※タイトルに付け足しをしました。
ミーナの歌を聞いた後、シュミットは報告書を持ちにミーナの執務室に向かっていた。そんな中、彼は夕方にあった光景を考えていた。
(ミーナ中佐、歌が上手だったんだな。それにサーニャのピアノも…)
シュミットはサーニャのことを思い出し、そして顔が少し赤くなる感触を感じた。ここのところそんな日がよく続いている。サーニャのことを考えるとだ。
シュミットは脱線している思考を振り切ろうと首を大きく振る。そしてそのまま執務室の前に着いた時だった。
「約束して。もう二度とストライカーは履かないって」
(ん?)
シュミットは部屋の中から聞こえた声に気づきドアノブの前で手を止めた。部屋の中から聞こえてきたのはミーナの声だった。
(ミーナ中佐、誰かと話しているのか?)
シュミットがそんなことを考えていると、また新しい声が部屋から聞こえてくる。
「それは命令か?」
(少佐の声…中佐と少佐は何か話してたのか?)
「そんな恰好で命令されても、説得力が無いな」
「私は本気よ!今度戦いに出たら、きっと貴方は帰ってこない」
シュミットは黙って部屋の中で行われている会話を聞き続ける。
「だったらいっそ、自分の手でというわけか…矛盾だらけだな。お前らしくもない」
「違う!違うわ!」
ミーナが声を大きくした。シュミットはそんな会話に水を指すようなことだとは考えていたが、このままでは何が起きるか分かったものじゃないため意を決して部屋の扉をノックした。そして中に入り――目の前で起きている光景に固まった。
ミーナは赤のドレス姿で拳銃を握っており、その銃口を坂本に向けていた。坂本はそんな銃口に憶することもなく立っていた。
ミーナはシュミットが入ってきたことで驚くが、坂本は特に意に介さずそのまま歩き始めた。
「私は、まだ飛ばねばならないんだ」
そう言って扉の方に向かう坂本。そんな坂本にミーナは銃口を向けた。しかしその方角にはシュミットがおり、シュミットは突然こちらに銃口を向けられたと勘違いし驚くが、ミーナが怯えるような瞳で向いていたのを見てその目をじっと見返した。
そして坂本が部屋を出た後、シュミットは数秒固まったのちミーナに声を掛けた。
「中佐、報告書を持ってきました」
「…ええ、ありがとうシュミットさん」
シュミットの声に銃をしまいながら応えるミーナだったが、その声は力ない。シュミットはその報告書を机に置いた後、ミーナの方向に向いた。
「中佐、貴方に何があったのですか?」
シュミットはミーナに聞いた。しかしミーナは首を横に振る。
「貴方には関係ないわ」
「ですが昼間の行動…パ・ド・カレーで何があったかは知りませんが、だからって坂本少佐に飛ぶななんて…」
「貴方に何が分かるっていうの!」
シュミットの言葉にミーナは怒鳴る。そこにあった表情はシュミットに対する怒気と過去の悲しみを懸命にこらえていた。
ミーナは続けてシュミットに思いをぶつけた。
「貴方にだってわかるでしょう!大切な人を失う悲しさが!」
「…わかりますよ」
シュミットは目を瞑り呟く。
「だったらっ…!」
「…だが、その思いに共感はできません」
ミーナはシュミットに続けて言葉を放とうとしたが、シュミットが目を開けて否定をしたため黙る。
「貴方が悲しみ背負い、二度とそうなってほしくないという考えは分かります。だが、決意を決めて戦うと言う人に対して、貴方のそれはただの我が儘です。その我が儘で、貴方は相手の気持ちを踏みにじろうとしていることを理解していますか!?」
シュミットはミーナに向けて強く言い、そして爆発したその炎を少しずつ鎮める。
彼の目には涙が浮かんでおり、その雫が頬を伝っていく。それをミーナは見て、そしてこれ以上言葉を発することは無かった。
シュミットだって辛い。仲間が墜ちる姿など想像したいとも思わない。しかし彼はミーナと違い、その人の決意に対して自分自身がとやかく言うことはしない。
部屋の中に沈黙が続く。シュミットは腕を顔の前に上げ、目元の涙を拭う。
「すみません中佐、上官に対して反発を…」
「いえ…」
「失礼します…」
シュミットはミーナに謝る。普通なら上官に反発など謝っても許される行為ではないが、ミーナもこの時ばかりはそのことを咎めることもなかった。そのままシュミットは部屋の扉の方にゆっくりと歩いていき、そして扉の前で立ち止まった。
「中佐…過去に捕らわれてずっと悲しんでいては、その先には進めません」
「…」
「大切な人を失い悲しむのは分かります。私だってそうでした。ですが、現実はいくら逃れようとも逃れられません。しっかり受け入れなければ」
そう言って、シュミットは扉を開け部屋を出た。
シュミットは廊下を歩くが、体は鉛のように重く感じ、自然と足取りも遅くなった。そしてようやくの思いで自分の部屋に着いた後、シュミットはベッドに倒れた。
「そうさ。悲しいのは誰だって同じさ…私だって…」
シュミットは部屋の中で一人そう呟くと、心の中で溢れそうになっていた思いを一気に外に吐き出した。
シュミットは泣き始めた。それは彼が今まで抑えてきた悲しみの表れだった。彼自身、悲しみを乗り越えて来たつもりだった。しかし、それは間違いだった。自分でもまだ何処かで引き摺っていた。だが今、部屋の中は彼以外の人はいない。この悲しみを受け止めてくれる人はいないのだ。彼は思いっきり泣いた。誰にもこんな姿は見せられないと。
しかし、部屋の外。悲しみの声を叫ぶ狼の叫びを聞いている少女が一人おり、その少女も中にいる人物に対して心を痛めていたことに。
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翌朝、シュミットは思いもよらぬ目覚めをした。
「いたっ!?なんだ…」
眠っていたシュミットに突然衝撃が襲う。それは彼の背中に何かが倒れてきたからだ。シュミットは起き上がった後、自身のベッドの後ろを向き――そこにいた人物に固まった。
「なっ…」
そこにはなんとサーニャがいたのだ。昨日は夜間哨戒に出ていたサーニャだったが、なんとサーニャは下着姿でシュミットのベッドに眠っていたのだ。そして彼の部屋の床にはサーニャの脱ぎ散らかした服が散乱していた。
シュミットは思わずサーニャに触れ、そして軽く揺さぶる。
「サーニャ、起きろ…」
小声で言うシュミットだったが、夜間哨戒で疲れて深い眠りについてしまったのか、サーニャは起きなかった。それどころか揺さぶっても眠ったままだ。
シュミットは起きないサーニャにどうしようか迷った。もう少し声を出して言えばサーニャは起きるかもしれない。しかしそれでは今安らかに眠っているサーニャの睡眠を妨害することになってしまう。
シュミットは葛藤した。そして10秒の葛藤の後、あっさり折れた。最後はサーニャの寝顔に負けたのだ。
「はぁ…仕方ない。だが、今日だけだぞ」
「………うぅん…」
そう言ったシュミットの言葉を聞いたのか、サーニャは眠りながら返事をした。その様子を見てシュミットはサーニャに自身の使っていた布団を掛けた。そして気持ちよさそうに眠るサーニャの顔を拝んだ後、部屋に脱ぎ散らかされているサーニャの服を見た。
シュミットは伸びをして――息を吐く。
「…仕方無い」
そう言って、シュミットはサーニャの衣類を手に取り一つずつ丁寧に畳んであげるのだった。
サーニャの衣類を綺麗に畳んだ後部屋をそっと出るシュミット。しかし、
「あっ、おはようございます中佐…」
「…おはようシュミットさん」
運悪くか、シュミットはミーナに出くわしてしまった。互いに相手の顔を見て挨拶するが、昨日のことを思い出してか気まずくなってしまう。
こういうときどうすればいいかシュミットは考える。そして、先ほどの出来事もどうしたらいい状況だったかを思い出し、ミーナに話すことにした。
「中佐、サーニャが寝ぼけて私の部屋に来てしまったのですが、そのままでも構いませんか?」
どこか他人行儀な喋り方になってしまうシュミット。流石に昨日の今日では気まずさのせいでこんな喋り方になるものだろう。
しかしシュミットの質問に対してミーナは簡潔だった。
「シュミットさんが襲わないのなら構いません」
「襲いませんって…」
思わずツッコむシュミット。しかしこの些細な会話だけでも、シュミットは少し心が軽くなった感じがしたのだった。
そしてその足で外に出るシュミット。朝の涼しい気温と同時に、シュミットは眩しい日の出を拝む。
(目の前にガリアがあるのに…私たちはいつそれを奪還できる?)
そして彼は基地から見える欧州の国、ガリアの土地を見る。シュミットがここに来て既に1年も立ったが、いまだに欧州の巣を一つも落とせていない。
以前シュミットはミーナと坂本から説明されたことがあった。
殆どのウィッチは成人を過ぎると魔法力が減衰し飛べなくなってしまう。そのため、ウィッチの兵役は短く「儚い花」と言われている、と。
ただしウィッチの中にもいつまでも魔法力が衰えない人もいる。宮藤の一族がそうだと言っていた。そしてシュミットは人類初のウィザード。ウィッチの常識がウィザードは来ない可能性もある。しかしシュミットはいずれ自分も魔法力を失うかもしれない。そうなれば、自分は戦えなくなってしまうと考えていた。そのため、彼の中では巣を一つも攻略できていない状況が不安でしょうがなかった。
(皆それぞれ志を持って戦っているのに、その時間が短いのは残酷なとこ…いや、本来少女が戦うこと自体が残酷なことか…そう考えたら短い方がいいかもしれないな…)
そう考えていた時、シュミットの頭にある疑問が過った。
「…私は今、
思わず零れる声。シュミットが初めてこの世界に来た時、彼は若い少女が戦っているということを聞き、自分がその力になれないかと戦う決意をした。
しかし、それは彼の
シュミットは顎に手を当てて下を向き考え始める。
(何だろうか。みんなにとっては大切な人を守るとか、祖国を奪還するとか、そういう…)
しかし、そう考える内容はシュミットからしてみると困る点でもある。この世界に流れ着いた彼に家族はいない。祖国を奪還するにしても、彼にとってのこの世界の思い出が圧倒的に少なく、どうしても祖国と言う捉え方ができないでもいた。そうなると、自分の中にある決意はいったいなんだろうかと考える。
いつの間にか目を閉じて考えるシュミットの頭の中は真っ暗闇だった。完全にその答えが見つからない。そんな時だった。彼の中に
初めてこの世界に来た時に彼の愛機から見た月夜をバックに映る銀髪の少女。そしてその後の生活で関わった、その少女との風景が。
「…あ」
シュミットは、ようやくあることに気づいた。いや、正確には知らず知らずのうちに思っていたことだったと言うべきか。
朝の時もそうだった。その前から何回もそう思う瞬間があったかもしれない。しかしシュミットは今までその正体について知らなかった。否、自信が無く確信を持てなかっただけだった。
しかし、彼は今自信を持ってその正体を言えるだろう。ここ最近感じていたドキドキする感覚。そしてなぜ自分は彼女のことを考えてしまうのかと。その答えが今度はちゃんと言える、そう確信していた。
「…そうか」
シュミットはその正体を理解し、そしてゆっくりと目を開ける。心臓の鼓動が早く感じ、その頬はだんだん赤く染まっていくが、彼の心の中にある決意が生まれた瞬間だったのだ。
「私は、彼女が笑顔でいてくれることを望んでいるんだ…」
それは、シュミットの決意だった。彼が
「私は…サーニャが好きなんだな」
その言葉と同時に、シュミットの周りにブリタニアの朝の風が吹き通った。
シュミット君、ようやく気付く。
ミーナ中佐に言うシュミット君。正直に言うとミーナ中佐の我が儘ですよね。
しかしブリタニア編はもう終盤に差し掛かってきてますね。次は何処編やろうかな~。
誤字、脱字報告お待ちしております。それでは。