本業は研究者なんだけど   作:NANSAN

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EP14 ノヴァシリーズ

 

 チラチラと雪が降る中、灰色の斬撃が閃いた。

 それが青と白を基調としたプリティヴィ・マータの体を引き裂き、オラクルが飛び散る。プリティヴィ・マータは数回呻いた後、力なく倒れた。

 

 

「ふぅ。どうにか二体目に見つかる前に倒せたかな」

 

 

 シスイは鎮魂の廃寺でプリティヴィ・マータ二体を狩るミッションを受注している。これは極東の対アラガミ装甲壁を強化するための素材であるため、早く持ち帰らなければならない。こうしている間にも、装甲壁が破られる可能性だってあるのだ。

 だが、慌てて戦うのも下策だ。

 ただでさえ、相手は大型の危険種プリティヴィ・マータ。例え複数相手に討伐出来るとしても、一対一で戦う方が安全に違いない。

 

 

「さーてと。二体目を探しますか」

 

 

 コアを回収したシスイは神機を肩に担ぎ、移動を開始する。そしてインカムからオペレーターのヒバリへと連絡を入れた。

 

 

「こちらシスイ。プリティヴィ・マータを一体討伐完了した。二体目は?」

『流石ですシスイさん。二体目のプリティヴィ・マータは北のエリアに留まっています。今のところ、中型種以下は確認できません』

「わかった。ありがとう」

 

 

 北には寺院の本殿がある。その辺りにアラガミが集まりやすいエリアがあるので、プリティヴィ・マータはそこにいるのだろう。回収素材が落ちていることもあるので、討伐ついでに拾っておくのもいい。

 シスイはそう考えながら、音を立てることなく北に移動した。

 だが、移動している最中で再びヒバリから通信が入る。

 

 

『シスイさん気を付けてください。想定外の大型種が二体も接近しています。これまでにないアラガミの反応です。新種かもしれません』

「侵入エリアは?」

『北の……プリティヴィ・マータがいるあたりになります』

「気付かれないように目標だけ狩るのは無理かな……」

『今日はシスイさん一人だけですので分断も難しいかと』

「わかった。何とかしてみるよ」

『危なくなったら逃げてくださいね……』

「大丈夫。これでもリンドウさんの教えを受けているからね」

『あはは。そうでしたね。ではご武運を』

 

 

 シスイは手袋を外し、腕の包帯を取ってポーチに仕舞う。相手が仮に新種ならば、手加減なく本気で挑む必要があるだろう。大型二体で新種なら当然の措置だ。

 

 

(まずはプリティヴィ・マータを瞬殺する)

 

 

 音を消したまま走っていき、シスイはあっという間に捕食中のプリティヴィ・マータを発見する。そして背後から左腕による捕食で後ろ脚を奪い取った。

 全てが一瞬のことであったため、プリティヴィ・マータは悲鳴すら上げずにキョトンとした様子で振り返る。こんなところは変に生物らしい。

 だが、シスイは振り返った瞬間に左腕からアラガミバレットを発射した。抗体によってプリティヴィ・マータの顔に大きな損傷を与える。そこでようやく(シスイ)の存在に気付いたらしい。

 しかし遅すぎた。

 

 

「ガアアアッ!」

「叫ぶ暇があったら反撃しろって」

 

 

 シスイは容赦なくヴァリアントサイズで首を切り裂き、とどめを刺す。二体の新種が接近していると分かっているので、無駄な動きは必要ない。プリティヴィ・マータはそのまま地に伏した。

 そして手早くコアを摘出する。

 

 

「ヒバリさん。二体目を討伐した。新種と思しき個体は?」

『はい、既に侵入しています。シスイさんのいる場所から二つ離れたエリアです』

「思ったよりは遠い場所みたいだね。分かった。取りあえず確認してみる」

 

 

 そう言ったシスイは陰に隠れながら移動し、新種と思われるアラガミを探す。場所はレーダーで分かっているので、慎重になりつつも手早く移動した。

 侵入してきたアラガミはすぐに見つかった。

 シスイは寺院の屋根に跳び上がり、音を立てないように気を付けながら近寄る。コンゴウのような聴力の良いアラガミは近づくだけで気付かれるので、このような技術も必須なのだ。ザイゴートのように視力の良いアラガミ対策として、少し高い屋根から観察することにしたのである。

 目的の二体はすぐに見つかった。

 

 

「なんだ……あれ?」

 

 

 そこに居たのは赤いアラガミである。

 これまでに見たこともないほど、全身が紅く染まっていた。二体は別々の姿をしているが、こうして並んでいると同種の個体のようにすら感じる。

 一体は重戦車のように大きなアラガミだった。既存のアラガミで言えばクアドリガに近い。キャタピラのようなものが人型の上半身を支えていた。上半身の部分は鍛えられた男性の体に見える。そして頭部には王冠のようなものが被せられており、アンテナのような突起が五本も生えていた。

 もう一体はサリエルのように浮いているアラガミだった。だが、サリエルと違って着物に近い和服を纏っている。さらに周囲には衛星のような球体が六つほど浮かんでおり、その個体の周囲をクルクルと回っていた。

 

 

「クアドリガとサリエルの変異種? 全身が真っ赤で気持ち悪いな」

 

 

 実際、かなり気持ち悪い。

 特にクアドリガ変異種にも見えるアラガミは、キャタピラの下半身と筋骨隆々の人型上半身を持っている。さらに顔の部分は髭の生えた壮年の男だ。それの頭部にアンテナが五本もあり、全身真っ赤なのである。

 これこそがヨハネスの指示のもと、ノヴァシリーズとして作り上げた人工アラガミ、メビウスノーヴァだった。

 そしてもう一体は平安貴族にもいそうな和風の女性。もしくは和風のサリエルと言ったところか。こちらも全身が真っ赤であるため、かなり気持ち悪いのだが、メビウスノーヴァほどではない。これもノヴァシリーズの一つで、ステラノーヴァという個体だった。

 もちろん、シスイには個体名など知る由もない。

 

 

「ヒバリさん。発見した。かなり奇妙だね」

『奇妙……ですか?』

「二体は別種にも見えるけど、同種にも見える」

『はい……?』

「例えるなら、猫と虎みたいな違いかな……根本的には同じように見えるけど、姿形には違いがある。カメラを持っているからすぐに送るよ」

『分かりました。お願いします』

 

 

 シスイはポーチから小型のカメラを取り出し、無音モードでシャッターを押す。研究者であるシスイは、気になるものが見つかった時に、いつでも画像として残せるようカメラを常備している。今回はそれが役に立った形だった。

 写真はすぐにデータ保存してタブレットに送り、それを無線電波に乗せて送る。ハッキングを応用した力技だったが、これでヒバリの下にも写真が届いたことだろう。

 

 

『これは……確かに、シスイさんの例えも分かりますね』

「仲良く並んでいるから、二体が喧嘩している内に漁夫の利を……ってのは無理そうだね。それに戦闘データを取るにしても、僕がやるしかなさそうだ」

『すみません……単騎出撃の時に限ってこんな役をさせてしまって』

「ヒバリさんのせいじゃないよ。まぁ、拙そうなら全力で逃げさせて貰うことにする」

『はい。気を付けてくださいね』

 

 

 その言葉を最後にシスイは飛び出した。

 二体の内、ターゲットにしたのはステラノーヴァだ。サリエルに近い見た目であるため、先に始末した方が良いと判断したのだ。サリエル系はレーザーによる遠距離攻撃が鬱陶しいからである。

 シスイは左手でステラノーヴァを捕食しようとしていた。

 だが、悪寒を感じて咄嗟に装甲を展開する。

 

 

「ぐ……っ!」

 

 

 凄まじい光と圧が装甲に直撃し、シスイは大きく吹き飛ばされた。これでシスイ本人に直撃していたら、かなりの大ダメージを負っていたことだろう。

 

 

(まだ、気付かれていなかったはず……なぜだ?)

 

 

 背後から音もない完全な奇襲だった。

 それにもかかわらず、ステラノーヴァは反撃して見せたのである。ステラノーヴァを周回している六つの球状パーツが激しく動き、オラクルの光を帯び始めた。どうやら完全にシスイを標的と判断したようである。

 当然、隣にいたメビウスノーヴァもシスイに気付いた。

 

 

「グオオオオオオオオンッ!」

「キイィィィィッ!」

 

 

 メビウスノーヴァとステラノーヴァがシスイへと迫る。

 それと同時にインカムから雑音の混じった通信が入った。

 

 

『ガガッ――活性化!? 通信にも―――ングが発生。周囲の―――が集まっています!』

「え? 何て?」

『―――』

 

 

 壊れたラジオのような雑音が流れ始め、完全に通信が止まった。

 ヒバリの言葉を掻い摘むと、ジャミングが発生しているらしい。あとは周囲からアラガミが集まっているということだった。

 

 

(拙いけど……こいつらの対処もしないと)

 

 

 ステラノーヴァの突進を躱すと、躱した方向に衛星から大口径レーザーが飛ぶ。シスイがそれを装甲でガードすると、今度はメビウスノーヴァが空中に跳び上がってプレス攻撃を仕掛けて来た。やはりクアドリガに行動パターンが似ている。

 シスイは衝撃から逃れるために急いで離れ、大きく跳んで屋根に着地する。

 メビウスノーヴァが着地した瞬間に大きな衝撃が走り、積もっていたい雪が舞い散った。視界が悪くなったところへステラノーヴァの真っ赤なレーザー攻撃が放たれ、シスイは回避を迫られる。六つの衛星から順次連続して放たれているため、通常のサリエルではありえない連射性を持っていた。

 

 

「クソ! 強すぎるだろ!」

 

 

 やはりサリエル系の能力だったということは間違いない。

 だが、強化され過ぎだった。レーザーは連射性だけでなく威力も底上げされている。ウロヴォロスのビームほどではないが、その半分ほどまでは到達しているように思えた。連射性を考慮すれば、明らかに超えているだろう。

 シスイは動き続けることでレーザーを避け続け、連射が止まる瞬間を待った。どんなアラガミでも、連続して攻撃できる個体は存在しない。必ず、どこかに隙が生じるのだ。あのディアウス・ピターですら、電撃を放った直後に僅かな隙がある。シスイはそれを狙っていた。

 そしてレーザー攻撃が二十を超えたあたりで、遂にステラノーヴァの隙が見える。

 

 

(ここだ――っ!)

 

 

 シスイは一気に加速してステラノーヴァへと接近した。そしてヴァリアントサイズの咬刃を伸ばし、薙ぎ払うようにして攻撃を仕掛ける。

 だが、ステラノーヴァはそれを器用に回避した。

 どうやら反応速度も通常のサリエルとは違うらしい。

 仕方なくシスイは接近し、左手による捕喰を行うことにした。

 

 

(あと数メートル)

 

 

 そこまで接近して左手を構えたところで、再びシスイは悪寒に襲われ、その場を飛びのいた。すると先程までシスイが居た場所を深紅のレーザーが貫き、着弾点では雪が蒸発していた。

 

 

「これは拙いね」

 

 

 全く近寄れない。

 それはステラノーヴァに自動迎撃能力が備わっていたからだ。一定距離に近寄った相手に対し、反射的に攻撃を放ってくる。ステラノーヴァの周囲を回っている六つの衛星は、レーザーを放つ発射台であると同時に、周囲を警戒するレーダーでもあるらしい。

 シスイは今の攻防でそこまで理解できた。

 そしてその間にメビウスノーヴァは近くの岩山の上へと移動し、咆哮を上げた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオン!」

 

 

 それを見たシスイはどこか目を引き付けられる。

 だが、すぐに頭を振って警戒をステラノーヴァに戻した。

 ところが、見てみるとステラノーヴァもメビウスノーヴァに目を奪われているようである。これはどういうことかと思案していると、その答えは周囲からやってきた。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

 大量のアラガミによる咆哮が混じりあい、不協和音となって響き渡る。

 メビウスノーヴァは特殊攻撃が全て削り取られた代わりに、防御とアラガミ誘因に傾倒している。つまり、このアラガミは周囲からアラガミを呼び寄せるための能力と、耐久力を与えられているのだ。

 無尽蔵にアラガミを操る王とも言えるだろう。

 逆にステラノーヴァは個の戦闘力に特化した将である。

 この二体が揃っていれば、大抵の相手は敵わない。

 

 

「これは……撤退も無理かな?」

 

 

 見渡せば、既に大型種すらも三桁近く集まっている。メビウスノーヴァの誘因能力がそれほどまでに強かった。ノヴァが持つ集合フェロモンの原型とも呼べる、最も強力なものが搭載されているので当然だろう。

 ヴァジュラ、サリエル、クアドリガ、ボルグ・カムラン、プリティヴィ・マータ、更にはディアウス・ピター、スサノオなど、知る限りの大型種が堕天種も含めて勢揃いしている。コンゴウ、シユウ、グボログボロのような中型種も続々と集まり続けており、小型種に至っては埋め尽くすほどだった。

 そして集まってきた大型種の中でシスイが注目したのは一体の白いアラガミ。

 竜を彷彿とさせるその姿は、明らかに新種だった。

 後にフェンリル本部によりハンニバルと名付けられるこのアラガミも、集合フェロモンによって十体ほど姿を見せたのである。

 さらに絶望は止まることを知らない。

 

 

『オオオオオオォォォォォォオン……』

 

 

 一際大きな唸り声が重なって聞こえ、同時に地響きを感じる。シスイがその方向へと目を向ければ、超弩級アラガミとして有名なウロヴォロスが堕天種とセットでこちらへと向かってるのが見えた。

 本来はここから離れた嘆きの平原と呼ばれる場所を縄張りとしているアラガミが、ここまで来ている。

 これは集合フェロモンの強力さを端的に示していると言えた。

 

 

「死ぬのも覚悟した方がいいかな?」

 

 

 恐らくメビウスノーヴァが生きている限り、集合フェロモンは散布され続ける。通信ジャミングから異変を感じた極東支部が援軍を送ってきたとしても、これだけのアラガミが囲っていれば容易に突破できないし、援軍に大量の死傷者が出る。

 つまり、シスイは見捨てられる可能性の方が高い。

 

 

「まぁいい。まずは厄介なサリエル変異種を潰す!」

 

 

 シスイはそう言って駆け出した。周囲から集まってきたアラガミが壁のように立ち塞がるが、それをヴァリアントサイズで薙ぎ払い、左手で捕喰して突破する。ステラノーヴァから放たれる大量のレーザー攻撃は他のアラガミを盾にすることで回避し、効率的に接近していた。

 残り十メートル。

 その位置に達したところで、シスイは左手の上に三つのオラクル弾を生成した。最大負荷の狙撃弾である。三つ同時に当てれば、どんな硬いアラガミでも大ダメージを受ける。通常種なら、結合崩壊に持ち込めるだろう。

 シスイはそれをステラノーヴァへと放った。

 目で追うことすら難しい弾丸はステラノーヴァへと直撃する。

 

 

「キアアアアアアアッ!?」

 

 

 そんな叫び声を上げたステラノーヴァは、六つの衛星を周囲で回転させ、大出力のレーザーを同時に発射する。つまり、薙ぎ払うようなレーザー攻撃が周囲に飛び散ったのだ。回転する刃が対象を切り刻むように、回転するレーザー攻撃がアラガミを刻みながらシスイをも切り裂こうとする。

 だが、シスイは脚を止めることなく、身を低くすることで攻撃から逃れた。

 こうして攻撃に移っている以上、自動迎撃は発動しない。

 つまり、このピンチはチャンスでもあるのだ。

 

 

「はああああああああああっ!」

 

 

 白衣の端が回転するレーザー攻撃に切り裂かれても速度を緩めず、シスイは遂に攻撃範囲まで辿り着くことが出来た。既にヴァリアントサイズを下から構えており、あと一歩踏み込めば切り上げを放つことになる。

 シスイは強く一歩を踏み込み、渾身の力で飛び上がるように切り上げを放った。

 アラガミ化している両腕の力は凄まじく、ステラノーヴァを縦に切り裂く。流石に両断は出来なかったようだが、かなりのダメージを与えた感触だった。

 シスイがいるのは回転する衛星の内側であり、つまりはステラノーヴァの攻撃範囲外。ついでとばかりに左腕でステラノーヴァのスカート部分――和服風なのでスカートと呼んでよいかは微妙だが――を捕喰する。

 そしてジャンプしながらヴァリアントサイズを振り下ろし、ステラノーヴァの体に引っ掛けて、腕力を使いながら上空へと跳び上がった。ステラノーヴァの頭部を越えたあたりで、シスイは左手を真下……つまりステラノーヴァへと向け、アラガミバレットを放つ。

 深紅の大口径レーザーがステラノーヴァの頭部に直撃した。

 

 

「よし……って拙い!」

 

 

 ステラノーヴァに集中しすぎたせいか、周囲への注意が散漫になっていた。それでディアウス・ピターの雷撃に気付くことが出来なかったのである。それ以外のアラガミはステラノーヴァの回転レーザーで焼き切られていたが、防御力の高いディアウス・ピターだけは別だったらしい。

 シスイは麻痺を避けるため、咄嗟に装甲で防いだ。

 

 

「ぐっ」

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 

 激しい雷鳴が周囲を蹂躙する。

 ここまでアラガミが集まれば同士討ちによるアラガミの消滅も少なくない。これによって小型種は殆どが消滅してしまった。

 しかしディアウス・ピターは止まらず追撃を仕掛ける。シスイがどうにか回避すると、新型アラガミであるハンニバルが炎の剣を両手に出して連続攻撃を仕掛けて来た。何とかして回避するも、再びディアウス・ピターの攻撃を許してしまう。更に悪いことに、先の攻撃でダウンしていたステラノーヴァも復活していた。

 激しいレーザーの雨が降り注ぎ、クアドリガによるミサイルも雨のように降ってくる。ヴァジュラ種の雷撃が隙間なく空間を埋め尽くし、その中を強行突破してディアウス・ピターはシスイに接近戦を仕掛けて来た。

 まさに紙一重の戦い。

 たった一ミリの回避ミスで命が失われる戦場。

 シスイはこれまでになく追い詰められていた。

 

 

「ちっ! 使いたくなったけど仕方ない! 神機暴走開始!」

 

 

 シスイは右腕のオラクル細胞を操作して神機へと干渉する。そして神機にかけられているリミッターを強制的に解除し、意図的に暴走させた。

 神機は限界を超えて活性化へと至り、黄金のオラクルが渦を巻いて飛び散る。大量の活性化偏食因子がシスイへと流れ込み、およそ十倍の身体強化を実現した。神機自体の攻撃力も、通常の十倍であり、並みのアラガミなら一撃で両断できる。

 僅か一分にも満たない最強モード。

 

 

(これで逆転する)

 

 

 シスイは普段の何倍も咬刃を伸ばし、ヴァリアントサイズを振り回した。

 その一撃でディアウス・ピターは上下真っ二つとなり、他のアラガミも同様の結末を迎える。反射速度を底上げされているステラノーヴァだけは、上空に大きく浮遊することで回避したようだが、シスイはそれを見逃さない。

 

 

「はああっ!」

 

 

 軽く左腕を振ると、そこから超高速のオラクル弾が放たれ、ステラノーヴァの顔面を粉砕した。爆散できなかったことから、かなりの耐久力があると思われる。結合崩壊した醜い顔のステラノーヴァは怒り、活性化してシスイを射抜こうとする。

 衛星が移動し、ステラノーヴァの頭上で天使の輪でも再現するかのように高速回転を始めた。そして衛星は細いレーザーを無数に放ち、周囲一帯に深紅の雨を降らせる。細くなったことで威力は減少しているが、代わりに貫通力が上昇している。これによって幾らかのアラガミは身体を貫かれ、コアを破壊されていた。

 この攻撃でハンニバルは総じて逆鱗を破壊され、炎のように揺らめくオラクルの翼が飛び出る。そしてこれまでにない激しさで暴れまわり、炎の熱量も極限まで上昇していた。

 一方のシスイはレーザーの雨に対して、ヴァリアントサイズを高速回転させることで弾き返し、そのまま跳び上がってステラノーヴァの衛星を二個同時に切り裂いた。

 落下中に最大負荷オラクル弾を暴れまわるハンニバルの頭部に直撃させ、一瞬だけ仰け反らせる。十倍にまで能力上昇しているシスイにとって、それだけの隙があれば十分だ。そのまま一気に接近し、ハンニバルを二体刈り取った。

 さらにもう一度、威力重視でオラクル弾を発射し、重なった位置にいたクアドリガ二体に風穴を開ける。的確にコアを破壊されたので、クアドリガはそのまま地に伏したのだった。

 

 

「今度こそ!」

 

 

 シスイは再び咬刃を伸ばしてヴァリアントサイズを一気に振りぬく。少し離れたところに居たサリエル種数体を両断しつつ、ステラノーヴァを切り裂こうとした。

 しかし、やはりステラノーヴァは回避する。

 隙を突くか、高速の狙撃弾でしかダメージを与えることが出来ないらしい。

 ここでスサノオが接近し、尾の神機でシスイを貫こうとする。それを回避してスサノオを両断すれば、今度はステラノーヴァが四つに減った衛星で猛攻を仕掛けて来た。衛星の数が減ったことで出力が集中したのか、一つ一つの攻撃力が上がっている。地面の雪は消失し、鎮魂の廃寺にある建造物は大きく破損した。

 圧倒的な身体能力で連射されるレーザーを回避し、シスイはステラノーヴァへと近寄る。暴走神機が壊れるまで、あと十秒ほどしか残っていないのだ。時間以内に、最低でもステラノーヴァは倒しておきたかった。

 

 

(コイツだけは―――っ!)

 

 

 強い思いでヴァリアントサイズを構える。あと一歩踏み込めば、ヴァリアントサイズの攻撃範囲だ。そのままステラノーヴァを両断するため、シスイは全力で神機を振り下ろした。

 だが、ここで不運が訪れる。

 今にもヴァリアントサイズの刃がステラノーヴァへと当たりそうな時になって、シスイは激しい光に包まれた。それと同時に全身を焼かれるような激痛が走り、衝撃で大きく吹き飛ばされる。

 遠距離から放たれたウロヴォロスのビームが直撃したのだ。

 

 

「ゲホッ……プハッ!」

 

 

 身体を纏う活性化したオラクルのお陰で、ダメージは抑えられた。

 しかし、あのウロヴォロスのビームが直撃してしまったのだ。体中に火傷が残り、白衣もボロボロになる。そして吹き飛ばされた衝撃で内臓にダメージが入ったのか、シスイは血を吐き出した。

 更にこれがタイムロスとなり、暴走状態は解除される。負荷をかけ続けられた神機は完全に破損し、全く反応しなくなった。こうなれば、もはや鈍器としてしか役に立たない。また、強烈なオラクルを近距離で浴びたせいか、偽装腕輪も壊れていた。この腕輪もオラクルを動力としているので、強いオラクルエネルギーを受けると壊れてしまう。

 邪魔なので、シスイは神機と腕輪を捨てた。

 

 

「もう武器になるのは僕の両腕だけか」

 

 

 シスイはポーチから回復錠を取り出して口に放り込み、一気に噛み砕く。それで幾らか回復できたが、万全には程遠いだろう。もっと摂取すれば完全回復も望めるが、今は節約しておきたい。そのため、最低限の回復で済ませたのである。

 

 

「さて、行くか」

 

 

 シスイは打ち付けられた壁から立ち上がり、しっかりと前を見据える。注意するのは遠距離攻撃を得意とするステラノーヴァだ。近接攻撃のオラクル爪、遠距離攻撃のオラクル弾がシスイに出来る攻撃なので、接近して引き裂くか、この位置から狙撃するかしかない。

 しかし、シスイの頭に浮かんだこの選択が、一瞬だけ隙を生んだ。

 また、前に集中しすぎたせいで、背後への注意が疎かになっていたこともある。

 シスイが打ち付けられた壁を飛び越えて、背後からプリティヴィ・マータが迫っていることに気付けていなかった。

 

 

「グアアアアアアッ!」

「っ! しまっ―――」

 

 

 もう回避は間に合わない。

 せめてダメージを抑えるべく、シスイは左腕を犠牲にするつもりで防御態勢を取った。思考がスローになっていく中、迫るプリティヴィ・マータの動きが良く見える。だが、それを躱すだけの肉体がない。神機暴走によって得た一時の強化の反動もあって、回避はもう無理なのだ。

 シスイは腕一本の消失を覚悟した。

 しかし、その覚悟は裏切られることになる。

 

 

「ウラアアアアアアアアァッ!」

「グギッ!?」

 

 

 咆哮にも近い叫び声と共に凄まじい衝撃がプリティヴィ・マータの横から襲いかかり、それを喰らったプリティヴィ・マータは大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 

(何が……っ!?)

 

 

 言葉を失うシスイも、プリティヴィ・マータを吹き飛ばした存在の正体を見て更に驚いた。シスイの目はこれ以上ないほどまで開かれ、口をパクパクとさせながら指をさす。

 そして掠れそうな細い声でその名を呟いた。

 

 

「リン……ドウさん―――」

 

 

 死んだはずの上司。

 ディアウス・ピターに喰われたはずの元隊長。

 右腕をアラガミ化させた雨宮リンドウがそこにいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リンドウさん参戦!

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