宮藤達が部屋で話し合っている頃、シュミットは自室で魘されていた。
彼は夢を見ていた。それは、一人の青年が炎の中を走っていた。
景色が炎の海となっているハンブルクの街。そこを走る青年は、妹を探していたのだ。
「どこだ!どこにいるんだ!!」
青年は叫びながら懸命に妹を探す。そして、燃える街の中で真ん中に倒れている妹の姿を確認する。そして彼は妹の元に駆け寄ると、背中におんぶさせる。
その時、燃えていた建物の一部が崩れ、兄弟に向けて降ってきた。その時の光景はスローモーションで見えた。そして、瓦礫となった建物が兄弟の前に迫ってくる。
「うわあああああああああああああ!!」
シュミットはベッドの上で悲鳴を上げ起き上がった。そして、シュミットは周りを見渡し、自分の部屋の中にいることを確認した。
「はぁ…はぁ…」
シュミットは肩で息をしながら、自身の胸に手を当てた。シャツは触るだけでわかるほどグッショリと濡れていた。そしてその向こう側にはバクバクと唸る心臓があった。
シュミットは呼吸を整えていき、ゆっくりと落ち着いていく。
「最悪だ…」
シュミットはそう呟き、汗まみれの体を洗うためにお風呂に向かった。
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「夕方だぞ~おっきろー!」
ルッキーニの声が聞こえ、部屋で眠っていた宮藤達は目を覚ます。そして全員が食堂に向かう。そこには既に、シュミット以外の全員が席についていた。
「あの、シュミットさんは?」
「シュミットさんは汗をかいたからと言ってお風呂に行ってるよ」
宮藤の質問をリーネが説明しているとき、ちょうどシュミットが食堂に入ってきた。そして部屋が薄暗くなっているのに気づいた。
「…なるほど、夜間対策か」
そう言って席に座るシュミットだが、彼は疲れたような表情をしていた。
「…どうしたシュミット。疲れた顔をしているぞ」
「…いえ、悪い夢を見ただけです」
坂本が気付き声を掛けるが、シュミットは特に答えなかった。
そして彼らの目の前にはマリーゴールドのハーブティがあった。全員がそれを飲む。
「…山椒みたいな匂いだね」
「山椒?」
芳佳がそう感想するが、リーネは何のことか分からなかった。その時、ルッキーニが芳佳の横に現れた。
「芳佳、リーネ、もっかいべ~して」
そうしてルッキーニ達が舌を出すが、別に変色していることは無かった。ルッキーニは面白くなさそうな表情をした。
そして静かに飲んでいたシュミットとサーニャはこの時、偶然にも同じ思いをしていた。
((……まずい))
そしてその後、夜間専従班のシュミット、サーニャ、宮藤、エイラの四人はハンガーから滑走路を見ていた。滑走路に誘導灯が付くが、宮藤は初めての夜間哨戒の為目が慣れておらず、目の前の光景を見て竦んだ。
「あっ…震えが止まんないよ」
「何で?」
「夜の空がこんなに暗いなんて思わなかった」
「夜間飛行初めてナノカ?」
「無理ならやめる?」
「今ならやめることもできるがどうする?」
シュミット達三人は宮藤を心配し提案するが、宮藤は手を目の前に出してこういった。
「…て、手つないでもいい?サーニャちゃんが手を繋いでくれたら、きっと大丈夫だから」
それを聞いたサーニャの魔導針が緑色からピンク色に変わった。心なしか使い魔の尻尾も揺れている。そしてサーニャが宮藤の右の手を繋いだ。それを見て面白くなさそうにしていたエイラが反対側に行き、宮藤の左の手を繋いだ。
「さっさと行くゾ!」
その光景を見ていたシュミットが、三人の前に出る。
「それじゃあ、先に私が離陸する。宮藤は後についてこい」
「は、はい!」
そう言って、MG151を背負ったシュミットがユニットを始動させ先に離陸していく。その後ろを付いていくように、三人も離陸する。
「えっ、ちょ、心の準備が!?」
宮藤は心の準備が整っていなかったが、そのことに気づかない三人はそのまま離陸してしまう。
しかしその気持ちもすぐ消えた。四人が雲の上まで来た時、宮藤はその光景を見て目を輝かせた。
「すごいなぁ!私一人じゃ絶対こんなところへ来れなかったよ!」
宮藤は上空で8の字に飛行しながらはしゃいでいた。
「ありがとうサーニャちゃん!エイラさん!」
「…うぉーい私は?」
と、忘れられていたシュミットがツッコむ。
「あ、ごめんなさいシュミットさん…」
「…まったく」
そんな感じに夜間哨戒は過ぎて行き、結局この日はネウロイは現れなかった。
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翌日、食堂で座っていたシュミット達の目の前には奇妙なものが置かれていた。
「…これなんだ?」
シュミットが代表して言った。それを宮藤が答えた。
「肝油です、ナツメウナギの。ビタミンたっぷりで目にいいんですよ?」
そう言う宮藤の手元には一斗缶が抱えられており、漢字で「肝油」と書かれていた。
「…なんか生臭いぞ?」
「魚の油だからな。栄養があるなら味など関係ない」
ハルトマンが匂いを嗅いで感想を零し、それをバルクホルンが問題ないと宣言している。
ペリーヌはそれが宮藤の用意したものだと思い馬鹿にする。
「あっはは、如何にも宮藤さんらしい野暮ったいチョイスですこと」
「いや、持ってきたのは私だが…」
ペリーヌが笑う姿を宮藤の横で見ていた坂本が言う。そう、これを持ってきたのは坂本だったようだ。
それを聞いて今まで馬鹿にしていたペリーヌが固まる。
「あ、ありがたくいただきますわ!!」
と、慌てて肝油の入った容器を手に取り、一気に飲み干した。途端、ペリーヌは再び固まった。
「うぇ~なにこれ~」
と、ルッキーニが舌を出しながら肝油に対して感想する。その横ではシャーリーが容器を咥えながら
「エンジンオイルにこんなのがあったな…」
「…シャーリー、お前エンジンオイル飲んだことあるのか?」
と、感想を零していた。因みにそれを聞いてシュミットが突っ込んだ。
「ぺっぺっ!」
「……」
エイラはその味を舌が拒絶したのか懸命に吐き出していた。その横に座るサーニャは肝油の容器を手に持って下を向いたまま固まっている。
「新米の頃は無理やり飲まされ往生したもんだ」
「……お気持ち、お察しいたします」
坂本が昔のことを思い出すように言うが、ペリーヌはその味に完全に撃沈して悶えていた。
「もう一杯♪」
と、ここでまさかのミーナである。彼女はそれを飲んでおかわりを要求しているではないか。その横ではハルトマンがミーナを見て引いており、さらに横ではバルクホルンが「ま、まずい…」と言って撃沈していた。
しかし、シュミットはミーナを見て問題ないのかなと考えてしまい、彼はその肝油を一気に飲み干してしまった。
「………」
そして容器を口元につけたまま彼は停止した。目は開いているが、完全に意識は無くなっている。つまり、目を開けたまま気絶してしまったのだった。
そしてその日、屍を生み出した食堂に唯一いなかったリーネは、事前に肝油を察知して部屋に逃げていたのだった。
その後、昨日と同じく夜間専従班は再び部屋に戻った(シュミットは気絶しているのをミーナに起こされ部屋に戻った)。
宮藤達女性陣は部屋の中で昨日と同じようにベッドの上に固まっていた。
ふと、宮藤が二人に質問した。
「ねぇ、エイラさんとサーニャちゃんの故郷ってどこ?」
その質問に二人は寝転がりながら答えた。
「私スオムス」
「オラーシャ…」
「えっと、それってどこだっけ?」
宮藤は懸命に欧州の地図を頭の中で開いている。
「スオムスはヨーロッパの北の方、オラーシャは東」
「へぇー…ヨーロッパって確かほとんどがネウロイに襲われたって…」
「うん。私のいた街もずっと前に陥落したの」
宮藤の言葉をサーニャが繋いで説明した。
「じゃあ、家族の人達は?」
宮藤が心配して質問した。
「みんな街を捨ててもっと東に避難したの。ウラルの山々を超えたもっとずっと向こうまで」
「そっかぁ、よかった」
それを聞いて宮藤がホッとしたように言った。しかしエイラが顔をしかめて起き上がる。
「何がいいんだよ、話聞いてないのかオマエ」
「だって、今は離ればなれでもいつかはまた皆と会えるって事でしょ」
宮藤のこの言葉に二人は一瞬だけ目を開く。
「…あのな、ウラルの向こうったって扶桑の何十倍もあるんだ。人探しなんて簡単じゃないぞ。だいたいその間にはネウロイの巣だってあるんだ」
エイラが説明するように言う。そう、オラーシャは黒海に現れたネウロイの巣によって国土を二分にされてしまっている。そのうえ、オラーシャは2つの統合戦闘航空団を抱えるほど過酷な戦線を持つ国家でもある。
「そっか、そうだよね。それでも私は羨ましいな」
「強情だなオマエ」
宮藤の強情さにエイラは呆れる。
「だって、サーニャちゃんは早く家族に会いたいって思ってるんでしょ?」
「…うん」
宮藤の問いにサーニャが小さく頷く。
「だったら、サーニャちゃんの家族だって絶対早くサーニャちゃんに会いたいって思ってるはずだよ」
宮藤の言葉を二人は真剣な顔をして見ていた。
「そうやってどっちも諦めないでいれば、きっといつか会えるよ。そんな風に思えるのって素敵な事だよ」
(宮藤さん…)
宮藤の素直な言葉にサーニャは心が不思議な気持ちになった。
そして、少し前にシュミットがあることを言った言葉を思い出した。
(…サーニャは強いな)
(…えっ?)
(私なんかよりずっと優しくて勇敢だ…)
(シュミットさんもすごく勇敢だと思いますよ?)
(……私は勇敢では無いさ。サーニャは両親と祖国の為に懸命に戦っているじゃないか。それはサーニャの誇れることだと思うよ。誰かの為に戦うなんて…)
その時も、シュミットがサーニャの優しさと勇敢さをほめていた。
しかし同時に彼の目には悲愴感が漂っていた。
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「はぁ…はぁ…」
シュミットは自室で思い切り呼吸を荒げていた。彼は先ほど、先日と同じ夢を見て、また大声を上げて起き上がった。
シュミットは昨日と同じ思いをして不快に思った。そして同時に、彼は頭の中である人物を思い浮かべていた。
そしてしばらくの沈黙の後、シュミットは目元を手で覆った。
「どうしてなんだ……」
彼はベッドの上でそんなことを呟いた。その言葉を示す意味は、彼にしか分からない。
そしてシュミットは、ベッドから立ち上がった。そしてそのまま部屋の外に出た。理由は、また寝汗を掻いてしまい、お風呂で洗い流そうと思ったからだ。
幸い、起床時間よりも早いため、この時間帯にサーニャ達は起きていないだろうと考えたシュミットは重い足取りでお風呂に向かったのだった。
その途中、バルクホルンに遭った。バルクホルンはシュミットが暗い表情をして重い足取りで風呂場に向かっているのを見て止めた。
「シュミット」
「…ああ、バルクホルンか」
シュミットは声を掛けられるまでバルクホルンの存在に気づいていなかったようだ。
「風呂に行くのか?」
「ああ、空いていないのか?」
「いや、空いている…大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「問題ない。ただ、ひどい夢を見ただけだ」
「…ひどい夢?」
「ああ…前の世界の夢だ」
それを聞いてバルクホルンは黙った。彼の前世でひどい夢と言ったら、人類同士で戦争をしていたことだということだと思ったからだ。
しかしバルクホルンはシュミットに助言した。
「シュミット」
「何だ?」
「その…あまり抱え込むなよ。私達は家族なんだ。相談ぐらい私達だって乗ることができる」
それを聞いて先ほどまで少し下を向いていたシュミットが顔を上げた。そして少し驚いた表情をした後、僅かにほほ笑んだ。
「……ありがとう」
そう言って、彼は風呂場に向かったのだった。
う~ん。サーニャ回次で終わるかなぁ?