本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP26 歓迎会

 

 フライアへと帰投したブラッド隊はラケル・クラウディウスへと報告を済ませた。初めての感応種討伐は無事に成功し、心なしかラケルも嬉しそうに見える。

 このブラッド隊は感応種への対抗が出来る唯一の部隊とされているので、その役目を果たせたことに隊員たちも誇らしくなっていた。

 しかし、今回の報告はこれだけではない。

 救援に駆けつけて来たシスイのことを聞くのも目的の一つである。

 

 

「ところで先生」

「あら、どうしたのジュリウス?」

「実は少し聞きたいことが」

「ふふ……貴方が質問なんて久しぶりね。いいわ、何でも聞きなさい」

 

 

 ジュリウスにとってラケルは親のようなものであり、同時に先生でもある。どちらかと言えば『先生』の方が強いが、確かにこうして質問を投げかけるのは久しぶりだ。

 そんなことを考えつつ、ジュリウスは口を開く。

 

 

「先ほど言った極東支部からの救援だが、名前を楠シスイというらしい。そしてシエルが昔に彼と会ったことがあるそうだ。神崎シスイという名前でな。調べてみたが、神崎シスイという男は既に死んでいることになっている。どういうことか知っているか?」

「ふふふ……懐かしい名前ね。そう言えば一時はシエルの教育係にしたのだったかしら? フェンリルでも秘匿されている論文を報酬にしたらすぐに頷いてくれたわね」

 

 

 遠くを見るような目でそんなことを言うラケルに、ブラッド隊は『やはり』と考える。予想通り、楠シスイは神崎シスイと同一人物らしい。

 ラケルは続けて答えた。

 

 

「そうですね……彼はまさに天才でした。この荒ぶる神々の時代に現れた選ばれし人の子。私はそう思って彼を観察していました。ですから良く知っています」

「ではなぜ神崎シスイは死んだことになっている?」

「そう焦らないでジュリウス。彼は少し異端な部分がありました。それによって本部からは常に命を狙われていたのです。しかし、彼は天才……本部も彼のような、人類に貢献しうる人材を表立って殺害することは出来ません。そこで、彼を戦場に出したのです。普通ならだれも生きて帰れないような、そんな激しい戦場に」

 

 

 異端……などと誤魔化しているが、その原因となったのはラケルだ。しかし彼女はそのことを露ほども表情に出すことなく、言葉を選んで説明する。

 まだブラッドには自分を信頼できる人物と思わせておくべき。

 そういう判断からの誤魔化しだった。

 

 

「そして彼は極東へと移動になります。世界有数の最前線へと送り込まれ、最後は千を越えるアラガミに囲まれて殉職した……とされています」

「つまりそうではないと?」

「ええ、そうよジュリウス。神崎シスイはその任務以降、二年ほど姿をくらましました。そして名前を変えて戻ってきたのです。全ては本部の目を逸らすためでしょう」

「そんなことが……」

 

 

 だがここで聞きに徹していたヒカルは疑問を覚えた。

 本部の目を誤魔化すためとラケルは言っている。しかし、本部の研究員であるラケルはその事実を知っているのだ。どうにも矛盾している。

 

 

「なぁ博士」

「どうしましたヒカル?」

「なんでラケル博士はそれを知ってるの?」

 

 

 ヒカルの質問を聞いて他の隊員も『確かに!』と考えた。

 まさか先の説明は嘘だったのかと疑惑の目を向ける中、ラケルはクスリと笑いつつ答えた。

 

 

「いい質問ですヒカル。ええその通り。神崎シスイは死にました。そう本部は認知しています。より正確に言えば、そういうことにしているのですよ」

「そういうことか」

「分かったのジュリウス!?」

「え? 俺わかんないよ」

「分かってねぇのはナナとテメェだけだロミオ」

「な!? そういうギルは分かってんのかよ!」

「あたりめぇだ」

 

 

 ギルは溜息を吐き、愛用の帽子を弄りながら答える。

 

 

「つまり本部の連中はわざと見逃してんだよ。何の目的かは知らねぇが、大方、プライドとかのしょうもない理由に決まってるさ。一度出した命令を覆すのが癪なんだろ」

「ギル」

「っと、言いすぎたな」

 

 

 穿った言い方のギルバートをシエルが窘める。その本部の人間であるラケルが目の前にいるからだ。

 しかし、ラケルは特に気にした様子もなくギルに同意した。

 

 

「ギルの言った通りです。本部は神崎シスイの有能さを認めてしまったのですよ。彼には十二の時から秘密裏の殺害命令が降りています。しかし、彼は研究者としてフェンリルに多くの貢献をしました。それで殺すよりも生かした方が良いと判断を覆されたのです。とは言え、一度裏で殺すことを決定した以上、簡単に命令を翻すわけにはいきませんでした。その理由がギルの述べた通り、プライドです」

「害があるから殺そうとした。だが逆に神崎シスイは利益をもたらした。それで殺害命令を翻せば、まるで蝙蝠のようだと言われるだろう。上層部はそれを恐れた。これは逆に言えば、役に立たない奴を切り捨ているというこれまでの暗黙の了解を公然としたものにしてしまう恐れもある。例え裏での命令だとしても、一定以上の権力者には分かることだ。求心力の低下も考えられる。そういうことだな先生?」

「ええ。それが上層部の考えでした。いえ、今もそう考えています。だからこそ、神崎シスイが自ら失踪し、死んだことにして名前を変えたというのは一つの落としどころとなったのです」

 

 

 実のところ、シスイの殺害に対する意思は殆どなかった。

 一部の上層部にはしつこく殺そうと考えていたようだが、基本的な全体意思は生かす方向となっていたのである。新型神機の開発に大きく貢献し、バレット開発、整備方法の技術的改善、さらに神機に新機構を与えるなど、貢献があまりにも多かった。

 ここで殺すのは惜しすぎる。

 しかし、ここまで大体的に――と言っても裏での話――殺害を命令していた状態で、『やっぱなしで』等と言えば、全世界からのフェンリルへの求心力低下につながる。それだけシスイの功績は大きかったのだ。

 それこそ、アラガミ化の件がなければ、超好待遇で研究を続けられたことだろう。

 紆余曲折あって極東で働いているが、隙さえあれば本部に再招致する案すらある。

 これらの勧誘は全て断っているし、策略もペイラー榊が止めているが。

 

 

「すげぇ奴だったんだな~」

「ホントだねぇ~」

 

 

 呑気に返事するロミオとナナはあまり良く分かっていないのだろう。雑な感想である。

 しかし、ここでもう一つの疑問が残っている事をシエル以外は忘れていた。

 

 

「先生」

「どうしたのシエル?」

「実は先の感応種ですが、神崎……いえ楠シスイも感応種へダメージを与えることに成功していました。本来は私たちブラッドのみが対処できるはずです。どういうことなのでしょう?」

「彼は本当に神機で攻撃していたの?」

「? はい、そうです。刀身はヴァリアントサイズでした」

「そう……」

 

 

 ラケルはそれを聞いて考え込むような表情を見せる。ブラッドはラケルですら分からないことなのかと思うだけだったが、彼女は内心で別のことを思っていた。

 

 

(ああ……ついにそこまで進化したのですねシスイ。リヴィにも及ばない失敗作だと思っていたけど、もしかしたら……)

 

 

 結局、シスイが感応種へ攻撃できたことには答えることなくブラッドは解散する。

 しかし、ラケルは彼らから聞いた情報に表情を変えることなく心を躍らせていた。近いうちに極東に赴く予定なのだ。ならば、その時にシスイを見ておこうと考えたのである。

 そして数週間後、フライアは極東へと向かい始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 フライアが極東支部へと到着した。

 しばらくはここに留まって研究を行うらしく、極東支部はフライアに協力するよう、本部からも通達が入っている。事前にペイラー榊から知らされていたが、実はそれほど気にしている者はいなかった。

 到着して初めて『ああ、そういえば……』と思い出した者の方が多いくらいである。それほど極東は忙しい場所なのだ。

 

 

「おーい、シスイー!」

 

 

 コウタの呼び声にシスイは振り返る。

 任務が終わり、丁度自分の研究室に向かおうとしていたところを呼び止められた。今日はリンクサポートデバイスの試作品を最終調整しようとしていたのだが、ブラッド隊の歓迎会をすることになり、リンクサポートデバイスの件は中止にするとリッカに伝えた後だった。シスイもフライア到着は忘れていたのである。

 そして暇を持て余し、自分の研究室に戻って整理でもしようとしていたのだ。

 

 

「どうかしたコウタ?」

「丁度良かった。今は暇か?」

「まぁ、そうだね」

「実は俺がブラッドの歓迎会を企画担当していてさ、その調整で忙しいから、午後の防衛任務を俺と変わってくれないか?」

「ああ、アレね。いつも防衛班と一緒にやっているやつ」

「そうそう。なぁ、頼むよ」

「別に構わないよ。任務は?」

「ウロヴォロス。サテライト拠点の近くで発見されたから、早めに討伐だって」

 

 

 ウロヴォロスが相手なら勝手に抜ける訳にはいかないだろう。あのアラガミは巨体で耐久力が高いので、討伐には人数が必要になる。シスイはその気になれば一人でも討伐可能だが、普通は四人以上で討伐する相手だ。

 

 

「それにしても最近はウロヴォロスもよく出るようになったよね」

「ああ、そうだよな。昔は特務クラスだったのに」

「アラガミの進化は凄まじいってことさ。ともかく、それなら僕が代わるよ」

「助かる! サンキューシスイ。それじゃ、俺は用事が残っているから!」

 

 

 そう言って去って行くコウタに手を振り、シスイは進路を変えてエントランスに向かう。区画移動用エレベーターでエントランスに出ると、そこではエリナとエミールがいつものように言い争っているところだった。

 よく見ると、ブラッド隊の神威ヒカルもいる。

 どうやら挨拶をしているところだったらしく、その途中で二人がいつもの喧嘩を始めたらしい。

 ヒバリの所に行って任務を受注するつもりだったが、隊長として止めに入る。

 

 

「ハイ、ストップ。二人とも落ち着いて」

「た、隊長! だってエミールが!」

「む? なんだ? 直すべきところがあるなら言ってくれたまえ」

「取りあえず中二病は卒業してねエミール」

「なん……だと……っ!?」

 

 

 シスイの言葉に衝撃を受けたのか、完全に固まってしまう。そしてブツブツと何かを言い始めたので、放っておいてヒカルの方へと向いた。

 

 

「久しぶりブラッドの……ヒカル君だっけ? 改めて自己紹介するよ。僕は極東支部第一部隊隊長の楠シスイだよ」

「どうも。俺はブラッド隊副隊長の神威ヒカルだ。敬称は不要。よろしく」

「うん。よろしくヒカル」

 

 

 二人は握手を交わす。

 前は隊長のジュリウスとだけ挨拶したので、こうしてヒカルと話すのは初めてだ。改めてみると、やはり雰囲気がユウに似ている。

 しかしそのことは顔に出すことなく、シスイは部下の紹介を始めた。

 

 

「もう二人の名前は聞いたかな? こっちがエリナで、あっちはエミール。あ、エミールはブラッドに世話になったんだよね。隊長として礼を言うよ」

「いえ、そんな別に」

「エミールはあんなんだけど、真面目な奴だ。出来れば良くしてやってくれ」

「あ、ああ……分かった」

「しばらくブラッドも極東に留まるみたいだし、任務で一緒になることがあれば宜しく。じゃあ、僕は任務があるから。エリナも彼と仲良くなっておきなよー」

 

 

 シスイはそう言って別れ、受付に向かう。

 すると既に大森タツミとジーナ・ディキンソンが待っており、シスイを見て手を振ってきた。どうやらコウタの方から既に連絡が行っているらしく、シスイが来ることも分かっていたようだ。

 到着したシスイにタツミが話しかける。

 

 

「待ってたぜシスイ。今日はよろしくな」

「よろしくタツミさん、それにジーナさんも」

「ええ、よろしくね」

 

 

 相手は大物だが、シスイとタツミという隊長二人の戦力に加えて、世界的にも上から数えた方が速い狙撃の腕を持つジーナがいるのだ。戦力的に余裕である。

 早速、タツミがヒバリへと話しかけた。

 

 

「ヒバリちゃん。シスイも来たことだし、受注宜しく!」

「はい。では今日の防衛任務も怪我の無いようにお願いしますね」

「勿論さ。それで帰ったら一緒に晩御飯でも―――」

「さっさと行きますよタツミさん?」

「早くいくわよタツミ?」

「ヒバリちゃーんっ!? へ、返事はーっ!?」

 

 

 こうなると長いので、シスイとジーナは無理矢理タツミを引っ張っていく。

 ヒバリは待ってくれるかもしれないが、ウロヴォロスは待ってくれないのだ。サテライト拠点の安全を考えるならば時間が惜しい。

 

 

「ウロヴォロスか……そう言えば複眼の研究資材が足りなかったっけ? ついでに採取しよ」

「早く撃ちたいわ……」

「帰ってヒバリちゃんとご飯をーっ!」

 

 

 その割には不純な動機の三人なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっさりとウロヴォロスを討伐し、帰還したシスイはラウンジへと赴いた。今日はブラッド隊の歓迎会をするので、コウタが色々と準備をしているのである。会が始まるのはもう少し後だが、部屋に戻っても仕方ない時間なので先にラウンジへと来たのである。

 すると、ラウンジの奥でユノとヒカルが話しているのを発見した。

 他にもジュリウスやシエル、ナナ、ギルバートは既に誰かと話しており、ブラッドの中で来ていないのはロミオだけとなっている。

 シスイは取りあえずユノの所へと行くことにした。

 

 

「や! ユノ」

「シスイさん任務お疲れ様!」

「なに、大したことないよ。ユノも歓迎会に出れたんだね。いつまで休暇?」

「休暇自体はあと三日ほど。でもしばらくは極東を中心に活動するから、ここに居られるの」

 

 

 今のユノはゴッドイーター並みに休暇が少なく、こうして休みが取れたのも二か月ぶりである。これを機にゆっくり休んで欲しいとシスイは密かに思っていた。

 そしてシスイはヒカルの方へと向き、そちらにも挨拶する。

 

 

「ヒカルはさっきぶりだね。極東も少しは慣れたかな?」

「いや、まだよくわからない。道は複雑だし……」

「まぁ、増築改築を繰り返している支部だからね。それも仕方ないよ。それはそうと、ユノとも仲良くしてくれているようで何より。これからも話し相手になってあげて欲しい」

「ああ。勿論だ」

 

 

 フライアは気に喰わない部分も多いが、ブラッド自体はそうでもない。どこの支部でも言えることだが、末端のゴッドイーターであるほど人が良かったりする。逆に上層部に近い人間はどこか暗い部分を持っていることも多い。

 尤も、ゴッドイーターは命懸けの仕事だ。

 日常的にギスギスしていると戦場で酷い目にあう。こうして友好関係を築き、仲を深めるのは仕事の一部とも言えるので、自然と良い人が集まってくるものだ。

 そうして雑談を繰り広げていると、ラウンジのドアが空いてロミオが入ってきた。

 

 

「うわー! すげー! 極東ってこんなに人がいるんだー!」

 

 

 それを聞いてシスイが軽く見回すと、いつの間にか結構なメンバーが揃い始めていた。任務が終わり、順に集まってきたのだろう。いつもは広いラウンジも、こうして見ると少し狭く感じる。

 支部長のペイラー榊、各部隊の隊長、それにユノやサツキといった外部の人間、普段は滅多に顔を合わさないゴッドイーターなど、これだけのメンツが一堂に集まるのも珍しい光景である。

 そしてロミオを最後にブラッドが全員集合したからか、コウタが前に立ってマイクの電源を入れた。

 

 

「あー、あー、てす、てす……うっし、オッケー!」

 

 

 簡単にマイクテストをしてから、コウタは声を張り上げる。

 

 

「はい、皆さん注目!」

 

 

 雑談していた殆どのメンバーが一斉にコウタの方を向いた。そしてコウタはグルリとラウンジを見渡し、皆が注目していることを確認して話を続ける。

 

 

「本日は足元のお悪い中、極東支部にお越しくださいまして誠にありがとうございます! まずはブラッドの皆さん! 改めて極東にようこそ! これから一緒に戦う仲間として、隊長のジュリウスさんに一言お願いしたいと思う次第です」

 

 

 そう言ってコウタはジュリウスの方を見るが、当の本人は戸惑いの表情を浮かべている。どうやら完全にアポなしだったようで、ジュリウスはヒカルとシエルにアイコンタクトを向けていた。

 

 

(どうしたらいい副隊長、シエル?)

(やればいいんじゃない? 隊長なら何とかできるさ!)

(大丈夫です。ジュリウスなら問題ありません)

(その信頼はどこからやって来るんだ……まぁいい)

 

 

 無言でそのような会話をした後、仕方ないといった様子でジュリウスが前に出る。

 コウタはそそくさとマイクを代わり、横に避けた。

 

 

「ご紹介にあずかりました。極致化技術開発局所属、ブラッド隊長ジュリウス・ヴィスコンティです。極東支部を守り抜いてこられた先輩方に恥じぬよう、懸命に任務を務めさせていただきます。ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします」

 

 

 定型文の組み合わせとはいえ、その場で考えたとは思えない挨拶だ。これでもジュリウスは高度な教育を受けているので、こういったこともソツなく出来る。

 感心したようにエリナが呟いた。

 

 

「すごーい、隊長っぽーい……コウタ副隊長の方が年上なのにアホっぽく見えるなー」

「うるさいよエリナ! というかシスイの辛辣さがうつってない!?」

 

 

 静かにツッコミを入れたコウタは、すぐにマイクを代わってジュリウスに礼を言う。

 

 

「はーいっ、ありがとうございましたー!」

 

 

 そしてジュリウスが元の位置に戻っていく中、今度はユノの方をみてコウタは口を開く。この歓迎会はブラッド隊のこともそうだが、ユノも一緒に歓迎している会なのだ。

 

 

「えーと……続きまして、ユノさんお帰りなさい! どうぞユノさんも一言!」

「わ、私?」

 

 

 ジュリウスどころか、ユノにもアポなしで挨拶させているらしい。歓迎会を準備している割には随分と杜撰な部分があるとシスイはコウタに対して溜息を吐いた。

 しかし、呼ばれてしまったものは仕方ない。

 シスイは適当にアドバイスする。

 

 

「取りあえず歌っておけば? どうせコウタのことだから準備してるよ」

「う、うん。そうするね」

 

 

 小さく言葉を交わし、ユノは前に出る。

 これだけ極東支部の人員が集まっているのだから、ユノでも緊張してしまうだろう。

 そしてマイクの前に立ち、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

 

 

「あの……私、こういう挨拶とか慣れてなくて……もしよかったら歓迎会のお礼に―――」

「はいはいごめんねー! ぶっちゃけそれ待ってたんだーっ! って訳で既に準備済み! さぁ、ユノさんどうぞどうぞ!」

「ほ、ホントにシスイさんの言った通りだった……」

「さぁさぁ、お待ちかね! 極東の歌姫、葦原ユノさんのソロコンサートです!」

 

 

 シスイはコウタとそれなりの付き合いだというので、予想も容易かったのかもしれない。そんなことを考えつつ、ユノはピアノの前に座る。マイクもセット済みであり、弾きながら歌えるようになっていた。

 ユノは一度目を閉じて落ち着き、静かに歌い始める。

 

 

「窓を……開けて―――」

 

 

 メロディーに乗せて言葉が紡がれる。

 ユノ自身の歌である『光のアリア』が流れ、誰もが聞き入っていた。ラジオや録音は誰も聞いたことがあるのだろう。しかし、こうして生で聞く機会など滅多にない。

 ファンであるロミオなど、目を輝かせていた。

 ユノを知らなかったヒカルやナナも目を閉じて聞き入る。

 いつもは無表情のシエルすら顔をほころばせる。

 ギルバートはロックのウイスキーを片手に歌の世界に入る。

 ジュリウスは壁にもたれかかり、ひっそりと聞き入る。

 

 

(歌の力……か)

 

 

 歌は物理現象で言えば、空気の振動だ。

 振動数を連続的に変化させただけの物理現象に過ぎない。

 ジュリウスは歌から感じられるユノの思いを確かに心で感じていた。

 そしてそれはジュリウスだけではない。

 誰もがユノに聞きほれていた。これが歌姫と称されるユノである。このような歌だからこそ、世界中で愛されるのである。

 彼女の歌が終わった時、会場は大きな拍手で包まれた。

 

 

「ありがとうございました」

「はいはいユノさんありがとうございましたー! 皆さん、歓迎会を楽しんで行ってください!」

 

 

 一礼するユノの前に出てコウタが歓迎会の始まりを告げる。

 それを聞いて各々近くの人と話し始め、歓迎会の様相を見せた。やはり話題はユノの歌で、生演奏生歌を聞けた興奮が収まらない様子。

 ただ、割と聞きなれているシスイは一人ボソリと呟いた。

 

 

「コウタのやつ……ちょいちょい出てくるね。全く……ユノが来たからって興奮し過ぎ」

 

 

 コウタもまたユノのファンなので、その気持ちは分からなくもない。

 ただ、アホっぽく見えるので控えて欲しかったというのが本音だ。

 そんな風にシスイが今日何度目かもわからない溜息を吐いていると、不意にシエルが近寄ってシスイに話しかけて来た。

 

 

「久しぶりですねシスイ。六年ぶりですか」

「あ……もしかしてバレてる?」

「はい、ラケル先生に教えていただきました。貴方の事情も少しは」

「ラケル・クラウディウスが……?」

 

 

 あの女が不用意に話すとは思えない。恐らく重要な部分は隠しているのだろうと判断した。シエルが知っているのは神崎シスイ=楠シスイということだけだろう。シスイはそう考えて言葉を選びながら話すことにする。

 

 

「まさかシエルがブラッド隊にいるとはね。世間は狭い」

「私の方こそ驚きです。前からシスイの論文は読ませて頂いていました。私もバレットに関しては興味があるので、また直接話したいと思っていたところです」

「それは光栄だよ。あの頃みたいに勉強会でもするかい?」

「……良いのですか?」

「僕らは研究者であると同時に、伝道者でもある。自分の研究に興味を持ってくれる人は大歓迎なのさ」

「なるほど。ではお願いしたいと思います」

 

 

 昔は基礎分野を簡単に教えていただけだったが、こうして久しぶりにあったシエルはバレットという分野に深い興味を示しているようだった。シスイの専門ではないが、色々と開発しているのも事実。折角なのでシエルの談議に付き合うことにする。

 ブラッドでもシエルの話に付いていける者は少ないらしく、どことなく嬉しそうにしていた。

 

 

「副隊長は幾らかバレットエディットもしているようなのですが、他のメンバーはデフォルトのバレットをそのまま利用しているようです。勿論、デフォルトの物も扱いやすくて良いのですが、エディットを極めればもっと効率よくアラガミを狩ることが出来ると思うんです」

「それは確かにそうだね。でも、第二世代以降の神機使いは基本的に剣と銃をどちらも使いこなさなければならない立場にある。だから練習時間も増えるし、バレットはそのままで良いって人も多くなるんだ。第一世代の銃型神機使いはかなりエディットを利用しているみたいだけどね。僕も偶に相談を受けるし」

「なるほど……確かにそうかもしれません。エディットは時間もかかりますし、試作品を幾つも作ったうえでようやく実用に耐えられるものとなります。コンピューターシミュレーションでも限界はありますし、そんな時間があれば神機を扱う練習割いた方が効率的ということですか……」

「一応、僕の部隊では試作で作ったバレットを部下に使わせているよ。それで使い勝手をテストして、最適化を繰り返している。やっぱりエディットはセンスも問われるし、僕たちのような研究者側が作った方が効率良さそうだね。エディット自体を無理に布教するよりも良いかもしれない」

「なるほど……私も今度、誰かに手伝ってもらうことにします」

 

 

 飲み物を片手に意見を交換し合っていると、シスイは不意に肩を叩かれる。

 反射的に振り返ると、そこにはリッカが立っていた。

 それも中々に笑顔が怖い感じである。

 

 

「あ……リッカ」

「楽しそうだねシスイ君?」

「いや別に―――」

「ところで彼女は誰かな?」

 

 

 確実に誤解だ。

 そう思ったシスイは懇切丁寧に、一字一句に気を使いながら答える。シエルが元教え子である事、そしてバレットに興味を持っているらしいので意見を交換したこと。

 つまりあくまで研究者としての立場で話していたことを強調したのだ。

 

 

「―――というわけなんだ」

「ならいいけどね。嘘だったら初恋ジュースver4.2を飲ませるから」

「天に誓って嘘ではないよ!」

 

 

 初恋ジュースver4.2とはペイラー榊が趣味で作った初恋ジュースの強化版である。元の初恋ジュースならばシスイも普通に飲めたのだが、このver4.2は無理だった。もはや飲み物とかの領域ではない。ちなみにこのve4.2は自動販売機で初恋ジュースを買うと、低確率で当たる……いや寧ろ外れるという代物である。

 シスイがそんな反応をしても仕方なかった。

 そんなやり取りをする二人を見たシエルは、首を傾げながら訪ねる。

 

 

「あのシスイ。そちらの方は?」

「ん? まだ自己紹介してなかったっけ? 私は楠リッカ。シスイ君の奥さんだよ」

「そういうこと。要はシエルと仲良くしてたから嫉妬してたんだよ。普段は研究一筋なのに可愛らしいでしょ?」

「もう……シスイ君……」

 

 

 やれやれといった様子のシスイと頬を赤く染めるリッカを交互に見て、シエルは入ってきた情報を整理する。しかしあまりにも衝撃的だったからか、暫くの間シエルは固まってしまったのだった。

 ちなみにシエルが動き出したのはヒカルがやって来てシエルの肩を叩いてからであり、そこからはシスイ、リッカ、ヒカル、シエルのメンバーで歓迎会を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




修羅場回避ぃっ!

リッカさんが先手を打ちました。

ま、今となってはシスイとリッカは相思相愛なのです。シエルさんに入る隙はありません。
……多分

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