今回は短めです。どうぞ!
「…うん」
シュミットは、意識を現実に覚醒させた。
(暗い…夜?)
彼はぼんやりと天井を見ながらそんなことを考えた。部屋の中は外からの光が少なく暗かったので、天井の梁の模様まではしっかりと見えない。窓の外を見ると、既に日は落ちて暗くなっており、上空には満月が雲のかかった姿で見えていた。
「シュミットさん」
「…サーニャ?」
シュミットは横からの声に気づいてベッドの横を見る。そこにはサーニャが安どの表情を見せながらシュミットを見ていた。
シュミットはサーニャの方を見ながら体を起こした。
「…私は何が?」
「シュミットさん、さっきブリーフィングルームで倒れたんです…」
「…倒れた?」
「覚えてないのですか?」
シュミットはサーニャの説明を聞いても一瞬なんのことかと思った。対するサーニャは、シュミットが自分の身に何が起きたのかを認識していなかったので困惑した。
「えっと…訓練の後ネウロイが現れて、ブリーフィングルームに行って、ネウロイは倒されて…」
シュミットは記憶を辿っていくが、彼の中では無線の向こう側でネウロイが撃破されたところで途切れていた。
「その後、ミーナ中佐に上がるように言われたら、シュミットさんが床に崩れて…」
「そうなのか…」
サーニャの説明その内容を聞いたシュミットは俯き、そして少ししょんぼりとした。まさか自分が気絶するなど考えても居なかったので僅かにショックを受けたことと、周りに皆に迷惑をかけたことにより気が落ち込んでしまったのだ。
そしてシュミットはサーニャの方を向いた。
「サーニャ、ごめん。その…心配をかけてすまなかった」
シュミットはまずサーニャに謝罪をした。サーニャは突然の謝罪に僅かに瞳を開いたが、シュミットの言葉は続いた。
「それだけじゃない。他の皆にも、いらない心配をさせてしまったな」
シュミットの謝罪はだんだん声が小さくなっていき、顔が下に向いていった。ただでさえ女性の体になってしまったことで混乱を招いただけでなく、サーニャを含め、501の皆にいらぬ心配をかけてしまったのだ。彼は、体だけでなく、精神状態まで疲労で少しセンチメンタルになっていた。
しかし、サーニャはそんなシュミットを咎めるようなことはしなかった。彼女は下を向いて元気をなくしていくシュミットの顔に両手を伸ばしてその頬に触れる。女性となったシュミットの顔の肌はいつもより柔らかさを感じたが、サーニャは下を向いていたシュミットの顔を持ち上げた。
「私は、シュミットさんが無事でよかったです。その…倒れた時は凄く不安で、シュミットさんが大変なことになったんじゃないかと思ってしまいましたけど…」
サーニャはそう言って、小さく微笑んだ。彼女はシュミットの無事を心の底から安心していたのだ。彼が倒れた時サーニャは不安になった。医務室でシュミットが寝ている間も、夜間哨戒の無かったサーニャはずっと彼の心配をしてそばに居たのだ。
そんなサーニャの言葉に、シュミットは胸の奥が熱く感じていた。サーニャは倒れたシュミットの事を怒ったりせず、ただ心配してくれていたのだと感じたからだ。
シュミットは一筋の涙を流す。そして、サーニャの体に手を伸ばし、そして自分の下へ引き寄せて抱擁した。
サーニャは突然抱擁されたことに一瞬驚いたが、彼の体の微かな震えと、胸から伝わる鼓動を感じ取った。そして、そのまま何も言わずに両手をシュミットの背中に持っていき抱き返した。
「…すまない。少しだけ、こうさせてくれ」
そして、シュミットは、サーニャに小さくだが、ありがとうと囁いた。それは、サーニャがこんな自分の事を心配してくれたこと、そして、こんな自分の我儘を受け入れてくれたことを。
サーニャは、シュミットの心が落ち着くまで、静かに体を預けたのだった。
「シュミットさん、もう大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
あの後、長い間互いを抱きしめていたシュミットとサーニャ。しかし、シュミットの震えと心の乱れが徐々に落ち着いてくると抱き合うのをやめ、お互い向き合っていた。
「それならよかったです。後でジャーニーさんにも感謝をしないといけないですね」
「ジャーニー?」
「シュミットさんが倒れた時、ジャーニーさんは自分の体を下にしてシュミットさんに衝撃が来るのを防いだんです」
シュミットは突然ジャーニーのことを言われて何のことかと思ったが、サーニャの説明を聞いて驚く。気絶した際、まさかジャーニーが自らの体でシュミットが怪我するのを防いだなどとは知らなかったのだ。
しかし、シュミットはそのことを言われ、夢で見た事を思い出した。
「…なあ、サーニャ」
「はい」
「ジャーニーの事なんだけど」
シュミットは、夢の中で見た内容を話し始めた。以前501にやって来た時にミーナに向けて話したことはあったが、サーニャと一対一で直接話したことはなかった。
「じゃあ、ジャーニーさんとはそうして出会ったんですね」
「ああ」
そして、シュミットは一通り説明すると、サーニャに質問した。
「サーニャ、私は気になったんだ。以前ミーナ中佐に使い魔の契約が特殊な例って言われたんだ。使い魔というのは通常どのような形で契約をするんだ?」
それは、シュミットの純粋な疑問だった。以前ミーナが「特殊な例」と言ったが、それなら使い魔との契約は一体どういったものなのかについて気になったのだ。
サーニャは少しだけ考える素振りをみせ、そして説明した。
「その、ウィッチが使い魔と契約するときは、使い魔自身がウィッチのお尻に触れるんです」
「し、尻に触れる…?」
「はい」
サーニャの説明を聞いたシュミットは頭の中でそのイメージをして赤面する。まさかウィッチと使い魔の契約方法がそのようなものだとは考えておらず、その内容を知って何とも言えないむずかゆい感覚に陥ってしまう。
「なので、シュミットさんの使い魔契約は確かに特殊かもしれません」
「そうなのか…」
そして、シュミットはサーニャの説明を聞いて自分の使い魔について興味が湧いてくる。
「ジャーニーは、普通じゃないのかな…?」
「たぶん、そうかもしれません。もしかしたら何か違うのかもしれないですけど」
サーニャはそう言って少し考えると、ある案を閃いた。
「そうだ。ジャーニーさんに聞いてみるのはどうですか?」
「ジャーニーに?」
「はい」
サーニャは、こういう時は直接本人に聞いてみるのが一番であると考え、シュミットに提案した。
シュミットは少しだけ考え、そして頷いた。
「そうだね。聞いてみよう…ジャーニー」
サーニャの提案に乗ったシュミットは、ジャーニーを呼ぶように話しかけた。昼間の会話や倒れた時の動きから、ジャーニーは少なくともシュミットの見方側であるのだと感じていた。その為、シュミットはもしかしたらこの不思議な出来事を、ジャーニー自身が話してくれるかもしれないと考えたのだ。
「…あれ?」
しかし、ジャーニーはシュミットの呼びかけに反応しなかった。彼の体からジャーニーは具現化せず、部屋に沈黙が流れる。
シュミットはもう一度呼んでみた。
「ジャーニー?おーい…」
しかし、結局ジャーニーは出てこず、だんまりだった。
シュミットとサーニャの間に微妙な沈黙が流れた。
「出てこない?」
「うーん…寝てる?」
結局、なぜジャーニーが出てこないのかということを二人は考え始めた。その時だった。
「っ!」
突然部屋の中に「ぐぅ~っ」という子気味のいい音が鳴り響く。それは、シュミットのお腹から鳴った音だった。
その音にシュミットとサーニャは気づいた。互いに顔を見合わせ、そしてワンテンポ遅れて両者は笑った。
「ウフフフ…」
「あ、はははは…」
サーニャはどこかおかしく感じ、こらえきれずに思わず笑った。シュミットは頬を赤くして気恥ずかしそうにし、左頬を指で掻きながら微かに笑い返した。シュミットは昼以降、訓練や戦闘を終えた後に何も食べていなかったので、お腹が空いたのだ。
「そっか、もう夜だもんね…皆はご飯食べたんだっけ?」
「はい。私の分も、芳佳ちゃんが持ってきてくれました」
そう言ってテーブルの方を見ると、そこには空の食器の乗ったトレーが置いてあった。
「多分、今はみんなお風呂に入ってると思います」
「そっか、風呂…風呂、ねぇ…」
風呂という単語を聞いて、シュミットは徐々に声を小さくし、そして微妙な顔をする。そんなシュミットにサーニャはどうしたのかと思いシュミットに聞く。
「シュミットさん?」
「…サーニャ」
「はい」
「私は、お風呂に入らないといけないの?この体で?」
そう、シュミットは昼間の会話を思い出し――そして、嫌なことを思い出してしまった。それは、シュミットが女性の体になった状態で風呂に入らなければならないということだった。
サーニャはシュミットの言葉の意味が理解できなかった。正確には、身を綺麗にすることは当たり前である以上、その行為自体に疑問を持たなかったからだ。
しかし、彼の言葉の意味をしっかり考え理解すると、その意図に気づいた。
「あっ」
「…」
ただ一言。ほんの一秒にも満たない言葉は、シュミットを固まらせるのに十分だった。そう、シュミットはこの体で風呂に入ることを嫌がった。それは、たんにお風呂が嫌いという訳ではなく、ただただ恥ずかしい想いをしなくてはいけないのかという考えたくもないことに気づいてしまったからだ。
――そしてシュミットは、体が元に戻るまでの間は訓練および飛行、そして戦闘の禁止を後日ミーナより正式に言い渡された。
その期間、ある時間帯においてただならぬ羞恥心を感じる訓練のような日々を過ごすことになったのは、サーニャとの二人だけの秘密となったのだった。
というわけで、タイトル通りやたら秘密ができた回でした。
誤字・脱字報告、感想をお待ちしております。それでは次回もまた!