「痛い…」
「食い込む…」
「ぐぅ…」
宮藤、リーネ、ペリーヌは悲痛な声を出す。
アンナから渡された箒にバケツを掛けて跨った三人は、箒に乗りながら浮き上がる。しかし、自身にかかる負荷により三人は浮きあがることしかできず、その場で立ち止まったままである。
「うわっ!?」
「うわあ!」
そして、宮藤とリーネは大きくバランスを崩す。ペリーヌだけが唯一体制を維持しているが、彼女もその状態から動くことができない。
「いつまで地面をうろうろしてるんだい!さっさと飛んでいかないと、晩御飯に間に合わないよ」
ハンナはそう言って、手を一回たたく。すると、全員の箒は動き出す。
宮藤とリーネはその場でぐるぐると回転をし、宮藤はそのまま上に飛んでいく。リーネは回転に耐えられずに振り落とされる。ペリーヌは前に後ろに流されるように動き、制御が効かずに落ちた。
そんな三人の姿を見て、ハンナは溜息を一つ吐いた。
「はあ…全く情けない。これで魔女とは片腹痛いね…」
そう言って、リーネに近づくアンナ。
「あんたは無駄にでかいものつけてるから、バランスが取れないんだよ」
「きゃあ!」
アンナはそう言ってリーネの胸を掴む。その行動にリーネは思わず驚き顔を赤くする。
上空に打ち上げられた宮藤は、箒に懸命に掴まりながらぐるぐると回される。
「うわああああ!」
「いつまで回ってんだい?」
「箒に聞いてください!」
そんな宮藤にアンナは聞くが、宮藤は振り回されたまま言う。そして彼女は目を回してしまい、手を放して地面に落ちた。
そんな中、ペリーヌは懸命に姿勢制御を行っていた。
「ほお、中々やるね」
「こ、これくらい…ウィッチとして当然…ら、楽勝…ですわ…」
アンナに答えるペリーヌだが、その表情は強張り、声は上ずっていた。
そんな中、アンナはまるで意地悪く言う。
「そうかいそうかい」
そう言って、彼女は箒をつんと触る。すると、姿勢を懸命に整えていたペリーヌはバランスを崩す。
「ぐぅ…う…す、擦れる…」
そう言って、ペリーヌも箒から脱落したのだった。
三人の無様な様子に、アンナは溜息を吐く。
「アンナさん」
その時、アンナの名前を呼ぶ声がする。それは三人の物では無かった。
アンナは声のした方向を振り返った。そこには、箒に跨りながら水入りバケツを運ぶ少女の姿があった。その少女は右目元に火傷の痕のようなものがあった。
「おや、お帰り」
「水汲み終わりました。あの。その人たちは?」
「ご苦労さん。出来の悪い教え子たちだよ」
そう言って、アンナは倒れている三人のところに行く。
「あんた達には永遠に合格がやれそうにないね」
「そ、そんな…」
「いまどき!ウィッチの修行に箒だなんて時代遅れにもほどがありますわ!」
そう言って、ペリーヌは箒を投げ捨てた。
「おや?もう音を上げたのかい」
「ペリーヌさん…」
「アンナさん!」
リーネはそんなペリーヌに困った顔をするが、宮藤は違った。彼女はアンナの名前を呼ぶと質問した。
「あの、私も知りたいです。こんな修行で本当に強くなれるんですか!?」
「あんた、強くなりたいのか?」
「はい!」
「何故だ?」
宮藤の言葉に、何故強くなるのかアンナは問う。宮藤は、アンナの問いに答えた。
「私!強くなってこの世界を守りたいんです!強くなって、ネウロイからこの世界を守りたいんです!困っている人達を守りたいんです!」
「芳佳ちゃん…」
宮藤の言葉に、他の皆も釘付けになる。彼女の真剣な眼差しは、その答えに嘘偽りが無いと言う証拠だった。
そんな宮藤を、誰よりも見ていた人が居た。先ほどアンナに呼ばれた少女だった。彼女は宮藤のことを、どこか驚いたように見ていた。
そして、今まで黙っていたアンナは口を開いた。
「悪いけど、もう一回水を汲んでおいで」
「わかりました、アンナさん」
そう言って、先ほどの少女は箒に跨り、大空へと飛び立つ。
「えっ?」
「行っちゃった」
全員がその姿を見て、ポカンと待っていた時だった。箒に跨った少女は戻ってきた。箒には、並々と水が入れられたたらいがあった。
「うわあ!?こんなにいっぱい!」
「これを一人で!?」
「凄いです…!」
三人はその光景に驚く。自分たちではうまく飛べなかった飛行を、彼女は軽々と行ったことに。
「でも、これで本当に強くなれるんですか?」
「信じられないかい?あんた達の教官だって、ここで訓練して一人前の魔女になったんだよ」
「え?」
とんでもない言葉に、三人は思わず口をポカンとする。アンナの言った教官と言う言葉に。
「教官って…」
「坂本少佐が!?」
「ああ!あの子は素直でね、最初から私のことを尊敬して、一生懸命練習してたもんさ。おかげで見事な魔女に成長したってもんさ」
アンナは坂本のことを自慢しながら言う。三人はその言葉に感激を受けるが、ただ一人だけその言葉に苦笑いをしていたのには気づかなかった。
「坂本さんがこの訓練を!」
「あの…坂本少佐が使われていた箒って…」
「さっきあんたが投げた奴だよ」
「ええっ!?」
と、アンナの言葉にペリーヌは驚いた顔をする。自分のあこがれる坂本の使っていた箒を、まさか投げてしまっていたとは思わずに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……うん?」
宮藤は、真夜中に目を覚ます。宮藤たちは一つの大きなベッドに三人で眠っており、横からはリーネとペリーヌの寝息が聞こえる。
宮藤はそのまま、外へ出る。目が覚めてしまい、すぐには眠れそうになかった。
「あれ?」
その時、外に人影を見つけて宮藤は驚く。その人は、昼間に水を運んできた少女だった。
「あの…」
「ん?」
宮藤は恐る恐る呼びかける。相手の名前が分からなかったため、声掛けしかできなかった。しかし、少女はその声に気づき振り返る。右目元の火傷の痕を持った少女は、宮藤を見て話しかけた。
「眠れないの?」
「うん…少し…」
「私もなんだ」
そう言って少し笑う少女に、宮藤はふと思う。
(あれ?今の…)
宮藤は、彼女の仕草を見て考える。今の表情を、自分はどこかで見たことがあるかもしれないと思ったのだ。
そんな中、少女は話し始めた。
「そういえば、貴方の名前は?」
「え?あ、宮藤芳佳です」
「芳佳って言うんだ」
宮藤の名前を聞いて、少女は微笑む。
「私はアリシア」
「アリシアちゃんか。いい名前だね」
彼女の自己紹介に、宮藤はそう感想する。アリシアは、その言葉を聞いて少し顔を赤くした。
その時、宮藤は再び何かに引っかかる。
(あれ?どこかで聞いたような…どこだっけ?)
宮藤は考える。以前彼女の名前を聞いたことがあるはずなのだ、どうしても思い出せなかった。
その時、アリシアは宮藤の方を見て話し始めた。
「宮藤さんは凄いね」
「え?」
突然の言葉に、宮藤は何のことか疑問に思いアリシアを見る。アリシアは、少し下を向きながら続けて話し始めた。
「困っている人達を守りたくて、強くなりたいなんて」
「アリシアちゃんだって凄いよ!あんなに箒に上手く乗れるなんて」
宮藤はアリシアにフォローする。宮藤からしたら、あんなに箒を自由自在に操れる彼女の方が凄く感じる。
しかし、アリシアは言った。
「でも、分からないの…」
「え?」
「私は、宮藤さんみたいな目標が分からないの。だから、私の力を何のために使うのかを答えれないの…」
そう言って、アリシアは少し悲しそうな顔をする。
だが、そんなアリシアに宮藤は言った。
「そんなこと無い!アリシアちゃんにだって出来る事があるよ!」
「え?」
「アリシアちゃんにだって出来る事がある。私やリーネちゃん、ペリーヌさんだってアリシアちゃんより箒はうまく飛べないけど、皆出来る事がある。だから、アリシアちゃんだって必ず…」
そんな宮藤の言葉に、アリシアは僅かに笑顔になる。
「ありがとう、宮藤さん」
「え、えへへ…」
ありがとうと言われ、宮藤は僅かに照れるのだった。
そして、少しの会話をした後、宮藤はベッドに戻った。
「あれ?」
ベッドで再び寝ようとした宮藤だが、そこにある物が目に入った。
それは、ベッドに書かれていた文字だった。様々な国の言葉で書かれていたその言葉は、宮藤には意味が分からないものだった。しかし一つだけ、宮藤にもわかるものがあった。
「く、クソババ…」
扶桑語で書かれているその言葉に宮藤は思わず頬を引きつらせる。しかし、その字を見てあることに気づいた。
「これ…坂本さんの字だ」
それは、宮藤が以前見た坂本の字にそっくりだった。そこから、これを書いたのが坂本だと芳佳は理解した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「きゃあ!?」
リーネは思わず悲鳴を上げる。そして、箒からずり落ちると、石橋の淵に摑まったままぶら下がりになる。
「うわーん!」
リーネは助けを懸命に求める。
「いっ…きゃっ…あっ…」
ペリーヌは箒が上下に動き、体がそれにガクガクと揺さぶられる。二人は昨日からあまり変わった様子が無かった。
「やれやれ…」
アンナはそう言って溜息を吐いた後、もう一人のウィッチを見た。
「…!」
リーネとペリーヌが箒に遊ばれている中、宮藤は懸命にバランスをとると、ゆっくりとだが飛行をしていく。
その様子には、アンナも少し感心した。
「おや、随分良くなったじゃないか」
「あ、ありがとうございます…!」
アンナの言葉に宮藤は答えるが、それでもまだ余裕がなかった。
何故宮藤は急に上手くなったのか。それは昨夜にあった。
「箒と共に?」
「う~ん、なんていうかね。箒に跨って乗るんじゃなくて、箒と一緒に飛ぶイメージかな」
宮藤は疑問に思う中、アリシアが説明する。
「皆は箒に跨って浮くイメージがあるけど、そうじゃなくて箒と一緒に飛ぶの。箒だけじゃなくて、自分も飛ぶイメージで」
そう説明するアリシアに、宮藤は考える。確かにあの時は、宮藤は箒に跨って、箒だけが飛ぶイメージがあった。
「わかった、明日やってみる!」
宮藤がそういうと、アリシアは微笑み返したのだった。
「ちょっと来なさい」
そう言って、アンナは全員を呼ぶ。
「あんた達全員、魔法力は足りているんだ。足りないのはコントロール。今までは機械がしてくれたものを、自分でコントロールしなくちゃ駄目なんだよ」
そう言って、アンナはリーネとペリーヌの箒を持ち上げる。
「ひゃっ!?」
「いっ!?」
「痛いのは、箒に体重が掛かってるからだよ。あの子なんか、もうコツを掴み始めてるよ」
そう言って、ハンナは宮藤を見る。
「いいかい?あんた達はストライカーユニットって機械にずーっと頼ってた。まずそれを忘れて箒と一体化するんだ」
「箒と一体化?」
アンナの言葉に、リーネが考える。
「箒に乗ろうとするんじゃなく、箒を体の一部だと感じるんだよ」
「体の一部…ですの?」
ペリーヌも考える。
「そして、自分の足で一歩前に踏み出す。そんなイメージで魔法を込めるんだ。ちゃんとした魔女なら、簡単な事さ」
そう言って、アンナは堂々と言う。
その言葉に、リーネとペリーヌ、そしてコツを掴み掛けていた宮藤が考える。すると、三人の魔法力は箒と共に一つとなる。
「一歩前へ…」
そして、全員が一歩を踏み出した。すると、
「やった!飛べた~!」
「私も飛べた!」
「飛べましたわ!」
宮藤は先ほどまで掴み掛けていたイメージを完全に掴んだ。他の二人も、今までまともに飛べなかった状態から、こんどはしっかりとイメージを持って飛べるようになる。
三人がちゃんと飛べたことに感激する中、アンナはその様子をしたから見て納得したように微笑んだ。
「アンナさん」
「おや、アリシア。もう終わったのかい?」
「はい」
アンナの言葉に返事をしながら、アリシアは足元のバケツを見せる。そこには、満載にされた水バケツがあった。
そして、アリシアは空を見る。
「皆飛べましたね」
「やっと一人前だよ…全く、あんたに比べたらよっぽど手のかかる子だよ」
そう言って、アンナは箒に跨り三人の下へ行った。
「いつまで遊んでんだい?さっさと水汲みに行かんと、日が暮れちまうよ!」
「い、言われなくても行きますわ!」
『行ってきまーす!』
そう言って、三人は水汲みに向かった。
その様子を見ていたアンナの下に、アリシアが箒に乗ってやって来た。
「昨日と全然違いますね」
「あんただろう。あの扶桑の若いのに何か助言したのは」
「駄目ですか?」
アンナの質問に特に悪いと思った様子に思わないのか、アリシアは聞き返す。そんなアリシアの様子に、アンナは一つ溜息を吐いてから、井戸に向かった三人の方を再び見る。
その後、三人はアンナから今日のノルマを認められたのだった。
アニメを見ていましたが、あのシーンはなんていいシーンだ、と思いました。そして登場した謎のキャラクター、アリシア。
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