坂本とバルクホルンに基地待機を命じられた夜、宮藤は格納庫内で箒を手に持っていた。
「…」
宮藤は箒にまたがりながら、魔法力を流し始める。昼間坂本に言われた基地待機の問題は自分にあると感じ、彼女は焦っていたのだ。
「誰だ!?」
その時、格納庫内に誰かの声がする。宮藤は慌てて声のした方向を見ると、そこにはエイラとサーニャが居た。
「あれ?芳佳ちゃん?」
「宮藤か、何やってんだ?」
二人は宮藤の姿に驚くと、何をしているのかを聞く。宮藤は一瞬慌てながらも、二人に説明した。
「その、箒で訓練をちょっと…」
「へぇ~、箒で訓練か。そういえば私の近所にも箒で飛ぶばあちゃんが居たナ」
宮藤の言葉にエイラは昔を思い出すように言った。
「でも、どうしてこんな時間に?」
「あの…サーニャちゃんやエイラさんは急に飛べなくなったことってある?」
サーニャはこんな夜中に宮藤が箒で訓練をしていたことに疑問に思い聞くと、宮藤は弱々しくであるが告白した。
しかし、その言葉は二人を驚かせた。
「芳佳ちゃん、飛べなくなったの…?」
「えっ!?そうなのか宮藤!」
「え?ううん!飛べないわけじゃないけど…」
サーニャとエイラの言葉に宮藤は慌てて二人に言った。
「なんだ、びっくりさせるなよ…っ!誰だ!?」
エイラが言った時、突然格納庫内に何かが落ちたような音がする。その音に真っ先に反応したエイラは足元にあったバケツを音のした方向に投げた。
「きゃん!?」
すると、誰かの声がする。全員が声のした方向を見ると、なんとペリーヌが頭を抑えながらそこから現れたのだった。
「いった~…ちょっと!何なさるんですの!」
「ペリーヌさん!?」
宮藤はペリーヌの登場に驚く。ペリーヌは少し頬を赤くしながら言った。
「べ、別に何でもありませんわよ…ちょっとお手洗いに…」
「タンコブ」
「え?」
サーニャの言葉にペリーヌが気付き頭部を触ると、そこには立派なタンコブが出来ていた。先ほどエイラが投げたバケツがクリーンヒットしたようだ。
「あはははは!」
「貴方のせいでしょうが!」
エイラはそれを見てお腹を抱えながら笑うが、ペリーヌはそんなエイラに怒る。
そして、宮藤がそのタンコブを治癒魔法で治し始めた。すると、ペリーヌの頭に出来ていたタンコブはみるみるうちに小さくなっていく。
「お~、治った治った」
「魔法力は大丈夫みたい…」
エイラは呑気に言い、サーニャは宮藤の魔法力が特に問題ないという様子を確認する。
「良かったな宮藤」
「貴方達、人の頭で実験しないでくださる!?」
エイラはまた呑気に言うため、ペリーヌは癇癪をおこす。流石に実験台にされるなら誰だって怒るものだ。
しかし宮藤は、自分の手元を見ながら顔色を暗くする。
「じゃあ、なんでうまく飛べないんだろう…」
「ちょっと休んだ方がいいのかも…」
「そうそう、きっと疲れが溜まってるんだよ。寝て起きたら治ってるんじゃないか?」
サーニャは心配そうに言う。その言葉にエイラも同調し、そして全員が就寝につくのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日宮藤は朝早くに起きると、箒を持って外に出た。昨日サーニャたちとの遭遇で中断した箒の訓練をするためにだ。
宮藤は、箒に跨り魔法力を流し始める。箒に魔法力が伝わっていき、ブラシの部分を揺らし始める。
「うっ…!」
宮藤はアンナの特訓で培った力を使い、魔法力を制御する。
「飛んで…」
宮藤がそう言うと、足が地面から浮き上がり、少しずつ上昇していく。
このまま上昇していくだろうと思ったその時だった。突然、宮藤の箒のブラシの部分が爆ぜ、そして散らばった。それにより、宮藤はバランスを崩して地面に足が付く。
そして、宮藤は地面に膝をつくと下を向いた。
「そんな…どうして…どうして飛べないの?こんなんじゃ誰も守れないよ…」
宮藤は、今の自分の惨状に涙を浮かべながら言う。彼女の信念は、今にも崩れそうになっていた。
その時、宮藤は後ろから声を掛けられる。
「箒…壊れちゃったね…」
「っ!…リーネちゃん…」
宮藤が振り返ると、そこには壊れた箒の繊維を持っていたリーネが居た。リーネは宮藤に優しく微笑むと、横に座った。
二人はしばらく正面を向く。彼女たちの目の前には、アドリア海の景色、そして沈んで行く月の姿があった。
「綺麗だね、アドリア海…前にも、こうやって二人で海を見たことあるよね」
「うん…」
リーネは地平線の向こう側に見える月を見ながら言う。宮藤もリーネの言葉に返事をするが、明らかに元気がない。
「箒、一緒に直そっか…」
「うん…ありがとう」
リーネの言葉に宮藤も頷いた。そして、二人はバラバラになった箒を回収していくのだった。
その様子を遠くから見ていた者が居た。基地の部屋の窓から見ていた人物は、先ほどまで宮藤に起きていた現象に気づいていた。
「あれは…」
そう呟いて、シュミットは考えあることを思いついたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「連合軍司令部によると、明日にはロマーニャ地域の戦力強化の為、戦艦大和を旗艦とした扶桑艦隊が到着する予定です」
「いよいよ到着するか」
翌日、ブリーフィングルームに集められたウィッチ達は、ミーナから報告を聞いていた。その報告に、坂本がようやくと言った様子で言った。
「大和?」
「芳佳ちゃん知ってるの?」
宮藤は聞いたことのある名前に反応する。リーネが聞くと、宮藤は以前横須賀の港に停泊していた大和のことを説明した。
その説明を聞いて、シュミットも関心する。
(扶桑最大の戦艦だったっけ…戦力強化で旗艦だから、250mぐらいはあるんだろうなぁ)
と、シュミットは考える。最大の戦艦と言うのであれば、それぐらいはあるだろうと彼は思っていた。尤も、前の世界でも大和のことを知らなかったシュミットは大和の全容が完全に分からないからそんなことを考えているのだった。
その時、ブリーフィングルームに備え付けられた電話が鳴る。ミーナは受話器を手に取った。
「はい…えっ!大和で事故!?」
「なに!?」
「事故…!」
ミーナの驚いた様子の反応に全員も反応した。そして、ミーナは電話を終えると全員のほうを向いた。
「救助要請です。先ほど、大和の医務室で爆発があり、負傷者が多数発生。大至急医師を派遣してほしいそうよ」
(医務室で爆発…何があったらそうなる?)
「よし、すぐに二式大艇で送ろう」
ミーナの言葉にシュミットは不安に思うが、坂本はすぐさま提案を出す。
その時、宮藤とリーネが立ち上がった。
「私に行かせてください!戦闘は無理でも、治療と飛ぶくらいならできます!」
「私も行きます!包帯ぐらいなら巻けます!」
宮藤は、治癒魔法は使うことができると言う。リーネもそんな宮藤の手伝いをすることができると言った。この提案は、飛行艇で医師を運ぶよりも早くに大和に到着できるというメリットがある。
「言うと思いましたわ」
ペリーヌは二人にそう言うが、口は笑っていた。他の皆も、だろうなと言った様子で口元を緩ませた。
坂本は、この提案に異を唱えなかった。
「そのほうが、飛行艇よりも遥かに早く着くな」
「わかったわ。宮藤さん、リーネさん、大至急大和へ向かってください」
『了解!』
ミーナの言葉に二人は返事をし、そしてユニットに向かおうとする。
「宮藤」
「えっ?はい!」
その時、宮藤は声を掛けられ立ち止まる。振り返ってみると、シュミットが宮藤の方を見ながら立ち上がっていた。他のメンバーは、突然呼び止めたシュミットを見る。
そして、シュミットは宮藤に言った。
「飛ぶときは力を抜け。お前はユニットに掛ける力を抜けばしっかり飛べるはずだ」
「え?は、はい…?」
シュミットの言葉に、宮藤は疑問に思いながら返事をする。
「よし、急いで行け。負傷者は待ってくれないぞ」
「はい!」
宮藤はシュミットの言葉に返事をして、再び格納庫に向かったのだった。
残った者たちは、シュミットの言葉が気になり質問した。代表して、バルクホルンが聞く。
「さっきの言葉、どういうことだ?」
「どうもこうも、手短に宮藤がちゃんと飛べるように言っただけだ」
シュミットはさも当然のように言うが、何故それが飛べるようになるのかまだ理解できない様子であった。
そんな中、ミーナと坂本は理解した様子であった。
「シュミットさん、まさか…」
「ええ。宮藤の魔法力は、恐らく以前より強大になっているのでしょう」
ミーナの言葉を察したシュミットは、すぐさま肯定したのだった。その言葉に、全員が驚いたようにシュミットを見る。そんな視線を気にせず、シュミットは説明した。
「宮藤が箒に乗っているのを見ましたが、以前私に起きたのと同じような現象が起きています。宮藤の魔法力が増えた証拠です」
「なるほど…それなら大和に向かったのも幸運だな」
「え?」
坂本の言葉にシュミットはどういうことかと思う。だが、坂本は何かを知っている様子であったが、説明はしなかった。
その間にも、宮藤とリーネは大和に向けて飛行をしていた。
「芳佳ちゃん、大丈夫?」
「う、うん…」
リーネは心配そうに宮藤に問う。宮藤は返事をするが、内心ではまだ不調に悩んでいた。
(シュミットさんが言ったみたいにしたけど…まだうまく飛べない…)
宮藤は、シュミットの言葉に従い力を抜きながら飛行した。しかし、以前より不調が僅かに和らいだだけであり、まだ安定していなかった。元々の魔法力の高さが、彼女の制御を不安定にさせているのだ。
その時、二人の眼前に複数の航跡波が見えた。それは、船が複数進んでいるという証でもあった。
「大和だ!」
「おっきい…」
宮藤はその中央に位置する巨大な船に見覚えがあり反応し、リーネは大和の姿を見てたまげた様子だった。あれこそが、扶桑の艦隊であった。
宮藤とリーネは、大和の後方にある甲板部に降り、そして医務室に案内された。
「宮藤さんとリーネさんですか!」
「はい!」
宮藤とリーネの姿に気づき、一人の兵士が声を掛けた。宮藤は返事をするが、兵士の前に倒れている負傷兵を見て顔色を変える。それだけでなく、部屋の中には負傷して包帯を巻いている兵士達が沢山いた。
「一番の重篤患者です…ここの設備ではこれ以上手の施しようがなくて…」
「酷い怪我…」
兵士の説明を受け、リーネは驚く。胸元に包帯を巻かれた兵士であるが、その出血はまだ止まっておらず、このままでは命が危ない状況だった。
「分かりました!」
宮藤はすぐさま状況を判断し、負傷した兵士に向けて両手を伸ばす。そして使い魔の耳を出すと魔法力を発動、治癒魔法を掛け始めた。
すると、負傷した兵士の出血はみるみるうちに収まり、傷が塞がっていく。
「出血が止まった…!」
「よし、リーネちゃん包帯を!」
「はい!」
兵士はその様子に驚く。ウィッチの治癒魔法を知らないわけでは無かったが、これほど強力な物だとは思わなかったからだ。そして、傷を塞いだ兵士の包帯をリーネが新しいものに変えていく。
「次の人は?」
「こっちです」
兵士は別の兵士の所へ宮藤を案内する。その兵士も、先ほどの兵士同様出血が酷かった。しかし、宮藤は再び治癒を掛けていき、その兵士の傷口をすぐさま塞いだ。
(凄い…これが噂に聞いた宮藤さんの治癒魔法の力…)
あまりにも凄すぎる光景に、案内をしていた兵士は驚くばかりだった。
「芳佳ちゃん大丈夫?もう十人以上治療しているけど…」
「うん、全然平気。まだまだ大丈夫だよ」
リーネは心配しながら宮藤に聞くが、宮藤は問題ないと言った。既に十人以上の治癒をしているが、彼女の治癒魔法は衰えることなく次々と治癒をしていく。
「はい、これでよし。次の人は?」
「居ません。これで最後の負傷者です」
宮藤は案内する兵士に聞くが、兵士は既に居ないと言った。宮藤は、負傷した兵士を全員治療したのだ。
「最後!」
「はい、お二人のおかげで全員無事で済みました。本当にありがとうございます!」
「良かったね、芳佳ちゃん」
「うん!」
兵士のお礼の言葉に、宮藤は嬉しそうにする。彼女の「自分の力で皆を守りたい」と言う決意は、大和の兵士たちを救ったのだった。
どうも、深山です。自動車学校やらでゴタゴタしており、更新が完全に遅れました。そして、本来なら次あたりで魔法力の件が発覚しますが、シュミットと言う前例がある為、ここでカミングアウトしました。
誤字、脱字報告お待ちしております。それでは次回!