を大きく切り裂く。
そして生じた隙をハルオミとギルバートが突いた。
「喰らいやがれ!」
「おらぁ!」
チャージクラッシュとチャージグライドがルフス・カリギュラに大きなダメージを与え、よろめく。その隙にヒカルが背後へと回り込み、目にも留まらぬ速さでショートブレードを振り回した。
ブラッドアーツ『風斬りの陣』が発動し、オラクルの刃がルフス・カリギュラに追加ダメージを与える。そしてオラクルが溜まれば一旦引いて、リザーブを行った。ヒカルのブラスト弾は消費が大きい代わりに高威力なので、オラクルリザーブは必須なのである。
「ハルさんも来たから、僕も遠慮なく行こうか!」
これまでは時間稼ぎのために手加減していたが、ここからは本気で倒しに行く。ヴァリアントサイズを振り上げたシスイはルフス・カリギュラのブレードを左右交互に弾きながら引き付ける。そして隙あらば強い攻撃を与えて結合崩壊を促した。
一方、追撃組のハルオミとギルバートは、シスイの作った隙を存分に利用してルフス・カリギュラへのダメージを蓄積していく。あっと言う間に頭部とブースター、ブレードを結合崩壊させて、徐々に傷を増やしていた。
「グルルル……」
「弱ってきたぜ! 行けるかヒカル?」
「ああ、丁度溜まった」
ハルオミの問いかけに答えたヒカルは、神機を銃形態にして三発ほどブラスト弾を撃った。そして即座に三人に向かって叫ぶ。
「十秒経ったら退いてください!」
ヒカルの撃った弾は正面に飛ぶのではなく、上空へと行って滞空した。抗重力弾、及び充填弾という変異チップが組み込まれたブラッドバレットであり、十秒後にアラガミへと向かって落ちてくる。
高低差があるほど威力を増す抗重力弾。
時間の限り空気中のオラクルを吸収する充填弾。
どちらもシスイが開発したことのある弾丸だが、ブラッドバレットの変異チップのような自由度はなく、こうやって高威力の隕石弾として活用できるのはブラッドバレットだからこそだった。
通常弾の抗重力弾と充填弾で似たようなバレットを組み上げると、オラクル同士の干渉が発生し、威力が極端に下がってしまう。そこで強い波長をもつブラッドバレットを使うと、互いの干渉を撥ね退け、高威力のままバレット生成できるのだ。
「足を狙え!」
ハルオミの言葉を聞いたシスイとギルバートは、すぐに行動へと移る。互いに目を合わせ、シスイが左足を、そしてギルバートは右足を同時に攻撃した。体を支える部位にダメージを受けたことで、ルフス・カリギュラは地面に倒れる。
そしてその間に全員がルフス・カリギュラから離れた。
「来るぞ! 衝撃に備えろ!」
ヒカルが忠告して二秒後、周囲は青い爆炎に包まれた。氷属性の隕石弾が落下し、大爆発を引き起こしたのである。これがブラッドバレットの威力かとシスイですら戦慄した。
シスイの白衣がバサバサと揺れ、ヒカルのポニーテールも激しく乱れる。
かなりの爆風なのは視覚的に十分理解できた。
そして爆風が晴れた後に残っていたのは、地に倒れ伏したルフス・カリギュラ。
「やったか……?」
ギルバートの呟きを聞き流しつつ、ルフス・カリギュラへと慎重に寄る。あれだけの大ダメージがあって生きていれば相当な化け物だ。
しかし、深紅のカリギュラはやはり化け物だったらしい。
「マジか……こいつぁ、しつこい奴だぜ」
ハルオミの言葉と同時にルフス・カリギュラは動き出す。
ゆっくりと起き上がり、鼓膜が破けそうな程の咆哮を上げた。
「ギオオオオオオオオオオオオオオオ!」
思わず全員が耳を塞ぐ。
そしてその隙を突かれ、ヒカルはルフス・カリギュラに神機を弾き飛ばされた。
「ヒカル!」
「副隊長!」
咄嗟にハルオミとギルバートがルフス・カリギュラへと攻撃を仕掛けるが、結合崩壊したブレードで二人を吹き飛ばした。もしもブレードが結合崩壊していなければ、今の一撃で死んでいた可能性もある。そういう点では運が良かった。
しかし、ダメージが少ないわけではない。
ハルオミは地面に転がってダメージを抑えたが、ギルバートは近くの瓦礫に打ち付けられ、背中を強打して動けなくなった。
そしてルフス・カリギュラの凶刃がヒカルを襲う。
「く! 副隊長ーーー!」
ギルバートは三年前の記憶を重ねる。
何も出来ずに見殺しにしてしまったケイト・ロウリー。あの時と比べて実力も付け、更にブラッド隊にも入った。だが、何も変わっていないではないか。
そう思って自分を責める。
(いや……そうじゃねぇだろ!)
だが、それでは成長しない。
ギルバートは痛む体に鞭を打ち、気力の限りを尽くして叫んだ。
「ここで諦める訳には……いかねぇんだよーーーっ!」
振り下ろされるルフス・カリギュラの紅いブレードがヒカルを襲う。しかし、それはシスイのヴァリアントサイズによって受け止められた。
さらにハルオミがスナイパー弾を放ち、ルフス・カリギュラの気を引く。
「その通り」
「そうだよ、ギル。それでいい!」
「シスイさんにハルさん!」
「ボサッとすんな! やれヒカル!」
ハルオミに発破をかけられ、ヒカルは反射的に跳ぶ。そして本能のままにルフス・カリギュラの背に刺さる神機へと向かって行った。
神機使いは自分専用の神機しか扱えない。
それは神機が一種のアラガミであり、適合した神機以外を触ると喰われるからだ。しかし、一瞬だけ触れる程度なら問題にならない。
「そらぁっ!」
黒い閃光と化したヒカルはルフス・カリギュラの背に刺さるケイトの神機を蹴り、より深く突き刺した。血のようにオラクルが噴き出て、流石のルフス・カリギュラも痛みに呻く。
そしてシスイがヴァリアントサイズでブレードを斬り飛ばし、完全な隙を作り上げた。
あとはギルバートの出番である。
静かにスピアを構えたギルバートは、思いを込めて走り出した。
(ケイトさん……)
思い浮かべるのは嘗ての上司。
そしてブラッド隊の副隊長。
(ケイトさんの言っていたこと、少しだけ……分かった気がします)
仲間ということ。
託すということ。
どうして自分だけ生き残ってしまったのかと後悔した自分。
生きてさえいれば良いことがある。
これがケイトの口癖だった。
(副隊長は……俺を支えてくれました)
やさぐれる自分にお節介を焼き、こうして仇を撃つ手伝いまでしてくれた。いろんな場所から集まってきたブラッド隊を繋ぎ留め、不和を起こすだけだった自分を仲間にしてくれた。
だからこそ、ギルバートはヒカルの力になりたいと願う。
(だから俺は……こいつを支えたい!)
思いは力となり、意思は神機へと伝わる。
感応現象を通してヒカルがギルバートの神機を『喚起』した瞬間だった。
「だから……届けえええええええええええええ!」
神機から赤い閃光が走り、ブラッドアーツが発動する。
ルフス・カリギュラもギルバートに気付いたが、既に時は遅い。
その一撃は確かに届いたのだった。
「グルルル……グオオ……」
最後に呻いてルフス・カリギュラは倒れる。その衝撃でケイトの神機も外れ、クルクルと宙を舞ってギルバートの近くへと落ちたのだった。
緊張が解けたのか、ギルバートはその場で座り込む。
少し離れたところで眺めていたハルオミは微笑みながら感傷に浸っていた。
「お疲れ様ですハルさん」
「シスイか……お前こそお疲れ様だな。俺たちよりもずっと長く戦っていたわけだし」
「約束なので」
二人が再びギルバートの方へと目を向けると、ヒカルが手を伸ばして起こそうとしていた。ギルバートも一皮むけたのか、晴れ晴れとした顔でヒカルの手に応じている。
それを見てハルオミは独り言のように呟いた。
「俺も聖人君子じゃないから……今でもギルに対して割り切れない思いはあるんだよ」
「ハルさん……」
「だから……らしくない敵討ちなんか考えて色んな支部を渡り歩いてきたけどさ……ギルに偉そうに言った割には、俺もあの時から……ケイトを失ったときから止まってたんだ」
「それはそうですよ……僕たちだって人ですからね」
「ふ……ありがとよ。でも、ああやって若い奴らのお陰でギルは再び前に進めた。俺も止まっているわけにはいかないさ」
憑き物が落ちたような目で語るハルオミは、本当に吹っ切れたようだった。別にケイトのことを忘れてしまった訳ではない。ただ、前に進もうと決意したのだ。
世界は毎日のように不幸が起こっている。
自分だけが止まっているわけにはいかない。
ハルオミは覚醒した『血の力』について話し合っているヒカルとギルバートに近づいていき、ガバリと勢いよく肩を組んで口を開いた。
「よーし。帰って討伐祝いだ! 飲むぞ二人とも! シスイも一緒にな!」
一万字超えた……
どうも久しぶりです。夏休みですがずっと働いていました。休ませろよ畜生。