シュミット女体化事件から数日後の501の朝。
「離陸開始」
掛け声とともに基地の格納庫から滑走路へ飛び出していく人影。ストライカーユニットDo335を装着し、MG42を構えながら離陸していくのはシュミットだった。
肉体が元の姿に戻った彼は、先日に医者の診察により飛行禁止が解除された。そしてブランクを取り戻すべく、すぐさまユニットを履いて鈍った体の矯正へと勤しんでいた。
「こちらシュミット。高度4000に到着した」
『こちらでも確認した。そのまま訓練を開始してくれ』
「了解…さて」
空中と海上に設置された障害物がシュミットの目の前に並んでいる。その数は、空が狭いとさえ錯覚させるほど夥しい量だったが、彼に緊張を与えるほどの影響はなかった。
「行くぞ」
その言葉と共に、高速でエンジンをうならせ、障害物の渋滞へと突入していく。
ロマーニャの風に揺れるバルーンはワイヤーで引っ張られていようと不規則な動きをするが、シュミットはゼロの領域を開くこともなく難なく回避をしていく。
そしてすべての障害物を回避しきると、その先に設置された目標バルーンへ向けてMG42を構え、そして引き金を引く。
発射された数発の演習弾はそのままバルーンの中央へ着弾し、バルーンが破壊された。
「命中!次!」
『こちらでも命中を確認。大尉お見事です』
そして間髪入れずにシュミットは次の目標へと飛翔していく。
女体化を含めた数日のブランクだったが、彼の腕を鈍らせるほどの影響はさほどなかった。
その後も次々と目標を破壊していったシュミットは、最後の目標も破壊した。
『目標全ての撃破を確認しました。流石ですリーフェンシュタール大尉』
「ああ、ありがとう」
観測員の報告を聞いて、シュミットは現時点でこれといった問題は無さそうだと感じた。
そして次の訓練に入ろうとした時、彼の目に気になる物が映った。それは、遠方に見える501基地の滑走路から離陸していく飛行物体が反射した陽光だった。
「501。今飛びだったのは?」
「はい。ミーナ中佐と坂本少佐の搭乗したJu52です」
「Ju52…そうか、ありがとう」
ミーナと坂本がJu52で離陸していくという事は、彼らの向かう先が連合軍の司令部であることを意味していた。
シュミットは離陸上昇するJu52にニアミスとならないよう高度を上げると、無線を飛行機へ飛ばした。
「お疲れ様です、ミーナ中佐、坂本少佐。お気をつけて」
『ありがとうシュミットさん。そちらもお変わりない?』
「大丈夫です。ですが、もう少し確認を行います」
「そうか。精が出るな」
ミーナ達と短い会話を終えると、Ju52は高度を上げて連合軍司令部へと向かい、シュミットはそのまま訓練を続けた。
「あれ?」
しかし、訓練中に違和感を覚えたのは、シュミットが固有魔法を使おうとした時だった。
いつもの感覚で強化を使おうとした彼だったが、どういうわけかユニットに強化が伝わらなかった。
「えっと…こうか」
もう一度強化をかける。すると、今度は伝達したのか、Do335の魔導エンジンが高回転で唸り声をあげる。
しかし、再び違和感が彼を襲った。
『730…735…740…』
徐々にスピードを上げていくシュミットだったが、どうも加速が鈍かった。そして観測班からの報告を聞いていつもより伸びが悪いと確信する。
『速度、762km/hで停止しました』
「762!?嘘だろう?前は780を超えたのに…」
シュミットは愕然とした。501に来てからDo335を強化込みでテストした際、彼の出した最高速度は784km/hだった。それから大きな調整を加えていないにもかかわらず、20km/h以上も速度が落ちているとは思わなかったからだ。
「もう一度だ」
シュミットはこの減速がただの鈍りであるなら、次は少なくとも速度が上昇するだろうと考えていた。
しかし、結果は変わらなかった。
『大尉、760前後で停止しました』
「またか…そうか、ありがとう。一度基地へ帰投します」
シュミットは、無線交信を終えると、基地の滑走路へ向けて回頭した。
そして滑走路へランディングを開始したシュミットだったが、滑走路の先に4つの人影が見えた。
「うん?シャーリー達が居る。あんなとこでなにしてるんだ」
滑走路の先に居たのは、シャーリーとルッキーニ、そしてリーネと芳佳だった。
「あっ。シュミットさん」
「ようシュミット。訓練の帰りか?」
「ああ…シャーリー達はなにをしているんだ?」
シュミットは4人が滑走路で立ち話をしていたので、なにをしているのか質問した。
「私たちはこれから宮藤たちを連れて、風呂に行くんだ」
「風呂?シャーリー達4人で?」
「いや?他のみんなもだぞ」
「…ああ、そういう」
なぜこんな時間から風呂と思ったが、先ほど離陸していったミーナ達の事を思い出し、彼の中で答えが見つかった。
「なら、みんなが出てから私も呼んでくれ。自室に居るつもりだから」
そう言ったシュミットだったが、シャーリーの横に居たルッキーニが何かに気づいたのかシュミットに聞いた。
「ねーねーシュミット、どうしたの?」
「え?」
「だって、全然元気ないよ?」
ルッキーニの言葉につられて、他の三人もシュミットを見る。
訓練後のシュミットは僅かに汗をかいた様子だったが、これはいつも見る光景だった。しかし、その顔色は僅かに生気がなく、疲れた様子であった。
「シュミットさん。そんなにキツかったのですか?」
「いや、そんなことは無いぞ。そんなに疲れて見えるか?」
「うん。なんか変だよね?ねえシャーリー?」
「確かに…」
ルッキーニの言葉に、シャーリーも確信はないが頷いた。
「まあ、数日ぶりの飛行でブランクが出ていたのかもしれないな。心配しなくても、お風呂に入れば英気を養えるし、大丈夫だ」
「なら?私達と一緒に入るか?すぐに入れるぞ?」
「…遠慮しておく。というか冗談はよしてくれ」
シュミットは僅かに笑うと、そのまま格納庫に移動していく。
格納庫内では、ユニットの整備兵たちが慌ただしく動いていた。彼らはユニットの分解整備を既に始めており、いくつかのユニットは既に分解されて部品の交換などが行われていた。
「リーフェンシュタール大尉、お疲れ様です」
「ユニット全てオーバーホールか」
「はい。今朝早くに、中佐より全ユニットへの一斉整備の命令が下されました」
整備兵の言葉に、シュミットの予想は確信に変わった。
「…毎度手間をかけるな」
「滅相もない!我々の責務ですから」
「そうか」
軽いやり取りをすると、シュミットはユニットを固定台へ付け、MG42を降ろした。
「大尉のユニットが来たぞ!かかれ!」
整備班長の掛け声とともに、数名の整備兵がユニットにやってくる。
シュミットはそれを確認すると、格納庫を後にするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「「そーれいっ!」」
元気いっぱいなわんぱく声と共に大きな水柱が立ち、周囲に水しぶきが立ち込める。
水柱を起こしたシャーリーとルッキーニは、二人そろって湯から顔を出してはしゃぎ合う。その様子をミーナと坂本、そしてシュミットを除くすべてのウィッチたちが各々の姿勢で見ていたが、まだ湯船に浸かっていない芳佳が疑問に思う。
「それにしても、あんでこんな朝早くからみんなでお風呂に入るんですか?」
いつも朝早くからウィッチ達がお風呂に浸かることは無い。たとえ使う例があったとしても少数で、基地のウィッチ全員で朝早くから入るなんてことは日常的には考えられない光景だった。
しかし、その疑問に先にお風呂に入っていたペリーヌが事情説明をした。
「バルクホルン大尉が、『今のうちに英気を養っておけ』ですって」
そう説明された芳佳は、奥に居たバルクホルンを見る。
バルクホルンは僅かに間を開けて真意を説明した。
「――ここでの最後の風呂になるかもしれないからな」
「最後…」
「そう。今朝ミーナと少佐が司令部に行ったでしょ?そこで最終作戦が発動されるらしいんだって」
バルクホルンの説明に補足する形で、湯船で犬かきをしていたハルトマンが付け加えた。いつもはどこかゆるいハルトマンも、この時ばかりは真剣な表情で語った。
「最終作戦ですか?」
「ああ。ヴェネツィア上空のネウロイの巣に向けて総攻撃を仕掛ける、オペレーションマルスが発動される」
そうして各々がお風呂から上がっていく。そこでシャーリーは、全員が出たのを確認するとあることを思い出した。
「そういえば、シュミットに風呂が空いたことを伝えないといけないな」
「シュミットはまだ訓練中か?」
「いや、自室に戻るって言ってたぞ」
シャーリーとバルクホルンが他愛もない会話をする。その会話を横で聞いていたサーニャがバルクホルンに声をかけた。
「大尉、私が呼んできましょうか?」
「頼んでいいか?」
「はい」
サーニャはそう言うと、脱衣所を出ようとした。
その時だった。ルッキーニの言葉に、奇妙な違和感をサーニャは覚えた。
「シュミット疲れてたもんね」
「そうだな」
「疲れていた?」
バルクホルンが聞き返す。
「うん。だってなんかフラフラしてよ?」
「いくらブランクがあるとはいえ、確かにちょっと様子が変だったな」
シャーリーもルッキーニの言葉に同調する。しかし、それはまだ半信半疑な様子であり、ルッキーニだけがどこか確信を持った様子だった。
「なら、尚更入ってもらわないといけないな。しかし、数日訓練をしなかっただけでふらつくなんて、シュミットもお前の影響を受けて来たか」
「なんだ?カールスラント人は周りの影響に流されないってか?」
バルクホルンとシャーリーのいつもの光景。しかし、その会話にサーニャには得体のしれない不安がちらついていた。
そしてエイラと一緒にシュミットの部屋へと向かったサーニャは、その扉をノックした。
「どうぞ」
部屋の中からシュミットの声がする。
合図を聞いたサーニャとエイラが扉を開けると、窓際で椅子に体を預けながら外の様子を見ていたシュミットが顔を二人の方へ向けた。
「サーニャにエイラ。どうした?」
「風呂が空いたから、次はシュミットの番だって呼んできたんだ」
エイラに言われて、シュミットは何のことかと少し考え、そして思い出した。
「そうか。ありがとう」
そう言うと、彼は椅子から立ち上がって窓を閉めた。
そんな様子を黙って見ていたサーニャだったが、シュミットの様子がいつもとおかしいと勘づいた。そして、彼に問いかけた。
「シュミットさん、大丈夫ですか?」
「うん?どうして」
「さっき、ルッキーニちゃんがシュミットさんが疲れているって」
サーニャの言葉を聞いて、シュミットはああ、と思った。そして、サーニャも自分が僅かに不調であると見抜かれたのだなと観念した様子だった。
「大丈夫さ。そんな調子が悪いわけじゃない」
「ホントか?」
エイラにも指摘された。流石に、シュミットも三人に指摘されてはこれが気のせいと見過ごすわけにはいかないと感じた。
「みんなして指摘するって事は、やっぱなんか疲れてるのかな。まあお風呂に入ればこりも解れるさ」
そう気軽に言うシュミットだったが、サーニャの表情がそれでもどこか気にしていると言った様子なのを見て、誤魔化せないなと観念した。
「やっぱ、誤魔化せないか」
「誤魔化すって、サーニャはシュミットの事を心配しているんだぞ。それを…!」
「分かってる。みんなが私の不調を心配しているのは。私自身だって感じていたんだから」
エイラの言葉を遮るように、シュミットが言った。そして、数秒の沈黙が流れた後、シュミットが口が開いた。
「久しぶりの飛行でブランクがあると思っていたが、今日の訓練飛行は順調にできていたんだ。だから
「じゃあ…」
「ただ」
サーニャが言葉を発する前に、シュミットが話をつづける。
「ただ…固有魔法を使った時、いつもよりユニットの加速が鈍く、強化時の最高速度が低下した。それ以上に、今日の訓練で一度固有魔法がかからなかったんだ」
「え?」
説明を聞いたエイラとサーニャは、シュミットの身に何かとんでもなく悪い事が起きているのだという不吉さを感じた。
だが、シュミットの次の言葉を聞いた二人は、目を見開いて驚くこととなる。
「……ウィッチの魔法力ってのは、一般的には
「あ、ああ…って、まさか!?」
「そんな…」
シュミットの説明を聞いたエイラとサーニャは、その事実から彼の直面している問題が何かを理解した。それは、世界中のウィッチが僅かな例外を除いて迎えることとなる宿命であり、切りたくても切り離せない残酷な現実だった。
「確証はないけど、私の魔法力の減衰がもう始まっているんだと思う」
随分久しぶりの投稿となりました。また少しずつですが投稿を再開していこうと思います。
というわけでシュミットですが、ついにこの時が来てしまったわけです。
こんな状態でどうやって劇場版!?ベルリン編!?シュミットの明日はどうなる!?
誤字、脱字報告、感想をお待ちしております。それでは次回(いつだよ)もまた!