孝美が着任してから翌日の502。
「いい動きをしている…」
シュミットはそう言って、大空を見る。空では現在、クルピンスキーと孝美の模擬戦が繰り広げられていた。
クルピンスキーと孝美の互いに相手の弾を避けながら銃撃を加えて行く空戦は、502のメンバーから見てもとてもレベルの高いものとなっていた。
しかし、状況は若干孝美が有利であった。紫電改は零式より格闘能力が低いとはいえ、世界のストライカーユニットの中では格闘戦の高い部類に入る。その上、速度、上昇力でも他国のユニットに引けを取らない高性能である。孝美はクルピンスキーの後ろを何度も取っており、いずれクルピンスキーが撃墜されるであろう状況に近づいていた。
しかし、それで終わらないのがクルピンスキーである。
「熱くしてくれるねえ、孝美ちゃん」
クルピンスキーは孝美の腕をそう称賛すると、固有魔法を発動した。マジックブーストにより加速したクルピンスキーは、すぐさま孝美の後ろへ周り込み、そしてあっという間に背後を確保した。
あまりの速さに孝美も一瞬反応が遅れ驚く。
(もらっちゃうよ!)
(まだまだ!)
クルピンスキーはすぐさま孝美に模擬専用機関銃を向けるが、孝美はそんなクルピンスキーにすぐさま反応し、自分も手に持つ模擬銃を向ける。
そして両者、至近距離で機関銃を向けた状態で静止する。決着はつかづ、引き分けであった。
その様子は、地上で見ていた者たちを驚かせた。
「凄い!」
「クルピンスキーさんと互角なんて…」
下原とジョゼは孝美の高い実力に舌を巻く。
「模擬戦をしてクルピンスキーさんが本気になるなんて」
「さすがだな。ブランクの影響はみじんもないようだ」
サーシャはクルピンスキーが昨日シュミットと模擬戦をした時のように本気になって模擬戦を行ったため、孝美の戦闘力の高さを評価した。ラルも、怪我をして3ヵ月離脱していた孝美にブランクの様子を感じず、その腕の高さを評価する。
「いや~、強いね孝美ちゃん」
「クルピンスキーさんこそ、流石ね」
上空では模擬戦を終えた二人が会話していた。クルピンスキーは孝美の高い実力を肌で感じ、そう感想する。孝美も、502トップクラスのクルピンスキーの腕に称賛を与える。
「これなら狼君にも勝てるんじゃない?」
「狼君?」
「下で見てる狼君」
孝美は疑問に思うが、クルピンスキーはその正体を示すように下を向く。クルピンスキーの目線の先には、上空を黙ってみていたシュミットが居た。
「もしかして、リーフェンシュタール中尉のこと?そんなに強いの?」
「強いのなんの、この間なんて僕が負けちゃったぐらいだよ~」
孝美が疑問に思う中、クルピンスキーは説明する。
そして、地上で見ていたシュミットは、横にいたラルに質問された。
「どうだ、お前でも負けるか?」
質問されたシュミットは最初は自分に質問されたと思わずに聞き流していたが、自分だと判ると少し考える。
「うーん…最初はこっちが勝つでしょうね」
「ほう。何故だ?」
「向こうはこちらの戦法を知らないのに対して、こっちは1回ではありますけど戦法を見て知っていますから。情報があるだけでも有利に進めやすいですし」
シュミットはそう言って再び孝美を見た時ふと、ひかりを見た。
ひかりは、空を飛ぶ孝美の様子を見て、どこか悲しそうにしていた。その様子に、シュミットはひかりに何かあると感じたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なにこれ!おいしい!」
その後、基地の食堂では全員が初めて食べる味に舌を鳴らしていた。ジョゼはその食べ物のおいしさに驚き、思わずそう感想する。
「皿うどんって言って、扶桑の郷土料理なんです」
孝美がそう説明する。そう、今回この食事を作ったのは孝美であり、故郷佐世保の郷土料理である皿うどんを振舞っていたのだ。
「美味…」
シュミットも、今まで食べたことのないおいしい味にそう零す。
「いやぁ~、綺麗で強くて郷土料理も上手だなんて、完璧だよね、孝美さんって。ね?ひかり」
ニパは孝美の完璧超人なところに驚きながら、ひかりに聞いた。しかしひかりは、その言葉が聞こえていなかったのか、下を向きながら黙っていた。
「…」
「ひかり?」
「え?あ、そうですね…ごちそうさま」
ひかりはそう言って席を立って行ってしまう。
「あ…ひかり?」
ニパはそんなひかりにおかしく思う。他のウィッチたちも、ひかりの様子がおかしいのに気づき、全員がひかりの方向を見る。ただ一人、姉の孝美を除いては。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何かちょっとおかしいんだよな」
その晩、サウナの中でニパが言う。サウナ内にはニパの他に、管野、サーシャ、クルピンスキー、下原、ジョゼが居た。
ニパの言葉に、ジョゼが返事をする。
「何が?」
「ひかりのこと。どうも孝美さんを避けてるみたいなんだけど…」
「言われてみれば。仲の良い姉妹だって聞いてましたけど…」
そう、ひかりと孝美は本来仲の良い姉妹であると聞いているニパ達は、ひかりがまるで孝美を避けている様子におかしいと感じていたのだ。
「久々に会って緊張してるのかも?」
「そっかなー?それならいいんだけど…作戦も近いし」
ジョゼがそう言うが、ニパはどうも釈然としない。
そんな中、サーシャが全員にある告白をした。
「そのことですが…ひかりさんにはカウハバへの転属命令が出ているようです」
「え?」
『ええーっ!?』
突然のカミングアウトに、思わず驚くニパ達。そんな中、管野は黙ってその話を聞いていた。
「待ってよ!どうしてひかりが居なくなっちゃうのさ!?」
「そもそも今の状況がイレギュラーであって、カウハバ基地が本来の配属先なんですよ」
そう、ひかりの本来の配属先はカウハバ基地。それをラルが黙って502基地に置いている方がおかしな話であり、この命令は当然起こりうることだったのだ。
「でも、次の作戦はすごく重要なんでしょ?二人一緒に戦うってのは駄目なの?」
「マンシュタイン元帥直々の命令です。残念ですが…」
「そんな…」
元帥直々となれば、この命令を変えることなど到底無理な話になる。
それを聞き、ジョゼはしょんぼりとする。
「私、ひかりさんが居なくなるのはイヤだな…」
「でも、これで良かったのかも…」
「え?なんで?」
下原の言葉の意味が分からず二パが聞き返す。
「うん。接触魔眼は凄く危険だから、命令通りカウハバに言った方が…」
「えーっ?ジョゼさんまで…」
ジョゼの言葉も一理ある。ひかりの接触魔眼は使いどころを間違えば命を落とす代物だ。それなら、まだ安全ラインにあるカウハバに移動した方が、ひかりにとっては平和になる。しかし、ニパはそれに納得しない様子であった。
そんな中、今まで黙って聞いていたクルピンスキーは、管野に質問した。
「直ちゃんはどう思ってんの?」
「え?俺?なんで?」
「だって、ずっと言ってたじゃない。俺は孝美と一緒に戦うんだ、ってさ」
突然降られて訳が分からない様子だった管野だが、クルピンスキーに言われて少し考える。そんな様子を、他の人達も管野が気になり注目する。
「はっきりしてることは…戦場に必要なのは強え方だってことだ」
管野の中では、これに尽きるのだった。
その頃、ひかりは基地の柱を登っていた。そこは以前、ロスマンに指導をしてもらった時に使った柱である。ひかりはそこを、以前のように両手に魔法力を這わせながら登っていく。その速さは、前よりも比べ物にならないぐらい速かった。
そしてひかりは、柱のてっぺんまで上り詰めた。
「はあ…はあ…はあ…」
「ひかり!」
突然、下から声を掛けられひかりは見る。すると、なんと下から孝美が登ってくる。しかも、ひかりやロスマンのように柱に手を添えるのではなく、彼女は足だけでまるで歩くようにで登ってくるではないか。
そして、難なく柱のてっぺんまで登ってきた孝美にひかりは驚く。
「お姉ちゃん…」
「こんな無駄なことをしていないで、早くカウハバ行きの準備をしなさい」
孝美はやはりひかりに厳しく言う。しかし、ひかりはその言葉に引き下がらなかった。
「無駄じゃないよ!」
「!?」
「私、少しでもお姉ちゃんに近づきたくて、ずっと頑張ってきた」
そう、今の自分があるのは、この訓練のおかげでもあった。そんな訓練が無駄だとは今まで一度も思わなかった。
「502の皆にも、最初は全然認めてもらえなかったけど、でも頑張って頑張って、今は仲間って言ってくれてる!」
ひかりは懸命に、孝美を説得しようとした。
「それにね、私接触魔眼が使えるようになったんだよ!魔眼で管野さん達と一緒にいっぱいネウロイを倒したんだよ!」
「全部知ってるわ。それでも、あなたはここに居てはいけない」
「お姉ちゃん…」
ひかりはいくら言っても孝美が聞いてくれなかったと思い、ショックを受けた。
そして孝美はそう言って、柱からジャンプをして地面に降下する。そして、慣れたように地面に降り立って行ってしまった。
「…」
残されたひかりは、ただ一人柱の上で黙ってしまっていた。
そして基地に戻っていく孝美は、途中で建物の柱にもたれかかっているラルに気づいた。
「ラル隊長」
「大事な妹を危険な目に遭わせたくないのだと、はっきり言ってしまえばいいじゃないか」
ラルは孝美にそう言うと、体をこんどは孝美の方へ向けた。
「妹をこの最前線から引き離す。それがマンシュタイン元帥との取引か」
「知っていたんですか?」
そう。今回のひかりの転属命令は、孝美がマンシュタインとの取引の結果生まれたものだ。孝美は、まだちぐはぐな自分の妹が最前線で戦うことを良しとしなかった。そこで、ひかりを502からカウハバへ正式に転属させることで、危険な最前線から遠ざけようと考えていたのだ。
それを知っているラルは、一つ疑問に思うことがあり孝美に質問した。
「正式な辞令が出ているなら、何故そこまであいつを追い込もうとする?」
ラルは辞令があれば転属できるひかりを追い込もうとしている孝美の心境が知りたかったのだ。
そして孝美は、その質問に下を向きながら答えた。
「だってあの子は、ひかりは絶対にあきらめない子だから…。こうでもしないと…」
「フ…」
「本当は…本当はあの子を力いっぱい抱きしめたい。抱きしめて、強くなったねって褒めてあげたい。なのに私は、ひかりを傷つけることしか…」
孝美自身は、ひかりをちゃんと褒めてあげたいと思っていた。しかし、ひかりの我儘な性格を考え、自分を鬼にして最前線に戻らないようにしていたのだ。
その様子を見て、ラルは笑った。
「…姉妹揃って不器用なことだ」
そうして、孝美は先に基地の中に入っていった。
そしてラルは、基地の外で立ったまま、口を開いた。
「そこで盗み聞きしてる奴、出てこい」
ラルがそう言うと、建物の奥の柱から人影が現れる。それはなんとシュミットだった。
「いや、盗み聞きするつもりは無かったですよ?私は」
「最初から聞いていたんだろ?」
「…最初からですけど」
そう言って、シュミットはバツが悪そうにする。そう、実は彼は最初からラルと孝美の会話を聞いていたのだった。尤も、彼自身は偶然ここに居合わせたというものであり、偶々興味が沸いて聞いただけであったが。
そしてシュミットはラルの横に行き、ひかりが登っていた柱を見る。柱の頂上では、ひかりが黙ったままそこに居た。
その時、横から声がする。
「お前はどう思う?」
「えっ?何がですか?」
「孝美のことだ」
シュミットは最初何のことを言われたのか分からず聞き返すが、ラルに言われ先ほどのことだと思い出すと少し考える。
「あれが普通…なんじゃないですか?」
「ほう…理由は?」
「自分の妹が可愛いのは誰だって同じですよ。そんな妹が、危険な最前線で戦ってたら、いつか撃墜されて大けがをする姿を見たいなんて思わない。だからそうならないために、妹を最前線から遠ざけようとするんですから」
そう言っているシュミットだったが、突然顔を少し上げて夜空を見た。
「もし、私の妹もひかりと同じ状況だったら、私も孝美と同じことをしていた可能性が高いですから」
「ほう、お前に妹が居たのか?」
「ええ…」
そう言って、シュミット悲しそうな表情をする。彼の中に残っているアリシアの思い出、それを思い出していた。
そして、シュミットはラルと別れると、基地の中を歩き出す。
(だが…もう少し接する方法とかあったんじゃないか?あれではあまりにもひかりに残酷すぎるのではないか?)
シュミットは、孝美のひかりへの接し方についてそう思うしかできなかった。あの接し方が、吉と出るかなど、彼が知る由もないのだが。
自分の妹が危険な最前線で戦っている。過保護なお姉ちゃんはそんな妹に危険な目に遭ってほしくないと考え、懸命に最前線から引き離そうとするんですね。
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