それでは第四十六話です。どうぞ!
「飛んでいる自分をイメージしてバランスを取りなさい!」
「はい先生!」
格納庫内、ひかりはロスマンからの指導を受けていた。ひかりが今乗っているのはドラム缶に板を載せただけの不安定な台である。そしてひかり自身も両手に水入りバケツを持っており、これでバランスをとっていた。そしてロスマンの横には手に収まるサイズの雪玉が山のように置かれていた。
「こら、待ちなさい!」
と、別のところから声が聞こえる。ひかりが気になり声のした方向を見る。
「あっ、ニパさん!」
「ごめんなさーい!」
「お待ちなさい!」
ひかりがニパを呼ぶと、二パはダッシュで走っていた。その後ろを、サーシャが追いかけていた。
ロスマンはその光景を横目で見ながら、ひかりがバランスを少し崩しているのを見て足元の雪玉を手に取る。
「バランス!」
それをひかりに向けて投げつける。ひかりはそれを体を動かして避ける。
その時、ひかりの前でニパがオイル缶を踏み転んでしまう。
「ニパさん!?」
「いてて、何でオイル缶が転がって…」
ニパは頭にたんこぶを作りながらオイル缶を睨む。
その時、二パの後ろにサーシャが近づいていく。
「ニパさん」
「さ、サーシャさん…」
後ろから怒鳴り声でもないのに形容しがたい恐怖を感じ、ニパは冷や汗を流しながら振り返る。振り返ると、腰に両手を置きニパを見下ろすサーシャがいた。
そしてきつーい一言をニパに下した。
「正座!」
そしてニパは自分のユニットの前に正座させられる。ニパのユニットは破損しており、少し汚れていた。
サーシャはユニットを見て溜息を吐く。
「またユニットをこんなにして」
「ニパさん頭大丈夫ですか?」
ひかりは器用に雪玉をよけながらニパの頭に出来たたんこぶが気になり容体を聞く。
「あぁ、平気平気。私の固有魔法は『超回復』でね。他人は直せないけど…」
そう言ってニパは固有魔法を発動させる。すると、頭に出来ていたたんこぶは見る見るうちに引っ込み、ついに消滅した。
「ほら、この通り」
「凄い!墜落し放題でげふっ!」
ひかりはニパに視線が行き過ぎてしまい、正面から来ていた雪玉を顔面に食らう。
「しっかりよけなさい。ネウロイの攻撃はこんなものじゃないわよ」
「はい、先せばふっ!」
ロスマンに注意されひかりは返事をするが、再び顔面に雪玉を食らうのであった。
「墜落し放題って…」
「はぁ…」
二パはそんな光の言葉に苦笑いをし、サーシャは溜息を再び吐く。そしてサーシャはニパのユニットを見る。
「えっと、今回の破損個所は…」
そう言って彼女は目を瞑る。そしてホッキョクグマの耳を出し魔法を使い始める。
そして暫く黙った後、口を開く。
「…ありました。これなら私だけでも十分直せますね」
「さすがサーシャさん!これならまた落ちても…」
「また?」
サーシャはニパの発言を聞き睨む。その反応と声にニパはビクリとする。
「あ、安全第一で…」
「サーシャさんって見ただけでユニットの直し方が分かるんですか?」
ひかりはその光景を見てふと疑問に思う。その答えはひかりの元に歩み寄ってきたロスマンがした。
「彼女の固有魔法は『映像記憶能力』。難解な技術書から、十年前の朝食のメニューと言った些細なことまで、魔法力で記憶した物をすべて頭に入っているのよ」
「凄ーい!」
ロスマンの説明を聞いてひかりは凄い能力だと声を出す。しかしロスマンはそんなサーシャを見る。
「サーシャさん。戦闘隊長であるあなたの力は、出来れば修理以外で活用してほしいものね」
「すみません…」
ロスマンの言葉にサーシャは謝る。ロスマンとしては、その力を別のところに使用してもらいたいのであるが、如何せんここは502、ユニットの破損率の高さからその力はこのように使われてしまっていた。
そしてひかりとロスマンは訓練を終えて格納庫を出て行き、残ったのは正座させられているニパと、そのニパのユニットを直しているサーシャだけになった。
と、そこに新たな来客が現れる。
「…サーシャさんまたユニット修理ですか?」
格納庫内に入ってきたのはシュミットだった。彼はユニットを直しているサーシャを見る。そしてその後ろに正座をさせられているニパを見て納得したような表情をした。
「なるほど、ニパのユニットか」
「ええ。だからニパさんには反省として正座をさせているんです」
「落ちたくて落ちているわけじゃないのに…」
サーシャの言葉にニパは自分は落ちたいわけではないのにと言う。
その時だった。ユニットを直しているとき、格納庫内に警報が鳴りだす。
『北東部監視所がネウロイの攻撃を受けた。出られる者は全員出動せよ』
基地内にラルの言葉が流れる。それを聞き全員がハッとする。
「行かなきゃ!」
「ニパさんは留守番です」
「えっ!?」
二パがすぐに行こうとするが、サーシャに止められる。
「ニパ、そのユニットでどう出撃するんだ?」
「まだ修理が終わってないですから」
「え~、そんなー!」
二人に現実を突きつけられニパはショックを受けるのだった。
そしてシュミット達はユニットを履きすぐさまネウロイの攻撃を受けた地点に急行した。
到着したシュミット達は監視所の惨状を見た。既に軍トラックと数十名の兵士たちがいた。
「こいつは酷い…しかし、他の場所は被害がいってないな」
シュミットは周辺を見て監視所だけを狙ったと考える。
その時、インカムにラルの声が届く。
『状況は?』
「目撃した兵によれば砲撃は一発のみ。ペテルブルク外周部より撃ち込まれたと思われます」
サーシャがラルにインカムで説明をする。その言葉を聞き管野が崩れた監視所を見ながら毒づく。
「くそっ!とうとう街の近くまで来やがったか!」
ジョゼの下原もネウロイがここまで到着したことについて言う。
「今まではラドガ湖が陸上ネウロイの侵攻を阻んでくれていたけど…」
「この前凍っちゃったから…」
そしてロスマンがラルに指示を請う。
「隊長、指示を」
『サーシャに任せる』
「えぇ!?」
ラルに言われサーシャはまさか自分に振られると思わず変な反応をしてしまう。それに乗るようにクルピンスキーが言う。
「それでは戦闘隊長、ご命令を」
「実際階級はサーシャさんが高い、命令を」
シュミットも言う。享楽主義のクルピンスキーだけでなく、わりと真面目なシュミットが言うのだから流石に自分がやらないわけにはいかないと気持ちを入れ替える。
「こ、これより手分けして周辺空域の探索を始めます。ラドガ湖方面を重点的に探ってください」
『了解!』
そうしてブレイブウィッチーズによるネウロイ探査が始まったのだった。
その頃、基地の格納庫に残されたニパ。
「うう…サーシャさん…いつまでこうしてればいいの?」
ニパはサーシャに言われた正座をまだやっており、その表情は苦痛に耐えていた。
「痺れて…くうぅ…」
そしてニパは耐えきれずに横に倒れた。倒れた先には自分のユニットがあり、そこにぶつかってしまう。
ニパは起き上がってユニットを見た。
「あっ…これ…」
ニパはぶつかった衝撃で開いたユニットをみて、あるものに気づいた。
そして再び場所は出撃班に戻り、ネウロイの捜索は分散して懸命に行われたが、ネウロイは見つからなかった。
『こちら下原・ジョゼ班、ポイントA異常ありません』
『ポイントB、異常ないぜ』
ポイントAは下原・ジョゼ班、ポイントBに管野とクルピンスキー、そしてシュミット。それぞれ捜索を行ったが、結局ネウロイは発見できなかった。
「了解、帰投してください」
「えっ!?まだネウロイを見つけてないですよ」
サーシャの言葉にひかりが驚き聞く。因みにサーシャの班にはロスマンとひかりが共に飛行しており、彼女たちはラドガ湖付近まで捜索範囲を広げていた。
「ネウロイ探索はこれより陸戦ウィッチ部隊へ引き継ぎます。ロスマンさん、雁淵さんと先に戻ってください。私は最後にもう一回りしていきます」
「了解、戻りますよひかりさん」
「は、はい!」
サーシャの指示を受けてひかりとロスマンは基地に反転していく。そして、残ったサーシャが周辺を最後に探索しているとき、それは起きた。
サーシャの捜索付近で、雪が盛り上がり始める。そして突然、盛り上がっていた場所が吹き飛び始めた。そしてそこから、まるで砲台のような形をしたネウロイが現れる。
「なっ、ネウロイ!」
サーシャは突然のネウロイに驚く中、すぐさま戦闘態勢に切り替わる。そして機関銃で銃撃をしながら急降下をしネウロイに接近をしていく。
その時、ネウロイは自身についている砲身のような部分をサーシャに向け、そして何かを撃ちだした。
サーシャはその攻撃を避けてネウロイに再度攻撃をしようとするが、ネウロイはサーシャに見向きをせずに地面に穴を掘りだした。雪を巻き上げながら地面に潜っていくネウロイに、サーシャは徐々にその姿をしっかりと捉えれず、そしてついにはその姿を完全に消した。
「逃げられた…」
サーシャはネウロイの消えた穴を見ながら悔しそうに見る。その時だった。
『こちらラル、第一貯蔵庫がやられた』
「まさか…!?」
ラルの無線を聞きサーシャは驚きペテルブルクの街を見る。街は遠くに見えるにもかかわらず、一本の黒煙が上がっていた。間違いなくネウロイの攻撃が命中したという証拠だった。
「…最初から街が目標だったの?」
サーシャはネウロイの攻撃目標を理解し、そして煙を上げるペテルブルクの街をただ見ていることしかできなかった。
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「くっ、監視所の次は貯蔵庫か!」
「物資が不足気味なだけに、貯蔵庫がやられたのは痛いな」
「まだ第二貯蔵庫があるとはいえ、これは拙いぞ…」
管野は次々と502に関連した施設が破壊されていくのに怒りを感じ、ラルは冷静に被害状況を言い、シュミットはそんなラルよりも状況が厳しいと言った様子で言う。
そしてラルの言葉を聞きサーシャは下を向き謝罪をした。
「すみません、私が油断したばかりにネウロイを取り逃しました…」
「失敗は誰にでもありますよ」
ニパがそんなサーシャにフォローをする。ニパが言うと何故が重みが違うと感じるシュミット。
「今回も撃たれたのは一発のみ、ペテルブルクから88km地点の雪原に潜んでの、超長距離ピンポイント砲撃です」
「驚いた、こいつは一流の砲撃手だね」
ロスマンの説明にクルピンスキーが言う。シュミットも今回ばかりはクルピンスキーの言葉に同調した。
「全くだ。んでもって、狙っている位置は全て重要施設…まるで観測でもしているみたいだな」
「いかにネウロイであろうとも、これほどの長距離からピンポイントで直撃させることは不可能です。ですが」
そう言って、今度はラルが口を開く。
「観測班から、砲撃前標的となった施設から微弱な電波が発信されたという報告が上がってきた」
「えっ?」
「どういうことですか?」
ラルの言葉にどういうことか分からず下原が聞いた。
「つまり、砲撃を誘導するマーカーの役目を果たすネウロイがいるという事よ」
「じゃあ街の中に…その、ネウロイが?」
「そうとしか考えられないな。しかしネウロイも知恵を持った戦術を考えたことだ…」
ロスマンの説明を聞きジョゼがまさかという風に聞くが、シュミットが代表して言い、他の全員が黙っているためそれは肯定とみなされた。
「そこで部隊を二つに分ける。エディータ・クルピンスキー・管野・下原・ジョゼは砲撃ネウロイを捜索し、発見次第撃破」
そしてラルが今回の撃退にウィッチ達を分散してそれぞれ各個撃破する作戦に出た。
「サーシャ・シュミット・ニパ・雁淵は街に侵入したマーカーネウロイを発見し、こちらも撃破せよ」
そしてシュミットは第二班に選ばれた。
「二人はオラーシャとスオムス出身だ、土地勘があるだろう」
「でも、私は南部の生まれでこの街のことは…」
「まぁ、お前ならなんとかなるだろう」
「そんな他人事みたいに…」
ラルの言葉にサーシャは気を落とす。シュミットも流石にラルがそんな他人事のように言うので思わず肩を落とした。
「私がついてますよサーシャさん!一緒に頑張りましょう!」
「えぇ…」
ニパがサーシャに向けて励ましの言葉を言うが、サーシャとしては気が気では無く、シュミットも「ニパがついてるって言ってもなんか不安なんだよな…」と思ったのだった。
今回のネウロイはやはり頭いいと思うと言うか、今までのネウロイとは一味違いますね。
そして皆様、今年も『鉄の狼の漂流記』をよろしくお願いします。
誤字、脱字報告お待ちしております。それでは次回!