「な、なにっ!?」
シュミット・リーフェンシュタールは衝撃の光景に思わず声を漏らした。
彼はつい先ほど、昼の東部戦線で敵戦闘機に撃墜され機体もろとも空中で爆破したと思っていた。しかし次に目を開けたら、雲の上の夜間の空にいたのだ。
「ここは一体……っ!」
彼は再び驚いた。なぜなら、攻撃によって壊されたはずのFw190に乗っていたからだ。しかもよく見ると、機体の数か所に被弾痕が残っている。これはYak-9との戦闘途中でついたものだった。
シュミットの頭の中は混乱した。何故、自分はバラバラになったはずの機体に乗っているのか。何故、夜間の空を飛んでいるのか。そして、ここは一体何処なのか。あまりにも非現実的な出来事の連続に、彼はコックピットの外をキョロキョロと見まわした。
すると、シュミットのいる高度、8000mよりもさらに下に、飛行物体の影を見つける。彼は操縦桿を倒し、機体を降下させる。
「ここが何処なのかを確かめなくては…」
しかし、降下していくうちにシュミットはさらに信じられないものを見て目を見開いた。高度を上げて飛行物体に近づいていくと、かなり離れた距離からでもその大きさが異様に感じられた。
「なんだ……あんな巨大な航空機は見たことないぞ?」
シュミットはもう少し接近して確認しようとする。次の瞬間、彼の真横を赤色の線が通り過ぎた。突然の出来事に、シュミットは回避行動を取り、攻撃が飛んできた方向を再び確認する。
そこには、胴体が黒く数か所が赤く光っている不気味な存在が浮遊していた。それはさっきシュミットが見た飛行物体だった。
「なんだなんだ!?」
シュミットは訳が分からないといった風に、その飛行物体の周辺をぐるぐる飛び回る。すると、またその飛行物体から赤いレーザーが伸び、シュミットのフォッケウルフを掠めた。
「うわっ!」
二度目の攻撃に、シュミットはコックピット内でシェイクされる。シュミットはすぐさま体制を立て直し、攻撃してきた飛行物体に向き直る。
「にゃろう……そっちがその気なら!」
そう言って、シュミットは回避行動を取りながら飛行物体に接近していく。
「お返しだ!!」
そう言って、機体に内蔵されているMG151機関砲を発砲する。MG151は、第二次世界大戦の20mm機関砲の中でも命中率の高さと高い攻撃力で、連合軍の機体を次々と落としていった高性能な機関砲である。
しかし、彼の撃ったMG151の弾は飛行物体に着弾はしたものの、その装甲をほとんど削ることはできなかった。
「な、馬鹿な!」
シュミットは驚愕の表情を浮かべる。今まで連合軍機を落としてきた攻撃が、目標に対して全く効いていないからだ。
そして、シュミットは一撃離脱による降下で、飛行物体の下に通り過ぎていく。しかし、敵に無防備な姿をさらけ出している状況である。このままでは撃墜されてしまう。
シュミットは急いで回避行動を取ろうとする。後ろでは、飛行物体が攻撃をしようと赤い模様を光らせる。
その刹那――、飛行物体は爆発を起こした。
「なにっ!?」
突然の爆発に混乱するシュミット。そして爆発の後、飛行物体は白い破片となり空中で分解、消滅した。
「なん……えっ……」
シュミットは言葉が出ず、何回も口をパクパクさせた。
『敵、撃破確認。オールグリーン』
突如聞こえた無線の声に、シュミットは驚き、周りをキョロキョロと見まわした。そして、彼の眼は信じられないものを見た。
そこには、月を背にした銀色の髪の少女が飛んでいた。足には不思議な機械を装着し、手にはロケットランチャーを握っていた。おそらくこのロケットランチャーで攻撃したのだろう。少女の顔は、シュミットの目から見てもかわいい部類に入る顔であった。しかも、その頭部から緑色のレーダーのような針が出ていたからだ。
しかしシュミットは、目の前の少女の姿を見て腰のホルスターの拳銃に手を回した。なぜなら、彼女の顔を見てソビエト人だと判断したからだ。しかし、数秒考えたのち、拳銃から手を離した。いくらソビエト人だからと言って、助けてくれたであろう少女に対していきなり拳銃を向けるのは場違いだと考えたからだ。
そして、コックピット内のハンドルを急いで回しキャノピーを開けた。
「そこの君!すまないがここは一体何処だか教えてくれ!」
大声でシュミットは叫ぶ。すると少女はこちらに近づいていき、機体のすぐ横に並ぶように並走した。
「どうしたのですか?」
「ここは一体何処だい?それに、君の付けているその足のは一体……」
「?」
シュミットは少女に言った。しかし、少女は何を言っているのかわからないという感じに首を傾げた。
「ここはブリタニアですが……」
「ブリタニア?一体何処だ?」
シュミットは、ブリタニアという言葉に訳が分からなくなった。少なくとも、シュミットの世界ではブリタニアなどという名前の国家はないからだ。
「ブリタニアは大陸からドーバー海峡を進んだ先にある国ですよ……?」
ドーバー海峡という言葉に、シュミットは瞬時に頭の中で理解した。彼の中でそこにある国は、敵であるイギリスだけだったからだ。
「ドーバーの先って……そこはイギリスじゃないか!」
「イギリス?それって何処ですか?」
全くかみ合わない会話に、シュミットは言葉を続けた。
「何処って……君が言うブリタニア……!」
ここでシュミットは、今までの不可解な出来事のことを思い出し、まさかと考えた。
(まてよ……第一空中分解した機体が原型をとどめていること自体がおかしかった。それに俺は今まで……)
シュミットがそう考えている頃、少女は誰かと話していた。
「すみません。定時連絡ではないのですが……」
そう言って、サーニャは少し会話した後再びシュミットに近づき話しかけた。
「すみません。私の後についてきてもらっていいですか?」
「何処へ向かうんだ」
「私達の基地に向かいます」
シュミットは考えた。ここがもしイギリスなら、敵地に向かうことになる。しかし、シュミットの頭の中では、向かう先がイギリスとは思えなかったのと、燃料は残り少ないこと、そして、彼女が敵だとは思えなかったことから、行っても問題ないだろうと考えた。
「……ここから基地までどれくらいだい?」
「約150km西です」
「解った。燃料が残り少ない。誘導よろしく」
少女はこくりとうなずき、シュミットの前方に移動する。
そんな姿を見て、シュミットは心の中であることを考えていた。
(ブリタニア……俺の記憶が正しければたしか昔のイギリスの名前だったはず……)
そんなことを考えている内に、シュミットと少女は高度を下げ、基地を目視で確認する。
「ほぉ……」
到着した基地は、ドーバー海峡に設置された基地だった。
「私が先に着陸します。その後に続いて着陸してください」
「了解」
シュミットの了承を聞いて、少女は先に着陸する。そして、次にシュミットも着陸態勢に入る。スロットルを落とし、フラップとランディングギアを展開して、ゆっくり陸に足をつける。
ここまではよかった。しかし次の瞬間、彼の機体のランディングギアが壊れ、機体は胴体着陸してしまった。
「うわあああああ!!」
シュミットはコックピット内で叫ぶ。人生で初めて胴体着陸をし、その衝撃でシュミットは頭をぶつけ、そして気絶してしまった。
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サーニャ・V・リトヴャクは、突如後方で起きた衝撃音に振り向いた。そこには、さっきまで誘導していた戦闘機の足が折れ、胴体着陸をしている姿が映った。
「あっ…!」
サーニャは思わず声を漏らした。目の前には火花を散らしながら滑走路を滑るFw190。
「胴体着陸をしてるぞ!」
「衛生兵!」
周りでは、兵士たちが戦闘機に駆け寄って行く。サーニャもそれにつられて戦闘機に走った。
コックピットから、一人の青年が下ろされる。目を覆っていたゴーグルは割れ、頭から血を流していた。
「急いで治療を!」
周りの兵士が、担架を持って来る。そこに、救助されたパイロットが寝かされ運ばれる。
サーニャは、その姿を心配そうな表情をしながら見届けていた。
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眠っていたシュミットは、瞼を少しずつ上げた。そして、救護室のベットの上でぼーっと天井を見ていた。
(ここは……救護室?俺は一体……)
彼は、気絶する直前の出来事を忘れており、何故ここで寝かされているのかを全く理解していなかった。
シュミットはとりあえず起き上がろうとして――、痛みで再びベッドに倒れた。
(腕が痛い……)
痛みを感じた左腕を見てみると、そこには包帯が巻かれていた。幸いにも骨折している様子ではなかった為、彼は空いている右腕で再び起き上がろうと試みた。
起き上がって部屋を見てみると、他にもベッドがあったが、どのベッドも使われておらず、彼一人だけが部屋を独占していた。
「……静かだな」
シュミットはあまりにも静かな部屋で一人だけだったため、少し寂しさを感じていた。
突如、部屋の扉が開きそこから女性が二人入ってくる。一人は、ドイツ軍の制服を着用している赤髪の女性。もう一人は、大日本帝国海軍の軍服を着て、刀を持った眼帯の女性だった。
「目が覚めたようね」
赤髪の女性がそう言って近づいてくる。
「ここは一体……」
「ここは501統合戦闘航空団です」
「統合……なんだそれは?」
シュミットは全く聞いたことない部隊名を聞いて聞き返す。
「統合戦闘航空団を知らないだと?」
「すまない。イギリスの部隊名などは解らない」
「イギリス?イギリスってどこだ?」
眼帯の女性がシュミットに聞き返す。噛み合わない会話に、シュミットも思わず疑問を感じる。
(イギリスを知らないだと?)
「何処って……、大陸からドーバーを渡った先……」
シュミットは説明するが、赤髪の女性はシュミットの予想外の答えをした。
「それって、ブリタニアのことを言っているのかしら?」
ここに来て、シュミットは気絶する前のことを思い出した。
『ここはブリタニアですが……』
あの銀髪の少女から言われた言葉。その時もブリタニアと言っていることを思い出したのだ。
「あの時も言っていたブリタニア……ここは一体……」
「おい、大丈夫か?」
眼帯の女性が聞くが、シュミットの頭にはその言葉が入らなかった。
「なぁ。今何年の何月だ?」
シュミットは二人に問う。すると、さらに予想外の答えが返ってきた。
「今は1943年の7月よ」
その言葉に、シュミットは頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。彼が東部戦線で戦っていたのは1944年の9月。一年以上前の時代に戻っているからだ。
「それじゃあ、ドイツは?今ドイツは連合軍と戦争をしているはずだ!」
シュミットは焦ったように二人に問う。すると、さらに衝撃的な答えが返ってきた。
「ドイツ?なんだそれは。それに連合軍って……」
ドイツが無い?連合軍に心当たりが無い?その事実にシュミットは混乱で頭が痛くなった。
「ミーナ。なんか会話が噛み合ってなくないか?」
「私もそう思うわ。とりあえず、あなたの原隊を教えてくれない?」
ミーナと呼ばれた女性は、シュミットに原隊はどこかと質問する。しかしシュミットは、この事実を言うべきかどうか少し考え、決心したように首を縦に振った。
「私の名前はシュミット・リーフェンシュタールです。階級は少尉。所属は第1航空艦隊所属です」
「名前からしてカールスラント人か」
シュミットの名前を聞いて、眼帯の女性がそう呟く。
「私はミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ。階級は中佐。この501統合戦闘航空団の隊長をしています」
「私の名前は坂本美緒。階級は少佐。501統合戦闘航空団では戦闘指揮官をしている」
二人はそれぞれ自己紹介をする。
「それでシュミット少尉。あなたに聞きたいことがあるのですがいいですね?」
ミーナ中佐は真剣な表情でシュミットを見た。
「あなたはこの基地に誘導され、滑走路に着陸しました。しかし、あなたの機体は大破してしまい、あなたは気絶してここに運び込まれました。そこまでの経緯を覚えてますか?」
「はい、なんとなくですが……」
シュミットは普通に答えた。ミーナは再び話し出す。
「あなたを救護室に運び込んだ後、あなたの機体をチェックしました。しかし、あなたの機体に描かれていた部隊章、および国籍マークについて見たことのないものが書かれていたの」
シュミットは、ミーナの言いたいことを理解した。
「貴方は一体何者ですか?」
その言葉に、シュミットは観念した。そして、ここに来て理解した事実を中佐に告げた。
「私はおそらく、この世界の人間ではありません」
「……どういうことだ?」
坂本の言葉は最もだ。ちゃんとした理由がなければこのように聞かれるのも当然である。
「私は、私のいた世界では、あのような黒い物はいなかった」
「それはネウロイのことか?」
「おそらくそれだ」
そう言って、シュミットは天井を見た。しかしその目は天井ではなくどこか遠いところを見ていた。
「私の祖国はドイツ。そしてドイツは今、世界大戦をしているからだ」
「世界大戦?」
それから、シュミットは二人に自分の世界について話した。世界の主要国。1939年に始まった第二次世界大戦。そこで行われている人類同士の殺し合い。今まで起きてきたことをすべて二人に話した。
「人類同士で戦争……それも世界規模で」
坂本はその事実に衝撃を受け、声が暗くなった。ミーナも同じで、彼女はこの世界でもネウロイがいなければ同じ運命を辿っていただろうと考えた。
「私からは以上です。それとお願いがあるのですが、この世界のことについて教えてもらってもいいですか?」
シュミットは、この世界の辿った運命を教えてほしいと頼んだ。
二人は、この世界のことについて話した。人類はネウロイという正体不明の謎の存在と戦っていること。人類が対立するのではなく、団結してネウロイと戦っていること。ネウロイに対抗するウィッチのこと。
それを聞いたシュミットは、内心複雑な感情をしていた。
「そうですか……。ありがとうございます、ミーナ中佐、坂本少佐」
「それでなのだけど、あなたに提案があるの」
「提案?」
シュミットはミーナの言葉にオウム返しする。
「サーニャさん……、貴方を誘導したウィッチの話では、貴方は単機でネウロイと戦っていたと聞きました」
そう言って、ミーナは窓際に移動し外を見る。
「なので、貴方のパイロットセンスを見込んでこの501統合戦闘航空団の戦闘機パイロットとして一緒に戦ってほしいの」
ミーナの言葉に、シュミットは考えた。この世界は少女たちがネウロイと直接戦い、奪われた祖国を奪還しようとしている。シュミットは、そんな少女たちが戦っている事実がシュミットの胸を痛めていた。
「それに、少尉は身寄りが――、」
「やります!」
坂本の言葉が終わる前に、シュミットは宣言した。
「私でよければ力になります!」
その言葉に、ミーナは微笑み返した。
「よろしくお願いね、シュミット・リーフェンシュタール少尉」
この日、シュミット・リーフェンシュタールは連合軍第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』の一員となった。
※少し文章を修正しました
※大変な誤字があったため修正をしました。